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人並由真さん
平均点: 6.32点 書評数: 2036件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.696 5点 病弱探偵 謎は彼女の特効薬- 岡崎琢磨 2019/11/15 10:02
(ネタバレなし)
「ぼく」こと県立辺留(へる)高校一年生の山名井ゲンキ。ゲンキの隣家の幼なじみで同じ学校の同学年・貫地谷(かんじや)マイは、いつも何かしらの疾病に襲われる体調不良。学校を欠席続きで家でミステリーを読むのが好きな彼女は、ベッドで謎を解くことも得意な隠れた名探偵だった。ひそかに想いを寄せるマイのため、ゲンキは学校の周辺で起きた不思議な事件を、今日も静養中の彼女のもとに送り届ける。
 
 青春ラブコメ+日常の謎パターンの、全6本の連作短編キャラクターミステリ。1話から『進撃の巨人』のパロディコミック『衝撃の小人』(作中のリアルではあくまでシリアスなアクションSF? または活劇ファンタジー? 漫画らしいが)が登場する程度にとても敷居の低い作品である。なんつーか、コンビニの看板を「エイトイレブン」と標記して観客を笑わせようとした大昔の劇場アニメ版『タブチくん』を思い出してしまった。

 若者向けのラブコメベース作品という方向性は前提なので、マイの形ばかりツンデレを装ったキャラと二人のバカップルぶりは承知で読むが、肝心のこの手の日常の謎ミステリとしては良くも悪くも普通。全6本のうち、配列的に一部のまとまったブロックに事件関係者への(中略)を狙いとするネタが続いたのはちょっと気になった。個人的には第五話の、校内図書館を舞台にした不自然な貸し出し事案の謎が割と面白い。

 それなりには楽しめるが、なんにせよこの手のものが氾濫している現状なので、その意味ではラブコメ設定で文字通りのベッドディティクティブというネタ以外、特筆する要素が少なめか。
 あとAmazonの文庫版の方のレビューでも言及されているけど、マイがそのエピソードごとに苦しむ病気の描写が適当で通り一遍すぎる。もちろんあくまでラブコメ探偵ヒロインのキャラクター用の記号だから、その部分をしっかり書きすぎて話を重くしてもまったく意味がないんだけど、実際に病気で辛い思いをしている人が読んだらあまり気持ちよくはないだろう。評点は6点でもいいけど、その辺を勘案して一寸厳しめに。

No.695 6点 暗い広場の上で- ヒュー・シーモア・ウォルポール 2019/11/14 12:25
(ネタバレなし)
 第一次世界大戦を経たロンドン。その年の12月、「私」こと30歳代の失業者リチャード(ディック)・ガンは、ピカディリーサーカス(訳文の表記ママ)で、長い間捜し続けていた男リロイ・ペンジェリーに偶然に出会う。ペンジェリーは14年前に、ディックの友人だった青年貴族ジョン・オズマンドが道を踏み外して仲間の2人とともに物取りに及んだ際に、警察に密告した男である。ただしペンジェリーの通報の動機は市民としての社会正義などとは無関係で、小悪党が警察にいい顔をして自らの得点を稼ぐためであった。オズマンドの美しい恋人ヘレンに懸想していたディックは、オズマンドの逮捕と投獄によって人生を狂わされた彼女の哀しみを思いやり、その後行方をくらました卑劣なペンジェリーをひとりで追い続けていた。だが奇しくもその夜、服役を終えていたオズマンドとその仲間たちもそろってペンジェリーに接近。夜陰のピカディリーサーカスに、ヘレンを含む一同は集結するが……。

 1931年のイギリス作品。「奇妙な味」の名作短編『銀の仮面』のウォルポールが書いた広義の長編ミステリのひとつで、ジュリアン・シモンズが選んだ例の「サンデータイムズのベスト99」にも挙げられている一編。
 評者は過日、本サイトで短編集の方の『銀の仮面』のレビューを書いたあとに、いくつかウォルポールの長編も近年になって訳されていた事実を改めて認識(気付かなかったのは恥ずかしい)。前述の名作リストに挙げられた作品という興味もあって、じゃあ……と読んでみた。

 ちなみにポケミスで刊行された本書だが、裏表紙の上部の惹句に「ロンドンの『ドン・キホーテ』と悪の権化との戦い」とかなんとか随分とアレな事が書いてあり、ポケミスのキャッチ部分のトンチンカン度では史上でもかなり上位の方に来るのでは、と思う。
 いや、一方的な(?)ヘレンへの思い入れで突き進む主人公ディックをラ・マンチャの男に例えるのはギリギリ分かるにしても、ペンジェリーは悪の権化とかいう大層な者じゃなく、普遍的にリアルな感覚の小悪党だし、そもそもディックはペンジェリーを探すことそのものを目的にしていても、その後どうするかの展望もなく、特に「戦い」もしないし。

 何より、もともとこの作品、文芸的にかなり微妙なところを狙っている。いやたしかに、オズマンドたちを踏み台にしてある意味で食い物にしたペンジェリーはイヤなゲスなんだけど、一方でそもそもルパンだかラッフルズだかを気どるような感覚(読み解くとそういうことっぽい)で悪いことをしかけたオズマンドたちの方に大元の問題の根源があるので。ヒロインのヘレンは彼女自身には罪はないのに散々な目に合うし、さらにオズマンドの仲間のひとりパーシィ・ヘンチの妻子なんかは旦那の投獄のために困窮の果てに死んでしまう。そういう形で事態に巻き込まれた女性や子供は本当に気の毒だけど、オズマンドとその仲間たちの逮捕そのものは、きびしい言い方すれば完全に自業自得だしなー。
 まあそれは現在のオズマンドたちも重々理解しているようで、彼らがペンジェリーを追いつめたのは「もともと友人だったのに、なぜあんな裏切るような真似を?」と改めて問い糾すだけのためで、決して復讐が目的ではないのだが……。
(これ以上の話の進展は、ネタバレになるので書きませんが。)

 当時のロンドンのドブ臭い裏社会、そこでの人間模様を描いている広義のミステリでは確かにあるけど限りなく普通小説っぽい。
 それでまあ話を転がしていくウォルポールの筆の冴えはなかなか伸びやかなんだけど(ストーリーテリングとしてはけっこう上質だと思うぞ)、一方でもともとからしてこの作品、そういう主人公と友人たちのサイドに弱みがあるよね、という思いが前提となってしまう作りなので、エンターテインメントとして読むにもブンガクとして嗜むにも難しいなあ……という感触もある。どっちかというと後者か。作者自身もその辺が狙いなのだとは思うけれど。


 現状でAmazonおよびTwitter上での感想がそれぞれひとつずつ。前者はけなしていて、後者は褒めてるけど、まあどっちの方の気分もわかるよね、という感じ。短編集『銀の仮面』の作者としては、いかにも、という長編作品ではある。

No.694 7点 予言の島- 澤村伊智 2019/11/12 18:12
(ネタバレなし)
 1990年代半ばまで全国の人々から支持を集めた人気霊能者・宇津木幽子。彼女はその晩年に瀬戸内海の孤島・霧久井(むくい)島を訪れ、そこで自分の死からおよそ20年後に、この地で6人の命が失われるだろうという怪しく不吉な予言を残した。やがて時は流れて2017年。駄菓子メーカーの社員で30代後半の独身男・天宮淳は少年時代に幽子の活躍に胸躍らせた記憶があり、興味本位から旧友の大原宗作たちを誘ってかの霧久井島へ向かう。だが現在の島は過疎化が進んでほとんど老人たちばかり暮らしており、さらに島の怨霊「疋田」の伝承までが聞えてきた。そしてその夜、島内では、殺人事件が発生して……。

 本サイトでも先に「本格」ジャンルで登録されていたし、帯にも著者初のミステリという主旨の文言が書いてあるけど、読み進むうちにこれ、小説の形質&構造としては、今までの澤村作品同様にホラーカテゴリでいいんでないの? と考えた。最終的にスーパーナチュラルな要素が劇中に登場するかどうかはともかくとしても。
 ……で。
 まあこれも、あんまりナニも言わない方がいい作品だろう。
 ただ、フツー程度に今年、国産ミステリの話題作を追っかけている現在進行形のミステリファンは本作を読みおえたときに、きっとあれこれ思うことがあるだろうな(汗・笑)。

 作者のレギュラーキャラである比嘉姉妹とその関係者はいっさい出ない、完全な単発編。だから本書が作者の著書はじめてという人でも、その意味で問題はない。もしも興味があるのなら、早めに読んじゃった方がいいかもね?

