海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1505件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.425 5点 殺してしまえば判らない- 射逆裕二 2011/07/06 21:25
解決の意外性を重視した、軽いタッチのモジュラー型パズラー(!?)。3つの事件(その1つに関連した自殺も入れれば4つ)が起こりますが、それぞれは独立して解決してしまいます。1つはニュースの中で語られるだけの事件です。それぞれがWho、Why、Howを中心の謎にしているあたりを見ても、なかなか凝ったことを考える作家ではあるようです。モジュラー企画が成功しているかどうかは別問題ですが。
3つのうち中心となるのは、1年前に起こった語り手の妻の死で、バカミスっぽい(あくまで「っぽい」程度)密室トリックが最後、犯人指摘の翌日になって明かされます。まあ、こういう偶然の使い方は嫌いではありません。しかし語り手が、部屋の何かが変わっているように感じた、という点に対する答は、肩すかしでした。
結局本作で一番気に入ったのは探偵役のキャラクターで、嫌う人もいるかもしれませんが、なかなかユニークです。

No.424 7点 人の死に行く道- ロス・マクドナルド 2011/07/03 11:11
妙に堅苦しい直訳タイトルですが、ひらたく言えば「ある連中の死に方」、ハードボイルドっぽいタイトルです。
本作の中では結局5人の人間が死にますが、そのうち最後の1人は本当に自殺なのかどうか、はっきりしません。ただその人物が死ぬことによって、一つの新たな生活が始まることになります。中心となる事件の真相に限らず、そういったストーリーのまとめ方、他にもアーチャーが途中でギャングのボスから受け取る500ドルの使い道なども含めて、すべてが収まるべきところにきれいに収まっていく収束感はTetchyさんも指摘されているとおりで、チャンドラーはもとよりハメットにもなかなか見られない構成作法です。ギャングの事件へのからめかたも、後から考え直してみるとうまくできています。
事件解明後の最後の場面が後年の作品への萌芽を見せてくれているとは言え、中期以降の家庭の悲劇を期待していると、不満があるかもしれません。しかし謎解き度の高いハードボイルドとしては、過不足ない作品だと思います。

No.423 7点 メグレと首無し死体- ジョルジュ・シムノン 2011/06/30 21:42
首無し死体と言っても、例の手とは関係ありません。運河から発見されたバラバラ死体の首だけが見つからなかったという事件で、ごく普通に身元確認を困難にするために首は別に処分したというだけの話です。
訳者あとがきの中で長島良三氏はメグレもののベストの一つと推奨していますが、読んでいる途中は、さすがに5点はかたいかな、という程度にしか思えませんでした。しかし最終章に至って、訳者の高評価にもなるほどと納得しました。同じようなテーマをシムノンはメグレものに限らず何度か扱っているのですが、ここまで徹底したのは今までのところ他に知りません。運河べりにある居酒屋のおかみさんの人物像が問題なのですが、この哀しみは確かに特筆すべきものです。
ただしそれまでが、メグレがいつになく自信なさ気でとまどっているせいもあってか、特におもしろいというほどではなかったので、この点数どまりといったところでしょうか。

No.422 5点 野の墓標- 水上勉 2011/06/28 21:30
昭和30年台の繊維業界を舞台にした連続殺人を扱った、いかにも社会派らしい作品です。ただし、殺人動機は社会的背景を持ってはいるものの、企業犯罪と言うには個人的すぎるようです。そのあたり、『海の牙』とも共通するように思いますが、この作者の個人と社会との捉え方なのかもしれません。
事件自体については、冒頭で墜落死する男をやとって看板を描かせた意味がないというところが不満です。そのようなことをしたために、被害者の弟である雑誌記者や警察が疑念を抱くことになるわけですから、ストーリーを成立させるためのご都合主義と言われてもしかたがないでしょう。雑誌記者と刑事との視点を交互に使っていく手法も、それほど効果的とは思えません。
とはいえ、殺人現場の一つである京都嵐山の奥から、綾部の方の情景描写はさすがですし、上述の点を除くと犯罪計画も無理なくできています。いい意味で時代性を感じさせる作品と言えると思います。

