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猫サーカスさん
平均点: 6.21点 書評数: 385件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 7点 あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続- 宮部みゆき 2023/12/24 14:02
忌まわしい神を呼び込んでしまい家族が不幸に見舞われる「開けずの間」、亡者を起こす声を持つ女性が姫君に仕える「だんまり姫」、面を監視するという奇妙なお役目の「面の家」、百両で写本を請け負った浪人の数奇な運命が語られる表題作、三島屋の長男が子供の頃に出会った不思議な猫の話「金目の猫」の5編。宮部みゆきの怪談の真骨頂は、恐怖より悲しみが前面に出てくるという点にある。なぜ途中で引き返さなかったのか。なぜ間違いに気付けなかったのか。彼らの弱さや狡さ。誰でも心の持って行き場を間違えることはある。怪異そのものより、人の後悔を描き出すので宮部みゆきの怪談は、悲しく優しいのである。だがそれだけではない。自分の弱さや狡さが起こした出来事ならなおさら、人には話せない。けれど三島屋の百物語は聞いたら聞き捨て、その場限りで外に漏らすことはない。誰にも言えず心にわだかまっていた出来事を、おちかに聞いてもらうことで、客はその重石を下す。つまりカウンセリングなのだ。

No.12 6点 名もなき毒- 宮部みゆき 2023/08/18 18:07
社内報編集部のアルバイト女性が、次々とトラブルを起こしながらも、自分は悪くない、これは誰それの責任だと言い募って部内を混乱させているところから始まる。彼女の履歴書には、一流会社で働いてきた経歴が書かれてあったが、実際には素人以下の仕事ぶりだったのだ。思い余った編集部は、やむなく馘首する。その結果、彼女は途方もない悪意に満ちた報復処置を実行に移すのであった。これとはまた別に近頃、青酸カリによる連続無差別殺人事件が起こっていた。コンビニのジュースやお茶に毒物を仕込んで、人が死ぬのを待つという卑劣な犯罪である。ところが、やがてこの二つの事件が奇妙な形で結びついていく。人が集う場所では否応なしに何かしらのランクが生じてくるものだ。しかしその差異は、人間自身が生み出すものである。だからこそ余計に「差」をつけられたくないと思う気持ちが芽生える。そんな普通の人間の「普通」といいう感情を徹底的に突き詰めていこうとする。ごく当たり前の聡明な人間が、なぜ悪意に染まっていったのか、それを何とか描き出そうとする真摯な視線がここにはある。日常生活の中で起こりうる犯罪、誰に対してということではなく、世間に向けての犯行。これはまさに現代社会ならではの事件なのかもしれない。

No.11 7点 ペテロの葬列- 宮部みゆき 2023/07/30 18:29
あるグループ企業の広報室に勤める杉村三郎は、取材の帰りに乗り込んだバスで思わぬ凶悪犯罪に巻き込まれた。拳銃を持った老人がバスジャックをしたのだ。事件はわずか三時間で解決っしたものの、あとに大きな謎が残った。老人は何者か。一体何のために騒ぎを起こしたのか。やがてかつて世間を騒がせた集団詐欺事件との関係が浮かび上がる。本作のテーマは「悪は伝染する」というもの。嘘がより多くの嘘を新たな悪を生み出していくのである。主人公とその家族や職場の人間、そんな集団の中で生まれた悪意やトラブルが増幅し、周囲を巻き込み展開していく。そこに今の日本のゆがみが如実に映し出されている。この物語を読んでいると、単なる傍観者ではすまされない思いがしてくる。自分が主人公と同じ立場だったらどうするか、突き付けられているようだ。何より、わが身可愛さのあまりに嘘をついたり、自分の嘘に気が付かなかったりする浅ましさが描かれていて身につまされる。

No.10 7点 小暮写眞館- 宮部みゆき 2023/06/19 18:43
全四話で構成される本書の謎は、一枚の心霊写真から始まる。撮影時にはいなかった人物が、写真では顔だけぽっかり浮かんでいるといったあり得ない状態で写っている。そんな写真を押し付けられ、謎を解くことになるのが主人公の高校生、花菱英一だ。さびれた商店街の真ん中に位置する「小暮写真館」に引っ越してきた直後の出来事だった。彼は写真に写っている人たちを知る人がいないかを探し、近所の家を一軒一軒訪ね歩くことから始める。その結果、写真の謎はすべて解明される。しかし、謎を解いただけでは物事は終わらないことを思い知ることになる。例えば、こんな形になってまでも写真に写り込み、何事かを訴えたかった幽霊たる人の思いとは、果たしていかばかりのものであったのか。誰かに何かを伝えるための手段としても、これではあまりにも悲しすぎた。相手に直接言葉を使って伝えることが叶わない、独りぼっちの苛烈な状況が思い浮かぶからだ。決して声高ではないが、ここには物言わぬはずの写真が、かくも多くの言葉を持っている驚きと、その言葉を口にできない、もの言えぬ環境の現実がさりげなく描かれている。著者は、そこから言葉と会話による人と人のつながり、結びつきの大切さを主人公の成長具合と合わせるように、ゆっくりと慎重に語っていく。この柔らかさは宮部みゆきならではだろう。

