海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.386 4点 虚栄の掟―ゲーム・デザイナー- 佐藤大輔 2018/08/04 15:21
(ネタバレなし)
 1990年代の半ば、家庭用ゲーム機の人気が袋小路に入り始める時代。神保町のゲームソフト開発企画発売会社「クロスアート」のゲームグラフィッカーだった「僕」は、ある日、社長から、社内の誰かが独立する気配があると聞かされた。「僕」は周囲のスタッフの動向に関心の目を向けるが。

 ゲームデザイナー出身の作家(主に架空戦記もの)で、少年時代はマクリーンやチャンドラーの愛読者だったという著者(2017年に52歳の若さで逝去)による、古巣のゲーム業界を舞台にしたミステリ。
 ……ということで期待して読んだのだが(ちゃんと裏表紙に「本格ゲーム・ミステリの決定版!」と謳ってあるし)、ミステリとしては薄味。別に殺人なんか起こらなくてもよいのだが、誰が企業的な内乱を企てているかのフーダニットかと思いきや、その辺の興味に強く応えたものではなかった。

 評者はこの人の作品は、中絶しちゃった世紀末ゾンビコミック『学園黙示録 HIGHSCHOOL  OF  THE DEAD』(原作を担当)しか縁がないのだが、関わったゲームや小説群には妙にカルト的なファンがいるようで、本書もAmazonではそれなりに古書価が高騰。これなら広義のミステリ的になんかあるんだろ、と思って手に取ったんだけどね。
 今となっては20年も前のゲーム業界最前線の描写なんか平成・考古学の話題だし(もちろん、それはそれで意味があるのだが)、その上であえて当時の現場にいたスタッフしか覗けないエッジの効いた人間描写とかあるかとも思ったが、その辺も存外に普通だった。さすがにところどころ、甘ったれた職業人に対してのクールでニヒルな視線はあるけれど、それがまあおおむね納得できるお怒りという意味で、逆説的にインパクトはない。
 まあ関心が向いた作品を気分のままに手にするのも読書の醍醐味だから、それはそれでいいんだけれど。

No.385 4点 オーパーツ 死を招く至宝- 蒼井碧 2018/08/02 01:04
(ネタバレなし)
 第1話のぶっとんだ密室トリック自体はなかなか楽しかったので、連作の全編をこの調子&このレベルで見せてくれるかと思いきや第2話でフツーになり、さらに第3話がなんじゃこりゃ?! の出来であった。
 戦前のあの作品の大ネタを解決に用いて、しかもそれだけじゃもたないからアクションでヌカミソサービスか。なんか三十年前のファミコンゲーム雑誌全盛の時代に、まともな攻略記事を作れない三流雑誌がゲーム画面の脇にアイドルの女の子を立たせてお茶を濁した痛い哀しい事例を思い出したわ。それで最後の第4話はそれなりにまとまっているんだけど、このトリックに気がつかない読者はいないでしょう。しかもフーダニットの興味は完全に放棄してるし。
 第2話から登場のヒロインを交えたメインキャラ3人のキャラクターはそこそこ良かった。その点でおまけしてギリギリ5点あげてもいいかとも思ったんだけど、実はさっき誉めた第1話のなかで個人的に腹の立つ部分があったからやっぱり減点してこの評点。シリーズ続巻が出たとしたら、他に先に読んだ人の評判を聞いてから手に取るでしょう。

No.384 5点 暗い窓- トマス・ウォルシュ 2018/08/01 01:19
(ネタバレなし)
 1950年代のニューヨーク。パーク・アベニュー周辺にある全23階の高層ホテル「ホテル・インピリアル」は一人の賓客を迎える。それは共産圏の某国から亡命し、その発言は西側社会にも相応の影響力を持つ要人、ポール・ブルーバ僧正だった。僧正はアメリカで反共主義の意義を説く講演を何回か行う予定で、その催事は多数の聴衆を集めて多額の金が動くことが見込まれた。だが老体の当人は故国での過酷な生活が祟ってしばらくは静養が必要で、講演などまず無理だった。僧正の亡命~講演プロジェクトに関わった悪徳新聞記者フランシス・ジャニセックはここで一計を案じ、すでにアメリカ国内で見つけていた僧正の遠縁にあたる浮浪者の老人ジョセフを彼の替え玉に仕立て、僧正の講演を予定通りに行おうとする。だが奸計のひずみのなかで事態はホテル内の殺人事件にまで波及。ホテルの夜間保安主任で元刑事の青年レイ・キャシディは、悪事の全容も見定まらぬ陰謀のなかに分け入っていく。

 1956年のアメリカ作品。日本では1960年代初頭から刊行された東京創元社の叢書「世界名作推理小説大系」の第22巻に初訳の形で訳出され、その後21世紀の現在まで一度も創元推理文庫にも収録されたことのない(つまりこの叢書でしか読めないという)ちょっと変わった翻訳状況の長編である(本叢書における同類の例は、あとはフレドリック・ブラウンの『B・ガール』のみのはず)。
 そんな書誌的事実からの関心もあって前から気になっていた作品だが、読んでみると……うーん、良いところと悪いところが相半ば。
 物語のあらすじを読んでもらうと主人公は悪人の新聞記者ジャニセックのように見えるかもしれないが、設定上では彼はあくまでメインの悪役(よく言ってもせいぜい副主人公格)にすぎない。本来の主人公はホテルの保安係(いわゆるホテル探偵)のキャシディの方なのである。この辺は、入念にキャラクター設計に盛り込まれたキャシディの文芸設定(刑事の公務中に悪人の銃弾を受けて一年以上も重傷の病床にいたこと、その間に以前の恋人に去られたこと、そのトラウマに今も捕われて警察を辞めたこと、しかしそんな彼の心身の再起を、同じホテルで働くヒロインのフローレンスや元同僚で友人の刑事ハネガンなどが応援してること……などなど)からも歴然としている。
 とはいえこの物語、僧正の亡命~ホテル内でのすり替えなど、妙に犯罪の設定をややこしくしてしまったことが祟って、実際にドラマを動かすのはもっぱら悪役のジャニセックとその仲間たちの方である。
 キャシディは部下の保安要員をひとり殺されたことから、このホテルで何かが起きていると不審を抱き、捜査を始める。これはいいのだが、ホテルの賓客たちを無闇に騒がせてはいけないという作中のリアリティも枷となって地味で受け身の行動しかできない……。
 たぶん作者ウォルシュは、心に傷を抱えたキャシディが突発的な事件の窮地のなかで克己するドラマを描きたくて密な主人公の設定を用意したんだろうが、悪役側の悪事が露見・破綻するか否かのスリルとサスペンスの方が書きやすかったようで、そっちの方面ばかり盛り上げていく。いや、それはそれでストーリーの加速感と求心力はあったのだが、送り手の所期の勝負所がズレてしまったのは明らかであった。
 当初から十全に用意しておいた主人公の文芸を練り上げていき<以前の刑事時代のように銃を持てないキャシディの苦悩><悪人の凶行に立ち向かうおののき><そしてそれらのストレスをのり越える再起の物語の高揚感>をきちんと描いていれば、80年代になってから北上次郎が大騒ぎしたかもしれないのに、ああもったいない。
 とはいえメインストリームの押しが弱いという大きな欠点を抱えた本作ながら、細部ではところどころ心にひっかかる部分がないでもない。特に終盤の、あるツイストは、ああ、いかにもアメリカ風の(中略)だなという印象ながら、職人作家的にツボを抑える底力は感じた。そういう意味ではたぶんこれからも記憶に残る一作になりそうなんだけどね。
 ちなみにウォルシュののちの作品『脱獄と誘拐と』(62年)では主人公が主体的かつ能動的にメチャクチャ動きまわるのだが、その辺は本書を書き上げたウォルシュが「やっぱいくら主人公に綿密な文芸を用意しても、それを活かす主人公主軸のストーリーを用意しなきゃダメだな~」などと反省したのかもしれん。評者は勝手にそんなことも考えたりもしている。

