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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2037件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.377 6点 危険なささやき- ジャン=パトリック・マンシェット 2018/07/10 09:38
(ネタバレなし)
「おれ」ことパリの私立探偵ウージェーヌ・タルポンはある日、友人のコッチョリ警部の紹介で、老婦人マルト・ピゴ夫人の依頼を受ける。ピゴ夫人の依頼内容は、36歳の彼女の娘フィリッピンヌが仕事帰りに失踪したので捜索を願うものだった。だがタルポンが改めてピゴ夫人と顔を合わせかけた矢先、彼女はタルポンの前で何者かに射殺された。さらにタルポン自身にも死の危機が何度も迫り、彼は友人の元敏腕新聞記者のエマン、ガールフレンドの美人アクター、シャルロット・マルラキスの協力を得ながら事件を追い続ける。だが今度はそのタルポンの周囲にまで、危険が及んでいく。

 原書刊行は1976年。1983年にアラン・ドロン主演の映画が公開されるのにあわせて、この原作の翻訳が文庫オリジナルで発売された。
 評者は、マンシェットはこれが最初の一冊。以前からどれから読もうかと思案していたが、ページ数がそこそこで<フランス流私立探偵ハードボイルド>というカテゴライズが明確そうな本作なら敷居が低いだろうと思い、これから手に取った。ちなみに本作の主人公タルポンは、訳者・藤田宣永のあとがき(解説)によると別の作品(未訳?)にも登場するシリーズキャラクター。本書は彼のデビュー編っぽい。
 物語の中味は、わずか240ページ弱の本文の中に息つく暇もないほど動的な要素が詰め込まれ、退屈などとはほど遠い仕上がり。途中からは、かのスピレインのマイク・ハマーものの某長編を思わせるような展開にも発展し、評者なんかをニヤリとさせる。やがて後半に明らかになる事件の構造はなかなか練り込まれたものだが、ちょっと事象を絡め合わせすぎた作者の神の意志を感じないでもない。まあこの辺はぎりぎりアリか。
 不屈の姿勢で真相に向かって突き進むタルポンのキャラクターは頼もしい主人公感があるが、それだけに後半、事件の現実を知った彼が三人の捜査官の前で見せる怒りの描写はすこぶる印象的。本当は(中略)だった彼の内面のやるせなさが、こちらの胸に重く響く。
 脇キャラのエマンやシャルロットも魅力的で、未訳? のシリーズ別作品も今からでも翻訳してもらいたいものである。
 
 なお映画の方は未見だが、webでネタバレにならないように気をつけながら内容や評価をうかがうと、大筋は原作と同様で、評判もよいらしい。いつか機会があったら観てみよう。ちなみに映画はタルポンほか登場人物の名前が違っていたり(日本版だけか?)、ヒロインのシャルロットの設定が主人公の秘書に変っていたりするみたいだが、後者など、それはそれで物語のキャラクターシフト的には有意義そうな(別バージョンの趣向として歓迎できる)潤色という感じである。そんな観点でも興味を惹かれるかも(笑)。

No.376 6点 タイトルはそこにある- 堀内公太郎 2018/07/09 23:22
(ネタバレなし)
 本書は作者が、編集部側から
第一話「演劇を扱った中編。登場人物は三、四人程度」
第二話「回想、場面変更、一行アキ一切なしのワンシチュエーション・ミステリ。登場人物は三人で」
第三話「会話文のみで書かれた作品」
第四話「三人の女性たちによる独白リレー。出番を終えた語り手はふたたび語ってはならない」
そして第五話……
 という五つの「お題」を託され、それぞれそのクエストに応えて執筆した形式の書下ろし連作ミステリ。

 評者はこの作者の著書は初めて読むが、とても遊び心のある連作集で、こういう企画そのものは大歓迎である。
 ただし各編にどんでん返しやサプライズを設けるために用意されたミステリとしてのそれぞれのアイデアの方にはほとんど斬新なものはなく、どっかで読んだ&見たような感じのものが大半なのはちょっとキビしい。第1話からしていきなり「その手」かよ……であったし(むろん詳しくは書けないが)、第四話なんか作者的にはかなり自信作のようだが、評者などには早々に大ネタが察せられてしまった。だってこの30年の間にあの作品とアノ作品で、もうそのネタは……(中略)。

 とはいえ編集者を巻き込んだメイキング記事風の長いあとがきを読むと、作者(&編集者)なりに過去のいろんなミステリを読み込んで、その上で本書をまとめたという経緯も語られている。評者なんか、このあとがきのなかで今まで知らなかったいろんなトリヴィアを教えられ、浅学の身としてはこれがなかなか楽しかった。前述した第1話なんか、評者が思い浮かべたものとはまったく別の作家の作品を、作者&編集者は同じネタのサンプルとして挙げていて、へえ~という感じである。該当作品を未読の読者にネタバレになりにくい書き方も配慮されていて、その辺の心遣いも良い。
 ただし叙述トリックそのほかで、ここはこのように苦労した、このように配慮したという送り手のメイキング事情の開陳部分は、割と当たり前のことを得意がって書いているようで、あんまり面白くない(すみません~汗~)。

 なお最終話はある有名な、海外連作短編ミステリシリーズへのリスペクトだが(これは数ページも読めばすぐわかるし、あとがきでもその旨、触れられている)解決まで本家の(中略)ぶりを模していて笑った。なかなかシャレがきいている。
 趣向は良し。中味はちょっと弱し。でも枝葉の部分はなかなか楽しい。そんな感じの一冊だった。

No.375 6点 恐怖の金曜日- 西村京太郎 2018/07/09 04:02
(ネタバレなし)
 カドカワノベルズの旧版で読了。
 本作のキモとなるミッシングリンクの謎(どのように被害者は選定されたか)の真相が序盤から予想がついてしまうのはアレだが、連続殺人を止められない捜査陣と検察側が世間への対応に苦慮しながら真犯人を追う図、終盤のちょっとしたツイストなどは面白い。
 最後に明かされる、凶行に走った真犯人の身勝手で自己中心的ながらそれでもどっか切ない心情に関しては、マット・スカダーものの某作品を想起した。
『メグレ罠を張る』と作者・西村自身の本作以前の優秀作『華麗なる誘拐』の二作を足して、それを3~2・5の除数で割ったような出来。ひと息に読ませる作品の勢いは、確かにある。
 しかしこれフーダニットじゃないでしょう。どっちかというとホワットダニットの警察小説だね。

