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ROM大臣さん
平均点: 6.07点 書評数: 135件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.115 7点 運命の証人- D・M・ディヴァイン 2023/09/07 13:33
全四部からなる物語の主人公は、事務弁護士のジョン・プレスコット。今、弁護士でありながら法廷の被告席に立っている彼は、自分が告発されている二件の殺人事件について回想していた。六年前、ジョンは友人の会計士ピーター・リースからノラ・ブラウンという美しい女性を紹介された。ジョンは一目で彼女の虜になったが、ノラはピーターと結婚してしまう。ところが、ある事件によってジョンを取り巻く事態は急転する。そして、忌まわしい第二の事件が。
裁判シーンから始まるので、作者には珍しい法廷ミステリかと思って読み進めると、物語の大半はジョンが殺人罪で逮捕されるまでの経緯の描写で占められている。主人公と恋人や友人や同僚、あるいはその家族たちを中心とする限定された人間関係の中で繰り広げられる濃密な心理劇はまさに作者の真骨頂。また、冒頭の法廷シーンで二件の殺人事件の被害者の名前が明記されていないため、誰が殺されたのかという興味を牽引し、サスペンスが盛り上がる。
しかし、法廷シーンも決して付け足しではなく、謎を解く上で重要な役割を担っている。すっかり投げやりな気分になっていて、自分の裁判さえもどこか他人事のように眺めていたジョンが、自身の無実を証明すべく奮起するきっかけとなる出来事の描写も印象に残る。

No.114 5点 殺人者の手記- ホーカン・ネッセル 2023/07/07 13:06
バルバロッティ警部補が活躍する警察小説。バルバロッティが休暇の旅行へ出かける直前、手紙が届いていた。「エリック・べリマンの命を奪うつもりだ。お前に止められるかな?」。やがて文面のとおり、その名前の男が遺体で発見された。その後も彼のもとに、新たな予告殺人の手紙が届く。
主人公は、別れた妻との間に三人の子供がいる四十七歳で、捜査よりもバカンスを優先させ、事件解決も神頼みというダメな中年男。それだけに彼の家族や恋人らにまつわるサブストーリーがなかなか面白い。もちろん本筋となる事件の展開も奇妙で、主人公同様、翻弄された。

No.113 8点 自由研究には向かない殺人- ホリー・ジャクソン 2023/07/07 12:59
主人公は、女子高生のピップ。彼女が自由研究のテーマとして選んだのは、五年前に町で起こった十七歳の少女アンディの失踪事件だった。
交際相手の少年サルが、アンディを殺して自殺したとされていたが、サルを知るピップは彼の無実を証明するため、サルの弟を相棒に再調査を進めた。しかも現代女子高生らしく、メール、フェイスブック、携帯電話など最新マルチメディアを駆使しての独自の事件捜査を行ってみせるのだ。何より、ピップが次々と事件の関係者にインタビューしていくことで隠された事実をあぶり出し、疑問点の見直しから真相へと迫る展開は、まぎれもなく探偵小説の王道を行くもの。邁進するヒロインの魅力とともに、彼女へ迫る危機などの展開も含め、ミステリとして申し分ない。

No.112 8点 網内人- 陳浩基 2023/07/07 12:53
ネット上で誹謗中傷にさらされた女子中学生が自殺した。姉のアイは、悪意の主を突き止めて復讐すべく、ネット専門の探偵、アニエに調査を依頼する。
作中にはインターネットに関する専門知識が大量に披露されている。視点人物のアイは、その方面には素人であり、彼女がアニエから専門用語などを教わることで、読者に対する案内の役目も果たすことになる。
凄腕のハッカーであるアニエは、時には非合法的手段で情報を集めるなど、善悪を超越した立場にいるキャラクターであり、その倫理観も独特だ。そういう人物でなければ、匿名性の大海に紛れ込んだ悪意の持ち主には迫れないという透徹した達観が本書の底流にはある。
途中でアイの復讐相手の正体が明かされる。つまり犯人の意外性は放棄されているわけで、本格ミステリとしての興味は期待できないだろうと思っていたが、思いがけないところに仕掛けが用意されていて満足。
情報化時代のミステリとして、香港の特異性に収まりきらない普遍的な面白さにあふれた作品といえる。