No.421 7点 四日間の不思議- A・A・ミルン 2011/06/24 23:02
―『赤い館の秘密』はA.A.ミルンが書いた唯一の長編ミステリである―
長い間信じられていたこの言葉は、本作を読み終えてみると結局やはり本当だったと思いました。
1933年発表の本作はミステリではなく、ミステリ風味のほのぼのユーモア小説とでも呼ぶべき作品で、いかにもプーさんの作者(『赤い館』のではなく)らしい仕上がりになっています。巻末の解説で警告もなく真相の完全なネタばらしをしてしまうなど、普通では考えられないことですが、本作の場合はそうしても問題ないと解説者は考えたのでしょう。
話の中心は、殺人容疑者にされてしまうと思ったヒロインの逃亡劇です。それに警察の捜査過程を挿入していくという構成だけ見ればサスペンス系統なのですが、雰囲気はひたすらのん気です。ハイキングの荷物を準備したり、干し草の上で寝たりといった場面、とぼけた会話など、もう明らかにプーさんの世界に近い感じです。警察の方でもむしろ彼女は誘拐された可能性が高いと思っているのですから、緊迫感の出る余地がありません。
この点数もそんなタイプの作品としての評価です。

No.420 6点 死の競歩- ピーター・ラヴゼイ 2011/06/21 21:02
時代設定は1879年ですから、『緋色の研究』が出版される8年前の事件ということになります。途中でクリッブ巡査部長とサッカレイ巡査が、ホームズ風の観察による推理を披露する場面もあります。
殺人が起こるのは全体の1/3近くになってからですが、それまでも、競歩(実際にはウォッブルズという競技は歩いても走ってもかまわないのですが)の駆け引きなど、ミステリであることをほとんど忘れて楽しめます。
事件そのものは、最初に殺されるのが2人の優勝候補選手の一方といっても、展開は全然派手になりません。競技は事件後も滞りなく続けられていきます。また解決の推理も、遺書に関するアイディアを除くと実に地味です。なおこの遺書の件については、犯人指摘の前に明かされてしまうのですが、これは最後までとっておいた方がよかったかなと思えました。
しかし、無理なトリックを不自然にひねくり回すよりも、こういった自然で渋いおもしろさの作品の方が個人的には好みですね。

No.419 5点 蒼ざめた馬の殺人- 阿井渉介 2011/06/19 12:41
この作者は初めて読んだのですが、他の方の書評を見ると、不可能興味に徹しているところは列車シリーズから変わっていないようですね。
しかし解決にはいろいろと不満があります。最初の事件では、衣服に傷をつけないように刃物を刺すところを具体的に考えてみると非常に無理がありますし、なぜ普通に衣服の上から刺してはいけなかったのかという理由も超自然現象に見せかけるということ以外には見当たりません。雨を降らせるのはタイミングの予測がほとんど不可能に思えますし、魂の火は飛んで行った時点でタネがバレてしまわなかったのが不思議なくらいです。さらに最後の殺人方法は、本サイトで私が評を書いた1960年台某国内作品と同じ。
とまあ、トリックに関しては欠陥だらけとも言える本作ですが、選挙戦と超自然現象という異質なものの組み合わせはそれなりにおもしろく読ませてくれましたので、一応この点数。

No.418 6点 第三の女- アガサ・クリスティー 2011/06/18 17:36
自分が誰かを殺したらしい、ということでポアロに相談に来た娘は、しかしポアロが年寄りすぎると言って、詳しいことを話さず立ち去ってしまいます。このポアロが年寄りすぎるという理由には何か特別の意味があるのかと疑ったのですが、それは考えすぎで、単に「被害者を探せ」シチュエーション作りのためでした。
誰がどこでいつ殺されたのか不明な状況を持続させる展開は、ちょっとご都合主義なところもありますが、謎の提示段取はなかなか魅力的です。ビートルズ以降世代の若者ファッションも取り入れながら、ポアロとオリヴァー夫人が調査していくストーリーは、退屈という人もいるようですが、個人的には楽しめました。
最後には、作者晩年のポアロものの中では珍しくかなり鮮やかな大技を見せてくれます。ただ手がかりをはっきり示しすぎて、読者にもポアロと同じように推理できてしまうのが難点でしょうか。もっと読者に対して不親切でもよかったと思います。

