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YMYさん
平均点: 5.88点 書評数: 370件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.370 7点 スモールボーン氏は不在- マイケル・ギルバート 2025/06/24 21:32
物語は事務所の創立者であり所長であったエイブル・ホニーマンが、晩餐会の席で共同経営者たちに褒めたたえられるところから始まる。間もなくホーニマンの顧客の一人で、イカボット・ストークス信託共同管財人をしている男が、ホニーマンの事務所の書類保管箱の中で死んでいるのが発見される。
見事なキャラクターの配置、次々に出てくる容疑者、巧妙なプロット、そしてぞくぞくする結末。弁護士という職業に対する作者の皮肉な描写が光る作品。

No.369 7点 検察官の遺言- 紫金陳 2025/06/24 21:24
二〇一三年、地下鉄の駅で不審な男が拘束される。所持していたスーツケースを警官が開けると、中には全裸死体が。捕まった男は刑事弁護士で、遺体は検察官。お互い十年来の知り合いだったが、関係がこじれ殺害、死体遺棄を試みたという。ところが後日の法廷で犯人の刑事弁護士が証言を翻し、突然無罪を主張する。この不可解な行動の裏には、どのような意図が秘められているのか。
真相を追わずにいられないインパクト抜群の謎を起点に、悪しき階級、序列社会、腐敗した社会の闇が、正しき者たちを冒していく痛ましさには胸を痛めずにはいられない。だが本作は、非情な現実を暴き、読み手に突きつけるだけの作品ではない。悪に屈することなく、戦いを挑む者たちの人生を映した胸を熱くさせる物語なのだ。

No.368 5点 幽霊ホテルからの手紙- 蔡駿 2025/06/15 22:08
死んだ女優に謎の木匣を託された作家が向かった海辺の古ホテルはかつて陰惨な事件が繰り返され、幽霊客桟と呼ばれて地元住民からは忌避されていた。奇怪な使用人や、訳ありげな宿泊客たちに混じって逗留する作家の前に、やがて怪異が起こり始める。
墓が建ち並ぶ荒涼とした英国ゴシック的な海辺の風景と、中国の古典楽劇にまつわる因縁譚が骨がらみ、さらにはミステリ趣向やメタ的仕掛けまで盛り込んだモダンホラー。

No.367 5点 原野の館- ダフネ・デュ・モーリア 2025/06/15 22:04
十九世紀、イギリス南西部コーンウォールの人里離れた宿屋を舞台に、邪悪な陰謀と恐怖がヒロインに襲いかかる。
崇高な自然の猛威、悪漢たちの暗躍、危険なロマンスと、ゴシック文字のしびれる魅力がてんこ盛り。粗暴な男たちの脅しに負けないヒロインの威勢の良さも胸が空く。ぞくぞくするスリルを味わえる。

No.366 7点 壊れた世界の者たちよ- ドン・ウィンズロウ 2025/06/04 22:22
犯罪組織に弟を殺された警察官の復讐で描く表題作、保釈中に逃亡した男を私立探偵が追う「サンセット」などの各編は、過去の長編からのスピンオフ作品だが、予備知識なしに読める。
白眉は、「サンディエゴ動物園」。チンパンジーが拳銃を手にして脱走するという事件から始まる物語で、滑稽極まりない展開は作者ならではのもの。

No.365 7点 夜が来ると- フィオナ・マクファーレン 2025/06/04 22:17
オーストラリアの海辺で一人暮らす老女のルースのもとに突如現れた大柄な女性フリーダ。自治体から派遣されてきたヘルパーとしてルースの面倒を見始めた彼女に対して、ルースは戸惑いつつも、これまでの人生について語り始める。
宣教師の娘として暮らしたフィジーでの艶めいて光り輝いていた少女時代、父の診療所を手伝いに来た青年医に寄せた淡い思い、亡き夫との日々、そして遠地で暮らす二人の子供たちとの関係。
だが適度な緊張感を保ちつつもゆったりとした日々を過ごしていたルースが、記憶の曖昧さを自覚し始めたあたりから物語は様相を変え始める。それまで折に触れてルースが感じていた。何か切実なことが自分の身に起こりつつあるという逃げ場の無い切迫感が濃密になり、危うい展開から目が離せなくなる。哀しみと幸せ、諦念と執着、そして波乱と平穏がない交ぜとなって胸に迫るサスペンスの逸品。

No.364 5点 五月 その他の短編- アリス・スミス 2025/05/24 22:13
表題作「五月」は、よその家の木に突然恋をしてしまった奇妙で切ない恋物語。その他にも、客に変な渾名を付けまくる書店員、死神とすれ違ってから家に帰れなくなる女、バグパイプの楽隊に押しかけられる老女、セーターのフードに木の実を入れたまま美術館に入る人など、どこかずれているような、愛すべき人々が次々に登場する。
短編には一年の各月が割り当てられ、十二編で十二か月を巡る構成。途中で語り手が変わって驚いたりしたかと思えば、予想外のタイミングでほろりとされたりもする。

