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みりんさん
平均点: 6.65点 書評数: 260件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.12 7点 人間腸詰- 夢野久作 2024/04/29 13:58
1936年に47歳という若さでこの世を去ってしまった夢野久作。この短編集は1934〜1936年という晩年に発表された短編を八編収録。蟷螂の斧さんが書評されている『人間腸詰-夢野久作怪奇幻想傑作選』とは収録作品が違うので、新たに登録し、こちらに書評させていただきます。

人間腸詰 7点
『空を飛ぶパラソル』では太陽、『死後の恋』では宝石、『笑う啞女』では月光。夢Qの作品では光の演出によって印象的な(ショッキングな)シーンを魅せることが多い気がします。今作は水銀燈がその役割を担っていましたね。

木魂 7点
再読だがほとんど忘れてた。景色が公理や方程式に見えるほど偏執狂の男が数学的解釈より家族愛を選び取る。短編なのにうるっとくる。当時の数学教育への憤りとかもあったりしたのかな?
初読時より1点加点して7点。

無系統虎列刺 6点
吐酒石は正式名:酒石酸カリウムアンチモニウム(初耳!) で17世紀頃から催吐薬として使われはじめましたが、副作用が強いため、現代ではほとんど使われていないそうです。酒石酸と重曹の組み合わせは中和反応により炭酸ガスが発生するため、発泡剤として用いられています。

近眼芸妓と迷宮事件 5点
連城イズムですね、時系列が逆ですが笑
アンチ共産主義もひとつまみ

S岬西洋婦人絞殺事件 5点
特筆すべき点のない普通の探偵小説。少し唐突な犯人。

髪切虫 6点
宇宙線からメッセージを受け取った髪切虫の不思議なお話。噛み切り虫だと思ってたけど、ほんとに髪切れるんだねこの虫。

悪魔祈祷書 6点
再読。森羅万象は原子からなり、人間の複雑に見える思考というのも所詮は化学反応に過ぎない。と神の存在を否定しつつ、反対に悪が人類を発展させてきたという説。興味深くのめりこんで読んでいるとひっくり返される笑 これも面白い。
ちなみに悪魔の聖書というのは実在するそうですね。

戦場 8点
舞台は第一次世界大戦の独逸の戦場。
軍医として最初に学ぶことは自傷の鑑別方法(これほんと?) 戦争の影で蠢く、私利私欲に塗れた陰謀を解き明かすミステリー。反戦をテーマにお得意のナンセンス(轟音のくだりとか)を織り交ぜて、苛烈な戦場の虚無感を描いた夢Q後期の傑作短編だと思われる。第二次世界大戦前に発表されているのがいいね。晩年といっても切れ味は変わらず…もう少し長生きしてほしかったな(泣)

No.11 6点 死後の恋(乙女の本棚)- 夢野久作 2024/04/29 13:47
『ルルとミミ』と同じ乙女の本棚シリーズの絵本です。『死後の恋』のあのシーンを絵で見たいという思いで読みましたが、描かれていませんでした。さすがに乙女には刺激が強すぎると判断したのでしょう。74pの絵が個人的にはベストショットかな。
お子様のいるレビュアーの方はぜひ読み聞かせをしてあげてくださいね(『ルルとミミ』の方がウケ良いかもですが…)

『死後の恋』はこれで5回目くらいだが、何度読んでも飽きない。普段再読なんてあまりしないけど、夢Qって再読性の強い作家だなぁ…

No.10 6点 空を飛ぶパラソル- 夢野久作 2024/04/14 19:19
収録作は『空を飛ぶパラソル』『いなか、の、じけん』『復讐』『ココナットの実』『怪夢』『キチガイ地獄』『老巡査』『白菊』からなる8編。怪作『白菊』は読むたびに評価が上がる。未読の5編を書評。

空を飛ぶパラソル 6点
米澤穂信『王とサーカス』の先取りで、ジャーナリズムへの警鐘。2編を通して主人公がまるで成長していないというナンセンスユーモア(?)も夢Qっぽくてイイ。
『死後の恋』に通ずるような猟奇描写もあり
"その途中の処々に鶏の肺臓みたようなものが、ギラギラと太陽の光を反射しているのは脳味噌であろうか" 角川文庫p10より

復讐 7点
予想がつくベタなオチだがそこに至るまでの過程がかなり面白い。この時代の精神病の扱いについて再認識できる。

ココナットの実 4点
エラ子がかわいい。萌える。

キチガイ地獄 8点
お得意の独白体。とある男のドラマティックな半世だけでも楽しめるし、狂気を感じさせつつ少し笑ってしまうようなオチも秀逸。途中で「誰もさわれない〜♪ 2人だけの国〜♪」という歌詞が頭の中で流れた。これが1番!