No.417 8点 運河の家 人殺し- ジョルジュ・シムノン 2011/06/11 11:08
※2011年に収録2編とも原書のコメントを書いていましたので、2つをまとめて多少手を加えました。
●『運河の家』
シムノンがメグレもの以外の小説(河出書房の謳い文句では「本格小説」)を書き始めたごく初期の作品です。
都会育ちのエドメが、父親の死により、フランドル地方(フランス北部)田舎の親戚の家で暮らすことになります。タイトルは運河沿いにあるこの家のこと。田舎のいとこ兄弟はエドメに惹かれるのですが、エドメの方は田舎暮らしに何ともいえない嫌悪感を抱いています。
寒々とした田舎の風景、張りつめた人間関係。最初からもう破滅的な結末が予告されているような雰囲気で、実際その予告どおりの結末になっていきます。途中には窃盗、その後殺人と死体遺棄、さらに最後にもう1件の殺人と逮捕で幕を閉じるこの心理サスペンスは、今まで読んだシムノンの中でも最も暗鬱な話のひとつです。
●『人殺し』
シムノンの犯罪心理小説の中でも特に緊迫感のあるすぐれた作品です。ただしオランダを舞台にしているせいか、本国フランスでは映画化されたことがないようですので、翻訳が遅れたのはそのせいかもしれません。『倫敦から来た男』新訳、『猫』、『仕立て屋の恋』等どれも映画がきっかけですからね。
匿名の密告状で妻の不倫を知らされた医者が、妻とその愛人を殺害して死体を運河に捨てる。医者は確実に犯跡を隠すつもりもなかったのですが、運河に氷が張って死体を隠してしまい、二人は駆け落ちしたものと見なされます。しかし春が近づいて死体が発見されると、医者を犯人とする証拠はないのですが…
後の『ベルの死』と共通点はあるもののある意味逆の設定で、殺人者とその周囲の人々との関係が、殺人者の視点から苦渋に満ちたタッチで描かれています。特にこの結末のつけ方はすごいと思います。

No.416 7点 殺人鬼- 浜尾四郎 2011/06/07 20:54
皆さんが言及されている『グリーン家』については、むしろミスディレクション的な使い方がされていて、その本家よりこっちの方が犯人の意外性はあると思います。それでも現代では使い古された手とは言えるでしょうが。
一方ヴァン・ダインお得意の衒学趣味については、名探偵の藤枝が事件を交響曲にたとえて、第1楽章はアダージョだとか言っているくらいのものです。文章も平易で読みやすいのはいいのですが、ヴァン・ダインのような深い味わいはありません。語り手の小川がかなりでしゃばりな点も、ヴァン・ダインとは正反対です。
それにしても、いかにも古めかしい一家連続殺人フーダニット。
最後の藤枝による説明がまた非常に丁寧です。伏線になっている部分(章・節)をその都度明示するなど、カーやデイリー・キングにも例はありますが、本作の方が少し早いという世界的にも先駆的作品です。さらに中盤でもさまざまな推理・仮説が述べられ、「推理小説」という言葉が生まれるよりはるか以前に書かれた、まさに推理小説です。

No.415 5点 怪しい花婿- E・S・ガードナー 2011/06/04 12:58
このシリーズの中でも、本作はいつもの依頼人登場ではなく、メイスンが窓外の非常階段にいる若い女を見つけるところから始まるという変り種ぶりです。その後依頼人がやっかいな依頼を持ち掛けてきて、例によって殺人へと話はつながっていくのですが、全体の1/3ぐらいで起こる殺人までは、実に面白く読ませてくれます。
裁判になってからは、検事側の視点から描かれた部分もあるのですが、これは珍しいのではないでしょうか。今回はメイスンもきわどいところまで追い詰められて、ドレイク探偵だけでなくデラまで落ち込むシーンもあります。ラスト20ページぐらいになってやっと真相が見えてくるという展開で、最後があわただしく、事件解明がごちゃごちゃし過ぎているように思います。
なお、タイトルの「怪しい」はDubiousで、むしろ「あいまいな」といった意味。依頼人が、法律的には花婿かどうか微妙なところであるのを指しています。

No.414 7点 プレイバック- レイモンド・チャンドラー 2011/06/01 22:08
あとがきで訳者の清水俊二氏も書いているように、チャンドラーとしては珍しいところの多い作品です。
マーロウの人物像や舞台も変わっていますが、ストーリー的には、これまでの作品よりも事件に謎的な要素が多いと言えます。尾行相手の秘密は何か、消えた死体は本当にあったのか、等。そしてその解決も意外にトリッキーです。そのせいでしょうか、再読してみて、なんとなく記憶に残っていた部分がいくつかありました。しかし一発発射された拳銃については、全然説明がついていません。
タイトルについては、個人的には最終章と関係があるのではないかと思っています。通常の意味では録音などの再生ですからね、再登場、再燃的な意味ではないでしょうか。本筋とは全く関係ありませんが、泣かせます。
某角川映画でもパクられていた例の言葉(原文の"hard"は、生島治郎の「タフ」という訳がぴったりくるような気もします)は最後の方で出てきますが、単独ではなく、その言葉を引き出す質問とセットにして語られるべきだと思うのですがね。

