皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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人並由真さん |
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平均点: 6.34点 | 書評数: 2199件 |
No.479 | 7点 | ポセイドン・アドベンチャー- ポール・ギャリコ | 2019/02/11 06:12 |
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(ネタバレなし)
その年の12月26日。アフリカと南米を巡航してリスボンに向かう大西洋航路の大型客船ポセイドン号。だが8万1千トンの同船は最後の出港の際、日程が不順という事情から、バラスト(船の重しとなる給水)の処置が不十分だった。さらに折悪く、航路の周辺で海底火山が突然活動。その影響で生じた大津波を受けて、当初から安定を欠いていた客船は船腹を完全に空に晒して転覆してしまう。天地が一瞬で逆転した船内が大惨事となり多数の死傷者が出る中で、たまたま夕食時、食堂に集っていた会食仲間「健胃クラブ」の十数名の男女は九死に一生を獲得。一同は徐々に進行する水没の危機を避け、救助隊との接触率が高そうな、高層マンションの高さほどもある最高頂=転覆した船腹を目指すが……。 1969年のアメリカ作品。映画(旧作の方)は大昔に観ていたが、原作の方はウン十年遅れてようやく読んだ。昔のミステリマガジンで刊行当時の本書を担当した書評子がやはり先に映画を観てしまい、書評が映画との比較ばかりになってしまうので我ながらやりづらい、とぼやいていたことを思い出す。 実際、床が天井になり、頭の上から備え付けのテーブルや階段が生えていたり伸びていたりするシュールなビジュアルイメージは、さすがに映画の方がずっと伝わりやすい。けれど、やはり小説には小説独自の面白さと読みどころがある。 今回は元版の翻訳ハードカバーと、全一冊版の文庫を用意し、前者の方で読んだ。そのハードカバーで全380ページの本文中、メインキャラたちの紹介を過不足なくまずは一回済ませたのち、巻頭の30ページ台でクライシスを起こすテンポの良さも最初から申し分ない。 メインキャラ十数人の扱いが細部で映画と相応に違うということはくだんのミステリマガジンの書評などで知っていた(もちろんここでは詳しくは書かないけれど)が、さらに終盤の6章分の小説独自の厚みにもちょっと度肝を抜かれた。ある意味ではこれは、映画(旧作の方。新作は知らない)を観ていた方が、え、え、え……! と驚かされること必至である。 パニック小説の先駆の一つだが、同時に良く出来た群像劇で人間ドラマ。特に13章は活字で読んでこそ良い。 そして331ページの、限られた時が迫る中での地の文 しかしそれでも彼女は死にたくないと思った。 この何でも無いワンセンテンスが胸を打つ。 ……しかしギャリコの作品は幅がありすぎていささか掴み所がない面もあるんだけれど(ほかには『ハイラム氏』や『ズー・ギャング』とか読んでるが)、その筆力の高さと相応の屈折と苦みを交えたヒューマンドラマはたぶん一貫しているものと思う。 本書(旧版)の訳者・古沢安二郎氏はそんなギャリコの作家性を認めて、主だった作品を自分で訳せたことを喜んでいた(1977年のNV文庫版の新規あとがき)が、それって本当に翻訳者冥利だったろうなあ。 |
No.478 | 7点 | 不死鳥を殪せ- アダム・ホール | 2019/02/11 05:18 |
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(ネタバレなし)
1960年代半ばのベルリン。「私」こと英国情報局員クィラーは、半年に及ぶ現地での任務を終えて帰国の途に就こうとしていた。しかし「不死身」の異名を取る同僚KLJ=ケネス・リンゼイ・ジョーンズが殺害され、その任務を引き継ぐよう指示が下る。命令を拒否しようとしたクィラーだが、KLJを殺したネオナチス集団「フェニックス」の黒幕に、元ナチス軍人ハインリッヒ・ツォッセンがいると知った彼は考えを変える。ツォッセンこそは、21年前の大戦中、潜入工作員としてドイツ内のユダヤ人収容所からの救助活動を行っていたクィラーの前で無数のユダヤ人を虐殺した最大級の仇敵だった。クィラーは西ドイツ内のナチス戦犯摘発組織「Z警察」を動かし、考えあって逮捕保留にしていた旧ナチスの面々を続々と検挙。「フェニックス」に揺さぶりをかけるが、敵組織も反撃の牙を剥いてきた。 MWA最優秀長編賞を受賞した、英国の1965年作品。未訳を含めて長編が20作前後書かれた英国情報局員クィラーシリーズの第一弾。評者は大昔からランダムに何冊か楽しんでいるが(現状で、私的な最高傑作は『暗号指令タンゴ』。シリーズキャラクターのスパイものので、あそこまで鬼気迫るクライマックスは、他にあまり記憶がない)、世評からしておそらくシリーズの真打ちといえる本作はようやっと今回読んだ。 当初、本書がポケミスで翻訳刊行された際に石川喬司がミステリマガジンの書評「極楽の鬼(地獄の仏)」内でつけたクィラーの異名「アタマ・スパイ」は世代人ミステリファンには有名だと思うが、そんな渾名の通り、眼前の事象を即座に解析して考えられる仮想を抜け目なく羅列し、その中から妥当性の高い結論を導き、同時に二の手三の手の予防策を講じていく頭脳派クィラーのキャラクターは、すでにこの時点から確立されている。 実際、これまでのホール作品も結構読むのにエネルギーを使ってきたため、シリーズの看板作品といえる本作はさぞ敷居が高そうだなーと思って、なんか手を出しにくかったのである(笑)。 