 なお自分のジャンル投票はあれこれ考えて「ホラー」に一票。サスペンスでもいいかもしれない。本格では絶対にないと思うぞ。

No.693 5点 昨夜は殺れたかも- 藤石波矢&辻堂ゆめ 2019/11/11 16:23
(ネタバレなし)
「俺」こと、人材派遣会社「ランカージョブ」に勤務する35歳の藤堂光弘。彼はある日、同僚のOL・野中がもたらした情報から、専業主婦の愛妻・咲奈が不倫をはたらいているのではと疑惑を抱く。やがてその疑いは確信に変わり、裏切られた思いの光弘は咲奈を葬る完全犯罪の計画を企てた。だが一方「私」こと咲奈も、夫が自分の秘密に気付いて殺そうとしてると察知。彼女もまた先手を打つべく夫殺しの計画を進める。

 講談社タイガレーベルで活躍中の藤石波矢が、同レーベルに初参加の辻堂ゆめと組んで合作したクライムラブコメディ。もともとは辻堂が出した案と同じモノを担当編集が抱えており、この構想を活かすために男女作家の合作企画を実現。それぞれ夫の「俺」パートと、妻の「私」パートを分担執筆したそうである(ちなみに藤石も辻堂もすでに既婚者)。
 
 内容的には、悪い意味で昭和のテレビドラマの再放送を観ているような感じで、特に中盤で送り手の作家たちがそれまで隠していたカードを見せるのが早すぎる。
 まあおおむねそんな(中略)だろうと予想はしていたものの、実際にそれを早々と明かされたおかげでいっきになけなしの緊張感も失せてしまった。だから後半の展開は単調で、眠い眠い。

 とはいえ万が一そのオチを終盤までとっておいてドヤ顔で開陳したりしたら、それこそ30年前の赤川次郎の量産作品だしなー。
 よくいえば、どう作ってもどっかで観たようなものになってしまうものを、なんとか最後に格好をつけたともいえるかも。

 中学生が、あんまり本を読んだことのない異性の友人に、サンジョルディとかの贈り物としてプレゼントするにはよいかもしれない(いや、それもどうだろうか……・汗)。
 主人公コンビが、オッサンの俺が見てまあキライな感じのキャラではないので、0.5点おまけ(とはいいつつ、いかにマジメな愛情の反動とはいえ、不倫されたから話し合いも叱咤もしないでそのまま殺しにかかるダンナってのも、21世紀の今の世相からすれば、リアリティ薄弱な気もするんだけど・笑)。

No.692 5点 密殺の氷海- R・H・シャイマー 2019/11/11 02:05
(ネタバレなし)
 アラスカ州がまだアラスカ準州だった時代。アメリカのシアトル出身の女性教師ガスティ・ラントは、アラスカの群島の一角のヌガ島に海外派遣教師として赴任していた。だが、任期の3年もまもなく満了。緑も少ない荒涼としたこの土地にとうとう馴染めずにいた彼女は、それでも土地の人々と親しくなったことは悪い気はしなかった。一方で島の周辺のアラスカ海域では、漁獲に被害を及ぼすオットセイの大規模な駆除が恒例化しており、同時に海獣の毛皮と食肉は莫大な利益の源だった。ロシア系アリュート人の海の男ミロ・トーキンは小型船「シー・ベア」号の船長として、時に海賊まがいの行為に及びつつオットセイの毛皮の争奪に介入していたが、やがて彼は妙な奇縁から本国へ帰国しかけるガスティと関わり合うことになる。だがそんな彼らの周囲で、ある夜、殺人事件が……。

 1972年のアメリカ作品。1973年度のMWA新人長編賞の受賞作品だが、2019年の現在、本サイトをふくめてweb上にほとんどレビューがないようなので、ちょっと気になって読んでみた。
 いわゆるエキゾチックミステリの趣のある作品で、全編にわたってアラスカ海域の寒々とした世界を叙述(本文中ではわかりにくいのだが、訳者あとがきによるとこの物語はアラスカがまだ準州だった1959年以前の過去設定らしい)。M・C・スミスの『ポーラ・スター』にも一脈通ずる北方漁業の険しさのようなものも活写される(ただし嵐の場面はあっても、海洋自然派冒険小説の域までには至らないのだが)。
 特に印象的なのは、一度に数千匹のオットセイが殺戮駆除される描写で、我が国でも1980年に起きた壱岐イルカ事件に相通ずる海獣と人間(特に漁師)との共存の困難さを痛感させられるが、ここらは単に動物愛護の念ばかりでものを言うべきではないだろう。いや、もちろんいろいろ思うことはあるけれど、現実に手が動かない、語る言葉がないのなら、軽佻浮薄、短慮に不用意に心情を吐露すべきではない。
 
 しかしながら殺人事件は起きるし、広義のフーダニットの興味も終盤まで続きはするが、一方であまりフツーのミステリらしくない、なんというか奇妙な感じに叙述の力点を違えた作品だった。物語は男女の主人公ガスティとミロ、さらに海洋パトロールの青年ネルス・ボーガソン少尉、さらにはアラスカの火山を探求に来た科学者ヘイノー博士そのほかをメインに多視点で進行。殺人事件を用意して謎解き? ミステリの形はとっているけど、実際に作者の書きたいものはアラスカの群島を舞台にしたエキゾチックな群像劇だよね? という感じである。
 そういう奇妙なノリと、さらにガスティとミロ、さらにそこに割り込んでくるネルスの三角関係ドラマなどでそれなりに読ませるものの、まあミステリとしてはかなり薄い。
 実のところ、MWA新人賞の肩書きにそれなりに期待を込めた評者などは、中盤でのある人物のある描写なんか、叙述トリック的なミスディレクションかと勝手に思い込み、ものの見事に空振りを喰ったほどだ(笑)。
(原書が20年早く書かれていたら、創元の旧クライムクラブの中に混ざり込んでも違和感がないような印象でもある。)

 ただまあ、事件の真相が露見し、物語の山場を越えたあと、長めのエピローグ部分に妙なパワーを感じた作品でもある。なんていうかミステリ部分よりも、アラスカの描写よりも、作者がホントーに書きたかったのは、この人を食ったクロージングじゃないかなとも思わされるほどに。
 一読後、訳者のあとがきを読んで、イニシャル表記で性別のわからなかった作者が実は女性だったと教えられ、そこでいろいろ腑に落ちる。ジェンダー論で大雑把にものを言うのもナンなんだけど、ああ、これってそういう小説だったのねって。
 決して面白いとダイレクトに褒められないんだけど、妙な感じにアジのある一編ではあった。 