No.363 6点 アントンが飛ばした鳩 ホロコーストをめぐる30の物語- バーナード・ゴットフリード 2025/05/24 22:07
ポーランドに生まれ、強制収容所を生き抜いた作者が、少年時代から第二次大戦後までを回想する連作短編集で、戦後カメラマンとして活躍した作者の目は、周囲の人々や物の姿を生き生きと捉えている。
物語には、盗まれたテーブルを泥棒にあげてしまう祖母、ユダヤ人に食料を分けてくれるナチの隊員、他の囚人を取り締まる特権的な囚人、ユダヤ人の振りをして強制収容所に入れられた元ドイツ軍中尉など、実に多様で多面的な人間たちが出てくる。また、サーカスの象に奪われたリンゴ、数奇な運命を辿った万年筆、収容所で父が投げ寄越した印など、物に事寄せた章も印象深い。
自身の経験を鮮明に記憶し、冷静に見つめ直し、豊かな物語として語り継げたのは、作者の驚異的な才能の賜物というほかない。

No.362 6点 空軍輸送部隊の殺人- N・R・ドーズ 2025/05/13 22:05
英独間の空戦激化で男性パイロットだけでは頭数が足りなくなった一九四〇年。若い女性パイロットがケント州の空軍基地に集められ、輸送機操縦の任を与えられる。しかし操縦技能の高低に関わらず、女性であることを理由に戦闘機操縦は許されていない。そんな中、基地とその周辺で女性パイロットを狙った連続殺人が起きる。
本書の女性陣は、性差別に晒されるばかりか連続殺人の標的になり、困難、恐怖、悲嘆に見舞われる。だが決して快活さとユーモアを失わない。これに加えて、プロファイリングそれ自体が克明に描写される。リジーがパニック障害を持ちそれをどうやら隠しているのが良いアクセントとなり、分析自体にスリルが生じているのも大きいし、真相への伏線も十分。

No.361 8点 恐るべき太陽- ミシェル・ビュッシ 2025/05/13 21:54
ヒバオア島にあるバンガロー荘に五人の女性がやってきた。みなベストセラー作家ピエール=イヴ・フランソワが講師となった作家志望者のためのツアー参加者だった。
彼らはプロの小説家を目指し、ピエール=イヴが出す創作のための課題をこなしていく。最初のテーマは「死ぬ前にわたしは〇〇をしたい」だった。だが、やがて一人が姿を消した。島に集まった人々が一人ずつ消えていくという展開は、クリスティの「そして誰もいなくなった」を思わせる。とはいえ、一筋縄ではいかない企みが幾重にも仕掛けられている。
芸術家が愛した自然豊かな土地を巡る本作は、石の神像やタトゥ―の文様といったポリネシアならではの風俗や伝統が物語に取り込まれているため、独特の雰囲気が漂っている。バラバラに見えたパズルのピースが全て揃ったときに見える絵の驚きが見事に結末に待っている。

No.360 7点 ランナウェイ- ハーラン・コーベン 2025/04/29 22:01
金融アナリストのサイモンの娘が薬物中毒になって失踪してから半年が経った。セントラルパークで偶然娘を見かけたことがきっかけで、彼は重大な事件に巻き込まれる。
探索行を続けるサイモンとは別に、二つの視点で叙述が行われる。父親の依頼で行方不明の息子を捜す私立探偵、そして依頼を受けて人を殺し続ける謎の二人組だ。
一見バラバラなこれらの語りは、物語のある時点で合流する。そこで明らかになる真相が興味深い。壮大な構図によってアメリカ社会の全体を照射する、手慣れのスリラーである。

No.359 7点 ギャンブラーが多すぎる- ドナルド・E・ウェストレイク 2025/04/29 21:56
タクシー運転手のチェットが競馬の配当金を受け取ろうと訪ねたノミ屋は、何者かに殺されていた。警察に疑われ、二つのギャング団に狙われ、謎の女性にも銃を突きつけられたチェットは、真犯人捜しに動き出す。
スピーディかつ意外性に富んだ展開や気の利いた会話が抜群に愉快。終盤には関係者を一室に集めてチェットが推理を披露する場面もあったりして嬉しい限り。

No.358 6点 ミステリアム- ディーン・クーンツ 2025/04/17 21:48
IQ186の少年と母が、妄執に囚われた殺人鬼、及び傲慢な大企業や官憲の悪意によって命を脅かされ続ける。
危機また危機で強烈にハラハラさせると同時に、特殊能力を持つ賢い犬の活躍を通じて、人と犬、人と人の交流の素晴らしさを浮き彫りにしていく。犬も含め視点は多いが、全員を活かしきって終止符を打つ。