しかし一念発起して今回、読んでみると、最初から頭脳派で冷徹だろうと思っていた初登場時のクィラーは意外なほどにパッショネイトだわ(無辜のユダヤ人を多数虐殺されたことへの復讐心と義憤が行動の核となる)、お話の方も敵組織と牽制し合う作戦の交錯ぶり、敵組織に捕まるくだり、現地ヒロインや大戦中の旧友たちとのなんやかんや……と起伏に富んでるわ、で思いのほか外連味豊か。ページをめくり始めてから一日半でほぼ一気に読み終えてしまった。 とはいえシニカルでドライな文章&叙述は期待通りに独特の硬質感があり、特に(ミステリ文庫版の解説で訳者の村上博基も触れているのだが)職務として旧ナチの戦犯を生真面目に追うZ警察の青年捜査官に接したクィラーが、20年早く生まれてればコイツは第三帝国のために同じ熱量で滅私奉公してんだろーなと腹の中で思うところなんか容赦がない。この辺はあー、これこそがホールだ、クィラーだ、という感じだね。 後から今から思えば、この事件はシリーズの一弾目に持ってこなくても良かった、二・三冊刊行されたあとに書かれても良かったクィラーの過去編的なエピソードという気もしないでもないが、半世紀経った今読んで、適度にレトロで十分に普遍的な、そんな面白さだと思う。 ところで本書の映画版『さらばベルリンの灯』はそのうち観たいと思っていたんだけれど、ミステリ文庫版の訳者あとがき(文庫用の新原稿)では「主役がミスキャスト、脚色も良くない、音楽はいい」とケチョンケチョンである(笑)。まあ原作を読んだ今となっては、何となく言いたいことがわかるような気もするが、実際の所はいつか現物を観て確かめよう。 |
No.477 | 6点 | 犯罪ラブコール―のんびり刑事未解決事件簿- 生島治郎 | 2019/02/07 16:37 |
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(ネタバレなし)
暴力団犯罪を担当する警視庁捜査四課の青野純平は36歳の部長刑事。素性だけ聞くとかなりの強面風だが、当人は163㎝と小柄な体格の二枚目だった。だが正義感と義侠心は本人なりに強く、そんな彼のところに大学の後輩でフリーライターのガールフレンド・29歳の牧村容子が、困った人のため、事態を公にしないままにトラブルを解決してほしいと、今日も相談事を持ち込んでくる。互いに憎からず思いながらも恋人関係にまで至らない容子のため、またも面倒ごとに乗り出す純平だが。 昭和の中学生でも読めそうなラブコメ設定をベースにした全8話の連作短編集で、こういう軽いものも得意とした作者・生島の持ち味が出た作品。こういった作風の幅広さは、弟分の大沢在昌にもそのまま受け継がれている。 お人好しで窮地の人を放っておけないヒロインと、そんなガールフレンドのちゃっかりした毎回の頼みで、基本的に警視庁にはナイショで非公式に事件を解決(またはそれに近い状態まで持ってく)しなきゃならない刑事、というアイデアは、個人で行動する私立探偵的な足捌きと、警察の捜査権限の利便性との折衷でなかなか面白い。この設定のおかげで、きわめてハイテンポに毎回の事件が進んでいく。 ミステリとしては原則ライトな感じだが、途中には純平の捜査官というか人間としてのモラルを厳しめに問うエピソードなどもあり、この辺は軽めの作品にもハードボイルドの気概をちょっとは込めておきたかった生島の心意気が覗けて評価が上がる。一冊楽しく読めて、心にどこかちょっと引っかかる、そんな感じの昭和軽ハードボイルド。 ちなみに今回は集英社文庫版で読んだけど、巻末の解説を書いている清水谷宏という人。あまり聞かない名前だけど、記事の内容が良い意味でファン的でいい感じ。先に自分の好きな海外のハードボイルド作家たちの話題をしたくて、牽強付会っぽく、解説にそれらの件を持ち出してきてるみたいな感じもふくめて、なんか微笑ましい。 |
No.476 | 5点 | テレビ探偵- 小路幸也 | 2019/02/07 16:32 |
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(ネタバレなし)
1969年。昭和のテレビが元気だった時代。「僕」こと本名・葛西靖之、19歳の若手コメディアン「葛西チャコ」は、人気獲得中のコミックバンド「ザ・トレインズ」の見習いタレントとして芸能界デビューした。正規メンバー5人+チャコの「ザ・トレインズ」は、土曜夜8時のゴールデン枠番組「土曜だ!バンバンバン!」の主役として児童層を中心に日本中を熱狂の渦に巻き込むが、彼らの周辺の芸能界ではさまざまな事件が……。 言うまでも無く『8時だョ! 全員集合』とザ・ドリフターズをモデルにした、昭和レトロオマージュの芸能界ミステリで、全5編の連作短編集。主人公チャコは当然志村けんのポジションだが、荒井注時代のメンバーをモデルにした旧ドリフ5人のほか、千葉真一や天地真理、ザ・ピーナッツやキャンディーズほかを思わせる<いかにも>なキャラクターも続々登場する。 ミステリとしては芸能界版「日常の謎」的な作りで、本の帯には主人公チャコの成長劇という意味合いで「青春ミステリ」と謳ってある。まあどれでも間違いではない。現実のドリフの歩みになぞらえるなら、荒井注が抜けて志村けんが昇格する時代までが描かれる。 可愛い作りのミステリだけど、自分みたいな昭和テレビっ子のオッサン読者にはなかなか居心地の良い作品で、人情家揃いの「ザ・トレインズ」の面々も、本当に現実のドリフがこんないい人たちだったらエエなあ、と夢を見させてしまう。まあその辺は、ドキュメント風ドラマということで(笑)。 ちなみに本書の巻末には、著者のお断りとして、(明確に実名を出さずに)あの人たちをモデルにしてる、その業績に感謝と敬意を捧げる、しかし作中の情報や描写は、まんまリアルなものばかりではありません、という主旨のことが記載されている。まあ、当然だな。その一方でしれっとドリフやその周辺の芸能関係者、『全員集合』に関連した資料・文献の名がいくつも列記されているのがなんか笑える。 |
No.475 | 6点 | モーテルの女 - フレドリック・ブラウン | 2019/02/06 16:04 |
