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[ サスペンス ]
バタフライ
ジェームス・ケイン 出版月: 1954年01月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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日本出版協同
1954年01月

No.1 6点 人並由真 2019/08/12 13:15
(ネタバレなし)
「私」ことジェス・タイラー(タイラア)は、廃坑の近所で農作業や酪農をして日々を過ごす42歳の男。20年前程前に当時の若妻ベルに、愛人の男モーク(モォク)と駆け落ちされた過去がある。ベルは当時、ジェスの長女でもあるジェーンと同じく彼の次女でもあるケイディという2人の幼女まで連れて行ったが、現在のある日、美しい娘に成長したケイディが帰ってくる。しかもすでに彼女にはダニイという男児の赤ん坊までいた。訳ありらしいケイディとの同居を始め、さらにジェーンとも親子の縁を温め直す機会に恵まれるジェスだが、そこに元妻のベルまでが帰参。さらに彼女を追って、その愛人のモークまでがジェスの周辺に現れる。そんな中、ジェスはケイディから、ダニイの父親である青年ウォッシ・ブラウントを紹介され、その人柄に好感を抱いた。そして、ジェスにとってモークは自分からベルを奪い人生を狂わせた仇敵だが、ウォッシもまた別の事情からモークを嫌悪していた。二人はモークに対し、手を組んで行動するが……。
 
 1947年のアメリカ作品。ケインの第9長編。邦訳は日本出版協同の個人作家叢書「ジェームス・ケイン選集」の4巻しかなく、部屋の蔵書の中からしばらく前に見つかったそれを、今回気が向いて読んでみた。
 翻訳者の蕗澤忠枝は新潮文庫版『殺人保険』と同じ人で(というより正確には、「ジェームス・ケイン選集」は一貫して蕗澤が手がけており、『殺人保険』も元版はそっち。のちに新潮文庫に同じ翻訳が収録された)、ケインの一種リズミカルともいえる文体はよく日本語に置換してある(と推察する)。
 が、その一方でさすがに言葉の選択が古かったり、国語的にもどうよ? というものもあり、初めのうちはやや読みづらかった。登場人物の名前のカタカナ表記も、合間合間でしょっちゅうブレがあるし。
(新潮文庫版『殺人保険』は、文庫化の際の校訂が行き届いているせい? か、その手のことはそんなに気にならなかったのだが。)
 だが中盤に物語がひとつの山場を迎える頃には、その種の問題はほとんどストレスにならなくなり、あとはケインの好テンポな文章に乗せられて、後半のストーリーの流れの中をいっきに加速していく。

 大筋に関してはおそらくは広義のクライムストーリーであろう、ノワールなのは間違いないだろうと、当初から予見はしていたが、その一方で、これ、どのくらい狭義のミステリ濃度は高いんだろ? と思って読んだ一冊でもあった。最終的には、その辺の興味にはそこそこ応えている。
 謎解き要素はほとんど無いが、人間関係のもつれ、そして主人公ジェスを初めとした登場人物の原初的な欲望や情感が織りなしていく緊張感は、独特な食感の文芸っぽいサスペンススリラーを構成していく。二転三転のストーリーのツイストの果てに、主人公ジェスが迎える終幕も、実にそれっぽい余韻があっていい。
(男どもが右往左往する脇で、マイペースを保ち続ける女どもなど、たぶんこの作者っぽい叙述なのであろう。)

 ちなみに題名のバタフライとは、ある登場人物の家系の皮膚に、代々遺伝的に継承される(という、またはそう信じられている)蝶型の紋様のこと。
 花畑の上をひらひら舞う蝶は時に、はかない幸福の幻の暗喩っぽく用いられることもあるが、本作にもそういうニュアンスは(中略)。


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