No.383 6点 ルビンの壺が割れた- 宿野かほる 2018/07/30 11:59
(ネタバレなし)
 50代になってSNS(Facebook)を始めた水谷一馬は、かつて自分と結婚寸前までいった女性・美帆子とweb上で再会した。彼らは、一馬が大学の演劇部で部長を務め、美帆子がその部員だった青春時代を振り返る。やがて当時の記憶の中から、忘れがたいあの思い出が頭をもたげて……。

 2018年7月現在Amazonで150以上のレビューを集め、Twitterでも反響を呼んでいる話題作。仕込みやヤラセじゃなければ大したもんだ、どんなんだろ、と読んでみた。
 全体の紙幅は四六判の一段組で、本文が160ページ弱。しかも全体が一馬と美帆子のメールでのやりとりという書簡形式なのでリーダビリティは最強。その上で、メール一文が長めだったり短めだったり、また時には相手から返信がなく同じ書き手のメールが二回続くとか、その手の緩急もつけてあり、これ以上なく凶悪なほどにスラスラ読める。
 んでもって最後のサプライズは驚かされたもののかなり唐突で、この小説の作り方だったらほかのいろんなネタも、悪い意味でいくらでもアリだよね、という思いが強い。ただまあ、底が割れてから物語全体を振り返ると<そういう背後の真実>(もちろんここでは書けないが)を前提にしながら(中略)し続けた登場人物の内面にはひしひしと恐怖を感じる。その辺は、作者の狙ったところだろう。

 まあ一方で、この物語の流れ(メールのやりとり)のなかで<一番隠されていた大ネタの部分>に、主人公双方のどちらもメールの話題にカスリもしないというのは、かなりの無理筋という気もするが。この辺は、何回か途中のメールが何らかの理由付けで本書内の記述から割愛されて、その部分は読者の目に触れない(そこで主人公たちは該当の話題を話しあっていたことが暗示される)とかできなかったかな、と思う。
 それでも、作者が障害物競走のゴールをめざして完走した気分は伝わってくるようで その辺の感覚は悪くはないのですが。

No.382 6点 新選組殺人事件- 加藤公彦 2018/07/27 14:07
(ネタバレなし)
 昭和50年代のある年の3月。身元不明の老人の他殺死体が、都内の本郷四丁目で発見される。前日にその老人は地元の巡査に道を聞いており、老人は故・藤田五郎こと新選組の副長助勤・斎藤一の縁者を訪ねていたらしいと判明した。同じ頃、新選組愛愛好家・研究家の社会人男女で構成されるサークル「誠の旗」の面々は、迫る会津への探求旅行に胸を躍らすが、そこで彼らを待っていたのは思いもよらぬ殺人事件だった。

 歴代「幻影城」新人賞出身作家のなかではおそらく最もマイナーな方の一人と思われる、加藤公彦が著した唯一の長編。1929年生まれの加藤は20代の頃から映画のシナリオ執筆やフリーライターなどの文筆活動はしていたようだが、現時点のwebなどではその時期の目だった実績は確認できない。
 1978年の「幻影城」新人賞受賞が再デビューの契機だったが、著書は本作と連作短編集を一冊遺しただけで、1987年に重度の糖尿病で他界した。本作は「剣鬼の末裔」の題名で未刊行の遺稿のなかに眠っていたものを奥様が発掘。関係者の協力を得て没後の刊行にこぎ着けた旨が、本書の巻末に奥様自身の述懐で記されている(巻末には「幻影城」関係者として縁のあった権田萬治も、故人を惜しむ弔文と本書の解説を寄せている)。
 ちなみにTwitterでの新保博久教授の証言によると、かの連城三紀彦は無骨な響きの本名「加藤甚吾」にもともと抵抗があり、本格的にデビューする以前は「加藤三紀彦」の筆名を使っていたが、島崎博が、先輩の新人賞受賞者が「加藤公彦」さんなので別のペンネームにしよう、と提言。その結果、連城の名に落ち着いたという。この作者は、そんな当人自身とは別の逸話でも記憶されてよいかもしれない。

 ミステリとしての内容はあらすじの通り、新選組の史実探求に現在形の複数の殺人事件がからむフーダニット。元版(元版しかないが)のハードカバーの帯を見ると、権田萬治が「動機の設定がこれまでにないもので面白い」と賛辞しており、評者は今回、その惹句に興味を惹かれたことと、作者が「幻影城」作家ということへの関心の相乗で手に取った。
 中味の方は当然ながら「新選組」についての蘊蓄が山盛りで(特に主眼となるのは斎藤一と土方、それに芹沢一派あたり)、評者のように<新選組はドラマや映画、漫画などを通じてそれなり以上にスキだが、マジメに探求してはいない>ような人間にも十二分に堪能できる(当たり前ではあるが、生前の作者は新選組が大好きだったらしい)。

 それで謎解き部分は、身元不明の被害者の正体、容疑者たちのアリバイの検証、錯綜する人間関係、繰り返される脅迫行為……と、それなりに具をつめこんでおり、傑出した部分はないが、普通以上に楽しめる(前半から張られた手がかりのひとつは、結構大胆でちょっとだけ面白かったかも)。
 でもって肝心の動機の真相だが、ネタバレを警戒しながら感想を書くと……う、うむむ……あくまでこれはフィクションならアリだよね。ここまで極端な思考に走る人間はいないよね……と一度は思いかけた。が、いやしかし、考えようによっては本書が刊行された1990年当時より、2010年代、web などの発達で世の中の監視社会化が進み、良くも悪くも個人ひとりひとりの自意識や承認欲求が高くなった現在の方が説得力がある、そんな種類の犯人の心の動きかもしれん。そういうことをアレコレ考えさせてくれるという意味ではなかなか興味深かった。
 ちなみに本書は、今はなき新人物往来社から刊行。同社は小説とかに縁がなかった訳ではないけれど(なんと言っても宮部みゆきがここからデビューだし)、本書の場合はとりわけ新選組という主題が、編集部の方にも響いたんだろうな。