No.374 6点 愚なる裏切り- フランク・グルーバー 2018/07/08 17:38
(ネタバレなし)
 広告制作会社に勤務する中堅コピーライターの中年トム(トミー)・ロールズは、恋愛結婚した妻パトリシア(パット)が実は呆れるほどの浪費家だと知った。今やそのパットは中流サラリーマンの夫を見限って離婚を希望し、銀行頭取で妻と死別した初老の男ゲイリー・ペインターと再婚するつもりでいた。やるせない毎日を送るロールズだが、そんな彼の楽しみは、ライフル・クラブでプロの狙撃手顔負けの遠距離射撃の技量を発揮することだった。そしてそんなロールズに、政界の黒幕とされる男アルフレッド・ティッドが接近し、ある相談を持ちかける。

 1966年のアメリカ作品。作者グルーバーのノンシリーズもの。
 あらすじの通りに主人公がコキュになりかけた境遇からスタートする、半ば巻き込まれもののサスペンススリラーだが、中盤で事件の構造がほぼ判明。後半は、自分自身とそして無辜な事件関係者の苦境を打開しようとする主人公の苦闘が、物語のメインとなる。
(これでも結構ネタバレには気を使っているつもり。ちなみに翻訳書の「ウイークエンド・ブックス」の裏表紙のあらすじ紹介は先に見ない方がいい。結構な部分まで種明かししている。)
 物語の前半、事態のなかに分け入っていく主人公の心情がわかるようなわからないような……とか、ヒロインを3人用意しておいてそのうちのひとりは大して(中略)とか不満はないでもないが、翻訳の良さもあってとにもかくにもハイテンポで読ませる筆力はさすが。特に後半、自分の行動に一定のモラルは保ちながらも、手持ちの金を使いまくって目的の場に向かっていく主人公のバイタリティはたくましい。くだんのヒロインのひとりとのラブストーリーのなりゆきも物語の大きな興味となるが、ちょっとややこしい関係にきちんとした手順を踏んで淀みを取り払っていく作劇も好感が持てる。
 もうちょっとノワール色の強い作家が同じ筋立てで書いたら、さらにギラついた脂っぽい話になるところ、良くも悪くもほどよいエンターテインメントでおさまったという感触もないではないが、60年代のこの手のスリラーとしては水準以上に楽しめる佳作だろう。
 ただしまあ高い古書価で買うことはないと思うよ。グルーバーの邦訳をコンプリートしたいという執着があるなら別だけど(笑)。

 余談ながら、主人公ロールズが人目を忍んでの移動中、長時間の旅のおともに「マット・ヘルムシリーズ(いわゆる「部隊シリーズ」)」を3冊買い込み、順々に読み倒していく描写があって笑った。現実の出版界におけるグルーバーとドナルド・ハミルトンの交流ぶりとか、ちょっと気になりますな。

No.373 7点 軍艦泥棒- 高橋泰邦 2018/07/08 08:47
(ネタバレなし)
 昭和40年代の横須賀。頭脳派のフーテン青年「マッちゃん」こと松木は、仲間たちを束ね、わざと小船を大型船にぶつけて示談金を得る<海の当たり屋>をやっていた。そんな彼は恋人の「ミッチー」ことミチ子が寝物語に口にした半ば冗談の思いつき「アメリカ海軍の軍艦を奪ってタヒチに行きたい」に心を刺激される。「偉大な犯罪的頭脳」を自認する松木は、そのミッチーを含む男女6人の悪友、さらに米軍ゆかりのアメリカ人の美少女ジェニー、奇人で天才発明家の日本人「ジョー」を仲間に引き入れ、横須賀沖に駐留中のミサイル満載のフリゲート艦162を無血シージャック。軍艦を占拠した総勢9人の「海賊」は、追跡してくるアメリカ艦隊を尻目にタヒチを目指すが。

 1971年に月刊ペン社からハードカバー(当時価格550円)で刊行された、日本の海洋小説の第一人者(「ホーンブロワー」やハモンド・イネス作品の翻訳者でもある)の手による青春海洋ケイパー冒険小説。
 現在のAmazonにはこの元版の書誌データが無く、のちのソノラマ文庫版のもののみあるので、そっちを本レビューのデータ欄に入れておく(いつかAmazonに元版が表記されたら、その時に入れ替えよう)。たぶんこっちの文庫版で読んだ人の方が多いだろうな(ソノラマ文庫で最初からこれはジュブナイルだろうと思ってページをめくりだして、いきなりベッドシーンが出てきてびっくりしている人もいるみたいだが、もともとは普通に一般向けの作品なのである)。

 元版の帯には「紺碧の大海原でくりひろげる痛快奇想天外なユーモア大アクションドラマ!」との惹句があり、まんまその通りの内容。
 ちなみに本書は第25回(1972年度)日本推理作家協会賞受賞作品の本命候補だったが、選定の直前で当時の選考委員の誰かから「これは推理小説ではない」という物言いがあり、それで受賞をストップしたという無念の経緯を当時のミステリマガジンのレポートで読んだ覚えがある。冒険小説のような広義のミステリ、SFなどのミステリ隣接ジャンル作品が山ほど受賞している後年~現在からはとても考えられない事態で、当時のミステリ文壇がいかに頭が固かったかという逸話である。ちなみに小松左京の『日本沈没』が日本推理作家協会賞を受賞したのはこの2年後だった(笑)。日本推理作家協会の視野が広がったのは、せめて、この『軍艦泥棒』の賞授与を巡る争議があったことが肥やしになったのだと思いたい。
 
