皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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猫サーカスさん |
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平均点: 6.19点 | 書評数: 419件 |
No.139 | 7点 | 翼竜館の宝石商人- 高野史緒 | 2018/12/26 18:54 |
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17世紀のオランダが舞台。ペストで死んだ男が、屋敷から運ばれ埋葬された。だが翌日、屋敷の密室状態の部屋で、男とうり二つの人物が見つかる。意外な人物が謎解きを始めると、事件とは無関係そうな描写が重要な伏線だったと分かるので衝撃も大きい。世界の南北格差や人を使い捨てる資本主義の論理を想起させるトリックは、現代社会への皮肉に思えた。 |
No.138 | 7点 | わたしたちが火の中で失くしたもの- マリアーナ・エンリケス | 2018/12/18 18:29 |
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ホラー小説と奇想小説の味わいを併せ持つアルゼンチンの作家のこの作品は、ただ面白いだけの短編集ではない。収録12編の多くは、アルゼンチンならではの歴史や社会状況、ジェンダーの問題を背景にしている。すでに自分の中に在ったのに、これまでは気づくことのなかった怖れの感覚を呼びさまされる。そんな類の物語。予定調和や共感より、新しさや驚きを求める方におすすめしたい。 |
No.137 | 7点 | 水の眠り 灰の夢- 桐野夏生 | 2018/12/11 19:52 |
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舞台は1963年、前回の東京オリンピックの前年。世の中は連続爆弾魔、草加次郎で持ち切り。主人公は今でいうなら文春砲(?)に該当する「トップ屋」。彼は偶然地下鉄爆破に遭遇するが、そこから先は心地いいほど予想を裏切られる。謎の女子高生の面倒を見たり、殺人事件の容疑者にされたり・・・。心理描写がリアルだからこそ、読み手までが複雑な事件の渦に引き込まれていく。未読の方は「顔に降りかかる雨」から最後の「ダーク」まで順々に読んでいってほしい。「読み手の予想を裏切る」とのフレーズをよく使いがちだが、このシリーズを読み終えると「裏切る」とはこれくらい大胆でなければならないと思わせてくれる。 |
No.136 | 6点 | 真夜中の太陽- ジョー・ネスボ | 2018/12/07 21:53 |
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大金と銃を持って、ノルウェーの極北の地にやってきた男は、嘘も喧嘩も苦手な殺し屋らしからぬ殺し屋。ある母子と出会い、心を開いて親しくなる。だが、彼は追われる身だった・・。無駄を排したシンプルな文章ながら、人の心を緻密に描いてみせる。弱さを抱えた主人公はもちろん、脇役の一人一人も印象に残る。舞台は極北だが、温かさを感じさせる。派手ではないものの、結末の驚きカタルシスは忘れがたい。地味ではあるが、じっくり読ませる一冊。 |
No.135 | 6点 | 悪の猿- J・D・バーカー | 2018/11/29 18:40 |
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見ざる、聞かざる、言わざる。日光東照宮の彫刻の題材にもなっている「三猿」から着想した、凶悪な連続殺人者を描いてみせるサイコ・スリラーにして警察小説。車にはねられて死んだ男は、切り取られた女性の耳を持っていた。何年にもわたり米シカゴで犯行を重ねる殺人鬼、通称「四猿」。女性を誘拐し、三猿になぞらえて耳、目玉、舌を家族に送りつけてから犠牲者を殺す。その四猿が死んだのか?しかも、死んだ男が持っていた日記には、四猿自身の少年時代の出来事がつづられていた。だが、耳を切り取られた被害者はまだどこかに監禁されている。刑事たちは、その場所を必死に追い求める。刑事たちの捜査、監禁された少女の視点、そして奇妙な日記。三つの記述が並行して、物語は進む。刑事たちが連続殺人を捜査する、というストーリーに目新しさは乏しいものの、展開の巧みさで一気に読ませる。何より鮮烈なのは日記のパート。一見、絵に描いたような模範的な家族。そのひずみが徐々に浮かび上がる不穏な過程が、戦慄させる。 |
No.134 | 7点 | ガルヴェイアスの犬- ジョゼ・ルイス・ペイショット | 2018/11/21 18:26 |
