海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2031件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.331 6点 薔薇荘にて- A・E・W・メイスン 2018/04/22 01:35
(ネタバレなし)
 例によって、ようやく読んだというか、こんなもの実はまだ読んでませんでした、シリーズの一冊。

 国書刊行会のクラシックミステリ発掘叢書「世界探偵小説全集」がスタートした当時、その第1巻に本作(の初の完訳)が割り当てられたときには、自分をふくめた全国の多くのミステリファンが大いに沸いたと記憶している。しかし時の流れは早いもので、それからさらに二十余年の月日が経ってしまった。

 さらに振り返れば、この『薔薇荘にて』完訳版の刊行まで、本邦で人口に膾炙していたメイスンのアノーものといえば、言うまでも無くあの『矢の家』一作のみであった(『オパールの囚人』などの抄訳はあるが)。
 そして自分の場合ならミステリファンに成り立ての頃、同作の創元文庫版の中島河太郎の解説を読んで<アノーにはリカルドというワトスン役がいるが、この『矢の家』にだけは(奇しくも)出ていないのである>とかなんとか説明されても、当然ながら、な~んの感慨も湧かなかった。この件に関しては、ほかの大半の読者も同じような思いだったのではないか。
 しかしソコはミステリマニアの性。そういわれるとくだんのリカルドのキャラが実際にはどんなのか、そして当のリカルドの初登場作品で、さらにはカーなどが『矢の家』とほぼ同格に評価しているこの『薔薇荘にて』とはどんな内容なのかが、その後もずっと心の隅に引っかかっていたものだった。
(・・・とかなんとか言いながら、現実には本書の完訳が発売されて長い時を経た今になって、ようやっと(また)一念発起して未読のままだった本作を手に取った訳だが(笑)。)
 ちなみにこの完訳『薔薇荘にて』ではリカルドではなく「リカード」表記である。

 冒頭いきなり、とある邸宅(薔薇荘)で富豪の夫人が殺される。その夫人から実の娘のように後見を受けていた若い美人が現場から姿を消し、彼女の恋人が力を貸して欲しいと、面識のある実業家リカードそしてアノーに事件の調査を願い出る・・・というのが物語の発端。
 警察と適度な連携をとりながら現場を調べ、関係者の証言を集める名探偵アノーの動向は、枯れた小枝をポキポキ折るように小気味よく進み、会話など決して多くはない文体ながら、実に好テンポで物語は流れる。
 さらに中盤で、あるサプライズが生じ、以降はかなり起伏に富んだ展開となる。
 やがて明らかになる物語の構造はなかなか独特なものだが、ソレをここで語るとネタバレになるので詳述はしない。が、途中で本作の原書の刊行が前世紀初め=1910年と再確認して、ああ、いかにもその時代のミステリらしいなと、得心する感はあった。さらに本作は、かの「ストランドマガジン」に連載したのち書籍化されたとも解説で教えられて、その事実もいろいろと腑に落ちてくるものだった。
 フーダニットのパズラーとしての興味は決しておざなりではない内容だが(実際、アノーが犯人の名を上げた時にはちょっと驚愕した)、同時に本書は瀬戸川猛資が「夜明けの睡魔」のなかで語った英国ミステリの<あの系譜>の作品ともいえるようだ。
 ちなみにお目当てのひとつであったリカードのキャラクターそのものは、名探偵を立てるバイプレイヤーキャラとして普通に心地よい造形である。

 結局、作品の内容については、どうしてもぼやかした言い方は避けられないが、ある部分では黄金時代のパズラーの先駆的な一面があり、またある意味では19世紀のガチなクラシック路線を継承する一編である。その双方の持ち味を味わうことこそ、21世紀に本書を読んで楽しむ意味であろう。

No.330 6点 江戸川乱歩と横溝正史- 伝記・評伝 2018/04/18 22:34
 江戸川乱歩と横溝正史(本書の本文中ではそれぞれファンの慣例的な呼称に準じて「乱歩」「横溝」と略称)の二大巨人の歩みとその両者の交友の軌跡、さらには周辺の国内ミステリ界の動向に目を向けながら、日本推理小説の黎明期から乱歩の死、そして横溝ブームを経た当人の逝去の時期までを、膨大な資料を駆使して語った一冊。よほどのマニア・研究家でない限り、この本から何も学ばないという人はまずいないのではないかといえる手応えの、思わず溜息が出るような力作である。

 1960年生まれという世代人の著者ゆえ、ポプラ社の少年探偵団シリーズ(リライトもの含む)の隆盛や横溝の復活以降の探偵小説復興ブームなどにもその場に立ち会って高揚した者としてのオマージュが熱く語られ、特にムック「別冊幻影城」の横溝編が複数出た事実を、角川の横溝ブームへの便乗企画であり、しかしそれは復活した横溝の支援の役割も確かにあった、と冷静に断ずるあたりもなかなか痛快(ただしこれについては記述に問題がある。後述)。
『本陣』と『喋々』の世界観が実は巧妙にリンクしているのではないか、という見識のくだりも(あくまで仮説の域を出ないものながら)ああ、本当に好きなファンが、良い意味での思いつきを熱く書いているな、という感じでとても好ましい。