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(ネタバレなし)
アリゾナ州の小さな町メイヴィル。「わたし」こと29歳のロバート(ボブ)・スピッツァーは、週刊タウン誌「サン」の記者職に従事。二年間の安月給での雇用期間を、記者としての修行と思って耐えている。そんなある夜、会社の側にあるモーテル「ラ・フォンダ」の一室にひと月前から入居していた女性エイミー・ワゴナーが、何者かによって刺殺される。ボブは電話交換手で美人の恋人ドリス・ジョーンズとの恋愛を楽しみながら、記者として素人探偵としてエイミー殺しの事件を追うが。 1958年のアメリカ作品。日本でモーテルといえば1970年代から、ほぼラブホテルと同意という認識が昔からあった。そのため大昔の少年時代に本書の存在を初めて知った際には、これはどんなイヤらしい作品かと楽しみ……いや、敷居が高い感じであった。 さらにこの作品、昔の創元文庫ではよくあることながら、ページ組みの関係か作品固有の解説が巻末についてない(同じ作者の他の同様の仕様の作品と兼用の、作者フレドリック・ブラウンについての概要を語った1ページのみの定型記事はついている)。 そういうわけで、本書の中味が実際にどんなかなと探るには、あれこれ妄想を越えて現物を読むのが一番手っ取り早い。そういうわけでウン十年単位で遅ればせながら、このたび思いついて本作を読んでみる。 はたして何というか案の定というか、実際にはエロさとはほとんど無縁の(笑)、50年代のアメリカのローカル色が豊かなB級パズラー。一応は誰が殺人犯かのフーダニットにもなっている。モーテルも単に、自動車の駐車に利便性のある普通のホテル以上の意味はない(いや、それがそもそも本来の字義だが~汗~)。 地方の小さな町で起きたちょっとだけ不可解な殺人事件(不可能犯罪とかではなく、動機や事件の筋が見えないという意味で)に関わり合う周囲の人々それぞれの姿を、ボブの視点からとても丁寧に描いていく。そんななかで記者として社会人としての誠実さや矜持を主人公ボブ自身が試される局面もあるが、いかにも50年代のアメリカの良識面といった感じで真っ当に対応する彼の態度がすごく気持ちよい。この辺はノンシリーズながら、エド・ハンターものに通じるアメリカ旧作青春ミステリ風の趣もある。 ミステリとしては犯人確定の決め手となるカードが最後の真相判明の少し前に初めて出されるため謎解き作品としてはちょっと弱いが、一応はそのキモとなるファクターが出た時点で、読者がギリギリのところで犯人を推察可能となる作りにはなっている。 ただし本作の場合、犯人とその動機や事件の真相が明かされてそれで終り、ではなく、作品前半から撒かれていた小説としてのいくつかのフックにちゃんと多様な情感を含ませた決着をつけているところが実に良い。うん、フレドリック・ブラウンのミステリで読みたいのはこういう味わいだ。 ヒロインのドリスもとても可愛く、エド・ハンターと違う一作限りの主人公だからこそ、このクロージングだなあ、という実感。 ちなみにAmazonでの本書のレビューが2018年になって初めてついてますが、この作品への愛情を傾けたなかなかの名文でした。やはりこの邦題に関しては、似たような思いを抱いていた人はいるらしい(笑)。 |
No.474 | 6点 | 骸の鍵- 麻見和史 | 2019/02/05 15:01 |
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(ネタバレなし)
十二月五日。都内の葛西駅の周辺にある雑居ビルのコインロッカーの中から、若い女性の切断された左腕が見つかる。腕の側には<次の肉体の部位を隠したコインロッカーがどこかにある、それを捜せ>と求める、そのためのヒントと「ロックスミス(錠前師)」という署名を記した挑戦状があった。警視庁の美人刑事・城戸葉月警部補は、所轄の葛西署の男性巡査・沖田智宏とともに事件を追う。だが同じ頃、某所に監禁された若手エンバーマー(死体保全業者)・折口聡子は、謎の人物「ウツロ」から異常な命令を受けていた。 「このミステリがすごい!」で、どんでん返しが印象的な2018年の新刊として紹介されていたので、気になって読んでみる。ちなみに評者は麻見作品は初読みのハズ。 葉月と聡子、双方のメインヒロインの状況をカットバック式に語りながら、双方の物語がどこでリンクするのかの焦れったさと、ある種の仕掛けがキモの作品。途中で何回か出てくる、葉月が整理した事件の構造を図式で見せる手法も効果を上げている。仕様としては純然たる警察小説だが、ミステリとしてのギミックには名作の海外パズラーを思わせるような発想も動員されていて面白い。いっきに三時間で読み終えられるが、なかなか良く出来ていると思う。(ただし中盤で一箇所、なんでこの人がこの情報を知ってるの? と思えるような箇所があったが、そこはミスディレクションだったのか?) 葉月の同僚の捜査陣たちがいかにもなキャラづけをされているのは、シリーズ化かテレビドラマ化を狙っているのでしょうね。佳作~秀作。 |
No.473 | 7点 | 悪魔の選択- フレデリック・フォーサイス | 2019/02/04 19:30 |
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(ネタバレなし)
