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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1526 7点 幸せな家族 そしてその頃はやった唄- 鈴木悦夫 2022/06/16 06:15
(ネタバレなし)
 有名な写真家・中道勇一郎の次男で小学校上級生の「ぼく」こと中道省一は、このおよそ一年の日々を振り返る。最初に家族の一人が死んで以来、中道家の周囲の一人を加えて、中道家の面々が次々に死んでいった日々のことを。

 先日、Twitterで、ミステリファンの選定によるオールタイムジュブナイルミステリベスト投票というのがあったようで、結果が出たのちに、そんな企画があったことを後から知った(不覚……だな?)。
 それで上位に入った作品を順々に眺めていたら、11位にランクインされていたのが本作。しかも投票コメントを読むと、かなり気になる種類の推しの文句が並んでいる。
 評者はまったく未知の作品で作者だったが、興味が湧いて、地元の図書館のお世話になって読んでみた。

 最初の事件が密室で開幕。続く事件でも証言の食い違いをロジカルに整理した推理など、ミステリファンの関心をそそる要素はてんこ盛り。 

 一方で主要登場人物が続々と退場していくタイプの作品なので、犯人そのものは直感も動員して見当はつきやすいかもしれないが、本作の魅力(それこそ今回のジュブナイルミステリ上位に入った)はそういうフーダニットの意外性よりも、かなり手数の多い(中略)なヒネリの数々にある。

 一応は小学生高学年でも読めるように書かれた作品のようだが、正直、作品の精神性というかスピリット的には、こんないびつななもの、児童に読ませてええんかいな、という感じ(悪口ではない、むしろホメ言葉)。
 もう30年以上も前に書かれたジュブナイルミステリだけれど、少年少女時代に読んで、大人になってからもずっと偏愛している人も多いらしい作品というのは、確かによくわかる。

 評者などは20世紀終盤からのジュブナイルミステリの系譜などはよく知らないのだけれど、こういうものをちゃんとチェックして評価している成人のミステリマニアという人種に、改めて敬服したくなったりする。

No.1525 7点 クライ・マッチョ- N・リチャード・ナッシュ 2022/06/15 05:09
(ネタバレなし)
 アメリカのテキサス州。ロデオスターとしてはすでに盛りを過ぎた38歳のマイク・マイロは、所属するロデオ一座の経営者ハワード・ポルクから馘を言い渡される。だがそのハワードは失業したマイクに、メキシコ在住の別れたハワードの妻レクサのもとにいる、彼の実の息子ラファエル(ラフォ)をテキサスまで連れて来るように願い出た。その目的は元夫婦間の資産の駆け引きにからむもので、ハワードはラフォを連れて来ることを倫理的に問題とは思ってないが、世間的には誘拐罪が適用される危険性があった。ハワードは5万ドルの成功報酬を約束するが、一方で表向きは何の支援もできないと言い放つ。マイクはこの条件の中で、ラフォを連れてくるためにメキシコに向かうが。

 1975年のアメリカ作品。もともとは作家兼脚本家の作者ナッシュが映画企画用に著したオリジナル脚本だったが、どこの映画会社にも売れずに小説という形で刊行したらしい。2021年に当年91歳のクリント・イーストウッドが話を相応にアレンジしたのち映画化(日本では本年2022年に公開)したが、この新作映画にあわせて原作小説も発掘翻訳された。イーストッドは40年前にも本作の主演を打診され、その時は、まだ自分がこの役を演じるのは時期尚早だと断ったそうな(他にも本作は、シュワルツネッガー主演で、映画化の予定もあったようだ)。

 ベテランのロデオスターだった主人公マイクだが、私生活では多様な屈託があり、さらに十代や二十代前半がメインで活躍のロデオ界でベテランということは、お払い箱寸前のロートルとほぼ同意語。栄光の座が加速的に曇っていく前半の描写はかなり生々しく痛ましい。人生を器用に切り替えられない者の痛みがヘビーな作品だ。
(主役マイクの周辺には、もっとジジイながら小狡く立ち回れる者もいれば、もっともっと悲惨な状況の者もいて、さまざまな人生模様が浮き彫りにされ、主人公の今の境遇を多角的に相対化する。)

