海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

糸色女少さん
平均点: 6.42点 書評数: 159件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.59 6点 ジャン=ジャックの自意識の場合- 樺山三英 2020/05/31 10:02
ルソーの魂に乗り移られた(と信じる)日本人医師が「エミール」の理想を実現すべく建設した孤児院が小説の背景となり、捨て子たちの異様な物語が暗いエネルギーに満ちた濃密な文体で語られてゆく。
エリクソンやミルハウザーにも通じるスリップストリーム系の意欲作。

No.58 5点 旅に出る時ほほえみを- ナターリア・ソコローワ 2020/05/20 20:01
1965年に発表されたソビエトSFだが、社会制度に抑圧される個人の悲哀をナイーブな筆致で描いている。著名な科学技術者である<人間>は、合金製の地底探査機械<怪獣>を造ると、自ら乗り込んで地底を自在に旅するようになる。
当初、<人間>の偉業はたたえられたが、独裁者が彼の行動を危険視したため、社会的に葬られてしまう。そんな<人間>に寄り添うように<怪獣>は、悲し気に歌う。
匿名の<人間>が独裁体制下の個我剥奪を象徴するとしたら、<怪獣>の歌声は沈黙を強いられた魂の旋律だろうか。
前者の世界はダイナミックでスピーディーで混沌としているが、後者は重苦しい停滞の中にある。そしてどちらも、自分らしさによって行き難い社会に挑む人間の気高さを描いている。

No.57 7点 荒潮- 陳楸帆 2020/05/10 16:06
舞台は、中国南東部のゴミ捨て場、通称「シリコン島」。土俗的な迷信や封建的因習が根深く残るこの地域には、世界中から産廃ゴミが寄せられ、グローバル資本主義の格差を象徴する場でもある。
主人公の米米は電子ゴミから資源を掘り出す最下層労働者だが、国際的大資本が登場したことですべてが変わり始める。彼女は環境整備に翻弄されながらも、新たな生き方を求めて跳躍し、自身の恋をも踏み越えて、自らモンスター化していく。しかも、この地域をめぐる再生計画や争奪戦には、世界のありようを変えてしまうような秘密の最先端技術も絡んでおり、リアルな細部の描写とパワフルな展開が圧巻。

No.56 7点 ハイペリオン- ダン・シモンズ 2020/04/28 19:48
登場人物のひとりが語る19世紀の詩人ジョン・キーツの叙情詩「ハイペリオン」がベースになった小説で、「カンタベリー物語」のように聖地に着くまでにそれぞれの巡礼者が参加の理由である秘密を語る。
個々の話は、ホラー、戦国記、ラブストーリー、ファンタジーと異なるジャンルだが、Time Tombsを守る不気味なShrikeが何らかの形で関わっている。謎を追う興奮もひときわだが、幾重にも積み重ねられた世界観に圧倒される壮大なSFである。

No.55 4点 魔女の目覚め- デボラ・ハークネス 2020/04/15 19:18
著者は魔法と科学を専門とする歴史学者だけあって、豊富な知識に基づいた物語の構成が面白く、魔法使いやバンパイアら超自然的な人類の「種の起源」と「進化論」というテーマも興味深い。ただロマンス小説でも正統派のファンタジーでもない中途半端なところがある。

No.54 7点 戦争獣戦争- 山田正紀 2020/03/25 21:28
圧倒的な迫力で書かれた本格長編SF。北朝鮮の使用済み核燃料を保管するプール中を泳ぐ不思議な動物が見つかる。生物が生存できないはずの空間で動いていたのは四次元生命体「戦争獣」だった。戦争獣は「生態系」と対をなす「死態系」に潜む「死命」の頂点に立つ存在だという。
高次元の原点に立つと、人類文明があまりに発達すぎるのは宇宙全体のためにならず、戦争はその過剰な蓄積を打ち砕き、バランスを回復するためのいわば清算システムなのだという。人類は、どうしても戦争をやめられないのだろうか。
物語は時空を超えて、人類のあらゆる文明と戦争の歴史を巻き込んだ壮大な規模で展開していく。その情報量の多さはすさまじい。哲学的な思考と手に汗握る冒険サスペンス要素がふんだんに盛り込まれた怒涛の力作である。

