皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
人並由真さん |
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平均点: 6.33点 | 書評数: 2106件 |
No.766 | 6点 | 枯れゆく孤島の殺意- 神郷智也 | 2020/03/09 03:01 |
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(ネタバレなし)
26歳の植物生態学の研究家・相川優真は、引退した富裕な実業家・田中平蔵からある依頼を受ける。それは本土からかなり離れた、田中家の邸宅がある孤島で、草木が異常な枯れ方をしているので調査を願うというものだった。案件に関心を抱き、さらに数日間で30万円という高額の報酬に背中を押された相川は、アパートの大家で同年齢の若者・美堂棟未人(むどうむねみと)を伴って島に向かうが、そこで二人が遭遇したのは密室ともいえる状況での殺人事件、そして予想を超えた草木の異常な枯れぶりであった。 講談社が2008年から2011年にかけて新人作家、新人作画アーティストの登竜門として門戸を開いていた「講談社Birth」レーベルの一冊。お恥ずかしながら数年前までこんな企画&叢書があること自体知らなかった。 本書はミステリファンサークル「SRの会」の正会誌「SRマンスリー」の誌上で数年前に「新本格誕生から現在まで約30年のうちに書かれた、あまり評判にならなかったちょっと面白い? 一冊」という趣旨の特集をした際に、紹介されたものの一冊。その特集のお題目からわかるように基本的にやや~相応にマイナー系の作品が語られたが、本書の作者も少なくともこれ一冊しか著作がないようである? 内容は120%完全なクローズドサークルもので館もの、広義の密室といえる不可能犯罪っぽい殺人事件を扱うが、その一方で本作の特色として急激に枯れゆく草木の謎という興味が加わる。まあ評者は後者の方は、どうせ専門外の知識から正解が出てくるのだろうと思い、当初から思考放棄したが(そうしたら半分その読みは当たって、半分は意外によく耳にする話題にからんできたような……これ以上はもちろんナイショ)。 一方、パズラーとして本願となる殺人事件の展開は、登場人物の絶対数もギリギリまで絞られ(物語に出てくるまともな人物だけでひとけたしかいない)、これでどうやってミステリ的なサプライズを見せるつもりだ、少なくとも犯人の意外性だけは(どんな人物を犯人にしたところで頭数が少ない分、疑惑の濃度は高くなるだろという意味で)犠牲になるだろうと考えた。そうしたら……おや、結構、面白いところを突いてきた。小ぶりな仕掛けといえば小ぶりだが、私見ではけっこうセンスのいいアイデアで作者が勝負を仕掛けてきている。 まあそれこそどこかの新本格作品とかのなかに類似の手が絶対にないとは言えないが、少なくとも自分は今回のギミックとまんま同じものは知らない。ちょっと海外作家(中略)のような感触もある。 かたや小説の弱点としては文章が全般的に大味なことで、クライマックスの真犯人判明のくだりなど作者がそれっぽく書こうとしている感じだけはわかるものの、効果が上がっていない。いや、なんかかえって、不器用な叙述ゆえの迫力みたいなものは醸し出されたかもしれないが。 いずれにしろ凡百の館もの、クローズドサークルもののパターンに倣ったとしても、もうちょっとゾクゾク感は出たのではないか、とさえ思った。 総体としては、まだまだ書き慣れてない(熟成までに至らずに終った)新人作家の習作感は強く抱くが、それでも奇妙な魅力と味わいは認められる一冊。大きな期待をかけない程度に、機会と興味があれば読まれてみてもいいかもしれない……? とも思う。 |
No.765 | 5点 | ヤオと七つの時空の謎- アンソロジー(国内編集者) | 2020/03/07 05:24 |
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(ネタバレなし)
本好きで剣道の心得がある女子高校生・ヤオが、ある日、世界の崩壊に遭遇。謎の声の主との接触を経たのち、日本のさまざまな過去の時代にある目的のたびに飛ばされる……という導入部を、本書の編著者の立場の芦辺拓がまず担当(執筆)。 続いて、獅子宮敏彦、山田彩人、秋梨惟喬、高井忍、安萬純一、柄刀一の6人が、各時代でのヤオが遭遇、あるいはに連する事件や騒乱を語り、最後にエピローグをまた芦辺がまとめる、オムニバス形式? の連作ミステリアンソロジー。特に書下ろしとは謳ってないが、雑誌初出データの記載がないから、たぶんそうなのであろう? なかなか面白そうな趣向で、さらにこの題名ゆえに、評者は当初、ヤオ本人または彼女が出会った歴史上の有名な人物たちがそれぞれの時代の不可思議な事件で探偵役となる、シオドー・マシスンの『名探偵群像』の変種みたいな内容の連作アンソロジーを予期した。 そうしたら、期待を下回って正統派の謎解きミステリは少なく、かなり拍子抜けした。日本史に強いというか、一定の見識がある人なら楽しめそうな作品もいくつかあるようだが、残念ながら評者はその対象ではない。 個人的には高井忍の『天狗火起請』(江戸時代の吉原周辺が舞台。密室殺人が生じて、意外な凶器とハウダニットがフーダニットに繋がる)みたいなので大半が埋まるかと楽しみにしていたのだが、そういうマトモなパズラーはこの一つだけであった。他の作家はみな、フツーのミステリというより、ヤオが向かった先の歴史についての側面の方に話作りの興味を傾注した感が強い(まあその上で、広義のミステリ味が皆無というわけでは決してないのだが……)。 あと、中にはほとんどヤオをチラリと見せるだけで本筋にからまないような作品も一、二あったり……。 ちなみに主人公であるヤオそのもののキャラクターは、作家によってかなり印象が異なるのだが、これ自体はこういう趣向の本なのだから、まあよしとは思っている。あ、元ネタはもしかして2019年の深夜アニメ版『江古田ちゃん』か?(笑) なお最後のエピローグは芦辺先生、キレイに決めたつもりであろうが、筆に勢いがなくもうひとつ効果が上がらなかった印象なのも残念。 もっと面白くなりそうな趣向の一冊ではあったんだけどな。読むこっちも(日本史に詳しくないという意味で)よくなかったか。 |