 でもって肝心の作品の中味だが、主人公の松木はアタマはいいくせに、その仲間ともどもこのシージャック計画の立案そのものは実に感覚的で衝動的。悪く言えば何も考えていないのだが、この辺は当時のアングラ文化的な思考ということだろう。いきなりタヒチを目標に定めたところから始まるのも21世紀の目で見ると珍奇ではあるが、そっちについては数年前からの小笠原返還や沖縄返還を経て日本人の目がさらに外洋・南洋に向いていた時代の空気だろうね。
 とはいえ海中からフリゲート艦に迫る奇襲作戦そのものは、さすが海洋小説の大家だけあって綿密・理詰めに描き込まれ、読み応えは十分にある。
 主人公たちが、フリゲート艦の乗員などを絶対に殺したり傷つけたりしない、また自分たちもつまらない仲間割れはしない、と海賊なりの強い矜持(海の男としての誇り)をもって作戦に臨むのもいい。
 人質逃亡や人間関係のギクシャクなどはやがて中盤以降、いくつものクライシスを招き、作品のスリルとサスペンスを高めるが、それでもどこかに安定感があるのはさすが謳い文句どおりの「ユーモア大アクションドラマ」という実感である。後半、逃亡中の洋上で予期しない事態に遭遇した一同の、そして敵役であるアメリカ米海軍の「畜生、カッコいいじゃん!」な場面なんかもすんごく泣ける。ラストの人を食ったまとめ方もニヤリとさせられる。
 弱点といえば9人の主人公チームのなかに、きちんと描き込まれた面々と、ほとんどただの脇役っぽいキャラに終った者たちとの格差が生じちゃったことかな。まあひとつの物語、ひとつの事態のなかでまんべんなく全キャラにまともなドラマがあるのも不自然だという意味では、この仕上げでいいのかもしれんが。

 あと、本書は東宝かどっかで映画化企画があったけれど、結局、流れてしまったというウワサを読んだ記憶もある。いかにも昭和の映画黄金期を過ぎた、70年代の邦画界に似合いそうな内容だったのにな。実現しなかったのはとても残念。

No.372 5点 標的- ビル・プロンジーニ 2018/07/07 03:31
(ネタバレなし)
 先の事件で、諮問委員会から私立探偵のライセンスを無期限剥奪された「私」。そんな「私」は15歳年下の恋人ケリーとの関係も、破局の危機に晒されていた。一方で「私」の親友であるサンフランシスコ市警のエバハート警部補も、30年連れ添った妻ディナが彼を捨てて大学教授との同棲を開始。その心をすっかり疲弊させていた。傷を舐め合うようにエバハートの自宅でバーベキューパーティを開く二人の中年男だが、突如現れた男がエバハートを銃撃。「私」も巻き込まれて負傷する。病床で生死の境をさまようエバハートを背に「私」は親友が狙われたその背後の事情を探り始めるが。

 1982年に原書が刊行された「名無しの探偵(オプ)」=「私」シリーズの長編第9作目。
 本シリーズに関して評者は、新潮文庫で第1作から順々に翻訳された初期の分はすべて消化し、長編第7作目の『脅迫』までは読了していた。
 ところがその後の邦訳紹介の順番がなぜかてんでバラバラになったため(新潮文庫と徳間文庫と翻訳権を分け合ったせいか?)、興が醒めて読まなくなっていた。
 ということで個人的には実に久々の本シリーズとの再会である。まあ本当は、現在は翻訳されていてしかも未読の長編第8作目『迷路』から改めて読み始めれば良かったんだけど、その辺がどうでもいいやという程度にはスーダラでお気楽な心根で本書を手にしている(笑)。あ、それから本書のあとのシリーズはたしか一冊も読んでない……ハズ(読んでおいて忘れてるかもしれんが)。

 でもってミステリとしては、探偵が関係者たちの間を順々に歩き回っていれば向こうの方が普通に情報をくれ、その間合いを取るように死体が転がっているというアホな作りだが、この作者でこのシリーズならそんなのもアリだろうという感じで、あんまり腹は立たない。
 例によって「私」=オプのいい年して青臭く、今で言う厨二的に自意識の高い思考にも「ざわざわ」させられるが、まあこういうキャラじゃなくなったらオプじゃないもんね(笑)。
 ちなみにシリーズの流れを再確認するためにWikipediaの記事を見たら、名無しの探偵について「主人公はシリーズの進展と共に成長している」との記述があり、爆笑してしまった。だってこのキャラ、本作の時点で53歳だよ(笑)。シリーズミステリの主人公として成長がどうとか言えるレベルの年齢じゃない。神坂一先生の『スレイヤーズ』のどこかの巻のあとがきで「30過ぎてまだ修行中とかって言ったら、もう救いようがないんじゃ……」とかなんとか書いてあったのを思い出しました(笑)。
 
 とはいえ本書のなかでは、ハードボイルド探偵小説のある種の定型性というかお約束の展開を作者なりにひねろう&洗い直そうという部分が見受けられて、そういう妙に真面目な作劇の姿勢は嫌いになれないんだよね。
 オプの青臭い世間ずれしてないキャラって、これ以降、どこまで続いたのかなあ。まあまた、そのうちいつか、この後の作品も読むであろう。

No.371 5点 世界の終わりと始まりの不完全な処遇- 織守きょうや 2018/07/06 17:16
(ネタバレなし)
 小学生の男子・花村遠野は、ある夜、屋外での血まみれの殺人事件を目撃。奇妙なことにその事件現場の事後処理を取り仕切るのは、外見は高校生ぐらいの不思議な美少女だった。遠野はそんな彼女に心を奪われてしまう。やがて当の少女の正体も不明なまま9年の歳月が経ち、大学生になった遠野は実質的な部員が4~5人だけのオカルト研究サークルに所属。そんな遠野の胸中には、あの美少女への今も変らない想いがあった。その遠野とサークル仲間の近辺で、ある夜、怪異で猟奇的な殺人事件が発生する。そして事件の捜査のために遠野の前に現れた2人の女性。それは遠野の記憶のままの容姿の美少女・朱里と、その姉妹と思しき美女・碧生だった。
 
 書籍の帯で堂々と謳っているのでここで書いてもよいと思うが「初恋」「吸血」を主題にした、青春謎解きミステリ。
 その帯の惹句に「巧妙な伏線の数々。あなたは何度もダマされる!」とあるので、ほほう、と思って読んでみた。作中では吸血行為をする亜人種が登場するが、その全部が蛮行を平然と行ういわゆる「吸血鬼」という認識ではない。そういう人たちは、一般人との平和裡な共存もまったく可能な「吸血種」と称される。なんか菊地秀行の「魔界都市シリーズ」の戸山住宅の面々みたいだ。
 こんな設定のなかで理性を失った一部の謎の吸血種の犯行らしき事件が語られ、ではその吸血種の正体は? というのを主眼にした、一応はフーダニットである。
 物語にはさらに複数のサプライズが用意されているが、この辺は悪い意味で描写が丁寧すぎて、いくつかのネタは早々に丸わかりしてしまう。なんというか、いかにも言葉を弄しそうな弁護士兼業の作者らしく、ウソを書かない書かないと気を使った分、ソコがかえってアダになってしまった感じだった。会話も多い割りに、登場人物が一度に口にする「」の間の情報が不自然に長いのも、気にかかるしな。この辺のくどさもソレっぽい。
 ただまあ前述のフーダニットの部分は、個人的にはちょっと面白かった。わかる人にはわかってしまうだろうけど。
 でもって主人公の恋愛描写の方は、これをおっさんの作者(30代の末)が書いて、さらにオレみたいなおっさんの読者が読んでるかと思うと赤面するようなベタベタぶり。嫌いじゃないけど、けっこうイタい。21世紀の高校生向けのラノベでも、なかなかここまで恥ずかしい感触のものは少ないような。
 まあ織守センセ、こういうものも書けるんですね、という器用さについては、素直にホメておきたいです。