No.381 6点 ジェニーの肖像- ロバート・ネイサン 2018/07/24 06:48
(ネタバレなし)
 1938年冬のニューヨーク。27~28歳の貧しい無名画家イーベン・アダムスは、セントラル・パークで古めかしい服飾の黒髪の美少女ジェニー・アップルトンに出合う。まだ子供ながらどこか人を引きつける魅力のジェニーとはそれきりの出会いだったが、彼女をモデルにイーベンは肖像画を描き、それはなじみの画商ヘンリー・マシウズの評価を得た。勢いづいたイーベンは、友人でユダヤ人のタクシー運転手ガス・メイヤーなどの応援を受けながら画業に励み、やがて彼は自分に好機を授けてくれた少女ジェニーと再会する。だが彼女の言動はどこか奇異な印象があり、そしてその容姿は前回に比して不思議なほどの成長を見せていた。

 1939年に原書が刊行された、今さら説明の要もない時間&恋愛ファンタジーの名作。
 ジェニファー・ジョーンズとジョゼフ・コットン主演の映画も大昔に観て泣いた、それよりはるか昔に本作を下敷きにした石ノ森(石森)章太郎の少女漫画の大傑作短編『昨日(きのう)はもうこない だが (明日)あすもまた……』にも魂を揺さぶられた。しかし肝心の原作はようやっと、昨日読んだ。

 正直、大筋はもうわかりきっている作品なので、細部を賞味することが今回の読書の実動になるのだが、きわめて当たり前のことながら、すべての原点のこのオリジナルの小説にはまた独自の良さがある。イーベンの借家兼アトリエを訪ねたジェニー(3段階目になるのか?)が自分から掃除を買って出てすすだらけになる、本当に刹那ながら小さな幸福の、萌え描写とかなんとか。
 あと、Wikipediaを観ると映画ではジェニーの姿はイーベンにしか見えず、大家のジークス夫人や友人のガスには視認できないという潤色がされてたそうだが’(そうだったっけ)、小説ではイーベンのみならず彼の周囲の面々とジェニーとの相関もちゃんと書かれている。ただしジェニーとは、ジークス夫人から見てあくまで「イーベンの元に来るモデルで恋人らしき娘」であり、ガスから見てもまぎれもなく「友人イーベンの彼女」なのだ。主体として関わり合える人間は結局はイーベンのみ。そこまで読み取ったとき、映画の脚色が当を得ていることはわかる。
 
 小説版の独自の輝きで、イーベンの友人ガスの描写が妙に心に残った。イーベンはジェニーへの恋心を自覚して、その思いの熱量を画家の才能の開花に変えていくのだが、そのとき、今までは本当にちょっとだけタクシー稼業での儲けがあってイーベンに食事をおごり、時には仕事を世話して、貧しいが才能のある友人を支えてきていたガスは居場所を失う。もう友人に自分は必要ないという心の痛みを感じ、そして友人が世の中に浮かび上がっていくなかで、自分だけ置いていかれるんだという切ない寂寞感にも捕らわれる。ガスの心情は、イーベンとジェニーの物語の本筋には関係ない。でもこういう部分にちゃんと、あるいはいつのまにか? 筆を費やしてしまうネイサンの作法ってなんかいい。

 石森作品、映画版、そして小説という順番で接してきた自分は、もしかしたらとても幸福だったのかしらん。時間はかなりかかったけれど(苦笑)。

No.380 6点 合邦の密室- 稲羽白菟 2018/07/24 06:02
(ネタバレなし)
 文楽三味線の若手奏者・冨澤弦二郎は、ある日、相方の文楽太夫・冨竹長谷太夫から、誰が書いたともしれない一通の直筆の文書を見せられる。それは親が子に毒を呑ませてその顔を無惨に変貌させ、さらには死者の生首が中空に浮かぶ怪異を記した内容だった。それと前後して彼らの周辺からは、文楽の人形方の生年・楠竹真悟が舞台を放棄してどこかに消え去る変事が生じた。一方で、弦二郎の友人で劇評家のライター・海神惣右介は生き人形作家の二代目・梅本久太夫を取材。その訪問先で驚くべき事物を目にする。やがて事態の流れは、1968年に瀬戸内海のある島で生じた殺人事件へと連なっていくが……。
 
 第9回・ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の準優秀作。
 内容はあらすじのとおり、文楽(ぶんらく)=人形浄瑠璃の一種で、大阪を発祥の地・本拠とする「人形浄瑠璃文楽」を主題としたもの。一読してそのジャンルに何となく通じたような気分になる、業界ものというか情報小説っぽい作り。なんか乱歩賞作品っぽい。
 冒頭で語られた魅力的な怪異の謎がページをめくるうちに「実はただの紙の中の話? ……なんだあ……」と一度は思わせておいて、しかし物語半ばからちゃんと現実の事件として再浮上してくる流れなど、なかなか良い。
 ストーリーの後半、舞台が本当のステージである瀬戸内海の小島・葦船島に移り、そこで過去の事件に焦点を当てながら、怪しげな人物が続々と集まってきたところで密室(的な)事件が発生。リアルタイムの犠牲者が発生する段取りも手堅い。
 ただし、なんだろう。それこそ不可能犯罪の興味から昭和の社会派ネタまで続々と盛り込み、合わせ技で勝負をかけてくる一方、ひとつひとつのパーツが薄いような。特にあるキーパーソンが守り続けた秘密の情念はなかなか迫力があるものの、作中のリアルとしては(中略)や(中略)などどう処理していたの? という疑問が浮かぶ。
 とはいえ料理の具それぞれの水っぽい感じをそれで一応よしとするなら、仕掛けはそれなりに以上多い作品で、その辺は魅力。実はあんまり読んだことないんだけれど、頭のなかに勝手にある<山村正夫センセあたりの二線級パスラー>ってこういう感じだろうか、というイメージ。妙に昭和っぽい味覚もふくめて、それなりに楽しめたけれど。

 ひとつお願いというか気になったのは、登場人物表。中盤、密室状況の空間から消えて死体で発見される登場人物の名前は、ちゃんと入れておいた方がよいと思います。

No.379 6点 まだ殺されたことのない君たち- イゴール・B・マスロフスキー&オリヴィエ・セシャン 2018/07/24 04:57
(ネタバレなし)
「私」こと著作の発行部数が3000万部の売れっ子作家レスター・キャラダイン(48歳)はある朝、自分が幽霊だと気づいた。彼の肉体は毒殺された可能性があるが、真犯人は不明。幽霊のキャラダインは、捜査を進めるロック・ハウアリー警部にこっそりと随伴し、あまりにも多すぎる容疑者たちのもとに順々に出かけていくが……。
 
 1951年のベルギー作品。オサリヴァンの『憑かれた死』やカリンフォードの『死後』に先んじる(もしかしたら世界初の?)幽霊探偵もの。
 作者の一方、イゴール・B・マスロフスキーはフランスではそれなりに有名なミステリ作家で、本書は友人のオリヴィエ・セシャンとの合作。翻訳はあの木々高太郎が担当している(とはいえ実際の翻訳は、共訳者で、当時のSFファンダムで活躍していた人物の槇悠人が大部分を手がけたらしい)。