No.764 | 6点 | パスカル夫人の秘密- ウィリアムズ・スティーヴンス・ヘイワード | 2020/03/04 13:53 |
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(ネタバレなし)
19世紀半ばの英国。「わたし」こと、突然未亡人になった30歳代末のパスカル夫人は、ロンドン警視庁の刑事課長ワーナー大佐の請願を受けて女性刑事になった。まだ婦人警官が珍しい時代。パスカル夫人はときにメイドなどの下働きを装いながら事件の関係者に接近し、最後には刑事としての権能をふるい、多様な犯罪に挑んでいく。 1864年(1861年説もあり)の英国作品。海外ミステリ史における重要な短編集を歴史順に解題した研究「(エラリー・)クイーンの定員」。その順列5番目の短編集で、当時の元版は作者未詳で刊行されたらしい。日本国内のweb上のミステリ研究サイトではこの作者の名前を「チャールズ・H・クラーク」と標記し、刊行年を1861年としているものもあるが、本作を2019年に同人叢書「ヒラヤマ探偵文庫」の一冊として翻訳刊行した平山雄一は、最近の文学的研究にもとづき作者名をウィリアム・スティーヴンス・ヘイワードと特定。刊行年も1864年としている。このレビューも、その書誌観にもとづいて執筆する。ちなみに翻訳書の刊行時期は、奥付記載で2019年5月。 内容は、長め短め全10編の連作短編が収録された一冊で、基本パターンはパスカル夫人がワーナー大佐に呼び出されて捜査の指示を受けるところから始まるが、一部のエピソードは三人称の叙述でパスカル夫人の視野の外から始まるものもあり、作劇の自由度は高い。その分、バラエティ感も豊かな連作が楽しめる。 1864年といえば『ルルージュ事件』(1866年)の二年前(!)、『緋色の研究』(1887年)のふた昔以上前で、事実上、本書が史上初のプロの女性捜査官のミステリであったらしい。作中でパスカル夫人の詳細な前身は明らかにされず、第一話『謎の伯爵夫人』の序盤で夫を失った40歳近い女性が、ロンドン警視庁の刑事課長から声をかけられて女性刑事になったという簡単な経緯が語られるだけ。たぶん亡き夫が警察関係者か何かだったのだろかと想像できる。 ミステリ的な内容は浅めで、明らかに意外な犯人の効果を狙いながら伏線や手がかりなどもなくいきなり読者をびっくりさせてよしとするものもあれば、本来は法律で裁くべきであろう悪人と妙な手打ちをして幕を閉じてしまう話もあり、これはこれで刊行当時のミステリの形質を実感する意味で、なかなか新鮮で面白い。150年以上前のクラシックだからこその味わいだ。 最後の事件『匿名の女』などは、公式の捜査の枠外を外れたパスカル夫人の事件簿だが、敵役? の美女ファニー・ウィリアムズのしたたかなキャラクターと渡り合う図なども含めて、のちのちの東西ミステリ界で事件屋稼業ものの先駆的な趣もある。 もちろん同じクラシックの連作女探偵ものでも、のちのヒュームの『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』(1898年)あたりに比べると、ミステリとしても読みものとしてもまだまだ洗練も研鑽もされていない未成熟な面もあるが、黎明期のミステリ史的な関心もふくめて、これはこれで楽しめた一冊。 期待された旧作発掘叢書「奇想天外の本棚」(原書房)が事実上の死に態の今、平山氏には今後もこの手のクラシックの発掘をお願いしたい。 |
No.763 | 6点 | 家族パズル- 黒田研二 | 2020/03/03 12:43 |
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(ネタバレなし)
「家族」を主題にした、ヒューマンミステリの連作集(とはいえ設定も登場人物も全部バラバラだが)。「ジャーロ」に掲載の3編、「メフィスト」に掲載の1編、書下ろしの1本の編成で、全部で5本の短編が収められている。 黒田作品はまだ長編を3冊読んでいるのみで大きなことは何も言えないが、処女作『ウェディング・ドレス』から随分と遠くにきたものだという感慨の一端を覚えたりする。 言い換えれば黒田作品らしさ? はあまり感じず、21世紀国内の筆の立つ現役作家ならよくも悪くもかなりの面々が書けそうな手応えもあるが。 それでも全5編の内容は、おおむね佳作~秀作以上。こういう傾向の作品はたまに補充したくなるので、その意味では快く読めた。 (ただし巻頭の『はだしの親父』はミステリとしては、ここで提示された謎の答えを気づかない人間は100人の読者がいて100人ともいないだろという印象だが。その点では、ある意味でスゴイ作品であった。) ベスト編は『神様の思惑』と『家族の序列』がツートップ。それに最後の『言霊の亡霊』が続く。 黒田研二に今後もこういう路線のヒューマンミステリをお願いします、と書くのは、O・ヘンリーベースの作風に傾倒していった時期の赤塚不二夫に「これからも悲しい悲しいおそ松くんを描いてくださいね」とファンレターを送り、赤塚当人に爆笑された女子高校生(実際にそういう人がいたそうである)のような感じだが、まあ、これはこれでいいのだ。 |
No.762 | 6点 | 名探偵の密室- クリス・マクジョージ | 2020/03/03 03:03 |
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(ネタバレなし)「少年探偵」として世間の注目を集めたモーガン・シェパード。36歳になった現在の彼は通俗的なテレビのショー番組で売れっ子の「名探偵」タレントとなっていたが、陰では酒と薬物に耽溺する毎日だった。シェパードはパリで行きずりの女性と一夜をともにするが、気がつくと高級ホテル風のベッドに手錠で繋がれ、その周囲には5人の男女が横たわっていた。ついで彼らは現在いる場が脱出不能の密室と認め、しかも屋内には何者かに殺されたシェパードの知人の死体があった。やがて馬のマスクをかぶった謎の人物がテレビモニターを通じて、3時間以内に屋内の誰が殺人犯人かを当てろ、期限の時刻を過ぎた場合はホテルをほかの宿泊客もろとも爆破すると通告してきた。