フォーサイスの初期5長編の中ではコレだけ未読だった。そのことが長らく気がかりで、今回ようやっと読んだ。しかし原書&翻訳の刊行からいつの間にか40年も経ってたよ、とんでもないな(笑・汗)。 それで読後に昨今のweb記事での本書についての噂を拾うと、物語の主題の一つがウクライナ(や当時のソ連の他の衛星国家)の民族運動のため、現実の2014年のウクライナ騒乱の際にこの本は再注目されて、静かなブームとなったみたいね。国際関係も情報文明も前世紀の旧作でいろいろと今日の視点から見た距離感はあるんだけど、一方でそういう部分での強烈な普遍性はある。 冒頭、大規模な自然異変が有事の発端になる辺りのゾクゾク感は、まんま西村寿行の超傑作『滅びの笛』だな。本作『悪魔の選択』は長編ミステリの仕様としてはポリティカルフィクションだし諜報現場目線のエスピオナージュ、さらにサスペンススリラーだが、少し後ろに下がって全体図を見るなら、自然の突発的なクライシスに翻弄される人間たちの狂騒劇も浮かんでこないでもない。広義のパニック小説の要素もある。 まあ何はともあれハードカバーで上下二冊、約600ページ、一日半で一気読みです。堪能しました。登場人物は、名前が出てくるだけで120人以上に及ぶ大賑わいぶりだけど、ほとんどのキャラが髪の色がどーとか体格がどーとかとかのごく簡単なビジュアル描写もない(ごく何人か例外はあるが)。本当に良くも悪くもキャラは駒にして、お話を語りたいっていう感じなので、その辺の呼吸に合わせられればリーダビリティは頗る高い。 (以下:少しだけネタバレ) ただね、最後のどんでん返しは、当初から見え見えだよね。この手の作品がかなりの高い確率で「誰が最後に笑ったか」パターンになるのはごく順当だし、そう思って読むと大方の構図は透けてしまう。 というか、主人公のアダム・マンロー、優秀な情報部員のハズなら、そんな<ウマい話>がいきなり転がってきたことに、最初から疑念のひとつも覚えるべきじゃねーかと。メチャクチャ面白かったけど、その辺だけは引っかかったので1点減点。 |
No.472 | 6点 | 平凡な革命家の食卓 - 樋口有介 | 2019/02/02 17:39 |
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(ネタバレなし)
ある夜、国分寺の住宅街で、市会議員に当選したばかりの62歳の男・増岡誠人が急死した。係り付けの医者・横田は、死因は心不全と診断を下す。だが国分寺署刑事課の美人刑事で29歳の野心家・卯月枝衣子警部補は、この一見事件性のない案件を自分のキャリアアップのため、強力犯の殺人事件にできないかと発想。その観点から執拗に捜査を始める。一方、増岡家の隣りの古アパート「福寿荘」でも雑誌の契約ライターである小清水柚香たち入居者が、かねてより面識のあった隣家への関心を向けて……。 恥ずかしながら樋口作品は本作が初読み(汗)。まずは敷居の低そうなノンシリーズ作品を…と思って、2018年の新刊で面白そうな設定の本書を手に取ったが、あら……これも、某人気シリーズの番外編というかスピンオフみたいであった。とりあえずココではそれ以上は書かないが。 しかし男性主権社会の警察機構の中で、手柄を立てようといささか強引な手段に出る女性刑事という文芸は、本当に流行だね。2018年の新刊だけでそのネタは東西のミステリで大小3回以上は読んだわ。ただまあ本作の場合、悪徳警官の変種ものまでに振り切るのではなく、主人公がマジメな他の警察官の姿を見て自分の打算や我欲を恥じる慎みをちゃんと知っているあたりは、良くも悪くも口当たりの良いエンターテインメントという感じだったが。 ミステリとしては結構(中略)な犯人の設定で、手掛かりというか真相に至る布石もそれなりに大きめにあらかじめ張られており、悪くない。これもいかにも早めの深夜番組、23時からの一時間枠の半クールもののテレビドラマとかにできそうな感じだ。 なお本作の題名は、死亡した増岡が立候補時に「国分寺から革命を」と滑稽なまでに大仰なスローガンを掲げていたことによる。この印象的なタイトルはいいよね。佳作~秀作。 |
No.471 | 7点 | 燃える水- 河合莞爾 | 2019/02/02 01:03 |
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(ネタバレなし)
アジア系企業の参入によって、手酷い損益を出した大企業・王島電機は大規模なリストラを敢行した。名ばかりの役職・係長補佐として日々の碌をはんでいた40歳の庶務課社員・平原晴弘は会社を追われるが、10歳年下の愛妻・春陽(はるひ)の応援のもと、中堅の電機メーカー「ソルケィア」の人事スタッフの正社員として再就職が叶った。だが社長の花園大蔵から受けた最初の大きな仕事は、先の自分と同様にリストラ勧告を受けている男女3人の社員を円満に退社させること。当該の社員たちと会社の意向を何とか折り合わせようと苦慮する平原。だがそんな彼はそのさなか、先に自宅で頓死した社員・曾根直人と、くだんの3人の面々とがそれぞれ個々に関係があることに気付く。 題名と序盤のプロローグからネタを割っているのでコレは書いてもいいだろうが、本作の大きなモチーフの一つは、ある条件下で発火する(普通の)水。世界中のエネルギー問題を根底からひっくり返す技術革命という主題を、当初は読者視線の遠景に置きながら、眼前のドラマはリストラサラリーマン・平原の再就職をめぐる悲喜劇にカメラの焦点を合わせていく。 どこで物語が交わりどのような方向にストーリーが流れるのかが見えにくい分、あまり言葉を費やせない種類の作品。個人的には、最終的にどういうジャンルに落着するかという点まで含めて、とても面白かった。平明な文章が読みやすすぎて重みがないともいえるが、中身の方の密度感はしっかりある。 ジャンルの分類は迷ったけれど、社会派ということで。決して声高に社会悪や世の中の不正を糾弾する内容じゃないけれどね、物語の基盤となる現実のある種のいびつさへの批判は大事な要素となっている。さらに(中略)でもあり、(中略)でもある、ジャンル越境作品。クロージングの気持ち良さも出色。 |
No.470 | 5点 | 猫たちの夜- ニコラス・フリーリング | 2019/02/01 17:17 |
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(ネタバレなし)