老巡査 4点
夢Qにしては超平凡なお話。うだつの上がらない老巡査のサクセスストーリーです。

No.9 7点 押絵の奇蹟- 夢野久作 2024/04/07 22:03
『瓶詰の地獄』『ルルとミミ』に続く兄妹サーガ。
ピアニスト・トシ子の出生について、3つの解釈が提示されるリドルストーリーとなっており、謎解きが好きなら超おすすめですよ!! 夫婦児というのがすべて丸く収まる解釈ですが、私は頭メルヘン読者なので、3つの解釈の中で最もぶっ飛んでいる"押絵の奇蹟"とやらを信じたいところです。『ドグラ・マグラ』では人間は細胞単位でモノを考え、心理が遺伝するという「脳髄論」が大変衝撃的な内容でありましたが、こちらの『押絵の奇蹟』でもソチラに通ずるような新説があり(わざわざ論文調の書物まで載せて笑)、非常に楽しめました。「脳髄論」「胎児の夢」よりは説得力に欠ける内容でしたが、短編なので仕方がないでしょう。
テーマは「プラトニック・ラブは遺伝学を乗り越えられるのか」であり、夢野久作はその答えを読者に委ねている… ということにしておこう

『氷の涯』と『あやかしの鼓』は他の書評で書いたので割愛
とにかく、『押絵の奇蹟』を表題にした角川文庫グッジョブです!

No.8 5点 人間レコード 夢野久作怪奇暗黒傑作選- 夢野久作 2024/03/24 04:30
近代日本の暗黒部分に焦点を当てた5編がセレクトされた短編集。
全て未読だったのが嬉しい


【直接的なネタバレはないが、未読の方は読まない方が良い】


笑う唖女 7点
月光が照らし出す大粒の涙にそれを見て笑う唖女。場面が容易に想像できて、恐ろしい。キキキキキキ………

人間レコード 5点
タイトル通り、記録媒体に人間を用いるというSFです。あまり話の起伏がなく、夢野久作の反共産主義思想がメイン(解説によると、ただそれだけではないらしい)。さすが右翼の大物と評されるだけあります。
「ホントの共産主義は要するに『他人のものは我が物。わが物は他人のもの』」
「ところが支那人のは違うんだ。『他人のものは我が物。我が物は我が物』と言うんだから」

これ『ドラえもん』に全く同じこと言う奴いましたね。あの台詞も実は偽共産主義への皮肉だったんでしょうか。そんなわけないか。

衝突心理 3点
これは何がテーマなのかよくわからない。ただの勘違いユーモアネタか?

巡査辞職 5点
珍しく王道探偵小説という感じで、舞台や動機は横溝風味です。

超人髭野博士 4点
珍しく100p超えの中編だが、ミステリとしてレベルは低い。
しかし、ワルである主人公(吾輩)の言動がやたら面白く、見ものである

"貴婦人と普通の女の違いは、債権に当たった奴と当たらない奴だけの違いじゃないか"


解説は朝宮運河という怪奇幻想ライターの方。
同じ作品を読んだはずなのに、読み取れる情報量にここまで差が出るものなのかと自分が不甲斐なくなるくらい良い解説。このサイトで他の方の書評を読んでも同じことを感じていますが笑

No.7 7点 ルルとミミ(乙女の本棚)- 夢野久作 2023/10/09 02:47
図書館で予約して受け取りに行くとまさかまさかの児童文学。少し恥ずかしい思いをした。こんなに救いのない物語を児童に読ませるのは果たしてどうなのか…トラウマになるんじゃないか(笑)

この著者はそこそこ読んできたが、今までに見たことのない童話のような語り口です。
『瓶詰の地獄』といい夢Qは「兄妹」に何かフェティシズムでもあるんでしょうかね。いや〜子供には刺激が強すぎるぞこれ。ラストはサプライズと言えばサプライズであり、メリーバッドエンドと言えるかもしれない。最後の見開きは絵の効果も相まって儚く美しい。

ねこ助という方の絵が素敵でこの幻想的な作風に大変マッチしています(+1点)

No.6 7点 あやかしの鼓―夢野久作怪奇幻想傑作選 - 夢野久作 2023/10/04 02:11
夢野久作の傑作選にはとりあえず『死後の恋』『瓶詰の地獄』は入れておけという風潮があるほどには両者とも傑作だと思います。『死後の恋 夢野久作傑作選』とだいぶ選出がカブっているのもあって、今回未読作だったのは『難船小僧』『幽霊と推進器』『あやかしの鼓』の3つのみ。いや〜でも『死後の恋』は見かけるとつい読んでしまいます(^^)