2018年の英国作品。 いかにもそれっぽい題名だが、密室ネタの不可能犯罪ものではないことは予めネットの噂で聞かされていた。密室とは主人公たちが監禁された脱出不可の空間のこと。 それでも一応はフーダニットで、目的の見えない事件というか物語そのものにも仕掛けがある。これは、まんまイギリスの新世代作家(1992年生まれ)によって書かれた、海の向こうの「新本格作品」。 中盤から語られるシェパードの11歳の時の事件の経緯と真相も、良い感じでストーリー上の立体感を築いている。 一方で、真相が判明したのちに明かされる真犯人の設定とその作中での扱いについては、正直あれこれ言いたいことばかり。その辺は若さの勢いで書いた作品という印象も大だが、それでも破天荒なパワフルさは確かに全編にみなぎっており、個人的には結構楽しめた。 (とはいえ読者を選ぶ作品という感触も強いね。引っかかる人は本編の描写のあちこちで、何かしら嫌ってしまうかもしれない。) ああそうそう、大事な事として、本作はもともと大学の小説創作学科のスリラー分野の実作論文として、原型が完成。それを商業出版用にまとめ直したものらしい。そんな異色の経緯の一冊ではあるが、訳者あとがきによると、本国ではまさかのシリーズ化? もされるそうな。ちょっと楽しみな感じで、また翻訳されたらたぶん読むでしょう。 |
No.761 | 6点 | まほり- 高田大介 | 2020/03/01 04:11 |
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(ネタバレなし)
喘息の妹の療養のため、家族ぐるみで埼玉県から上州に引っ越してきた中学生・長谷川淳。彼はある日、川辺で奇矯な行動をとる謎の美少女に出会う。それからしばらくしたのち、社会学を専攻する大学四年生・勝山裕(ゆう)は学友たちと各地の都市伝説を話題にしていたが、仲間の一人から上州のある寒村での奇妙な風習? を聞かされる。その村が自分の出身地と近いこともあって、関心を抱いた裕は現地でのフィールドワークを開始。故郷の図書館で司書の卵として働く中学時代のガールフレンド・「メシヤマ」こと飯山香織を相棒に迎えて調査を続けるが、やがて現地の異常な秘密が……。 話題になっている昨年の新刊の一冊として、読んでみた。 評者は、作者の人気作品で本サイトでもtider-tigerさんの熱いレビューがある『図書館の魔女』の方は未読。本作が作者との初めての出会いである。 それで内容だが「(著者の)初の民俗学ミステリ」を謳うだけあって、何かただならぬ事態を予感しつつ、それに関連するかもしれない史料や伝承を読解・考察・受容していく主人公コンビ(ここでは裕と香織)の探求ぶりはボリューム感たっぷりに語られる。 その道筋は、事件性のある謎(ミステリ)を探るための手段というより、正に<学究の徒はいかに古来からの文献や情報に接するべきかという方法論や立ち位置の再確認>。そんな叙述をエンタテインメント小説としてぐいぐい読ませるパワフルな筆力は十分に感じた。この部分だけ切り離して愉しむなら、民俗学ミステリ、あるいは歴史ミステリというよりも『舟を編む』みたいな、専門分野への実践的な取り組みドラマとかの触感に近いような気がする(と言いつつ評者は、くだんの『舟を~』は、深夜アニメ版しか観てないんだけど~汗~)。 それでその辺の学究部分はともあれ、肝心の事件の実体はどうなの? と改めて思い始めた頃合いに、物語は本筋に回帰。裕たちがもう一人の主人公・淳と合流して、絶妙なタイミングでクライマックスに向けてストーリーが動き出す。このあたりのお話作りの呼吸もよく出来ている。 とはいえ本作のキーワード「まほり」の真実に関しては意外といえば意外だが、仰々しくドラマを盛り上げた割に、謀(はかりごと)の実体としては大山鳴動して鼠一匹という感も……。というか、それ以前に真相を先読みできる人も多そう。 評者もたしか昭和40年代の秋田書店の少年漫画誌の増刊号か何かの読み切り作品で、まったく同じネタのものを読んだ記憶が甦ってきた(あまりにマイナーすぎる漫画ゆえ、こう書いてもぜ~ったいにネタバレにならないと思うが)。 あと、事件終結後のエピローグは鮮やかにドラマを決めてくれた……という感じに受け取るべきなんだろうけれど、一方でこういうクロージングに持って行かれると、そこにいくまでの登場人物の内面描写に、やや不自然な印象も抱いてしまう。<あのタイミング>で<そっち>への連想は生じていなかったのであろうかな、とか(あるいはあえてその辺りは、叙述の上でぼかされていた……という解釈でもいい……のか?)。 読み応えはたしかにあったが、優秀作と褒めきるには、ちょっと引っかかるところがなくもない一冊。でもトータルとしてはなかなかの出来ではある。普通の作家には絶対に書けないタイプの作品だとは思うし。 |
No.760 | 7点 | 完訳版 秘中の秘- ウィリアム・ル・キュー | 2020/02/29 18:44 |
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(ネタバレなし)
その年の6月末、「わたし」こと32歳の代診医師ポール・ピッカリングは、短期契約の診療所の応援仕事を終えて、友人である老船長ジョブ・シールの中型船舶「スラッシュ号」に乗り込む。船は老朽船だが、船医ではなくあくまで客人として乗船したピッカリングは10人弱の船員とともにのんびりした船旅を過ごすが、ある日、ノアの箱舟を思わせる古式騒然とした大型船に遭遇した。同船「タツノオトシゴ号」は16世紀のイタリアの船で、一度海中に沈没したものが何らかの浮力によって洋上に浮かび上がってきたらしかった。しかも驚いたことに船内には、無数の白骨とともに記憶を失ったひとりの老人が残留。さらに金貨を詰め込んだ箱が見つかるが、その周囲からはさらに莫大な価値の隠し財宝が地上のどこかにあると暗示した文書が発見される。ジョブ船長とピッカリングは法的に正式な手続きを経た金貨の管理を考え、さらにその財宝の捜索を試みるが、航海中、そして陸に上がってから、不審な男たちの怪しい動きが……。 1903年の英国作品。