No.53 7点 神獣聖戦 Perfect Edition- 山田正紀 2020/02/09 11:11
背景は、航宙刺激ホルモン(FISH)を利用した非対称航行(アシメントリー・フライト)により、人類文明が光速の壁を突破した未来。恒星間宇宙へと羽ばたく人類から派生した二つの種、「鏡人=狂人(M・M)」と悪魔憑き(デモノマニア)との間で千年戦争が勃発。この壮大な戦いの結節点となる一人の男を軸に、さまざまな時間線のさまざまな物語が融合し交錯しつつ重なってゆく。
例えば、チェルノブイリ原発事故直後のある挿話では、天才物理学者の牧村が、ソビエト連邦崩壊を食い止めるような量子状態、「シュレーディンガーのソ連」の実現を求められる。
既発表の中編群もリミックスされることでその意味合いが変化し、めくるめくアイデアの奔流の中にのみ込まれる。小松左京「果てしなき流れの果てに」に正面から挑戦状を叩きつけている。

No.52 5点 ミカイールの階梯- 仁木稔 2020/01/26 09:05
現代文明崩壊後の未来史を語るシリーズの第3弾だが、話は独立しているので、いきなり本書から読んでも大丈夫。
27世紀の南米を描く「グアルディア」、23世紀の中米を描く「ラ・イストリア」に続き今回は、25世紀半ばの中央アジア(現代のウイグル自治区あたり)が舞台。
旧世界のテクノロジーを守るミカイリー一族をめぐる戦国絵巻に、骨肉相食む陰謀劇や、遺伝子改造によって誕生した戦闘美女同士の対決が絡む。異文化の混合から生じる野蛮な力に満ちたダイナミックな未来時代劇。

No.51 9点 虐殺器官- 伊藤計劃 2020/01/12 10:46
「9・11以後」に正面から挑む、恐ろしいほどアクチュアルな近未来SF活劇。
時は二十一世紀半ば。主役は、暗殺を専門とする米情報軍事特殊検索群i分遣隊のシュパード大尉。心理操作とハイテク装備によって優秀な殺戮機械となり、紛争地域へと潜入して任務を遂行する。やがて、各地で激増する民族虐殺を背後から操る米国人の存在が浮上。大尉はその創作と暗殺を命じられるが・・・。
押井守「機動警察パトレイバー2」の世界でコッポラの「地獄の黙示録」を再演したと言えば当たらずといえども遠からずか。作戦行動用に感情を鈍麻させた「ぼく」の一人称が、グローバリズムの波に洗われる戦場の残虐を淡々と語り、テロ、環境破壊、貧困など、現代社会の問題が恐ろしく冷徹に分析される。
プロットの核になるのはSF的なアイデアだが、むしろホワイダニットの意外性とそれを正面から引き受ける結末が重い衝撃を与える。現在進行形の新しいリアルを描く傑作だ。

No.50 4点 宇宙細胞- 黒葉雅人 2019/12/29 21:43
南極で発見された異様な単細胞生物「粘体」が砕氷艦の上で次々に人間を食らい、異様な姿に変形する。乗員のほとんどはその犠牲になるが、ヒロインはなぜか変形が左腕だけで止まり、からくも生き延びる。
映画「遊星からの物体X」風にはじまった物語は猛スピードで進み、あっという間に東京は壊滅。後半は地球さえ捨てて宇宙のかなたに飛翔する。
文章やストーリーテリングはとても褒められないが、投入される大量の奇天烈なアイデアは英国SFの奇才、バリントン・J・ベイリーを彷彿とさせる。いい意味でも悪い意味でもSFの馬鹿馬鹿しさを凝縮した一冊。