No.413 5点 三毛猫ホームズの追跡- 赤川次郎 2011/05/30 21:39
ちょっと悪ノリしすぎなところはあるにしてもこの作者らしい軽快な文章は読みやすく、謎の提示もなかなかのもので、気軽に楽しめます。お約束事的なご都合主義(2年前の事件関係者は誰かというところなど)も、まあこんな作風であれば笑って許せる範囲でしょうか。
しかし、シリーズ第1作における密室のような中心になるトリックが存在せず、連続殺人のそれぞれにトリックは考えられているのですが、どうも小粒なアイディアを並べ立てただけという感じがします。たぶんトリック自体よりも、それを解明するプロセスの方に緻密さが欠けるせいかもしれません。ダイイング・メッセージも、ちょっと偶然が過ぎるように思われます。
ホームズも2作目にしてすでに名探偵らしくなり過ぎている点が気になりました。もっと普通の猫と見える中に才能をちらつかせる方がいいと思うのですが。

No.412 6点 メグレと政府高官- ジョルジュ・シムノン 2011/05/26 21:43
メグレが自分との共通点を感じる登場人物というと、『自由酒場』の被害者や『メグレ間違う』の外科医(これはむしろ対極と言った方がいいかもしれません)がいますが、本作でメグレに個人的に相談を持ちかけてくる政府高官-公共事業大臣もそうです。大臣夫人にもメグレ夫人との共通点を見出したりしています。
本作はシムノンには珍しく政治的な事件を扱っています。メグレの政治嫌いは、やはり作者の意見でもあるのでしょうが、それにもかかわらずどういう風のふきまわしなのか…
自然災害による大事故で百人以上の子どもが死んだ児童施設の事件は、訳者あとがきによると実際の事件をモデルにしているそうです。その事故の危険性を指摘した文書の行方をめぐる本作は、政治がらみだけにいつものメグレもののような人情話的なストーリーにはなりません。しかし、そのような設定だからこそのサスペンスはあり、なかなか楽しめました。

No.411 8点 時の娘- ジョセフィン・テイ 2011/05/23 22:21
ジョセフィン・テイの異色作であると同時に代表作として発表当時から有名な作品、
リチャード三世を悪王とする通説についてはシェイクスピアも読んでないので、さっぱり知らなかったわけですが、それでも最後まで楽しめました。歴史ミステリですが、今回再読してみてクリスティーの『五匹の子豚』やクイーンの『フォックス家の殺人』のような過去の犯罪を再調査し、冤罪を晴らすミステリに近い感じも受けました。訳者あとがきにも書かれていますが、ユーモアがほどよく効いていて、地味な話なのに退屈させません。リチャード三世の無実の証明と真犯人の指摘には特に驚くようなアイディアがあるわけでもないのですが、肖像画の使い方もうまく、非常に好印象を残す作品に仕上がっていると思います。
ローレンス・オリヴィエがリチャード三世を演じたのを見たことがある、と最初の方で外科医が言いますが、これは舞台劇のことですね。オリヴィエは本作出版の4年後に監督兼任でこのシェイクスピアを映画にしています。

No.410 7点 飛越- ディック・フランシス 2011/05/20 22:28
ディック・フランシスの中でも、騎手としてよりむしろ第二次大戦中の空軍パイロットとしての経歴を生かして書かれたという意味では異色作と言えるでしょう。もちろん馬も出てくるんですけれど。
本作では、はっきり事件が起こるのは全体の4割を超えてから。それまでにも本筋とは関係のない謎解きが一つあるとは言え、ほとんどミステリとは思えない馬と飛行機の話が続きます。まあその中にもいろいろと伏線は書き込まれているのですがね。しかしそれでもこの前半、やはりこの作家らしい力強い文章で読ませてくれ、個人的には退屈しませんでした。
で、友人の失踪という事件が起こってからは、ちょっと競馬の寄り道はあるものの、後はストレートにクライマックスまで一本道です。調査も多少は行うのですが、あっという間に主人公は敵の手中に落ちて、後はスリルとアクションの脱出劇。非常に単純な話ですが、最後まで息をつかせません。しかし、あの再生はちょっと安易だな、とか結局あの人は助かるのか、とか、気になる点はあります。