■全体的には実に素晴らしい一冊だと思うが、重箱の隅的な苦言をあえて並べると
①「乱歩の『幽霊』が明智作品ではない」という記述はもちろん勘違い
②1967年のポプラ社の「名探偵シリーズ」は「八冊で中断」(P304)というのも誤認。
③乱歩の大人もの長編の明智ジュブナイルものへのリライトについては各作品ごとに言及した研究本などの類がほとんど無い、とあるがこれは不適な記述。宝島社のムック「僕たちの好きな明智小五郎」のなかで十数ページにわたり、十数冊のリライト作品ごとの解題がされている。
(巻末参考資料一覧によると、本書の著者・中川氏は「僕たちの好きな明智小五郎」の文庫版しか見なかったらしいが、そちらではリライト作品の解説記事が相応に短縮されている。)
④横溝の逝去と金田一耕助の退場の余韻を語りたかったらしいが、そのために『悪霊島』のラストのフレーズを引用。結果、完全に真犯人の名をネタバレしている!!
⑤「別冊幻影城の横溝編は3冊出た」とあるが間違い。実際には4冊出ている。
 ・・・・・・などなどの瑕疵があり、この辺はいささか惜しまれる。
(もちろんこういう不備はある程度、資料として参照する側の方で補って使うべき、というのも正論ではあるのだが。)

 Twitterなどでも相応の反響があり、売れ行きも好評のようなので、近日中に再版、またはそう遠からぬ内の文庫化なども見込まれる。可能なら確認の上、ご対応を願いたいと思う。

No.329 6点 関税品はありませんか?- F・W・クロフツ 2018/04/17 17:25
(ネタバレ無し)
 クロフツの遺作。村崎敏郎の旧訳(ポケミス版)が大昔から買ってあったので、今回はたまたま目に付いたそっちで読了した。
(実はHM文庫版も古書で入手してあったような気もするが、そちらは今回見つからなかったな~。)
  
 前半、地味な? 密輸犯罪が口封じの殺人劇に発展していき、密輸犯視点で一度は事態に決着がついたと思いきや、さらに(中略)という筋運びはなかなか鮮烈であった。倒叙ものと一種のフーダニットの合わせ技かと思ったのちに、そこで変化球のサプライズを繰り出してくるクロフツの手際は見事。
 後半の展開は謎解き作品というより、良くも悪くもみっしり細部と手順を書き込んだ警察捜査小説という感じだが、それはそれでよい。この作者らしい魅力は普通に味わえた。

 ちなみにフレンチの部下の若手警部ロロは、先に『チョールフォント荘』『見えない敵』にも出ていたらしいんだけれど、そっちは私的にまだ未読。前もってその両編を読んでいたらさらに楽しめたろうね。シリーズを順々に追わずにつまみ食い読書しているこっちが悪いのだが。

 しかし、クロフツのノンシリーズ編っぽいものが意外にフレンチものの世界観とリンクしていることは前もって心得ていたが、このサイトに来て空さんの『海の秘密』のレビューで『樽』とフレンチシリーズが実は同じ作品世界だということも初めて知って仰天した。この作者は以前の自作や登場人物を本当に大事にしていたんだね。
 クリスティーも似たようなことやってるけど、こういう趣向って書き手も読み手も楽しいよな。どなたか有志の方、ファンジンでクロフツ作品登場人物事典とか作って下さいませんかね。WEBのデータベースでもいいから。

No.328 6点 泣きねいり- ドロレス・ヒッチェンズ 2018/04/15 03:16
(ネタバレなし)
 カリフォルニアの年配の建築事務所社長ヘイル・ギビングスは、ある日、一通の手紙を受け取る。そこにはギビングスの娘キャサリン(キット)が出産したのち里子に出した子供(つまりギビングスの孫)が、現在の扶養者から日々虐待を受けているという匿名の密告状だった。ややこしい事情のなかで、当の子供が現在どこにいるのかは不明である。対面を慮るギビングスは、世間には秘匿しておきたい孫の捜索と保護を、50歳の私立探偵ジョー・セイダーに依頼した。セイダーは関係者を訪ねてまわるが、やがて予期せぬ殺人事件に遭遇。そしてまだ見ぬ子供自身についても、意外な事実が浮上してくる。

 1960年のアメリカ作品。この名義での邦訳は本書(早川のポケミス)のみの作者ドロレス・ヒッチェンズは、複数のペンネームで1930年代から70年代にかけて活動した女流作家。別名義D・B・オルセンの方では、1939年の作品『黒猫は殺人を見ていた』が2003年にクラシック発掘の形で紹介されている(本サイトにもnukkamさんのレビューがある)。また筆者は観ていないが、ジャン=リュック=ゴダールのサスペンス映画の名作『はなればなれに』もこのヒッチェンズの著作が原作らしい(そっちの原作「愚か者の黄金」は未訳だが、関係者のTwitterでの証言によるとポケミス名画座で出したいという話などはあったらしい)。
 
 それで本作『泣きねいり』は、ポケミスの解説や英語版のWikipediaなどを参照すると、二つのみ長編が書かれたカリフォルニアの私立探偵ジョー・セイダーシリーズの、その2冊目。
 事件の内容はあらすじのとおり、名前も曖昧なまだ幼い子供の行方を捜すという、やや異色の失踪人捜しものだが、ハイテンポに進む物語の流れはなかなか心地よい。
 特に三人称一視点で描かれる主人公・初老の私立探偵セイダーが結構魅力的で、仕事に疲れて外食をとろうとする際、今もまだ捜す相手の子供がいじめられて飢えているのではと胸を痛めて食欲が鈍る描写など、私立探偵を理想化して描く女流作家の視点という感じで微笑ましい。さらに捜査の順調さを実感したセイダーが、あまりに物事がうまく運びすぎることにおのずと懐疑的になり、かえって生理的なイライラを覚えるくだりなどもクスリとさせられる。オレのような人間なんかもそういう屈折したところがあるもんな、と共感を覚えた。
 そんな意味でのなかなか独特な味わいを随所に感じる、一流半のハードボイルド私立探偵小説である。

 ミステリの流れは殺人犯の素性など謎解きミステリとしては失格だろうが、事件の真相を握るキーパーソンの文芸については当時としては結構な大技が使われていて、ちょっとびっくりした。本書がミステリファンの間で、類例のミステリギミックを語る際にまるで話題になっていない(?)ようなのは、やはりマイナーな作品からなんだろうな。
 紙幅は解説込みで200ページ弱と少なく、サラサラと読めるが(翻訳も悪くない)中味はそれなりでちょっとした佳作。
 