No.111 4点 ドクター・スリープ- スティーヴン・キング 2023/07/07 12:45
雪に閉ざされたホテルを舞台に、怪異や幽霊が波状的に襲ってくる恐怖、正気を失っていく父の恐怖を描いた前作から30年後。「かがやき」といいう一種の超能力を持つ少年だったダニーは、父と同じくアルコール依存症に苦しむ中年男になっていた。
幽霊が次々に現れる前作は正調ホラーといった趣だったが、続編はホラーであると同時に中盤から真結族との駆け引きや死闘が中心となり、冒険小説的な要素も強い。この作品の中で、キングは特に新しいことをしていない。語られるのは真新しいストーリーながら、「呪われた町」「グリーン・マイル」など先行作品に出てきたイメージ、モチーフの変奏が多く、これは「ミザリー」で使った手だなという箇所もある。子供の日に見た悪夢や怖い映画、空想に出てきたモンスターを呼び戻す彼の小説は童心を感じさせ、死が物語の中核にあっても常にパワフルで若々しかった。それがここにきて、老いや死の描き方に微妙な変化が生じているように思える。

No.110 6点 わたしたちが火の中で失くしたもの- マリアーナ・エンリケス 2023/07/07 12:35
路上の汚い子、異形のものの気配を漂わす隣家の庭、川底からよみがえる死者の噂、自らの肉体に火を放つ女性たち。古典的、土俗的なモチーフと現代都市の闇を交差させ、これでもかと恐怖のバリエーションを作り出す手腕に舌を巻く。
作品には母国アルゼンチンの歴史が濃い影を落とす。著者が十歳になるまで軍事政権の支配下にあった。人が突如行方不明になり、拷問され、骨となって発見される。幼児期に見聞きした悪夢のかけらが時折顔をのぞかせる。あるいは数々の失政が生み出したブエノスアイレスの極貧エリア、ビジャを舞台とする物語に潜んでいる。
心に恐怖を呼び覚まされるとき、人は意識の奥底に押し込めた不安やおぞましい記憶と向き合う。だからこそ、豊かな文学の源泉なのだと再認識する。

No.109 6点 愛して殺してマイアミで- ポール・リヴァイン 2023/05/18 13:15
売り出し中のテレビキャスター、ミッシェル・ダイアモンドがある夜自宅で首を絞められたうえ、コンピュータのモニターに顔を突っ込んで殺されていた。そしてさらに第二、第三の殺人が起きる。
本書は読者の意表を突く趣向や伏線がたっぷり盛り込まれており、特に事件の鍵は、ジェンダーが重要なポイントになっている。
殺人現場に残された詩の解釈をめぐって、あれこれ推理するくだりなどは、ややもすればペダンティックになりかねないところだが、向こう見ずの行動とジョークに満ちたおしゃべりで、相手を煙に巻きながら解決に突き進む弁護士ラシターの活躍が、この作品を一気に読ませる魅力あるものにしている。

No.108 6点 水よ踊れ- 岩井圭也 2023/05/18 13:06
一九九七年、中国返還を間近に控えた香港。二十歳の交換留学生・瀬戸和志は、十三歳から十七歳まで暮らしたこの地を再訪する。その地にはかつて想いを寄せた少女・梨欣がいた。彼女は三年前、マンションの屋上から落ちて死んだ。警察は自殺と結論づけたが、和志はその場から慌てて立ち去る男を目撃していた。その真相を求め、香港に戻ってきたのだ。
不器用な青春、激化する民主化運動、複雑な民族問題、格差の現実、濁った政治、そして揺れ動く香港の熱気が濃密に絡み合い、真に迫った描写で綴られていく。しかもある箇所で本作の主題が明らかになると、より物語の厚みが増し、さらに梨欣の死についての答えが示されてからの猛烈な熱量には大いに圧倒された。

No.107 5点 テロリストよ眠れ- レグ・ギャドニー 2023/05/18 12:55
M15への転身で新しい人生の道に進もうとしていた恋人メアリを、テロリストの銃弾により目の前で狙撃されたアラン・ロスリン。復讐のために手掛かりを得ようとするが、残された日記に記された彼女の姿は疑念を生じさせる。
日記を読むということによって生まれるメアリの愛への疑念を、事件の捜査によって払拭しようとするロスリンの心の葛藤は、絶えず続く。その緊迫感と重圧感は独特の空気を生んでいる。
複雑な心理描写と社会的な腐敗を通してそれぞれのキャラクターを描くが、やや類型的になっている面が惜しい。

No.106 6点 匣の人- 松嶋智左 2023/05/18 12:48
ある事情で刑事課から交番勤務に移動した貴衣子。部下に配属された新米警察官の里志は、とらえどころのない性格で彼女を困惑させる。大事件など起きない平穏な町で技能実習生が殺される事件起き、里志の性格も災いして、彼にある疑いがかけられる。
事件そのものは小粒だが、その転がし方が実に巧妙。殺人事件以外にも、外国人の技能実習生に関するトラブル、老人の徘徊と、小さな町の抱えた多彩な問題を絡めて描き出す。それぞれに困難を抱えた人々が救いを得る畳み方も、温かい読後感を残す。