No.409 4点 死角の時刻表- 斎藤栄 2011/05/18 23:10
岡山県北部の鍾乳洞付近で発見された死体―といっても、横溝正史みたいなおどろおどろしさとは全く縁のない、タイトルどおりの時刻表アリバイ崩しものです。
しかし、そのアリバイ・トリックの原理はこんなところだろうなと予想していたとおりのもの(今でも似たことをよく経験せざるを得ない地域に住んでいるからかもしれませんが)。秋田で起こった殺人事件との関係が見えてくるまでの前半はそれなりにおもしろかったのですが、岡山事件のアリバイ調査になってくると、犯人は確かにいろいろ細かい工夫をしているものの、かえって煩雑な印象しか残りません。
それよりも、動機にも関係するもう一方のアイディアの方が意外性があります。これも考えてみれば現実的には危なっかしいトリックなのですが、読者を驚かせるという意味では効果があります。犯人の人格設定と小説の終わり方も目のつけどころは悪くないと思うのですが、この作者の文章ではねえ…

No.408 5点 泥棒のB- スー・グラフトン 2011/05/14 10:07
スー・グラフトン初読。
このシリーズは一般的にはハードボイルドに分類されているようですが、少なくとも本作を読んだ限りでは、個人的なハードボイルドの定義からは少々外れているかなと思えます。語り口もそうなのですが、たとえば地道な捜査を続けた後ラストに一気に刺激的なサスペンスとアクションの見せ場を作る構成。第24章の半ばあたりから、キンジーを犯人と対決させてクライマックスとするための段取が始まります。一方ハメットやチャンドラーは、このような盛り上げで話を締めくくることはめったにありません。
しかしまあ、細かな分類など作品の評価には関係ないとは言えるわけで、エンタテインメントとしては普通によくできているという感じはします。ただ、犯人が使ういかにもなトリックは、証拠偽装を実際にどうやってのけたのか説明不足ですし、特殊な凶器の選択理由もありません。部屋を無茶苦茶にする時素顔をさらす危険性を冒したのも不自然です。謎解き的要素がかなりあるだけに、かえって論理的欠点が目につきます。

No.407 7点 メグレと若い女の死- ジョルジュ・シムノン 2011/05/11 23:07
タイトルどおり、パリの街角で若い女の死体が発見されるところから始まる本作。
3/4ぐらいまで読んだところで犯人は誰かなどと考えてみても、答は絶対に出ません。というのも、犯人はまだ登場していないからです。その犯人は最初の証言を終えるや否や、メグレに嘘を見破られてそのまま警察に連行されてしまうのです。
本作では事件の主役は被害者の方であって、犯人は誰でもかまわないのです。思い込みに捉われず普通に読み進んでいけば、シムノンが描こうとしたのは殺人犯やその動機ではなく、田舎からパリに出てきた若い女の行く末であることは、はっきりとわかるように描かれています。「無愛想な刑事」ロニョンの出番が多く、彼の生活などについてかなり筆が費やされているのも、本作のテーマとからんできます。しみじみした哀しみが伝わってくる作品です。最終ページのメグレと犯人の会話もしゃれています。

No.406 7点 黒白の囮- 高木彬光 2011/05/09 21:41
高木彬光久々の読者への挑戦(たぶん『人形~』以来?)は「読者諸君に」としていて、社会派全盛時代だけに初期みたいにはったりめいてはいません。しかしそれでもやはり本作のアイディアには自信があったのでしょう。実際、これはよくできています。一方の謎であった自動車事故偽装トリックは明かしてしまい、アリバイ崩しまでやってのけた後の挑戦。この偽アリバイに加えてクラシックを聴かせる音楽喫茶が出てくるあたり、鮎川哲也を思わせるところもあります。
最後の皮肉な結果と、それに対する近松検事の幕切れ台詞もいいですね。最初の容疑者に任意出頭を求める場面のユーモラスな感じ(刑事たちは苦い顔をしていますが)も意外に記憶に残っていました。
ただし、今回再読してみて動機に説得力があまりないのが気になりました。また推理の後半については、納得はいくものの、挑戦まで入れるにはちょっと論理性不足かなとも思います。

キーワードから探す
空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1505件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(110)
アガサ・クリスティー(65)
エラリイ・クイーン(53)
松本清張(32)
ジョン・ディクスン・カー(31)
E・S・ガードナー(29)
横溝正史(28)
ロス・マクドナルド(25)
高木彬光(22)
ミッキー・スピレイン(19)