皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ その他 ] 久生十蘭短篇選 川崎賢子編 岩波文庫 |
|||
---|---|---|---|
久生十蘭 | 出版月: 2009年05月 | 平均: 7.67点 | 書評数: 3件 |
![]() 岩波書店 2009年05月 |
No.3 | 6点 | 蟷螂の斧 | 2025/08/04 09:58 |
---|---|---|---|
①黄泉から 6点 婦人軍属になって戦死した従妹が、自分を恋うていたことを知る。今日は彼女を追悼しよう…夜道で
②予言 7点 新婚の花婿は自分たちが心中をするという予言の手紙を受け取った。ハネムーン旅行に出るが…的中か? ③鶴鍋 6点 鶴を捕まえて鍋にしようする男と、老人の会話…行方不明者(一読では理解不能いい話だが) ④無月物語 6点 後白河法皇の時代。二人の美しい女性が、当時ではめずらしい死刑となった…後妻と娘(時代劇なので非常に読みにくい) ⑤黒い手帳 6点 ルーレットの法則を研究する男、金欠で金儲けを企む夫婦、それを観察する私…法則解明か? ⑥泡沫の記 6点 ルートヴィッヒ二世の最期…森鴎外「うたかたの記」のパスティーシュ? ⑦白雪姫 7点 新婚夫妻は軽装で雪山に向かった。そこにはクレヴァスが…公判と22年後 ⑧蝶の絵 5点 名家の息子が復員した。南方で猿を食したなどと体験談…孤独な男の心情 ⑨雪間 6点 雪の箱根。一時、晴れ間が広がる。サングラスが必要…リドルストーリー ⑩春の山 5点 闘鶏の話…日常とのギャップ ⑪猪鹿蝶 7点 結婚を破断にするため、死んだことにされた女。10年ぶりに現れた…電話での一人語り(ユーモア系) ⑫ユモレスク 4点 放蕩息子への母の思い ⑬母子像 8点 少年が放火の疑いで補導された。飲酒して線路に寝転がっていたこともあった…警察官の拳銃 ⑭復活祭 6点 12歳の娘が20年前、20も年上の男に出会った。娘は今も独身…それは恋心だったのか? ⑮春雪 6点 若い娘が浸礼を受けた。そのわけは?…儚い恋 |
No.2 | 8点 | クリスティ再読 | 2025/07/21 17:56 |
---|---|---|---|
久生十蘭のアンソロだけど、岩波文庫というのがフルってる。最近では乱歩だって岩波文庫で出てたりするわけだが、教養主義の牙城である岩波から乱歩やら十蘭やら出てしまう21世紀というのは、何なんだろうな。編者はモダニズムの研究者で、戦前の新青年やら宝塚やら調べているとよくお目にかかる川崎賢子。とりあえずこのアンソロは「黒い手帳」以外は戦後作品。秘境小説は外して、ミステリ度は低いけど、奇譚としての豊穣な世界をのぞかせるアンソロとなっている。総じてハズレなし。
編者の好みかもしれないが、比較的ロマンティックな「秘めた恋」の話が多いかな。そう見るとアンソロ最後の作品「春雪」などは、そういう編者の好みが強く出た名編ということになりそうだ。視線を交わすだけで成立する恋と、身代わりでも成立する結婚の話。まあだからか、ペーソスのある話に仕上がっていることが多い。死者の霊が帰ってくるお盆の時期に絡めて、ニューギニアの「雪」を描く「黄泉から」。「鶴鍋」なんてトリッキーな恋の取り持ち話だし、「復活祭」でもそれとない父子の名乗りの話で、「秘するが花」が生み出す興趣というのは、十蘭が男女の別れ話を「三年かけてい・や・だ」と伝えるものだといったという逸話とも結びついてくる。 「I love you」を「月がとても綺麗ですね」と訳すべきだ、という漱石にひっかけた俗説があるように、恋は秘すべきなのが日本人なのだな(苦笑)そういう「恋」が十蘭の「ミステリ」なのかもしれないよ。 個人的には「白雪姫」が好きかな。わがままな妻と軽装で氷河を横断しようとして、妻がクレバスに落ちてしまう話。氷河の描写にシュティフターの「水晶」を連想する。22年かけての「ハナが天然の氷室に包蔵されたまま、幻想的な旅行」というイメージの鮮烈さにヤラレる。