No.691 6点 カナダ金貨の謎- 有栖川有栖 2019/11/09 13:59
(ネタバレなし)
 有栖川作品にマトモに付き合うようになったのは、この4~5年の新作長編ばかりなので、実は短編集も初読みなのでした。
 以下、各編の感想&コメント。

『船長が死んだ夜』
 伏線が見え見えで犯人の予想も早めにつくが、カメラに動画として納められた「ブルーシートをかぶった、正体不明の殺人犯(の逃走図)」というビジュアルイメージにときめき。『悪魔の手毬唄』のおりん婆さんの出現シーンを思い出す。

『エア・キャット』
 いまいち面白さがピンとこない。そういう考え方もあるよね、だけ。

『カナダ金貨の謎』
 短編シリーズをもう少し読んでいれば、通常編との差分で良さが分かるのか? あとここでは言えないが、このトリックって……(以下略)。

『あるトリックの蹉跌』
 シリーズ名探偵&ワトスン役のイヤー・ワン編として好感の持てる掌編。謎解きミステリの楽しみ方の、初心に返ったおさらいモノという側面もある。

『トロッコの行方』
 良い感じに捻りの利いた一編。しかし今年の国産ミステリは、トロッコ問題の話題のブームである。この二ヶ月の間に『ジャンヌ Jeanne,the Bystander』(河合莞爾)と『犯人IAのインテリジェンス・アンプリファー』(早坂吝)と本作とで3作目だよ。まあ先の二本は、同問題と密接な関わりのSF調ミステリ(AI、ロボットテーマ)だから当然ではあるが。

No.690 5点 マンガ狂殺人事件- 赤塚不二夫 2019/11/08 17:41
(ネタバレなし)
 宮城県出身の漫画家のタマゴ・石森章太郎青年は、手塚治虫からアシスタントの助力を請われて上京中、車中で他殺死体に出会う。だが気に留めないで、当時の新人漫画家の梁山泊として有名なトキワ荘に向かった。そんな石森がそこで見たのは、ほかならぬ手塚自身の死体? であった。やがて事態は、昭和末期までの時空を揺るがし、日本漫画史の歴史を書き換える連続殺人事件へと発展し……。

 1980年代の半ば、斯界で活躍しているその第一人者に、その各界を舞台にした推理小説? を書かせよう。しかも古今東西の名作をパロディー化した趣向を盛り込み……という悪ノリ企画。これが作品社の叢書「面白推理文庫」であった。タモリの『タレント狂殺人事件』、ビートたけしの『ギャグ狂殺人事件』など予定通りなら10冊近くのタイトルが刊行されたはずだが、本書はその中の一冊。

 しかし改めて言うまでも無いが、本書の「著者:赤塚不二夫」はあくまで名義貸しっぽい。実際に書いていたら、のちのマンガエッセイその他などで、ご当人がそのことを話題にしないわけはない。そして今まで評者も赤塚ファンの末席のひとりとしてそれなりに、その種の記事や書籍は追い掛けているつもりだが、そんな事例(「俺、こないだ小説書いたんだ」とアカツカ先生がのたまっている)は一度も見たことはない?
 たぶん本当の実作者は赤塚マンガのメインアシスタントのひとりで、自分自身も『しびれのスカタン』『くるくるアパート』などのギャグマンガの実作を手がけた漫画家・長谷邦夫であろう。赤塚とともにグァムに行った際の話題の登場や、長谷自身の周辺の情報への偏り具合など、そのつもりで読んでいくと色々腑に落ちる叙述がある。

 長谷は晩年まで文筆家としての著作も多く、一方で自分自身も若い頃に3年かけて筒井康隆の『東海道戦争』をコミカライズ(多忙で、当初原稿をわたすはずだった版元が途中で潰れたが、自力で完成させ、別の出版社に原稿を持ち込んだ逸話がある)したSFファンでもある。
 それだけに本作も、タイムパラドックス的なSFガジェットと楽屋落ちネタてんこ盛りのメタフィクション性を駆使した破格の謎解き? ミステリとして結実。『虎よ、虎よ!』(本文中では『虎よ! 虎よ!』とタイトル表記)のジョウント能力なども、出典を明記した上で登場する。

 マトモなミステリファン、小説読みが読んだら呆れるか激怒必至のシロモノだが、もともと叢書そのものからして破天荒な冗談企画っぽいレーベルなので、これはこれで良い。むしろそのイカレっぷりとネタぶりを楽しんだ方がいい一冊である。まあ昭和漫画文化の裏面史にまったく関心がない読者は、確実に置いてきぼりを食らう暴走ぶりだが。
(個人的には、森田拳次のアメリカでのトラブルまでネタにする臆面のなさに呆れつつ爆笑し、そしてそのヤバネタ度に改めて冷や汗をかいた。) 

 最終的にミステリとしては、予想通りの反則技の連発で真相が明かされるが、それでも主軸となる動機のひとつは昭和の漫画ファン的にはちょっと興味深く、1980年代の半ばの時点ですでにやはり「あの御方」は「そういうタイプのクリエイター」として衆目一致の評価だったのね、と笑いがこぼれる。いやまあ、リアルタイムでの本当のファン(二×堂先生とか)からしたら、常識みたいな見識だったのであろうが。
 
 でまあ、ミステリのレビューとは関係ないけど、昭和漫画文化のなかの人脈図とかを探求するマニアにとっては、いい手引き書になるかもしれん。もちろんこれをもとに商業原稿か何かを執筆する際には、一次資料として本作内の記述をそのまま書き写すんじゃなく、ちゃんとさらにウラをとって欲しいけど。

 最後に、本作は各章の章見出しをクリスティーから大藪春彦、赤川次郎までの人気作の題名をパロディー化(大藪の元ネタは大メジャーな『野獣死すべし』じゃないよ。カモられてるのは『破壊指令№1』で、ソレが赤塚のあの雑誌ネタとリンクするよ~笑~。)。
 SF要素ばかりに寄り掛からず、ちゃんとミステリファンにもサービスした素敵な本? だけど、ただ一箇所、148頁、マイケル・クライトンの医学SFを映画化した『コーマ』という記述はいただけません。言うまでもなく原作者はロビン・クックで、クライトンはその映画版の監督&脚本(しかし『コーマ』を医学ミステリでなく医学SFとみる見識はちょっと面白いな)。
 いつか復刊の機会があったら、ここはちゃんと直しておいてください。まあふたたびマトモな新刊になる可能性そのものが、まず無いと思うけど。

No.689 8点 medium 霊媒探偵城塚翡翠- 相沢沙呼 2019/11/07 17:31
(ネタバレなし)
 若手ミステリ作家の香月史郎は縁があってここ数年、警視庁捜査一課に協力していた。そんな香月は、高級マンションに仕事場を構える霊媒師・城塚翡翠(じょうづか ひすい)に会いたいという、大学の後輩・倉持結花に同道。超美人の翡翠と対面する。やがて翡翠の語るいわくありげな予言と関連するかのように、殺人事件が発生。香月は翡翠ともに、その殺人事件の捜査に加わるが。

 連続短編集っぽい仕様で語られる長編作品で、作者が作者だけにあれこれ思いながら読む。それで仕掛けの一部は予想がつく部分もないではないが、クライマックス、作者が何を狙うのかを認めた時には顔色を失った。もうこの作品についてはこれ以上、あんまり何も言わない方がいい。