No.370 6点 犯人殺し- ジョナサン・グッドマン 2018/07/01 17:49
(ネタバレなし)
 1948年。ロンドンの骨董商の妻で30代前半の女性ディーリア・ウィリスが自宅で殺害された。殺人の嫌疑は彼女の夫ジェイムズに掛けられたが、彼は裁判の末に無罪釈放。しかし真犯人は不明なまま、釈放からそう経たぬうちにジェイムズは病死してしまう。それから30年後の現在、ある日突然、ジョージ・パレルモなる初老の男が、実はディーリア殺害の真犯人は自分だったと告白した。30年前にジェイムズの弁護士を務めて、今は引退した法曹家ヘンリー・カルー。その義理の息子である犯罪研究家「わたし」は、かつてディーリア殺害事件を調査した縁もあってパレルモの告白に関心を抱くが、そんな矢先、何者かによって当のパレルモが毒殺されてしまう。

 1978年のイギリス作品。作者グッドマンは現在でも本書しか邦訳がないが、作中の「わたし」同様の犯罪研究家であり同時にミステリ作家としての著作も(当時の時点で)何冊かあったようである。
 本書も「わたし」の一人称視点から過去と現在の二重殺人(パレルモ殺しの方は、その状況がかつてのディーリア殺しに相似する部分が多いことから「カーボン・コピー殺人事件」「複写殺人」などとも称される)の謎に迫っていくドキュメントノベルタッチのフーダニットで、地味っぽい内容ながら登場人物の配置はきちんと整理され、会話が多めの本文ということもあってリーダビリティは高い。
 個人的には終盤で明らかになる真犯人の正体と、そこに至るまでの隠し方はなかなか意外で、ほどよいサプライズが味わえた。伏線や手がかりの張り方も、何気ないところが読み手の気持ちにどっか引っかかる感じでこれも良い。ラストの締め方も妙な余韻がある。

 ちなみにこの本、大昔にミステリファンのサークル内の仲間から「変な作品だった」とだけ感想を聞かされ、その一言が心の片隅にどこか引っかかっていた一冊。今回はウン十年ぶりに思い立って読んでみたが、良くも悪くも思ったよりフツーのミステリであった。小説としてのまとまりを含めてなかなか悪くなかったけれど。それだけ昨今の東西には、変化球っぽいミステリが増えたということだろうか。

No.369 5点 撲殺島への懐古- 松尾詩朗 2018/06/30 16:29
(ネタバレなし)
 空手家の芦原、キックボクサーの沢村、レスラーの橋本、柔道家のルスカたち格闘家の大学生四人は、瀬戸内海のとある孤島に卒業旅行に赴く。島では定年退職後の老人・宇田川とその老妻がペンションを経営。彼ら6人だけが島にいるはずだった。だがその日の朝、密室の中で変死体が見つかり、やがて事態は怪異な連続殺人事件へと発展していく。

『彼は残業だったので』に続くカメラマン・門倉とアマチュア名探偵・立花真一もののシリーズ第二弾。本文中では(一応のイクスキューズのもとに)門倉と立花の名は伏せられているが、前作を読んだ読者にはすぐピンとくるようになっている。まるで小林信彦の「神野推理シリーズ」に客演した際の、オヨヨ大統領みたいだ(しかし本書の場合はこの趣向、あまり意味があるとは思えなかったのだが……)。

 今回は体育会系男子ばかりをメインにした青春ミステリ&クローズドサークル設定での不可能犯罪もの。やや特異な設計の室内での最初の密室殺人、さらに屈強なはずの格闘家の被害者がなぜか抵抗もできず? にボコボコにされた第二の殺人など、提示される謎はなかなか魅力的。
 ただし前作同様、この作者の<とにもかくにもミステリファンを饗応しよう>という意気込みばかりが先走り、中味の方がそれについていかない感じがなんともアレである。
 戦前の某国産短編ミステリを想起させる密室殺人のメイントリックはそれなりに豪快で微笑ましいが、第二の殺人の不可思議な状況の真相は「はあ……」という感じで、さらに第6章の、素直に付き合えばちょっとソソられる仕掛けの実態は……これはもうチョンボであろう(汗)。
 とはいえ個人的には前作よりは、書き手が自分の流儀に居直った感じがうかがえて、それなりに面白かった。小説の筋立て的にはそんなに描き込まんでもいいであろうはずの取っ組み合いシーンになると、妙に作者の筆が乗ってくる感触も天然でよい(笑)。出来がいいか悪いかと言われると後者だが、変な魅力はある一冊。さて残るこの作者の最後の長編も、楽しみである(笑)。

No.368 6点 六人の赤ずきんは今夜食べられる- 氷桃甘雪 2018/06/30 00:30
(ネタバレなし)
 とある世界。「私」こと一人の若き猟師は、かつて成り行きから無辜の人々を殺戮する凶行に加担。やがて己の非道を恥じて一人の少女を守ろうとしたが、結局はその小さな命を救えなかった悔恨の過去があった。贖罪のためにあてもない旅を続けてきた猟師は今、ある村を訪れ、そこでは「赤ずきん」と呼ばれる歴代の特殊技能の少女たちが高価な魔法の秘薬を生成し、村の繁栄を担っていることを知った。だが今度の赤い月の夜、現在は6人いる赤ずきんに狼の魔物「ジェヴォーダンの獣」が迫り、全員を食い殺すという。村人は頼りにならないと見た猟師は、村の廃墟である「お后様の塔」に6人の赤ずきん(バラずきん・リンゴずきん・チューリップずきん・ザクロずきん・紅茶ずきん・ツバキずきん)とともに籠城し、彼女たちを守ろうとする。だがその6人の赤ずきんのなかの誰かが、魔獣を手引きする魔女の化身である事実が判明して……。

