皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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猫サーカスさん |
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平均点: 6.19点 | 書評数: 419件 |
No.239 | 6点 | 夜明けの街で- 東野圭吾 | 2020/10/14 18:11 |
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結婚して年をとり中年になった主人公は、まさか自分が妻以外の女性に恋するとは夢にも思っていなかった。だが、いつしか相手との距離が縮まり、ともに夜を過ごすうちに、どんどん深みへはまっていく。本作では、さかんに言い訳や口実を探し、謎めいたヒロインに翻弄されつつも不倫にのめり込んでいく。そんな男の心理と行動が見事なまでに描かれている。哀れさを感じる場面もあるくらいだ。と同時に、過去の事件にまつわるタイミリミット・サスペンスとしての意外な展開が加わり、単なるドラマに終わっていない。読み始めると、最後まで一気にページをめくらされる一冊。 |
No.238 | 6点 | 時計仕掛けの歪んだ罠- アルネ・ダール | 2020/09/29 18:42 |
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スウェーデン国内で起きた3件の少女失踪。サム・ベリエル警部は、ある確信に基づいて連続殺人だと主張するが、上司は認めない。やがてベリエルは、どの現場にもいた不審な人物を尋問することに。だが、その先には、彼自身も予想しなかった状況が待っていた。上司と衝突してでも自分の確信に従って捜査を進めようとするベリエルの個性がまず印象に残る。同時に、何かを予見していたかのような態度も。そうした小さな違和感が伏線となって、後に回収される精緻な作りの作品。攻守が二転三転する尋問のシーンの緊張、それに続く意外な展開も忘れがたい。登場人物たちの強烈な意志、そして事件の驚きに満ちた展開が堪能できる。 |
No.237 | 6点 | あの日の交換日記- 辻堂ゆめ | 2020/09/29 18:40 |
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交換日記で構成された7編の連作で、最後の第7話での伏線が回収される凝った仕掛け。入院患者と見舞客、教師と児童、姉と妹、母と息子、加害者と被害者、上司と部下、そして夫と妻というさままざまな立場の2人が紡いでいく話には毎回驚きがある。特に同級生殺しを予告する「教師と児童」、罵倒の連続となる「姉と妹」、ひねりが抜群の「加害者と被害者」が切れもあって優れているが、過去6話の背景や事件の挿話を巧みにつないで大胆なドラマ仕立てにした第7話が秀逸。メール全盛の現代にあって手書きによる交換日記というアナログな手法が、秘めた思いを語らせ、隠された事実を浮かび上がらせるのに有効であることがわかる。 |
No.236 | 4点 | わらの人- 山本甲士 | 2020/09/16 18:31 |
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登場人物は、思うように生きられず、内に不満をため込んだ、いわゆるストレスを抱えた人たちばかり。しかし、ふと立ち寄った理髪店で髪型を変えられたことから、彼らの人生までもが劇的に変わってしまう、なんともユニークな連作短編集。作品ごとに語り手が変わり、ある人は髪をバッサリと切られ、刈りあげられ、ある人は短髪の金髪にされてしまう。ところが髪型が変わることで性格が変わり、まるで子供向けヒーローが変身するかのように、不正を隠している職場を正したり、自分の進むべき道を見つけたりする。読めばストレスが吹き飛ぶ、そんな痛快な物語が詰まっている。 |
No.235 | 5点 | 闇鏡- 堀川アサコ | 2020/09/16 18:30 |
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室町時代の京を舞台にした異色長編ミステリ。京随一の遊女が殺されるという事件が起きた。しかも、その陰惨な現場には、半月前に死んだはずの女がいたという。事件の調査にあたった検非違使・龍雪の前に、いくつもの謎が現れる。凶兆を示す都の空の異変にはじまり、傀儡目、陰陽士、白拍子といった面々が登場するなど、この時代におけるあやしく恐ろしく、いわくありげな世界がこれでもかと展開していく。同時に、女たちの情念の行方も見逃せない。さらに、登場する人物たちが個性的で、その描き方にどことなくユーモアが感じられるため、単なるおどろおどろしい怪異譚に終わっていない。 |