 ちなみに先述の英語版Wikipediaでは主人公セイダーの名は「Jim Sader」と記述されているのだが、ポケミス版の人名紹介一覧には特にファーストネームの記載がなく、また本文中でセイダーが自分のことを「ジョー」と呼ぶように他者に求める叙述があるので、本レビューでのキャラクター名の標記は「ジョー・セイダー」にした。
 それにしても、赤毛に白髪が交じった50歳の中年(初老)私立探偵(作中でもう年だとぼやくシーンもある)が主人公というのは、本書の刊行当時ならちょっと新鮮だったのかな。今なら珍しくもない私立探偵の年齢設定だけれど。
 希有なチャンスでもあって、未訳のシリーズ第1作も日本語で読めればいいのだが。 

No.327 5点 六色金神殺人事件- 藤岡真 2018/04/14 15:42
(ネタバレなし)
 またAmazonのレビューで炎上商法しているような・・・。
といっても現在100円からのマーケットプレイス値だけど。どっかから復刊の予定でもあるのか。

 アホらしい反則技だけど、まあ作者が冗談半分と自覚的ならオッケーでないの、とは思う。人には勧めないけれど、星の数ほどあるミステリの中にはこういうのもあってもいいよね。

No.326 4点 疑惑の場- パトリック・クェンティン 2018/04/11 03:03
(ネタバレなし)
 「ぼく」こと作家志望の19歳の若者ニコラス(ニッキー)は、大女優で大物歌手でもあるアニー・ルードの息子だった。寡婦のアニーは数名の友人や知人を自らの取り巻きとして後見し、ニコラスとともに邸宅に同居させていた。しかし最近はアニーの仕事も減り気味で、一同を養う家計はピンチになりかかっていた。そんな矢先、アニーを慕う監督兼プロデューサー、ロニー(ロナルド)・ライトの妻で女優のノーマ・デラニーが墜落死した。その結果、ノーマが演じるはずだった話題の史劇映画の主役を、アニーが引き継ぐ可能性が浮上する。ニコラスそしてアニーの周囲の取り巻き連中の胸中に、実はアニ-がノーマを…?! という疑念が生じていき…。

 クェンティンのノンシリーズ編。大昔に購入した古本を、とにもかくにもクェンティンならそれなり以上に楽しめるだろうと期待して引っ張り出した。しかしわずか200ページ弱の紙幅ながら、話に起伏が少なくてかなり退屈で読了までにもたついた。
 もしもアニーが殺人犯として逮捕されたら現在の安寧なモラトリアム(パラサイト)生活が破綻するというニコラスたちの本音は、まあリアルといえばリアルだが、読者のこっちからすると「ああ、そうですか」の世界だし。
 この辺は、事件の真偽はどうあれ、アニーが殺人犯だと思い込んだニコラスたちをもっとドタバタさせるてその流れでサスペンスを語るのが作劇の定石と思うのだが、そういう方向での面白さはほとんど見せてくれない。
 それでも後半、もうひとつの大きな事件が生じてからはちょっと面白くなりそうだったが、しかし話の結構が組み変わってくると、今度は別の意味での強引さが見えてくる(この辺はネタバレになるのであまり言えないが)。
 切れ味の悪い技巧派フランスミステリに接したような感触で、これまでに読んだクェンティンの長編のなかでは、残念ながら本書が一番つまらなかった(まあクェンティン作品は、まだ未読のものも何冊もあるけれど)。
 中桐雅夫の翻訳も、ワンセンテンス内にまったく同じ言葉を複数つかうなど今回はどうも素人くさい。この人の訳文は、良いときとそうでないときがあるように思える。
 とまれ舞台が芸能界・映画界にもからむので、グレース・ケリーやシナトラ、ジョン・ヒューストンが実名でカメオ出演するのはちょっと楽しかったかな。
 
 評価は作者が他の人だったら5点をあげたかも知れないけれど、好きな作家だからあえてちょっと厳しめで、この点数に。

No.325 5点 UFO殺人事件- 福本和也 2018/04/08 08:58
(ネタバレなし)
 海上自衛隊の訓練飛行中の救難飛行艇(US-1型)は突然受信したSOS通信に応えて、硫黄島に向かう。だがそのさなか、US-1の副操縦士・浅原隆は彼方を飛行する白色光のUFO? を一瞬、目撃した。アマチュアUFO研究家の浅原は興奮するが、機長の青木や他のクルーともども救助を優先して硫黄島に急ぐ。だがそこでUSー1の一同が見たのは、不時着したセスナのなかでミイラ化して死んでいる3人の男女であった。その死体のなかにはつい先まで救難無線を発していた当人もいるようで、やがて浅原は誰とも知れぬ姿に変貌したセスナ内の女性が、実は自分の婚約者・香月衣子だったと知る。そしてミイラ化した男性の乗客は、プロ野球球団ジャガーズのベテラン捕手・上条裕一と判明。衣子の兄で、元スポーツ新聞の記者だった文彦は、浅原ともども事件の謎を追うが。

 1976年7月にカッパノベルズの一冊として書き下ろされた作品。2018年4月現在Amazonに、元版(初版)のISBN登録がないので、データ欄はブランクにしておく
(余談だがAmazonには、ポケミスもふくめて70年代周辺には東西ともども、元版・初版が未登録のミステリ作品が多いのはどういうわけだろう)。