 だが中盤、物語がメインストリームのメキシコ行~テキサスへの帰途についてからはもうひとりの主人公である少年ラフォとの絡みが、この手のロードムービー調の物語らしい、しかし独特の活気を帯びてくる。
 はじめは距離を置き合い、しかし次第に互いに絆を感じて来るお約束の展開ながら、道中の挿話のひとつひとつに起伏とバラエティ感があって読みごたえもたっぷり。
 二日間かけて読んだが、気が付くと後半は本当にあっという間に読了してしまった。
 
 いわゆるミステリ味は希薄だが、主人公の行為は法律の公認を得ない誘拐行為とみなされ、警察とのチェイスや拘留劇なども用意されている。
 二人の主人公にはほとんど背徳感もないが(インモラルを問われるとしたら、ラフォのオヤジと母親の方)まあその程度には薄口のクライムノワールで、かなり間口の広いミステリジャンルの一角にはあるとはいえるか。

 なんにせよ、読んで良かった一冊ではある。
 クロージングの仕方にはもしかしたら賛否両論あるかもしれないが、評者は共感や肯定というより、了解、納得しながら本文最後のページを読み終えた。 

No.1524 6点 イプクレス・ファイル- レン・デイトン 2022/06/13 15:19
(ネタバレなし)
 英国陸軍情報局で長年活動した諜報員「わたし」は、独立した英国情報機関「WOOC(P)」の一員となった。英国の周辺では近年、要人失踪事件が頻発しており、その陰には「ジェイ(鳥のカケスの意味)」という裏の世界の情報ブローカーの暗躍があるらしい。「わたし」は、化学兵器の研究に従事する政府お抱えの化学者「レイヴン」が東側に拉致される前に、彼を救出するが。

 1962年の英国作品。デイトンの処女長編で、当然、名無しの秘密諜報員ものの第一弾。
 デイトンは大昔に『SS-GB』と、それに確か『スパイ・ストーリー』だか『昨日のスパイ』だかをつまみ食いで読んだ記憶がある。
(前者はそれなり以上に楽しんだつもりだが、正直言って後者は「ヨクワカランカッタ」印象のみ覚えている・汗)。
 要するにデイトンの本領? たる名無しのスパイものはほとんど手つかずの状態なので、じゃあシリーズ第一弾の本作から読んでやれ、と手に取った。本サイトでもまだ誰もレビューしてないのも、食指をそそる要因ではある。

 今回はHN文庫版で読了。元版はハヤカワ・ノヴェルスでの刊行だが、当時、石川喬司も小林信彦も本作のややこしさに手を焼いた旨のレビューをしている。
 ウワサに聞く「名無しのスパイ」シリーズ総体がそんな難解な印象だが、こちらも処女長編のこれからそうだったのだなというつもりで読み始めた。
 HN文庫版には簡単ながら主要登場人物の一覧表があり(元版にはなかったそうな。石川喬司が言っている)、さらに裏表紙のあらすじは中盤の展開まで割っているが、今回はそれが大いに有難い。

 たぶんデイトンのやりたかった事は、現実の諜報活動の複雑さを踏まえながら、それをある種の箱庭にしたエスピオナージというジャンルに思いきり独自の迷宮感を演出し、一方でストーリーそのものは最終的にはちゃんと決着をつけることであろうと思いながら読む。
 この観測は大枠では間違ってないと思うが、それにしてもう~ん、確かに読みにくい。ツマラナイとか眠くなるとかの感触はほとんど無かったが、このシーンがここに出てくるのはこういう意味なのだろうな、とか、この描写はのちの展開の布石なんだろうな、とか、読む側の積極的な解釈と読解をほぼ全編に強いられる感じで。そこが面白いといえばオモシロイ、というのはまあわかる。
 例によって自分なりの人名表を細かく作っていったのでだいぶ助かったが、たとえばこれを外の電車の車中でメモも取らずに読み進めたら、絶対に音を上げただろう。
(たぶん、以前に読んだ『ストーリー』か『昨日の』もそんな感じだったんだろうな。)

