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YMYさん
平均点: 5.86点 書評数: 336件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.156 8点 消失の惑星- ジュリア・フィリップス 2021/06/04 23:14
ロシア極東で起きた幼い姉妹の失踪事件を中心に、カムチャッカ半島に生きる多くの女性たちの心象を克明に描出する小説。
難航する捜査の裏で、先住民の遊牧民と白人の定住者、中央と辺境、女性と男性などさまざまな力学の不均衡をはらんで、噂は膨らむ。日常生活に根を下ろした不安感は、女たちに愛と実存の問題を突き付ける。共感力を呼ぶ、細かな心理描写が見事な一冊。

No.155 9点 カーテン ポアロ最後の事件- アガサ・クリスティー 2021/05/28 22:41
完全にネタバレ




読者を騙すためなら何でもやる作者は、ヘイスティングスという愛すべきワトスン役も騙しの道具として利用することさえもためらわなかった。
名探偵=犯人というパターンの作例として話題に上ることが多いけれど、実はワトスンがある人物を死に至らしめたことに自分では全く気付いていないという、普通だったらあり得ないようなとんでもない離れ業を成就させた作品として評価したい。

No.154 9点 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー 2021/05/28 22:36
完全にネタバレ




証人が暗示に弱いことを知悉している犯人が、先に自分が殺しておいた被害者がまだ生きている光景を窓から見たと証人に語ってこれを信じさせ、証人自身が目撃したかのごとく思い込ませてアリバイを成立させる。
目撃証人の記憶力の確実性という本格ミステリの不文律を逆手に取った作品。

No.153 8点 火刑法廷- ジョン・ディクスン・カー 2021/05/16 23:55
中世フランスの毒殺魔で、火刑に処せられた侯爵夫人、その生まれ変わりと思われる不死の女性、死体の消失、壁を抜ける女性、謎を秘めた老探偵ゴーダン・クロスなど、怪奇趣味、不可能興味とトリックが融合しており、合理的に解決しておいて、それをまたホラーの世界へとひっくり返すところが憎い。

No.152 8点 踊り子の死- ジル・マゴーン 2021/05/07 23:16
舞台は、翌年から共学になる予定の全寮制パブリックスクール。交通事故で記憶の一部を失い、杖が必要となったフィリップが英語教師として赴任してくる場面で幕が上がる。教師間の人間関係は、あまり良好とは言えず、盗難事件が頻発するなど、学内には不穏な空気が漂っていた。
舞台と登場人物を限定した上で展開する犯人探しは起伏に富んでダレ場が無く、ラストの推理の切れ味も良い。一読の後、読み返して伏線を確認する楽しみもある。

No.151 8点 死の接吻- アイラ・レヴィン 2021/05/07 23:10
ドライザーの「アメリカの悲劇」を下敷きにして、アイリッシュ風のムードで味つけし、現代的なサスペンスに仕上がっている。
貧しい大学生が出世のために恋人の女子学生を殺害し、金持ちの令嬢と結婚しようと画策するが失敗、身を滅ぼす。
よくあるストーリーだが、その構成とトリックの目新しさ、サスペンスを盛り上げる技巧、結末の意外性は買う。

No.150 6点 ロンドン・ブールヴァード- ケン・ブルーエン 2021/04/26 23:28
ビリー・ワイルダー監督の傑作「サンセット大通り」を下敷きにしている。年を取った大女優リリアン、屋敷を取り仕切る執事、そこに転がり込む貧乏な青年、と道具立ても途中のエピソードなども映画そっくり。
だが、小説の青年ミッチェルはシナリオライターではなくギャングで刑務所を出所してきたばかり。ロンドンのすさんだ町の雰囲気や底辺の人間たちの暮らしが生々しく描かれ、作者らしいノワールの世界が味わえる。

