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[ 警察小説 ]
嫌疑
フリードリヒ・デュレンマット 出版月: 1962年01月 平均: 8.00点 書評数: 2件

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早川書房
1962年01月

早川書房
1972年01月

No.2 9点 クリスティ再読 2018/01/02 18:07
ハヤカワの「世界ミステリ全集」って、従来型の「古典全部集めました」の対極となる、過激にモダンな編集方針が災いして、保守的なマニアの評判が悪かった「ミステリ全集」なんだけど、英米仏以外の国のミステリを紹介した1巻があって、そこに収録されていた「嫌疑」を読んだのが初読。これホント衝撃の作品だった...なので今回読み直すのを非常に楽しみにしていたんだが、やはり「嫌疑」は非常な傑作。ポケミスで併載の「裁判官と死刑執行人」は「嫌疑」の練習みたいな雰囲気(プロットは結構違うが)なので、とりあえずここでは「嫌疑」について述べておけばいいと思う(「裁判官~」は重病のベールラッハが健啖ぶりを発揮するシーンが素晴らしい)。
ミステリを「悪」を扱う小説と捉えたときに、その「悪」が「既定の道徳から外れていること」ではなくて、「絶対的な悪」として描こうとするのならば、言い換えると「宇宙的な悪」というスケールで捉えるのならば、それは一種の形而上小説・観念小説になる。「嫌疑」に一番近いのは、評者の見るところ、埴谷雄高の「死霊」だろうね。そういう「しんとした襟を正すような、道徳の彼岸」を、探偵役のベールラッハは覗きこむことになる。話は単純。ナチの絶滅収容所で生体解剖をしていたサディストの医師が、追及を逃れて金持ち専用のサナトリウムの経営者に収まっているのでは?という疑惑をつかんだ、余命1年の警部ベールラッハは、主治医の協力のもとそのサナトリウムに入院して、手がかりを探る...

強制収容所で生体解剖を受けた或るユダヤ人から、人間の間には拷問するものと拷問に苦しめられるものとしかないと聞いたんだが、わしは悪へ誘惑されたものと、その誘惑に合わずにすんだものとの区別があると思うね。するとわれわれスイス人は、誘惑に会わずにすんだものにはいるわけだが、これは恩寵であって、多くの人が言うように、過失ではないんだ。何故なら試みにあわせたもうなかれとわれわれも神に祈るべきだからな

人間の獣性と聖性は危うい偶然にのみ左右されるのかもしれない。「裁判官」を併せて読むと、ベールラッハと医師はただの偶然で悪をなす側と悪を追及する側に分かれたにすぎないことになる....これが自らの行為に思惟をする人間の限界なのかもしれない。だからこそ、囚われのベールラッハを救い出しうるのは、自ら人間の列外へ逃れ出た「死人」くらいのものなのだ。ガリヴァーと小人の造形にあたかも白土三平の忍者ヒーローのような印象がある。素晴らしい。

No.1 7点 kanamori 2013/09/09 22:26
スイスの劇作家デュレンマットの、小説としては最初期の作品「嫌疑」と「裁判官と死刑執行人」という短めの長編2編を収録。

戦時中ナチス強制収容所で残虐な医療行為を行い、戦後は他人になりすましていた元親衛隊医師を、死の病で入院中の老警部が追及する「嫌疑」。
地方名士の屋敷に潜入捜査中の部下が殺されるが、老警部の捜査は終盤思わぬ構図の反転をみせる「裁判官と死刑執行人」。
いずれもスイス・ベルン警察の老警部ベールラッハという人物を主人公としているので、ジャンル登録は警察小説としたが、ミステリのプロパー作家が書くものとは一味違う、読み手の予想の斜め上を行くような枠を外した後半の展開が非常に面白かった。
ただ、収録作の並びがシリーズ2作目、1作目の順になっているのが解せない。1作目を先に読むほうが衝撃度がより大きいのではないかと思う。


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フリードリヒ・デュレンマット
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2002年05月
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1962年01月
嫌疑
平均:8.00 / 書評数:2