 中盤、主人公が窮地に陥り、そこから反撃の体制に移行してからは割と読みやすくなるが、ややこしめな文章はもちろんそのままなので、読了には最後までエネルギーを消費。とはいえ終盤の(中略)など、一応の布石は張ってあったはずで、ちゃんとデイトンなりに本作をエンターテインメントのエスピオナージとして組み立てているのはわかる。
(なお、タイトルの意味は後半~終盤に判明するが、その要素だけ切り出すと、この作品は結構、敷居が低いように思えてくるのがなんとも……。)

 読み終えてみると難解、というのとは何か違う。迷宮感はあるのだが、それは物語の組み立てではなく、あくまで小説の作り方によるという感じ。シリーズのこの後の人気作も読まなければ確かなことは言えないが、たぶんデイトンはこの処女作からデイトンだったのであろう。

 ある種のクセになる部分がある作品で小説。それはわかるような気はする。

No.1523 7点 午後の死- シェリイ・スミス 2022/06/11 07:26
(ネタバレなし)
 インドの富豪マームード・カーンの依頼で、その息子の家庭教師となったオックスフォード出の24歳の青年ランスロット・ジョーンズ。だが富豪のもとに向かうジョーンズが乗った小型機は機体の不調でイラン砂漠の一角に不時着した。ジョーンズは飛行機の修理が終わるまで、近所の屋敷で時間を潰させてもらう。そこでは英国人の老女アルヴァ・ハインが暮らしていた。アルヴァは、彼女の若き日に生じたという、とある犯罪事件を語り出す。
 
 1953年の英国作品。
 大昔にミステリマガジンに分載された際に読みかけたような気もするが、最後まで完読したような、そうでなかったような。少なくとも物語の筋運びはまったく記憶にない。
 ポケミスも書庫に眠っているはずだが、引っ張り出すのも面倒くさかったので、ブックオフの100円棚で数年前に拾い、それをようやく今夜しっかり読んだ(正確に言えばブックオフの100円コーナーでまず見つけ、もともと蔵書にはあるハズだが、探してそれがすぐ見つかるかどーかわからんので、悩むより先に購入した、という流れである・汗&笑)。
 
 一言で言えば、ポケミスよりも創元の旧クライムクラブで翻訳されていた方が似合いそうな内容で、小味な作品ながらフツーに、テクニカルぶりで楽しませてもらった。
 探偵役の推理の論拠(ある部分の不整合の指摘ぶり)もなかなかオモシロイし、何よりラストのオチも(中略)の部分でさりげなく布石を張ってあるのがよい。ただしこれ、パズラーというより、向こうのこの時代での新本格だね。

 なお読後にTwitterで本書の感想や噂を拾って、この原作をもとに土曜ワイド劇場の一編『偽りの花嫁 私の父を奪らないで!』(大場久美子主演、神代辰巳脚本、小沼勝監督)が作られていたのを、今回、初めて知った。
 で「くだんの土曜ワイドのその作品は1982年の放映なのに、ポケミスの刊行は1983年なのはなぜだ?」と疑問を呈しているヒトがいたが、答えは簡単。スタッフは本作が最初に邦訳された、前述のミステリマガジンの分載(1981年9月号~10月号)の方で読んで翻案し、映像化しているのである(きっと)。
(どーせたぶん、当時のHMMの長編分載のことだから、どっかの部分を一部割愛してるのだと思うが?)

