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ミステリの祭典

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天城一の密室犯罪学教程

作家 天城一
出版日2004年05月
平均点5.67点
書評数6人

No.6 10点 クリスティ再読
(2020/11/29 08:50登録)
以前評者が「ブラウン神父の童心」について、チェスタートンは社会批評の目的から「逆説」を導き出しているのであって、純探偵小説的トリックとして読んでしまったら、チェスタートンの意図を大きく損なうことになる、と書いたのがご不評のようだったんだけど、いや実は天城一、ほぼその通りのこと、書いているよ。「見えない人」の「逆説」というのは、「トリック」なんかじゃなくて(実際犯人は何も仕掛けない)、社会が抱え込んだ大きな逆説・矛盾をそのまま提示しただけなんだ。

まあ評者は、70年代のアンソロやら幻影城やらで天城氏の短編って結構親しんではいたから、図書館でこの単行本を見かけたときに「読まなきゃね...」とは思っていたんだけど、文庫になってるじゃん。驚き。こんなに商業性の薄い本が、ねえ。逃がせないので即購入。いやいやどこを切っても天城氏の想いが炸裂した、ある意味「アマチュア」な視点が卓越した本で、評者は極めて共感した。「アマチュア」というのはね、いわゆる「本格史観」、日本のミステリ受容史に由来して、日本固有の「マニア根性」で歪んでいるので、海外ミステリでの受容とは大きく乖離したミステリ観に染まらない、という意味でだね。だから本書に収められた乱歩に対する「献詞」、おそらく日本で書かれた最高の乱歩批判、なんて全ミステリ読者に強制的にでも読ませたいくらいである。

「トリックというものは、探偵小説にとってそれほど尊いものか?」 釈迦に説法で恐縮でございますが、トリックということばは日本語で、しかも先生の御造語でした。英米の探偵小説社会ではトリックなどという英語はないことを、先生はよくご承知のはずでした。

探偵小説は読者に参加の夢を与えると称しながら、実際には読者を操作するにすぎませんでした。

いやこの乱歩が作り上げた「本格史観」が、もちろんこの「本格史観」を批判して「トリックよりロジック」を主唱した都筑道夫もいれば、ミステリ自体の多様な展開、近年の「日本ミステリ受容史に縛られない」古典紹介の流れもあるのだけども、今に至るまでとくに「マニア」を自称する人の多くに牢固として生き続けているのが、本当に不思議なことでもある。

だからこういう「ミステリの哲学」の上に書かれた、天城一のミステリが一種の「メタ・ミステリ」な色合いを持つのは当然のことである。それ自身、過去の作品・日本社会・ミステリ観に対する痛烈な批判であるような「ミステリを超えたミステリ」でなければならない。少なくともこの野心を「高天原の犯罪」と「盗まれた手紙」を満たしている...というのが、単に眼高手低な理論家だ、と言えない強烈な意義を持っている。

「盗まれた手紙」はもちろんポーのそれに対する挑戦である。本作を「トリックの話」と読めば、そう読めるのだけども、もちろんこれは天城の罠だ。いや「犯人が捜査を撹乱するために仕掛けるトリック」ではなくて、これは「反トリック」の話なのだ。

ポーが、天才の心と卑俗な心とを併せ持った偉大なポーが、我々の《心理的盲点》を指摘して以来、捜すものが見当たらぬのは心理的盲点のためだと信ずる。

そういう「盲点の盲点」を天城は指摘する。「楽観的だから《真実》ではない」。

「見えない人」に対する天城の挑戦である「高天原の犯罪」は

発想は明白なものは見えないという護教的な主張

とチェスタートンの本質をえぐって見せた分析の上に構築されている。だからこれはトリックではなくて、「社会の逆説」だと。この作品が新興宗教団体を舞台に書かれてはいるのだけど、実のところ天城が戦前に遭遇した天皇の行幸の体験に根差した話なのである。現人神は見てはならないのだから、日本の「見えない人」というのは天皇のことである。

今年は三島事件50年というのもあって、この秋には三島関連本もいろいろ出たりして、評者もいろいろ考えることもあった。「などてすめろぎは人間となりたまひし」と三島が第二次大戦の死者になりかわり天皇を恨んだトラウマを、終戦直後をほぼすべて舞台とする摩耶モノで、天城も共有するのだ。この「高天原の犯罪」の「犯罪」は「天皇の戦争責任」を暗に諷しているのだろう。現人神は殺されることで「人間」となり、ひれ伏して天皇を「目にしない」臣民が、人間天皇を見てもあえて目を背けるのはその「戦争責任」なのだ。実のところ象徴天皇制は臣民が自らの戦争責任に目を背けるための「道具」だ。かくして「見えないものは存在しない」と戦後社会は「見えない人」を本当に「見えな」くしてしまう....いや三島の主張って、こういうことだろう?