No.234 | 7点 | きたきた捕物帖- 宮部みゆき | 2020/09/02 20:01 |
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岡っ引きの親分の頓死により、世間に放り出された末の子分・北一が主人公。親分の本業だった文庫売りを続けながら、様々な事件に関わっていく。本書は短編4作で構成されている。北一に長屋の世話をする、差配の富勘。親分の女房で、盲目だが耳と勘の鋭い松葉。欅屋敷の用人の青梅新兵衛。周囲の大人たちに期待されながら、成長していく北一の姿が気持ちいい。連続神隠し事件や、生まれ変わり騒動を発端とした殺人など、各話の内容も面白かった。第3話からは、湯屋の釜焚きの喜多次が登場。あることから北一に恩を感じて、協力者となる。タイトルの「きたきた」は、この二人を意味しているのだ。シリーズ化されるそうなので、これからのコンビとしての活躍にも期待したい。なお本書は、宮部の「桜ほうさら」と「<完本>初ものがたり」とリンクしている。 |
No.233 | 6点 | おそろし 三島屋変調百物語事始- 宮部みゆき | 2020/09/02 20:00 |
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サブタイトルにあるように、宮部みゆき版百物語。ある事件がきっかけで人間不信になったヒロインのおちかが、叔父の元を訪れる人々が体験した不思議な話を聞くうちに「世の中には、恐ろしいことも割り切れないことも、たんとある」ことを知り凍り付いた心が徐々に解けていく。人間の醜さや悲しさが、卓越した比喩を多用した独自の文体によって炙り出されていく。切なくも美しい時代ホラー小説。 |
No.232 | 7点 | あの本は読まれているか- ラーラ・プレスコット | 2020/08/20 18:33 |
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一冊の小説と、それが体制を揺るがすものになると考えた人々を巡る物語。冷戦下の米国。タイピストとして中央情報局(CIA)に雇われたロシア移民の娘イリーナは、ひそかに諜報員にスカウトされる。彼女は訓練を受け、やがてある作戦に起用される。当時のソ連で禁書とされたパステルナークの小説「ドクトル・ジバゴ」。これを秘密裏にソ連国内に流通させ、人々に体制への疑問を抱かせようというのだ。話は大きく二つのストーリーからなる。一つはソ連側。愛人オリガの視点から語られる。パステルナークと妻、そしてオリガの三角関係。もう一つは、CIA女性諜報員たちの物語。体制に抑圧される側と、その体制を揺るがす側、CIAの女性も、男性社会では抑圧される側なのだ。パステルナークたちの人間関係、CIAの女性たちの人間関係が重なり合う。国や社会に対して個を貫こうとする人々を描いた、読み応えある作品。 |
No.231 | 5点 | 極限捜査- オレン・スタインハウアー | 2020/08/20 18:33 |
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冷戦時代の東欧を舞台にした警察小説。殺人課捜査官フェレンクが担当した事件は明らかに自殺に思えた。だが相棒のステファンは他殺だと言い張り、捜査にのめり込む。第二第三の殺人が起き、第一の事件との意外なつながりが見えてくる。フェレンクは実は作家でもあるが、スランプに陥り作品が書けずにいるばかりか、妻との間がうまくいかず結婚生活まで破綻しそうになっている。しかも言論が弾圧され、あちこちに密告者が潜み、反政府主義者として目をつけられると、拷問されて殺されるか、収容所送りとなる閉塞した時代。捜査官として誠実に任務をまっとうしながら、困難な人生に勇敢に立ち向かおうとするフェレンクの姿が鮮烈に描かれ胸に迫る。 |
No.230 | 5点 | 希望の獅子- 本城雅人 | 2020/08/07 17:31 |
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華僑の若者3人の青春物語と、現代の殺人事件を追う警察の捜査模様が融合したミステリ。横浜中華街で在日中国人の死体が発見された。だが、その陳亮という男は31年前、当時高校2年生の時に同級生の周志龍、楊将一とともに失踪した人物だった。果たしてその時3人の身に何が起こったか。そしてなぜ今になって陳亮は死体となって見つかることになったのか。中国の獅子舞、中華街の勢力争い、時代の変遷など、知られざる世界の描写がすこぶる興味深く、ドラマに深みを与えている。そして1981年の横浜を舞台に、生き生きとした青春ドラマが描かれ、しっかりとした読み応えが感じられる長編小説となっている。 |
No.229 | 5点 | フリント船長がまだいい人だったころ- ニック・ダイベック | 2020/08/07 17:31 |
