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糸色女少さん
平均点: 6.39点 書評数: 188件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.88 5点 時間衝突- バリントン・J・ベイリー 2021/09/16 22:42
時代と共に新しくなってゆく遺跡という魅惑的な謎が物語の発端になるが、それはこの宇宙全体の成り立ちに関わる途方もない発想へと導くための糸口でしかない。
冒頭の謎が解明されることで見慣れた日常が回復するのではなく、それによって世界が異様なものへと変貌してゆく。その過程にあるアクロバティックな論理のエスカレーションが興奮を生む。SF的には、作者が作中で開陳する奇怪な時間理論こそまさしく究極の奇想。バカSFの真髄ここにあり。

No.87 5点 ヴィンダウス・エンジン- 十三不塔 2021/08/23 23:02
まず魅力的なのは、景色であれ物体であれ、静止しているものが全く見えなくなるという架空の病ヴィンダウス症の設定だ。
動いているものしか「見える」と脳が認識しなくなる奇病で、例えば目の前に人がいても動いている口元や手しか見えない。発症者は世界に70人ほどしかおらず、不明な点も多いが、病状が進行すると自我を保てず精神崩壊する。そんな理解しがたい視界や精神的葛藤を、著者は豊かな語彙と巧みな語法で描き出す。
その病を克服した者はふたりだけ。そのひとり、韓国の青年キム・テフンの元に中国から、都市を運営するAI群と彼の体を接続して、その脳内情報処理力を活用したいとの勧誘が舞い込む。地下組織なども登場して物語は不穏の度を増し、やがて神にも比すべき存在との対決にまで発展していく、構えの大きな作品。でも少々、詰め込みすぎかな。

No.86 8点 七十四秒の旋律と孤独- 久永実木彦 2021/08/23 22:49
マ・フと呼ばれる人工知性体を主人公にしていた連作短編集で、表題作は2017年の創元SF短編賞受賞作。タイトルは宇宙空間で物体がワープ移動する際に生じる74秒間の空白に起きた、ある事件を描いている。
続く連作「マ・フ クロニクル」は、既に人類は滅んでしまった遠い未来を描いているが、マ・フたちは人類が残した規範である「聖典」にのっとって秩序正しく行動し、宇宙観測を続けている。マ・フは劣化しないボディーと無限の電力を生む螺旋器官を備えたほぼ不老不死の存在。機械なので規格的に同質で、個性や感情は持たない。しかしさまざまな事態に対処するうちに「聖典」に反して死にかけていた生物を助け、愛や憎しみを抱くようになる。
無垢な賢者のようなマ・フたちが「人間的」に変化していくさまは美しく切なく、ハラハラする。

No.85 8点 マルドゥック・スクランブル- 冲方丁 2021/08/06 23:39
ルビや言葉遊びを多用し、ひとつの文章の中に重層的にイメージを重ねた独特の文体。描かれるのは、スピード感のある圧倒的な戦闘描写と、SFという手法だからこそ描けた、緊迫感あふれるカジノシーン。全編にほとばしる熱情の奔流は、魂を揺さぶられることでしょう。

No.84 5点 スノウ・クラッシュ- ニール・スティーヴンスン 2021/07/21 22:49
舞台は、高速ピザ配達業が音楽・映画・ソフトウェアと並ぶ四大産業のひとつとなった未来のアメリカ。主人公のヒロ・プロタゴニストが、「果たして30分以内にこのピザを配達できるのか?」という最高にくだらないピンチに陥る冒頭のエピソードが素晴らしくいかす。ボーイ・ミーツ・ガールの王道を突っ走りつつ、SFの伝統に対する敬意も忘れないところが妙に義理堅い。

No.83 8点 あなたの人生の物語- テッド・チャン 2021/07/13 22:59
「人類とは本質的に異なる知性を、いかに異なるかが理解できるように描く」という難題を成し遂げたうえで全体を感動の物語に仕上げた表題作をはじめ、文字通りに天まで届く塔の建築現場を生活感あふれる筆致で描写する「バビロンの塔」、機械ではなくゴーレムにより産業革命が起きたもうひとつのイギリスを舞台とする「七十二文字」、神が顕現し奇蹟が日常のものとなっている世界における信仰のあり方を考察する「地獄とは神の不在なり」など全八篇。
どれもみな、一級の奇想に徹底した論理展開で肉付けし、ふさわしいドラマに乗せて適切な文体で語った隙のない作品ばかり。