 21世紀にポケミスやハヤカワ・ノヴェルスだけ手に取ると、そういう書誌的な事実を見落とすこともあるので、注意した方がいいよネ。

No.1522 7点 断罪のネバーモア- 市川憂人 2022/06/10 14:50
(ネタバレなし)
 旧世紀からの不祥事に端を発し、国内の警察組織に大改革が為された21世紀。過酷な他職業の職場を経て、今はつくばの新米刑事となった20代半ばの女性・薮内唯歩(やぶうちゆいほ)は、先輩の警部補・仲城流次(なかじょうりゅうじ)とともに地元のアパートで起きた殺人事件を捜査する。やがて犯人を検挙する彼らだが、唯歩の前には予測もつかない現実の迷宮が広がっていた。

 現実の並行世界的なIF設定で警察小説を書いて、しかもかなり技巧的なパズラーにしてあるところはこの人らしい……というか、そういう大枠だけ書くと、マリア&漣シリーズとおんなじだな(笑)。いずれにしろ、今回はもっともっと警察小説寄りである。

 話の構造についてはあまり書かない方がいい作品だけど、終盤の推理のロジック&トリックの開陳と、サプライズの波状攻撃はやはりいかにもこの作者。

 とはいえ真犯人のある行動についての動機については、現実の日本の政治に一家言ありそうな作者だけに、ちょっと変わってぶっとんた(?)ホワイダニットの解法を予測していた。結局、外れたが。

 今回も詰め込み過ぎな仕上がりという印象はあるが、この出版不況のさなか、作家性を出すために、作者が自分で自分のアベレージを上げてしまっている感が強い。単に読んで楽しむ方としては有難いばかりだけど、書き手は相当にキビシイだろうなあと予見する。
 いい意味で、今後の作風のチェンジアップを望みたい気も(汗)。

No.1521 8点 閉ざされぬ墓場- フレデリック・デーヴィス 2022/06/09 07:56
(ネタバレなし)
 ニッカー・ポッカ―大学で犯罪学の講師を務める青年サイラス(サイ)・ハッチは、東ペンシルヴァニアのベンズウィックの町を訪れる。そこではハッチの伯父シートン・タルボットが地元紙「センチネル」を発行していたが、その伯父の死去によって、新聞社の運営は甥であるハッチに託されるかもしれなかったからだ。だがベンズウィックの町は、表向きは慈善家の富豪ルーカス・クロフトと、その娘ジョイスの婿である若き銀行頭取ビンセント(ビンス)・ブリテンという二人の顔役に支配されていた。そんな町では少し前に、そのブリテンが地元の16歳の少年ローイ・グリグスを轢き逃げした疑いが生じていたが、一応のアリバイが証明されてブリテンは逮捕を逃れていた。ここで反骨の「センチネル」は、ブリテン自身そして義理の父クロフトが裏工作をしている証拠を掴もうと躍起になるが、やがて思わぬ殺人事件が発生する。

 1940年のアメリカ作品。
 ネットで英語情報を調べて、犯罪学者の青年サイラス・ハッチを主人公にしたミステリシリーズの一冊ということはわかったが、第何作目かなどは未詳。

 なおハッチの父マーク・ハッチはNY警察局の局長で、さらにハッチがNYの大学に勤務中に雇っていて田舎町までハッチを追っかけてくる秘書というか助手が、ハッチとガールフレンド以上? 恋人未満のじゃじゃ馬娘ジェーン・ポーター。さらにハッチには元ボクサーのダニー・デニガンというボディガードまでいて、作中で笑いを取りながら大活躍。これはどうも、EQ周辺の人物配置(つまりリチャード警視、ニッキー・ポッター、トマス・ヴェリーなど)のイタダキ? のような気配がある。

 創元の「世界推理小説全集」に入ったものの、のちの創元文庫に収録されていない有数の作品のひとつ(この作者の長編の翻訳はこの一冊しかない)だが、ネット上でもほとんどレビューも紹介もないので、一体どんなかな? と思って読んでみたが、いやこれが予想以上に面白かった。
(またAmazonデータが不順だが、本書は昭和32年12月25日に初版刊行。)