 木々の訳者あとがきによると、彼が1956年にベルギーに旅行した際に時間を工面して会ったミステリ作家が二人いた。その一方がもちろんシムノンで、もう一人が、このマスロフスキーだったそうである。その折にマスロフスキーとミステリ談義を交した木々が「日本に何か君の代表作を紹介したいと」申し出た際、相手が自薦したのが、フランスのミステリ叢書「マスク叢書」の「冒険小説大賞」を受賞した本作だった。

 翻訳書は二段組みながら本文が約180ページとやや少なめで、さらにフランスミステリらしいハイテンポな筆致で一気に読める。
 キャラクター描写も全体的にウィットに富み、主人公のキャラダインからして成功した作家ながらところどころ小物臭い(紳士を気どりながら、いつのまにか飄々と他人の妻を寝取ったりする)人物で、その辺が笑いを誘う。
 さらに中堅~大家の小説家をすがめで見る一発屋の文筆家のひがみっぷりや、現実で気にくわない相手を小説内で恥をかかせたり粗雑に殺したりして安っぽい万能感にひたる作家たちの俗物ぶりなど、それぞれドライなユーモア感覚で描かれる。
 特に主人公が、先輩の大物スパイ小説作家から送られた献本の感想を聞かれるものの、実際には受け取った本を読みもせずすぐに近所の御用聞きにくれてやったため懸命にごまかすあたりは、ゲラゲラ笑った。この辺は日本の小林信彦か筒井康隆あたりを思わせる雰囲気だ。
 あとこの「幽霊探偵」という趣向ならではのストーリーのひねりが後半にあり(もちろんここでは詳しくは書かないが)、その辺もなかなか面白い。該当の作劇は、後発の幽霊探偵ものでもあんまり見られないような気もするし。

 とはいえ本作の基軸は、当時としては斬新的な設定のなかにフーダニットの興味を持ち込んだマトモ? なパズラーで、最後に明かされる事件の真相もそれなりに意外。ミステリとして素直に読んで、十分に楽しめる。
 現状の古書相場では一定して高価なようだが、安く入手できるか借りられるなら歴史的な意味も込めて一度は読んでおいた方がよい佳作~秀作であろう。
 ちなみに翻訳書には本文の挿し絵や扉などに、おなじみ真鍋博の洒落たイラストや線画が添えられており、この辺も魅力。

No.378 7点 戦後の講談社と東都書房- 伝記・評伝 2018/07/10 13:55
 講談社で雑誌「キング」最後の編集長を務め、叢書「ロマン・ブックス」の発刊も企画&担当。さらには講談社の系列組織・東都書房に移籍して「東都ミステリー」「日本推理小説大系」などの企画も推進。後年は乱歩賞の予選選考委員も20年以上担当した名編集者にして、日本推理作家協会の名誉会員でもある原田裕(本書刊行時点で90歳)へのまるまる一冊インタビュー本。論創社の叢書「出版人に聞く」シリーズの一冊でもある。

 日本ミステリ史に(わずかばかりの)関心を持ちながら、浅学の徒である評者などには初めて教えられる情報や逸話が満載の驚嘆すべき一冊であった(特に坂口安吾の絶筆を高木彬光が補作した『樹のごときもの歩く』についての逸話などとても興味深い)。
 原田氏の半世紀近くに及ぶ編集者生活の中から生み出されたミステリ関連の叢書には評者もそれぞれ何らかの形で、受け手の末席から接しているが(さすがにひとつの叢書を丸々全巻読破、あるいはコレクションしているというものは全くないが)、この人のお仕事から得たものの大きさを改めていろいろと思い知った。
 長大な編集者歴の割合には、作家側やほかの編集者の出版業界内の噂的な話題がやや少ない気もしたが、これはこれだけヘビーで充実した人生を送っていれば、ご当人周辺のことを語るだけで十分に一冊の本なんか作れるという実証であろう。昭和の激動の出版界の中を駆け抜けた、まったく羨ましいご生涯である(もちろん余人なんかには窺いしれないご苦闘も山のようにあるんだろうけれど)。
 本書の終盤の方に、作家(ミステリ作家)の自伝や評伝はそれなりにあるが、ミステリ文化を支えた編集者や出版社の方はそれほど語られない、という主旨のインタビュアーとの対話があり、それはまったくその通りだと思う。その意味でも貴重な一冊。

 なお、インタビューは「出版状況クロニクル」で著名な小田光雄氏が担当。原田氏との弾む会話のなかで小田氏はついミステリマニア&研究家としての自分の心情を多分に吐露してしまい、そのあとで「インタビュアーが(取材対象者の談話を差し置いて)自分のことを多く語りすぎるのは恥ずかしい」という主旨の釈明をしている。そんな真面目さというか文筆家としての矜持のほどが何とも頬笑ましい。本サイトのミステリ各作品のレビューなどでも、しばし自分の話題で饒舌になる評者なんか、肝を冷やすような部分ではあった(汗・笑)。
 ちなみに東都ミステリーの作家紹介の部分で、垂水堅二郎=芳野昌之という事実については、なぜか触れられていない。今はそっとしておく事項なのかしらん。

No.377 6点 危険なささやき- ジャン=パトリック・マンシェット 2018/07/10 09:38
(ネタバレなし)
「おれ」ことパリの私立探偵ウージェーヌ・タルポンはある日、友人のコッチョリ警部の紹介で、老婦人マルト・ピゴ夫人の依頼を受ける。ピゴ夫人の依頼内容は、36歳の彼女の娘フィリッピンヌが仕事帰りに失踪したので捜索を願うものだった。だがタルポンが改めてピゴ夫人と顔を合わせかけた矢先、彼女はタルポンの前で何者かに射殺された。さらにタルポン自身にも死の危機が何度も迫り、彼は友人の元敏腕新聞記者のエマン、ガールフレンドの美人アクター、シャルロット・マルラキスの協力を得ながら事件を追い続ける。だが今度はそのタルポンの周囲にまで、危険が及んでいく。

 原書刊行は1976年。1983年にアラン・ドロン主演の映画が公開されるのにあわせて、この原作の翻訳が文庫オリジナルで発売された。
 評者は、マンシェットはこれが最初の一冊。以前からどれから読もうかと思案していたが、ページ数がそこそこで<フランス流私立探偵ハードボイルド>というカテゴライズが明確そうな本作なら敷居が低いだろうと思い、これから手に取った。ちなみに本作の主人公タルポンは、訳者・藤田宣永のあとがき(解説)によると別の作品(未訳?)にも登場するシリーズキャラクター。本書は彼のデビュー編っぽい。
 物語の中味は、わずか240ページ弱の本文の中に息つく暇もないほど動的な要素が詰め込まれ、退屈などとはほど遠い仕上がり。途中からは、かのスピレインのマイク・ハマーものの某長編を思わせるような展開にも発展し、評者なんかをニヤリとさせる。やがて後半に明らかになる事件の構造はなかなか練り込まれたものだが、ちょっと事象を絡め合わせすぎた作者の神の意志を感じないでもない。まあこの辺はぎりぎりアリか。
 不屈の姿勢で真相に向かって突き進むタルポンのキャラクターは頼もしい主人公感があるが、それだけに後半、事件の現実を知った彼が三人の捜査官の前で見せる怒りの描写はすこぶる印象的。本当は(中略)だった彼の内面のやるせなさが、こちらの胸に重く響く。
 脇キャラのエマンやシャルロットも魅力的で、未訳? のシリーズ別作品も今からでも翻訳してもらいたいものである。
 