1960年代前半のオランダ。海に近い街ブレメンダール・アーン・ゼーは、比較的富裕層の市民で賑わう界隈だった。そこにある夜、6人組の黒マスクの少年強盗団が出現。善良な中年夫婦の家に押し入り、金品を奪った上、奥方を輪姦して退去した。アムステルダム警察「青少年補導局」の局長ベルスマ警視はこの事件を重視し、年下の親友でもある練達の捜査官ファン・デル・ファルク主任警部を現地に派遣する。ファン・デル・ファルクは早々に被疑者の少年グループを見定めるが、彼はその背後にさらにまた別の存在を気取った。そんな中で、犯行当夜に犯人らしき少年の一人が漏らした一言「あのねこたちに気をつけろ」が留意され、そこから謎の集団「ねこ組」の影が浮かび上がるが…。 1963年の英国作品。MWA長編賞を受賞した『雨の国の王者』(1966年)を含めて日本では4冊が翻訳されたフリーリング(&ファン・デル・ファルク主任警部シリーズ)だが、評者が読むのは今回が初めて(例によって本は購入してあるハズだが~汗~)。 あらすじの通り本書は少年犯罪を主題にした警察小説だが、少年強盗団の黒幕的な人物は早々と出てくるし、「ねこ組」の素性も特にミステリ的な謎の興味に向かっていくものでもない。被疑者の少年たちの家族間を何回も行き来し、聞き込みを繰り返すファン・デル・ファルクの描写はいささか退屈を覚えないでもない。 ただまあそんな少年の親たちや、ファン・デル・ファルクが接触して情報をもらう三十代の気の良い娼婦フェオドラなどのサブキャラは相応の存在感がある。さらにそれ以上に、意外に偽悪家? 的な内面を語るファン・デル・ファルクのキャラクターはちょっと面白かった。たとえば、太平洋戦争中、ドイツ軍人を攻撃することにマンハント的な快感を覚えたという本音の述懐とか、被疑者の息子に便宜をはかるよう求めて体を投げ出しかけてくる人妻に「こんな女は酔っぱらった船員三人に輪姦されてしまえばいい」と悪態を内心でつくところとか(笑)。アントニー・ギルバートのクルック弁護士に通じる、ヒネた人間味を実感させる。(一方で司法官としてはマジメで、家庭ではよき夫で父親だよ、この主人公。なかなか味があるね。) ちなみに以前に「ミステリマガジン」か「EQ」かどっかに訳載された海外ミステリ研究家のエッセイの中で「このファン・デル・ファルクは殉職シーンまでが書かれた数少ない名探偵である」という主旨の記述を読んだ記憶があるけど、実際のところどーなんだろう。当然、該当作品は未訳なんだろうけれど、機会があればちょっとその作品の翻訳を読んでみたい。 それで肝心のストーリーは面白いようなつまらないような感じで読み進めたが、後半で「あるイベント」が起きてからは緊張感が増してそれなりに加速が掛かった。終盤まで読むと、犯罪そのものは本当になんということはないと実感するのだけれど、逆に言うとこの主題でよく最後はそこそこ盛り上げた、とちょっと感心した。とにもかくにも心に引っかかる、印象的なシーンや叙述は少なくないけど。 ところでオランダって未成年にビールを飲ませるのはまだわかる(え!?)が、喫煙まで普通にオッケーなんですな。ファン・デル・ファルクが取調室で十代半ばの非行少年に当たり前にタバコを勧める図にはびっくりしたわ。21世紀の現代でもこんな感じなんだろうか。 |
No.469 | 6点 | お前の彼女は二階で茹で死に- 白井智之 | 2019/01/31 13:51 |
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(ネタバレなし)
連作短編集みたいだから、たぶん各話の事件は毎回刷新されるんだろ、だったら備忘メモ用の人物一覧表は作らなくていいか、と思いながら読み始めた。 そしたらとんでもない、あまりの情報量の多さに、人物表の作成は必須。おかげで1話は、二回繰り返しながら読んだ。 それでその連作短編集(全4本の連作中編集かな)だからこそ、長編を一冊まとめる以上に一本一本にきわどいネタと設定を用意しなければならなかった感じで、腹ごたえはもう十分。読み進めるにつれて推移していく登場人物たちの狂った関係性にもぶっとんだ。ただミステリとしては白井ワールドならこれくらいはやって当たり前だよね…という域に留まった印象もあるので、7点にしようか迷った末にこの評点。ゼータク言って、すみません(汗)。 後半のエピソードでの、日本ミステリ史上四番煎じになる(もっとかもしれない)あのトリックを、殺人方法としてのやることは同じでも、こういう手段で実現できるんです、と実践したあたりはニヤリとしたが。 |
No.468 | 7点 | モリアーティ秘録- キム・ニューマン | 2019/01/30 15:10 |
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(ネタバレなし)
2009年。世界経済混乱のさなか、各国に支店を持つ巨大金融組織ボックス・ブラザーズ銀行が倒産する。その貸金庫の中から発見された英国の古い文書。それはヴィクトリア朝時代の犯罪界のナポレオン、ジェイムズ・モリアーティ教授との日々を綴ったその腹心セバスチャン・モラン大佐の回顧録であった。 2011年作品。かの大傑作『ドラキュラ紀元』のキム・ニューマンによる、モリアーティ主役のパスティーシュ+例によってのオールスターものということで、読む前の期待値は限りなく高かった。それで結果は、さすがに『紀元』の奇蹟的な面白さには到底及ばないものの、その6~7割くらいは楽しめた。もちろんそれでも十分に秀作~優秀作の評価となる。 本編はホームズ譚の原典(の中味、題名)を下敷きにしながら、全7章のクロニクルで構成。もともとは連作短編としてホームズファン向けのミステリ専門誌に発表したものを長編の仕様に再構成したそうで、その分、各編にバラエティ感があってそれぞれが面白い。 自分を嘗めてかかる元教え子の天文学者をモリアーティがとんでもない作戦で破滅させる「いじわるじいさん」調の第3話に爆笑したかと思えば、かなり気合いの入った伝奇怪奇ミステリ風の第4話にゾクゾクし、第5話、第6話のようなこちらの期待に応えた、他の創作物から縦横無尽に客演させたオールスターもの(日本で1970年代に製作・公開された、某任侠映画のキャラクターまで名前が出てくる!)