 地方の町を舞台に、いわゆる「スモールタウンもの」的な悪徳と腐敗の気配が漂うなか、ややこしめな登場人物の関係性の中で殺人事件が発生。しかしそれぞれのキャラクター個々の役割はかなり明確で、ハイテンポに心地よくストーリーが進んでいく感触は……ずばり中期クイーンのB級作品といった趣。
 まあさすがにそちら(EQ)ほどのロジックや手掛かり、消去法推理などへの執着はないが、お話のテンションだけ見たら、なかなか良い感じで、おかげでほぼ一息に読んでしまった(あまり大騒ぎするようなものではないが、トリックも複数、用意されてはいる)。

 ただし登場人物は前述のように多い。解説で中島河太郎は「この作品は登場人物が三十人に近い」なんて書いているが、ウソウソ。自分でメモを作ったら、ネームドキャラだけでのべ数64人になった。
 これは本作の趣向で、舞台となる町ベンズウィックにアマチュアの「犯罪研究所」があり、そこに普段は金物屋とか理髪師とか営んでいるものを含めて、十人以上の犯罪研究マニアがひしめているから(それゆえにNYの犯罪研究家として、また未訳のこれまでのシリーズの中で名探偵としての実績があるハッチは大歓迎される)。
 この犯罪研究所という文芸設定の分だけ、お話が面白くなったか、ミステリとして充実したかというと微妙だけど、作品の印象を際立てる上では、確かに機能はしてるとはいえる。

 で、終盤の解決はやや強引な感はあるものの、一方でいかにも黄金時代から新時代のパズラーへと至る過渡期のような決着で結構楽しい。
 先述のようにもうちょっと練ればさらに完成度は増した感もあるが、期待しないで(というか、どういう傾向の作品かまったくわからないまま)読んだので、ストーリーテリングとキャラクター配置が予想以上に良く出来た<一流半のフーダニットパズラー>という感じでとても良かった。

 ハッチ本人は表向き敬遠してるものの、傍から見るとお似合いなジェーンとの関係(ハッチの伯母で未亡人のベルに、恋人にしか見えない、と言われる)もこの手の作品のお約束的に好ましい。
 シリーズの未訳のもののなかで面白そうなものがまだあったら、是非とも翻訳してくれんかな、という思いである。その辺は、同じく「世界推理小説全集」のみに収録で文庫化されていない、アン・オースチンの『おうむの復讐』と一緒。まあ21世紀のいま、この辺のマイナーパズラーの発掘新訳は難しいだろうけどね。

 最後に、中島河太郎の解説を読んで、本作の著者デーヴィスが、その河太郎の「推理小説の読み方」の指紋トリックの項目で紹介されていた印象的な作品『妖魔の指紋』の作者だと改めて意識した。
 河太郎が「読み方」の中でトリックも犯人もバラしちゃった同作はかなりスゴイことをしていたけれど、本作『閉ざされぬ墓場』でも、まったく別の方向ながら、指紋へのこだわり度はかなり高い。要はこの作者は、そういう方向に重きを置いたミステリ作家だったのであろう。
(あーもうちょっと、日本語で作品を読んでみたい。) 

 評点は0.5点ほどオマケ。
 これから読む気のある奇特な人は、ホドホドに期待して手に取ってください(笑)。

No.1520 6点 ウィッチフォード毒殺事件- アントニイ・バークリー 2022/06/07 15:11
(ネタバレなし)
 ロンドン近郊の町ウィッチフォード。中年の二代目実業家ジョン・ベントリーが若いフランス人の妻ジャクリーヌに毒殺されたとして、容疑者の夫人は逮捕される。「レイトン・コート事件」から二年、作家でアマチュア探偵のロジャー・シェリンガムは新聞で見知ったさる情報に疑念を抱き、友人のアレクサンダー(アレック)・グリアソンとともに、またも事件に介入する。アレックの親戚で、ウィッチフォードに居を構えるジム・ピュアフォイ医師一家の自宅をホームベースにした二人は、医師の19歳の娘シーラも仲間にして、関係者からの情報集めをはじめるが。
 