No.149 5点 レンブラントをとり返せ- ジェフリー・アーチャー 2021/04/17 21:44
2020年で80歳を迎えた作者だが、その創作意欲は相変わらず活発。この作品で新米警察官を主人公にした新シリーズの幕開けだ。
ウィリアム・ウォーウィックは、跡を継いで弁護士にという父の勧めを断って警官になった。見習いとして教育係と共に街を巡回し、やがて刑事としての捜査班の一員となり、小さな事件を担当しと、前半は成長小説を得意とする作者らしく、ウィリアムを中心に描く。後半になると詐欺師のフォークナーとの対決を中心に捉えつつ、ウィリアムの身近な人々が関わるサイドストーリーも絡み合い、油断ならない展開を楽しめる。

No.148 6点 グルーム- ジャン・ヴォートラン 2021/04/11 23:28
現実社会と引きこもり青年の妄想世界が交錯し、やがて互いに侵食し合うさまを怜悧に描いた場面が秀逸で、背筋が震えるほど寒くなる恐怖を感じる。
人間が抱える心の暗黒を、ここまでカリカチュアライズして描いた作品も珍しい。

No.147 5点 中国・アメリカ 謎SF- 柴田元幸 2021/04/11 23:23
今や中国は新作SFでも米国と覇権を競うほどだが、本書は両国の作品を合わせたアンソロジーで、中国側3人4編、米国側3人3編が交互に並んでいる。
2作を紹介すると、中国側「焼肉プラネット」は灼熱の惑星に不時着して飢えている主人公が、焼肉生物を目の前にしながら宇宙服が脱げないというバカSF。一方、米国側の「深海巨大症」は、伝説の生物シー・マンク(海修道士)に教皇大勅書を届けるべく原子力潜水艦で深海に赴いた主人公の苦悩を描いた不条理SF。収録作品は相互に響き合う一方、両国の違いを浮き彫りにする面もあり、選択と配列の巧みさも魅力。

No.146 5点 ドクター・ステルベンの密室- 桂修司 2021/04/01 23:21
理不尽な要求をするモンスター患者に対し、血液内科医が行った復讐がテーマ。
ハムラビ法典には、目には目をとありますが、モンスター患者には何をぶつけるのか。読めば病院が怖くなる一冊。

No.145 7点 天使は黒い翼をもつ- エリオット・チェイズ 2021/03/23 23:09
オーソドックスなれどストーリーテリングの妙と叙情的な筆致が素晴らしい。脱獄班の主人公が運命の女である娼婦とともに、完全犯罪のはずの強盗計画を実行し、破滅していくまでを描く、いわばノワールとしての物語の典型である。女への愛憎のファンタジーと破滅の美しさを描くノワールのお手本のような作品。

No.144 5点 ホテル・ネヴァーシンク- アダム・オファロン・プライス 2021/03/13 21:20
1930年代に開業したリゾートホテル。やがて隆盛を迎えるものの、少年の失踪事件が人気に影を落とす。その裏には何があったのか。
半世紀にわたる、多彩な人々の視点から綴られる連作。バリエーション豊かな群像劇から、徐々に真実が浮かび上がる。隠れた真相もさることながら、丁寧な人物造形による緻密な語りが印象深い。

No.143 5点 ナイト・エージェント- マシュー・クワーク 2021/03/06 23:33
米国政府に渦巻く陰謀の物語。
ホワイトハウスの危機管理室。緊急電話を取り次ぐ係のFBI局員が、ある夜に受けた電話をきっかけに、国家レベルの謀略に巻き込まれる。
五里霧中の状況から展開する、一気に読ませる謀略スリラー。内容は直接関係ないとはいえ、米国政府をめぐる描写に、近年の大統領選挙の混乱を連想した。

No.142 8点 11の物語- パトリシア・ハイスミス 2021/02/26 20:20
全作品が代表作にしてベスト級の逸品と言われる作者の、ほぼすべてが詰まった短篇集。
不条理な現実、理不尽な暴力、いわれなき不安と焦燥感。日常に潜む恐怖を描ききった作者の凄さを、改めて思い知らされた。