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不思議な設定のもと、印象的な人物が多々登場する群像劇になっている。1984年1月の深夜、片田舎の村に宇宙からの何かが落下。その日以来、強い硫黄臭が漂い続け、小麦、ひいてはパンの味まで変えてしまう。でも、SF的な展開にはならない。描かれていくのは、不思議な気配につられるようにあらわになっていく村人たちの隠された姿や心情、ガルヴェイアスという実在の村の光景、犬たちのエピソード。この物語を読みながら頭に浮かぶのは、自分にとっての(運命の場所)ガルヴェイアスはどこかという問い。呼び覚まされるのは、そこに硫黄臭は漂ってはいないかという警戒心。ポルトガルの小さな村を舞台にしながら、だからこそ、この小説は普遍性を持ちうるのでしょう。 |
No.133 | 6点 | 怪談稼業 侵蝕- 松村進吉 | 2018/11/14 18:41 |
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ミステリに私小説を持ち込む実話怪談の作家。建設業に従事しながら怪異体験談を採集するという。自分の人生と生活を中心に物語り、自嘲、業界への批判、怪談における恐怖分析などを脱力したユーモアでくるむ。ここには途中で投げ出したような作品もあるが、それは「怪異を、体験者の人生の一場面を表す象徴として、なぞらえる」からだ。いささかマニア向けでミステリとしての要素は濃くないが独特の魅力をもつ。 |
No.132 | 9点 | 異邦人- アルベール・カミュ | 2018/11/14 18:41 |
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「今日母さんが死んだ」。青年ムルソーは母を預けた老人養護施設に向かう。埋葬に立ち会った翌日、女と海水浴と映画を楽しみ、夜には男女の関係を結ぶ。数日後、友人の女性関係に絡み一人の男を銃殺。刑事裁判の被告になった彼は、動機について「太陽のせい」と答える。ムルソーの殺害場面の「偶然」性、法廷での息詰まる心理劇、彼が裁判所を出て郷愁と安らぎに包まれる夏の夕べの匂いなどが、迫真性をもった巧みなタッチで描かれる。妥協しない時代の証言者でもあり、世の不条理から目をそらさないカミュ自身のまなざしまでもが感じられるようだ。 |
No.131 | 7点 | 旋舞の千年都市- イアン・マクドナルド | 2018/10/29 21:24 |
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近未来のイスタンブールを舞台にしたスリリングな迷宮都市SF。作中のイスタンブールは、欧州連合(EU)に加盟し、天然ガスとナノテク景気に沸いている。古来、諸民族が出会い、多様な宗教文化が対立と融合を繰り返してきた街に、さらなる繁栄と混乱が押し寄せていた。そこに犠牲者ゼロの奇妙な自爆テロが発生する。テロ以降、”精霊”が見えるようになった青年、テロの謎を追う少年、老経済学者やガス市場詐欺でもくろむトレーダー、伝説のミイラ「蜜人」を探し求める美術商、ナノテク企業の売り込みと家宝のコーラン捜しに奔走する新米のマーケティング・ガール。彼らを軸に、宗教と経済、国家と企業、民族の歴史と個人史が複雑に絡み合ったドラマが展開する。重層的な物語がスピーディーに展開し、読者を飽きさせない。 |
No.130 | 6点 | しゃばけ- 畠中恵 | 2018/10/29 21:24 |
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主人公は廻船問屋の大店「長崎屋」のひとり息子、17歳の一太郎。薬種問屋を任されているが、外出もままならないほど病弱。両親からはいつも心配され、甘やかされている。この若旦那には、常に寄り添っている佐助と仁吉という手代がいる。実はこの2人、犬神と白沢というあやかしだ。他にも一太郎の周囲には妖怪がうじゃうじゃいる。物語は、一太郎が佐助たちの目を盗んで外出した夜に人殺しを目撃し、命からがら逃げるところから始まる。下手人が捕まらないまま数日が過ぎた後、一太郎のもとにその下手人が現れる。やがて薬種問屋ばかりを狙った殺人事件が次々と起きる。犯人はそれぞれ違うのだが奇妙な共通点がある。妖怪たちはみな個性的。犬神は顔がごつく手背が高い偉丈夫で、白沢は目が切れ長の色男。2人は主人を守るためなら何だってするし、一太郎本人も容赦なくしかる。鈴彦姫は臆病で、屏風のぞきはニヒルな皮肉屋。家の中からぞろぞろ出てくる鳴家はすねることもあるけれど、頭をなでてやると目を細める。キュートな妖怪たちの力を借りて一太郎は難局を乗り切り、事件を解決する。だが、いざという時本当に強いのは誰か。「自分が不運などと嘆いて、逃げていいはずがなかった」。そう決意する一太郎。体の弱さを気に病み、将来に不安を感じていた一太郎が、自身の存在をかけた勝負に出る。夜の闇が今よりずっと深かった江戸時代には妖怪も身近だったに違いない。この作品は、妖怪がわんさか登場する。時代小説でありファンタジーでもありミステリでもあるが、妖怪小説と呼ぶのが最もふさわしいかもしれない。 |
