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モン・ブランの処女
A・E・W・メイスン 出版月: 1959年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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朋文堂
1959年01月

No.1 7点 人並由真 2019/08/16 19:38
(ネタバレなし)
 20歳代末の青年軍人で登山家のヒラリー・シェイン大尉は、ともにアルプス登頂を試みようとしていた8年来の友人、ジョン・ラタリーを山の事故で失う。哀しみにくれるシェインの心にひとしずくの潤いを与えたのは、若い娘ながら山を愛し、自らも登山に励むハイティーンの美少女シルヴィア・テシガーの、慈しみの念がこもる一言だった。そんなシルヴィアは、社交界の虚飾にすがりつく実母と袂を分かち、長年別離していた父ガーラット・スキンナーのもとに向かう。だがシルヴィアは、表向きばかり善良そうな父の顔の裏に潜む悪心を認めてしまった。そしてそのガーラットの犯罪計画とは、奇しくも、先に山で死亡したラタリー青年の従兄弟である若者ウォルター・ハインにからむものだった。やがて運命的な人間関係の綾は、シェインとシルヴィアの間の距離を再び狭めていくが、そんな二人の周囲には欲得に駆られた者による思わぬ事態が待ち伏せていた。


『薔薇荘にて』『矢の家』のメイスン(メースン)による、ノンシリーズのサスペンス風味ラブロマンス山岳小説(原題「Running Water」)。
 データベースaga-searchの表記によると1907年作品だが、今回読んだ朋文堂版の訳者あとがきによると1922年の原書刊行とある。さらに英語Wikipediaでの記述だと1906年の刊行とのこと。
 実際に1922年に原書の定本的な改訂版が刊行されたのか、それとも朋文堂版の翻訳者・野阿千伊の単純な誤認なのか、その辺は未詳。
 
 いずれにしろかなり普通小説に近い作品で、食感だけ大雑把に言えば、日本アニメーションが1990年代までに恒例的に製作していたTVアニメシリーズ路線「世界名作劇場」(21世紀にも一時期復活)、あの雰囲気にすごく近い。
 登場人物を舞台劇的に配置して物語の興味を小出しにし、読者を食いつかせて最後まで引き回す、よくできた新聞小説か雑誌連載小説、ああいった読み物的な面白さがある。

 ちなみにミステリ成分に関しては、たとえばエクトール・マローの『家なき子』が、子供の誘拐と財産家の資産の奪取計画とかの犯罪要素があるから広義のミステリだとか言えるというのなら(笑)、本作の方がはるかにミステリとしての濃度は高い。まあ狭義の謎解き推理小説とは全然呼べないけれど。
 とはいえ作者が書きたいのは、登山という行為への憧憬とその啓蒙、さらに悪人であっても山を本気で愛する者ならその心の中からは一片の人間味が失われることはないという清廉なアルピニズム賛歌で、これはそう思って手に取り、作中の真っ直ぐなアルピニストの心根に打たれるのが一番真っ当な読み方であろう。
 1906年だろうか1922年だろうがいずれにしろ一世紀前後前の作品だけど、ある種の普遍性は時代を超えて心に響くし。
 お話作りがうまいせいか、ああ古風なありふれた作劇パターンだな、と思わせる場面や展開もそんなには無い。その一方でちょっと印象づけられるシーンは相応にある。
 あと大事なこととして、普通の物語なら気になる人間関係上の輪の狭さも、本作の場合は登山家(一部は著名な)同士の知り合いという関係性で補強される事もあって、そこそこリアリティが担保されている。作者がどのくらいまで計算したかは分からないけれど。

 ラストもちょっとだけ力業だけど綺麗にまとめて、佳作~秀作。
 評点は0.5点くらいおまけかな。


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A・E・W・メイスン
2018年05月
ロードシップ・レーンの館
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2014年05月
被告側の証人
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1995年05月
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1959年01月
モン・ブランの処女
平均:7.00 / 書評数:1
1953年09月
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不明
オパールの囚人
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