ベローナ・クラブの不愉快な事件 ピーター卿シリーズ |
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作家 | ドロシー・L・セイヤーズ |
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出版日 | 1995年05月 |
平均点 | 5.57点 |
書評数 | 7人 |
No.7 | 6点 | クリスティ再読 | |
(2023/12/31 16:38登録) 少女漫画を男性が読んだときに、一番ノれないのは、男性基準で見たときの「ダメ男」が女性にモテまくるあたりだ、という意見がある。ダメ男が好きな女、というのはいつの世にも絶えることがないわけで、なら世の男性諸氏にも希望があるというものなのにねえ(苦笑) 本書の解説(大津波悦子)でも、本書に登場する女性たちに焦点を当てて話をしているわけだが、本書の女性たちはしっかり者が多い。それに引き換え男性たちには、とくに第一次大戦で負傷し精神的な傷を負ったフェンティマン大尉が、代々続く軍人の家柄にも関わらず戦後社会に落伍してけなげな妻の扶養のもとにあって、屈折している...いやこのフェンティマン大尉の肖像は、実はピーター卿の経歴ともダブるわけで、ピーター卿にしたら他人事じゃない。だからこそ、この小説はピーター卿を「救う女性」が登場するか?といったあたりの興味が深いわけだ。 で、満を持して登場するアン・ドーランドの肖像が、セイヤーズの投影か?「この不美人でふてくされた口下手な娘」、でも一番印象的な本書のヒロインなんだよ。 だから、とくに本書あたりは第一次大戦でいろいろ傷を負った「ダメな男たち」の代表選手であるピーター卿を巡るコージー・ミステリだ、と読むのがいいんだと思う。男性の特権的な居場所である「クラブ」をめぐって「不愉快(unpleasantness)」な事件が起きること自体が、クラブのホモソーシャルなコージー(快適さ)に安住できなくなったピーター卿の不安定な生き方を示している。そりゃ次作「毒」でハリエット登場、となるよねえ。 まあミステリとしては、ピーター卿の推理が全体的な真相では周辺的な部分の解明に過ぎないから、パズラー的な興味が薄いと評されることにもなるんだろう。セイヤーズって第一次大戦後のイギリス社会を活写する風俗小説的な部分に一番の生命があるしねえ。 |
No.6 | 2点 | レッドキング | |
(2023/09/12 23:03登録) ドロシー・セイヤーズ第四作。前作「不自然な死」に続き相続殺人もの。クラブで死体で見つかった老軍人。当初見立てられた自然死が、「捻くれた」遺言書に死亡順番が絡む毒殺疑惑へと変じ、居合わせた「貴族探偵」が首を突っ込み、真相は、前作に輪をかけてシンプル(=ひねり無さすぎ)な相続金目当Whoダニットだった。 ※英国の「クラブ」って、男性専用かつ極めて階級的な存在に思えるが、大富豪貴族ボンボンとカミさんに喰わせて貰ってる失業軍人上がりが、一緒のクラブに加入しているって普通なのか? 会費、どれ位なんだろ。 |
No.5 | 6点 | 弾十六 | |
(2019/11/25 00:08登録) 1928年7月出版。ピーター卿第4作。安定の浅羽訳。Bill Peschelのホームページplanetpeschel.comにあるAnnotating Wimseyからのネタは[BP]で表示。 英国のクラブという不思議な場所が舞台。おっさんの居場所としては羨ましい制度だと思います。今回の主題は大戦で戦ったのに酷い境遇になったものへのやるせない想い。あとは結婚って結構良い仕組みという作者の実感。ミステリとしては推理味はあまりなく、ストーリーの流れで読ませる作品。 以下、トリビア。 作中時間は物語の冒頭が11月11日。作中に第2作目への言及があり、パーカーの地位から『不自然な死』のあとの事件であることは明白。となると1927年11月11日で確定です。 現在価値は英国物価指数基準1927/2019で62.3倍、1ポンド=8767円として換算。 p9 苔面爺さん(OLD MOSSY-FACE): 第1章の題名だけカードの主題(ブリッジか)から外れてるようなので、いろいろ調べると、かつてトランプが課税されてた時代のもしゃもしゃしたスペードのエースの図柄のことらしい。英wikiにOld Frizzleとして項目あり。 p10 戦没者記念日(remembrance-day): 11月11日。「休戦記念日(Armistice Day)」と同意で第一次大戦終了の日。別名Poppy Day。赤いヒナゲシの花(The remembrance poppy)を戦没者哀悼の印として胸に飾る。Kurt Vonnegutの誕生日で米国ではArmitish day。ヴォネガットは名称がVeterans dayに変わった(1954)ことを嘆いていました。 p16 色の黒い痩せた男(a thin, dark man): お馴染み「黒髪の」 p23 一流連隊の士官株購入(buying him a commission in a crack regiment): Purchase of commissions in the British Army(wiki)に詳細あり。