 ダークメルヘン&スリラー(ホラー)的な設定のなかで語られる「誰が魔女なのか」を最大の主題にした謎解きフーダニット。同時に6人の赤ずきんの秘薬にはそれぞれ物質を無臭にする、透明化させる、硬化させる……などなどの一定の魔法的な効果があり、その効用を活かして魔獣からの逃亡と敵との対決を図る、そんなスリリングなデスゲーム性も物語の大きな興味となっている。
 異世界集団の仲間のなかで誰が悪のキーパーソンかのフーダニットといえば『六花の勇者』という著名な先例があるが、そこはやはり本書の書き手も意識したらしく、ひとつふたつさらに別の謎解きの趣向を設けているのはさすが(ネタバレになるのでここでは詳しく書かないが)。

 とはいえ設定も大筋もなかなか面白いんだけど、ヒロイン6人の書き込みがかなりバラバラで、主人公が特化して縁を感じる「バラずきん」やキャラクターの奇矯さがめだつ「ツバキずきん」(←個人的にこの子はかなり魅力的・笑)や「チューリップずきん」などはともかく、「紅茶ずきん」あたりの地味キャラの存在感の希薄なこと。作者の「推し」の深浅の差がモロに出てしまった感じで、この辺はもう少し何とかならなかったのかという思いが強い。
 ちなみに肝心の謎解き部分は伏線や手がかりを意識的に設けてあるのはとても良いのだが、そのロジックを支える異世界の法則性や現実に通じる常識的な情報の提示のこなれが悪い。マジメにしっかりとパズラーをやりたい気概はわかるんだけど、ここも、もうちょっと推敲して欲しかったという印象。

 それでもこの世界観での謎解きサスペンスの手応えは相当のもので、後半~終盤、事態の全容が徐々に見えてくる際の異様な迫力も味わい深い。手放しで「傑作」「優秀作」と誉めるには一つ二つ足りないが、変格設定のパズラーとしては十分に及第点だと思う。
 構成力と筆力もかなり期待できる感触があるので、次回はまったく違う物語設定での広義の謎解きミステリなどに挑戦してもらいたい。

No.367 6点 名探偵誕生- 似鳥鶏 2018/06/29 18:13
(ネタバレなし)
「僕」こと小学校四年生・星川瑞人は、級友達とともに高速道路の向こうにある「幽霊団地」の周辺に出没する怪人「シンカイ」を調べに行く。だがシンカイは、どこにも出口のないはずの袋小路の中で消失してしまった。やがて、瑞人を「みーくん」と呼ぶ隣人の美少女高校生「お姉ちゃん」こと波多野千歳によって解き明かされる事件の謎と意外な真実。そしてこれは、年上の憧れの名探偵・千歳に思いを寄せる瑞人の長い恋路の幕開けでもあった。

 全5編の連作謎解きミステリで、同時に千歳にひそかな思慕を抱き続ける主人公・瑞人の成長(終盤の二編では大学二年生になる)ドラマを描く青春小説。
 昨年の新刊の連作ミステリ『彼女の色に届くまで』で、雑誌掲載時に一度、一応のきちんとした解決をつけた各編の真相を、書籍にまとめた際にさらにまたひっくり返すという技巧的な大技を見せた作者だが、今回もまた同様のギミック「謎と真相の二重構造」が随所に効いている(ただし今回は『彼女』と違って、書き下ろしでの刊行)。
 数年をかけた主人公とメインヒロインの青春恋愛(片思い)ドラマの推移と、1~3話の足固め編を経て4・5話でクライマックスを迎える連作謎解きミステリという双方の要素も、この物語のなかではとても親和性がよい。評者はこれまで似鳥作品は、乗り入れしやすいノンシリーズものしか読んでないのだが、そのなかではベストのひとつだと思う。
 ちなみにおなじみの饒舌な本文中の註釈がなぜか第一話にはまったく登場しないので、今回はナシなのかな、と思ったら第二話からやっぱり野放図に始まった(笑)。このマイペースぶりもとてもいい。あとがきも、独自の考えのミステリ愛、そして21世紀の作家としての挑戦的なスピリットを感じさせて、マル。  

No.366 7点 華麗なる大泥棒- デイヴィッド・グーディス 2018/06/28 17:43
(ネタバレなし)
 第二次大戦前夜のアメリカ。天涯孤独の17歳の若者ナタニエル(ナット)・ハービンは、心優しき中年の泥棒ジェラルドに救われる。ジェラルドから息子のように扱われ、泥棒の技術を仕込まれたハービンだが、やがてジェラルドは裏稼業のなかで死亡した。ハービンは、ジェラルドの遺児で14歳年下の少女グラッデンを父代り兄代りとして養育。やがて大戦を経て、34歳になった現在のハービンは、20歳の愛らしい娘に育ったグラッデン、さらに二人の仲間、盗品の流通に長けたジョー・ベイロック、錠前破りの名人ドーマーとともに流血を避けた慎重な泥棒稼業を続けていた。だがある仕事を契機に、彼らの運命は大きな変化を見せることに……。

 原書は1953年に刊行。1973年に本書と同題のJ・P・ベルモンドのクライムコメディ映画が日本で公開される際、その原作として邦訳された。とはいえ本書の訳者後書きでも触れられているが、小説の内容は「華麗なる」という修辞とはまったく無縁な、非コメディ系のシリアスノワール。
 ハービンたちが最高価格11万ドルの大粒エメラルドを奪い、その横取りを企む謎の影、ハービンの心を揺さぶるファム・ファタールの美女デラの出現、仲間達の間に走る亀裂、そして何より、養父ジェラルドへの恩義からグラッデンを見守り続ける主人公ハービンの思いと、そんな彼に対して自分を妹や娘ではなくワイフとして恋人として見て欲しいグラッデンの苛立ちなどが、わずか200ページちょっとの物語を高い密度で盛り上げていく。ストーリーはシンプルだが、会話と客観描写を多用した叙述は強烈なテンポを保ち、物語の加速感は並ではない。余韻のあるクロージングまでひと息に読み終えられる50年代クライムノワールの佳作~秀作。

