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猫サーカスさん
平均点: 6.20点 書評数: 387件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.207 5点 それ以上でも、それ以下でもない- 折輝真透 2020/03/26 19:12
第九回アガサ・クリスティー賞受賞作。ナチス支配下のフランスが舞台。主人公は神父で、無用の混乱をさけるために祖国解放の闘士が殺された事件を隠蔽してしまうのだが、それがかえって苦悩を深めることになる。フランスの聖職者を主人公にした話だが、一人一人の人物像が的確だし、多数の人物の出し入れも巧みで、ナチスとの対峙も緊迫感がある。大きな仕掛けがあるわけではないのに、戦争が引き起こす殺意などが丁寧に捉えられてあり、誰が殺人犯なのかという謎はやや唐突に解かれるきらいはあるけれど、全体的に「懐の深い読ませる作品」といえるでしょう。

No.206 6点 熊の皮- ジェイムズ・A・マクラフリン 2020/03/13 20:08
アパラチア山脈の一角で、自然保護区の管理人を務めるライスは、組織犯罪と関わっていた過去を隠し、人里離れた山奥でひっそりと暮らしていた。ある日、手足と胆のうを切り取られた熊の死体が発見される。闇市場での取引を企む密猟者の仕業だ。ライスは密猟者を捕えようと調査に乗り出すが、地元民たちは非協力的で中にはあからさまな敵意を示す者もいる。彼の前任者の女性をはじめとするわずかな味方とともに、ライスは密猟者を追う。ストーリー自体は比較的シンプル。ひときわ印象に残るのは、ライスが山奥を歩き、森に溶け込み、自身がそこに同化していくかのような迫力ある情景の描写。獣の臭い、鳥や虫の声、湿った空気。雄大にして過酷な自然の中で、ライスは自身に向き合い、そして自らの過去を振り返る。山の中で密猟者を追う現在の物語に、捨てたはずの過去が絡み合う。荒々しい展開と静かな内省が同居する、じっくり楽しみたい作品。

No.205 6点 ころころろ- 畠中恵 2020/03/13 20:07
病弱ながら大妖の血を引く大店の若だんな一太郎が、お付きの白沢、犬神を筆頭とする妖たちと難事件を解決する捕物帳の第8弾。ここまでシリーズが続くとマンネリに陥りそうだが、著者は一作ごとに趣向を変えて常に読者を驚かせている。一話完結の短編集なのはいつも通り。ただ今回は、失明した若だんなの光を取り戻すため、目の神様(生目神)の宝石を持っている河童を探すといいう大きな流れがあり、長編小説としても楽しめるのが新機軸。また「ほねぬすびと」「けじあり」といったいわくありげなタイトルの意味が、ラストに明かされる鮮やかな謎解きにも驚かさえるだろう。ユーモアミステリではあるが、生目神を通して日本人の宗教観に迫る重いテーマもさりげなく描いており、硬軟のバランスが絶妙。

No.204 7点 流れは、いつか海へと- ウォルター・モズリイ 2020/03/03 19:33
私立探偵が活躍するミステリが珍しくなって久しい。だが、この作品は、ニューヨーク市警を追われて私立探偵になった黒人男性が主人公という、今どき貴重な物語。ジョー・キング・オリヴァーは身に覚えのないレイプ容疑で逮捕され、警察を辞めて妻とも別れ、今は私立探偵業を営む。ある日、容疑のきっかけとなった女性から届いた一通の手紙で、彼は自分の逮捕が仕組まれたものだったことを知る。一方、弁護士の女性から、警官殺しで捕まった黒人ジャーナリストの無罪を証明するよう依頼を受ける。過去と現在、二つの冤罪事件を追うジョーが見いだすものは・・・。かつて全てを失い、漫然と日々を過ごしていたジョーが、自らの名誉を取り戻そうと奮闘するストーリーも読ませるが、主人公の娘や、相棒となる元凶悪犯など、彼を取り巻くキャラクターの存在もまた大きな魅力。権力も絡んだ卑劣なたくらみに、屈することなく立ち向かう市井の探偵。真相そのものはシンプルだが、小さなサブプロットがいくつも絡み合って層の厚さを感じさせる。