 昭和の多作作家として知られる福本和也は、世代人のコミック・アニメファンにとっては野球漫画『黒い秘密兵器』『ちかいの魔球』の原作者、それにSFアニメ『宇宙少年ソラン』の先行TVアニメ企画に原作ストーリーを提供(メディアミックスの漫画版の原作も担当)としても著名。
 先述した二作の野球漫画、さらには本作での執拗かつ緻密な航空関連の描写でも分かるとおり、おそらく昭和の作家のなかでは筆頭格に野球と航空関係に強かったようである。
 それで本作はいかにも70年代半ばのオカルト&終末(一部のSFネタも含む)ブームらしい趣向だが、とにもかくにもUFO出現という衝撃的な謎、『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』を思わせる生きていた人間が短時間でミイラ化の怪異、さらには死体の手に残るダイイングメッセージ「UFO」といった外連味ある趣向のつるべ打ちで読者を掴みにかかる。
 とはいえミイラ化の謎そのものは早々にネタが明かされ、あとはいかにも昭和の通俗ミステリらしいドロドロした、レイプして自分の女にしたとか寝取られたとかのアレな方向に行くのが、ややうんざり。いや、いやらしいミステリは大好きなのだが(笑)、作者のサービス過剰な接待顔が覗くと、こちらはどうも引いてしまう。錯綜する人間関係の謎も終盤ぎりぎりまで推理ではなく、単なる叙述によって明かされていくのもナンではある。

 それでもUFO出現の真相とダイイングメッセージの謎には一応のきちちんとした(どちらもしょぼいけど)解決が与えられるのは、それなりに好印象。それと真犯人はなかなか意外ではあった。読んでる内にナニな描写の連続で、読み手のこちらの推理する意欲が減退していた面もないではないのだが、もし作者自身に意図的にそんなスキをつく計算があったのだとしたら、そこはホメておこう。
 評点は4点に近めの5点。

※2018年4月11日以降は、どなたかが入れたようで<1981年09月>刊行という書誌データが入っています。それ自体は結構なのですが、これは元版ではなく元版と同じ版元の光文社の文庫版の刊行日です。一応、お断りを。

No.324 6点 MORSE―モールス- ヨン・アイヴィデリンドクヴィスト 2018/04/05 16:20
(ネタバレなし)
 1981年秋期のスウェーデン、片田舎のブラッケベリの町。いじめられっ子の肥満児、12歳のオスカル・エリクソンは、父と離婚した母親と二人暮らし。オスカルの趣味は残虐な犯罪実話の刺激に没頭することだった。ある夜、そんな彼は自分よりひとつ年下…と語る美少女「エリ」に出会う。エリは、奇しくもオスカルのアパートの隣室に、父親らしき中年男ホーカンとともに越してきた。だがそんな二人の到来と同時に、ブラッケベリの町周辺では陰惨な猟奇殺人が続発する。

 スティーヴン・キングを思わせると評判を呼んだ、スウェーデンのヴァンパイヤ・ホラー。
 個人的に、たまたま21世紀のミステリマガジンのバックナンバーをつまみ読みしていたところ、上下巻の本書のレビューがなんとなく目にとまる。そこでの書評<吸血鬼のお約束の行動~相手に招かれなければ家に入れないというおなじみの儀式が、孤独な少年が異界の少女と接して受け入れる内面のメタファーになっている>とかなんとかの趣旨の記述に、興味を惹かれた。
 そうしたら近所のブックオフでくだんのミステリマガジンを読んだのと同じかその次の週辺りに本書(上下巻)を見つけ、購入に及んだわけである。なんか現実の方でも、本当にちょっとだけドラマチックなタイミングでの本との出会いだった。
 主人公の少年オスカルと「エリ」との接触、友人を謎の殺人鬼に殺された中年男の復讐ドラマ、周辺で生じるさまざまな人間模様……などなどのパーツを巧妙に潤滑に組み合わせ、その上で<人外の存在がもし現代の現実に存在したら…>の思考実験もからませながら物語を進めていく。なるほどこれはキングっぽい。テンポの良さも本家に倣う感じで、ほぼ一気に最後まで読み終えた。
 とはいえ終盤はおそろしく駆け足で、残りページがあと二十ページ、さらに十ページと少なくなっていくなか、これはかなり思い切った小説的演出になるんだろうなと予期したが、まとめ方は悪くなかった。少なくとも期待していた詩情と余韻は十分に味わえる。
 ちなみに本作の原書は2004年の刊行だが、時代設定が80年代初頭なのはなぜだろう。ズバリ『呪われた町』へのオマージュかなんかか。吸血鬼というモチーフには、いつの時代も微妙な懐古感が似合うという狙い所だろうか。
 なお本作は2008年に母国で、2010年にアメリカでそれぞれ映画化されて反響を呼び、日本の読者の中には映画から先に本書との縁を持った人も多いようである。機会があったら、良さそうな方から観てみよう。
 最後に、タイトルの「モールス」とは壁越しに隣家のエリに意思表示したいと思ったオスカルの手段~モールス信号に由来するが、ドラマ上の比重としてはこの通信手段はそんなに大きな意味をもっていない。何か別の邦題にしても良かったのではないか。

No.323 6点 狂人館の惨劇 大立目家の崩壊- 左右田謙 2018/04/01 17:50
(ネタバレなし)
 紀伊半島の山中に建つ、とある館。そこはかつて病的なまでに外敵を恐れた人物が建造した、非常識なほど奇異な構造の建築物で、周囲の人は「狂人館」と呼んでいた。現在の当主は数十の企業を参加に納める財閥の盟主なれども、なぜか15年前、働き盛りの内から隠棲生活に入った、大立目(おおたちめ)健蔵(当年65歳)。知人の実業家・兵藤寛は、自分がオーナーを務める球団「三洋セネターズ」の売却を持ちかけようと健蔵を訪ねるが、折しもそこには別球団「東都エレファンツ」の新鋭エース・村山洋をふくむ複数の来客があった。そんな中で、密室での殺人事件が発生。その場に居合わせた一同は、現場から逃げ去る怪しい男を目撃するが……。