 なお映画の方は未見だが、webでネタバレにならないように気をつけながら内容や評価をうかがうと、大筋は原作と同様で、評判もよいらしい。いつか機会があったら観てみよう。ちなみに映画はタルポンほか登場人物の名前が違っていたり(日本版だけか?)、ヒロインのシャルロットの設定が主人公の秘書に変っていたりするみたいだが、後者など、それはそれで物語のキャラクターシフト的には有意義そうな(別バージョンの趣向として歓迎できる)潤色という感じである。そんな観点でも興味を惹かれるかも(笑)。

No.376 6点 タイトルはそこにある- 堀内公太郎 2018/07/09 23:22
(ネタバレなし)
 本書は作者が、編集部側から
第一話「演劇を扱った中編。登場人物は三、四人程度」
第二話「回想、場面変更、一行アキ一切なしのワンシチュエーション・ミステリ。登場人物は三人で」
第三話「会話文のみで書かれた作品」
第四話「三人の女性たちによる独白リレー。出番を終えた語り手はふたたび語ってはならない」
そして第五話……
 という五つの「お題」を託され、それぞれそのクエストに応えて執筆した形式の書下ろし連作ミステリ。

 評者はこの作者の著書は初めて読むが、とても遊び心のある連作集で、こういう企画そのものは大歓迎である。
 ただし各編にどんでん返しやサプライズを設けるために用意されたミステリとしてのそれぞれのアイデアの方にはほとんど斬新なものはなく、どっかで読んだ&見たような感じのものが大半なのはちょっとキビしい。第1話からしていきなり「その手」かよ……であったし(むろん詳しくは書けないが)、第四話なんか作者的にはかなり自信作のようだが、評者などには早々に大ネタが察せられてしまった。だってこの30年の間にあの作品とアノ作品で、もうそのネタは……(中略)。

 とはいえ編集者を巻き込んだメイキング記事風の長いあとがきを読むと、作者(&編集者)なりに過去のいろんなミステリを読み込んで、その上で本書をまとめたという経緯も語られている。評者なんか、このあとがきのなかで今まで知らなかったいろんなトリヴィアを教えられ、浅学の身としてはこれがなかなか楽しかった。前述した第1話なんか、評者が思い浮かべたものとはまったく別の作家の作品を、作者&編集者は同じネタのサンプルとして挙げていて、へえ~という感じである。該当作品を未読の読者にネタバレになりにくい書き方も配慮されていて、その辺の心遣いも良い。
 ただし叙述トリックそのほかで、ここはこのように苦労した、このように配慮したという送り手のメイキング事情の開陳部分は、割と当たり前のことを得意がって書いているようで、あんまり面白くない(すみません~汗~)。

 なお最終話はある有名な、海外連作短編ミステリシリーズへのリスペクトだが(これは数ページも読めばすぐわかるし、あとがきでもその旨、触れられている)解決まで本家の(中略)ぶりを模していて笑った。なかなかシャレがきいている。
 趣向は良し。中味はちょっと弱し。でも枝葉の部分はなかなか楽しい。そんな感じの一冊だった。

No.375 6点 恐怖の金曜日- 西村京太郎 2018/07/09 04:02
(ネタバレなし)
 カドカワノベルズの旧版で読了。
 本作のキモとなるミッシングリンクの謎(どのように被害者は選定されたか)の真相が序盤から予想がついてしまうのはアレだが、連続殺人を止められない捜査陣と検察側が世間への対応に苦慮しながら真犯人を追う図、終盤のちょっとしたツイストなどは面白い。
 最後に明かされる、凶行に走った真犯人の身勝手で自己中心的ながらそれでもどっか切ない心情に関しては、マット・スカダーものの某作品を想起した。
『メグレ罠を張る』と作者・西村自身の本作以前の優秀作『華麗なる誘拐』の二作を足して、それを3~2・5の除数で割ったような出来。ひと息に読ませる作品の勢いは、確かにある。
 しかしこれフーダニットじゃないでしょう。どっちかというとホワットダニットの警察小説だね。

No.374 6点 愚なる裏切り- フランク・グルーバー 2018/07/08 17:38
(ネタバレなし)
 広告制作会社に勤務する中堅コピーライターの中年トム(トミー)・ロールズは、恋愛結婚した妻パトリシア(パット)が実は呆れるほどの浪費家だと知った。今やそのパットは中流サラリーマンの夫を見限って離婚を希望し、銀行頭取で妻と死別した初老の男ゲイリー・ペインターと再婚するつもりでいた。やるせない毎日を送るロールズだが、そんな彼の楽しみは、ライフル・クラブでプロの狙撃手顔負けの遠距離射撃の技量を発揮することだった。そしてそんなロールズに、政界の黒幕とされる男アルフレッド・ティッドが接近し、ある相談を持ちかける。

 1966年のアメリカ作品。作者グルーバーのノンシリーズもの。
 あらすじの通りに主人公がコキュになりかけた境遇からスタートする、半ば巻き込まれもののサスペンススリラーだが、中盤で事件の構造がほぼ判明。後半は、自分自身とそして無辜な事件関係者の苦境を打開しようとする主人公の苦闘が、物語のメインとなる。
(これでも結構ネタバレには気を使っているつもり。ちなみに翻訳書の「ウイークエンド・ブックス」の裏表紙のあらすじ紹介は先に見ない方がいい。結構な部分まで種明かししている。)
 物語の前半、事態のなかに分け入っていく主人公の心情がわかるようなわからないような……とか、ヒロインを3人用意しておいてそのうちのひとりは大して(中略)とか不満はないでもないが、翻訳の良さもあってとにもかくにもハイテンポで読ませる筆力はさすが。特に後半、自分の行動に一定のモラルは保ちながらも、手持ちの金を使いまくって目的の場に向かっていく主人公のバイタリティはたくましい。くだんのヒロインのひとりとのラブストーリーのなりゆきも物語の大きな興味となるが、ちょっとややこしい関係にきちんとした手順を踏んで淀みを取り払っていく作劇も好感が持てる。
 もうちょっとノワール色の強い作家が同じ筋立てで書いたら、さらにギラついた脂っぽい話になるところ、良くも悪くもほどよいエンターテインメントでおさまったという感触もないではないが、60年代のこの手のスリラーとしては水準以上に楽しめる佳作だろう。
 ただしまあ高い古書価で買うことはないと思うよ。グルーバーの邦訳をコンプリートしたいという執着があるなら別だけど(笑)。

