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ミステリの祭典

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YMYさんの登録情報
平均点:5.87点 書評数:358件

プロフィール| 書評

No.218 7点 終りなき夜に生れつく
アガサ・クリスティー
(2022/09/05 22:13登録)
本書の世評は、さほど高くないものの、著者の自選ベストテンに含まれている。
前半のロマンティックなラブ・ストーリーが悲劇によって暗転し、結末に至って恐るべき犯罪計画が浮上する構想も見事だが、事件が合理的に説明されるにもかかわらず、結局すべてはジプシーが丘にかけられた呪いのせいだったのかも知れないという含みもあり、犯人像の秀逸さと相俟って、宿命論的な物哀しさがいつまでも心に残る。
サブ・プロットの説明不足が惜しまれるものの、クリスティーの筆力の素晴らしさを示す作品といえる。


No.217 6点 マーチ博士の四人の息子
ブリジット・オベール
(2022/09/05 22:05登録)
どんでん返しのあるミステリだが、ラストの仕掛けをはずせば、全編は異様なサスペンスで成り立っている。正体不明の殺人者の日記とそれを盗み見てしまった女性のつづる手記を交互に配する構成が、効果的にサスペンスをあおっている。
奇抜なシチュエーション設定や構成の妙など、極めて技巧的に緊張感を醸造していくあたりは、従来のフランスミステリと一線を画している。


No.216 7点 囮弁護士
スコット・トゥロー
(2022/08/20 22:52登録)
ロビー・フェイヴァーは、キンドル郡に法律事務所を構える弁護士。ある日、連邦検察官の訪問を受けた彼は、囮捜査を持ち掛けられる。
そこまでやるか、と思わせるFBIの囮捜査の策略に、まず舌を巻く。事件のでっち上げから、盗聴、盗撮まで作戦の用意周到ぶりには、リーガル・サスペンスの面白さがたっぷりと詰まっている。また登場人物の内面をあぶり出し、事件をめぐり揺れ動く人間ドラマとしても優れている。


No.215 7点 暗闇の囚人
フィリップ・マーゴリン
(2022/08/20 22:48登録)
無実の罪を晴らすべく、必死に事実関係を追求する女性と、怪しく立ち回る狂気の凶悪犯、それに辣案弁護士が織り成すサスペンスとロマンスは、小気味良いテンポで進行しつつ、読者を謎解きの世界に運んでいく。そしてラストにあっと驚くサプライズをを用意するテクニックは、ムードの高まりもあって巧み。


No.214 5点 25時
デイヴィッド・ベニオフ
(2022/08/07 22:33登録)
主人公は麻薬の売買の罪で挙げられ、連邦刑務所へ収監される日が明白に迫っている。物語は、明日にデッドリミットを控えた主人公の一日を淡々と追いかけていく。
そもそも小悪党なのだが、人生の窮地に立たされても、世間に背中を向けたり、めそめそしたりしない潔さのある主人公の造形がいい。しかし、それに輪を掛けていいのが、彼を取り巻く脇役たち。人物像が、くっきり浮かび上がる懐の深さがある。


No.213 5点 ざわめく傷跡
カリン・スローター
(2022/08/07 22:28登録)
冒頭から子供たちをめぐるショッキングな場面が展開していく。銃をかまえて少年を殺そうとする少女ジェニーを現場にいた警官ジェフリーがやむなく射殺する。しかも現場付近のトイレから未熟児の遺体が発見された。
女性刑事レナは、前作の事件で受けた傷を負ったまま捜査を続けていた。壮絶な体験をし、肉体も精神も修復不可能なまでに傷ついてしまった者たちが対峙することで、物語はますます重く深く熱くなっていく。何人もの子供たちを巻き込み、殺人にまで発展した事件の真相はおぞましいものだが、さまざまな意味で現代アメリカの病根に通じているのかもしれない。


No.212 6点 沈黙の森
C・J・ボックス
(2022/07/22 22:22登録)
野生動物を保護、管理する猟区管理官ジョー・ピケットが殺人事件の背後の陰謀挑む話で、基本的にはウエスタン。
ジョーは薄給にあえぎ、窮地に立たされながらも、家族と己が誇りのために断固たる行動をとり、七歳の娘シェリダンは幼いながらも勇気と正義感を精一杯示して父親を助ける。
苦悩するヒーローとそれを助ける家族の物語を、心揺さぶる感動作に仕立てている。


