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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
二つの薔薇
別題『黒い矢』
ロバート・ルイス・スティーヴンソン 出版月: 1950年06月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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岩波書店
1950年06月

川寺書房
2015年08月

No.1 7点 2021/06/24 08:46
 舞台は薔薇戦争のイングランド。幼くして騎士の父親を失ったリチャード(ディック)・シェルトンは、反覆常無い領主サー・ダニエルの保護をうけ逞しい若年として成長していった。だがアジャンクールの老射手ニック・アプルヤードを貫いた黒い矢に、善良な父ハリィの死がサーの仕業であると記されていた事から、彼の境涯は変転する。黒い矢=ジョン・アメンドールの一味とはタンストール村に程近い緑林にたむろし、サー・ダニエルの暴虐に復讐を誓う者たちの事だった。
 サーの後見に疑念を抱いたディックは、ランカスター側に付き一敗地に塗れた「濠の館」から離れ、謎めいた少年ジョン・マッチャムと行動を共にするが・・・。敵と味方が入り乱れ悪党が跋扈する世の中、自分の手で運命を切り拓いてゆく一人の若者の物語。
 一八八三年六月三十日から同年十月二十日に亙って Young Folks 紙に掲載され、五年後の一八八八年に出版された、著者五番目の長篇作品。連載時は〈タンストールの森の物語〉という副題付きでした。刊行前年にはコナン・ドイル『緋色の研究』が発表されています。
 〈この作品以上に生き生きと中世を描いたものを見た事がない〉と言われる小説で、男装の美少女マッチャム=ジョアナ・セドリィの萌え要素のせいか、劇作家ジョン・ゴールズワージーを含め隠れた愛読者も多い。同行中主人公ディックと喧嘩になりながら、何度も相手の気持ちを確かめようとするのがかわいいです。
 物語は序幕を経て、全五篇に渡る構成。一篇から第二篇までが前半、三篇から五篇までが後半で、その間数年が経過。主人公はサー・ダニエルと袂を分かって〈黒い矢〉のサブリーダーとなり、恋人ジョアナをサーの手から取り戻す為奮戦する事に。
 ただし舞台となるのは序幕から第五篇クライマックスで会戦が行われるショアビィの町まで、一貫してタンストール村近辺限定。サー・ダニエルの居館「濠の館」や〈黒い矢〉の本拠地である緑林、「聖林」と呼ばれる修道院や湿地帯を流れるティル川、河の水が注ぎ込む港町ショアビィなど、箱庭世界の中で全てが決します。
 いきなりの〈黒い矢〉襲撃から始まる前半部分は、カップルの道中劇を経て館からの脱出とかなりスラスラ進みますが、ランカスターの再逆転で主人公側がお尋ね者になる中盤付近は少しダレ気味。海賊もどきの遣り口で民間船を奪うも敵の待ち伏せで惨敗、おまけに嵐との遭遇で死ぬ目を見るなど踏んだり蹴ったり。ディックことリチャード自身の勇猛さはともかく、直情過ぎてあまり機転が利かないので立ち回りはそれほど冴えません。
 ちょっと頼りないディックに代わってストーリーを支えるのは、グロスター公こと悪名高きリチャード三世。各所に後の転落を思わせる描写はありますが全般に抜け目無く勇猛果敢。気性の激しさと圧倒的な精力を示し、ハッキリ言って主人公よりずっとかっこいい。彼が出ずっぱりの第五篇はそれまでの停滞を打ち消す程に面白く、その存在感のみで大いに挽回しているようなものです。
 狡猾無類のジョン・シルヴァーといいバラントレーの若殿といい、一筋縄ではいかない人物を描かせるとやはりスティーヴンスンは映えますね。グロスター公の登場がもう少し早ければ、本人の言う通り『宝島』を超える傑作になったかもしれません。実際には真ん中あたりのダレを勘案して、採点は7点止まり。


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