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[ サスペンス ] 鎮魂の森 |
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樹下太郎 | 出版月: 1993年08月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
出版芸術社 1993年08月 |
No.1 | 6点 | 雪 | 2021/08/06 08:04 |
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野心と堅実さを併せ持つ有能な社長・二見尚之介のもとで着実な繁栄を続ける二見食品株式会社。だがその長男・貴一郎は会社の後継ぎを弟・修二郎にまかせ、部長待遇の「調査室長」という閑職で、世捨て人同然の毎日を過ごしていた。「調査室」発足と同時にアシスタントにつけられた二十六歳の女性・河口冴子は、彼の孤独な横顔に秘められた過去に興味をもつ。
そんな折、事務所に〈高橋〉と名乗る謎の男から脅迫電話がかかってきた。貴一郎と冴子はその正体をつきとめるべく、調査を開始するが・・・。戦争が生んだ狂気の殺人を描く、樹下太郎の傑作長編。 『夜の巣』に続く長編作品で、昭和37(1962)年八月桃源社刊。雑誌「宝石」昭和36(1961)年六月号~同年十二月号に渡って連載された『スタイロールの犯罪』を入れると、著者十番目の長編となる。36年の12月11日に脅迫電話を受けてから三日後の12月14日まで、ある青年が三角関係の縺れから起こした出征直前の殺人を題材に、戦時中に運命を狂わされた恋人たちと、自ら望んでそのトラブルに巻き込まれてゆく女性の姿をメインに据えている。 長さは200P程でそう複雑な話でもなく喉越しはツルツル。えらくスムーズに読めるが、ミステリ名作館版「あとがき」にある通り著者の応召体験をバックに据えた終戦直前の社会背景にはそれなりの重みがあり、罪を犯した主人公も性格的な問題があるとは言え、無反省な人間には終わっていない。軽いタッチの登場人物もいずれも生身の普通人として描かれ、特に酸いも甘いも噛み分けた父親の二見社長は、隠れたキーマンとして地味ながら味わい深い。 時代的には安保闘争と刺し違えで倒れた岸信介の後継・池田勇人の「所得倍増計画」が本格的に始動し、高度経済成長がいよいよ右肩上がりになる頃。にもかかわらず未だ戦争の悪夢に囚われ続ける者たちの悲劇、という点でほぼ同時期の山田風太郎『太陽黒点』(1963)と共通するが、本書の場合戦後世代へのルサンチマンは無く、むしろ贖罪意識からの脱出がメインの為一層やるせない。 ある人物が問題の遺書を匿したのも悪意による物ではなく、ちょっとした行き違いや勇み足の結果が、取り返しのつかない破局へと繋がってゆくのは他の著作同様。「戦争さえなかったら・・・・・・。」のせりふも月並みながら身につまされる。さほど捻りは無いものの世代の断絶を軸に人生の機微を穿った準佳作~佳作で、採点は6.5点。 |