もともとは明治時代から菊池幽芳の筆で翻案作品『秘中の秘』として紹介され、少年時代の江戸川乱歩の心に(広義の)ミステリ熱を呼び起こした作品であった(というかこの作品が翻案作品『秘中の秘』の原書であったことは近年になって判明したようだが)。 その原書をミステリ研究家、翻訳家として精力的に近年活躍中の平山雄一が、自費出版(同人書籍)の形で完訳して出版したのが本書である。2020年2月現在、まだ通販でも買えるようだが、評者は昨年秋の同人イベントの初売りの場に出向いて購入した。奥付は2019年11月の刊行。 (ちなみに『完訳版 秘中の秘』というのは、本サイトへの登録上、評者が独断で便宜的につけた書名ではない。表紙にも背表紙にも奥付にも書かれている、この翻訳ミステリの正式な作品名である。) 評者は浅学にして、作者ウィリアム・ル・キューはヘイクラフトの著作やほかの海外ミステリ研究家の評論署などでのみこれまで名前を見た覚えがある程度で、ジョン・バカンあたりによって現代英国冒険小説の礎が築かれる前の世代のスリラー作家というくらいの認識しかない(実はそんなレベルの知見すら、本当に正確か心許ないくらいだが)。 とはいえ、ある時代の欧米ミステリ史を探求するとよく出てくる名前なのは確かであり、一度くらいは実作を読んでみたいとは思っていた。その意味では、乱歩の少年時代のエピソードなどを抜きにしても、今回の全訳の刊行は、結構、有り難い、長年の(それなりの)念願に応えた一冊という趣もある。 16世紀の古文書が手がかりになり、暗号の謎解きや悪人たちとの相克を交え、さらには主人公ピカッリングのどこかきな臭い感じのロマンスも散りばめて語られるストーリーは古式ゆかしいが、一方で時代を超えたハイテンポな筋運びではあり、少なくとも最後まで退屈はしない。都合良く物語が進みすぎる部分もないではないが、かたや随所の描写には意外性に富んで印象的なものも散見する。 宝探しの興味を主題にしたクラシックスリラーで、アマチュア主人公とその仲間の冒険譚として読むならば、それなりに楽しめる出来ではあった。 (まあ正直、純粋に一冊の作品として愉しむというよりは、オレやあなたみたいなミステリファンの好事家が探求的に読む、歴史的な価値のある本、という感じも強いけれど。) しかし(乱歩のエピソードにまた頭を戻して)こういう日本のミステリファンにとって、ちょっとややこしい? あるいはドラマチックな? 意味で意義のある作品を21世紀の世の中にきちんとした形で発掘し、誰もが読みやすい日本語にして出してくれた平山氏の心意気は改めてすごく嬉しい。その熱意と実働に対し、ミステリファンの末席の一人として、厚くお礼申し上げます。その意味で評点は1点加算。 |
No.759 | 5点 | 逢魔が刻 腕貫探偵リブート- 西澤保彦 | 2020/02/29 02:03 |
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(ネタバレなし)
全4編の中編を収録。本シリーズはこれで7冊目だと思うが、評者が読んだのはつまみ食いでこれが二冊目(前回読んだのは、このひとつ前の『帰ってきた腕貫探偵』)。 本書の巻末の既刊紹介のところに「どこから読んでも面白い!」とあり、あくまでこのシリーズの本質はキャラクターミステリではなく、毎回毎回の謎解き事件だと謳ってるようである。 とはいえなんか今回はヒロインのお嬢様・ユリエとその周囲の関係者の距離感が掴みにくく、いかにも一見さんお断りという感じであった。おまけにタイトルロールの腕貫さんがマトモに登場するのは全4話の最後だけ。これでいいの? しかしながら第2話は久々にヘンな作品を読んだ思いで、なかなか楽しかった。アンフェアとか伏線が薄いとかどうとかいう感慨を越えて、こーゆーものをしれっと出されると結構じわじわ来る。なんだこれは(笑)。 ほかの3編はまあボチボチ。 Amazonのレビューで余計な情報を先に見てしまったのは良くなかった。 未読でこれから読むつもりの人は注意のほどを。 |
No.758 | 5点 | 今昔百鬼拾遺 天狗- 京極夏彦 | 2020/02/28 05:33 |
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(ネタバレなし)
失踪した女性の服をまとった別人の死体が発見された? という発端の謎は魅力的だが、作品全体としては悪い意味でごく普通のミステリっぽい。登場人物が少ないため、真犯人の察しもすぐつくのも難。 あと京極堂シリーズとその派生作品は、昭和二十年代の法医学がまだ未熟という世界観を底流に書かれていてそれ自体はもちろん良いのだが、この作品ではあまりよろしくない形でそういう形質に寄り掛かってしまった印象。 さらに今回の物語の主題は、作品世界内の時代設定的には、たしかに物議を呼ぶような種類のものであろうが、一方で京極堂シリーズの正編と派生編が多く書かれ過ぎた結果、ネタ切れでこういうものを出してきたようにも思える。 (それでも作品全体を、極力いつものシリーズの質感に近づけようという作者の奮闘ぶりは感じたが。) ちなみに評者は、先行作の『鳴釜』はまだ未読なので、世間でファンが騒いでいる本作の第三のヒロイン・篠村美弥子の復活祭りに乗れないのは残念(とはいえ本作で初対面ながら、彼女の豪胆な魅力の一端は理解できたつもり)。 あとクライマックスに爆発する美由紀の怒りの正論は今回もしごく真っ当だが、シリーズ三冊を間を空けずに読んだためか、おなじみのパターンが水戸黄門の印籠かドリフのコントのように思えてしまう。というより元ネタはもしかしたら昭和のバラエティ番組での初代・桂小金治か? それなりに面白かったが、京極堂シリーズの派生作品という前提から考えると、コレジャナイ感が横溢。 昭和三十年代の「探偵倶楽部」か「探偵実話」に連載されて、そのまま一度も本にならず埋もれていた作品を発掘したのがこれだったとしたら、たぶん諸手を挙げて絶賛していただろうけど。 |
No.757 | 7点 | 金時計- ポール・アルテ | 2020/02/27 04:28 |
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(ネタバレなし)