No.105 6点 脅迫、空港閉鎖!- ジャック・トロリー 2023/05/18 12:35
リンドバーグ空港は、住宅をかすめて飛ぶ飛行機の引き起こす騒音が公害化し、市全体が停滞した状態に陥っていた。そのサンディエゴ市内で連続殺人が起こった。
犯人の動機が多かれ少なかれ、住人が持つ飛行場への不満の鬱積である点が目新しい。犯人の動機が、最初のうちは荒唐無稽のように思えるのだが、逆に現実離れした犯人の行動の異常性を身近に感じさせる効果を上げている。
飛行機の騒音という解決されない重苦しいテーマを掲げながらも、独特の軽みを帯びたタッチで作品の雰囲気が暗くなるのを防ぐ作者の手腕は評価されてもいい。

No.104 4点 冬のさなかに ホームズ2世最初の事件- アビイ・ペン・ベイカー 2023/03/09 13:50
シャーロック・ホームズと「ボヘミアの醜聞」に登場するアイリーネ・アドラーとの間に生まれた娘、論理学者のマール・アドラー・ノートンの活躍するシリーズ第一作。本編では、シリーズの語り手兼ワトスン役を務めることになる、フェイ・タリスとマールとの出会い、二人を巻き込んだ最初の事件の顛末が語られる。
本書がホームズのパスティーシュであることは、作者の前書きで明かされるが、それがなければ、ごくありきたりの現代米国ミステリに見えてしまったかもしれない。というのも、舞台が米国というのがピンとこないし、時代色もうまく出ていない。また、当時の婦人解放運動に作者の主張を反映させているところが、いかにも現代の米女流作家らしいが、それがどうにもホームズの世界と結びつかない。
作者の意欲は認めるが、いろいろ詰め込みすぎた結果、全体としてかえってまとまりを欠いてしまった。

No.103 5点 魔女の鉄槌- ジェーン・スタントン・ヒッチコック 2023/03/09 13:41
魔女狩り、猥書と魔術書が充満するヴァチカンの秘密図書館、ナチとヴァチカンの裏取引など、世界史の陰惨なエピソードが積み重なった果てに炙り出されるのは、キリスト教の反動性と男尊女卑思想の恐るべき共犯の構図。
おぞましい真実を知るにつれて、最初は印象が薄かったビアトリスが行動的に変貌してゆく様は見もので、後半での思い切った振る舞いには驚かされる。
だが、本書の最も恐ろしいところは、作中に登場する「マレウス・マレフィカールム」なる書物が実在し、十五世紀に刊行されて以降、数世紀にわたって実際に魔女狩りの手引書として用いられてきたという点にある。一般に考えられている以上に米国という国には宗教的色彩が濃厚なだけに、荒唐無稽な絵空事と一笑にふせない、リアルな恐ろしさ感じる。

No.102 6点 見知らぬ人- エリー・グリフィス 2023/03/09 13:32
クレアは、イギリスの中等学校タルガース校で英語教師を務めながら、ヴィクトリア朝時代の作家、R・M・ホランドの伝記を執筆している。実はこの学校の旧館は、怪奇短編「見知らぬ人」で知られるホランドの邸宅だったのだ。ある日、クレアと親しい同僚のエラが自宅で何者かに刺殺される。遺体の傍らには、「地獄はからだ」のメモ書きが。それは「見知らぬ人」に繰り返して出てくるフレーズだった。そしてクレアの日記にも「ハロー、クレア。あなたはわたしを知らない」という謎の書き込みが。
クレア、事件を担当する部長刑事ハービンダー、クレアの娘ジョージアの三人の視点と作中作「見知らぬ人」を駆使して語られ、やがて連続殺人事件へと発展していく本作における一番の読みどころは、フーダニットミステリとしての完成度の高さ。裏をかいて見せる手際には脱帽。さらに最後に用意されたある趣向にもご注目。

No.101 6点 七人の愛国者- スティーヴ・ソーマ 2023/03/09 13:21
一九九一年、アメリカ大統領は冷戦の終結に伴って、米軍をヨーロッパから引き上げるという軍縮政策を宣言した。だがそれと同時に、軍内部の愛国者たちが不穏な動きを取り始める。
ホワイトハウスの爆破、地球規模に及ぶ戦略警戒態勢、ワシントンの厳戒令、と緊迫の度を増していく。本書に描かれているのは、わずか十三時間の出来事だが、衝撃的かつ不可解な事件が立て続けに起こり、圧倒されるばかり。
構成的には、複数の人物と並行して描くグランドホテル形式をとっているが、探偵役ともいうべきクリスティのパートは謎解きミステリの要素が強く、叙述トリックまで用意されている。軍事ものを敬遠しがちな本格ファンにもおすすめできる。