に血湧き肉躍る。 ちなみにモリアーティの犯罪事業の大きな戦力となり、同時にその悪事の歴史の語り手(回顧録の全編を「俺」の一人称で紡いでいく)となる本作のモラン大佐だが、ちゃんと小説の主人公になっていて、この辺は作者ニューマンが今回のモランのポジションに託した「語り手としてのワトスンはどうあるべきか」という視座がうかがえるようで興味深い。 それだけに最終章のクロージングには、ある種の屈折した感銘を覚えた。まあそれは良くも悪くもまっとう至極な小説のまとめ方で、『ドラキュラ紀元』のクライマックスのあの迫力(いかにして不死の魔王ドラキュラを大英帝国に君臨する頂点の座から引きずり下ろすかという、あっとなる奇策)にはとても及ばなかったけれど。ただ、こっちもさすがにあそこまでの傑作はそうそう読めないと思っていたから、まあいいのである。 (実際『紀元』の続編である『ドラキュラ戦記』はまあまあ、の出来。『ドラキュラ崩御』なんか途中で読むのを止めちゃったし。) なお訳者の述懐によると、本書『秘録』の原書の刊行直後から翻訳を出したいと企画を動かされたそうだけど、あまりに膨大な元ネタの考証のために7~8年もの今までの時間がかかったとのこと。これには本当に頭が下がる。ご苦労様でした。 |
No.467 | 6点 | たとえば、君という裏切り- 佐藤青南 | 2019/01/27 16:58 |
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(ネタバレなし)
このコンビによる二冊目。今回は小説本編三パート+エピローグという構成に独特の起伏感があり、それもあってあっという間に読める。実にリーダビリティは高い。 「この手の」作品の決まり事を丁寧に守ったために、いくつかの仕掛けは難なく露見してしまうが、手数の多い合わせ技はそれなりの成果を上げているのでは。 (ただし最終パート、某重要キャラをここでいっきにしっかり書き込まなければならない、構造上の必然からくるバランスの辛さは、感じないでもない。) 好みにもよるかも知れないが、新刊で買ってもお値段分は楽しめるだろう。 |
No.466 | 6点 | 敵の選択- テッド・オールビュリー | 2019/01/27 13:19 |
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(ネタバレなし)
第二次世界大戦終盤の1945年6月。「わたし」こと英国の青年諜報員テッド・ベイリーは、対ソ連諜報作戦に関与。その最中に凄腕の敵諜報員「スパイ殺し中のスパイ殺し」ルイス・アレグザンダー・ベイカーによって二重スパイの冤罪を着せられかけた。どうにか窮地を脱して放免となり、戦後は広告業界で活躍していたベイリーだが、1960年代後半の今になって、戦時中の上官で現在は英国情報部に籍を置くジョー・スタイナーが彼に接触。旧敵ベイカーの目論む陰謀を打破する協力を求める。半ば強制的に作戦に参加させられたベイリーは、周囲の協力者の犠牲を払いながらも敵側の作戦を阻止しかけるが、そんなベイリーの前に意外な人物が出現。さらにその相手は、予想外の情報と提案をもたらした。 1973年の英国作品。作者オールビュリーは80~90年代にかけて、日本にもそれなりの数の著作が翻訳紹介されたエスピオナージュ作家。評者は大昔に1~2冊くらい何か読んだような気もするが、もしかしたら本書が初読みかもしれない。昨年の秋、出先のブックオフで本書の文庫版を見かけ、懐かしい名前だと思って購入。昨日から今日にかけて読んだ。 原書の刊行は前述通り70年代前半だが、作中で1919年生まれの主人公ベイリーが49歳と言っているので、物語は1968年前後の設定。軍事関連をふくめて世界中に浸透をはじめた時節の草創期のコンピューター技術も主題のひとつとなり、「ソフトウェアといっても柔らかい紙じゃないんですよ」といった主旨の説明を技術研究者の青年がベイリーにするのには笑った。当時の時代なりの技術革新の受容の過程を、ちょっと覗けるかもしれない。 中盤からの二転三転する展開は作品の大きなキモで、その着地点を含めてもちろんここでは書けないが、良くも悪くもすごくスタンダードな前世紀のエスピオナージュを読まされた気分。結論からいえば、(旧作にしても)スパイ小説が全部が全部こういう作りじゃ困るが、しかし時々はこういう作品があってもいいだろうという思い。いや、直球的な玉の放り方は、キライではない。いろいろと良い意味で印象的なシーンもあったし。少なくともエスピオナージュに普遍的に求める人間ドラマ(というより本作の場合はキャラクタードラマだが)は提供してくれた。 秀作に少し足りない佳作の上。 |
No.465 | 5点 | 静おばあちゃんと要介護探偵- 中山七里 | 2019/01/25 11:15 |
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(ネタバレなし)
全5編の連作短編集。元判事・高遠寺静と名古屋の建築業界の大物・香月玄太郎という、既存の中山作品の別シリーズ主人公同士のクロスオーバー編。 評者はどちらのキャラクターとも初対面だが、最後まで快いコンビぶりを見せてくれている。このあとそれぞれの単独主役編を読むと物足りなく思えるかもしれん。作者ひとりでやった、和製マローン&ウィザースか。 物語の中身としては、高齢の主人公コンビの事件簿だけに老人問題の過酷さなどの主題も多く、ちょっと辛い面もないではない。ただし(劇中で何度も揶揄されるように)テレビ時代劇の主人公のごとく大暴れする玄太郎と、その脇を学園ドラマのクラス委員長的なポジションで固める静の絶妙な活躍もあって、一定の水準で心地よく楽しめる一冊にはなっている。 ミステリのギミック的にはそんなに騒ぐほどのものもないが、第2話の準密室的なトリックは殺人実行時のビジュアルを考えると少し愉快。 |
