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[ ハードボイルド ]
ビスケーン湾の殺人
私立探偵マイケル・シェーン
ブレット・ハリデイ 出版月: 1961年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1961年01月

No.1 7点 人並由真 2022/04/08 07:12
(ネタバレなし)
 世界大戦が終焉した1945年11月。ニュー・オルリンズに新たな事務所を開いていた私立探偵マイケル・シェーンは、秘書のルーシイ・ハミルトンに留守を任せて古巣のマイアミに息抜きにきていた。亡き妻フィリスとの思い出が残るアパートを一時的に借りうけていたシェーンはルーシイから電報を受け取り、世間を騒がしているベルトン夫人殺人事件の捜査のため、ニュー・オルリンズへの帰還を求められた。だがそんなシェーンのもとを、3年前にフィリスが親しい友人として紹介した女性クリスティン・ティルベットが来訪。今は青年実業家レスリー・P・ハドスンの新妻となっているクリスティンは、シェーンにある秘密の相談事を訴える。だがこの依頼は、思わぬ局面を経て、若い女性の死体がビスケーン湾に浮かぶ殺人事件へと繋がっていく?

 1946年のアメリカ作品。マイケル・シェーン、シリーズの長編第13弾。
 シリーズの流れの上では、この前が未訳の第12弾「Marked for Murder」で、さらにその前がメキシコ出張編の第11弾『殺人稼業』。
 フィリスとの死別を経た「ニュー・オルリンズ」編もそろそろ終わりそうな気配があるが、実際のところは次作『シェーン贋札を追う』を読まなければ、わからない。
 本作は冒頭でシェーンが、ニュー・オルリンズに残してきたルーシイへの恋心を意識する叙述に始まり、その直後にフィリスの大学時代からの親友でシェーン夫妻の幸福な結婚生活もずっと見守ってきたという、メインゲストヒロインのクリスティンが登場。第一作『死の配当』以降のフィリスとの思い出も続々とシェーンの記憶のなかに甦り、まさに本シリーズファン感涙の一冊。なに、このサービスぶり?
 まあ、たぶんこれって『長いお別れ』を経て『プレイバック』と『ペンシル』をほぼ同時に? 書いて、リンダ・ローリングとアン・リアードンというマーロウにとっての二大ダブルヒロインを見つめ直したチャンドラーに近しい気分だったんだろうね。この当時のハリデイは(その際のチャンドラーより、こっちの方がずっと先だが)。
 ということで本作のラストは、このシリーズのファンである評者などにとってはすんごく腑に落ちるクロージングであった。もちろん具体的には、ココでは書かないけど。ただなんというか「ああ、すべてはここに至るための物語だったのね」という気分である。
 でもって肝心の現在形メインヒロインのルーシイが最後までドラマの表舞台には不在なのも、この作品のミソだ。たぶん。
 
 クリスティンが陥ったさるトラブルを打開するためにシェーンが動くうちに、どういう事情で生じたのかなかなかわからない(仮説や推理は立てられる)若い美女の殺人事件が発生。登場人物の多くもそれぞれ秘密を抱えたり嘘をついている気配もあり、錯綜する物語だが、ミステリとしての着想はクリスティとかの一部の作品にありそうな雰囲気のもの(特に具体的な作品をさすのではなく、あくまでそんなイメージとして)。なかなかトリッキィな仕掛けがある。まあ気づいちゃう人は気づいてしまうかもしれないが。
 終盤に関係者一同を集めて、の謎解きは本シリーズの半ばお約束(例外のときもあるが)でいつもの外連味がたっぷりだ。 

 レギュラーキャラであるシェーンの友人の新聞記者ティモシイ・ラークも、普段の良い意味で無色透明な彼のキャラクターに似合わないダーティプレイをしているのでは? という疑惑も生じ、その辺もなかなかスリリング。シリーズが完全に軌道に乗った段階での一冊という余裕を感じさせた。
(ちなみに本作での登場時点からラークは銃に撃たれた傷が回復とかなんとかあるんだけど、これがその未訳の第12弾「Marked for Murder」でのことなんだろね? 本作はほかにも、シェーンがベッドで死体とともに朝を迎えたとか、たぶんまだ未訳の長編で語られているのであろう、そんな過去の事件のエピソードも作中で話題になっている。で、ソレはなんという作品なんですか?) 

 本作に話題を戻すと、謎解きとして、ちょっとネタが後出しの部分があるのは、やや減点。ただ「ああ、あの話題はやっぱり伏線だったんだね」という感じでの作劇の設け方は、ガードナーやスタウトあたりの雰囲気に近いものを感じたりする。
 でもってこの作品は、シェーンがルーシイから電報を受け取り、明日の夜までは帰るから、と期限を自らきった中で、わずか二日のうちに解決する設定の物語である。そしてこの趣向そのもの(先のヒロイン、フィリスとの関係性から始まった事件を解決し、現在のヒロイン、ルーシイのもとにきちんと戻る)が、もう何をいわんかや、であり、うん、やっぱりこれはハリデイ=シェーンシリーズ版『ペンシル』だな、コレ。
 できるなら一見さんよりも、シェーンシリーズの流れになんとなくでも通じたファンにこそ読んでほしい一作。
 思いのほか、心の弾む作品ではあった。シェーンシリーズのファンには。


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ブレット・ハリデイ
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