No.365 6点 閻魔堂沙羅の推理奇譚 負け犬たちの密室- 木元哉多 2018/06/27 21:15
(ネタバレなし)
 前巻とほぼ同じ総ページ数ながら収録エピソードの絶対数はひとつ減って3本になっちゃったけど、内容にあった紙幅的にはこれくらいの方がいいかもね。作品の中味と物語の容量はちゃんとバランスをはかるべしという主旨のことは、かのE・クイーンも言っております。
 二冊目ということでさらに各編にもよりバラエティ感が出てきて、まんま「地獄少女」みたいな懲悪路線にも踏み出したけれど、これは今後シリーズを長続きさせる意味でいいと思う。
 一定以上の水準の謎解き&フーダニット(推察がつく部分もそれなりにあるが)と、毎回沙羅以外の登場人物の面子が変る連作キャラクタードラマとして個人的にはかなり気に入っています。
 しかしこの二巻巻末の惹句「人間賛歌×本格ミステリ!」というのは一巻ならともかく、前述の通り、本書の方では作品に幅がでてきたという意味において、ちょっとズレてきちゃいましたな(笑)。

No.364 6点 翼がなくても- 中山七里 2018/06/27 21:00
(ネタバレなし)
 西端化成に勤める20歳のOL、市ノ瀬沙良は、同社実業団陸上部の精鋭アスリート選手として次期オリンピックまでを視野に入れていた。だがそんな彼女はある朝、居眠り運転事故の被害者となり、左脚切断に至る重傷を負う。しかも加害者は沙良の隣人かつ初恋の相手で、現在は引きこもりのニートの青年・相良泰輔だった。自暴自棄になりかけながらも、障害者スポーツの陸上選手として果敢に再起を図る沙良。だが事故ののち、泰輔が自宅で変死。犬飼と相棒の麻生は現場の状況から殺人事件と見て、正体不明の犯人を追うが。

 謎解きミステリとしてはソツもないが曲もない作りで、真相は大半の読者の想像の範疇であろう。
 ちなみに本作は犬飼と御子柴の初の共演(半ば対決)編。中山ファンにとっては垂涎の趣向だが、あえてそっちの興味はサブに回し、再起にかける沙良の熱い青春ドラマ、さらには彼女を支える人たちの群像劇の方をメインの軸にしたあたりはうまい。
 いかにも現実のなかでありそうな試練をたっぷり盛り込みながら、その上で克己する思いの強さを謳った、すごく清廉で良い感じに厚みのある人間ドラマであった。そっちの意味で、読み応えは十分。

 しかし御子柴先生、ツンデレのツンの部分の偽悪家にして、ちゃんと最後には沙良を応援するおいしい役どころは持って行く(探偵役はどっちかというと犬飼の領分)。この人は、まさに中山ワールド版ブラックジャックですな~(笑)。

No.363 9点 母なる夜- カート・ヴォネガット 2018/06/26 17:15
(ネタバレなし)
 1961年。「わたし」こと40代後半のアメリカ人、ハワード・キャンベル・ジュニアは、イスラエルの刑務所の獄中で、第二次世界大戦時にドイツに暮らし、ゲッペルスの下でナチスのラジオプロパガンダ役として送った過去、そして戦後にアメリカに来てからの日々のことを回顧する。そんなハワードには第二次大戦中、地上で彼をふくめてわずか3人だけしか知らないもうひとつの顔があった。それはアメリカ陸軍省少佐フランク・ワータネンの要請を受けて米国のスパイとなり、ナチスの中枢にいなければ入手不可能な情報を連合国側に送る役割だった。世界の平和と人類の未来を望みながら、600万人ものユダヤ人殺戮の共犯者の道を歩んだハワード。だが彼の全身全霊を尽くした戦時中の苦闘は、戦後のアメリカ社会から感謝を得ることはなかった。
 
 1961年に原書が刊行されたアメリカ作品。1973年の初邦訳時、ミステリファンの老舗サークル「SRの会」同年度の海外作品部門のベスト投票で堂々の一位に輝いた一冊でもある。それゆえいつかいつか読みたいと思いながら、ミステリ作家(またはSF作家)というよりは、現代(20世紀後半)文学の旗手のひとりとして知られた作者カート・ヴォネガット(カート・ヴォネガット・ジュニア)の代表作と名高い長編だけになんとなく敷居が高かった。ちなみにヴォネガットの作品はHMMに載った作品、または何らかのアンソロジーに収録された短編くらいのみ読んで、未だにこの作品以外の長編は読んでいない(なお、個人的ななりゆきから原作をまだ未読なままに映画『スローターハウス5』だけは先に観ていて、これは単品の映像作品としてすごくスキである)。
 
 しかし今回は最初の翻訳者・池澤夏樹が旧訳にさらに手を入れた1984年の白水Uブックス版で読んだのだが、えらく平易な文章でとんでもなく敷居が低かった。翻訳はところどころ難しい原文のニュアンスを懸命に拾い上げたそうで、読者の一人として厚く感謝するしかない。
 本書は起伏に富んだストーリーの優れたスパイ小説であると同時に、魂に染みる強烈な人間ドラマである。さらに寓意と皮肉に満ち、そして国会や種族、集団や個人の愚かさを笑い、切なさに苦笑し、辛さと苦さに潰されかけながらも、何のかんの言っても人間を最後まで見捨てない、そんな一冊でもある。
 自分と、そして多くの人類にとっての真理と理想を追い求めながら、それに懸命になればなるほど大きな欺瞞と虚飾のなかで人類最大の凶行に加担せざるを得なかった主人公。
 だがそんなハワードと、彼を諜報員にしたフランク・ワータネン(旧悪を問われ続ける主人公と対照されるように、彼は大佐に昇格している)は戦後再会し、以下のような会話をかわす。

「わたしのポケットにメモをつっこんで、ここへ来るように伝えたのは誰ですか」
「聞くのは勝手だが」とワータネンは言った。「私が教えっこないのはわかっているだろう」
「そこでまたわたしを信用していないというわけですか」
「きみみたいにりっぱなスパイだった男を信用できると思うかね?」とワータネンは言った。「ええ?」