No.203 5点 T.R.Y. 北京詐劇- 井上尚登 2020/03/03 19:31
一九一六年、上海で最高の詐欺師と言われていた伊沢修は、ある人物から思わぬ依頼を受けた。袁世凱をだましてほしいというのだ。辛亥革命の後、袁世凱は最高権力者へとのぼりつめたばかりか、皇帝に即位しようとしていた。中国近代史を背景に、巧妙な詐欺をもちかけて大金を奪うコンゲームとしての人を食った展開もさることながら、今回最上の料理人を志す女性・江燕が登場することにより、お粥から満漢全席まで、中華料理に関するエピソードが多いのも読みどころのひとつ。痛快な歴史冒険小説。

No.202 8点 火車- 宮部みゆき 2020/02/18 19:10
一つの犯罪を巡って熟年刑事である主人公が奔走し、その特異な犯罪を詳らかにしていく物語。真実に向かって一歩ずつ進み続け、そして最後には真実と対面する。ありふれたミステリ作品とは一線を画す、この過程の中にこそ、この物語の魅力があると言えるでしょう。しかしそれだけではありません。この物語が面白いのは、主人公は被害者と犯人の両者のことを最後まで「人伝て」でしか知らないという事。犯人を追う過程において、犯人のことを知る人物や、被害者を知る人物から、いろいろなことを聞いていきます。どういう人物なのか、何があってそうなったのか、それを主人公も読者も、誰かの話の中からしか知ることが出来ません。皆思い思いの言葉で彼女たちのことを語り、本当にそのすべてが正しいかどうかはわからないけれど、しかし確かに多くの人の生活に影響を与えていく。そして、どうしてその人物がそんな風に生きるようになったのかを、主人公と共に知っていきます。その話の中からヒントを見つけて、どんどんその人の核心に迫るような過去を知る誰かに出会えるようになっていく。この物語の結末は、意外に感じられます。真相に肉迫する中、「ここで終わるのか」と感じてしまう。それでも、ラストシーンはあのタイミングでなければならなかったと思う。この作品は、主人公が見知らぬ犯人を追う物語であって、そこに会話は必要ない。犯人が本当は一体どういう人物で、どんなことを思っていたのか、それは闇に葬り去られ、読者の想像に任せてくれてよかった。回答がない方が美しく感じるからです。

No.201 7点 風神雷神 Juppiter, Aeolus- 原田マハ 2020/02/18 19:09
「風神雷神図屏風」で知られる絵師の俵屋宗達を主人公にした、歴史アート・フィクション。俵屋宗達は、江戸時代の初期に活躍した絵師。ただし生没年不明。経歴にも謎が多い。作者はそうした隙間を最大限に利用し、奔放なストーリーを創り上げた。なんと織田信長に見いだされた天才少年絵師の宗達が、狩野州信(永徳)の「洛中洛外図屏風」の制作を手伝うのだ。さらに信長の命により、その絵をローマ教皇に届けるため、天正遣欧使節の一員になる。とんでもないアイデアだが、内容は重厚。天正遣欧使節の四人の少年と宗達の友情。後にバロック絵画の巨匠となる少年カラバッジョと宗達が出会ったことで生まれる、芸術家同士の魂の共鳴。人間にとって美術とは何かという問いかけ。波乱に富んだストーリーよって、絵師の情熱と絵画の魅力が、堪能できる。休日を丸々使って、物語の世界に遊びたい。そんな贅沢な娯楽を求める人に薦めたい。

No.200 5点 謝罪代行社- ゾラン・ドヴェンカー 2020/02/07 18:52
奇抜な発想の妙が効いている作品。仕事のない若者4人が「謝罪を代行する」商売を始めた。商売は成功したが、ある日、指定場所に行くと、壁に釘ではりつけにされた女性の死体に出くわす。相手4人を脅迫し、女性への謝罪と死体の始末を強要した。しかたなく指示に従った4人は、恐ろしい事件に巻き込まれていく。「おまえ」「わたし」それに三人称の語り口を駆使し、過去と現在を往復しながら物語は進んで行く。作者の不敵で綿密なたくらみについつい熱くなりページを繰らされた。