本筋の1910年代パートと、現代の1990年代パート。 一方は正統派パズラー、一方は(中略)の作りでぐいぐい読ませはするものの、結局はしょぼい接点でリンクするだけじゃないかと舐めていたが……。最後は「こう来たか!?」という快い驚きが待っていた。 例によって人物メモを作りながら読んだが、その作業に意味があったのにもほくそ笑む。 ホックの短編パズラーの感覚を思わせる不可能犯罪の真相にもニヤリ。モダンパズラーの作法なら、これで良いのだと思うぞ。 (※ちなみにAmazonのレビューは事前に読まないように。盛大にネタバレされています。評者はまったく知らずに楽しめて、ラッキーだった。) 前作も面白かったけど、今回はそれ以上に満足度が高い。本シリーズの未訳5本がどんなレベルかは当然まだ分からないんだけど、少なくとも本作はたぶん上位の方だろうね? 少なくともこんな(中略)的な大技が、そうそう使えるわけはない(とはいえそんな予感が裏切られるのなら、それはそれでもちろん幸福)。 あえて不満を言うなら、過去設定の日常描写に1910年代という時代色がいまひとつ感じられないことかな。この作品ならもう少しその演出が濃厚な方が、さらに終盤に向けての効果があがったように思える。 何はともあれ、今後もシリーズの邦訳が順調に続くことを切に願います。 【一箇所だけ重箱の隅】 P87の6行目 ダリル(×) ダレン(○) ……電子書籍版は、直ってるのであろうか? |
No.756 | 8点 | 探偵小説の黄金時代- 伝記・評伝 | 2020/02/25 14:00 |
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自宅内の周囲にずっと置きながら、その重量感に怖じてなかなかページを開かないでいた。
そうしたらある夜、家人が具合が悪くて早めに寝込み、中途半端に深夜にひとりだけ手持ち無沙汰になったので読み始めた。そうしたら(そうなる予感もあった(笑)のが)、正に止められない、止まらない! 1930~49年までの英国「ディテクション・クラブ」初期。その前夜から始まって、組織そのものと関係者、さらには参加していた作家たちに関わった現実の事態や事件が語られる(特に現実に特異な殺人事件が起きて、それがどう作家たちに影響を与えたかの記述部分はかなり多い)。 巻頭には角版で42人の作家の顔が並べられているが、中心人物はセイヤーズとバークリーの2人。クリスティーの扱いも大きく、後半になって登場するカーなどもドラマチックに語られるが、先の2人の記述には及ばない。個人的に評者はこの2人はどちらもまだまだ読むものが残っているので、先にその創作の軌跡にざっとでも触れたことは良かったかどうか(ネタバレの類は皆無ではないにせよ、意外に少なかったが)。 なおゴシップやスキャンダルの類には筆を控えた一冊、という主旨の文言が、巻末の森英俊氏の解説などにある。たしかに扇情的な記述などは少ないのだが、それでもセイヤーズの性遍歴などは相応に赤裸々に綴られ、ところどころそこまで踏み込まないのではいいのではないかとも思わされた(一方で名前のみ出てくる程度の作家も何人かいるし)。とはいえこの辺もセイヤーズの実作に通じた人なら、また違うものが見えてくるかもしれない。 個人的にはディテクション・クラブの創設に後を託す? ようなタイミングで逝去するドイルの逸話、大先輩であるオースティン・フリーマンの老体を息子か孫かのように気づかう若き日のカーの話題などが読めたのは、とても楽しかった(もしかしたらカーとフリーマンの逸話は『ジョン・ディクスン・カー―「奇蹟を解く男」』に書かれていたかもしれないが、だとしたら評者は読んでいて忘れている)。途中の写真で紹介される、同じ母校(オックスフォード)出身の、ともに若き日のマイケル・イネスとニコラス・ブレイクが笑い合う図なんか見ていて涙が出てくる。そしてここでもクリスチアナ・ブランドはやっぱり、意地悪婆さんであった(まあまだ当時は若いけど)。 ちなみにディテクション・クラブは、基本的に謎解き作家、あるいはサスペンス犯罪小説作家のみが参加を許され、冒険小説作家やスリラー作家は、たとえジョン・バカンのようにその業績が偉大だと万人に認められていても加入を許されなかったという。この規約はのちにギャビン・ライアルの入会によって破られるというが、そこに行くまでには英国のミステリ文壇にいろいろあったんだろうなあとも思わされる。できたら本書の続刊、ディテクション・クラブの50年代編以降も読みたい。 英国の作家勢が米国に隆盛してくる作家たちの動向をうかがう図なども興味深く、さらに当然のことながら本書で話題にされながらまだ日本に未訳の作品群などで面白そうなものもいくつもある。 一読しただけではとてもすべての情報量を吸収できるわけもないし、ヘイクラフトのかの著作同様に何度も繰り返し読む必要も価値もあると思う。 ただし(それ自体は誠に仕方がないと思うが)とにかく記述される作家の焦点に偏りがあるきらいがいささか残念。 あまり総花的になっても問題だが、結局のところはこういう本は、同じ主題に関して別の史家がまた別の視点からいつかまた何度も書き直し、大局的な見識を高めていくものかもしれないとも思う。 |
No.755 | 6点 | 今昔百鬼拾遺 河童- 京極夏彦 | 2020/02/25 13:19 |
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(ネタバレなし)
敦子&美由紀コンビを主役にした長編路線の二冊目。 フーダニットの作品としてはゆるい作りだが、昭和の戦後期の世相を活かしたという意味では前作より面白かった。昭和30年代前半に書かれたこんな作風の、ミステリファン全般に忘れられたマイナーな長編探偵小説が発掘されたような気分すら覚える。 個人的にはそれほど恣意的なユーモラスな感覚は覚えなかったのだが(京極堂の正編シリーズでも、似たような雰囲気に流れることはままあると思うし)、ラストはそれなりにいつものこの世界観らしいネタが出てきて楽しかった(軽くゾクゾクした)。 キーパーソンとなる登場人物の何人かの思考の道筋はそれぞれ特殊で印象的だが、ショッキングさの域にはいかない。それでもある種の感慨を覚えたのだが、そういう点では成功であろう(少なくとも筆者にとっては)。 前作『鬼』同様に、ぶっとびながら振り切った感覚は希薄だが、今回も悪くはない。いつか期待される正編が登場するまでの繋ぎ役としては、一定の成果をあげているのではないか。 |