 小説の大筋も細部も真実と欺瞞が交錯し、少し後には状況も人間関係も反転するような内容だが、それでも主人公ハワードの立ち位置はぶれない。ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』の後半で、アレック・リーマスが車中で叫ぶような人間という種への諦観や想念が語られるわけでもないが、それでもこの主人公は最後まで人間を読者を、そして自分自身を裏切らないだろう、そんな軸を最後まで感じさせ続けるヴォネガットの筆致の強靱さ。
 若い頃にもっと早く読んでおけば良かったかな? いや、オッサンになった今だからこそ身に染みた魅力がある。少なくとも自分は人生のなかで、この一冊を見逃さないで良かったと思うのだ。

No.362 7点 さよならファントム- 黒田研二 2018/06/23 21:25
(ネタバレなし)
 8点をつけられた蟷螂の斧さんのレビューに興味を惹かれて、読んでみました。
 序盤から始まる主人公の最大級の逆境は、最終的に(中略)とはもちろん予想がつくものの、じゃあどういう道筋を立てるんだろう……と思いきや、なるほど、こう来たか! という感じであった。一級のサプライズの開陳と同時に、キーパーソンがなぜそうしたかのホワイダニットにもいっきにカタをつける手際がお見事。
 フーダニットの方もなかなか面白い仕掛けがしてあり、あとからポイントとなるシーンを読み返すとニヤリとすることしきり。
 まあ205ページ前後の奇妙な状況の謎解きばかりはやや無理がある、という思いもするけれど、これだけおもちゃ箱をひっくり返したようなギミック満載の作品の中には、これひとつくらいトっぽいのがあってもいいでしょう(笑)。
 終盤の主人公が(中略)を経て新たな道に踏み出すあたりは、手塚漫画か藤子・F作品の名編のような感慨であった。

No.361 4点 今夜、君に殺されたとしても- 瀬川コウ 2018/06/23 15:37
(ネタバレなし)
 現場に凶器と直接関係ない、紐と鏡を残していく連続殺人事件が発生。「僕」こと両親と死別した高校生、橘終(たちばな おわり)には、双子の妹である女子高校生・乙黒アザミがいたが、彼女こそはこの連続殺人事件の容疑者であった。妹を愛し、そして彼女の心の闇を知る終は、さらに事件のなかに踏み入っていくが。

 人気青春ミステリ「謎好き乙女シリーズ」の作者によるノンシリーズ編。評者は「謎好き」はシリーズ2冊まで読み、そのミステリ的なセンス、そして男子主人公とヒロインの距離感に結構新鮮な魅力と手応えを感じていた(←なんかエラそうですな。気にしないでください)。
 それでそっちのシリーズはすでに完結しているので先にその残り分を読めばいいのだが、あの作者の完全新規の新作というのはどんなだろと思い、いち早く本書の方を手に取った。まあそんな次第である(笑)。

 で、感想は、うーん……とても瀬川作品らしいんだけど、その個性を今回はこういう形で出しちゃったのかなあ、という印象。
 ミステリとしては二人の主人公(兄妹)の関係性の謎とその軌跡を追う一方で、一種の入れ子構造的に複数の事件と謎めいたものが設けられており、個人的にはその二つ目の真相と事態の成り行きはなかなか面白かった。
 ただし、ヒロイン・アザミの切なくて哀しいキャラクターを語るために、終盤で評者的にはとても許せない描写が出てきたので大幅に減点。アザミのぎりぎりの内面を描くにしても<こんな作劇>は少し安易に感じる。もっとやりようはあるよね。ここであんまり詳しくは申せませんが。

 ちなみに物語の後半から登場し、事件の狂言回しというか観測者的な役回りを務める美少女高校生探偵の神楽果礎(かぐらかそ)。「腹黒」を自認するその厨二的なセリフ廻しにコミックチックな魅力があり、次回はこの子をもっとメインポジションに据えた作品を読みたいですな。まあ本作は講談社タイガ文庫のレーベルだから、今後のそういう路線も考えているんだろうけど。
(あー、そんときは本書は、神楽果礎シリーズの第一弾になっちゃうんだな。)

No.360 6点 アイランド- ピーター・ベンチリー 2018/06/23 01:34
(ネタバレなし)
 35歳の売れっ子フリーライター、ブレア・メイナードは、人気コピーライターである妻デヴォンと離婚。12歳の息子ジャスティンの養育を彼女に託していたが、そのデヴォンの頼みで息子を一週間ほど預かることになった。メイナードは雑誌「トゥーデー」の記事のネタとして、この3年間にバハマ沖でヨットやクルーザーなどの船舶が600以上も消息不明になっている怪事に注目。頻出する海難事故の背後に何かあるのでは? と考えて、息子を連れて現地に取材に赴く。だがそこで彼を待っていたのは、悪夢のような現実だった。

 79年のアメリカ作品で『ジョーズ』『ザ・ディープ』に続く作者の長編第三作。巨大鮫パニック、宝探し……を主題にした前二作と同じ系譜の海洋スリラーで、やはり同様に映画化もされてるが、ここではあえて本作のストーリーの大ネタが何かはヒミツにしておく。
(まあ当時は、フツーに書籍や映画の宣伝などでネタバレされていたし、本書の訳者あとがきでも大っぴらに記述されているのだが。さすがに今では翻訳本の刊行から40年近く経って、知らない人も多くなっていることだろうし。)

 後半の展開は、テンション、スリル、そしてある種の不快感と恐怖などが入りまじった猥雑さでなかなか息苦しい思い。単純にスリラー+αのエンターテインメントとしては、前二作より面白かったかもしれない。主人公メイナードの周辺で、読者の心をざわつかせる、かなりきわどい展開が用意されているのにも驚かされた。
 一方で正直なところ、日本のA級&B級バイオレンスノベルっぽい感触もないではないのだけれど、大ネタを支える文芸にあれこれそれっぽい蘊蓄が導入されていたり、クセのあるサブキャラの視点を介して妙にアカデミックな見識が語られるなど、物語に独特の厚みを与えるのには成功している。
 終盤、物語の決着が見えないまま、紙幅がどんどん減じていく。そんな加速感を経たクロージングもエンターテインメントとして悪くない。
 今回の事件の向こうに現代人は何を覗くのか。そういうちょっと厨二的な味付けを匂わせているのも、良い感じの物語のスパイスになってるし。