 当時の文庫書下ろしミステリ。80年代末の作品ながら、Amazonで現時点の古書価1万円(!)という事実に興味を惹かれて借りて読んでみた。古書価のこの高騰ぶりはアレな題名のせいもあるんだろうが、なんか一時期、その書名だけでバカ高い稀覯本になったポケミスの『古書殺人事件』を思い出す。
(まあマーケットプレイスの値段なんてノリとハッタリでつける例も多いんだから、複数の出品者が出してないと、相場としての古書価の信用はおけないんだけれど。)

 でもって内容の方は、草野唯雄の『蔵王山荘皆殺し』あたりを思わせる登場人物が出たり入ったりする限定空間での連続殺人事件もので、しかも最初の密室状況の殺人現場から謎の怪人が飛びでてくる(ただし彼がそのまま犯人かどうかには疑問が生じる)というちょっと外連味のあるもの。以降もダイイングメッセージや、大設定である狂人屋敷の隠しギミックを用いた二転三転する展開など、それっぽい犯人捜しパズラーとしての興味には事欠かない。
 ただまあ解決は、事件の構造にちょっと唸らさせるものがある一方、密室での銃殺トリックはいかにも(良くも悪くも)「宝石」系のマイナー作家っぽい印象。あと最後の犯人特定の伏線で、「そーゆーこと」はアリなのかな…とも思ったが、たしかに現実にもそういう例は実在するね。「これ」は認めなきゃいけない。
 生煮えの印象の部分も多いけど、隠れた佳作ではあるでしょう。借りられるか安く入手できるなら、読んで損はない?
 
 ちなみにこういう作品だから館の見取り図は欲しいんだけど、用意されてないのは残念。まあ表紙折り返しのあらすじ紹介部分でも誤記がある(本当は「東都エレファンツ」所属の若手投手の村山を、「三洋セネターズ」の選手と記載している)ので、編集はあまり身を入れて仕事をしなかったのかもしれんけど。

No.322 7点 ロンドン橋が落ちる- ジョン・ディクスン・カー 2018/03/31 12:39
(ネタバレなし)
 18世紀半ば、七年戦争時代のロンドン。25歳の捕使(悪人を捕まえて報酬を得る当時の岡っ引きみたいなもの)ジェフリー・ウィンは、恋人である20歳の美人「ペッグ」ことメアリ・マーガレットが娼婦に堕ちる寸前、売春窟から救い出す。つい先まで熱愛しあって体の関係もあった両人だが、ジェフリーはとある考えからペッグに距離を置くようになっていた。そんな彼氏にペッグは苛立ちを覚え、勝手に悪い仲間と遊び歩いた末、淫売として売り飛ばされかかったのだった。ペッグの唯一の肉親=伯父としてジェフリーも面識がある資産家の老貴族モーティマー・ラルストン卿から、事態の説明とペッグ救出の依頼を受けたジェフリーは、自分自身の複雑な思いも込めて彼女を助け出した。ジェフリーは、まだ自分に不機嫌そうなペッグをラルストンのもとに送り届ける。だがラルストン家は、若くて気丈で妖艶な美貌の妾ラヴィニア・クレスウェルに仕切られており、ラヴィニアは放蕩娘へのお仕置きをペッグに加えようとする。ジェフリーはペッグを逃がし、彼女はジェフリーの実家の使用人だった老女グレース・デライトの家に身を潜めかけた。だがくだんのグレースが変死しており、その殺人容疑がペッグにかかる。ジェフリーはニューゲイトの監獄に送られることになった恋人を救うため、奔走するが。
 
 何十年も前に購入した、未読のマイ蔵書を消化シリーズ。
 しかしまあ何というか、ある程度予想はしていたものの、これほどのものとは思わなかった、カーのラブコメ活劇(笑)。冒頭、スカートの中もあらわなペッグを力づくで救い出したジェフリーが、強引に彼女を馬車に放り込んで自分も乗車。その馬車が揺れて体がくっつきかけて慌てて離れ合う場面から、腹を抱えて大笑いした。執筆当時50代半ばのカーは、きっとこういうのをうひうひ言いながら書いていたんだろうなあ。かの『連続殺人事件』に勝るとも劣らない、日本の60年代後半~70年代前半の少女マンガの世界である(笑)。

 それでこれ以上なくベクトルの明確なストーリーの上、作中時間の経過も短いため、物語の進みは最高潮にハイテンポ。書き込まれた18世紀の英国の風物にほほうほうと唸りながら、あっという間に読み終えてしまう。
 とまれこういう筋立てだし、殺人事件の方はそう広がらないことは、本書刊行当時のミステリマガジンの書評を読んで覚えていたからあまり期待しなかったが、実は最後に、結構おおっ! となるミステリ的なサプライズ=意外な犯人が待っていた。
 確かにトリックは、マーチ大佐主役の連作短編ものあたりに似合いそうな小粒な感じだが、伏線や手がかりはかなり丁寧に張られ、本作のストーリーの物語性の方に気を取られていると、うっかり見落としそうな巧妙な手際である。
 いやカーの歴史ものはまだいくつも未読、または大昔に読んでほとんど内容を忘れてしまったものもあるけれど、個人的にこれは一冊のエンターテインメントとして『ニューゲイトの花嫁』クラスに面白かったわ(笑)。

 ちなみにジェフリーとベッグの間に婚前交渉があることが序盤から語られる(それも憤ったヒロイン自身の口から)など、結構そっちの描写はかなり明け透け。本書は1962年の刊行でカーの後期~晩年の著作だが、当時の英国ミステリ出版界はあのジェームズ・ボンド大旋風の影響で、その手の描写も相応に読者や編集からミステリ作家の多くが求められたんじゃないかと考えたりもしている(なんたってニコラス・ブレイクのナイジェル・ストレンジウェイズだって、恋人クレアの目を盗んで海の向こうのアメリカであんなことしてた時節だしね)。
 もちろん時代の流れを口実に、カー本人も書きたがったのかもしれないが(笑)。

