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[ 本格/新本格 ]
奇蹟のボレロ
加賀美捜査課長/別題『奇跡のボレロ』
角田喜久雄 出版月: 1948年01月 平均: 6.00点 書評数: 5件

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自由出版
1948年01月

桃源社
1955年01月

桃源社
1958年01月

青樹社
1965年01月

国書刊行会
1994年06月

No.5 6点 2021/02/24 23:50
 新聞に掲載された楽団新太陽の死亡広告。キャバレー・エンゼルでの「奇蹟のボレロ」公演前夜、不吉な予告どおりに事件は起こった。匕首で胸を刺された死体の頸には絞殺の痕、その上現場は一種の密室状態にあり、建物内に残されていた楽団員はすべて椅子に厳重に縛りつけられていた。大胆不敵な不可能犯罪を冷徹に遂行していく殺人者と、警視庁きっての名探偵加賀美捜査一課長の火花を散らす戦いが、いま始まる・・・・・・。
 奇術趣味にアリバイ破りを取り入れ、緻密な構成美を誇る「奇蹟のボレロ」に、「緑亭の首吊男」「怪奇を抱く壁」「Yの悲劇」「霊魂の足」他、終戦直後の混乱した世相を背景に重厚な推理を展開、強烈な個性で本格新時代の到来を告げた加賀美シリーズ全短篇を収録した決定版。
 国書刊行会〈探偵クラブ〉版で読了。新保博久氏の行き届いた配慮で、収録作は長短とりまぜ事件簿順に配列されているが、あえて発表順に並べると Yの悲劇/怪奇を抱く壁/緑亭の首吊男/髭を書く鬼/黄髪の女/五人の子供/霊魂の足/奇蹟のボレロ となる。これに創元の日本探偵小説全集から『高木家の惨劇』を調達すれば、加賀美敬介の登場作品二長篇七中短篇は全てコンプリート出来てしまう。この叢書の中でも大変お得感の強い、読み応えのある編集内容である。
 角田の作品は初体験だが、思ったよりカッチリした内容。満員電車の中、加賀美から証拠品を掏り盗ろうとする男が発端の「Yの悲劇」や、シムノン『サンフォリアン寺院の首吊人』風出だしの代表短篇「怪奇を抱く壁」など、魅力的な掴みから怪奇な事件へ、そしていざ捜査に入れば箇条書き付きでいくつもの疑問点が挙がり、意味ありげな指摘は成されるも基本的には五里霧中のままストーリーは進んでゆく。言われるほどシムノン風とは思わないが登場人物の彫りは深く、どの事件にも終戦直後のインフレや風俗描写が深い影を落としている。
 表題作は外洋の大きなうねりにのって静かにローリングを続ける客船・伊勢丸船上より始まる。たまたま乗り合わせた加賀美課長に、黒枠広告の不安を訴える楽長。徐々に緊張が高まる中、五人のメンバーの一人にモルヒネが盛られる。その場は幸い事もなく済んだが予告状に記された五日後、本番前夜の練習の際遂に事件は起きた。だが各所に閉じ込められ厳重に縛られた団員たちのいずれも、殺人を行うのは到底不可能だった・・・
 シチュエーションの解決はしょうもないが、各人の性格を読み切った複数の操りが進行し、それに伴い解決も二転三転する。全体の構成は暗闇での射殺事件を扱った中篇「霊魂の足」と似ているが、こちらは緻密な手掛かりの分だけ腰砕けにならずに済んでいる。奇術要素も彩り程度で色物感もさほどなく、佳作とまでは行かずともそれなり以上に楽しめる。
 中短篇は解説にもある通り、短いほうの三篇はどうも物足りない。長めの中では展開の読める「緑亭~」を除くと「Yの悲劇」「怪奇を抱く壁」「霊魂の足」がベストスリーで、イチオシは不可能性は予想通りなものの、それを上回る真相の意外さと人情味で泣かせる「Yの悲劇」。トータルでは「~ボレロ」に中短篇分を若干プラスして6.5点となる。