英国陸軍1683-1871の慣習だったようです。(海軍にはなかったらしい。) p28 十一月五日… 水晶宮… ハンプステッド・ヒースかホワイト・シティ: 11/5は訳注なしですがガイ・フォークス・ナイト。[BP]三つの場所はいずれも小高くなってて花火見物に適している所。 p30 二千ポンドほどの… 有価証券: 1753万円。当時年に100ポンドの利息。利率5% p36 バッハ… パリー: [BP]で知ったのですがセヤーズさんはOxford Bach Choirのメンバーだったのですね。どうりで古楽に親しんでいるわけだ。[BP]訳注では詩篇の引用となってる「何となれば人は」はHubert Parry(1848-1918)の“Lord, Let Me Know Mine End” from “Six Songs of Farewell”(1918) p50 ビスケー湾(Bay of Biscay): [BP]英仏海峡で一番荒れるコース。食事したの「反対」とは「吐いた」の意。 p57 誰だかの書いた話に出てくる不運な幽霊みたいに(like the unfortunate ghost in that story of somebody or other’s): 姿が見えず声も届かないので意思疎通が出来ないシチュエーション。どこかで聞いたような話ですが、調べつかず。同ネタいろいろありそう。 p71 二ポンド十シリング(two pounds ten): 約2万2千円。老紳士が外出する際に持っていたお金。 p72 Jペン(‘J’ pen): ペン先の種類。かつてはA-Zまであったらしい。今も残るのはGペン。vintage nibsで検索すると色々出てきます。 p74 わかった、スティーヴ(I get you, Steve): 訳注 当時の流行語「がんばれスティーヴ」のもじり、となっていますが [BP]によると初出はW.L. George作 The Making of an Englishman(1914)で由来不明とのこと。 p80 コッカーに則っている(according to Cocker): [BP] 英国では算数の教科書Cocker's Arithmetick(1677)が150年以上使われ、absolutely correct, according to the rulesの慣用句となった。(英wikiにより修正) p80 八シリング十六ペンス(eight-and-six-pence): 原文はどう見ても「8シリング6ペンス」(=3726円) 簡単な化学分析1件の値段。 p81 フラットとなると店子は雑用をこなすのも手伝いを雇うのも、全て自分: 家具付き下宿(furnished apartments)だと大家がいろいろやってくれるが「フラット」だと違うらしい。 p82 二度鳴らす(rung twice): 下宿の場合、ドアベル1度だと地下の大家が出てきて、2度だと1階の住人が顔を出す仕組みのようです。(ピーター卿は世情を知らなかったと評されている。) 探すとWilkie Collinsの劇“Miss Gwilt”(1875)に表玄関のドアベルが鳴ってlodgeのメイドがOne ring for the first floor, two rings for the second, and so on up to the garretと言うシーンがありました。(このlodgeには地下室が無いので1回が1階の意味なのか) p83 六シリング六ペンス: 2849円。多分ウィスキー1本の値段。 p87 『ロージィの週間小話』の<ジュディスおばさん>欄(Aunt Judith of Rosie’s Weekly Bits): 週刊誌?調べつかず。架空のものか。 p103 自動交換式(automatic boxes): ロンドン最初の電話ボックスは1903年。有名な赤い電話ボックス(K2)は1926年から設置。最初ダイヤルなしの電話で、必ず交換手に依頼する方式。1925年ごろからコインボックスと(AとBのボタンと)数字だけのダイヤルが付き、同じ局内なら番号だけ回せば自動で繋がるようになった。違うエリアにかけるときは交換手を呼び出す仕組み。やがて英字もダイヤルに示されるようになりWIMbledonならWIMと回せば局番違いでも繋がるようになった。この小説の時代だと数字だけのダイヤル式だと思われる。ここに出てくるチャリング・クロスとメイフェアの間は約1.8kmなので同じ局内だったのかな? p103 地区伝言会社(A district messenger)の者が手紙を(with a note): 訳注 現在のバイク便のようなもの。英wikiにTelegram messangerとして項目あり。米国なら民間会社ですが、英国では中央郵便局(G.P.O.)がユニフォーム姿の少年たちを使って自転車で電報を配達してました。(なのでここは「配達の少年が電報を」という意味ですね。) p112 一シリング(a shilling): 438円。タクシー運転手へのチップ。乗ったのはポートマン広場からハーリー街まで。距離0.6マイル。現代ならタクシー代は約750円。 p120 熊の見世物小屋(beargarden): 1576年から1682年までロンドンにあった見世物劇場。