No.199 5点 死者は穏やかに微笑んで- 金丸仁 2020/02/07 18:52
公園で倒れていた身元不明の老人。担ぎ込まれた病院では息をしていないにもかかわらず、心電図は生きている人間と同じ波形を打っていた。ポケットに収まっていたノートの冒頭には「私が心肺停止、またはそれに近い状態になった時には蘇生術など延命行為を一切行わないでください」と記されていた。定年間近の外科医は父の介護のため静岡から実家のある横浜に勤め先を替えた。介護に励む妻に感謝する日々、老いへの受容や抗いは友人が試みる遺伝子操作に関心が・・・。誰もが望んでやまない不老長寿という課題を現代社会の問題を絡めて描いた小説。最新医療知見からSFの趣も。すべて仮定の上に成り立つ科学万能の日常における生老病死、人間の気持ちはどう揺れ動いていくのか。団塊の世代の先頭を走る著者自身の問答でもあろう、医師として向き合う視線は厳しい。

No.198 9点 容疑者Xの献身- 東野圭吾 2020/01/27 18:28
この物語において、その中心にあるのは「愛」であり「献身」。こんなに犯人側に感情移入できる作品は、今まで出会っていません。彼の行動には疑問を挟む余地が何もありません。ただただ愛ゆえの行動であり、誰も否定することのできない犯罪。その犯罪に至る過程と、全てを織り込み済みの計画、この物語の構成するすべてが美しい。そしてなんと言っても一番美しいのは結末。本当に美しいとしか言いようがありません。100%完璧なトリック、絶対に綻ぶことのない完全な計画。それが、たった一つの計算違いによって崩れてしまった。その計算違いは紛れもなく、「愛」が招いてしまったもの。報われなくていいと本気で思っていたからこそ、計算違いが生じてしまった。この物語の読了感は本当に独特であり、また人によって感じ方が違うのだと思います。メリーバッドエンドであり、また誰に感情移入するかも読み手によって全く違ってくる。この本の感想を友人と語り合った時、お互い全く異なる解釈で驚いたのを覚えている。しかし、それほどまでにこの物語は深い。深くてどんな解釈するにせよ、何かを私たちの心に残してくれるのです。

No.197 9点 造花の蜜- 連城三紀彦 2020/01/27 18:27
二月末、香奈子のもとに幼稚園から電話が掛かってきた。息子の圭太が蜂に刺されて病院に運ばれたという。ところが、改めて確認すると、そんな事実はなく、しかも迎えに来た母親によって帰宅したという。圭太は何者かに連れ去られたのだ。だが、この誘拐騒ぎは、事件の本の序章にすぎなかった。母親と警察をおちょくる犯人の言動、渋谷の交差点における奇妙な身代金の受け渡し、そして意外な事実の暴露と、驚きのサスペンスが延々と続いていく。真犯人ばかりか、誰が被害者なのかも定かでない。怪しい関係がくるくると入れ替わってしまうのだ。「愉快な誘拐」という本気と洒落の境界が曖昧な要素を過剰に含んでおり、逆転の連続技を強引なほど、徹底させているが、それだけで終わらない。どんでん返しの魔術師による傑作といえる。

No.196 6点 スワン- 呉勝浩 2020/01/14 19:55
理不尽な悪意や暴力に巻き込まれた時、それにどう向かい合うのか。第162回直木賞にノミネートされた本作では、無差別銃撃事件に巻き込まれ、生き延びた被害者らのその後を描いている。無差別銃撃事件当日、犯人と接触した高校生のいずみは、同じく生き残った同級生・小梢の「(犯人が)次に誰を殺すか、いずみが指名した」という告発により、被害者の立場から一転、非難の的になる。そんないずみの元に、生存者5人を集めた「お茶会」の招待状が届き・・・。お茶会が何の目的で開かれ、被害者たちがなぜ集まったのか、そして徐々に、誰もが何かを隠し、嘘をついていることが明らかになっていく。悲劇の被害者か悪人か。白か黒か。分かりやすい答えを求める他者と、その場にいた人間にしかわかり得ない複雑な感情を抱く当事者たち。重厚な心理劇としてだけでも十分に読ませる内容だが、、エンタメ要素もかなり含まれており、ストイックなまでに娯楽を追求している小説といえるでしょう。