No.4 6点 人並由真 2020/07/17 19:00
(ネタバレなし)
 1976年9月初版の春陽堂文庫版(中編『霊魂の足』を併録)で読了。
 第三者が出入した様子がない屋内で殺人が発生。中には殺された被害者と容疑者の4人がいたが、彼らはみな厳重に縛られていて殺人など不可能なハズだった……という謎の訴求力は最高! さらに主人公探偵・加賀美課長の捜査につれて複数の疑問点や矛盾点が浮かび上がってくる辺りのワクワク感もとどまることをしらない。中途、そんな不可能犯罪の謎を暴くことを前提に突き進んでいた加賀美に無粋な横槍が入り、それでも己の洞察と信念に確固と従うヒーロー探偵の姿は正に「燃える!」の一言。
 こりゃ『高木家』より、数段面白いのではないの? と思っていたら、後半でいろいろとコケました。いや、丁寧な謎解きの説明はいいけれどね。風呂敷の畳み方が素直すぎて、ミステリのエンターテインメント性が薄れてしまったというか。
 ただまあ和製メグレと一部で噂されている加賀美のキャラクターは『高木家』よりこっちで本領発揮された感じはあります。某・事件関係者を前にして、加賀美が胸中に浮かべる想念など、初出の頃にはかなりインパクトがあったのではないか。

 併録の『霊魂の足』は、予想外に読みごたえがあって面白かった。物語の小さな見せ場や謎解きの要素が豊潤で、これなら長編に仕立ててもよかったのでは、と思う。
 第二の殺人の実働に関しては、そんなにキレイにうまいこといくのだろうか? とも思わされたけれど。

 しかし地の文で「濁った目」と形容されるヒーロー探偵というのも、そういないのではないだろうか(名探偵の概念のパロディ的な意味合いのキャラなら、別だろうけれど)。

No.3 6点 ボナンザ 2015/10/17 21:04
高木家の惨劇と並ぶ角田の代表作だけあって引き込まれるでき。
おまけの霊魂の足も良作。

No.2 6点 nukkam 2011/05/06 11:25
(ネタバレなしです) 1948年発表の加賀美捜査課長シリーズ第2作で、同じシリーズ作品でも「高木家の惨劇」(1948年)とは趣きが異なる作品でした。アリバイトリックものという点では共通していますが、容疑者全員が椅子に縛り付けられていて動けなかったというアリバイは古今東西例を見ないのではないでしょうか。前半は音楽界を舞台にしたプロットですが、中盤以降は奇術色が濃くなるのも特徴です(ある奇術の図解入り解説まであります)。トリック自体はそれほど優れたものとは思いませんが、複雑な人間関係が絡むどんでん返しはスリリングな謎解きを生み出しています。角田喜久雄(1906-1994)はミステリーよりも時代小説の方が多く、この魅力的なシリーズも長編2作と短編7作のみで終わってしまい、ミステリー作家としては同時代の横溝正史や高木彬光ほどの名声を得られませんでした。

No.1 6点 2009/07/01 21:17
名探偵として活躍する加賀美捜査課長がシムノンのメグレ警視をモデルにしていることは知られていますが、それだけでなく角田喜久雄がいかにシムノンから影響を受けているかには、驚きました。
最初の1ページを読んだだけでも、文章スタイルがシムノンそっくりと言ってもいいほどであることに気づかされます。シムノンの文体は、翻訳を介しても明らかなほど個性的ということなのですが。
さらに寡黙な感じの真犯人指摘シーンにしても、推理部分の後のエピローグのつけ方にしても、初期メグレもののいくつかが思い浮かびます。
この文章に幻惑されて、謎解きミステリとしての骨格がどうでもよくなってしまいそうになりましたが、奇術を利用したトリックはたいしたことはなく、その後のひねりが見所です。よくもこんなめんどうな殺人計画を、という気もしますが、推理はなかなかのものでした。


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角田喜久雄
2021年10月
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