No.82 8点 時間旅行者のキャンディボックス- ケイト・マスカレナス 2021/06/25 23:07
1967年の英国で4人の女性科学者がタイムマシン開発に成功したという改変歴史設定の時間もの。
300年先までの時間旅行が実用化されるものの、時間管理局的な組織が技術を独占、システムが硬直化してゆく。それに反旗を翻す人々のドラマをはさみつつ、密室で発見された身元不明の銃殺死体をめぐるフーダニット+ハウダニットが焦点になる。SF的には原題が示す通り、時間旅行がもたらす心理的な問題にスポットを当てたのがキモ。時間SFのメルクマールになりそうな一冊。

No.81 7点 ニューロマンサー- ウィリアム・ギブスン 2021/06/17 00:07
脳とコンピューター端末を接続、そのデータ網を頭の中で再構成した「電脳空間」と呼ばれる幻想世界を舞台にした近未来SF。
情報、場面、人物がさまざまに交錯するスピーディーな展開は、まさに「反射神経で読む」感がある。冒頭に登場するハイテクノロジーの最先端と闇市場が混在する、奇怪に変容した東洋のイメージは、映画「ブレードランナー」に通じている。

No.80 8点 祈りの海- グレッグ・イーガン 2021/05/31 22:50
日本オリジナル編集の初短編集。長編と比べると大風呂敷度が低いものの、身近な話から入っていく話が多い分、SFに慣れていない人にもとっつきやすいでしょう。
短編集全体の通しのテーマはアイデンティティ。今の科学を小説に取り入れようとすると、読者の日常生活との接点をどこに見出すかが問題になるけれど、作者は一貫としてアイデンティティの問題だけにこだわり、その関心が現代科学の各分野と交差する断面を小説に仕立て上げる。
カオス理論やヒトゲノムの話題にある程度、通じていた方が面白く読めるだろうが、この小説をきっかけにして現代科学のスリルとサスペンスに目覚める人もいるはず。

No.79 5点 黒魚都市- サム・J・ミラー 2021/05/21 23:35
温暖化による海面上昇の進んだ未来、北極海に浮かぶ洋上巨大建造物クアナークに、シャチとホッキョクグマを連れた謎の女がやってきたことから物語が動き始める。
禁断のナノテクにより動物と絆を結ぶナノボンダーの最後の生き残りとおぼしきオルカ使いの目的とは?四人の視点から語られるストーリーがやがて合流し、壮絶なアクションへと雪崩れ込む。
W・ギブスンをエンタメ寄りにした作風で後半、家族小説っぽくなるあたりが独特。

No.78 7点 宇宙の春- ケン・リュウ 2021/05/09 23:31
巻末に収められた「歴史を終わらせた男―ドキュメンタリー」は、日本人なら避けて通れない歴史SFであり時間SF。
過去を(一度だけ人間の被験者によって)観測できる技術が開発された結果、葬りたい過去を観測されないために、各国が醜い争いを繰り広げるアイデアも面白いが(行き先の時代の主権はどの国に属するか論争になる)731部隊および歴史認識をめぐる生々しい議論と、その先の皮肉な展開が強烈なインパクトを持つ。
妻は日系の実験物理学者、夫は中国系の歴史学者(専門は平安時代の日本)という米国人夫婦を中心に据えることで、物語がさらに重層化されている。

No.77 8点 ワン・モア・ヌーク- 藤井太洋 2021/04/22 23:15
福島第一原発事故があったのと同じ三月十一日に東京で原爆テロを起こすという予告をめぐる三日間の攻防を描いた作品。
それぞれ目的は異なるものの表面上は手を結んでいる二人のテロリスト、彼らを追う原子力の専門家とCIAのエージェント、そして警視庁公安部外事二課の刑事たち。という三組の動きを中心に追いつ追われつ、騙し騙されのサスペンスが白熱の展開を見せる。
作中の東京はほぼ現実そのもので、徹底したリアリズムを基調にすることで作中のテロ計画に説得力を持たせている。危機を描いた国際謀略小説にして警察小説である。