No.129 | 6点 | IQ- ジョー・イデ | 2018/10/12 19:16 |
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悪と対決する、ヒーローとしての探偵。そんな存在を軽妙に、そしてかっこよく描いてみせている。アイゼイア・クィンターベイ、通称「IQ]。ロサンゼルスに住む黒人の若者で、金にならない探偵仕事を続けている。彼は旧知の仲の元ギャング、ドッドソンの紹介で、大きな仕事を引き受ける。依頼の内容は、大物ラッパーの命を狙う者を突き止めること。彼は厄介な相棒のドッドソンとともに、殺し屋を追跡することに・・・。そんな現代の事件と並行して、アイゼイアの過去が語られる。家族を失い、追い詰められた境遇でのドッドソンとの出会い。兄の命を奪ったひき逃げ犯の追跡。過去と現在が響きあい、アイゼイアというキャラクターがしっかりと引き立っている。推進力、そして正義感で引きつける存在だ。身勝手な小悪党にして、切っても切れない相棒であるドッドソンの姿も印象に残る。登場人物の魅力で読ませる、クールな探偵の物語。 |
No.128 | 7点 | 泥濘- 黒川博行 | 2018/10/12 19:16 |
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極道の桑原と建設コンサルタントの二宮が活躍する「疫病神シリーズ」の第7作。第5作「破門」で、直木賞を受賞した傑作シリーズで、”浪速の読み物キング”(伊集院静)こと黒川の語りは滑らかで生き生きとしていて楽しい。今回の標的は高齢者を食い物にする警察官OBの親睦団体の「シノギ」で、大金をかすめ取ろうとするが、二宮は暴力団に拉致され、桑原は凶弾に倒れてしまう。逆転の秘策はあるのか?反発しながら助け合う桑原・二宮のコンビネーションが絶妙。黒川の別シリーズ、元刑事の堀内・伊達もの(「悪果」「繚乱」「果鋭」)には”相棒”と呼べる親密さがあるが、桑原・二宮ではどこまでも辛辣で皮肉なやりとりが繰り返される。ほとんど腐れ縁だが、今回は一段と深みに入り、何回も危機に直面する。それでいてきちんと笑いが絶えないのは会話の一つ一つがシニカルで味があり、人生の変転を見据える包容力があるからでしょう。 |
No.127 | 7点 | ブレス- ティム・ウィントン | 2018/09/22 16:07 |
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舞台は1970年代のオーストラリア。サーフィンにとりつかれた少年パイクレットと親友のルーニーは伝説のサーファー、サンドーと知り合い、次々にビッグウェーブに挑戦していく。何より張り詰めた文体が快い。「そして一瞬波をかぶり、大量の水が勢いよく襲ってきて、僕は後方へ押し戻されるような感覚がした。回りにあるのは渦巻く蒸気だった。ほとばしりが最高潮に達した泡の源泉の中で、僕は身動きがとれなくなって、雑音の信じられない思いの中を漂い、それから、視界を奪う水煙のうねりに落ちていった」この後から3人に奇妙な連帯感と高揚が生まれていく。しかし、若者特有の無鉄砲さや気まぐれがひずみや軋轢をもたらし、さらにサンドーの妻がこれに絡んでくる。傷つき傷つけ、嫉妬と羨望と絶望がせめぎ合う青春を、喪失の時代と捉えた作品。だがここにあるのは絶望ではなく、かけがえのないきらめきなのだと思う。 |
No.126 | 5点 | バベル- 福田和代 | 2018/09/22 16:07 |
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混乱の中で増幅する憎悪と陰謀の物語。感染すると言葉を失うウイルスが発生し、爆発的に感染が広がる。言葉を失い、思考が損なわれ、文化文明が滅んでゆく恐怖から、非感染者たちは、<長城>を建設して、感染者との「住み分け」を検討する。ワクチン開発の努力が重ねられる一方で、差別や無理解が深刻化し、人々を分断する。これはコミュニケーション不全の現代的困難を描いているといえるでしょう。 |
No.125 | 6点 | シンデレラの罠- セバスチアン・ジャプリゾ | 2018/09/03 20:00 |