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タイトルから想像する方も多いかもしれないが、スティーブンソン「宝島」を下敷きにしている。かの作品が港町の宿屋の息子、ジム・ホーキンズの成長譚であったのと同じように、本書も教養小説の形式をとっている。ある犯罪行為が成長のための通過儀礼に絡む形で描かれている。展開の意外性もありサスペンスとして楽しめるのだが、同時に胸が痛くなる青春小説でもある。 |
No.228 | 6点 | 真実の10メートル手前- 米澤穂信 | 2020/07/24 16:41 |
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主人公は探偵ではなく記者。女性記者・太刀洗万智が取材先で出会う「謎」に立ち向かう。探偵は真実を明らかにすることが、記者は真実を見つけ出して人に伝えることが仕事。両者は似ているようで、あまりにも異なる。それでも作者は、彼女を主人公に据えた。この点で、ミステリでありながら、「メディアの役割とは何か」「メディアのあるべき姿とは何か」という命題が背景に存在し、そこから透けて見えてくる人間の心理が魅力的な作品。主人公は、取材した人間の本当の思い、「真実」を見抜く。そして取材を受けた人間の「本当の思いをみんなに分かってほしい」という願いを、代弁したいと望む。メディアが伝えるべき真実・真理とは、こういうものではないだろうか?しかし、それを暴くことを、主人公は思い悩む。自分のしていることは正しいのかと惑う。この作品で展開されるこのような物語を目撃した時、読者も真実というものに悩むでしょう。 |
No.227 | 8点 | 幻の女- ウィリアム・アイリッシュ | 2020/07/24 16:41 |
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発端の不可思議性、中途のサスペンス、結末の意外性と三拍子揃っている。大都会を背景に独特の甘美で寂しいムードを漂わせ、不可解な謎に魅了される。アリバイがないための無実の殺人罪で死刑を宣告された男が、刻々と迫る執行日を前に、友人の努力で冤罪を晴らそうとするが、果たして刑の執行に間に合うのかというところにサスペンスが生まれる。主人公の運命がどうなるか、その焦燥感や不安感が読者の気持ちを捉えてはなさない。 |
No.226 | 5点 | 三つの秘文字- S・J・ボルトン | 2020/07/14 18:19 |
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スコットランドのシェットランド諸島が舞台。夫の出身地シェットランドで暮らすようになった産科医のトーラは、死んだ馬を埋めようとして庭を掘り返しているときに、女性の死体を発見する。女性は心臓をえぐられ、背中に三つの古代ルーン文字が刻まれ、出産間もなく殺害されたようだった。しかし身元が判明した女性は、検視結果による死亡推定時期の前年に既に死んでいた。女性刑事デーナと協力し合って、トーラは真相を突き止めようとするが、不穏な脅しを受ける。夫婦関係や不妊に悩むトーラが真実を求めて果敢に突き進んでいく姿が実にいい。緊迫感あふれる産科医としての仕事の描写も、物語に奥行きを与えている。何よりも北欧文化圏でもあるシェットランドの独特の風土が、謎解きにも巧みに生かされ、個性的な物語世界を作り上げている。 |
No.225 | 9点 | 白昼の死角- 高木彬光 | 2020/07/14 18:17 |
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戦後間もなくの頃、東大生による闇金融事件で社会問題となった光クラブ事件という事件をモデルとしている。この事件が与えた社会的影響は相当強く、三島由紀夫の「青の時代」田村泰次郎の「大学の門」といった小説のモデルにもなっている。いわゆるピカレスクロマンと言われる小説で、主人公が法の網を掻い潜りながら、天才的知恵と才能で、手形詐欺を皮切りに、導入金詐欺など、次々と大型の詐欺事件を、警察などの司法機関の追及をかわしながら、実に巧みに成功させていくストーリー。クライム小説の傑作中の傑作と言っていいでしょう。 |
No.224 | 5点 | カメレオンの影- ミネット・ウォルターズ | 2020/06/30 17:58 |
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英国陸軍の中尉アクランドは、派遣されたイラクで重傷を負って帰国した。病院で目覚めた彼は、家族や看護師にも心を閉ざし、訪れた元婚約者にも暴力をふるう。やがてロンドンで一人暮らしを始めた彼は、パブで騒ぎを起こしたことがきっかけで、連続殺人の容疑者とされてしまう。近隣では、軍歴のある男が殺される事件が相次いでいたのだ。事件そのものについては記事が引用される程度。病院内、さらに退院後のアクランドの日常が物語の中心にある。そして、彼に疑いを向ける警察の捜査が語られる。アクランドの不可解な行動が、警察だけでなく周囲の人々の疑念を生み、物語は不穏な緊張を漂わせて展開し、やがて意外な結末へと着地する。600ページに及ぶ長大な作品だが、長さに見合うだけの濃密なサスペンスと驚きを堪能できる。 |