No.9 5点 誰か Somebody- 宮部みゆき 2022/11/11 18:40
今多コンツェルン会長の個人運転手・梶田が不慮の死を遂げた。犯人を見つけたいと願う梶田の娘たちは、父親の一代記を出版し、世間の注目を集めようとする。編集者の杉村は、義父である今多会長の依頼により、彼女たちに協力することに。しかし姉娘の聡美は、父親の過去を掘り起こすことで、忌まわしい事実が明らかになるのではとおびえていた。彼女を安心させるためにも、杉村は梶田の過去の調査を開始するのだが。本書はかなり地味な印象であり、特に前半の展開は淡々としている。杉村の立場は決して特殊なものではない。良かれと思ってやったことが、かえって非難の的となった経験は、たぶん誰にでもあるに違いない。本書のラストはそんな普遍性がある。真実を知ろうとする探索が、平穏な見せかけの裏に隠されていた醜いものを暴きたててしまう場合もある。最終的に明かされる作品のテーマ自体は、そんなに目新しくはない。しかし、古典的なテーマをいかに巧みにさばくかが作家の腕の見せ所なのだということを改めて教えてくれる。

No.8 6点 この世の春- 宮部みゆき 2021/12/24 19:01
著者の時代小説では、当時の人々が呪いや祟りに極めて敏感だったことがわかる。そして怪異な現象を綴るだけでなく、それが元々は人の心の闇から生まれる由縁を描くことに力を注いできた。本書の重要なキーワードも「呪い」で、権力争いなどから生じた呪いをはき出す闇の深さに愕然とさせられる。明らかになっていく呪いの犠牲者たちの事件は、現代の精神病質に基づく残忍な犯罪に通じる面もあり、その時代を超えた意味合いを持つ。一方、闇を晴らす光を描く筆にも説得力が宿る。重興の内面に隠された暗雲に立ち向かう多紀らの良心が確かなものであるからだ。なかでも火傷を顔に残した不幸な生い立ちを持つ幼い女中お鈴の純真な心は、欲得にまみれた闇の世界に対抗する力を表現しているように思えた。

No.7 7点 ぼんくら- 宮部みゆき 2021/08/03 18:54
巻頭の「殺し屋」から「拝む男」までの五短編は、長屋に住むさまざまな人間を列伝的に描いた人情話で大いに読ませる。そして謎解きに平四郎が動き出す優に一冊分の分量がある。「長い影」まで読み進むと、ホワイダニットをメインに据えた、連作時代ミステリという構成と、先の短編が全体のプロローグを兼ねていたことが明らかになってくる。この長丁場を持たせるには肝心の謎がやや弱いのが残念。だが細部に目をやれば、適度にいい加減な平四郎や現実を見据えて精いっぱい生きるお徳など、庶民の姿が手を伸ばせば届くように生き生きと活写されている。人間が持つ業を温かい視点で肯定的に描く、作者の真骨頂が色濃くにじみ出ているといえるでしょう。

No.6 6点 あんじゅう 三島屋変調百物語事続- 宮部みゆき 2021/02/01 18:02
袋物を商う三島屋夫婦の姪「おちか」が、怖い話や不思議な話を聞く「三島屋変調百物語」の第二弾。といっても前作とのつながりはないので、本書から読み始めても楽しめる。ほぼすべての見聞きに南伸坊のかわいいイラストが掲載されていて、物語と挿絵をセットにしていた時代小説の伝統を復活させた趣向も嬉しい。自分を忘れた村人を恨む土地神「お早さん」にとりつかれた少年を救う方法を考える「逃げ水」や、男が怨念を込めた仏像が、桃源郷のような隠れ里を恐怖に包む「吼える仏」は、自然や霊魂を崇拝する素朴な信仰が、いつしか狂言へと転じる恐怖を活写しているので、カルトが生まれる原因や、宗教戦争がなくならない理由といった現代社会の闇ともリンクしているように思えた。また双子の孫を嫌う祖母の妄念が、その死後も平穏な家庭に暗い影を落とす「藪から千本」は、逃げ場のない家庭で、人間ならだれもが持っている負の感情が奇妙な現象を引き起こすので、恐怖がリアルに感じられるのではないだろうか。ただ因縁なる屋敷に住む人外のモノ「くろすけ」と老夫婦の交流を描く表題作「暗獣」や、脇役として物語のあちこちに顔を出す明るく無邪気な少年たちの活躍、そしてエピローグに用意された心温まる結末は、人と人とが信頼の絆で結ばれれば闇に打ち勝つことが出来るという強いメッセージとなっており、読後感は心地よい。