No.211 6点 神は銃弾
ボストン・テラン
(2022/07/22 22:18登録)
「右手の小径」というカルト教団が、ある一家を急襲する。両親は、残忍極まる手口で殺害され、娘は誘拐されてしまう。
この一家の妻には別れた元夫がいて、連れ去られた娘とは彼との間の子だった。離婚してからというもの、彼は意気消沈して、すっかりダメ男になってしまっている。しかし、最愛の娘が誘拐されたことで、ブチ切れる。警官の仕事を放り出した男は、ヤク中で、元カルト教徒の女をパートナーに砂漠地帯を、そして荒涼たる原野を、娘の行方を求めて駆け巡る。
一言で言うなら、クレイジーなローノベル。きな臭いパルプ・フィクションの臭いと、ドラッグカルチャーのサイケで怪しい雰囲気も立ち込めている。一見つかみどころのない印象もあるが、骨太の緊張感と禁断の領域に踏み込むスリルは満点。


No.210 6点 サナトリウム
サラ・ピアース
(2022/07/07 23:24登録)
アルプスのリゾート地に立つ豪華ホテル。古いサナトリウムを改装した建物だ。エリンは弟の婚約祝いのため、恋人とともにホテルを訪れた。だが、弟の婚約者が失踪。さらに大雪で外部との交通が遮断される中、ゴムマスクをかぶせられた女性の遺体が発見された。
主人公のエリンは休職中の警察官。仕事でのつまづきに加えて、母の死、弟とのぎくしゃくした関係など、心に多くの不安を抱えている。雪による外部との遮断も、閉ざされた空間によるサスペンスの醸成によりも、エリンの閉塞した心理と呼応するところが大きい。
ホテルとして改装される前のサナトリウムにも、いわくつきの過去がある。こちらもエリンの心理と響きあい、事件の真相にもつながっていく。
ぎこちないところもあるけれど、不安を軸に展開する緊密なサスペンスを堪能できる。


No.209 5点 身の上話
佐藤正午
(2022/07/07 23:17登録)
夫と思しき人が語る、妻「ミチル」の来歴は、次第に不穏な様相を見始める。とはいえ、彼女は何の悪だくみも下心もなく、「なんとなく」行動している。恋人ではない既婚の営業マンと何となく東京に生き、なんとなく帰れなくなる。
ミチルには一時間でも二時間でもじっと動かず放心できる癖があると語り手は告げる。それ自体は、さほど変わったことには思えないのだが、彼女の空白が運命を思いもよらない方向へと転がしてしまう。
何か物事が起きた時、停止して空白に陥る。そこには罪も作為も悪意すらない。それなのに事態はどんどん悪い方向へ転がっていく。誰もがミチルになりうると思えるところが怖い。


No.208 7点 死刑判決
スコット・トゥロー
(2022/06/24 23:15登録)
十年前の三人惨殺事件で死刑が確定し、執行目前の男が、獄中から「無罪」を訴える。証拠上は絶望的だが、意外な人物が犯人だと名乗り出て、過去と現在が交錯しつつ物語が展開する。何よりも人物造形が巧み。公選弁護人として関わる、誠実だが風采のあがらぬ弁護士と、男の死刑判決を書き、その後麻薬で人生を棒に振った美貌の元女性判事との不器用な愛。かつて男を逮捕し、自白させたやり手の刑事と長く愛人関係を続けた野心家の女性検事。
二組四人が織りなす陰影のある人間ドラマはずしりと読みごたえがある。


No.207 6点 獣たちの葬列
スチュアート・マクブライド
(2022/06/24 23:08登録)
スコットランド東部で犯行を重ねた猟奇殺人鬼が再び動き出した。かつて殺人鬼を逮捕目前まで追い詰めた獄中の元刑事アッシュは、仮釈放と引き換えに外部有識者チームに加わる。だが、アッシュには隠れた目的があった。彼にぬれぎぬを着せて刑務所に放り込んだ人物への復讐だ。捜査と復習に挑むアッシュを、数々の苦難が襲う。
主人公を筆頭に、癖の強い登場人物たちがそろっている。その個性の強さはユーモアを漂わせることもあれば、読者を打ちのめすこともある。
主人公の境遇からもうかがえるとおり、作者は思い切った展開で揺さぶってくる。アッシュ自身も、彼を取り巻く環境も凶暴。
波乱に富んだ展開と、登場人物の個性、そして殺伐さとユーモアの同居する独特の雰囲気で一気に読ませる。