No.464 | 6点 | 精神病院の殺人- ジョナサン・ラティマー | 2019/01/24 11:24 |
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(ネタバレなし)
クレインが作中でデュパンの名を連呼したり、演繹的推理・消去法を語るあたりは、だからといってことさらミステリ的なギミックが増した訳ではないのだけれど、これって作者から編集者や読者に向けた「ハードボイルド(風)私立探偵小説を書け、読ませろ、というニーズだけど、自分はパズラー度の高い作品を書きたい(でもハードボイルド(風)私立探偵小説もちゃんとこなししますヨ)」という主張だったんだろうねえ。そんな気概のとおり、非常にまとまりの良い謎解きフーダニットになりました。 殺人の動機の決め手となるある部分に関して、虚実を測る振幅の針が揺れ続けるあたりも、大設定の精神病院という舞台を機能させていて抜かりはない。 ただ一編の一流半のパズラーとしての完成度はかなり高いと思うんだけど、一方で、のちのラティマー作品(とりあえず自分が読んだ分だけだけど)に普遍的に通底するどっか破格なハミ出した部分が希薄な感。そこがちょっと物足りない。その意味では、まだまだ一皮剥ける前の習作感もないではなかったり。 登場人物の描き方は総じて早くも達者だね。入院患者やスタッフ連中の差別化したキャラ付けもさながら、本職の保安官である父親に随伴してやってくる息子クリフなんか、短い台詞回しでしっかり印象づけている。翻訳の演出もうまいのだろうけれど。 あと酒に対するクレインその他の登場人物の執着ぶりは、さすがに愉快。 |
No.463 | 5点 | 聖者が街にやって来た- 宇佐美まこと | 2019/01/23 14:24 |
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(ネタバレなし)
神奈川県の多摩川市。そこでは市民の結束と交流を題目にした、市主催のオリジナルストーリーのミュージカル劇「聖者が街にやって来た」が演じられることになる。名だたる演劇関係者が招聘されて企画が進む中、歓楽街に店舗を構える「フラワーショップ小谷」の一人娘で高校の演劇部に所属する小谷菫子(とうこ)は、そのミュージカルの準主演に選抜された。だが同じ頃、市の周囲では不審な死亡事件が続発。そしてその死体の周囲には常に何かの花弁が残されていた。 作者・宇佐美まことはすでに十年以上もミステリ、ホラー分野で活躍。2017年には長編『愚者の毒』で日本推理作家協会賞も受賞しているバリバリの一線作家だが、どういうわけか本サイトではあまり読まれていないようである(といいつつ評者自身も、宇佐美作品を読むのは、本書でまだ二冊目なのだが~汗~)。 神奈川県の架空の都市・多摩川市を舞台に、少女ヒロインの菫子のみならず、その母親で未亡人の桜子、彼女たち母子の周辺人物、さらに……と、多様な主要キャラの動向をほぼ並列的に語ってていく作劇。青春ストーリーから心に傷を負った大人たちの過去ドラマ、ヤバそうな事件の匂い、と話のネタはいっぱい。それをほぼ一定のテンションでだれることなく読ませていく筆力は、安定感がある。 ミステリ的にはミッシングリンクの大ネタがキモの一つなんだろうけれど、結構あからさまに正直に、かねてより布石的な叙述を設けているので、あんまし真相にインパクトはない。最後の意外な犯人も、物語の流れからして読者に推理させる種類のものではないし、さらに重要キャラのその人が終盤の手前頃にいくぶん描写の比重が軽くなるので、あーこれは逆説的に、クライマックスでこの人が大役(つまり犯人役)を授かるのだな、と予見させてしまう。 仕掛けの数はそれなりに多いんだけど、全体的に直球で正直すぎる感じ。 ただまあ、自分で前にちょっとだけ読んだものも含めて、宇佐美作品ってもっと際どくてエグい感じかとも思っていたので、意外に本作はやさしい、猥雑なキナ臭さの中にもヒューマンドラマ的な味付けがあるのは悪くなかった。 一冊の読み物ミステリとして、費やした時間分は普通に楽しめる佳作。 |
No.462 | 7点 | あやかしの裏通り- ポール・アルテ | 2019/01/22 13:35 |
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(ネタバレなし)
「消える裏通り」という大ネタに「その向こうは××××の世界」という味付けまで加えるサービス精神はとても嬉しい。さすがに謎の解明はしょぼいものだろうと思っていたら、そっちはそこそこの手応えがあった。 とはいえ確かに、ここまでの大仕掛けの手間は作中のリアルで考えるなら、(中略)にとってかなり割に合わない作業でしょうね。 カーを敬愛する一方でクリスティーを愛読していたという作者の素養は、本編を読むとよく実感できる。推理というより小説の組み立てで真犯人が見え見えなのもどこかクリスティーに似て無くもないが、全体としては手数の多さで十分に楽しめた。フィニッシング・ストロークも気が利いていてニヤリ。 翻訳は総じて読みやすかったが、ワトスン役のアキレスの地の文での一人称「ぼく」が序盤の一部だけ「わたし」になっているのは素人臭いミス。助詞の脱字も目に付いた。インディーズ出版さん、応援してますので編集も頑張ってください。次作も楽しみにしております。 |
No.461 | 5点 | あしたのジョーばらあど- 正木亜都 | 2019/01/21 20:45 |
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(ネタバレなし)