『難船小僧』 6点
伊那一郎が乗り込んだ舟は必ず沈没してしまう。科学的にはそんな事はありえないという理由で実験的にその少年を同伴させた船長とその事に阿鼻叫喚の船員達が描かれる。
たぶん「難船小僧のナンセンス」っていう親父ギャグが言いたかっただけだと思うけど、登場人物の冷淡さもなかなか強烈。

『幽霊と推進機』 5点
これまた『難船小僧』と同じ怪奇海洋奇譚。船という閉鎖空間にやな奴ばかり出てくるのも似通っている。だがこのオチはだめだろうw

『あやかしの鼓』 8点
音を聞くと呪われるという「あやかしの鼓」 夢野久作処女作の短編という事で1番楽しみにしていましたが、期待を裏切りませんでした。
特に100年越しの『あやかしの鼓』演奏描写。愛する人に裏切られた時の憎悪。生きながらにして死んでいた男が鼓に込めた情念。鼓が奏でた音の怨みの響き。小説という媒体ではやむを得ず音を文字に変換する必要があるが、ここまで鼓が奏でる音の呪いに説得力を持たせる作者の筆力には鳥肌が立ちます。著者はデビュー作から怪奇幻想小説家として異彩を放ち、注目されていたことが想像に容易い。

あと初読時は普通だと感じた『白菊』の持つ妖しい魅力に気づき、再評価路線。

No.5 6点 死後の恋- 夢野久作 2023/09/30 15:10
アレを読んでから毎日1度は夢野久作のあの荘厳な尊顔を思い浮かべる時がくる。これが『死後の恋』か…
という冗談はさておき収録作は『死後の恋』『瓶詰の地獄』『悪魔祈祷書』『人の顔』『支那米の袋』『白菊』『いなか、の、じけん』『怪夢』『木魂』『あやかしの鼓』
私が読んだのは新潮文庫の「夢野久作傑作選」なのでどうやら前の方が読んだ作品集とは違うようですがここに書評します。

【ネタバレあります】



『死後の恋』9点 『瓶詰の地獄』9点
この二つはどの作品集にも収録されていますね。『死後の恋』の猟奇と耽美の融合、臓器と宝石の対比がホントに好きで、まだそれほど読んでないのに夢Q中短編の最高作だろうと勝手に思ってます。

『悪魔祈祷書』 6点
タイトルを見るからに著者らしい作品かと思いきや予想外の方向へ。こういうのも書くんだね。

『人の顔』6点 『支那米の袋』7点
既に読んでいましたね。『瓶詰の地獄』で感想書いたのでソチラで

『白菊』5点
幻想的な雰囲気に誘い出される犯罪者と世にも美しい少女。んんん…つまりどういうこと?

『いなか、の、じけん』3点
いなかで起こる少し奇妙な事件が無数に載っているショートショート。吝嗇家なおばさんが窒息する話以外はあまり記憶に残らず

『怪夢』4点
これまた怪しい夢に関するショートショート。『病院』では精神病患者=主人公が発狂すると同時に研究が完成するという研究者が登場するが、これまさにドグマグの原形ですね。ずっと前から構想を練っていたのが伺えます。

『木魂』6点
妻と子を無くし、どこからともなく声が聞こえるという狂人。異常な現象を数学で解釈する部分はユニークです。終始陰鬱、暗澹たる雰囲気が続く中、ラストは一筋の光明が差した…のかどうか 

『あやかしの鼓』はどうせならこれがタイトルになってる作品集で読もうと決意。デビュー作の中編、楽しみですな

未読作で刺さったのが少なくてこの評価に。相変わらず「狂人」「夢」「ロシア」が好きなんですね

No.4 9点 日本探偵小説全集(4)夢野久作集- 夢野久作 2023/09/22 17:48
収録作は『瓶詰の地獄』『氷の涯』『ドグラ・マグラ』
いやあ、『氷の涯』以外は再読なのに読破に5日かかった。
ふつう再読って忘れた頃にするもんだろうけど、『ドグラ・マグラ』に関してはある程度本筋を整理している状態の方が楽しめるのではと思い再読。例によって細部は忘れていて「こんな文章、前読んだ時あったか?」と疑う始末です。