No.754 | 7点 | 論理仕掛けの奇談 有栖川有栖解説集- 評論・エッセイ | 2020/02/24 03:16 |
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(ネタバレなし)
またここのところ忙しくなって、読みたい本(特に新旧の長編ミステリ)が読みたくても読めないミステリ中毒者(現状の評者のこと)の渇を癒やしてくれた一冊。眠る前に少しずつ読んで(時には興が乗ってそれ以外の時も手に取り続けて)何日かかけて読了した。 本書は、他者の著作の文庫などの巻末に有栖川有栖が書いた解説を集成したもので、『Xの悲劇』や『点と線』などの旧作・名作から21世紀の国内外の新作群まで60本以上の文章がまとめられている。 実作者かつミステリファンとしての胸襟を開きながら、各作品や作家の魅力・個性に触れていく語り口はひとつひとつの文章が実に心地よく、大昔に『深夜の散歩』や『夜明けの睡魔』さらには石上三登志の『男たちのための寓話』などを読みふけった際の快感に近いものを受け取った。 とにかく未読の作品の大半を読ませたくなる口上の見事さは絶品である。 とはいえこれだけの数の同系の文章をまとめて読まされるとどうしても綻びが出てくる感もあり、たとえば『致死量未満の謎』と『闇に香る嘘』なんか続けて載っているけれど、両作品の新人賞(乱歩賞は厳密には新人賞ではないが)受賞までの選考経過についての肯定の仕方なんか、ものの見事にダブルスタンダードの物言いじゃないの? とも思う。 そういう意味では、頭のいい人が口先で作品を褒めあげる解説というきらいも無くもなく、商業原稿とミステリファンによる原稿との兼ね合いの落しどころに限界を感じてしまった部分もあった。 まあ、ミステリ作家としてもミステリファンとしても異才の有栖川有栖でなければ、これだけの解説をまとめて読まされた際には、もっともっとあちこちに評価のスタンダードにおける破綻が出ていたこととは思うが。 なんにせよ、前から気になっていた作品でさっさと読みなさいよと背中を押されたタイトルも、初めて書名を教えられて面白そうだと意識してタイトルもいっぱいあった。追々、読んでいきたいと思います。 |
No.753 | 7点 | ブラックバード- マイケル・フィーゲル | 2020/02/19 23:34 |
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(ネタバレなし)
2008年9月8日のワシントン。「おれ」こと国内でテロ活動を請け負う殺し屋エディソン・ノースは、重度の卵アレルギーだったため、ファーストフード店でマヨネーズ抜きのメニューを注文する。だが店員は傲慢に対応し、憤怒したエディソンは店内で銃を乱射した。その時、店内にいた「わたし」こと8歳の少女クリスチャンもまた、惨状の直前に店員の横柄な対応を受けており、それを契機に彼女に関心を抱いたエディソンは、気まぐれのように少女を連れ出してしまう。その直後、クリスチャンに逃げる機会を与えたエディソンだが、なぜか彼女は彼のもとを去ろうとはしない。奇妙な縁のなか、親子のように旅を続ける2人。やがてクリスチャン=Xチャンはエディソンの訓育を受け、暗殺者として成長し始めるが、2人の前には激動の日々が待っていた。 2017年のアメリカ作品。 『ニキータ』だの『グロリア』だの『レオン』だのあれやこれやの映画の題名が連想で浮かぶ、子供+ノワールもの(ちなみに正直に言うと、いま名前をあげた映画はどれもマトモに観てない)。 エディソンは1962年生まれ、クリスチャンは2000年生まれと、二世代近くも年の違う主人公コンビだが、年輩の方が生きる上で次第に年若き相棒の存在に依存していく流れは王道。この辺は『家なき子』のレミとビタリスだ。 さらに2人にさる事情から追撃の手がかかるが、その事態の全容は終盤まで茫洋としており、読者にも明かされない。500ページ近くの厚めの長編ながら、名前のある登場人物は10人いるかいないかで、結局のところ主人公2人が突き落とされた迷宮感もこの叙述のおかげで際立っている(正確には、これまでずっと裏世界の依頼を受けてきたエディソンは相応に詳しいことを知っているはずだが、彼は考えあって? Xチャンにいっぺんにすべてを明かそうとはしない)。 クリスチャンの人生を巻き込んでいくエディソンは、通例の意味での倫理や道徳観など希薄(請け負った仕事の上なら罪もない市民も必要に応じて殺す)。それでも少女の養育者としての立ち位置に独自のコードを設け、一定のストイシズムを感じさせる(いささか歪んだ形なのは間違いないが)中年主人公エディソンのキャラクターにいつしか読み手は魅せられていく。このあたりのバランス取りはかなりうまい。 前述のように厚めの一冊だが、エディソン視点の「おれ」パートと、Xチャン(クリスチャン)視点の「わたし」パートを交錯させながら滑らかに物語が進み、気がついたら半日もかからずに読了していた。 先に書いたような迷宮感を経た、最後の対峙シーンの雰囲気はトレヴェニアンの『シブミ』の終盤のあの雰囲気と緊張感に近いかも。 随所に仕込まれた21世紀アメリカ&世界規模の文明観や、独特の文芸っぽい香気も含めて、予期した以上の満足感のある作品。 |
No.752 | 5点 | クラヴァートンの謎 - ジョン・ロード | 2020/02/18 23:59 |
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(ネタバレなし)
