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[ サスペンス ]
魔が解き放たれる夜に
メアリ・H・クラーク 出版月: 2004年04月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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新潮社
2004年04月

No.1 7点 人並由真 2018/06/02 03:16
(ネタバレなし)
「わたし」こと30歳の女性事件記者エリー・キャヴァナーは、7歳の時に当時15歳の仲の良い姉アンドリアを殺害された傷ましい過去があった。悲劇の禍根の果てに家庭は崩壊して両親は離婚し、母は病死。エリーはその半生で、さらに心に深い傷を負いながら成長してきた。そして23年目の現在、事件直後にアンドリア殺害の犯人として逮捕され、刑務所に長期服役していた姉の元ボーイフレンド、ロブ・ウェスターフィールドの初めての保釈が決まる。しかも時を合わせて当時の証人が証言を覆し、ウェスタ―フィールドは冤罪では? という世論まで高まってきた。事件の状況を何度も検証し、ウェスターフィールドが殺人犯という確信を固く抱き続けるエリーは、23年前の事件の真犯人は彼だという再度の証拠固めを始める。だが調査活動を進めるなかで、何者かの妨害の影が……。

 私的に、本当に久々のM・H・クラークである。実は本書は10年以上前に遠出した際、帰りの電車の中で読もうと先方の新刊書店で購入。しかしその時は成り行きから手をつけず、今回初めて未読の蔵書のなかから引っ張り出して通読したのだった。
 個人的に、もともとクラーク作品は、日本に初紹介されたデビュー作『誰かが見ている』以降の初期数作を楽しんだ。しかしその後、どれを読んでも一定以上に面白い安定感にかえって刺激と求心力が薄れ、著作から離れていた(だから本サイトのminiさんの『誰かが見ている』評などには本当に共感できる)。
 とはいえまあ、クラークの未読の作品ならまず面白いだろうなという信頼感はその後も継続はしていたので、十数年前の帰宅時の旅路用に(一種の安全パイとして)購入したわけだった。

 それで今回、それからさらに十数年後「んー、たまにはクラークもいいかな」と思ってページをめくり始めたら、ああああああ、やっぱり面白い(笑)。
 自分自身がかなり長い歳月、クラーク作品に触れていなかったために良い感じに新鮮かつ懐かしかったということもあるが、何よりクラーク自身がちゃんと21世紀の時代と寝ていることも大きい。
 作中にweb文化=ジャーナリストのホームページなどの現代ツールを導入するなど、80年代のクラークなら考えられなかった(そりゃそうだ)新味も披露。その手の前向きさが快い効果を上げている。
 エリーは23年前の姉殺害事件の再調査の進捗状況や、改めて集めた情報をかなりあからさまに新設したホームページにさらして世間の関心を刺激。まだまだ世の中にひそかに潜み続けているかもしれない真実を広く公募する。だがこれに対抗して、とにもかくにも保釈となったウェスターフィールド側もサイトを開設。悲劇の冤罪者の立場を演出し、さらには事件当時はまだ幼かったエリーの証言への不審や、果ては彼女当人へのえげつない人格攻撃まで実行。双方のサイトは合戦模様になる。
 まさか(作家的にはふた昔前の大物と思っていた)クラーク作品でこういうものを読めるとは、と驚いて嬉しくなった(笑)。まるで久々にあった昔の彼女がちゃんと今風の装いとメイクを心得ていて、以前とは違う種類の、しかし変わらないレベルの美しさを披露してくれるような喜びだ(笑)。
 そんな良い意味でわかりやすい現代性を端緒に、本作はおおむね総体的にビビッドな感触。正に巻置くにたまわざるオモシロさである。

 当然、読者の目線的には「はたして、エリーの頑なな疑念は本当に的確なものなのか?」「彼女は最終的に、どういう真相を探り当てるのか…!?」という思いも自然に芽生える訳だが、大丈夫、クラークはその辺もちゃんと作劇要素に組み込んである(もちろん最後にどういう結末に着地するかは、ここでは書かないが)。

 リーダビリティは安定して高く、端役もふくめて70人以上に及ぶ登場人物を読み手のストレスを招くことなく書き分けている、そんな筆致も快い。
(エリーを見守る人々の、心に染みるキャラクター描写も少なくない。)
 まあ良くも悪くも読者を引き回すハイテンポな筋立てで、あまり推理や思索の要素はないのはナンだが、こういう形質での面白さを追求するなら、それはそれで良い、という感じ。

 この一冊でクラーク作品は久々にお腹いっぱいに楽しんだ思いだが、いつかしばらくしてこの安定感がまた恋しくなったら、未読の別の作品も手に取ってみよう。

※追記:全体的にとても読みやすい流麗な訳文ではあったけど、
■363ページの5行目:
ミセス・ストローベル(誤)
ミセス・ヒルマー  (正)
話し手と、話題に出てくる女性の名前がごっちゃになってますな。
いつか機会があったら、訂正しておいてください。


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メアリ・H・クラーク
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