年老いた夫が氷の棺に閉ざされた若いままの妻と再会する感慨はどのようなものなのだろうか? アイデアが秀逸と思うのは「蝶の絵」。どうみてもおカイコぐるみで、荒い風浪に耐えそうにもない良家のボンボンが、応召して与えられた秘密任務の話。適材適所、というべきかw あと一応議論の余地なくミステリな「雪間」もイメージが鮮烈。 「長唄は六三郎、踊りは水木。しみったれたことや薄手なことはなによりきらい、好物はかん茂のスジと初茸のつけ焼き。白魚なら生きたままを生海苔で食べるという三代前からの生粋の深川っ子」と描写される老刀自が登場する「ユモレスク」。この老女は十蘭を追いかけてパリに渡り、生花展を成功させた十蘭の母の面影が投影されているそうだ。いや実際、「ユモレスク」だと茶懐石のシーンがあるわけで、十蘭にも茶道の教養を窺わせたりもする。 また全体的に男性作家としては例外的に、女性の登場人物のファッション描写「栗梅の紋お召の衿もとに白茶の半襟を浅くのぞかせ、ぬいのある千草の綴織の帯をすこし高めなお太鼓にしめ...」とか詳細で的確というのも、なかなか凄い。「細雪」かいな... そうして見ると十蘭のキャラの立ち上がりを味わうためには、今時では結構な「教養」が必要になってきているのかもしれない。岩波ってそういうことか(苦笑) |
No.1 | 9点 | 斎藤警部 | 2020/11/18 05:30 |
---|---|---|---|
戦後作が大半を占める絶景アンソロジー。天使と悪魔の配置具合に感慨あり。
黄泉にて ■ しみじみ、嗚呼しみじみ。緩から始める最高のスターター。 予言 ■ サスペンスと、幻想と、実ぅに好みの最後の一筆。 鶴鍋 ■ 洒脱の中に情濃密、二度読み必至。 無月物語 ■ 残虐奇想と爽快余韻が何度も行き交う、翻案テイストが宿る歴史怪篇。 黒い手帳 ■ 巴里在住の日本人達。緩急ある貧困、賭博への憧れ、生命の遣り取り、急襲する恋愛と友情の物語。ここにカッチリしたミステリ結末が無くて何の不満があろう。 泡沫の記 ■ 鷗外の獨逸日記引用に始まり、狂王と侍医の急な死を巡る歴史推理に、美しい奇想描写が闖入する、詩的随想。 白雪姫 ■ シャモニー氷河にて、愛憎紛う男女を襲うサスペンス譚、裁判、優しい涙をさそう後日談。後を引く。 蝶の絵 ■ 南洋から復員した名家の友人は、容貌は異様なまでに以前通りだったが、性格や行動が大いに変わってしまったようだ。その闇の謎が明かされる。 雪間 ■ 快くもどかしい、婚外恋愛と〇〇〇〇〇〇〇〇犯罪の物語。終結部のスリルが熱い。最後の台詞がまたもどかしい。 春の山 ■ 闘鶏花試合がクライマックスに来る熱い掌編。一大事とは何か。 猪鹿蝶 ■ 一方的な電話のお喋りで構成された、女から女への復讐劇(聴き手は第三の女)、迷走の末爆裂する奇妙な味!! こりゃ翻弄されたわぁ。で、何で最後にこんなシンミリさせらなアカんの。。 ユモレスク ■ あまりに切なくあまりにトリッキーな味わい濃縮の一篇。親離れの良過ぎる息子と、子想いのあまりに深い母、母の姪。東京とパリ。ラストの台詞は、そのままの意味と取りたいが。。10点。 母子像 ■ ユモレスクの直後にこれを置くなんて。。。。無限に悲しい物語、強烈無比の掌篇。冒頭から謎の騒めきとちぐはぐ感を噴霧しているのが凄い演出ですね。10点。 復活祭 ■ 沼が深過ぎるよ。。。。。。。。これを母子像の次に置くってんだからなぁ。横顔の描写比喩に凄えのがあったなあ。最後数ページの痛みを伴う温かな激動が美しいなあ。 だが(?)これは断じてハッピーエンド、という言い方で似合わなきゃブライトエンドだよなあ。 この題名こそは、そのもの真っ直ぐだ。 読み終わり、すぐ、七年後に読み返したくなると自分に予言。10点。 春雪 ■ プリンスのファンなら泣かずにいられぬオープニング。終戦間際に病で若死にした女性の、心の謎の、明かされ方がミソ。美しきアンコールピース。 ミステリファンの琴線に玄妙な触れ方をするこの人の小説はやはり、いいです。 |