【ネタバレあります】



『瓶詰の地獄』 9点
4読目くらいですね。やはり妹とは一言も書かれていないため、兄弟ではないかという思いを強くしたところです。聖書に同性愛って禁止されてたり…? 3通の手紙の順番が実は3→2→1だというのが通説ですが、3通目は2人だけのユートピアに行ってしまったと牽強付会な解釈をしておこう。

『氷の涯』 7点
著者の数少ない100p超えの作品かな?ロシア好きなんですねぇ夢野久作。やはりこの作品でも、夢久は探偵小説というのを上空から冷静に俯瞰しているような印象を受けます。考えすぎですか?
なんやかんやあってラストのロマネスクな逃避行。そのなんやかんやは色々ワケアリでしたが、こういうの好きですよウン。

『ドグラ・マグラ』 10点
"胎児よ 胎児よ なぜ躍る 母親の心がわかって おそろしいのか"

ドグラ・マグラ単体の書評欄で「混沌の渦の中に実にウェットな人間ドラマが描かれている」みたいな書評があったのですが、それを見てから読むと確かにウェットな気がしてきたぞ。
「正木教授が生涯をかけて2つの学説を証明する物語」だと1読目の時は解釈したが、「2人の教授間での学術研究を超えた闘争」に上書き。呉一郎が2人の教授を両方とも「お父さん」と認識し、若林教授が激怒するシーン。初読時はすっかり忘れていたが腑に落ちた。
まあ相変わらず分からんところは分からんし、正直「奇書を評価する俺かっけぇ…」みたいに酔ってる気もする。しかし、精神医療なんてないに等しく、狂人になると隔離される上にその家族までも村八分にされてしまうようなこの時代に一介の探偵小説家である夢野久作がこんな先見性のある物語を作ったというのはやはり脱帽せざるを得ない。

※冒頭のブウウウーンと夢遊病者の書いた作中作「ドグラマグラ」のブウウウーンではウの数が違うっての初めて知りました。気づいた人よう気づいたなと。

No.3 8点 瓶詰の地獄- 夢野久作 2023/09/16 14:56
『ドグラ・マグラ』を読んでから頭が夢Qで埋め尽くされ、いつのまにか購入していました。角川の可愛いカバーで読了。収録作は『瓶詰の地獄』『人の顔』『死後の恋』『支那米の袋』『鉄鎚』『一足お先に』『冗談に殺す』の7作ですが、そのうち『瓶詰の地獄』と『死後の恋』は他の短編集で既に読んでいましたねぇ… もしかして夢野久作って作品数少ない?(泣) ちなみに解説はあの中井英夫です。滅多に見ないので驚いてしまいました。

【ネタバレがあります】


瓶詰の地獄 9点
再読です。代表作ですね。現代にも通用する趣向が見事。これは兄妹ではなく兄弟という可能性もあるのか?だとしたら聖書燃やしたくなるのも当然よね。

人の顔 6点
作中唯一のコメディタッチですね(嘘)

死後の恋 9点
再読となったがやはりこれが1番素晴らしい。臓器と宝石、猟奇と耽美の融合がなんとも美しく、初読時でもあのシーンでゾワッと鳥肌が立ったのを覚えています。なるほど『死後の恋』か

支那米の袋 7点
この作者の独白体好きですねぇ。しかしアレ、当時の日本で本当に流行っていたのでしょうか

鉄槌 7点
稀代の悪女の色気や艶かしさには読者も幻惑されてしまいます。しかし主人公、そこまで悪魔か?

一足お先に 8点
これはドグラ・マグラを構想するきっかけとなったオリジナルではないかと思われます。片足を無くしたモノに発症する特有の夢遊病、まさに短編版ドグラ・マグラという感じです。答えは闇の中ですねぇ… いつか整合性を分析して、論理的に犯人を導き出したいです。

冗談に殺す 6点
完全犯罪を完遂させた男による自供の謎。
ようわからん。自分が認識している時点で完全犯罪はあり得ない。必ず鏡にソレが滲み出る、鏡の恐ろしさといったテーマか。

No.2 10点 ドグラ・マグラ- 夢野久作 2023/09/10 15:40
書評200作品目(嬉しい!)はコレで。拙い感想ばかりですがとりあえず300作まではがんばりたいところ…

私はライトな文体の新本格が大好物、古典は読むのが超ニガテ。しかしながら、読書歴の浅い私の早合点だとしても『ドグラ・マグラ』は他の追随を許さない作品、国内で最高評価を受けて然るべき作品ではないかと思ったので満点を献上。この作品を心の底から好きかと聞かれると答えはノーですが、宇宙からミステリ星人がやってきて「この国で1番優れた作品を出せ」と言われれば、迷いなく『ドグラ・マグラ』を差し出します。

