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[ サスペンス ]
地図にない谷
藤本泉 出版月: 1982年01月 平均: 5.00点 書評数: 1件

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徳間書店
1982年01月

No.1 5点 人並由真 2019/03/11 01:27
(ネタバレなし)
 1970年代初頭のその夏。都内で同棲相手と別れた女子大生・帯金多江は、故郷である長野県、諏訪湖周辺の山村・鬼兵衛谷に帰郷した。地元の風土に関する研究レポートをまとめようと思う多江は、疎遠になっていた婚約者の若者「モン」こと五代目・田代門左衛門に再会。モンもまたしばらく前に東京の大学から帰ってきた身である。モンは多江に、さらに山奥の死人沢で原因不明の変死が毎年頻出している情報を伝え、ともに調べないかと申し出た。だが多江の母親で、鬼兵衛谷の大地主でもある未亡人・静野はなぜか多江の調査に猛反対した。自分の意志でモンとともに死人沢に赴いた多江は、土地の人々が続々と頓死する謎の風土病「いきなり病」の存在を知るが、事態の奥には彼女たちの想像を絶する真実が秘められていた。

 すでに1968年にプロ作家としてデビューしていた作者が「藤太夫谷の毒」の題名で1971年度の第17回乱歩賞に応募し、最終選考まで残った作品を改稿して1974年9月に産報から刊行したもの(2019年3月現在、Amazonには元版の書誌データがないが)。

 評者は今回、後発の徳間文庫版で初めて読んだが、巻末の中島河太郎の解説を先に目にすると、作品そのものの完成度は高いが、土着的なテーマがきわどく公的な刊行物として容認すべきかどうか、乱歩賞の時点での選考委員の間で揉めたらしい記述があった。それゆえコレは部落問題とかハンセン氏病などを扱った作品だろうかと思いきや、そういう分かりやすいものではなかった。
 もちろんここでは詳述は控えるが、個人的には一読してどこが微妙なのかはまあ分かるものの、それほど気にする文芸設定ではないような思いも抱いた(万が一、本書を読まれた上で、評者の見識とは異なって、何か不快に思われた方がいたらそれはお詫びするしかないが)。

 評者が藤本作品を読むのはこれが初めてだと思うが、筆力そのものは信頼できる書き手と思うし、小説の地の文の求心力も申し分ない。ただし個人的には、21世紀の今となってはもう動機や事件性に関する観点がやや古い感じがしないでもない。限定された舞台の閉ざされた場での物語ながら、ほぼ半世紀前の昭和ミステリという時代性は常に意識しながら読むべき一作だろう。
 さらに作者の方にも、物語上のサプライズやストーリー面でのツイストをことさら押し出す意識もあまりないようなので、読者はとにかく主人公の視点にそのまま付き合い、提示される物語の流れにただ乗っかって消化していくのみ、という感じである。
 お話そのものに起伏感はあるので読んでいてつまらなくはないが、あまりミステリ的なときめきもない。そういう意味では困った作品。犯人役というか、悪役のキャラクター像はなかなか印象に残るけれど。

 あと主人公コンビの設定は、素直な1960年代少女マンガのラブコメにしたら照れ臭いので一回捻りましたという趣。この辺は微笑ましい。それから映画好きである主人公コンビの話題や記憶の中に、トリュフォーの『黒衣の花嫁』やアンブラーが脚本を書いた『SOSタイタニック』さらにはW・マーチ原作の『悪い種子』など、旧作ミステリファンにはおなじみの題名が続々と出てくるのは楽しかった。


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藤本泉
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