No.49 7点 先をゆくもの達- 神林長平 2019/12/08 10:14
「話せば分かる」は理想だが、それは本当に可能なのか。自分自身のことも完全には分からないのに、安易に「分かり合える」なんて不遜ではないか。この作品には、理解し合うのが困難な多様な「他者」たちが登場する。
作中の未来の地球は、温暖化による環境の激変で人口が激減したものの、AIのおかげで、人間たちは平穏に暮らしていた。だが、そんな生活に飽き足らない人々は火星で自分たちらしく生きることを目指す。3次までの火星移民が男たちの争いにより失敗したと考え、第4次入植団は女性だけで構成された。
そんな時ある原因で、火星は思わぬ大混乱に陥り、長らく人的交流が途絶えていた地球に救助を求める必要が生じた。こうして地球人と「火星人」、AIなど、いくつもの「相互理解困難な知性」がぶつかり合い、世界そのもののありようが変化し始める。
他者を受け入れることは難しい。「自分」そのものもまた、他者と関係し、融合することで変化する。そうした揺らぎを極限まで描く神林作品は、同時に共存の努力がもたらす大きな可能性と希望をも感じさせてくれる。

No.48 6点 クォンタム・ファミリーズ- 東浩紀 2019/11/24 18:48
物語の発端は2007年。T大学人文学部准教授で芥川賞候補作家の「ぼく」こと葦船往人のもとに奇妙なメールが届き始める。ぼくには子供はなく、年上の妻との関係もぎくしゃくしているのに、差出人は、2005年に生まれたあなたの娘だと名乗り、並行世界の2035年から通信していると告げる・・・。
「ぼく」のパートは「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を下敷きに村上春樹風のタッチで語られるが、娘のパートは、量子計算機の普及によりネットワークが別の現実からの干渉を受けている未来の話。量子脳計算機科学や検索性同一性障害など魅力的なアイデアを惜しげもなく投入し、グレッグ・イーガンやテッド・チャンに正面から挑んでいる。

No.47 7点 私たち異者は- スティーヴン・ミルハウザー 2019/10/13 09:31
日常の光景の中に何かを投げ込むことで、盤石と思っていた現実を揺るがす7編が収録されている。
理想的なスモールタウンに突如現れた連続平手打ち犯や、のどかなボーイ・ミーツ・ガール譚を変容させてしまう「白い手袋」といった、精緻さとポエジーを併せ持つ超絶技巧の描写がもたらす日常と異物との二物衝撃感。手練れの技が光る短編集。

No.46 6点 ディオニュソスの蛹- 小島てるみ 2019/08/15 10:10
ひとり親の母を亡くしてナポリの施設で育った18歳の少年アルカンジェロは、存在さえ知らなかった父の死を手紙で知らされ、発信地のブエノスアイレスへ飛ぶ。そこで25歳の兄、レオンと出会う。レオンはカリスマ的なアートディーラーだった。
この二人が絵を通してぶつかり合い、傷つけ合い、愛し合ううち、母親のたどった数奇な運命が明らかになっていき、それに牛頭人身の怪物ミノタウロスの神話が絡んでいく。ミノタウロスは迷宮ラビュリストで殺されては生き返り、また殺される生贄の神。アルカンジェロとレオンとミノタウロスの激しい物語が展開し、最後にもつれ合ったエピソードが美しくほどけていく。幻想文学の面白さを凝縮したような作品。

No.45 6点 ヨハネスブルグの天使たち- 宮内悠介 2019/07/21 20:28
近未来の五つの都市を舞台にした連作短編集。
どの地域もおのおのの事情によって紛争を抱え、人々は戦いと死が身近にある中で生活を営んでいる。
歌う少女ロボットが、それぞれの戦いでどのように使用されるかも読みどころだが、紛争や内戦の原因には現代の世界情勢が巧みに組み込まれ、「今ここ」で平和を求める人々の切なさはリアルに胸に迫る。

No.44 8点 カッコーの歌- フランシス・ハーディング 2019/07/06 09:51
第一次世界大戦終結から間もない1920年の英国を舞台にしたダークファンタジー。
激しい頭の痛みを感じながら意識を取り戻した少女は、耳元で「あと七日」という言葉を聞く。トリスという名前らしいが記憶は曖昧で、自分が何者なのか自信が持てない。妹のペンは自分を「偽物」とののしり、嫌っている。
伝統的な社会秩序を守ろうと、子供たちに厳格に臨む両親に対し、戦死した兄の婚約者ヴァイオレットは、女性の社会進出を象徴するような行動派。物語の基底には、伝統派と進歩派の双方が抱く「今ここにある世界」への違和感がある。
恐怖と暗さに彩られた不思議な現象が頻発し、この世界は何者かに侵食されているらしい。それに気づいた少女は、「自分は何者か」という問いを抱え続けながら、ペンと協力して世界の謎に挑むことになる。その答えは「自分探し」ではなく、「自分はどうするか」という挑戦の先にある。