一文一文が何一つ妥協のない選び抜かれた文章。構想に10年を要するのも納得の「胎児の夢」「脳髄論」などといった凄まじいガジェット。斬新奇抜にして驚天動地、眩暈のする真相には読了後に思わず本を置いて天を仰ぎ、こんな作品を世に出した夢野久作に感謝していました。
作中のとある絵巻物の魔力は1000年持続し、人々を狂わせていった。時代と共に節々に色褪せを感じさせる作品が多い中、本作品が内包する魅力はこの絵巻物と同様に、1000年後も色褪せない不変なモノであるとそう信じたいです。夢野久作の心理を遺伝した作家は今後現れないものか

【ネタバレなしのただの感想文】
社会進出を志した女性が大正時代に生きることの理不尽さや空虚さを描いたのが同じ夢野久作の『少女地獄』なら本作はさしずめ『狂人地獄』といったところか。な〜んだ奇書だとか良いつつ分かりやすいテーマじゃねぇかと序盤は思っていた。しかし、「キチガイ地獄外道祭分」あたりから一気に奇書らしくなり、やにわに探偵小説の頂点たる「脳髄小説」が始まる。

上巻182pより引用
「探偵小説というものは要するに脳髄のスポーツだからね。犯人の脳髄と、探偵の脳髄とが、秘術を尽くして鬼ゴッコや鼬ゴッコをやる。その間に生まれるいろいろな錯覚や、幻覚、倒錯観念の魅力でもって、読者の頭を引っぱって行くのが、探偵小説の身上じゃないか。ねッ。そうだろう」

いやあこれ、大変共感ですなあ。その脳髄の本質を探究するとはまさに絶対的探偵小説… 探偵小説の頂点に相応しい。さらに、作中で提唱されるトンデモ新学説「胎児の夢」では作者の美しい言葉選びに納得せざる…いやペテンをかけられているような…なんにせよこの陶酔感はなかなか味わえるものではない。



【要注意】【ここから核心に触れるネタバレあり】




語り手が犯人なんていう作品はたくさん読んできたが、語り手が実は胎児だったなんて作品は探偵小説においてはおそらく空前絶後だろう。この胎児、心理遺伝を考慮すると呉一郎とモヨ子の子供かなあ?
この作品は「心理は細胞単位で遺伝する」「胎児は10日で森羅万象の夢を見る」という2つの仮説を正木教授が倫理観を犠牲にしてでも証明する物語であり、それ以外のほとんどが作者からの目眩し(=ドグラ・マグラ)なのではないか。前者は正木自身が完遂し、後者は未遂に終わったため、この世界の創造者たる作者自らが答えを提示したんだと個人的には思っている。素人意見で全くの見当ハズレを言っているかもしれないが、こう考えると入り組んだ大迷宮に見えて本筋は実にシンプルな気がします。しかし、私が多くを理解できるほどシンプルなら三大奇書などと呼ばれるはずもなく、「斎藤教授は正木に殺害されたのか?」「絵巻物を呉一郎に見せたのは正木なのか?」「夢遊病者が執筆したドグラ・マグラは何だったのか(あくまでメタフィクションとしての役割としか持たないのか?) 。」「呉モヨ子は本当に生き延びて病棟にいるのかそれとも替え玉なのか。」「正木教授の自殺もしくは他殺の真の理由は?」などなど一読では曖昧な(ドグラマグラな)部分がその他多数存在する。初読よりむしろ2読目、3読目の方が楽しめるんではないかと思われます。
夢野久作の作品は大衆小説とは言え、私には大変重く、700ページ読むのに14時間もかかった。ので、古典文章を読み進められる熱量とこの作品を奥深くまで読みとこうという気概がある時に再読できたらいいな…いつになることやら…スカラカ…チャカポコ…スカラカ…チャカポコ

No.1 7点 少女地獄- 夢野久作 2023/06/25 12:01
文学作品ほとんど読まないけど、図書館にあってドグラマグラの前に読んだこうってことで
【ネタバレあります】




大正時代の男尊女卑、男性優位主義へのアンチテーゼ。
社会進出を志した女性がこの時代に生きることの理不尽さ・空虚さはまさに地獄。そんな状況に置かれた3人の女性の男性中心社会からの現実逃避や復讐を描いた短編集。しかしどれも『少女地獄』というタイトル通りに儚く破滅的なラストを迎える。
夢野久作が性差が緩和された現代だったらどんな文学を書くのだろうと気になりますね

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