1980年代半ば。300万部の発行部数を誇る少年向けの劇画週刊誌「ボーイズ・コミック」は、弱冠23歳の若手劇画家・矢吹徹の超人気作品『ゴッド・アーム』を看板タイトルとしていた。1960年代から人気を博した青春ボクシング漫画の名作『あしたのジョー』に薫陶を受けた矢吹(本名・小野寺孫一)は元放送作家の大谷貴彦の原作を得て『ゴッド・アーム』を大ヒットさせ、年収5億円を稼いでいたが、一方であっという間に出版界の寵児となった彼は自分の行動に歯止めも利かず、周囲に敵も多かった。そんな矢吹がある日、洋上の自分のヨット上で惨殺される。警視庁の塙鶴太郎警部補と亀石三郎部長刑事は矢吹殺害事件の捜査に乗り出すが。 『あしたのジョー』『巨人の星』『タイガーマスク』そのほか多数の名作の原作者・梶原一騎が、その実弟でやはり劇画原作者の真樹日佐夫(代表作『ワル』ほか)と合作し、正木亜都(まさきあつ)の筆名で書下ろした長編ミステリ。正木亜都名義の作品としては三冊目の長編となる。この題名から分かるとおり、もちろん物語は、梶原自身の原作作品(高森朝雄名義・ちばてつや作画)の『あしたのジョー』がモチーフ。メインキャラクターで被害者となる矢吹のペンネームは、当然ながら劇中でもあなたが思ったとおりのネーミングでつくられている。 (ちなみにこの「矢吹徹」の筆名って、現実でもアニメ演出家の出﨑統氏がアニメ『侍ジャイアンツ』第一話の絵コンテを切る時に使っている。) 漫画&アニメ版の『あしたのジョー』ファンで、梶原一騎の凄絶かつ繊細な経歴に以前から関心のある筆者のような読者には複雑な思いを抱かせそうな内容であり、そのうちいつか目を通そうと考えていた一冊だが、思い立って今回読んでみる。 それでまあミステリとしては一応は犯人捜しのフーダニットだが、手がかりは後から出てくるわ、実は……の意外な人間関係は筋運びに倣う感じで明かされるわ、で、あんまり誉めるところはない。事件のややこしくなった状況と、物的証拠となるアイテムのミスディレクションだけはちょっとだけ面白いかもしれないけれど。 一方で風俗小説というか、劇画出版界を舞台にした情報小説的な方面は流石にそれなりにみっちり書き込まれている。あろうことか、現実に傷害事件を起こし、その直後に大病で入院することになった大騒ぎの渦中の梶原一騎自身も、ちゃんと本人の役割で(実名は出ず「『あしたのジョー』の原作者」とか「男」とかそういう叙述で語られる)登場する。この辺のメタ的な趣向はちょっぴり楽しい。 さらに60年代の『ジョー』も『巨人の星』も漫画単体としては大ヒット作品で今なお世代を超えて読み継がれる大名作ながら、一方でその時期にはテレビゲームそのほかのマーチャンダイジング商法文化が円熟しておらず、時代が早すぎた、本当ならもっと儲けられたんだ、というルサンチマンも匂ってきそうな叙述など下世話に面白い。原作者・大谷のシナリオをあくまで踏み台にしかしない作画担当・矢吹の描写も、かねてよりのもろもろの梶原ロマンの愛読者には複雑な思いを抱かせる。 まー、見方によっては、よくもまあ、原作者自らあの『あしたのジョー』をこれだけネタにしてくれたもんだ、という気がしないでもない一方、自作に込める作者自身の、あまりに複雑で大きな思いまで感じさせる面もあり、そういう意味では一筋縄でいかない作品。 まあ梶原ファンなら一回くらいは読んでおいて、何かを感じてくれてもいいかもしれない。そんな一冊ではある。 ちなみにあとがきというか解説は、東京ムービー(現トムスエンタテインメント)の創設者で、日本アニメ界に名を残す傑物・藤岡豊が、梶原一騎との交流を語る形で執筆。こっちもその種のファンにはなかなか興味深い。 ところでこの藤岡豊の解説で初めて知ったのだが、梶原兄弟のこのペンネーム「正木亜都(まさきあつ)」って、「正気のあと(狂奔が静まった後)」の意味だったそうで、ちょっと驚いた。自分は長らく「マーシャルアーツ」が元かと思っていたので。 |
No.460 | 5点 | 死の実況放送をお茶の間へ- パット・マガー | 2019/01/20 03:37 |
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実はマガー作品は、こないだの『不条理な殺人』が初読み。本書が二冊目。肝心の初期5冊は、ぶらっく選書の『怖るべき娘達』を初めとして大昔から購入しておきながら、十年単位でずっと積ん読という、我ながら呆れた経歴だったのだ(笑・汗)。
つーわけで最近、オズオズと読んだ、2018年の新刊として邦訳されたマガー作品二冊のうちの片方ですが、これはトータルとしてはまあまあでないかと。 肝心の殺人がなかなか起こらず、そこに行くまでの1950年代テレビ局の現場描写もそんなに面白くはない。もうちょっと、当時なりの放送文化への興味を満たす新鮮な情報をもらえるのかと思っていたら、作者は悪い意味で登場人物の配置の方で勝負しようとしている感じ。もっとテレビ局の内幕という舞台設定を活かした読みどころが欲しかった。 ミステリとしての真相や犯人も、二つ目の事件が生じたところで概ね察しはつくし、実際にソレで当たり。素人探偵役のキャラクターも、なぜ彼の推理を警察側が比較的スムーズに聞こうとするのか、ちょっと違和感を抱いた。 ただまあ、伏線のうちのひとつ、犯人のある行動を解析する探偵役の思考はなかなか秀逸。犯人捜しよりも、『コロンボ』などの倒叙もので探偵役がドヤ顔で指摘しそうな、犯人側のうっかりであった。 あとは主人公ヒロインとボーイフレンドのじれったいラブコメ模様が、ちょっぴり読み手の興味を牽引する。エロ抜きの社会人女性向けの恋愛レディスコミックみたいな味わいなんだけど。 で、自分は前述のとおりマガーの技巧的な初期5作はまだ未読なんだけど、とにもかくにも、もう未訳の中にはその手のテクニカルなものは残ってないみたいね。 初めからそう分かっているなら、今後もし邦訳があったとしてもそれはそれで気楽に付き合える。 個人的には、むかしミステリマガジンなどに何編か紹介された、女性スパイ、セレナ・ミードものの連作短編がまとめて読みたいな。論創さん、創元さん、ひとつそっちの方向でのご検討を、お願いします。 |