 ……とはいえ、やはりベンチリーの海洋もの初期三作の中でのマイベストは、結局は『ジョーズ』なんだけどね。いや鮫がコワいとかその戦いがスリリングだからとかいうより、原作小説にあってスピルバーグの映画には無い(らしい)ある人間関係とそれに関連した某シーンが大好きなので。
(これで評者が何を言いたいか分かる人は、ハハーン……! とニヤニヤしてください・笑。)

 最後に評者は、ベンチリーのこの初期三部作の映画版は『ザ・ディープ』のみ観ている。というのもこの頃のジャクリーン・ビゼット(『ザ・ディープ』の主演)が最強に可愛かったから(笑)。
 本作『アイランド』でも「雑誌「トゥーデー」のカバーガールをジャッキー・ビゼットに頼むかどうか」という劇中でのやりとりがあってニヤリとなった。たぶん意識的な楽屋落ちだろう。

No.359 5点 偽装- 相村英輔 2018/06/22 10:51
(ネタバレなし)
 都内在住の実業家・浦崎長恭の妻・和子が自宅で変死体で見つかる。現場や死体の状況から被害者は強盗殺人の犠牲になったのかと推されるが、やがて検死の結果、彼女は自殺とわかる。誰かが自殺を他殺に偽装した? として捜査陣の嫌疑が浦崎に向かい、さらに過去に浦崎の会社の3人の従業員が、彼に莫大な保険金を遺して死んでいる事実が判明した。そんななか、浦崎の友人で事件に関わった電器店の主人・小谷修が殺害される。これも浦崎の犯行かと思われるが、彼には検死官の死亡推定時刻に大阪にいたという絶対のアリバイがあった。

 詩人探偵・楼取亜門シリーズの第二作で、現在までの最終作。
 例によって? Twitterで悪評を呼んでるから読んでみたが、個人的には、前作同様、ウワサほどひどいものではなかった。
 まあたしかに中盤、アリバイ捜査の道筋のうち、結局は警察側から見て徒労に終る部分をここまで徹底的に細かく書かんでもいいんでないのとか、メインの殺人事件となる小谷殺しに先立つ4つの死亡事件の精査がおざなりだとか、その手の不満は感じた。特に前者についてはくだんのTwitterなんかでも「駄目な時刻表ミステリ」の代表作であるかのようにも揶揄され、そういう文句が出るのもわからなくない。
 ただまあ、長々と綴られたそっち方向の叙述も、実は終盤の逆転推理のためのミスディレクションを力押しにしているのだと見るならば、その狙いは理解できる。少なくともこの迂路に見える部分には、一応の意味があるように思える。最後に「実はそっちじゃないんだよね~」と言わんばかりに明かされる事件の真実とそれを支えるメイントリックも、なんか昭和のB級パズラー風で微笑ましい。
 前作は都筑道夫の推挙を受けて刊行されたそうだが、どっちかというと今回の方が都筑ティストとの接点を見出しうるような。
 この作者独自のミステリ愛があり、探偵キャラクターや世界観を築くことに当人なりに傾注していることもあとがきに感じられる(前作と本作の時代設定の間に20年以上あるのに、劇中人物がまったく加齢していないことへの、いわゆる「言わんでもいいがな」的なイクスキューズとか)。

 作者はこの2冊を書いたあと時代小説の方に行っちゃったみたいだけど、もうちょっと亜門シリーズを読みたかったな。まああんまり書き慣れてくると、このヘタウマっぽい味は薄れるかもしれないんだけど。

No.358 6点 死の長い鎖- サラ・ウルフ 2018/06/20 20:37
(ネタバレなし)
 高校教師の青年ディヴィッド・ブレットは、父の生まれ故郷の町フェアフィールドに帰参して5年目。住民達の憧れだった美人の女性教師エリザベスを妻に迎えたが、まだまだ彼をこの町の中では新参者だと見る者も少なくなかった。そんなある日の朝、ブレット家の乗用車が突如爆破し、エリザベスはお腹の子供ともども命を奪われた。呆然とするデヴィッドのもとにさらに届いたのは、彼の教え子であるチアリーダーの美少女ジェニー・ウィルソンが、その彼氏のレイン・カーペンターともども射殺されたという惨劇の知らせであった。両事件の関連を追う警察署長のフィリップ・デッカー警部補は、エリザベスとジェニー、双方に関係する人物としてデヴィッドに嫌疑の目を向けるが、やがて露わになるのは、この町の周辺で十数年にわたってひそかに進行していた十数人もの人間の命を狙う何者かの殺意であった。

 みんな大好き(?)佐藤圭の名著=ミステリガイドブック『100冊の徹夜本』を読み返していたらなんとなく意識した、評者が今まで未読だった一冊。本サイトでもまだレビューが無いので、どんなかなと思って一読してみた。原書は1987年に書かれた作者のデビュー作。
 ちなみに『100冊』での本書紹介ページの惹句は「ミステリー史上、<いちばん殺人件数の多い殺人鬼>は誰だろうか。」である。まあその主題に沿った作品がズバリこの長編なのかといえば異論がある向きもあろうが(評者も「あっちの作品じゃないですかね~」と言えるのが一つ二つはある・笑)、開幕70ページちょっとで、それまで一見秘匿されていた多数の殺人計画が露わになっていくダイナミズムは確かにすごい。そういう意味で加速感も強烈な内容で、ページをめくり始めてから半日で、ほぼ一気に読み終えてしまった。

 ただし中盤である程度、事件の底が割れてからはちょっと(……ムニャムニャ)。作者も本当はもうちょっと奥深い仕掛けを仕込みたかったんだろうけど、迷った末に直球を投げてしまい、それでもそれなりの球威があった、という仕上がりである。読んでるうちに、こういう話の流れならこうなるんじゃないかな……。このキャラクター描写は思わせぶりなミスディレクションじゃないかな……。実にあれこれ想像力を刺激させられた一冊であった(笑)。
 全体としてはM・H・クラークの初期編とかあたりに近く、技巧的にはそっちよりちょっと弱いけれど、別の部分でのケレン味をまぶしてある感じ。サスペンススリラーとしてはまとまった印象で悪くは無い(ちょっと大設定とか趣向とかクリスティーの『殺人は容易だ』を思わせるところもあるが)。

 ところでこの作者、日本ではこの一冊で紹介が終っちゃったのかな……と思っていたら、講談社文庫にて、S・K・ウルフ名義で二冊のエスピオナージュの翻訳書が出ている。機会があったら、いつかそっちも読んでみよう。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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