 今年の国内の新作は現時点で50本以上読んでるけど、現状のマイベスト3には確実に入るであろう。

No.688 7点 ブライトン・ロック- グレアム・グリーン 2019/11/04 15:38
(ネタバレなし)
 1930年代の英国。サセックスの海岸町ブライトンでは、馬券屋の胴元である顔役カイトが頓死。遺された縄張りを新たに仕切ろうと躍起になるのは、カイトの片腕格で年長の仲間たちをも束ねる17歳の「少年」ことピンキー(P・プラウン)だった。世間ずれしたピンキーの覇道は順調に見えたが、競馬利権の縄張りにはカイトのライバル格だったユダヤ人のギャング、コリオリが参入。しかも悪いことにピンキーは仲間の少年チャールズ・ヘイル(フレッド)を口封じした際、その事実をレストランの16歳のウェイトレス、ローズ、そして街の中年女のアイダ・アーノルドに気取られてしまう。アイダを牽制し、一方でローズと結婚することで「妻は夫に不利な証言ができない」の法律を適用させようと図るピンキー。だが事態の混迷はさらに続き、そして独善的な義侠心まで抱いたアイダは今度は、薄幸の少女ローズを悪人ピンキーの手から救い出そうと要らぬお世話を焼き始めた。
 
 1938年のイギリス作品。グリーンによる、非行少年を主題にした広義のミステリという概要は、前から知っていた。とはいえ実際に読んでみると非行少年ものというよりは、主人公とその周辺の登場人物何人かの年齢設定が若いばかりの正統派ノワールという趣が強い(まあそもそも非行少年ものも、広域のノワール系の一端かもしれないが)。少なくとも年少の少年少女のチーマーがワイワイガヤガヤしながら物語が進む雰囲気ではなかったね。

 ちなみに評者は、物語序盤から動き回るいわくありげな少年フレッドが主人公かと当初は思ったが、あっというまに彼は退場。二章目から本当の主人公「少年」ピンキーが登場してくる。読み手を欺いて鼻面を引きずり回す初動の作劇は、一時期の白土三平の忍者劇画みたいである。

 それでこのピンキー、ワルとしては肝が据わった青年だが、その一方でまだ童貞。憎からずは思っているが、それ以上に彼自身の保身のために嫁に迎えるローズとの床入りにも滑稽なくらい慎重になる。21世紀の小説なら絶対にありえない? ハイ(ミドル)ティーンの非行少年のキャラクター造形で(ラノベの学園ギャグものとかならともかく)、おのれが奇特な善行を為していると自負(錯覚)して次第にエキセントリックになっていくサブヒロイン、アイダの描写ともども、この時期のグリーンらしい、清教徒の英国人への揶揄だろう? 
 ピンキー、ローズ、アイダの3人を主要人物の軸に据えながら、ブライトンの裏町にひしめく群像劇を活写。大物となる素質だけはあったかもしれないが、本当ならカイトのもとでもう少し地道に成長していけばよかった? ピンキーの野望が次第に(中略)……の物語は最後までテンション豊かに読み手を捉えて放さない。一日でいっき読みだよ。
 そういえばピンキーが取った、ローズの口を封じるための結婚作戦。ガードナーのあの長編を思わせるね。
 
 ところで自作の小説群を大別して、文学とエンターテインメントに二分していた作者グリーンだが、早川の「グレアム・グリーン全集」巻末の収録作リスト一覧の本書の項を読むと、これは「海辺の行楽地で殺人を犯した不良少年の目を通して、神の前における善悪、永遠の価値の問題を探る意欲作!」とある。どうも文学推しっぽいが、実際のところ神の話題や視点なんかそんなに出てこないじゃないの(人生の無常みたいなものは随所に書かれる)、違うんじゃない? ……と思っていたら終盤でどうにか? それっぽくなった。(この辺は狭義のミステリ的なネタバレでは全くないのでご容認ください。)

 そんなこんなを含めて、結局これって文学として読むべきなの? エンターテインメントなの? と(ある意味で実にどーでもいいこと? を)思い続けて巻末の訳者の丸谷才一の後書きを読んだら「グリーンの著作史上、随一といえる文学とエンターテインメント双方の側面を持った長編(大意)」とある。
 あらら、あまりにも分かりやすいオチでしたな。まあ、その見識にはすごく納得しますが。

 なお題名のブライトン・ロックとは、ブライトン地方の銘菓である甘味のこと。日本の金太郎飴のように切ると切断面にブライトンの英語表記がどこでも現れる。劇中である人物が、人間の本質は経験でも、他者からの感化を受けても変らない、いつでも同じ文字が出るブライトン・ロックのように、と、まあそんなような事を言うのである。

No.687 7点 ネタバレ厳禁症候群~So signs can’t be missed!~- 柾木政宗 2019/11/02 04:46
(ネタバレなし……だと思う)
 女子高校生探偵・美智姫アイと、その親友(百合)で助手の取手ユウ。ふたりは成り行きから、すでに他界したとある老富豪の嫡子と知り合った。だがその富豪の遺した莫大な遺産の行方を巡り、元ホテルの屋敷内で殺人事件が発生する。一方、アイの兄で警視庁捜査一課の刑事・レイジもまた、妹たちとは別個にこの事件の関係者に関わり合うが。

『NO推理、NO探偵?』に続くアイ&ユウの事件簿の二冊目で、前巻は連作短編集だったので、今回はシリーズ初の長編となる(作者にとっても初の長編作品)。

 タイトル通り、本作のトンデモな仕掛けについてはここでは口が裂けても言えないが、謎解きミステリのコード破壊? をどこまで許容するかで評価が決まるであろう一作であり、その実質はバカミスというよりナンセンスミステリの域という気がする。
 個人的には良くも悪くも(中略)な、作者の手際をクスクス笑いながら楽しんだ。
 こういう作品の場合、読了後にマジメに立腹して1点や2点をつけても、あるいは「ふーんまあこんなもんだろうね」と冷静さを気どってうそぶきながら5点とか6点とかのソコソコの評点を下しても、すべて作者が想定する反応の裡という感じである。
 読み終えた後にTwitterを覗くと絶賛派? と激怒派に二分されているようだが、そのお騒がせ度こそこの作品の価値だと思う。だから繰り返すけどこの後のレビューの方、怒ってもホメても、斜に構えても軽視してもよろしいかと(笑)。

 とはいえ新本格ジャンルの作品で、これに近い趣向のものが全くないとも思わんけどね。少なくとも私の狭い読書域でも、長編で一本、短編で一本、似たような形質の前例を見やりはする。ただまあそれを踏まえた上で、この一冊にはそれなりの……があるとは思うよ。

No.686 6点 日曜日- ジョルジュ・シムノン 2019/11/01 13:44
(ネタバレなし)
 コートダジュール。その年の5月のある日曜日。ホテル「ラ・パチッド荘」のオーナーかつ支配人である30歳前後の青年エミール・ファイヨールは、かねてより考えていた計画を実行に移そうとしていた。それは2年前からホテルの下働きで千恵遅れの娘アダと関係していたエミールが、その事実が露見しながらも冷え切った仮面夫婦の生活を続けている2歳年上の妻でホテル創設者の長女ベルトに対して行おうとする、ある決意であった。

 1959年の作品。妻殺しを計画する夫の物語で、シムノンのノンシリーズ作品としては比較的、主人公が若い方の設定だと思う。
 主人公エミールは元、大都市のホテルのコックで料理の腕は上々。ホテル商売も繁盛しているが、その胸中には少年時代から、マザーコンプレックスめいた屈折が存在。その思いが形を変えて今は、年上の妻ベルトとその実母の未亡人マダム・アルノーが自分の人生を束縛しているという妄執? 現実? にイライラしている。一方で半ば欲求、半ばなりゆきで情人になったアダに対しては真摯な愛情とか、妻ベルトを殺して彼女を正妻に迎えたいなどといったマトモな思いではなく、現状の日常の不満を解消する要素以上のものではない。
 あれこれ我が儘な人間だが、例によってその辺はシムノンらしく、確かに誰の心にもこういう面はあるよね、的な感覚に読者の思いを引き寄せながら、ストーリーを着実に進めていく。

 殺人計画ミステリとしての読みどころはキーワード「日曜日」にからめた、エミールのある周到な? プランの某ポイントだが、この辺はちょっとだけ例の谷崎潤一郎の『途上』的なティストもあるかもしれない? 