No.206 7点 TOKYO REDUX 下山迷宮
デイヴィッド・ピース
(2022/06/03 22:18登録)
GHQ占領下の東京を描く3部作の完結編。小平事件、帝銀事件を扱った2作に続く本書の主題は下山事件。
1949年。国鉄の下山定則総裁が失踪し、やがて列車に轢断された死体として発見される。GHQ捜査官は総裁の死の真相を探るが、やがてそのGHQや謀略機関の影が浮かび上がる。
さらに64年、五輪直前の東京で失踪した作家の行方を探る探偵の物語。88年暮れ、天皇の病で自粛に包まれた東京に暮らす元CIA工作員の物語が続く。
史実の未解決事件を何かに憑かれたような文体で語る。警察小説、スパイ小説、さらに幻想小説の色合いも交えて、事件を包む闇を描き出す。陰謀論の沼に身を侵しながら、展開には理性を貫き通す。特異な語りを通じて提示される、緻密な迷宮に圧倒される。


No.205 7点 彼と彼女の衝撃の瞬間
アリス・フィーニー
(2022/06/03 22:08登録)
舞台はロンドン近くの小さな町。殺人事件の真相を追う女性記者と男性刑事それぞれの視点からの語りに、殺人者と思われる人物の独白が挿入される。
二人の過去、この町での過去が徐々に明かされて、やがて予想外の展開を経て、皮肉で忘れがたい結末へと着地する。意外な展開に説得力を持たせつつ、巧妙な演出で読ませる。


No.204 8点 報復の海
ハモンド・イネス
(2022/05/18 23:05登録)
読みどころは、嵐に翻弄されるうえ陸用舟艇を始め、荒れ狂う北大西洋の描写。ほかに、死んだはずの主人公の兄が生きていて、軍の作戦を指揮しているなど、謎めいた行動に関する興味もあって最後まで惹きつけられた。


No.203 9点 失われた男
ジム・トンプスン
(2022/05/18 23:02登録)
人間の暗い深淵を描き出すノワールでありながら、作者はミステリとしての超絶の罠を読者に仕掛ける。二つの異なった方向性を結び付けてみせる強引さに、作者のしたたかさを見た気がする。
ほのかな希望を感じさせるエンディングで、さらに読者の意表を突くあたりも憎らしい。


No.202 6点 その犬の歩むところ
ボストン・テラン
(2022/05/03 23:43登録)
人間の善意と愛を最もよく理解する犬が、様々な人々の魂を生き返らせる物語。
孤独の闇の中にいて気付かずにいた他者の思いに触れ、忘れていた夢・新たな夢を抱かせてくれる。犬と"悲しみとさよならの川"を遡りながらも、それでも生きる喜びがあることをたっぷりと教えてくれる。
相変わらず作者の文章は詩的で力強く、読む者の心を何度も揺さぶる。


No.201 7点 ゴーストマン 時限紙幣
ロジャー・ホッブズ
(2022/05/03 23:37登録)
48時間後に爆発する「時限紙幣」を犯罪の後始末のプロが追跡する犯罪小説。
過去と現在を並行させる巧みな展開、迫力に満ちた銃撃戦、緻密な強奪計画と実行と申し分ない。複数の陰謀が絡み合い、沸点を目指していく興趣も抜群。
スタイリッシュでクールすぎるのが鼻につくが。


No.200 5点 病める狐
ミネット・ウォルターズ
(2022/04/19 22:31登録)
気ままな移動生活を営み、行く先々でトラブルを起こすトラベラーを扱っている点で、社会派の視点を持つ作品だが、老婦人の死の謎を解き明かす謎解きの興味もある。
物語に明るい陽射しを投げかけるヒロインと、電話魔の陰湿な手口の好対照が印象的な作品。


No.199 6点 血と暴力の国
コーマック・マッカーシー
(2022/04/19 22:26登録)
殺し屋の冷たい存在感と、全篇を覆う異様に乾いた空気。
絶対悪として描かれる殺し屋の行動は、事件に関わった全員を絶望の淵へと追い込んでいく。ピューリッツァー賞作家による犯罪小説の極北。

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