No.357 7点 念入りに殺された男- エルザ・マルボ 2025/04/17 21:42
主婦のアレックスが営むペンションにゴンクール賞作家シャルル・ベリエがやってきて、危うくレイプされそうになり抵抗の勢いで相手を殺してしまう。だが自首などせずシャルル殺しの最も適当な犯人は誰かを探り、その人物に罪を着せようとする。
フランス作家らしく、皮肉が利いていてしたたか、そして実に大胆。
面白いのは、アレックスが挫折した元作家という設定で、なりすましているうちに邪な分身を見出して、作家としての真の実力に目覚める点だろう。中盤からはアレックスを追い詰める探偵も現れて、展開が二転三転するのもいい。窮地に立たされながら、犯人捜しを行い、予想外の終点へと突き進む。不思議なカタルシスを生み出す結末もお見事。

No.356 6点 ロザムンドの死の迷宮- アリアナ・フランクリン 2025/04/04 21:43
時は十二世紀、イングランド王ヘンリー二世の愛人が毒を盛られ、王妃エレアノールに嫌疑がかかった。夫婦喧嘩が即戦争に発展しかねない危険な事件の真相に、異国から来た女医アデリアが迫る。
キリスト教の抑圧、女性蔑視、異国人への警戒、内乱勃発の危機、そして姿なき連続殺人犯。二重三重どころか四十五重に不利な状況下、知性と勇気を武器に謎と向かい合うアデリアの姿が魅力的。

No.355 7点 愚者の街- ロス・トーマス 2025/04/04 21:37
主人公は「セクション2」と呼ばれる組織の秘密諜報員。ところが香港でのミッションが予期せぬトラブルに見舞われ、からは三カ月ほど収監されることに。やがて手切れ金同然の退職金を手にした彼の前に現れたのが、都市専門のコンサル業を営む実業家だった。そこで彼は、アメリカ南部にある人口二十万人程度の街を腐らせてくれないかという奇妙な仕事を依頼される。
主人子はいかにして街を腐らせていくのか。これが実に突拍子もなく、しかしながら実際にあっても不思議ではない作戦で、人間関係を根底にしたコンゲームとなり読ませる。

No.354 6点 - アーナルデュル・インドリダソン 2025/03/23 22:33
アイスランドを舞台にしたエーレンデュル捜査官シリーズの第四弾。
まずポイントになるのは、被害者グドロイグルの人生模様である。彼は少年時代に華々しく活躍しかけていたが、突如として転落し以後40年近くを細々と生き、クリスマスシーズンに、勤務先かつ居住所であるホテルの地下で殺害されてしまう。しかもサンタクロースの格好をして。
現在の孤独と栄光の過去の対比だけでも十分なのに、観光客やクリスマスの賑わいも加わり、寂寥感が鮮烈に印象付けられる。さらにエーレンデュル自身の苦難ある人生と、別件である子供の虐待事件のエピソードが、妙なる調和をもたらす。これらは、主筋のグドロイグル殺しとは出来事としてリンクしないが、内的・心理的・テーマ的には絶妙な関連を見せる。モジュラー型警察小説の醍醐味が味わえる。

No.353 6点 果てしなき輝きの果てに- リズ・ムーア 2025/03/23 22:24
女性パトロール警察のミッキーが、失踪した娼婦の妹・ケイシーを追いながら連続殺人事件の真相に迫る物語。
舞台はアメリカ東部のフィラデルフィアで、全米でも犯罪率の高い薬物蔓延の街であり、妹をはじめ重い麻薬中毒者ばかりが出てきて、いかに彼らと対峙し信頼を取り戻すことが出来るかを、過去と現在を往復しながら探っていく。注目すべきは、安易な妥協も人間性への甘い幻想も一切抱かずに家族の崩壊、秘密と嘘にまみれた犯罪を冷徹に直視している点だろう。だからこそ血縁を超えた本物の家族の肖像が、静かに確実に胸に刻み込まれる。

No.352 6点 ニードレス通りの果ての家- カトリオナ・ウォード 2025/03/11 21:58
森のそばに猫と、そして時折訪れる娘と暮らす男には、湖で少女が姿を消した事件の容疑者とされた過去があった。精神に危ういものを孕んだ男の隣家にある日、越してきた女は実は失踪した少女の姉であり、男の秘密を暴こうと密かに目論んでいた。
複数の語り、視点が錯綜する物語全体の構図は、二重三重のどんでん返しまで含めて予想はつくかもしれない。それよりも亡き母を崇拝し、異教的な観念や対人コミュニケーション不全を抱えた怪物の悲痛な精神世界が圧倒的で読ませる。

No.351 7点 警部ヴィスティング 疑念- ヨルン・リーエル・ホルスト 2025/03/11 21:53
休暇中のヴィスティングのもとに、差出人不明の封書が届く。そこに書かれていたのは一連の数字のみ。それは一九九九年に起こった少女殺害事件の事件番号だった。されには第二、第三の手紙が送られてくる。いったい手紙の主は何を知らせようとしているのか。
この作品には実際にモデルとなった事件があり、作者は警察官時代に容疑者を逮捕したが、証拠不十分で無罪となり、以後「膿んで癒えることのない心の傷」を抱き続けてきたのだという。
作者の原点ともいえる本作は、そうした小さなもの、弱き者の尊厳を踏みにじる卑劣な犯罪者たちへの静かな怒りに満ちている。

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