No.5 7点 きたきた捕物帖- 宮部みゆき 2020/09/02 20:01
岡っ引きの親分の頓死により、世間に放り出された末の子分・北一が主人公。親分の本業だった文庫売りを続けながら、様々な事件に関わっていく。本書は短編4作で構成されている。北一に長屋の世話をする、差配の富勘。親分の女房で、盲目だが耳と勘の鋭い松葉。欅屋敷の用人の青梅新兵衛。周囲の大人たちに期待されながら、成長していく北一の姿が気持ちいい。連続神隠し事件や、生まれ変わり騒動を発端とした殺人など、各話の内容も面白かった。第3話からは、湯屋の釜焚きの喜多次が登場。あることから北一に恩を感じて、協力者となる。タイトルの「きたきた」は、この二人を意味しているのだ。シリーズ化されるそうなので、これからのコンビとしての活躍にも期待したい。なお本書は、宮部の「桜ほうさら」と「<完本>初ものがたり」とリンクしている。

No.4 6点 おそろし 三島屋変調百物語事始- 宮部みゆき 2020/09/02 20:00
サブタイトルにあるように、宮部みゆき版百物語。ある事件がきっかけで人間不信になったヒロインのおちかが、叔父の元を訪れる人々が体験した不思議な話を聞くうちに「世の中には、恐ろしいことも割り切れないことも、たんとある」ことを知り凍り付いた心が徐々に解けていく。人間の醜さや悲しさが、卓越した比喩を多用した独自の文体によって炙り出されていく。切なくも美しい時代ホラー小説。

No.3 8点 火車- 宮部みゆき 2020/02/18 19:10
一つの犯罪を巡って熟年刑事である主人公が奔走し、その特異な犯罪を詳らかにしていく物語。真実に向かって一歩ずつ進み続け、そして最後には真実と対面する。ありふれたミステリ作品とは一線を画す、この過程の中にこそ、この物語の魅力があると言えるでしょう。しかしそれだけではありません。この物語が面白いのは、主人公は被害者と犯人の両者のことを最後まで「人伝て」でしか知らないという事。犯人を追う過程において、犯人のことを知る人物や、被害者を知る人物から、いろいろなことを聞いていきます。どういう人物なのか、何があってそうなったのか、それを主人公も読者も、誰かの話の中からしか知ることが出来ません。皆思い思いの言葉で彼女たちのことを語り、本当にそのすべてが正しいかどうかはわからないけれど、しかし確かに多くの人の生活に影響を与えていく。そして、どうしてその人物がそんな風に生きるようになったのかを、主人公と共に知っていきます。その話の中からヒントを見つけて、どんどんその人の核心に迫るような過去を知る誰かに出会えるようになっていく。この物語の結末は、意外に感じられます。真相に肉迫する中、「ここで終わるのか」と感じてしまう。それでも、ラストシーンはあのタイミングでなければならなかったと思う。この作品は、主人公が見知らぬ犯人を追う物語であって、そこに会話は必要ない。犯人が本当は一体どういう人物で、どんなことを思っていたのか、それは闇に葬り去られ、読者の想像に任せてくれてよかった。回答がない方が美しく感じるからです。

No.2 7点 さよならの儀式- 宮部みゆき 2019/10/30 18:56
近未来を舞台にした八つの短編からなるが、登場人物はいずれも何らかの欠乏感を抱いている。巻頭の「母の法律」は、児童虐待する親から被害児童を切り離して救済する「マザー法」が制定された世界の話。保護され、善良な養父母の下で育った主人公は、しかし罪を重ねた実母に表現できない心の泡立ちを覚える。また表題作「さよならの儀式」は機械にすぎないロボットに家族のような愛情を抱く人々を冷ややかに眺める技術者の話。前者では虐待する親が、後者では冷淡な技術者が「悪人」になりがちだが、本書は単純ではない。ちょっと視点を変えると、「悪人」にも悩みや悲しみがあり、ハッとさせられる。巻末の「保安官の明日」では熟練した保安官の視線から、事件の真相が描かれている。一見、平和な地域にも住民間のさまざまな愛憎や欲望が潜んでいる。住民の全てを知り尽くしている保安官は、トラブルを芽のうちに摘み取ろうと努めるが、事態は次第に悪い方へと向かっていく。努力しても成功するとは限らない。善良な人間が正しい判断を下せるとも限らない。その事実から作者は目を背けてはいない。しかしやり直そうと努めている間は希望がある。そして努力を続けることそれ自体の中に「幸福」の種があるのだと、優しく語りかけているようだ。

No.1 8点 ソロモンの偽証- 宮部みゆき 2017/10/14 19:08
少年少女を主役に据えた群像小説。一人の少年の自殺が引き金となり、級友たちの日常が破壊されていくさまが描かれている。素晴らしいのは中学生たちが大人に頼らず、自身の手で奪われた平和を回復しようと努力することである。それも極めて理知的な手段を用い、フェアな形でそれを成し遂げようとする。世情の不安を嘆くのはたやすいが、自らの手で解決するためには勇気と努力が必要になる。作者がその姿勢を小説の形で示したことに敬意を表したい。

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