 高いテンションのなかで迎える結末はやや舌足らずな感もないではないが、終盤のある登場人物の内心での独白など、ああ、シムノンだな、という感じ。佳作~秀作。

No.685 5点 小豆島殺人事件- 中町信 2019/10/28 02:44
(ネタバレなし)
 東洋機器の社内サークルであるテニス部。そこに所属する27歳の君原一太郎は、小豆島での三日間の夏期合宿に参加する。現地には4人の男女の部員仲間が先行しており、さらに自分のあとから遅れてもう一人、別の場所に移動する合宿の日程に合流するはずだった。君原は、投宿するなじみの旅館「屋坂荘」の美人の一人娘・屋坂教子に再会するのを楽しみにするが、しかし現地ではその教子の友人の新聞記者・須貝菊代が何者かに崖下に突き落とされて重傷を負うという事件が起きていた。さらにテニス部の周辺では、新たな殺人事件が……。

 Amazonのマーケットプレイスで古書価50万円という表示にフき出し(2019年10月27日現在。出品者は一応、2人いる)。いくら複数者の出品でも、これは双方がグルか、あるいは後発の方が先行のアホな冗談に付き合った形だと思うが、何はともあれ興味を惹かれた。そこで近所の図書館にあるのを見つけて、借りて読んでみた(なんかそのAmazonのレビューで、実にすごいトリックとかなんとか驚いているお方もいるし)。
 私的には久々の中町作品。図書館本だから、もちろんタダで楽しんだ(笑)。

 でまあ、内容だが……連続殺人のひとつの山となる密室の真相はソコソコ面白いが、かたや読者(評者)に違和感と疑念を抱かせた(中略)トリックの方は……。
 ……これは、なんつーか、チョンボだよなあ……。いや、この騙しのテクニックは絶対にタブーとまではいかないけれど、あまりにも本作はそのやり方がアレすぎる(汗)。
 ただまあ、このネタの妙ちくりんさゆえに印象に長く残るであろうことは確実で、例えるなら打者が両手にストッキングをはめてバットを握って打席に入って、ショートゴロを打った感じ。だからなんなんだという感じだが、とにかくそんなヘンなことをやって見せたという意味で、記憶に残るであろう。ただそれだけの作品という気もするが。
 いや、怒る読者がいても全然文句は言いません(笑)。

No.684 5点 怪物- ハリントン・ヘクスト 2019/10/26 15:26
(ネタバレなし~中盤、勘のいい人、海外ミステリファンはちょっとだけ警戒)
 その年の11月。英国のドーセット地方で、地主のマイクル・ベルハンガアが、彼の父の代に近所のリバーズ家の手に渡ってしまった地所で、もともとはベルハンガア家のものだった農地「血の畑」を買い戻そうと尽力していた。現在のリバーズ家の当主であるジョージ・リバーズは近場でホテル「青いピーター」を経営する頑固者。そして彼の息子の若者リチャードは、ベルハンガア家の美少女フィリスと熱愛関係にあり、その仲は少なくともマイクルの方は容認していた。やがてようやくリチャードが、マイクルの申し出る土地譲渡のための談合に応じることになり、二人は人目の少ない海の側の倉庫を打ち合わせの場に選ぶが、実はそこは半年前に土地の漁師の息子で6歳の少年ジャック・ノーマンが殺された死体が見つかった場所。しかも警察と招聘された私立探偵の懸命な捜査にもかかわらず、犯人はまだ不明なままだった。そしてその倉庫で、またも新たな殺人事件が……。

 1925年の英国作品。イーデン・フィルポッツがハリントン・へクスト(ポケミス版の標記はハリングトン・ヘキスト)名義で書いた、フィルポッツとしては比較的初期の作品らしい。
 大昔に買って放っといたポケミスが見つかったので、そのうち読もうとこのしばらく脇に置いておいて、この度ようやく読了。ちなみにこのポケミス版『怪物』。裏表紙は完全に作者ヘクスト(フィルポッツ)の経歴と評価の話題で埋められており、どんな物語か事件かもわからない。その辺もあってやや食いつきが悪かった。評者は読者としては、最低限の発端~序盤的なあらすじ、または物語設定の情報が事前に欲しいタイプの人間である(じゃないと作品に食いつく端緒も得られないので)。
 ソレで本編だが、物語はリチャードとフィリス、若い恋人同士の恋模様の描写から始まるので、この二人が主役となって何かしらの事件に巻き込まれるスリラーかと思いきや、彼らは主要人物の一角には据えられながら、もう少し広角なカメラが捉える視界でストーリーは進行。意外に普通のパズラーっぽい作りになる。
 中盤で、え? そんな趣向も出てくるの、という感じに結構、技の数は多い作品。その意味ではなかなか楽しめるクラシック作品なのだが、真犯人とさる殺人事件の動機に関しては当初から見え見え。




【以下、ごく曖昧に書くつもりだがネタバレの危険性あり】
 というのも、フィルポッツ(ヘクスト)は、日本に紹介された作品の大半が総じて(中略)を主題にする作家で、しかも今回は(中略)からしてアレなので、その条件に合致して一番ミステリ的、ストーリー的に文芸的な効果を上げられそうな人物は……となると、もう物語の4分の1も読まないうちに、話の底がおおみね見えてしまう。
 その意味では物語の求心力がいまひひとつ盛り上がらず、やや倦怠感を抱くところもあった(そしてその辺を相応に補ったのが、さすがクリスティーのお師匠さんらしい前述のストーリーテリングの上手さだが)。事件の真相が真犯人の述懐でほとんど明かされるのもパズラーとしてはナンだし、一方で例によってフィルポッツらしい(中略)テーマの文芸ミステリとして読むならば、犯人が心情吐露する部分はある意味で本作のクライマックスであり、そこそこの迫力はある。
【以上、ネタバレの危険性がある部分 おわり】


 


 
 評点としては、あれやこれや勘案して、この程度。キライじゃないけれど、本作の肝心の主題が今となっては……の部分もあるし。
(その点じゃ、同じヘクスト名義の『テンプラー家の惨劇』なんか、すでにこの時代にコレをやっていたのか! と驚かされた、個人的には大好きな、ある意味で時代を超えた秀作なんだけどな。)

