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ミステリの祭典

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ミステリーを科学したら
由良三郎

作家 評論・エッセイ
出版日1991年05月
平均点6.50点
書評数6人

No.6 7点 バード
(2020/01/01 11:06登録)
正直、胡散くせータイトルだなーと思いながら手にとったが、予想をはるかに上回るしっかりとした随筆で読み応えがあった。

本書の構成は
1章 : ミステリ全般についての筆者の持論
2章 : ミステリ内でよく使われる小ネタについてのエッセイ
である。
1章はほとんど当たり障りのない内容で微妙。筆者の研究者時代の経験がふんだんに活かされている2章が本書の真骨頂と私は思う。
本書の欠点は、引用の多さゆえの他作品のネタバレかな。致命的なバレは無かったと思うが・・・。



30年近く前の本なので古いネタもあるが、現代のミステリ読者にとってもためになる記述も非常に多かったという印象。筆者の専門に近い生物・化学系の考察が特に充実していた。

(以下面白かったネタ)
///人体について///

・心臓を一突きで殺す描写について(p.127)
実験室では、固定した動物の心臓に注射器を刺して血をとることがあるそうだが、大学院生の多くは何度も失敗するようである。固定された相手でこれなのだから、
「短刀の一突きで心臓に致命傷というのはちょっと無理」
だそうです。


・海外小説に多い失禁の描写について(p.165-166)
和製小説に比べると海外の小説には失禁の描写が多いが、それは日本人と外国人の膀胱の解剖学的な違いによるらしい。アメリカの医学書によると、膀胱に尿が五百cc溜まっても普通は尿意がこないほどに膀胱が大きいのだと。つまり普段から沢山の尿を蓄えているので、急にそれが収縮すると押さえが利かなくなるのだろう、という考察です。


///毒薬について///

・毒薬の味について(p.154-155)
殺すための毒薬を吐き出されては話にならないので、作家は毒薬の味が気になるそうです。しかし、当然毒薬の味について書かれた書物はほとんどないから困るのだと。
由良さん自身は
「モルヒネの微量を舌先で味わったことがある。~その臭さには参った。」
と語っております。


・青酸カリの知識が一般に普及した時期(p.156-158)
有名な毒物である青酸カリは1935年の小学校校長殺害事件を境に世間に広く認知されたようです。
例えば、小栗虫太郎の『完全犯罪』(昭和八年(1933年)発表)の中では青酸カリと書かずに青酸ガス発生装置と表現しているのに対し、昭和十一年(1936年)に書かれた永井荷風の『濹東綺譚』の中では、玉の井の女郎と客のやり取りの中に「青酸カリか。命が惜しいや」とある。

海外でもほぼ同時期に認知度が上がったようで、昭和九年(1934年)発表のクロフツの『クロイドン発12時30分』では、犯人は法医学やその他医学薬物関係の書物を熟読した結果、青酸カリという毒薬を知ったそうです。そのすぐ後から青酸カリを使ったトリックが流行り始めたみたいです。


・青酸カリの活かし方(p.171-172)
青酸カリを酸性場に放りこむと青酸ガスが生成し、人間はそれを吸って死に至る。つまり、酸性条件化に置かないと毒物として効果が無い。そして胃以外に酸性を示す箇所が人体にはあまり無い。アルカリ性である血液が体中のいたるところを巡っているからである。
ちなみに胃以外だと膣が酸性で、ph4前後らしいです。(空腹時の胃はph1くらい。)


///狂犬病について///

・狂犬病の検査にかかる期間(p.247)
「狂犬病かおよそ見当を付けるのに一日、はっきりと結論を出すのには四週間くらい掛かります。」
とありますが、(一財)生物科学安全研究所のHPによると今は検査受領から一~二週間程度で結果が出るそうです。


・人間-人間経路の感染例(p.248)
「狂犬病の犬や猫に噛まれて感染する人はいますが、人間の患者が噛んで病気をうつしたという例は、今までにまだ一例もない。」
厚生労働省のHPによると現在もこの例は無いようです。


・人間-人間経路で感染しない理由(p.248)
「犬の場合には、脳で狂犬病ウイルスが増えると、同時に唾液腺にも現われる。だから、そんな犬に噛まれると、濃厚なウイルスを注射されたのと同じことになる。人間の患者では、唾液腺にウイルスが出てくる前に麻痺が起こるので、実際には他の人を噛んで伝染させるところまではいかない。」
だそうです。話がドリフトしますが、本文中にあった「現われる。」は送り仮名のミスかと思ったのですが、調べてみると昭和34年から昭和48年の14年間は、教科書や新聞で上記の送り仮名が使われていたそうです。現在もこれは許容らしいです。(つまり間違いではない。)


///大学・研究所関係のエピソード///

・当時の若者の文学情勢について(p.152-153)
その頃の一高(現在の東大教養学部)の寮では誰もかれもが西田幾太郎らの哲学書や、文学書では漱石、鴎外、龍之介、直哉、ゲーテ、ヘッセ、ロマン、ローラン、モーパッサン、トルストイなどの作品を読みふけっており、『江戸川乱歩』や『新青年』が好きとは周りに言えない空気だったそうです。そのせいで、ルームメイトだった高木彬光氏とは、お互いに、相手が推理小説に興味を持っていると全然知らなかったそうです。勿体ない!