・余談その1:本書は当時、先の『ビロードの悪魔』以来8年ぶりのカーの新訳出版であり、解説で若き日の瀬戸川猛資もその件を話題にしているが、昨今のミステリファンの中には、当時早川から「世界ミステリ全集」の叢書が刊行中だったこと、また本書の少し後に『ユダの窓』『三つの棺』の新訳ポケミス版が出ていることから、実はこの3本をまとめて「世界ミステリ全集・カー編」を刊行するつもりがあったのではないか、と仮説を立てている人がいる。これはなるほど…と思える話で、まだ当時の早川の関係者の中にはご存命の人もいるだろうから、この件の真偽のほどを聞いてみたい。
・余談その2:ポケミス版の裏表紙のあらすじ解説は「1957年、ジェフリー・ウィンは~」というとんでもない誤植で始まっている。
 じゃあ何かい、この作品はスプートニク1号が打ち上げられた頃の事件かい。同じ頃に日本ではミステリアンがモゲラで攻めてきているのかい。まあ『地球防衛軍』と『ロンドン橋が落ちる』は「女をさらう」という一部の物語コンセプトは同じだね。
 …あー、我ながら実にどうでもいい(笑)。

No.321 5点 獣を見る目で俺を見るな- 大藪春彦 2018/03/26 22:09
(ネタバレなし)
 時は、海の向こうの朝鮮戦争が終盤にさしかかる昭和20年代の半ば。横浜近隣で日々を送る若者・生島直行は、同世代の3人の仲間(結城・木森・三宅)とともにいくつかの非合法な行為で利益を得ていた。あるとき4人は、周辺の麻薬密売組織が当時の価格で2億円分のヘロインを密輸入するという情報を入手。4人は、麻薬密売組織が購入のために用意した同額の現金もろとも麻薬を横取りする、総額4億円分の強奪計画を企てた。だが計画が上首尾に終わるかと思えた刹那、巡視艇が出現。生島たちは銃撃を受け、彼以外の3人は波間に消えた。それから大陸で長い逃亡生活を送りながら、過酷な人足仕事で強靱な肉体を鍛えた生島は、8年ぶりに日本に帰国。8年前の事態には何か裏があったとして、計画を頓挫させた者を探して復讐しようとするが。

 大昔に初めて題名だけ目にしたとき、ああなんて(今で言う厨二的な意味で)カッコいいタイトルなんでしょ、と思った一冊(笑)。今でもその意味で、実に魅力的な題名だとは思う。
 とはいえ大藪作品は時たま読みたくなるものの、そんなに積極的に、また体系的に手に取っている訳でもないので、読むのはいつかな、となんとなく思っていたのだった。
 そうしたら、昨年ふと手に取った中島河太郎の「ミステリハンドブック」の<推理小説事典>の大藪春彦の項目で、本作は作者には珍しい? 犯人捜しの興味もある長編という主旨の記述があり、それで背中を押された。
 というわけで、濃かれ薄かれ何かしらはあるだろうと、フーダニットの興味も探りながら、このバイオレンス復讐譚(生島の渡航後、さらに新たな麻薬密輸事件が横浜の周辺で起きていて、二つの暴力団組織が抗争。生島はその血で血を洗う戦いにも自然と深く関わっていく)を読み進めた。

 でもって結果だけど、うーん、残念ながらこれは「誰が犯人か(かつての計画頓挫の首謀者だったか)」というフーダニットとしてはほとんど評価できないね。
 いや<ある人物の意外な正体>というミステリ的な文芸はたしかにあるんだけど、肝心の主人公の生島の視点からの<一体誰が俺たちを嵌めたんだ?>的な追求が作中に生じず、成り行きでその意外な正体が露見するだけである(ほかにもミステリ的なツイストはちょっとあるが、これも河太郎の言うような犯人捜しの興味とは別もんでしょう)。要はパズラーとしての求心力が薄い。
 作者はなんだかんだ言ってもデビュー前からそれなり以上に、ミステリ分野への当人なりの知見もあったはずなので、この作品のなかでそういう部分の素養が発揮されているのでは? と期待したんだけれどな。
 しかしながら<一本の昭和30年代・国産ハードボイルド長編>として、まったく実のない作品などでは決してなく、妙なところにこだわり、一方で他の作家ならもっと盛り上げて書くような場面を乾いた文体でさらりと流す、ああ、大藪作品らしい緩急の付け方だなという感覚は、なかなか独特の味があってステキである。そういう作品の作り方は、のちの西村寿行あたりに受け継がれたと思うけど。

No.320 6点 死霊鉱山- 草野唯雄 2018/03/25 05:49
(ネタバレなし)
 都内の企業・渋谷商事に勤務する29歳のスポーツマン、遠田弘志は、恋人で会社の専務の娘・25歳の月森志津をふくむ同僚の4人の若いOLたちとともに、愛媛県の西赤根山に冬山登山に向かった。だが猛烈な吹雪に見舞われた一同は、土地勘のある最若年のOL、22歳の小武昭子の提案で、近隣の廃坑になった銅採掘場の鉱山事務所に逃げ込む。実はそこは、幕末に待遇に不満を抱いた採掘人足が暴動を起こし、厳しい処断の末に惨殺された鉱山だった。鉱山はその後も現在まで人足たちの呪いがかかっているという。そんな中、怪異な殺人が…。
 