No.100 5点 彼女は僕の「顔」を知らない- 古宮九時 2023/03/09 13:12
十年前に起きた放火事件を生き延びた少年と少女の物語。ミステリの枠組みを利用した青春小説で、謎解き自体の味付けは薄い。
他人の負の感情に過度に同期して、憂鬱になったり胃を痛めてしまう体質の良。同じ高校に転校してきた静葉は、良と同じく十年前のキャンプ場火災の生存者だった。だが、彼女は相貌失認(人の顔を識別できない病)だった。静葉の願いで十年前の真実を探ることに。
ミステリとしては薄めとはいえ、物語と仕掛けが響きあう構造は魅力に富んでいる。人間関係の中に埋められた秘密が明かされる展開は、謎の解明による快楽を満喫できる。秘密の解明が、主人公たちの関係を変えてしまう。その苦さと甘さが心に焼き付く。

No.99 6点 フィアー- L・ロン・ハバード 2023/03/09 13:04
人類学者のローリーは、悪魔や悪霊を否定した論文がもとで学長の不興を買い、解雇を通告される。失意のまま友人宅を訪れた彼は、その後四時間の記憶と愛用の帽子を失い、呆然自失して愛妻の待つ我が家へ戻る。帽子を探しに再度、家を出たとたん彼は異様な世界へと落下し、異界の住人達から、帽子を見つければ命がなくなると警告される。
サイコ・ホラーの先駆ともいえる物語だが、失われた時間を求めて彷徨する主人公を取り巻く世界が、次第に現実と妄想ともつかぬものへと変容してゆく過程のリアルな描写は圧巻である。
現実を侵犯するフォークロア風異世界という趣向など、ジョナサン・キャロル流のダーク・ファンタジーをはるかに先取りしているともいえる。モダンホラーの知られざる原点として再評価に値する作品といえるだろう。

No.98 4点 捜査官ケイト - ローリー・キング 2023/01/26 14:58
サンフランシスコのベイ・エリアには、タイラーズ・ロードと呼ばれるコミューンがあった。荘園住まいの現代風領主を気取っているジョン・タイラーの地所に当たるその地域には、電気も電話もなく、車の通行も週に二日しか許されていない。七十人以上の住民が俗世間から逃れ、平和な生活を享受していた。だが、そこで凄惨な幼女連続殺人事件が発生したのである。
主人公ケイトの捜査活動にどちらかといえば重点を置き、私生活の方はさらっと描いているので、読んでいてもさほど重たくはない。気になったのは、四九九ページの感動的な場面での「盗まれた手紙」という語句で、訳者はゴシック小説に結び付けた説明を行っているが、これはポーのかの有名な短編の、手紙の隠し場所のことを指しているのではないだろうか。訳者の解釈だと、この場面の性格がまるっきり違ったものになってしまうので、一言苦言を呈しておきたい。

No.97 6点 ビッグ・ピクチャー- ダグラス・ケネディ 2023/01/26 14:49
主人公ベン・ブラッドフォードは、信託・遺産部門の弁護士。世間的には成功者として何不自由ない暮らしだが、プロカメラマンへの夢を捨てたという苦い思い出があり、心の中は満たされていない。ある時、妻の不貞を発見し、妻の不倫相手を殺害してしまう。
まず、殺人に至るまでの日常生活の描写にしびれる。ヤッピーの物質的には満たされた暮らしと、夢を失った心の不毛をじっくりと描く。うるさいくらいのカメラコレクションの蘊蓄も、後半への伏線になっている。
ブラックユーモアに満ちた死体処理の凄み。主人公の心象風景のような冬の北米大陸統合の旅。そしてひねりの利いた結末まで間然するところがない。

No.96 6点 茶匠と探偵- アリエット・ド・ボダール 2023/01/26 14:42
この作者は、フランスとベトナムの血を引いている。パリに住み、フランス語が母国語であるのに英語で書いている。内容も中国作家より中国的な感じがある。
アメリカ大陸を中国人が発見し、ヨーロッパの進行を阻止して生まれた「シュヤ」という世界を舞台にした作品を九編、日本独自にまとめた中短編集だ。
表題作と「蝶々、黎明に堕ちて」の二作は、歴史改変物ということになるだろうが、そのことが中心になっているのではなく、その改編の結果としてどのような状況が生まれ、そこからどのような未来が生まれたのか、ダークな世界観だがその細部を描くことによって、大きな背景が見えてくるという手法が効果的に使われている。

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