No.76 6点 統計外事態- 芝村裕吏 2021/04/06 21:31
主人公の数宝数成は猫が心のよりどころ、というか生活の中心になっている独身の四十男。時は2014年、日本は少子高齢化による経済低迷が続き、過疎化やライフライン老朽化も深刻という、希望に乏しい衰退社会になっている。数宝は「安全調査庁」に雇われて在宅で働く統計分析官。ただし外注なので給料はぱっとしない。
不遇だが数学に強い彼は、廃村の水道使用量が不自然に多いことに気付くと、しなくてもいい調査に向かった。そこで彼を待ち受けていたのは、表情を持たない全裸の少女たちに襲撃されるという異常事態だった。
ほうほうの体で逃げ出した数宝だったが、戻ってみると、なぜか巨額の年金運用資金を一瞬にして消滅させた国際的サイバーテロリストに仕立てられている。経歴データも書き換えられていて身の潔白の示しようがない。改竄された経歴データと自分の記憶のズレから陰謀を嗅ぎ取った政府の工作員で大学の後輩の伊藤と共に、謎を解くために、再び廃村へ向かう。
次第に少女の不思議な自意識のありようと高度な知性が判明し、数宝はユニークな推論で真相に近づいていく。データ改竄の真犯人は誰か。少女集団の正体は。そして、人類に未来はどうなるのか。ユーモラスな語り口と猫への愛着に救われるが、物語の底には衝撃的な犯罪も横たわっている。

No.75 7点 オブ・ザ・ベースボール- 円城塔 2021/03/19 22:18
破天荒で不条理な設定。物理学や数学や哲学の「ゴタク」を並べるのが妙味となっている。全体を包む倦怠感やワイズクラックの応酬、短い断章を重ねる構成も「ジェイ」というバーテンも出てくる村上春樹の「風の歌を聴け」あたりを彷彿させる。断章が四十章ちょうどというのも「風の歌を聴け」と同じ。これは意図的に合わせたのだろうか。
文章には類語反復が多用され、名目はあれど内実はあやふやなまま、いつ降るとも知れぬ人を待って毎日を無為に過ごすという話は、カフカの「城」やベケットの「ゴドーを待ちながら」も想起させる。そのような文学的仄めかしによるくすぐりが満載。
残酷な結末は唐突に訪れる。ラストの語り手の従容とした足取りは、「前向きの傍観」のようなものを感じさせ、いやな読後感はない。併録作「つぎの著者につづく」は、虚構の魔術師ボルヘスの上を行こうとする手の込んだ意欲作で大いにうけた。

No.74 7点 万博聖戦- 牧野修 2021/03/07 20:14
昔は良かったわけではないと思う。「昔」には、歪んだり捏造されたりした記憶も含まれている。美化と忘却とで、過去は粉飾される。
でも今が暗いトンネルで、抜けた先にももっと暗い予感しかない時、人はつい「良かった昔」を繰り返そうとする。東京オリンピック、大阪万博...。
万博は、未来への夢と希望を込めた祭典だ。ついでに政治や経済や誇大広告も、ぎっしり。1970年の大阪万博を前に、一部のは、オトナが実は侵略者で、本来の人類であるコドモに憑依しては面白い事や楽しいことを奪ってオトナ化し、奴隷化していることに気付く。オトナ化されるコドモの心は色褪せて、世界はモノクロになってしまう。この作品では、コドモ軍は自分たちの武器でオトナと戦いが、圧倒的な権力と組織を持つ彼らに追い詰められる。
そして作中では2025年ではなく37年に、再び万博がやってくる。すでに直線的な時間に肉体を侵されて、大人となっているかつてのコドモは、再び立ち上がることが出来るのか。戦いの先に何があるのか。奇想と社会風刺と友情が、たっぷり詰まった一冊。