 余談ながら、主人公ロールズが人目を忍んでの移動中、長時間の旅のおともに「マット・ヘルムシリーズ(いわゆる「部隊シリーズ」)」を3冊買い込み、順々に読み倒していく描写があって笑った。現実の出版界におけるグルーバーとドナルド・ハミルトンの交流ぶりとか、ちょっと気になりますな。

No.373 7点 軍艦泥棒- 高橋泰邦 2018/07/08 08:47
(ネタバレなし)
 昭和40年代の横須賀。頭脳派のフーテン青年「マッちゃん」こと松木は、仲間たちを束ね、わざと小船を大型船にぶつけて示談金を得る<海の当たり屋>をやっていた。そんな彼は恋人の「ミッチー」ことミチ子が寝物語に口にした半ば冗談の思いつき「アメリカ海軍の軍艦を奪ってタヒチに行きたい」に心を刺激される。「偉大な犯罪的頭脳」を自認する松木は、そのミッチーを含む男女6人の悪友、さらに米軍ゆかりのアメリカ人の美少女ジェニー、奇人で天才発明家の日本人「ジョー」を仲間に引き入れ、横須賀沖に駐留中のミサイル満載のフリゲート艦162を無血シージャック。軍艦を占拠した総勢9人の「海賊」は、追跡してくるアメリカ艦隊を尻目にタヒチを目指すが。

 1971年に月刊ペン社からハードカバー(当時価格550円)で刊行された、日本の海洋小説の第一人者(「ホーンブロワー」やハモンド・イネス作品の翻訳者でもある)の手による青春海洋ケイパー冒険小説。
 現在のAmazonにはこの元版の書誌データが無く、のちのソノラマ文庫版のもののみあるので、そっちを本レビューのデータ欄に入れておく(いつかAmazonに元版が表記されたら、その時に入れ替えよう)。たぶんこっちの文庫版で読んだ人の方が多いだろうな(ソノラマ文庫で最初からこれはジュブナイルだろうと思ってページをめくりだして、いきなりベッドシーンが出てきてびっくりしている人もいるみたいだが、もともとは普通に一般向けの作品なのである)。

 元版の帯には「紺碧の大海原でくりひろげる痛快奇想天外なユーモア大アクションドラマ!」との惹句があり、まんまその通りの内容。
 ちなみに本書は第25回(1972年度)日本推理作家協会賞受賞作品の本命候補だったが、選定の直前で当時の選考委員の誰かから「これは推理小説ではない」という物言いがあり、それで受賞をストップしたという無念の経緯を当時のミステリマガジンのレポートで読んだ覚えがある。冒険小説のような広義のミステリ、SFなどのミステリ隣接ジャンル作品が山ほど受賞している後年~現在からはとても考えられない事態で、当時のミステリ文壇がいかに頭が固かったかという逸話である。ちなみに小松左京の『日本沈没』が日本推理作家協会賞を受賞したのはこの2年後だった(笑)。日本推理作家協会の視野が広がったのは、せめて、この『軍艦泥棒』の賞授与を巡る争議があったことが肥やしになったのだと思いたい。
 
 でもって肝心の作品の中味だが、主人公の松木はアタマはいいくせに、その仲間ともどもこのシージャック計画の立案そのものは実に感覚的で衝動的。悪く言えば何も考えていないのだが、この辺は当時のアングラ文化的な思考ということだろう。いきなりタヒチを目標に定めたところから始まるのも21世紀の目で見ると珍奇ではあるが、そっちについては数年前からの小笠原返還や沖縄返還を経て日本人の目がさらに外洋・南洋に向いていた時代の空気だろうね。
 とはいえ海中からフリゲート艦に迫る奇襲作戦そのものは、さすが海洋小説の大家だけあって綿密・理詰めに描き込まれ、読み応えは十分にある。
 主人公たちが、フリゲート艦の乗員などを絶対に殺したり傷つけたりしない、また自分たちもつまらない仲間割れはしない、と海賊なりの強い矜持(海の男としての誇り)をもって作戦に臨むのもいい。
 人質逃亡や人間関係のギクシャクなどはやがて中盤以降、いくつものクライシスを招き、作品のスリルとサスペンスを高めるが、それでもどこかに安定感があるのはさすが謳い文句どおりの「ユーモア大アクションドラマ」という実感である。後半、逃亡中の洋上で予期しない事態に遭遇した一同の、そして敵役であるアメリカ米海軍の「畜生、カッコいいじゃん!」な場面なんかもすんごく泣ける。ラストの人を食ったまとめ方もニヤリとさせられる。
 弱点といえば9人の主人公チームのなかに、きちんと描き込まれた面々と、ほとんどただの脇役っぽいキャラに終った者たちとの格差が生じちゃったことかな。まあひとつの物語、ひとつの事態のなかでまんべんなく全キャラにまともなドラマがあるのも不自然だという意味では、この仕上げでいいのかもしれんが。

 あと、本書は東宝かどっかで映画化企画があったけれど、結局、流れてしまったというウワサを読んだ記憶もある。いかにも昭和の映画黄金期を過ぎた、70年代の邦画界に似合いそうな内容だったのにな。実現しなかったのはとても残念。

No.372 5点 標的- ビル・プロンジーニ 2018/07/07 03:31
(ネタバレなし)
 先の事件で、諮問委員会から私立探偵のライセンスを無期限剥奪された「私」。そんな「私」は15歳年下の恋人ケリーとの関係も、破局の危機に晒されていた。一方で「私」の親友であるサンフランシスコ市警のエバハート警部補も、30年連れ添った妻ディナが彼を捨てて大学教授との同棲を開始。その心をすっかり疲弊させていた。傷を舐め合うようにエバハートの自宅でバーベキューパーティを開く二人の中年男だが、突如現れた男がエバハートを銃撃。「私」も巻き込まれて負傷する。病床で生死の境をさまようエバハートを背に「私」は親友が狙われたその背後の事情を探り始めるが。

 1982年に原書が刊行された「名無しの探偵(オプ)」=「私」シリーズの長編第9作目。
 本シリーズに関して評者は、新潮文庫で第1作から順々に翻訳された初期の分はすべて消化し、長編第7作目の『脅迫』までは読了していた。
 ところがその後の邦訳紹介の順番がなぜかてんでバラバラになったため(新潮文庫と徳間文庫と翻訳権を分け合ったせいか?)、興が醒めて読まなくなっていた。
 ということで個人的には実に久々の本シリーズとの再会である。まあ本当は、現在は翻訳されていてしかも未読の長編第8作目『迷路』から改めて読み始めれば良かったんだけど、その辺がどうでもいいやという程度にはスーダラでお気楽な心根で本書を手にしている(笑)。あ、それから本書のあとのシリーズはたしか一冊も読んでない……ハズ(読んでおいて忘れてるかもしれんが)。