No.43 8点 天冥の標X 青葉よ、豊かなれPART3- 小川一水 2019/06/10 21:04
「Ⅰ メニー・メニー・シープ」から10年。21世紀初頭から29世紀に至る壮大な未来宇宙叙事史を描き切った著者に、感謝したい。
人類は、謎の感染症「冥王斑」や地球環境の悪化に苦しみながらも、ロボット工学や宇宙開発によって活路を開いてきた。月や火星への移民、新たな生存環境に適合するための人体改造や、それに伴う性愛の多様化、感染症への対応を巡る政治的分断、知的生物との出会いなど、シリーズを通して人間の在り方を考えさせられるテーマが展開。その果てに人類は自分たちが、銀河全体を襲う宇宙規模の脅威に直面していることを知る・・・。
人類の卑小さを見せつけられる場面も多いが、どんな困難に直面しても常に「理解しがたい他者」との共存を探り続ける人々の姿は感動的で、不寛容が覆いつつある私たちの社会に対するアンチテーゼのようでもある。

No.42 7点 巨獣めざめる- ジェイムズ・S・A・コーリィ 2019/05/22 19:29
太陽系の諸惑星に人類が植民した未来が舞台の宇宙SF。
富豪の娘の失踪事件、宇宙空間での氷運搬船攻撃事件、独立を希求する小惑星帯と火星の対立が太陽系全体を巻き込む星間戦争の危機が迫る。
スペースオペラらしい冒険味も豊かだが、諸設定が緻密な上、ホラー風味も効いていて、サービス満載。大きな構造的陰謀を前に、個人の行動がどこまで事態を変えられるかが読みどころ。

No.41 5点 火星の遺跡- ジェイムズ・P・ホーガン 2019/04/21 17:51
火星の荒野で発見された1万2千年前の巨石遺跡を巡る物語。世界各地の古代文明の遺跡と共通性があり、太陽系規模の太古の文明の存在を示唆していた。
遺跡の扱いを巡り、宇宙開発企業と、老古学者や地質学者が対立。企業は営利優先で、遺跡を軽視しているかに見えたが、実は失われた文明の英知に関心を寄せていた。
科学的な合理性を重視する「ハードSF」で知られる著者だが、本作は超古代文明というオカルト的なテーマを取り入れている。同じSFでも、水と油とされている両者の魅力が巧みに融合されている。

No.40 7点 鐘は歌う- アンナ・スメイル 2019/03/25 20:00
「大崩壊」なる出来事によって、多くの文明が失われた近未来のロンドンを舞台にした正統派ファンタジー。
町並みなどには「現代」の面影が残っているものの、この世界では言葉が力を失い、ほとんどの人は文字が読めず、単に記号にしか見えなくなっている。
そして言葉や文字の代わりに力を持っているのは音楽。音は人々になすべきことを教え、旋律は意味だけでなく感情をも統御する。しかし文字がない世界では、私的な記憶は失われやすく、観念的で複雑な思考も育たない。それは個性や自我も自覚し難いということでもある。
自由と秩序、故人と公の在り方を鋭く問いかけるドラマは、間違いなく現代の神話と言えるでしょう。

キーワードから探す
糸色女少さん
ひとこと
(未登録)
好きな作家
(未登録)
採点傾向
平均点: 6.42点   採点数: 159件
採点の多い作家(TOP10)
神林長平(3)
小川一水(3)
アンソロジー(国内編集者)(3)
林譲治(3)
小林泰三(3)
山田正紀(3)
劉慈欣(3)
ケン・リュウ(2)
松崎有理(2)
伊与原新(2)