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[ ハードボイルド ]
殺人と半処女
私立探偵マイケル・シェーン
ブレット・ハリデイ 出版月: 不明 平均: 6.00点 書評数: 1件

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No.1 6点 人並由真 2019/03/31 04:16
(ネタバレなし)
 太平洋戦争のさなか、愛妻フィリスを新生児ともどもその出産時に失った赤毛の私立探偵マイクル・シェーン。彼は辛い思い出の宿る古巣マイアミを離れ、ニュー・オーリンズに新たな事務所を開いていた。亡き妻に似た娘ルーシィ・ハミルトンを少し前に秘書に迎えたシェーンは早速、新天地で事件を解決。地元の警察署長マックラッケンとも懇意になっていた。そんなシェーンのもとに旧知の保険会社社員デイトンから、引退した実業家ローマックスの奥方の盗まれたネックレスを取り戻すのに協力してほしいと依頼があった。これに応じるシェーンだが、続いて青年軍人テッド・ドリンクリィ中尉が事務所を訪れ、ある件の調査を依頼する。ドリンクリィは半年前に知り合ったノルウェイ人の娘キャトリン・モオと婚約したが、その彼女が昨夜、結婚式前夜に自室でガス中毒死した。現場は施錠された密室で、事故も生じにくい環境ゆえ警察は自殺と見ているが、ドリンクリィには得心のいかないものだった。他殺の可能性を疑うドリンクリィの願いを受けて調査を始めるシェーンだが、キャトリンが住み込みのメイドとして働いていた邸宅が他ならぬローマックス家だった。二つの事件の交差は偶然か? そしてキャトリンの死は自殺を装った密室殺人なのか? シェーンは独自に調査を進めるが……。

 1944年のアメリカ作品で、マイケル・シェーンシリーズの長編第10弾(この作品の邦訳ではマイクル・シェーン表記)。
 シリーズの中で重要な位置を占める(愛妻フィリスとの死別の模様が描かれるらしい)第8弾が未訳のため仔細は不明だが、シェーンが一時期マイアミを離れた期間の事件となる。
(初のニュー・オーリンズ編であろう第9作『シェーン勝負に出る』の「マーゴ・メイコン(メーコン)事件」の話題も、本作『殺人と半処女』の中にチラリと二回ばかり出てくる。)

 本作の邦訳は1957年9月に刊行の「別冊宝石70号・世界探偵小説全集カーター・ディクスン&ブレット・ハリデー編」(宝石社)に所収(というか掲載)。ポケミス(HM文庫)以外では唯一、別の版元・別の叢書から翻訳されたシェーンものの長編であった。なお「別冊宝石」同号の作家紹介記事で解説担当の乱歩は<本作『殺人と半処女』が初めて本邦に紹介されたハリディ(記事内の表記はハリデー)の作品(長編)>と書いていたが、惜しいかな、現実には同年の7月末にポケミスから『夜に目覚めて』が1~2ヶ月早く刊行されてしまっていた。おそらく乱歩が記事を書いて入稿した直後の時間差での発売だったのだろう。当時、こういう暗合というか偶然もあったようである。

 実は本作は<40~50年代のハードボイルド私立探偵小説のなかに不可解な密室殺人の謎が登場>という趣向から、結構古くから、日本の一部のミステリマニアの間でも話題にされていた長編でもある(少なくとも自分の周囲では、同じ趣向のカーター・ブラウンの『ゴースト・レディ』などと並んでそれなりに有名な一編だった)。
 その辺の興味で読んでもそれなりに面白いが、ミステリ&物語的な求心ポイントはローマックス家の周辺で起きた2つの事件の絡み具合と、さらには本作の題名であるキャトリン=「半処女」の謎(本作の原題は「Murder and the Married Virgin」)。つまり享年20歳のキャトリンはまだ男性経験のない処女だったと検死で判明するのだが、なぜかその遺品の中には、彼女の指にぴったりの使い古された結婚指輪があり、じゃあ処女なのに以前に結婚していた? ……その不可思議? な素性を指して「半処女」と邦題で呼ばれている。

 それらもろもろの事件の興味に、ローマックス家の面々をはじめとした登場人物連中のうさんくさい挙動、さらに何よりフィリスと死別した傷心の疼きを忘れきれない一方、ルーシィとの距離感を手さぐりで縮めていくシェーンのプライベート模様が読み所となっている(シェーンシリーズのファンには、ルーシィとシェーンがまだ相手の個性や人柄を見極めきれていないこの段階にあって、互いの思いをぶつけ合うシーンなど、とても味わい深い)。
 とりわけシェーンシリーズに思い入れのないミステリ読者でも、40年代ハードボイルド私立探偵小説の中で語られた密室事件という興味で読んでみるのも一興だろう。たぶんミステリマニアの間での話のネタにはなるか?
(ただし可能なら、シリーズ前作で先述の『シェーン勝負に出る』は先に読んでおいた方がいいかも。同作の事件「マーゴ・メイコン(メーコン)事件」の犯人について、本作の中でチラリと情報が出てしまっているので。)
 話には当時のハードボイルド私立探偵小説らしい動的な要素も十分にあるし、ミステリ的なギミックも相応に盛り込まれた佳作~秀作。 
 翻訳はブッシュやビガーズ、フィルポッツの長編なども手がけている小山内徹が担当だが、年代を考えれば結構読みやすい訳文だと思う。

 ちなみに本作の「別冊宝石」でのカップリング作品(長編)は、カーター・ディクスンの『九人と死人で十人だ(九人と死で十人だ)』であった。
 この別冊宝石版『九人~』の翻訳者・旗守真太郎というのは、当時のSRの会のメンバーが分担で翻訳をこなした際の合同ペンネームだったそうなので(情報の出典はSRの会の正会誌「SRマンスリー」70年代のバックナンバーでカーの追悼特集号)、もしかしたらハリディの『殺人と半処女』の方も、当時「別冊宝石」の編集部と接点のあったSRのメンバーの誰かが、原書の時点でハリディのこの作品は密室ものと認めて、同誌の編集部だか乱歩当人だかに<カーと組み合わせるのならこの長編で>……と推挙したのかもしれない? これはきわめて勝手な想像(笑)。少なくとも前述の作家紹介記事を読むと、お世話役の乱歩は当時それほどハリディには詳しくなかったようである。
 まあそれ以前に編集部周辺のブレーンたち(田中潤司とか)の方でセレクトしたことも十分に考えられるのだが。


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