 でもってミステリとしては、探偵が関係者たちの間を順々に歩き回っていれば向こうの方が普通に情報をくれ、その間合いを取るように死体が転がっているというアホな作りだが、この作者でこのシリーズならそんなのもアリだろうという感じで、あんまり腹は立たない。
 例によって「私」=オプのいい年して青臭く、今で言う厨二的に自意識の高い思考にも「ざわざわ」させられるが、まあこういうキャラじゃなくなったらオプじゃないもんね(笑)。
 ちなみにシリーズの流れを再確認するためにWikipediaの記事を見たら、名無しの探偵について「主人公はシリーズの進展と共に成長している」との記述があり、爆笑してしまった。だってこのキャラ、本作の時点で53歳だよ(笑)。シリーズミステリの主人公として成長がどうとか言えるレベルの年齢じゃない。神坂一先生の『スレイヤーズ』のどこかの巻のあとがきで「30過ぎてまだ修行中とかって言ったら、もう救いようがないんじゃ……」とかなんとか書いてあったのを思い出しました(笑)。
 
 とはいえ本書のなかでは、ハードボイルド探偵小説のある種の定型性というかお約束の展開を作者なりにひねろう&洗い直そうという部分が見受けられて、そういう妙に真面目な作劇の姿勢は嫌いになれないんだよね。
 オプの青臭い世間ずれしてないキャラって、これ以降、どこまで続いたのかなあ。まあまた、そのうちいつか、この後の作品も読むであろう。

No.371 5点 世界の終わりと始まりの不完全な処遇- 織守きょうや 2018/07/06 17:16
(ネタバレなし)
 小学生の男子・花村遠野は、ある夜、屋外での血まみれの殺人事件を目撃。奇妙なことにその事件現場の事後処理を取り仕切るのは、外見は高校生ぐらいの不思議な美少女だった。遠野はそんな彼女に心を奪われてしまう。やがて当の少女の正体も不明なまま9年の歳月が経ち、大学生になった遠野は実質的な部員が4~5人だけのオカルト研究サークルに所属。そんな遠野の胸中には、あの美少女への今も変らない想いがあった。その遠野とサークル仲間の近辺で、ある夜、怪異で猟奇的な殺人事件が発生する。そして事件の捜査のために遠野の前に現れた2人の女性。それは遠野の記憶のままの容姿の美少女・朱里と、その姉妹と思しき美女・碧生だった。
 
 書籍の帯で堂々と謳っているのでここで書いてもよいと思うが「初恋」「吸血」を主題にした、青春謎解きミステリ。
 その帯の惹句に「巧妙な伏線の数々。あなたは何度もダマされる!」とあるので、ほほう、と思って読んでみた。作中では吸血行為をする亜人種が登場するが、その全部が蛮行を平然と行ういわゆる「吸血鬼」という認識ではない。そういう人たちは、一般人との平和裡な共存もまったく可能な「吸血種」と称される。なんか菊地秀行の「魔界都市シリーズ」の戸山住宅の面々みたいだ。
 こんな設定のなかで理性を失った一部の謎の吸血種の犯行らしき事件が語られ、ではその吸血種の正体は? というのを主眼にした、一応はフーダニットである。
 物語にはさらに複数のサプライズが用意されているが、この辺は悪い意味で描写が丁寧すぎて、いくつかのネタは早々に丸わかりしてしまう。なんというか、いかにも言葉を弄しそうな弁護士兼業の作者らしく、ウソを書かない書かないと気を使った分、ソコがかえってアダになってしまった感じだった。会話も多い割りに、登場人物が一度に口にする「」の間の情報が不自然に長いのも、気にかかるしな。この辺のくどさもソレっぽい。
 ただまあ前述のフーダニットの部分は、個人的にはちょっと面白かった。わかる人にはわかってしまうだろうけど。
 でもって主人公の恋愛描写の方は、これをおっさんの作者(30代の末)が書いて、さらにオレみたいなおっさんの読者が読んでるかと思うと赤面するようなベタベタぶり。嫌いじゃないけど、けっこうイタい。21世紀の高校生向けのラノベでも、なかなかここまで恥ずかしい感触のものは少ないような。
 まあ織守センセ、こういうものも書けるんですね、という器用さについては、素直にホメておきたいです。

No.370 6点 犯人殺し- ジョナサン・グッドマン 2018/07/01 17:49
(ネタバレなし)
 1948年。ロンドンの骨董商の妻で30代前半の女性ディーリア・ウィリスが自宅で殺害された。殺人の嫌疑は彼女の夫ジェイムズに掛けられたが、彼は裁判の末に無罪釈放。しかし真犯人は不明なまま、釈放からそう経たぬうちにジェイムズは病死してしまう。それから30年後の現在、ある日突然、ジョージ・パレルモなる初老の男が、実はディーリア殺害の真犯人は自分だったと告白した。30年前にジェイムズの弁護士を務めて、今は引退した法曹家ヘンリー・カルー。その義理の息子である犯罪研究家「わたし」は、かつてディーリア殺害事件を調査した縁もあってパレルモの告白に関心を抱くが、そんな矢先、何者かによって当のパレルモが毒殺されてしまう。

 1978年のイギリス作品。作者グッドマンは現在でも本書しか邦訳がないが、作中の「わたし」同様の犯罪研究家であり同時にミステリ作家としての著作も(当時の時点で)何冊かあったようである。
 本書も「わたし」の一人称視点から過去と現在の二重殺人(パレルモ殺しの方は、その状況がかつてのディーリア殺しに相似する部分が多いことから「カーボン・コピー殺人事件」「複写殺人」などとも称される)の謎に迫っていくドキュメントノベルタッチのフーダニットで、地味っぽい内容ながら登場人物の配置はきちんと整理され、会話が多めの本文ということもあってリーダビリティは高い。
 個人的には終盤で明らかになる真犯人の正体と、そこに至るまでの隠し方はなかなか意外で、ほどよいサプライズが味わえた。伏線や手がかりの張り方も、何気ないところが読み手の気持ちにどっか引っかかる感じでこれも良い。ラストの締め方も妙な余韻がある。

 ちなみにこの本、大昔にミステリファンのサークル内の仲間から「変な作品だった」とだけ感想を聞かされ、その一言が心の片隅にどこか引っかかっていた一冊。今回はウン十年ぶりに思い立って読んでみたが、良くも悪くも思ったよりフツーのミステリであった。小説としてのまとまりを含めてなかなか悪くなかったけれど。それだけ昨今の東西には、変化球っぽいミステリが増えたということだろうか。

No.369 5点 撲殺島への懐古- 松尾詩朗 2018/06/30 16:29
(ネタバレなし)
 空手家の芦原、キックボクサーの沢村、レスラーの橋本、柔道家のルスカたち格闘家の大学生四人は、瀬戸内海のとある孤島に卒業旅行に赴く。島では定年退職後の老人・宇田川とその老妻がペンションを経営。彼ら6人だけが島にいるはずだった。だがその日の朝、密室の中で変死体が見つかり、やがて事態は怪異な連続殺人事件へと発展していく。

『彼は残業だったので』に続くカメラマン・門倉とアマチュア名探偵・立花真一もののシリーズ第二弾。本文中では(一応のイクスキューズのもとに)門倉と立花の名は伏せられているが、前作を読んだ読者にはすぐピンとくるようになっている。まるで小林信彦の「神野推理シリーズ」に客演した際の、オヨヨ大統領みたいだ(しかし本書の場合はこの趣向、あまり意味があるとは思えなかったのだが……)。