評者は、マイルズ・バートン名義を含めてロードはこれで4冊目。 望外の大技を使った『代診医の死』と愉快なトリックを重視した『素性を明かさぬ死』は面白かったが、これと『見えない凶器』はイマイチ。 いや確かに本書はそれなりにストーリーのテンポは良く、一部を除いてそれぞれの登場人物のキャラも立っている。だからロード作品に付き合い馴れた常連の読者の方からすれば、これはいつもより健闘してる、という評価になるのもわかるような気もする。 とはいえ、公開された遺言状の中にいきなり名前が出てくる人物の素性とか、肝心の殺人事件の犯人とか、いくら90年前の作品だからってあまりに曲がない作りでは。 殺害トリックも読者の専門知識があるのなしのを言うよりも、そもそもこの謎の提示だけで、当初からほぼ犯人が見えてしまうのでないか? 少なくともかなりの読者がある人物を一回は疑い、それを否定する要素も無いまま真相にたどり着くのではないかと思う。1933年といえばもう英米ミステリ界の黄金時代なんだから、クラシックミステリとして甘めに見ましょうとかの話じゃないね。 作劇上の降霊術の使い方も、シリーズ探偵もののなかで扱うのなら、もう少しネタの広げようもあった気が。この辺は単純にややもったいない。 日本のシリーズものの量産作家だったら、凡作~水準作というところでは。 評点は5.5点くらいだけど、下馬評の良さに鼻白んでこの点数に。 |
No.751 | 7点 | 世界樹の棺- 筒城灯士郎 | 2020/02/18 03:58 |
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(ネタバレなし)
美しく平和な小国「石国」。その小さな王宮のなかでただ二人のメイドのうちの一方として働くのは、十代半ばの少女、恋塚愛埋(こいづかあいまい)。だが石国は、強大な国家「帝国」から共栄の美名のもとに不平等な条約を押しつけられ、亡国の危機にあった。そんな折、愛埋はわずかな人数で小国にある不思議な空間「世界樹の樹木」の調査に向かう。そこは古代文明の町並みが残り、人間と変わらぬ「古代人形」が住むという世界であった。やがて愛埋は、そこで人間とも古代人形とも判然としない6人の美少女に対面。さらに不可解な殺人? 事件にまで遭遇する。愛埋は眼前の事件の現場が密室状況だと認めるが……。 2019年のミステリ界を騒がせた(?)三大異世界パズラーの最後のひとつ(他はすでにレビューを書いた『異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件』と『不死人(アンデッド)の検屍人ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件』の二編)。 三作ともそれぞれに読み応えがあって面白かったが、物語の最後に明かされる世界観のスケールの大きさではこれが一番だろう。「世界の姿が反転する」の謳い文句は伊達ではない。 とはいえ奇抜な大技・奇想というよりは、正統的なある種の文芸、文明観を丁寧に再構築して新規の工夫のもとに巧妙に見せたという感じ。 謎解きミステリのロジックも密に練り込まれているし(ほんのわずかだけツッコミ所もあるが)、しかもそのミステリ部分が整然とした上で、そこからビジョンがさらに外側に広がっていく。 中盤の「え?」という叙述の真意もあえて直接は説明されないが、最後まで読んで世界観の真相を語られたときに腑に落ちる。 (それにしてもあの一行は、連城三紀彦の某作品を思い出した~こう書いてもネタバレにはなってないハズ。) なお終盤の一大ギミックの登場(というか判明)はやや唐突感はあったが、その時点ではすでにおおむねミステリとしての叙述は完了。すでに別のジャンルに向かいながらの筋立てなので、その意味で、文句の類は生じない。 「圧倒的スケールで放つファンタジー×SF×ミステリー巨編」というもうひとつのキャッチフレーズにもウソは無かった。 あえて不満を言えば登場人物がみんな記号っぽいことだが、これはそういうものを書き込む要のない作品だとも思うので、実のところは文句にも当たらないだろう。 優秀作、でいいと思うよ。 |
No.750 | 6点 | 座席ナンバー7Aの恐怖- セバスチャン・フィツェック | 2020/02/17 20:57 |
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(ネタバレなし)
2017年のドイツ作品。 この作者は『乗客ナンバー23の消失』に続いて二冊目だが、人間関係の枝葉を広げてストーリーを組立てていく手際では今回の方が面白かった。 ただし某キーパーソンの意外な過去については、その当時から現時点までそんな事実が隠蔽されおおせたハズはないだろ、警察やマスコミの追求でまず暴かれるよね? という違和感がある。 とはいえ真犯人はかなり巧妙に隠され、そのためのミスディレクションもうまい(正直、まんまと引っかかった)。 4~5時間でイッキ読みの佳作~秀作。 ちなみに牛乳を飲むのをイヤな気分にさせられたことだけは、文句を言いたい(笑)。 |
No.749 | 5点 | ニュー・イン三十一番の謎- R・オースティン・フリーマン | 2020/02/17 03:08 |
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(ネタバレなし)
物語内の2つの流れの相関に気づかない読者はいないだろう。フィクションとして組立てられたクラシックミステリなら、並列する叙述には当然ながら意味があるから。とはいえ作中の人物が、あれやこれやの目前の現実(ロンドン中に蔓延するインフルエンザの対処とか)に気を取られて、なかなかそこに思い至らないというのは結構リアルかも。ジャービスの言う、開業医は頭を切り替えないとやっていけないのだという強引なイクスキューズ(あれはそういうことを言いたいんだよね?)にも、笑えた。 ……とはいえやっぱり、一方は伝聞だけとはいえ、相応に重要なキーポイントが話題になっているんだから、そこで連想が生じないのはムリを感じるんだよなあ。 あとソーンダイクの終盤の謎解きは評判がいいんだけど、個人的にはそれほど褒めるレベルか? という感じであった。犯人が(中略)自体を犯行のギミックにしたあたりはちょっと面白かったけど。 翻訳が読みやすいこともあって一応は楽しく読めたものの、初期3作のなかでは確実に一番オチる。シリーズの研究家にはネタの多い作品だとは思う。評点はかなり4点に近いこの点数ということで。 ※P2764行目 ミスター・スティーヴンズに(×) ミスター・スティーヴンに (○) この名前は作中に山ほど出てくるのに、なんでここだけ誤記が残ってるんだろ。再版の機会でもあったら、直しておいてください。 |