No.195 9点 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?- フィリップ・K・ディック 2020/01/14 19:54
人造人間の犯罪集団を追う賞金稼ぎの話。ただし、単なるSFサスペンスではない。相手が人間かアンドロイドかを判定するテスト、宗教や芸術に関わる人間の振る舞い、鍵となる「感情移入」という現象。ここには人間の根本を探求する真剣でまっすぐな志が見られるし、ところどころにユーモアのくすぐりが仕掛けられてもいる。映画「ブレードランナー」の原作として知られるが、ディックの思想の深みに触れるためには、映画だけでは駄目。この本を読む必要アリです。

No.194 6点 11月に去りし者- ルー・バーニー 2019/12/31 19:39
1963年。ギャングの幹部ギドリーは、ケネディ大統領暗殺の報に身の危険を感じる。彼が命じられて実行した仕事は、どうやら暗殺の下準備だったらしい。証拠隠滅のため自分も消される。そう考えた彼は、縄張りの街を捨てて西へと逃げる。一方、田舎町に暮らすシャーロットは、自堕落な夫との閉塞した日々を捨て、2人の娘を連れて西へと向かう。やがて両者の軌跡は重なり合うが、組織の殺し屋がギドリーを追っていた。今の境遇から逃れようとギドリーとシャーロット。ターゲットを追う殺し屋。それぞれの視点から、三者三様の生き方が語られる。偶然の出会いが予期しない展開を招き、それぞれの境遇を変えてしまう。主役の3人はもちろん、シャーロットの娘たち、殺し屋の運転手を務める黒人少年など、脇役の一人一人も印象に残る。最終章も、語られなかった事柄を想像させて味わい深い余韻を残す。登場人物の存在が忘れがたい作品。

No.193 7点 死神の精度- 伊坂幸太郎 2019/12/31 19:39
さまざまな趣向を凝らした六つの物語を収めた連作短編集。ある物語の登場人物が、別の物語の中に少しだけ顔をのぞかせるという仕掛けによって、最後に置いた「死神と老女」で、ある大きな感動へと導く構成が見事なので、順番通りに読んでいくのをおすすめします。クールだけど少しずれてるキャラクターが魅力の死神を狂言回しに描かれる悲喜こもごもの人生模様。死を扱いながら、哀しみだけに落とし込まない軽妙な筆致が素晴らしい。

No.192 7点 20 誤判対策室- 石川智健 2019/12/18 18:28
(架空の)誤判対策室(刑事、検事、弁護士からなる冤罪調査組織)の有馬(警視庁元刑事)が、殺人を犯して自首てきた元判事紺野と対決する物語。自白したにもかかわらず一転容疑を否認し、対面した有馬に紺野はゲームをもちかける。「私の犯罪を証明し、起訴できなければ、あなたの娘を殺害します」と。完全犯罪に自信をもつ紺野。紺野と全く接点のない有馬。一体紺野の動機は何で、何が目的なのか。有馬は誤判対策室のメンバーたちとともに調査を開始すると事件は予想外の広がりをもつ。真実と正義が必ずしも一致しない状況の中で行うべきは何なのかを考えながら、秘密の作戦を遂行していく。前作「60 誤判対策室」もけれん味たっぷりで驚きの行動で手玉に取られたけれど、今回も終盤、大胆不敵なゲームを仕掛けてきて圧倒される。単独でも愉しめるが、前作を知っていればより愉しめるし、幕切れには快哉を叫ぶことでしょう。

