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フォーチュン氏の事件簿
フォーチュン氏
H・C・ベイリー 出版月: 1977年09月 平均: 7.00点 書評数: 3件

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東京創元社
1977年09月


1977年09月

No.3 7点 クリスティ再読 2025/09/07 10:56
知名度が日本ではどうも低いけど、確かにホームズライヴァル世代の重要な作家ではあるよね。いや要するにどうもキャッチフレーズに欠ける、という問題なのかもしれないや。医師もありきたり、美食家もネロ・ウルフほどのインパクトではないし、人格円満な紳士。とくにロジック派でもないし、驚きのトリックを暴くというわけでもない。堅実な人間観察に基づいた、「直観型」探偵像ではある(まああまり直観型なんて言葉を乱用されたくはないのだが)。

このアンソロは12冊もあるオリジナル短篇集からの傑作選となる。最初の短編集である「フォーチュン氏を呼べ」からの収録はなく、2~10までの短編集からほぼ均等に傑作をセレクト。海外のオムニバス本を参考にしたようだ。このシリーズの特徴として、シリーズ後半の出来がいい、というホームズにもブラウン神父にもない美点があるようだ。たしかにホームズライヴァルのくせに創元の「世界名作短編集」では最後の第5巻に「黄色いなめくじ」が収録されていて、何か不思議だが「シリーズ後半の出来がいい」ことの証明みたいなものなんだな。

確かにフォーチュン氏、この短編集でもキャラのブレも少なく、警察の顧問の立場にある医師として、ヴァラエティに富んだ事件に遭遇している。「ハードボイルドに相通じる」と解説の戸川安宣氏が述べているが、これはホームズ探偵譚がトータルな社会小説を目指していたのにもかかわらず、ホームズライヴァルの活躍範囲が狭いブルジョア階層に限られてしまったことへの反省みたいなものかもしれないよ。要するに、フォーチュン氏探偵譚の舞台が、上流から下層階級の家庭問題に至るまで、かなり広い社会階層に及んでいるということなんだ。さらに言えば、この短編集には収録されなかったが「黄色いなめくじ」のような陰鬱さは、下層階級の現実の生活に根差した事件として、フォーチュン氏のテリトリに入って生きているということでもある。

まあ実際、悲惨な事件が多いんだよね。それに同情的であり、気の毒な人たちのために活躍するわけで、「社会の医者」らしいところを、大言壮語せずに勤めているあたりに、好感を持てるのだ。同時に子どもが絡んだ事件に名作が多い印象もあるな。そして犯人像が示す「邪悪さ」が、ミステリのお約束からはみ出ていることも多い。ただの物欲や復讐欲ではない「邪悪さ」というものは、たとえば「知られざる殺人者」にも強く現れている。

一作選べば「小さな家」かな。消えた少女を巡る些細な出来事から、隠れた犯罪を暴き出す興味の引っ張り具合と、ブレないフォーチュン氏の態度がナイスである。けど「聖なる泉」をロスマク風と評するのは、「ハードボイルドに相通じる」という解説の意見に引っ張られているかもしれないよ。荒涼としたコーンウォールの風景と、出稼ぎに行かざるをえない庶民の生活感の中で起きた陰謀事件という印象だなあ。

というわけで、紹介されるべくして紹介されたホームズ・ライヴァルである。キャッチーな特徴はまったくなく、ミステリマニアの気をひく「分かりやすい名作」はないけども、実力派であるあたりを贔屓したくなるなあ。

No.2 7点 ボナンザ 2022/04/09 22:42
これは埋もれた良作集だと思う。知られざる殺人者はダブルミーニング?
復刊に伴い評価されてほしい一冊。

No.1 7点 2018/06/11 11:47
「ええーまだこれ誰も採点してなかったんですか? アブナー伯父シリーズ並みにむっちゃ面白いのに?」
 とのっけからかましてみましたが、まあ分からんこともないです。私も実際に読むまでアウトオブ眼中でしたし。
でも読んでみて評価が変わりました。まずしょっぱなの「知られざる殺人者」が強烈です。
 婚約者と共にある孤児院のパーティーに赴いたフォーチュン氏。院長に迎えられ、しばし楽しい時を過ごすも施設内で突然起こった悪夢のような殺人。
喉をかき切られた女性医師にはこれほど残酷に殺される理由は何もなく、さらにフォーチュンは現場に残された証拠から、犯人の異常な行動を知る。
他の訪問客を当たるも一向に進展を見ない捜査。さらに続けて来客の一人の息子に砒素が投与される。ぼやけた事件が、フォーチュン自身を襲うショッキングな出来事と共に一気に焦点を結ぶ…! 
 発表年代を考えるとこれ凄いですね。一種ハードボイルドに似た味わいがあります。
 あとベイリーは子供が出てくると面白いです。同収録の「小さな家」はそれほどでもないですが、紙幅を取った「聖なる泉」はこの短編集では「殺人者」に次ぐ出来です。短編以上中編未満の中途半端な枚数の作品に傑作が多いのが、日本で翻訳されず知名度が低い一因でしょう。
 他にも経済犯罪の「ゾディアックス」書誌ミステリの「羊皮紙の穴」などバラエティに富んでます。全体に同時期の他英国ミステリ作家とは切り口が異なる感じです。
これに別アンソロジー収録の「黄色いなめくじ」「長いメニュー(個人的には「なめくじ」よりこっち)」を加えれば、十分にマスターピース候補短編集と言っていいでしょう。両作品の分だけ点数はさっぴいておきますが。
 短編長編とりまぜてベイリーにはアホ程未訳作品が残されてますので、個人的に今後の翻訳に期待する作家の一人です。「フォーチュン氏を呼べ」以降の作品も論創社でやってくんないかな。


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H・C・ベイリー
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