 1926年の英国作品。シェリンガムシリーズ第二弾。

 流れるような、弾むような翻訳が素晴らしいと思ったが、ベイリーの『死者の靴』なども訳してる藤村女史か。納得である。

 シェリンガムたちが訪ねて回る事件関係者のキャラクター、そして探偵役の当人たちの言動が非常にさじ加減の良いユーモラスさで語られ、とても面白い。俯瞰して見れば地味な筋立てなのにちっとも退屈しないのは、人物造形の良さと、さらには前述の翻訳の上手さゆえだろう。
(とはいえシェリンガムたちが、当の容疑者のジャクリーヌと面会したりしないし、そうしようかと考えもしないのは、ちょっと引っかかった。本来、アマチュア探偵という人種には拘禁されている容疑者にホイホイ会う権限なんかありはしないのだとうそぶく、当時の作者なりのサタイアか?)

 しかし19歳のスカート姿の娘を相手に、その親が笑って? 見ている前でレスリングを仕掛け、女子の服をボロボロにしてしまう20代後半~30代前半の英国青年ってスゴイな、オイ。ん-、当時の英国はいい国であった……。
 
 本作の面白さというか魅力の2~3割はシーラのおかげという気もするし、36歳の独身男シェリンガムもほのかな年の差の感情を抱きかけたようだけど、結局シリーズのレギュラーキャラにはなってないんだよね? 特に解説で触れてもいないし。その辺をわざとハズすのが、評者の抱くバークリーらしいイメージでもある。

 ラストの真相は作者が仕掛けた、当時なりの読者うっちゃり型のサプライズだったんだろうけど、さすがにもう見飽きたオチだし、この作者ならこれくらいは、という感じであんまりトキめかない。ただしそこに持っていくまでの事件の調査の流れの揺り動かしはさすがで、ホメていいのでは、と思う。
 評点はこんなところで。 

No.1519 7点 ブルー・ダリア- レイモンド・チャンドラー 2022/06/06 06:10
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦さなかのハリウッド。南太平洋の英雄で海軍少佐の青年ジョニー・モリスンは予備役待遇となり、戦友の二人を伴って、故郷の土を踏む。だが彼が友人たちといったん別れて自宅に戻ると、美貌の妻ヘレンはさる事情から不倫にふけるやさぐれた女に堕ちていた。ヘレンの変節の原因となった事情も踏まえて、心に傷を負ったジョニーは家を出るが、そんな彼は夜道でひとりの美しい女性と出会う。だが実はその女性こそ――。

 1946年に公開されたアラン・ラッド主演のパラマウント映画のために、チャンドラーが執筆したオリジナルシナリオ。映画そのものは、大戦末期にすでに人気若手スターになっていたアラン・ラッドの出征が決まり、彼が前線に行く前に一本ヒット作を作っておきたいという映画会社の思惑のもと、かなりハイペースで製作された作品だそうである。

 1976年に本作の旧作シナリオを発掘し、編集刊行したマシュー・J・ブラッコリーの解説によると、もともとはこの物語を小説の形で書こうとしたチャンドラーの構想メモも残っているらしい。となると本作の主人公ジョニー・モリスンの役回りを、もしかしたらマーロウが何らかの形で担っていたかもしれない? 実際のところはもちろん未詳だが、かなり関心を引く逸話だ。

 評者は先日、Amazonプライムの見放題映画の中に、本シナリオの映画化作品『青い戦慄』があるのをたまたま発見。この映画は大昔にテレビ放映版をベータテープのビデオで録画したままツンドクにしておいて、もはや視聴が面倒なので、この機会に鑑賞した(あー、21世紀はいい時代だね・笑)。
 ちなみに本の方は何十年も前に古書で購入して、ずっと書庫で眠っていた(汗)。まあこれは映画を先に、と思っていたからである。
 