No.683 5点 悠木まどかは神かもしれない- 竹内雄紀 2019/10/24 13:55
(ネタバレなし)
 名門中学校を狙う秀才の小学生が集う学習塾「アインシュタイン進学会」。そこに通う小学五年生の「ボク」こと小田切美留(びる)は、同学年の塾仲間で、さばけた性格の人気者ながら孤高の雰囲気の美少女・悠木和(まどか)ジョシ(女史)のことが気になる。だがそんな塾内で、ある小さな事件が発生。そして悠木ジョシ自身も奇妙な行動を……。

 文庫オリジナル作品。すでに他分野で別名で文筆仕事の実績がある著者が、新潮文庫編集部に同部署では禁じ手とされている原稿を持ち込み。その結果、評価され、鳴り物入りで刊行されたそうな。
 刊行当時は、本の本体や帯周りについた各方面からの推薦文や「日本文学史上最低の探偵登場」とか「胸キュン系バカミスの大傑作!」などの思わせぶりな惹句、そして何より当時まだ人気が冷めていなかった大ヒットアニメ『魔法少女まどかマギカ』を思わせるあざとい題名ということで(一応説明しておくと、同アニメの主人公の少女の名前は鹿目まどか、演じる声優は悠木碧。アニメの主題も「神」……ではないが、人間から高次の存在への変貌などが含まれる)、多大な反響を呼び、そして当然ながらここまでハデ? なことをやった分、相応に叩かれたようである(一方で、この作品を褒める声もちゃんとあった)。
 とはいえこっち(評者)は、6年前にはほぼ完全に国産ミステリ全般から離れていたので、そんな騒ぎがあったこともつゆ知らず、先日初めてブックオフでこの作品を認知。裏表紙の前述のキャッチ類が気になって、初版を、まだ108円の税込値段の時に買ってきた。

 で、まあ、思いついて昨夜読んでみたが、2時間もかからずに読了可能な短さ。内容は独特の躍動感は抱かせる文章で筋運びだが、それほど深い内容でもない。
 現時点で50近いAmazonのレビューの中には「小学生の読書感想文用にはいいかも」というのもあったが、悪い意味や嫌味ではなく、まさにそういう感じのオトナが読んでもいいジュブナイル、ちょっと日常ミステリ風味、という感触である。
 しかし「日本文学史上最低の探偵登場」も「胸キュン系バカミスの大傑作!」も明らかに誇大広告で、この作品をどこをどう逆さにして振っても、そんなもの出てこない。これはあちこちから文句を受けても仕方がない。6年前の時点ですでに出版不況は慢性化していたハズだから? 新潮社、あえて炎上商法を狙ってこんな売り方をしたのかと思うほどである。それほど作中のミステリ部分は謎の提示も真相もそこに至るプロセスも、実に他愛ない。

 ただまあ、目線を低くして一編の、21世紀の小学生主人公もののジュブナイルとして読むならば、ちょっと惹かれる部分はある。昭和時代の少年漫画なら脇役の参謀格かイヤミキャラあたりのポジションを与えられていたであろう秀才の児童ばかりを物語の場に集め(現実の世界が学歴社会なのだから、そういう偏差値の高そうな子供たちの集う学習塾をストーリーのメイン舞台にするのもひとつのリアルだと思う)、そしてそんな子供たちに託される将来の役割について、作中のある大人の登場人物からまっすぐな期待の言葉をかけられるところなんか、ダイレクトに良かった。
(たぶん自分はいいトシしていまだ、自分自身で咀嚼した上で納得できるものならば、小説世界の中に、どこか薫陶みたいなものを求めるタイプの読者である。)
 小学生ラブコメとして読むなら、肝心のヒロインのまどかは十分に可愛いし、主人公の美留との青すぎる恋模様の成り行きにも微笑む。

 大した作品じゃないとは思うけど、たまにはまあこんなのもいいな、と感じる一冊。
 地味に売られていたら絶対に一生出あうこともなかった作品だろうから、その意味じゃ新潮社のアコギなセールス方法も間違ってなかったのかもしれんね? 評点は0.5点くらいおまけ。

No.682 6点 わが母なるロージー- ピエール・ルメートル 2019/10/23 13:03
(ネタバレなし)
 その日の17時。パリのジョゼフ・メルラン通りで爆破事件が発生。負傷者は多数出たが、幸いに死者はいなかった。目撃者の克明な証言から容疑者は高い精度で絞り込まれるが、はたして自分から警察に出頭してきた27歳の電気機械技師の青年ジャン(ジョン)・ガルニエは、大戦中に使われた不発弾を確保し、さらにあと6個各地に仕掛けたと供述。爆弾は時限装置で一日にひとつずつ決まった時間に爆発するので、その場所を教えて欲しければと自分の法務上の自由と多額の金、そして……を要求した。難事件をいくつも解決してきたカミーユ・ヴェルーヴェン警部はジャンと対決。一方で市民の安全を図るが。

 あれ? みなさん、読まないんですか?(笑)
 2013年のフランス作品。『傷だらけのカミーユ』でカミーユ三部作に一区切りをつけた作者が、ほぼ4年ぶりに真っ当なミステリを書きたい欲求が湧き、そうしたらカミーユの方から自分を出せ、と言ってきたそうである(巻頭の作者前説に、大体そんな事が書いてある)。
 作品の時系列としては第二作『アレックス』と第三作『カミーユ』の間に入る、本書の刊行時点まで語られなかった事件という形式。200頁ちょっと、文庫の級数も大きめと短い作品であり、作者自身も「一冊ではなく半冊」と語るストーリーだが、良い意味で読者を振り回す内容はそれなりに楽しめる。

 事件の構造は、人によっては割と早々と察しがつくかも知れないが、評者の場合は小説上のテクニックが一種のミスディレクションとして機能して、正直、最後まで意識しなかった。終盤で、ああ、これはそういう物語だったのだな、と軽くため息をつく。
 これまで読んだルメートル作品(これで5冊目)の中ではもっとも、シムノンのメグレものから受けつがれた、フランス警察小説(刑事の視点から覗く人間ドラマ)のDNAを感じた。冒頭の「これが(中略)なのか?」と思わせる、たぶん作者の確信的な妙にユーモラスな叙述も愉快。

 それで巻末の解説によると、ルメートルはもうカミーユものは書かないよ、と言ってるらしいけど、いつかまた気が変って欲しいなあ。『カミーユ』の後の作中ポジションのカミーユだからこそ語れる物語って、きっとあると思うので。

No.681 7点 死への旅券- エド・レイシイ 2019/10/23 12:10
(ネタバレなし)
 1591~52年のある夜、ニューヨークの路上で20歳の青年フランクリン(フランク)・アンダーサンと、刑事エドワード・ターナーが射殺された。フランクは新商品の販促キャッチワードを考えるキャンペーンに応募し、賞金の1000ドルを獲得したばかり。だがそのフランクとターナーの間に特に接点は見出せず、ターナーの若妻ベッツィは「私」こと37歳の私立探偵バーニー・ハリスに調査を依頼する。ハリスは当初、刑事の殺人事件ならNY市警も本気で動いてるだろうと思い、そこに介入する事に乗り気でなかった。が、今回のベッツィの依頼が、ハリスの亡き愛妻ヴァイの弟でもあるアル・スワン刑事からの紹介ということで、応じる事にする。しかしそんな頃、ハリスとは別個のところで、ある二人組が何か怪しい計画を進めていた……。