「書下ろし長編恐怖推理小説」の肩書きで、文庫オリジナルで刊行された一冊。物語はズバリ、怪奇色濃厚な設定下のクローズドサークルものとして展開。途中からは下山しない若者たちを案じる、家族や地元関係者・警察側などの描写も交錯してくる。
 雪に閉ざされた狭い空間が準密室的な殺人現場を構築。そこでの最初の殺人を発端に、この世の者ならぬ殺人者? の手によるかもしれぬ惨劇が続くのは王道。さらに男ひとりに若い娘4人というエロゲかラノベのハーレム的設定のなかで、前半から濃厚なセックス描写も見せてくる、すこぶる敷居の低い作品なのだが…。

 …いや数時間で読み終えたが、読了後、レトリックでなく現実に本当に30分~1時間くらい、笑いが止まらなかった。どこがどうオモシロいかここで語ってしまうとすぐネタバレになる(それも二重の意味で)ので絶対に言えないが、作者はこれを分かった上で洒落で書いたんじゃ絶対にないだろうなあ。当人としてはかなりマジメに、これはこれで一冊の完成された謎解きミステリ&エンターテインメントとして著したんだろうなあ。だとしたらあまりにも天然。ひょっとしたら最後の方は、本人も気づかない内に、足でペンを握って書いていたのかもしれないなあ。そう思いたくなるほど、トンデモな作品。この十数年の間に自分が読んだバカミスの頂点のひとつかもしれん。

 評点は1~2点でも、あるいはとにもかくにも比類なく爆笑させられたということで8~9点でもいいのだが、プラスマイナスしてこの点数。
 世の中にはいろんなミステリがあるもんだ。楽しくってしょうが無い(笑)。

No.319 7点 私のすべては一人の男- ボアロー&ナルスジャック 2018/03/22 12:07
(ネタバレなし)
 その日「私」こと警視庁官房長ギャリックは、警視総監アンドレオティから奇妙な指示を受ける。その内容は、偏屈な天才老外科医アントン・マレック教授のある医療計画に立ち会い、その始終を確認せよというものだった。マレックの計画とは、銀行強盗の殺人犯人で、28歳のハンサムな死刑囚ルネ・ミィルティルが近日内にギロチンで処刑される。そこでミィルティルの死体を利用し、体の部位が欠損した直後の複数の年若い人間(20~30歳前後)に、頭部・胸部・腰部・それぞれの四肢とその体を7つに分割して、移植するというものであった。世にも奇妙な施術はつつがなく成功したかに見え、ミィルティルの肉体を受け継いだ6人の男と1人の女は独自のコミューンを形成するが、そんななかで予想外の展開が……。

 大昔に購入しておいて、いつか読もう読もうと思っていたマイ蔵書シリーズ(笑)の一冊。
 手持ち本の帯にも「恐怖!怪奇!SFとミステリの結合!」との惹句が書かれており、時たまガイドブックで目にする評判からしても、まあ一筋縄ではいかん作品だろうな、とは思っていた。
 ボリューム的には、一段組のハヤカワ・ノベルズで全240ページ前後と比較的短め。しかも会話の多く展開の早い、いかにもフランス・ミステリ風の中味だからスラスラ読める。この作者コンビの作品のなかには、リーダビリティの高いものもあればそうでないものもあるという感じだが(まあ個々の作品の翻訳のせいもあるにせよ)、今回は確実に前者。
 それと主人公ギャリックは独身、まだ年若い感じ。そんな彼と、事情を知って事態に介入してくる、ミィルティルの情婦だった美人モデル、レジィーヌ・マンセルとのどこか危なげなロマンスっぽい描写も作品の流れをなめらかにしている。
 それで肝心のミステリ味だが…ああ、これは確かに(中略)! SFミステリとかいうより、二十年早かった日本の新本格、そのフランス版という感じで仰天しました。ネタバレになるのであまり詳しくは書けないけれど、kanamoriさんもおっしゃっている通り、バカミスの範疇にも十分入るであろう大技である。
 好きか怒るか? もちろん大好きですよ、こういうの(笑)。
 まあただ一箇所だけ、そこが明確になると都合のよろしくないポイントを、わざと曖昧にしているな、という部分はあるのだが。
 あとこれはミステリ的なトリック&奇想以外の部分だけど、最後まで読むと一種の人間ドラマというか、青春小説っぽい仕上がりになっている点もステキであった。

No.318 5点 帝都探偵奇譚 東京少年D団 明智小五郎ノ帰還- 本兌有&杉ライカ、ブラッドレー・ボンド&フィリップ・ニンジャ・モーゼズ 2018/03/21 23:46
(ネタバレなし)
 お騒がせ作品『ニンジャスレイヤー』(筆者はアニメ版しか観てないが)の作者チームが執筆した、乱歩の少年探偵団もののリトールド作品。
 下敷きは『怪人二十面相』『少年探偵団』の初期長編二作を骨子に、多少のオリジナルシークエンスを入れている。
 国家特殊機関の養育を受けた天才美少年の小林芳雄、事件の際にIQが急激に高くなる明智&二十面相(前者は「オレ」「お前」「ガキ」の口調が平常運転の美青年プレイボーイ~一応、文代さんとは結婚してるけど)などの装飾要素はいかがわしいし、世界観も多少のスチームパンク要素を加味してはあるけれど、基本的には原典の作品世界に目配せしながら物語が進行していく。そんな作り。

 山中峯太郎版の「名探偵ホームズ」みたいなちょっと書き手の個性が出すぎたリライトを、当初からそういうスタイルで大人(またはヤングアダルト)向けに書いた、という感じであろうか。同時にまあ、昭和十年代のオリジナルの原作が持っていた、当時としてのザワザワ感と前衛的な感覚を21世紀に再生しようとかいう狙いにも沿っているんだろうけど。
 ただしミステリとして読む分には、あくまで原作世界・旧作のギミックばっかりなんで、それが物足りないと言えば物足りない。
 まあこの辺りは、忠臣蔵を独自の演出で美少女ものにしたり、吉良邸に巨大ロボットで攻め込んでもいいとしても(いいのか?)、主君への忠義という精神から乖離しちゃダメ、というのと同じかもしれん。
 その意味で本書は、なんだかんだ言っても、まっとうな作りではある。

