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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
リキデイター
英国特別保安部員ボイジー・オークス シリーズ
ジョン・ガードナー 出版月: 1966年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1966年01月

No.1 7点 人並由真 2019/02/14 12:22
【途中まで・ネタバレなし】
 1944年8月のパリ。20代半ばの英国軍人ブライアン・イアン・オークス軍曹は、ナチスに殺され掛かっていた友軍のジェームズ・ジョージ・モスティン少佐を偶々見かけ、敵兵2人を射殺して上官を救う。それは全くの偶然でラッキーな成り行きだったが、モスティンは大いなる勘違いでオークスに天性の戦士・殺人者の資質を認めた。やがて1956年、英国特別保安部の次長に出世したモスティンは、暗殺任務を含む特殊工作員を補充する必要から、ボイジー・オークスの名で市井で商売をしていた戦時中の命の恩人を部にスカウト。オークスを工作員として養成し、「L」こと「リキデイター(粛清者)」のコードネームを与えた。だがモスティンの錯覚から一流のスパイの器だと評価されたオークス当人は、実は1963年の現在まで内心は臆病で自己保身にのみ長けており、指示された暗殺任務は上層部にナイショで下請けの殺し屋「グリフィン」に委託して済ませていた。こうして順当にニセの実績を積み、一方で女性関係だけは盛んなオークスは<有能だがマイペースなプレイボーイスパイ>との評価を募り、内務規定で交際が禁じられている保安部の内勤女性スタッフともイチャイチャ。今度の休暇でもモスティンの個人秘書で25歳の赤毛の美女アイリス・マッキントッシュとお忍びのデート旅行に出かけるが、その旅先のコートダジュールでは、思わぬ事件が彼を待っていた。

 1964年のイギリス作品。作者ジョン・ガードナーといえば、評者にとっては、何をさておき『裏切りのノストラダムス』に始まるハービー・クルーガーものの正編三部作(最高!)であり、モリアーティのパスティーシュ路線だが、他にも新作007やノンシリーズの諸作など実にテリトリーが広い。20世紀後半の英国で最大級の職人ミステリ作家の一人だったといえよう。そんなガードナーの出世作となった「ボイジー・オークス」シリーズの第一弾が本書。
 内容はあらすじで一読判明のように完全に、当時隆盛だった007のパロディもの。冒険スパイ小説版シュロック・ホームズといえばわかりがいい。物語の冒頭、相手の勘違いから当人の才能以上に株を上げてしまったオークスの大設定は、ポーターのドーヴァーシリーズの諸編(アノ作品とか)を思わせる愉快さがある。
 一方で純然たるコメディユーモア作品と見るには(作品ジャンルの性質上しかたないとはいえ)人が死にすぎるのが読み手のストレスではある。そもそも自分の手を汚さず、女性の標的をふくむ暗殺仕事を他人に代行してもらって心の平穏を保つ主人公って、そういう意味で倫理的にどーなの? 己の心に爪を立てながら哀しみをこらえて引き金に力を込めるキャラクターの方が、よっぽど感情移入できるよ、とも考える。
 とはいえまあこの辺は、本作の狙っているものが明快なスパイコメディではなく、平凡な人間が現実世界でボンドみたいな立場にもしも就いたらいろいろといびつな軋轢が生じるよね、というスパイ小説(その意味では冒険スパイ小説もエスピオナージュもまとめて)総体へのエスプリでありサタイアだからなのだろう。
 その点は実は作中のオークス自身も自覚? があるようで、ポケミス66ページ、リチャード・ハネーを話題にしてくる相手に対し、ジョン・バカンなんかもう古いですよ、と言わせている。自分はもうフレミング、ボンドみたいな世界の住人だ(そういう素性で設定で、そんな時代に生まれた宿命の主人公なんだ)と訴えているわけで、この辺のメタ的な諧謔はなかなか楽しい。
 だから本作は一見、軽ハードボイルド風の口当たりの良さを備えながらも、それなりに高い目線で物語を綴っている、ともいえる。そう考えれば、中盤からの(中略)な展開なんかも作品としての必然的な仕様なんだろうね。

 ただまあ、日本でシリーズの翻訳が中絶しちゃったのは、仕方がないかな、とも思った。たぶん当時の日本の大半のミステリ読者は、前述のように「笑えるならストレスなくストレートに笑える、人が過剰に死ぬこともなく、主人公にいろんな意味で責任を問われることがない」そんな形と質が合致した快適な味わいこそを、多分この(主人公の設定の)シリーズに求めてしまっていたんだろうから。
(それでもこのポケミス版の本作は、少なくとも再版までは行っているんだけど。)





【以下、ちょっとだけネタバレ……になるかも?】




 ……とかなんとかアレコレ思いながら読み進んでいたら、作品の終盤、ミステリ的に「え!?」と驚かされた。いやコレはあんまり言わない方がいいだろう。スパイ小説のメタ的なパロディを当時ながらにあれこれ仕込んで作品を築きながら、そこで……を仕掛けてくる手際は、予想外に良く出来た一冊であった。どういう手でジャンルパロディを紡ぎ続けるかな、とそっちの方ばっかりに気を取られていると、最後の方で思いがけない背負い投げをくらわしてくる。いや、なかなか痛快でありました。多分シリーズ二冊目からはもう引っかからないだろうけど。秀作。

 ちなみに映画はまだ未見だけど、まあこの原作のブンガク的な面白さは拾い上げられないだろうな。ポケミスの解説(編集部の「H」の署名……太田博~各務三郎あたりか?)でもやんわりと、映画版は期待しない方がいいよ、という主旨のことが書いてある(笑)。ただまあ、プロット的なドンデン返しそのものは映画にも活かせそうだから、ソコは気になるけれど。


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