 1955年のアメリカ作品。作者レイシイの長編第六作で、日本で初めて紹介された作品。巻末の都筑道夫の解説によると、刊行当時、アンソニー・バウチャーから激賞されたというが、確かに面白い。事件の背景を点描するプロローグ部分を経て、本文は主人公ハリスの一人称パートと、何やら犯罪がらみの元GIコンビ、マーティン・ピアースンとサム・ランドの三人称パートを交互に叙述。おおむねそんな感じ。双方の物語がどのようにリンクするのかで読者の興味を引っ張る辺りは、ちょっとB・S・バリンジャーっぽい。物語の後半で明かされる犯罪の実態にも、それなりの独創性がある(まあ21世紀の現在の社会では、ちょっと成立し得ないタイプの悪事ではあるが)。
 
 愛妻を失い、妻の生前に迎えた6歳の養女ルーシーを慈しみながら、探偵家業に努める元自動車整備技術者の主人公ハリスをはじめ、ヒロイン格となるベッツィ、もう一方の主人公コンビといえる元GI側、さらにはフランクが通っていた酒場の常連である盲目の元ボクサー、ダニー・マッツィとか、ハリスから彼の仕事中に子守を頼まれるあれやこれやの周囲の人物達まで、登場人物はそろって存在感豊かに書き込まれている。

 なお本作はいわゆる「あまりタフガイ主人公でない、(狭義のハードボイルドとはいえない)私立探偵小説」であり、逆にその辺の持ち味がとても良い感じに魅力になっている。終盤の展開のネタバレになるかもしれないのであまり詳しくは書けないが、主人公私立探偵と警察側そのほかとの距離感も、当時としてはかなりユニークなものだったのではないか。
 ラストは余韻があるクロージングでとても良い。主人公ハリスはなかなか魅力のあるキャラクターなので、続編があればぜひ読みたいと思う一方、彼の「妻と死別して、現在は養女をひとえに大切に養育する、良識のある私立探偵」という文芸は、この一作で燃焼しきったからこそ良かったんだろうな、とも思う。実際、レイシイにシリーズ探偵がいるなんて話、聞かないし。
 
 ちなみにやはり前述のポケミス巻末の都筑の解説によると、作者レイシイは本書の翻訳前から、日本のポケミスの噂を知り、ぜひ自分の本も紹介してほしいと向こうから手紙を書いてきたそうである。実際にこういう売り込みが他によくある事例かどうかは、寡聞にしてあまり知らないが、レイシイほどの実力のある作家なら、黙って日本に紹介されるのを待ってても良かったのでは? とムセキニンな事を考えもしたが、その辺のバイタリティというか積極的なエネルギッシュさもまた、面白い作品を生み出したプロ作家の面目躍如といえるかもしれない。
 
 最後に、全体的にはとても好きなタイプの作品だが、謎解きミステリとしてみると、一点だけ、あるポイントの真相において、ちょっと弱いところがある(もちろんここでは詳しく書けないが)。その辺りの良くも悪くも読者のうっちゃり方も、作者の狙いだった可能性もあるけれど。そんな所を勘案して、実質7.5点くらいのニュアンスでこの評点。

【2019年11月10日追記】上にレイシイ作品にレギュラー探偵はいない? かもしれないように書いたが、そのあとでパシフィカの「名探偵読本」シリーズの6巻「ハードボイルドの探偵たち」を読みかえしてみたら、『ゆがめられた昨日』の主人公の黒人探偵トゥセント・モーアも『褐色の肌』の黒人刑事リー・ヘイズもそれぞれ未訳作品で再登場しているらしい。まずはそのうち未読の『ゆがめられた昨日』も読んでみよう。

No.680 6点 美しい野獣- ドミニック・ファーブル 2019/10/18 13:59
(ネタバレなし)
 その年のパリ。高級アパート(アパルトマン)の8階から、若い人妻シルヴィー・ルヴォンが転落死した。刑事ルロワは、シルヴィーの32歳の夫で、遊んでいても暮らせる財産がある美青年アランが、妻の墜落後にバルコニーで笑っていたという近所の目撃者の証言を重視。彼が妻を殺害したのではと疑うが、その証拠は全く挙がらなかった。そして少ししてイギリス人の娘ジェーン・スコットは、婚約者ボブをお披露目する場でアランに出会い、たちまち彼に魅せられてついには婚約を破棄してしまう。シルヴィーの後妻にジェーンを迎えるアラン。だがそのアランの心には、誰にも妨げることのできない闇の情念が潜んでいた。

 1968年のフランス作品。作者ドミニック・ファーブルのデビュー作ながら、同年度のフランス推理小説大賞を受賞したノワール・サスペンス。刊行当時の本国の書評でもボワロー&ナルスジャックのコンビが激賞している。
(ちなみになんだよ、Amazonでの、このポケミスが1996年刊行っていう標記は。評者が読んだのは、昭和46年9月15日刊行の再版であった。映画の写真ジャケット付き。当然、初版はもっと前に出ている。)

 ポケミス版の巻末の訳者あとがきで、翻訳担当の野口雄司が「どうもミステリらしくない「ミステリ」」と評する通り、物語の大半は(冒頭のシルヴィの惨劇を経て)、闇の貴公子アランに魅せられていくジェーンと、彼女の心を弄び、自滅に追い込むことを楽しみとするアランの駆け引きで占められる。
 アランの悪魔性を誰よりも実感しながらも精神的に彼の虜になっていくジェーンの描写は、後年の映画『ナイン・ハーフ』に通じる女性飼育もの的な背徳感があるが、アランの目的は自分の美貌とカリスマ性で女を虜にし、完全に所有物にした後、女自身に破滅の道を選ばせて壊すことにある。
(訳者の野口はアランが最終的に求める行為を、谷崎潤一郎の『途上』を先駆作のサンプルに引きながら「プロパビリティの犯罪」に例えており、うん、ちゃんとこの方、東西のミステリにも文学にも精通していると、感嘆させられた。)

 昏い悪徳文学ながら、全編にはどこか美学的なほの暗さとほの明るさが交錯。それが本作の独特の世界を築き上げている。
 なお本ポケミス版には、おなじみの登場人物一覧がない。ポケミス全史を通じてこれだけがそういう特殊な仕様と言うわけでもなかったと思うし、そもそも巻頭に一覧をつけなかったのが編集部の狙いかどうかも不明だが、この薄闇のなかをただただ歩くしかないような感覚の物語には、この「登場人物一覧なし」のスタイルが妙に似合っていた。

 ちなみに本作は先にちょっと触れたように、1960~70年台のフランス映画界でアラン・ドロンと並ぶ美男俳優ヘルムート・バーガーの主演で映画化(映画の邦題『雨のエトランゼ』)。評者は映画は未見で、ヘルムート・バーガーについても漫画家の大島弓子がファンだった、くらいの知識しかないが、機会があったら観てみたいと思ってはいる。

No.679 6点 濡れた心- 多岐川恭 2019/10/16 14:23
(ネタバレなし)
 1956年の晩春。秀才で可憐な女子高校生・御厨典子は、同校の水泳部に所属する美少女・南方寿利に好意を抱く。典子は、同じ秀才でやはり水泳部の一員である少女・小村トシに仲介を願い、寿利に接近。実は寿利の方も典子に惹かれており、二人は瞬く間に相思相愛の関係になった。だが退廃的ながら繊細さもある中年の英語教師・野末兆介も典子に魅せられており、その想いは典子の心を動かす。さらに御厨家ほか、それぞれの女子たちの各家庭の周辺でも多様な人間模様が渦巻くが、そんななか、ある夏の日、学校の周辺で殺人事件が……。