No.141 5点 洪水- フィリップ・フォレスト 2021/02/20 20:55
100年前に起きた川の氾濫の痕跡、アパートの周囲から消えた猫、火災、失われた娘の命。主人公は「流謫の感覚」に幾度となくさらされ、個人の生が脅かされる。公のカタストロフと個人的なそれが接続する瞬間を、物語は丹念に捉える。
カタストロフの幻視。人類の想像力は破局の到来を恐れつつもどこか準備している。人智では太刀打ちできない自然の猛威による破局を、この上なく抒情的に描き出している。

No.140 5点 KIRICO@シブヤ- 牧村一人 2021/02/13 20:14
東京の繁華街、渋谷で起こった無差別連続殺人事件をめぐる異色活劇。
人であふれかえる日曜日の渋谷センター街にワゴン車が突入した。次々と歩行者がはね飛ばされたうえ、運転していた男はナイフを持ち人々へ切り付けていった。だが最後に駆け付けた警官により男は射殺された。
それから3年後、女子高生の宇佐美希莉子は、事件で姉を失った海東皓介や元警官の水野霧子ら、さまざまな関係者と出会いを重ねた。やがて思いもしない新たな大事件に巻き込まれていく。
琉球空手を使うヒロインのアクションものであるとともに、ネット社会の暗部やストーカー男が描かれるなど現代社会の歪んだ先端部を渋谷の街に集約させている。際立ったキャラと鮮やかな対立関係、そして大胆な虚構性を生かし、殺人というテーマに迫る、ぐいぐい読ませる一作。

No.139 5点 正当なる狂気- ジェイムズ・クラムリー 2021/01/30 19:59
作品の冒頭、かすかに諦念をにじませたシュグルーの姿には、老いの兆しすら感じられた。だが凄惨な犯罪現場に次々に遭遇するにつれ、犯人に対する怒りをたぎらせ、執念深い猟犬さながら謎を追跡し、タフな探偵に変身する。
まさに狂気と紙一重の無謀さで危険に挑んでいく彼の姿には、鬼気迫るものすら感じられた。
暴力と血と裏切りと哀しみを編み込んだストーリーの疾走感は、一気読み必至。お約束の女性たちも、いずれも個性的。とりわけ、シュグルーとの友情と欲望のあいだで揺れ動く女性弁護士は印象的だった。

No.138 5点 真実ふたつと噓ひとつ- カトリーナ・キトル 2021/01/21 20:26
主人公のデアは、嘘ばかりついている舞台女優。夫のペイトンは妻の癖を承知していて、笑い飛ばしている。だが、実はデアは結婚前に許されない嘘をついていて、夫にいつかばれるのではないかという不安にさいなまれていた。
嘘にもいろいろあるが、ひとつの嘘もなく生きている大人は稀でしょう。ストーリーに動物とのコミュニケーションというテーマが濃密に絡んでくるが、ごまかしのない動物たちに比べ、嘘をつかざるを得ない人間の弱さが身にしみる。試練の先に光明を見いだそうとするデアと、彼女を助ける忠実な飼い犬の姿は読後に深い余韻を残した。

No.137 6点 暗闇にレンズ- 高山羽根子 2021/01/11 18:36
監視カメラだらけの平穏な日常に潜む、見えにくい闘争を描いている。
女子高生の「私」は友達と街を歩き、携帯端末で世界を切り取る。それは記憶と記録の私有の試み。映画は感情を操り、記録映像は人々を行動へと駆り立てる。映像機器が情報機器として発展してきたこの架空世界では、撮ることは「取る」であり、時に「盗る」でもある。
組織的情報管理を図るあらゆる権力に、個のレンズで対抗してきた女性たちの、細やかで軽やかな思考と行動には、現代を生きる上で大切な、多くの知恵が見いだされる。

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