No.191 6点 定価のない本- 門井慶喜 2019/12/18 18:28
GHQ占領下の東京・神田神保町の古本屋街を舞台にしたミステリで、物語の発端は古書店主の事故死。崩落した古書の山に押しつぶされて亡くなっていたが、友人の古書店主の琴岡庄治が疑問を抱き調査を開始すると、不可解な事実が浮かび上がってくる。琴岡が専門に扱う古本は古典籍、つまり明治維新以前の和装本で、GHQの指令に基づく「金融緊急措置令」により華族たちが貧窮に陥り、これが一斉に放出された。この古典籍をめぐる蘊蓄、戦前から戦後にかけての古書業界の消息、さらに意外な真相をもつ事件の謎解きも面白いし、古典籍の蒐集家だった徳富蘇峰や太宰治などの実在の文士の登場もあって愉しい。随所でなされる日本の歴史観への言及も鋭く、「本を愛し、古典を愛し、そのことで国そのものを立ち直らせよう」とする当時の日本人たちの姿も印象深く見えてくる。古典は残るものではなく残すものだという思いも力強く迫ってくる。

No.190 7点 闇のしもべ- イモジェン・ロバートスン 2019/12/05 19:01
1780年、英国の田舎で一人の男の死体が発見され、発見場所の住人である提督夫人ハリエットが解剖学者クラウザーに死体の検分を依頼してきた。喉を切られた男のコートのポケットには、名家ソーンリー家の紋章つき指輪があった。ソーンリー家は、伯爵の跡取りである長男アレクサンダーが長く酒浸りとなり、当主は美貌の踊り子ジェマイマと再婚直後に倒れ寝たきり、といういわく付き。指輪はアレクサンダーの物なのか?爵位は誰の手に?男子を生んだジェマイマも含め、利害が複雑に交錯する。クラウザーとハリエットが真相究明に奮闘する一方、ロンドンの楽譜店主一家、米国の独立戦争についても並行して描かれ、暗い過去が徐々に明らかになっていく。史実が巧みに織り込まれ、物語に精彩を与えている。何よりも、偏屈なクラウザーと才気煥発なハリエットのやり取りが絶妙。

No.189 6点 モンスーン- ピョン・ヘヨン 2019/12/05 19:00
赤ん坊を失って以来、妻とぎくしゃくした関係にある夫の、知っていたのに目を背けていた真実を徐々に明らかにしていく表題作。出産間近の妻と共に、深い森がそばにある家に住むことになった主人公の、追い詰められていく神経の震えがリアルな「散策」。その他7編を収めた短編集にあるのは、繰り返される日常の倦怠と理不尽、それを踏み越えた者を襲う、悲劇と恐怖。他の誰かと交換可能かもしれない自身の生に対する疑念と諦観。嫌な話ばかりといっていいのだけれど、読むのがやめられない。昏い想像力に惹かれる方にお薦めしたい。

No.188 6点 フーガはユーガ- 伊坂幸太郎 2019/11/26 19:20
決して明るい物語ではない。それでも読み始めるとどんどん引き込まれ、最後に本を閉じた時、この世界が普段よりも少しいとおしく感じられた。主人公の常盤優我と双子の弟風我は、父親から虐待を受けながら育つ。過酷な環境を力を合わせて生き抜く彼らは、やがてある悪に立ち向かっていく。物語を駆動させるのは彼らが抱える秘密。実は2人は毎年の誕生日だけ、2時間おきに瞬間移動し、互いのいる場所が入れ替わる。一見すると突飛な設定に説得力を与える巧みな展開は、世に言う「伊坂マジック」の真骨頂。平凡な優我と、冒険心に満ちた風我。正反対な双子の成長物語は、悲しい過去を持つ兄弟を描いた初期の作品「重力ピエロ」を思い出させる。「僕の弟は僕より結構、元気です」という序盤の優我の言葉が終盤に再び語られる時、2人の深い信頼がひときわ胸を打つ。悪との対決は、繰り返し扱ってきたテーマ。主人公を単純な正義の側面に置かないのも、伊坂作品の持ち味。現実社会の厳しい問題を投影したかのような作品も少なくないが、目指しているのは普遍的で、皆が寄り添えるようなおとぎ話のような気がする。

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