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「わたしは探偵、犯人、被害者、証人、その四人すべてなのだ」というトリッキーな設定で50年以上前に出版されて評判を呼んだ作品。語り手の「わたし」は病院で目を覚ますと顔にも手にも包帯が巻かれ記憶も失っていた。やがて幼い頃から自分と友人のドムニカを知っているというジャンヌが迎えに来て退院するが、ジャンヌの言葉や態度に次第に違和感が膨らむ。「わたし」は本当は誰なのか?という不安が緻密に計算された巧みな筆致で描かれ、疑心暗鬼の迷宮に引きずり込まれていく。記憶が戻るにつれドムニカ、ジャンヌ、さらにはお金持ちのミドラ伯母さんの屈折した愛憎関係が浮かび上がり、謎はいよいよ深まり翻弄される。やがて、ひねりのきいたラストへ。だが、ふと本当にそれが真相なのか、もしや作者の罠ではないのかと初めから読み返したくなった怖い作品。 |
No.124 | 5点 | 駅のふしぎな伝言板- ほしおさなえ | 2018/09/03 20:00 |
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舞台は物に宿った魂「ものだま」の声が聞こえる坂木町。主人公は最近引っ越してきた小学5年の七子。ものだまが荒ぶると、周りで変なことが起こる。クラスメートの鳥羽は「ものだま探偵」としてものだまに関わる事件を解決している。シリーズ第2弾は坂木駅で自分がどこに行くのかを忘れたり、待ち合わせ忘れたりする人が続出している「物忘れ事件」。七子も鳥羽の助手として調査に乗り出す。事件解決の過程で本格ミステリの手法を導入する一方、背景では「誰かに思いを伝えることの大切さ」が感じられ、心動かされる。毎日の生活の中でつい忘れがちな物への愛着や感謝を思い起こさせてくれる作品。(注)この作品は児童書になります。 |
No.123 | 7点 | 遠乃物語- 藤崎慎吾 | 2018/08/20 19:26 |
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現実と似た「もうひとつの異世界」に迷い込んだ者をめぐる伝奇小説。本作は、柳田国男「遠野物語」の成立に大きな影響を与えた伊能嘉矩と佐々木喜善を主人公にすえ、それこそ「遠野物語」で語られていたような怪異現象や奇妙な出来事を展開させていく。やがて神隠しの謎や土地のもつ記憶が生み出した妖怪の正体を解き明かしつつ、昔話の本質に迫る。戦慄すべき真実がそこにある。「物語」の源へ旅をし、また元の場所へ帰ってくる小説。 |
No.122 | 6点 | わたしを探して- J・S・モンロー | 2018/08/20 19:26 |
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なるべく予備知識なしで読みたい小説。5年前に自殺したはずの恋人の姿を街で見かける場面から始まるこの小説は、まず喪失と恋愛の物語として展開し、やがて謎めいた謀略の物語に姿を変えていく。たくらみに満ちた小説で、少なくとも2回は読みたい。結末まで読めば、おのずともう一度最初から読み返したくなる。 |
No.121 | 8点 | わたしを離さないで- カズオ・イシグロ | 2018/08/06 18:51 |
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人生は「失う」ことの連続。老いは容赦なく大切なものを奪っていく。最初、異常な環境で生きる人間の物語と思った。でもやがて、これは人間の人生そのものの「縮図」なんだ!とわかった。人生は短く残酷だ、だからこそ大切なものはそう多くない、限られている、「あなたの一番大切なものは何ですか?」と本書は問いかける。読み終わった時、思わず本書を抱き、動けなかった。抱きしめたのは物語ではない、物語に照らされ気付かされた私の人生で一番大切なもの。温かい切ない感動がいつまでもいつまでも続いた。喪失感にあえぐとき勇気をくれる本。「人生は短く残酷だ。だからこそ、いま、まっすぐ、愛するものに進んで行け!」と。 |
No.120 | 5点 | カンヴァスの向こう側- フィン・セッテホルム | 2018/08/06 18:51 |
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リディアはスウェーデンに住む12歳の女の子。ある日、美術館でふと展示作品に触れてしまったことから、その絵の世界に迷い込んでしまう。行った先はオランダ。出会ったおじいさんは偉大な画家レンブラントだった。この冒険を手始めにリディアは魔法の旅を繰り返し、ベラスケス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ドガ、ターナー、ダリと6人の大画家のもとに現れ、生活を共にする。読者はリディアが行く先々の世界の風俗や習慣を垣間見るばかりか、制作意図や裏事情、私生活に接することができる。巨匠の代表作名で各章タイトルに話は展開。リディアがどうやって帰ってくるのか興味は尽きない。イタリアのチェント賞、オランダの青年文学賞を受賞している。 |