 まだこんなメジャーなもの読んでませんでした、シリーズの一本(笑)。
『猫は知っていた』に続く、乱歩賞に輝いた国内新作実作長編の二本目だが、当時の受賞の背景としては、①全編を登場人物交互の手記(日記)形式で綴った手法の新鮮さ(国内ミステリにまったく前例がなかったとも思わないが)、②さらに異色のレズビアン青春小説という主題、③凶器の謎をメインにしたトリッキィさ、その三要素の相乗感が評価されたのだと思う。
 
 ちなみに②の登場人物のほぼ全員が「日記」をつけているというのはメタ的な便法を考えなければリアリティ皆無だが、まあこれは笑って許そう。むしろ個人的には、女子たちの一人称がみんな「あたし」なのが単調でキツかった。21世紀の新本格作品とかだったら、読者の読みやすさを考えて、当たり前に「あたし」「わたし」「私」とかに、キャラクターの自称を振り分けられているのでは。

 ミステリ的にはいろいろと面白い着想を狙っているのはよく分かるのだが、××技術的に、21世紀……いや1940年代の時点で(少なくとも西洋の鑑識技術なら)絶対に看過できないトリックであり、プロットなのは厳しい。ただしその辺にツッコむと100%崩壊する内容だしな、これ。昔の作品だからと、見て見ぬふりするのが吉か。

 小説の技法的にはとても読みやすい文章だし、登場人物の造形もうまいんだけれど、大枠の書簡形式が先の一人称の問題もふくめて、いささかモノトーンすぎるのが難。内面描写や作中イベントの振り分けで、どうにか退屈ぎりぎりを逃れた感じ(ただし情報をジワジワ小出しにしていく手練ぶりは見事)。
 しかしながら、終盤の展開。ギリギリまで真相も真犯人も明かされないあたりのサスペンスはなかなかで(個人的には、犯人の予想はついたけれどね)、ある意味で、作品全体の構図が大きく反転? する感覚も悪くない。クロージングのしみじみした情感も頗る良し。

 ちなみにこの作品、何十年か前に大場久美子主演の2時間ドラマになって、DVD化もされてるんだよな。機会があったら、観てみたいものである。

No.678 6点 不死の怪物- ジェシー・ダグラス・ケルーシュ 2019/10/15 04:29
(ネタバレなし)
 第一次世界大戦が終結して少し経った、英国サセックス州の一地方ダンノー。名門である旧家ハモンド家の次男オリヴァーは、三ヶ月前に兄のレジーを失い、新たな若き領主の座に就いた。だがある冬の夜、ハモンド家に何世紀にもわたって語り継がれる謎の怪物が出現。オリヴァーとその妹スワンヒルド(スワン)とも親しい土地の者が、犠牲となる。ハモンド兄妹、そしてオリヴァーの幼なじみでスワンの婚約者ゴダート・コヴァートは、およそ30年ぶりに出現した謎の怪物に対抗するため、美貌の霊能者にして心霊探偵であるルナ・バーテンデールを招聘するが。

 1922年の英国作品。短い時で30年、長ければ数世紀にわたってハモンド家の周辺に永劫の呪いのごとく雌伏し続ける謎の怪物。しかもその怪物は、その生存とともにハモンド家の栄華を保障するという妖しくもおぞましい伝説があった。
 美貌の霊媒探偵ルナが「ある方法」で探り出した謎の怪物の伝説の歴史は千年以上にもおよび、かなり有名な神代の神話にまで遡るが、それでも終盤ぎりぎりまで肝心の正体の実像は明らかにされない。しかし途中で現実世界の三次元を越えた四次元、さらにその奥の「五次元」という印象的なキーワードが提示され、さらにある主要な登場人物たち2人が、別のメインキャラ、そして読者の目線から見て「いったい何を……!?」という行動をとり、そこで何をしていたのか、両人は何を見たのか? が強烈な謎となる。

 この辺りのホラー・ミステリ的なフックは、なかなか強烈だった。怪物の正体は真相が明かされれば、思ったよりは……と感じる読者もいるかもしれないが、当方(評者)などは、いくつかのミスディレクション? によって別の方向に考えが及び、かなり意外であった。前述のキーワード「五次元」の斜め上? の真実も、この時代としてはかなり尖鋭的な文芸・思想であったと思える。
 フィジカルな意味での格闘、戦闘という意味ではないが、魔性の存在をオカルト学術としての論理や知見で解析し、対抗策を見いだしていくいう意味では、これはまぎれもない正統派・王道のアクションホラー。キングやクーンツ、菊地秀行や澤村伊智などに通じる、人外の悪夢を主題としながらも、それに向き合おうとする人間の逞しさも語ろうとする、しっかりと陽性な賞味部分がある。

 荒俣宏の解説によると、本作は、荒俣の盟友でこの本の訳者である野村芳夫ともども若い頃(1960年代後半)に原書で読んで、感銘を受けた一作だったとのこと。それゆえ30年来、邦訳紹介したかった念願の作品だったそうだが、21世紀の初頭にようやく翻訳刊行された。さらに現在ではその文庫本の発売からまた、20年近い歳月が経ってしまったが、内容的には、ネタそのものはともかく、鮮やかなキャラクターの布陣、そしてその造形と描写、さらにサスペンスフルなストーリーのデティルを緻密に埋めていく普遍的な作劇など、完成度の高い物語はちっちも古びていない。
(ただ、怪物の正体というか、真相が分かったあとになると、作中のリアリティとしてひとつ気にかかる点がある。事件後の××の問題は、どうなったのだろう?)

 作者はほとんどこれ一本で幻想文学史に名前を残したというが、その評価にふさわしい一作といえる。

No.677 6点 ロジャー・マーガトロイドのしわざ- ギルバート・アデア 2019/10/13 16:40
 1935年の英国ダートムア。屋敷の主人であるロジャー・フォークス大佐とその妻メアリーは、女流推理作家のイヴァドニ(イーヴィ)・マウントや飛び入りの青年レイモンド(レイ)・ジェントリーをふくめて8人の客を迎えていた。だが吹雪でフォークス家の使用人や夫妻の娘セリーナを含む一同は屋敷の中に閉じ込められるが、その夜、屋根裏部屋で一人の人物が殺害される。しかもその現場は密室だった。近所に住む、元スコットランド・ヤードの警部トラブショウは、愛犬トバモリーとともに現場に馳せ参じるが。

 2006年の英国作品。英国パズラー本家の地で新世代作家が著した、クラシック仕様の向こうの新本格という感じの一冊。
 いかにもそれっぽい題名や面白そうな趣向の割に、10年以上経った現在の日本ではあまり口頭に登らない感じなので(実際にこのサイトでも5年以上、レビューがない)、内容は微妙なのかな、ソコソコなのかな、と予見したが、実際に、それなりに面白いものの、突出した出来ではなかった。

 たぶん作者が本書最大のギミックのつもりで仕掛けたのであろうアレは、だから何ですか? の世界だし。密室トリックも、その馬鹿馬鹿しさを愛らしいと思うか、切って捨てるか、の二択(伏線が張りにくいのはわかるが、その点ももうちょっと何とかしてほしかった)。
 ただまあ犯罪の構造そのものは、個人的にはちょっとツボ。犯人の内面を考えればこういう着想が生じるのもなかなかリアルだし。そのためのお膳立てもしつこいほどによく書き込んである。

 トータルで見ればまあまあの佳作でしょう。2007年にも同じシリーズ探偵で新作が書かれたみたいなので、今からでも翻訳してほしい。

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人並由真さん
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