No.317 7点 ファミ・コン!- 鏑矢竜 2018/03/21 11:52
(ネタバレなし)
 弁護士・連城雄大の長男である「僕」こと高校三年生の紡(つむぐ)は、この若さで家を追い出され、そして婚約することになった。その騒動のきっかけは、父が家に、紡と同じ年の薄幸の美少女・雛咲幽(ひなさき かすか)を連れてきた夜から始まる……。

 自分が所属するミステリーサークル・SRの会の正会誌「SRマンスリー」の最近の号の<新本格30周年記念特集>のなかでの<あまり語られないが改めて注目してみたい、この30年のなかの作品群>という趣旨の記事中で紹介されていた一冊。
 本書は2010~2011年頃のメフィスト賞応募作で、受賞はしなかったものの関係者の反響を得て刊行された長編。今のところ作者の(少なくともこの名義での)著作はこれ一作のようである。ちなみにタイトルの意味は旧世代の家庭用ゲーム機のことではなく、何を表意するのかは、よく見ると表紙に書いてある。
 
 くだんのSRマンスリーでの本書の紹介文がなかなかくすぐりが効いていたので(かなり変な型破りの作品だとか)、これで興味が湧いて手に取ってみた次第。
 でもって中味は設定&導入部どおりのシチュエーションコメディ風ラノベ。ものの見事にラノベ。
 大筋はヒロイン・幽の窮地を救おうと、周囲の人々の協力を得ながら八方破れに駆け巡る主人公・紡のコミック的な奮闘を追い続ける。

 しかしこれがミステリとして評価されているということは……最後にどう着地するんだろうと思いつつ読み進めても、なかなか底が割れない。
 …と思いきや、最後の最後で、はああああああというオチが待っていた。個人的には、大昔に読んだクリスティーのあの作品(断っとくが非・ポアロものだよ)に匹敵するサプライズで、なるほどこれは印象に残る。同時にこんなアホなことをやり遂げた作者にも、そして当該の作中の登場人物の行動にもある種のダイナミズムを称えたくなるような感慨が湧く。
 Amazonの評は賛否に分かれていた(といっても2つだけだ)が、個人的にはノリのいい随所のボケとツッコミのギャグもなかなか面白かった。
 この作者の人、今は何をしているんだろ。なんか別名義で人気のラノベとか書いていそうな気もするんだけれど。

No.316 7点 人質オペラ- 荒木源 2018/03/19 18:43
 海外渡航の際にテロリストに人質にされる災禍を主題にした、ポリティカルフィクションにして群像劇バーレスク。
 中盤のミステリ的な仕掛けは、まあ先読み可能だが、後半の「あ、そっちの方向に行くの…」という展開。ネタバレになるので絶対に言えない(言いたくない)けれど、ズルい、ズルいよ、これは。
 いろんな読み方が許される、正にそんな作品だと思う。

No.315 5点 サイレンス - 秋吉理香子 2018/03/19 18:36
 どういう持ち技で攻めてくるか中盤でほぼ見えてしまうが、それでも読むのを止められない、じっとりとべとついた感じ。これってアルレーのBクラス作品あたりの食感に近い。
 この作者のとんがったところが無くなって、その代わりに一種の安定感が芽生えて、今はここに着地したという印象ね。
 悪くはないんだけれど、もっと振り切ったものを期待したい。

No.314 5点 毎年、記憶を失う彼女の救いかた- 望月拓海 2018/03/19 18:31
 今年は似たような闘病恋愛ミステリを、つい先日読んじゃったばかりなので、どうしたって印象が薄れる、インパクトもかすむ。もちろんこの本固有の責任ではないですが。
 決して悪い作品ではないのだろうが、今の自分のそういうメンタリティの中から湧き出る涙は、先に読んだ作品の方で使い切っちゃった感じだな。すみません。

No.313 6点 たぶん、出会わなければよかった 噓つきな君に- 佐藤青南 2018/03/19 18:26
 最後まで読み終えて、良かった、とは思う。ただし底が割れてからの、ある重要キャラクターに抱く質感が終盤であまりにも様変わりして。

 うーん、これは何というか、妙な例えだが、たとえば文芸ドラマ性の強い18禁恋愛ゲームをプレイしていると、それまで地味で不器用な若者だった主人公が、最後の最後でいきなり種馬的セックスをやり出して、受け手が置いていかれる違和感…あれに近いものがある。いやこの作品の変質のベクトルは、まったく別の方向であり成分なのだが。
 もし、この本を読んで、自分は<あの登場人物>に最後まで、変わらずに感情移入をし続けましたよという方がいたら、イヤミや煽りでなく、その心情をうかがってみたいもので。

No.312 6点 僕たちのアラル- 乾緑郎 2018/03/19 18:17
 苦みのある青春SFミステリとして、なかなか心に染みた。
 しかしこの帯の文句は今さら『メガゾーン23』でも手塚作品『赤の他人』でもあるまいし、悪い意味で王道すぎる。
 あとメインヒロインは、最後にたどり着くこのポジションじゃなく、第二ヒロインなれども実質的に主人公の心を永遠に占有する、そんな立場の方が良かったような。

キーワードから探す
人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 2031件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(27)
カーター・ブラウン(20)
フレドリック・ブラウン(17)
評論・エッセイ(16)
生島治郎(16)
アガサ・クリスティー(15)
高木彬光(13)
草野唯雄(13)
アンドリュウ・ガーヴ(11)
ジョルジュ・シムノン(11)