No.223 | 6点 | 赤毛のレドメイン家- イーデン・フィルポッツ | 2020/06/30 17:57 |
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犯人が駆使したトリックにしても、真相を隠蔽する作者のトリックにしても、現在の読者にとってはそれほどの新鮮味はなく、結局今なお評価に堪えるのは、犯人たちの強烈なキャラクター造形と、その犯行動機ということになるでしょう。この最後に語られる動機の意外性だけは、現代の読者にも充分なインパクトを与えるでしょう。 |
No.222 | 5点 | 羊の国のイリヤ- 福澤徹三 | 2020/06/19 18:51 |
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サラリーマンが裏社会に足を踏み入れて変貌していく物語。よくある話だが、細部に工夫がある。食品メーカーに勤務する入矢悟は、食品偽装の告発に手を貸したことで左遷され、冤罪で逮捕され、退職を余儀なくされる。家庭も崩壊した。特殊清掃の仕事に就き、殺し屋に殺されかけるが、半年間だけの猶予をもらい、半グレ集団に拉致された娘を救出しようとする。平凡な男が己の獣性に目覚める物語は、北方謙三の「檻」をはじめいくつかあるが、本書が新鮮なのは、獣性よりも人間の可能性に目を向けている点でしょう。「世間や常識という柵に囲まれて搾取され」権力や暴力で服従されてきた羊(人間)が、「血を流さない人生は、生きるに値しない」といわれて血と暴力の渦へと飛び込み、恐怖と戦慄の中で人間のあるべき姿を見出す。指導するのは殺し屋で、何かと哲学的な言葉を授けて認識を一変させる。殺し屋の肖像が出色だし、娘との関係をクールに表現しているのも精神の暗黒を描く小説に向いている。 |
No.221 | 5点 | 眠りの神- 犬塚理人 | 2020/06/19 18:50 |
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安楽死の問題を正面から扱った作品。スイスの自殺幇助団体「ヒュプノス」で活動する医師の絵里香・シュタイナーは日本での不穏な噂を聞く。高齢のがん患者が青酸カリで自殺したが、その幇助を「ヒュプノス」にいた日本人医師がしたのではないか。真相を探るために来日すると、「ミトリ」を名乗る人物による連続自殺幇助事件が起きる。ミステリ的にはミトリとは誰なのかというフーダニットの興味で引っ張っていく。ひねりも十分にあるし、関係者たちが抱えるドラマもよく練られており、犯人探しと同時に動機を探る方向(ホワイダニット)にいくのもいい。そこで問題となるのが安楽死の是非。尊厳ある死とは何なのか。スイスやオランダのように安楽死を積極的に認めるべきなのか、それは神の行為なのか、それとも犯罪なのかといった様々な問題を突き付ける。安易にカタルシスを求めず、安楽死問題に潜む危険性を提示する辺り、社会派サスペンスとして注目していい。 |
No.220 | 7点 | ナニワ・モンスター- 海堂尊 | 2020/06/08 18:16 |
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海外で広まった動物由来の新型インフルエンザが日本に持ち込まれる。その感染症は伝播力が強く、国民に免疫がないため感染拡大しやすい特徴があり、基礎疾患のある患者や免疫低下者に重症化リスクがある。国内で感染経路不明の患者が出た段階で水際作戦は意味がなくなるにもかかわらず、政府と厚生労働省は空港での検疫を強化する水際作戦にこだわり、感染が疑われる患者であってもPCR検査を渡航歴のある人間に限定した。そんな中、国内での発生源とされる都市が経済的に封鎖され、感染者を出した組織のトップは記者会見で感染者を出したことを謝罪、感染者の家族は地域コミュニティーで居場所がなくなり、引っ越しを余儀なくされる。これが第一部のあらすじ。読みながら今回の新型コロナウイルス騒動を記したノンフィクションに思えて仕方がなく、作者の未来を透視する能力に舌を巻いた。単行本が出た2011年に初めて読んだ際、ドラマチックに展開する物語が戯画的に描かれすぎているように感じた。日本に治療の確立していない新型の感染症が広まったとしても、政府も国民もメディアも冷静に対処するだろうと高をくくっていた。しかし、2020年の現状を見る限り、作者の読みが正しく、自分が間違っていたことを認めざるを得ない。 |