熊だけじゃなく馬や雄牛や犬も登場する残酷ショーが繰り広げられたらしい。英wikiに詳細あり。 p257 ジョージ・ロービイ(George Robey): ミュージックホールの喜劇スター(1869-1954) ここの引用“getting up from my warm bed and going into the cold night air”は調べつかず。 p277 オースチン・フリーマン『声なき証人』(A Silent Witness): ネタバレあり?作品を読んでないのでわかりません。 p304 腰をおろせば悲劇も喜劇になる(you could always turn a tragedy into a comedy by sittin’ down): [BP] Possibly Henri Bergson, quoting Napoleon. ベルグソン『笑い』第5章からの引用。座ると自分の肉体を思い出すので、ドラマチックな悲劇的気分が抜ける、という話らしい。 p307 一日じゅうペイシェンスをやっていました。…一番簡単な...<悪魔>…(I played patience all day... the very simplest... the demon...): ピーター卿のセリフ。米国ではCanfield。(Klondikeも別名Canfieldですが違う遊びです。) wiki「キャンフィールド」参照。iOSの無料ゲームがあったので遊んでみましたが完成が難しい。選択の余地がほとんどない運任せのソリティア。1890年代Canfield Casinoで参加料50ドル(=16万6千円)を賭け、台札1枚成立につき払い戻し5ドル、完成したら賞金500ドル。1ゲーム当たり平均5-6枚の払い戻しで胴元は大儲けだったらしい。(賭け金が高すぎるような…) p313 女同士、はたして打ち明け話などするものだろうか: 作者の実感っぽい。 p323 牡蠣に火を通すのは主義に反する(opposed on principle to the cooking of oysters): 昔は西洋人が生で食べるのは牡蠣くらいのものだった。 --- イアン・カーマイケルのBBCドラマ(1973、4回×45分)を見ました。ポピーとかスティック型の電話とかディテールがちゃんとしてます。ピーター卿も嫌味がなくて良い感じ。 --- (2020-4-17追記) The Saturday Review of Literature October 27, 1928に掲載された本作の評は、ハメットの手によるものらしい。(Don Herron主宰のWebサイト “Up and Down These Mean Streets”のHammett: Book Reviewer参照) 「かなり良い探偵小説になるはずだった作品。犯罪やそれに至る動機は相当に納得のいくものだ。[評の中盤はストーリーの要約なので省略] だが展開が遅すぎる。これが本書の問題点。展開が遅いので読者をびっくりさせられない。筋を予想する時間がたっぷりあるので、特に鋭敏でない読者にも一章分から六章分くらいの先が余裕で読めるだろう。」 ハメットが考える探偵小説のポイントとは、まともな動機と展開のスピード感と読者を驚かせることだったのか… (ストーリー要約以外は全文を翻訳しました) |
No.4 | 5点 | ボナンザ | |
(2018/05/27 17:50登録) いつものピーター卿もの。本筋の真相は途中で明らかになり、それ以降失速気味なのがやや残念。 |
No.3 | 7点 | 了然和尚 | |
(2015/02/24 12:25登録) デビュー作から順番に読んできましたが、これが一番面白かった。前半は手掛かりがよく示されていて本格度が高いが、簡単に推察できる内容だが、途中でトリック的なものが明かされる。その後別の真犯人を追求するという二層仕立で、楽しめた。後半が、手掛かり少なく安直に解決に向かうのはこの形式ではしょうがないのかな? |
No.2 | 6点 | ロビン | |
(2009/10/10 03:12登録) まずこの設定が非常にユニーク。コージー的雰囲気を持ったセイヤーズの作風にピタリとハマっています。 しかし、悪く言えば、それだけ。真相自体にひねりはなく、さらに早い段階で明らかにされてしまうと、どうもラストまで気分が乗らない。そういった「演出力のなさ」が目につく作品です。 |
No.1 | 7点 | Tetchy | |
(2009/02/23 22:42登録) 今回のセイヤーズは小粒で、事件も(終わってみれば?)呆気ないほど、単純。 ただ、ピーター卿がこの上なく女性に優しいのを今まで以上に実感し、読後感は非常に快い。 登場人物としては何をさしおいてもアン・ドーランドが一番だろう。物語の終盤でようやくピーター卿と邂逅するこの女性は、最初と最後の印象がガラリと変わり、なんともまあ、爽やかな幕切れを演出する。 また原題の「Unpleasantness」に込められた意味も非常に多種多様で、広告のコピーライターをしていたセイヤーズならではの題名だ。 翻訳の都合で「不愉快な事件」と名付けざるを得なかったのが非常に残念である。 |