評者にとってはたまたまの天城と三島の遭遇なのだが、何か図ったようなものを感じなくもない。「高天原の犯罪」は日本戦後短編ミステリの最高峰である。

No.5 5点 名探偵ジャパン
(2020/09/01 09:41登録)
頭の良い人の書く文章というのは、凡人には容易に理解させてもらえません。事件の謎ではなく、どういう状況なのか? 何が起きているのか?を読解するほうに余程頭を使いました。自作解説パートで、「一般の読者には受け入れてもらえなかった」みたいなことが何度か書かれていますが、そりゃそうだろ、と突っ込みたくなります。ミステリを楽しむのはインテリばっかりじゃないぞ。

問題の(?)「高天原の殺人」ですが、これ単体で読めば「そんなうまいこと行くんかいな」と懐疑的な目で見てしまいますが、本作がチェスタトンの「見えない男」にインスパイアされて、日本的「見えない男」というか、作者自身の体験を踏まえて「見てはいけない男」(ネタバレ?)に着目して書かれた、ということを知れば、なるほどと思います。ミステリの発想って、こういうところにあるんだなと面白く読みました。

No.4 4点 蟷螂の斧
(2019/09/21 16:24登録)
パート1の短篇は、文章を削ぎ落しているというが、それにより話が飛んでしまい意味不明である。非常に読みにくく、文章、構成が巧みとは言えない。江戸川乱歩氏が評した「普通の意味の小説道にははなはだ未熟」が言い得て妙であると思う。作例やテキストのようなものなので致し方ないのかも。パート2はパート1(密室)の解説。パート3が短篇集。高評価の「高天原の犯罪」に期待したが、脱力系であり残念。犯人の脱出方法については、「気配」という概念が欠如している。この手のものなら折原一氏の「不透明な密室」の方が笑える。

No.3 4点 青い車
(2016/11/15 16:49登録)
 小さな抜け穴から工作する密室、機械的な密室、殺人のように見えた自殺だった密室、内出血密室、時間を錯覚させることによる密室、内部から持ち出すか外部から持ち込むかのいわゆる逆密室……。密室の構成方法を大系別に分け、その例を論文形式の説明と小説の実例で紹介している本です。論文のパートはなかなか興味深く、作者の深い教養を感じます。その一方、小説の方はあくまでトリックのパターンを教えるに留まっており、プロットが大同小異ですぐに忘れてしまいそうなものが多いです。短いわりにテンポよく読めないのも気になりました。ただ、『高天原の犯罪』は見えない人パターンの新機軸と言え、唸らされました。

No.2 5点 nukkam
(2016/01/01 07:45登録)
(ネタバレなしです) 3つのPARTで構成された2004年発表の短編集で、PART1は8つのショート・ショートと2つの短編を収めた「実践編」、PART2は先人やPART1の作品を引用しながら密室を9つのタイプに分類した評論の「理論編」、そしてPART3は初期の名探偵・麻耶正シリーズの全作品10作が収まっています(PART1にも1作あるので厳密にはシリーズ全11作)。もともとはPART2の前身である評論「密室作法」(1986年)があり、そこにPART1が追加されて「密室犯罪学教程」(1991年)として私家版が出版されています。誰でも入手しやすい商業出版された本に追加されたPART3は本来は「教程」と関係がなくおまけのようなものですが、麻耶正シリーズが全部読めるようになったのは歓迎です。ただこの短編集、これから推理小説家を目指す人やマニアなど限られた読者向けかなと思います。「無駄を削ぎ落とした作品」と好意的に評価する人もいますが、個人的にはどんな事件が起きたのかさえも説明不足の作品が多くて非常に読みにくく、トリックも(悪い意味で)唖然とさせらます。PART2では自作のみならず、ルルー、ルブラン、カーなど多くの作品の(トリックだけでなく時には犯人名まで)ネタバレしているのでビギナー読者には到底勧められません。

No.1 6点 kanamori
(2010/05/23 16:18登録)
古い密室ミステリのアンソロジーには必ずと言っていいほど登場する著者の短編選集の第1巻。
クセのある文体と極端に省略の多いプロットで、よほどの本格マニアでないと読むのに苦痛を感じると思います。
収録作のなかでは、シリーズ探偵の一人・摩耶ものが優れているように思いますが、それらはほとんど以前アンソロジーで読んだものばかりでした。
個人的ベストは「高天原の犯罪」で、宗教儀式とチェスタトン的密室トリックが巧く結びついています。

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