No.748 | 7点 | ノワールをまとう女- 神護かずみ | 2020/02/15 04:08 |
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(ネタバレなし)
「わたし」こと35歳の西澤奈美は、大手の医薬品メーカー「美国堂」の広報スタッフ、市川進から連絡を受ける。市川は、数年前に自社の重役に迎え入れた韓国人の実業家がかつて過激な反日発言をしていたことが露見したと語った。そのため市民運動家による美国堂を糾弾するデモ活動が日々かまびすしいので、この対策を奈美に願ってきたのだ。奈美の秘めた稼業は、裏工作を用いてネット上のヘイト発言や炎上案件の火消しなどを行うこと。今回の彼女は、デモ活動の中心組織「糺す会」の代表である青年「エルチェ」に接触。組織の切り崩しを図るが、そこで奈美が出会ったのは意外な人物だった。 昨年2019年度の乱歩賞受賞作品。作者はすでに20年以上前から著作があり、さすがに書きなれた文章はこなれて読みやすい。 一方で選考委員の一部が称賛するほど、Web上の火消し屋というのが斬新な設定とも思えないし(そもそも火消し探偵なら、同じ講談社に「おひいさま」こと岩永琴子さんがいるよな)、何より実際の作中での奈美はネットよりも現実の世界のなかで狙う標的に罠をかけている。それほど発想にも叙述にも飛躍のない、21世紀のフツーのノワール、フツーの事件屋稼業ではないか。 とはいえ中盤からは、ある人物の退場を機にフーダニットめいた興味も発生。そちらの方をサイドストーリとして語る一方、奈美の仕掛けた組織への罠、さらに奈美自身の恩人に関わる案件……と複数の物語がよじりあうようにもつれながら進んでいく。 主人公・奈美の秘めた過去も中盤以降に明かされ、そこで語られる昔日のエピソードも人によっては苛烈に思えるかもしれないが、並みいるバイオレンスノワールの中には、もっと過激なものもいくらでもある感じもする。人間の普遍的な暴力性を描いてもどこか節度があるようなのが、何とはなしに古めかしい。 それでも筆慣れた文体は最後までリーダビリティが高いし、小さい山場を惜しみなく繰り出す作劇のテンポも良い。さらに終盤には(前もって最後に闘う相手を読者に半ば予期させたその上で)、斜め上? のクライマックスを用意。その辺の盛り上げ方にも達者さを感じる。さすがベテラン作家。 そもそも乱歩賞は一般に新人作家の登竜門と思われがち? だが、実際には応募資格は誰にでもあり、プロ作家でも応募は自由。高木彬光なども自分を見出してくれた乱歩への畏敬の念から、デビュー後かなり時が経ったのちでも恩人の名を冠した賞の受賞を狙っていたと聞く。そんななかで今回の作者は、実際に受賞した作家の内では相応にそれまでの著作歴の長い方の一人ではないか(厳密に最長かどうかは、確認してみないとわからないけれど)。 帯の「新ヒロイン誕生!」の文句がそのまま今後のシリーズ化を予想させる気もする。そういえば歴代の乱歩賞受賞作品でデビューし、そのままシリーズキャラクターになった主人公って、何人くらいいるのであろう。そのうちカウントしてみよう。 |
No.747 | 8点 | 九度目の十八歳を迎えた君と- 浅倉秋成 | 2020/02/11 04:39 |
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(ネタバレなし)
「俺」こと30代に向かう、印刷会社の営業職の青年・間瀬。彼は出社するその日の朝、かつて高校時代に思いを寄せた同学年の美少女・二和(ふたわ)美咲が、今も18歳の女子高校生のままの姿だとに気づく。間瀬は、二和の現在の学友の少女・夏川理奈そして自分のかつての学友や恩師たちの協力を得ながら、時を止めた二和の謎に踏み込んでいくが。 表紙ジャケットの折り返しに書かれたあらすじ+作品紹介の最後に「ファンタスティックで切ない追憶のミステリ」とのセンテンスがある。 それゆえスーパーナチュラル要素が何かしらの形で真相にからむのではないかと思う人もいるだろうが、その件については物語の着地点レベルでのネタバレになるので、ここには書かない。 別の書評サイトではかなりのレビュー数を集めており、賛否両論の嵐(いくらか褒める声が多いような気がする)だが、個人的にはすごく良かった。 ジャック・フィニイ作品のメンタリティだけを抽出して抜き取り、まったく別の形で書いたようなおっさん向けの青春小説。 ただし、ヒロイン二和のためにあちこち駆け回る主人公の間瀬の奮闘ぶりは読んでいて応援したくなるほどだけど、これが現実の世界のできごとだったら必ずやるよねという種類のとある行動を、まったく試そうともしない。その辺が違和感といえば違和感なんだけど、まあ作劇の流れとして読む方も大目にみてあげたくなるような勢いを備えた作品だとは思う。 最後の真相に至る大筋も悪くないが、全体的に細部が面白い作品。いわゆる送り手の都合を優先し、無神経にヘイトキャラを登場させるような無様さもない。人間の弱さやもろさをしっかり抑えながらも、それでも登場人物のひとりひとりを見捨てない温かさもある。 2019年の現在形青春ミステリの優秀作が辻堂ゆめの『卒業タイムリミット』なら、こっちは回顧系青春ミステリのそれだな。 この作者はまだ、今年の新刊二冊を読んだだけだけど、そのうちに既刊の作品にもトライしてみよう。 ※最後に前述の、表紙折り返しのあらすじ紹介の本文で、間瀬の行動の軌跡を「僕」の一人称で記述してあるんだけど、実際の作品の本文は「俺」の一人称なんだよね。 青春ミステリだから「僕」の方が似合うという編集部の判断だったのかもしれないけれど、キャラクターイメージに関わる感じで相応に違和感。 あらすじの箇所は「間瀬は~」とかの三人称記述の方が、まだ良かったような気がする。 【2020年2月15日追記】 あと本作が心地よかったポイントは、モブキャラ的な作中人物のひとりひとりに設定上の名前、無駄な固有名詞を与えず、なるべくそのポジション、立場のみの表意で済ませていること。些末な情報がノイズにならず、全体的に小説がスムーズに読み進められた。まったくもってバランスの問題ではあるけれど、書き手が自分の世界を築くある種の万能感に酔うのか、この辺の感覚が無神経な作家も時々見かけるような気もするので。 |