No.73 7点 バグダードのフランケンシュタイン- アフマド・サアダーウィー 2021/02/28 20:15
連日自爆テロが起き、死と暴力が日常化している05年のイラクが舞台。ある男が肉塊化した死体の破片を縫いつなぎ、1人分の死者を作るが、それが忽然と姿を消す。まもなく町では奇怪な連続殺人事件が起きる。犯人は例の死体だった。
元祖フランケンシュタインは名前がなく、怪物を作った科学者の名前で呼ばれたが、バグダッドの怪物は「名無しさん」のまま。それは彼を生んだのは一人の男ではなく、喪失感や憤怒で心がゆがんだ匿名の人々であることを示しているようにも思える。名を持たぬ怪物は、死者たちの気持ちや記憶にしたがって復讐に走るが、過酷で即物的な現実の中、彼自身もまた変化していくことになる。それは希望か絶望か。もしかしたらディストピアは、「現実」という名前を持っているのかもしれない。

No.72 5点 最終定理- アーサー・C・クラーク 2021/02/18 19:25
時は近未来。主人公はフェルマーの最終定理に没頭するスリランカの大学生。そのころ、宇宙の彼方では、神の如き知性を持つ異星人が地球文明を危険視し、下っ端種族を人類殲滅に派遣した。
主人公は数学オタクとあって、数にまつわる蘊蓄やパズルが随所に登場。明晰な頭脳でセレブの仲間入りを果たしたり、聡明で美しい女性を射止めたり、願望に忠実なのがほほえましい。クラークの旧作への目配せや楽屋落ちを散りばめつつ、黎明期の素朴なSFを21世紀の設定で明るく朗らかに語り直す。往年のファンなら楽しく読めるだろうが、むしろ今の中高生が初めて読むSFに最適かも。

No.71 6点 イリアム- ダン・シモンズ 2021/01/24 20:49
物語の主軸はオリュンポスの神々と伝説の英雄たちが入り乱れる、ホメロスの叙事詩「イリアス」そのままの絢爛豪華なトロイア戦争。二十世紀アメリカ生まれの中年大学教授が時を超えて戦場に赴き、間近から戦況をリポートする。これに数千年未来の地球にでほそぼそ暮らす人類の話と、木星圏から科学調査のために火星へ赴く半生物機械たちの珍道中とを加えた三つのストーリーが交互に語られる。
シェークスピア、プルースト、ナボコフなどなどの引用やディープな文学談義を縦横無尽に散りばめつつ、作者は常に読者サービスを怠らない。抱腹絶倒、緩急自在、融通無碍の語り口は、名人の落語を思わせるほど。

No.70 7点 星系出雲の兵站 遠征- 林譲治 2021/01/10 19:23
この作品はタイトルのとおり兵站、つまり補給路や必要物資の確保、さらには後方の社会・経済にもかなりのページを割いている。
兵站を維持できなければ、局地戦には勝てても戦争に勝つことは出来ない。優秀だが地味な多くの者たちが兵器製造開発や補給・生産維持を通して前線を支え、勝敗を左右する。情報戦も重要だし、後方作業は時に行政府と軋轢を生むので、政治手腕も問われる。
もちろん見せ場も豊富だ。宇宙における天体的・物理的な諸条件を踏まえたリアルな戦闘シーンは圧巻の迫力で、英雄も登場する。兵站が危機にさらされ、作戦が崩れる時、犠牲とともに英雄が現れる。巻を重ねるにしたがって英雄が前に出てくるのは、後方社会の疲弊の現れでもある。
作品世界の人類は、4千年前に異星人からの侵略への備えを想定して宇宙に飛び出し、五つの星系に植民してそれぞれの文明を築いてきた。そしてついに正体不明の敵ガイナスと遭遇、交戦状態に入る。戦いながらも人類は、ガイナスの正体を探り、意思の疎通をも試みている。またある意味では古代文明の痕跡も発見された。かつて宇宙で何があったのか。積み上げられてきたさまざまな謎が、第5巻ですべて解き明かされる。もちろんガイナスの正体や人類の闇も。

No.69 4点 銀河核へ- ベッキー・チェンバーズ 2020/12/14 20:32
訳あり少女が事務員として民間宇宙船に採用され、銀河共同体から受注した大仕事に出発するが、その儲け話に裏が...。
毎回違うクルーにスポットがあたる1話完結のドラマみたいな作劇で、必然的にキャラは立っているものの、メインストーリーはいかにも弱い。
クラウドファンディングで集めた資金を執筆中の生活費に充てて完成にこぎつけ、個人出版したところ人気が出て商業出版したら大ヒットという背景も含めて今っぽいSF。

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