 今回は体育会系男子ばかりをメインにした青春ミステリ&クローズドサークル設定での不可能犯罪もの。やや特異な設計の室内での最初の密室殺人、さらに屈強なはずの格闘家の被害者がなぜか抵抗もできず? にボコボコにされた第二の殺人など、提示される謎はなかなか魅力的。
 ただし前作同様、この作者の<とにもかくにもミステリファンを饗応しよう>という意気込みばかりが先走り、中味の方がそれについていかない感じがなんともアレである。
 戦前の某国産短編ミステリを想起させる密室殺人のメイントリックはそれなりに豪快で微笑ましいが、第二の殺人の不可思議な状況の真相は「はあ……」という感じで、さらに第6章の、素直に付き合えばちょっとソソられる仕掛けの実態は……これはもうチョンボであろう(汗)。
 とはいえ個人的には前作よりは、書き手が自分の流儀に居直った感じがうかがえて、それなりに面白かった。小説の筋立て的にはそんなに描き込まんでもいいであろうはずの取っ組み合いシーンになると、妙に作者の筆が乗ってくる感触も天然でよい(笑)。出来がいいか悪いかと言われると後者だが、変な魅力はある一冊。さて残るこの作者の最後の長編も、楽しみである(笑)。

No.368 6点 六人の赤ずきんは今夜食べられる- 氷桃甘雪 2018/06/30 00:30
(ネタバレなし)
 とある世界。「私」こと一人の若き猟師は、かつて成り行きから無辜の人々を殺戮する凶行に加担。やがて己の非道を恥じて一人の少女を守ろうとしたが、結局はその小さな命を救えなかった悔恨の過去があった。贖罪のためにあてもない旅を続けてきた猟師は今、ある村を訪れ、そこでは「赤ずきん」と呼ばれる歴代の特殊技能の少女たちが高価な魔法の秘薬を生成し、村の繁栄を担っていることを知った。だが今度の赤い月の夜、現在は6人いる赤ずきんに狼の魔物「ジェヴォーダンの獣」が迫り、全員を食い殺すという。村人は頼りにならないと見た猟師は、村の廃墟である「お后様の塔」に6人の赤ずきん(バラずきん・リンゴずきん・チューリップずきん・ザクロずきん・紅茶ずきん・ツバキずきん)とともに籠城し、彼女たちを守ろうとする。だがその6人の赤ずきんのなかの誰かが、魔獣を手引きする魔女の化身である事実が判明して……。

 ダークメルヘン&スリラー(ホラー)的な設定のなかで語られる「誰が魔女なのか」を最大の主題にした謎解きフーダニット。同時に6人の赤ずきんの秘薬にはそれぞれ物質を無臭にする、透明化させる、硬化させる……などなどの一定の魔法的な効果があり、その効用を活かして魔獣からの逃亡と敵との対決を図る、そんなスリリングなデスゲーム性も物語の大きな興味となっている。
 異世界集団の仲間のなかで誰が悪のキーパーソンかのフーダニットといえば『六花の勇者』という著名な先例があるが、そこはやはり本書の書き手も意識したらしく、ひとつふたつさらに別の謎解きの趣向を設けているのはさすが(ネタバレになるのでここでは詳しく書かないが)。

 とはいえ設定も大筋もなかなか面白いんだけど、ヒロイン6人の書き込みがかなりバラバラで、主人公が特化して縁を感じる「バラずきん」やキャラクターの奇矯さがめだつ「ツバキずきん」(←個人的にこの子はかなり魅力的・笑)や「チューリップずきん」などはともかく、「紅茶ずきん」あたりの地味キャラの存在感の希薄なこと。作者の「推し」の深浅の差がモロに出てしまった感じで、この辺はもう少し何とかならなかったのかという思いが強い。
 ちなみに肝心の謎解き部分は伏線や手がかりを意識的に設けてあるのはとても良いのだが、そのロジックを支える異世界の法則性や現実に通じる常識的な情報の提示のこなれが悪い。マジメにしっかりとパズラーをやりたい気概はわかるんだけど、ここも、もうちょっと推敲して欲しかったという印象。

 それでもこの世界観での謎解きサスペンスの手応えは相当のもので、後半~終盤、事態の全容が徐々に見えてくる際の異様な迫力も味わい深い。手放しで「傑作」「優秀作」と誉めるには一つ二つ足りないが、変格設定のパズラーとしては十分に及第点だと思う。
 構成力と筆力もかなり期待できる感触があるので、次回はまったく違う物語設定での広義の謎解きミステリなどに挑戦してもらいたい。

No.367 6点 名探偵誕生- 似鳥鶏 2018/06/29 18:13
(ネタバレなし)
「僕」こと小学校四年生・星川瑞人は、級友達とともに高速道路の向こうにある「幽霊団地」の周辺に出没する怪人「シンカイ」を調べに行く。だがシンカイは、どこにも出口のないはずの袋小路の中で消失してしまった。やがて、瑞人を「みーくん」と呼ぶ隣人の美少女高校生「お姉ちゃん」こと波多野千歳によって解き明かされる事件の謎と意外な真実。そしてこれは、年上の憧れの名探偵・千歳に思いを寄せる瑞人の長い恋路の幕開けでもあった。

 全5編の連作謎解きミステリで、同時に千歳にひそかな思慕を抱き続ける主人公・瑞人の成長(終盤の二編では大学二年生になる)ドラマを描く青春小説。
 昨年の新刊の連作ミステリ『彼女の色に届くまで』で、雑誌掲載時に一度、一応のきちんとした解決をつけた各編の真相を、書籍にまとめた際にさらにまたひっくり返すという技巧的な大技を見せた作者だが、今回もまた同様のギミック「謎と真相の二重構造」が随所に効いている(ただし今回は『彼女』と違って、書き下ろしでの刊行)。
 数年をかけた主人公とメインヒロインの青春恋愛(片思い)ドラマの推移と、1~3話の足固め編を経て4・5話でクライマックスを迎える連作謎解きミステリという双方の要素も、この物語のなかではとても親和性がよい。評者はこれまで似鳥作品は、乗り入れしやすいノンシリーズものしか読んでないのだが、そのなかではベストのひとつだと思う。
 ちなみにおなじみの饒舌な本文中の註釈がなぜか第一話にはまったく登場しないので、今回はナシなのかな、と思ったら第二話からやっぱり野放図に始まった(笑)。このマイペースぶりもとてもいい。あとがきも、独自の考えのミステリ愛、そして21世紀の作家としての挑戦的なスピリットを感じさせて、マル。  

キーワードから探す
人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 2106件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(28)
カーター・ブラウン(21)
フレドリック・ブラウン(18)
評論・エッセイ(16)
生島治郎(16)
アガサ・クリスティー(15)
高木彬光(13)
草野唯雄(13)
ジョルジュ・シムノン(12)
アンドリュウ・ガーヴ(11)