・教授会のエピソード(p.280)
大学の教授会にて
「では、どうしたら小委員会の数を減らせるか、ということを研究する小委員会を作ろう」
という発言があったらしい。こんな落語のオチみたいなこと実際に言うか?と思いつつ、私の恩師を思い浮かべると似たようなことを言いそうだなとも・・・。


・実験データの管理方法(p.282)
筆者は
「私は在職中、一つの実験が済むたびに、そのサマリーを三部作り、別々の箇所に置く習慣だった。」
と言っている。これはぜひ実践すべきと思います。今は電子データで良いので、Back upも場所をとらずにすみますね。

///その他///

・推理小説の収束の統計(p.71-74)
法廷で犯人を間違いなく有罪に持っていけそうなミステリ小説は、21/150とのこと。150冊を十分な標本と言って良いかはわかりませんが、数値化はありがたかったです。


・テンジクネズミの意味(p.177)
「テンジクネズミはモルモットのこと。」
知りませんでした(汗)。


・検視と検死の違い(p.219-223)
「検察官または警察官が死体を観察して死亡時刻を推定したり事故死か殺人かを見分けるようなプロセスを検視、医師が解剖を行ってその所見のもとに同様の判断を下すのを検死または検屍と言う。」
昭和三十三年(1958年)に検視規則というのができた。これは警察官が検察の代わりに検視をする場合、必ず医師の立ち合いを求めなければならない、というルールだそうです。
ただ、この規則の発足当時は全国で臨床医のいない県が多かったから、「医師の立ち合い」を「医師の監督」と読み替え、警察では法医学の知識のある検視官なる専門担当官を用意し、医師の代わりにすえたらしい。
ちなみに検視官というのは組織上の名称であり、こういった資格が存在するわけではないです。

No.5 5点 斎藤警部
(2016/01/20 15:32登録)
言うだけ野暮ですが、ミステリがちゃんと'分かった上で'書いてある本ですからね。色んな意味で信用出来ます。仮に嘘や間違いがあっても信じちゃいます。目立ってエキサイティングというわけでもないが、ふんふん、ふふん、ふふふ~~~んってな具合に読めちゃって、ためになる。そんな本でした。

No.4 6点 TON2
(2012/11/12 13:28登録)
文春文庫
昭和59年に「運命交響曲殺人事件」で第2回サントリーミステリー大賞を受賞した東大医学部名誉教授のミステリーに関するエッセーです。(もしかしたら神津恭介のモデルではといわれている人です。)
推理小説の出てくる毒薬の使用法の診断や、完全殺人の方法等に思いをめぐらしています。

No.3 6点
(2010/12/06 10:22登録)
この本を読めば、多くの作家の調査が科学的根拠をともなわない中途半端なものであるかを理解できますが、筆力やプロット力などによっては、誤った科学知識で書かれた作品でも十分に読者を楽しませてくれていることにもちがいありません。ということは、本書のような知識を知らなくてもミステリーを楽しむうえではまったく問題なしですが、知っていたら別の楽しみ方ができることもたしかです。

この著者はサイエンスに関してはもちろんですが、推理作家だけあって、ミステリーに関する論理や書き方についても一家言もっています。そして驚くのは著者の読書量。ややネタバレ気味ですが、多数のミステリーの紹介を含んだミステリー科学論は読み物としても面白いし、ガイドブックとしても利用できます。リアリティーをそれほど重視せず、社会派よりも本格派を好む著者の嗜好は、この本の趣旨とは乖離し、すこし違和感を感じますが、好感が持てます。

No.2 6点 江守森江
(2010/07/13 17:41登録)
法医学の第一人者・上野正彦《「死体」を読む》と並ぶミステリの科学者視点での分析本の双璧だろう。
作者の小説は読んでいないがドラマ化されたドクター小石シリーズは何作か観ていて、褒められた作品ではなかったが、下手に科学的知識があると創作の邪魔になるのかも知れない。
そんな事は関係なく、普段とは違う視点からミステリを眺めてみるのも楽しい。
例に挙がる作品共々読めばミステリの楽しみが格段に広がる。

No.1 9点 makomako
(2008/11/16 09:06登録)
これはミステリーではない。作者はもと東大微生物学の教授という一流の科学者。そして退職後にミステリ小説を書いてしまうほどの長年のミステリーファン兼作家。その作者が膨大な読書暦の中で疑問に思ったことや、医学的にあきらかに間違いと思われることを忌憚なく述べている。ミステリー小説で医学的に、また物理的にあきらかに間違っていると思われる展開は気になるところだ。なんせそこが間違っていると小説そのものが成り立たないこととなってしまうのだから。こういったところを専門家の目で解説し、ファンとしてまた作家としての優しい目で擁護している。いろいろな古典ミステリーも出てきて楽しい。ミステリーファンなら是非一読を。

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