 で、ブラッコリーや本シナリオの日本語版の翻訳兼編集の小鷹信光たちも触れているが、完成された映画とシナリオには多少の異同が散見(まあ演出や制作の事情で、脚本と完成映像に相応の差異が生じるのはフツーに当たり前だが)。
 さらに当初のチャンドラーの構想では犯人自体が完成された映画とは別の人物だったが、さる筋からのお達しでチャンドラーは苦渋の変更。本書には、その変更後の犯人設定の方のシナリオが掲載されている。
(なおあまりここで詳しく書く訳にはいかないが、チャンドラーが泣く泣くボツにした本シナリオでの犯人キャラの文芸設定は、戦後の<あのキャラクター>に、微調整されて再生されたようにも思えるのだが……?
 さらに言うと、その犯人像のアイデアを、チャンドラー自身はかなり画期的だと自己評価していたようだが、実は1940年代初頭の某・欧米のパズラー作家の某長編に先例めいたものがある。たぶんチャンドラーはその作品を読んでいなかったのであろう。)

 映画の字幕翻訳の関係で表現が簡素になった可能性もあるが、場面ごとの筋立てはほぼ同じでも、チャンドラーらしいセリフ回しなどが、完成映画ではあちこちだいぶ刈り込まれた感触もあり、その辺も興味深い。

 もちろん作者のオリジナルストーリーとはいえ、映画製作の素材として種々の制約の中で執筆され、さらに叙述の形態も異なるシナリオなので、あのチャンドラーの小説世界そのものを味わうという訳にはいかないが、端役や悪役に至るまで陰影と存在感のある登場人物の交錯がひとつの物語として紡がれ、そこからチャンドラーのファンが(あるいはマーロウのファンが?)得られるものは、決して少なくはないと思う。

 先に映画を観てからじっくりとシナリオを読み、丁寧で情報量の多い解説を愉しむのがオススメ。
 オリジナルのミステリ作品としては6点(悪い評点ではない)だが、東西の編纂・解説者のお仕事に感謝して1点追加。

No.1518 6点 #柚莉愛とかくれんぼ- 真下みこと 2022/06/06 03:36
(ネタバレなし)
 中堅事務所に所属するアイドルグループ「となりの☆SiSTERs」は、青山柚莉愛(ゆりあ)、南木萌、江藤久美という女子高校生3人のユニット。だが彼女たちは先輩格のメジャーアイドル、如月由香の人気の陰に隠れて、いまいちファンの反響がなかった。そんななか、由香を売り出した東大出のマネージャーでアイドルプロデューサーの田島は、ある企画を柚莉愛に申し出る。

 第61回メフィスト賞受賞作品。
 webで反響を呼んでいるようなので、読んでみた。
 
 マイナーリーグのアイドル業界とそのファン(主にネットでのアンチも含む匿名ファンと、握手会に来るような行動派のファン)を主題にした特定ジャンルものの小説としては、かなりの臨場感があって面白い。
 まあこれだけ書き込んでも、どこかで見たような薄っぺらい類型的な叙述の集積だと言う人もいそうだが、個人的にはこれはこれで十分に、ワンジャンルの世界を主題と舞台にした小説としてのアクチュアリティは獲得していると思う。

 ミステリとしての仕掛けはある程度読めるが、それでも結構コワイ。その怖さを後押しするのは、それこそ売れなければ、実績が出なければ屁でもない(さらに……)アイドル業界のシビアさそのもので、さらには、そういういびつな力場に溜まってくる多方面の人間の闇(悪い意味でのネットの匿名性、あるいは<アイドルを支えるファン>という肥大化するエゴ)がじわじわと読む側の心を侵してくる。

 まあ、こういう作品をカラっとした気分で読み終えられるのも、受け手の健啖な胃袋だろうね。評者はちょっとゲップが出た。例えるなら、ずっと定期購読していた少年漫画誌に、読切で嫌な方向性の新人漫画家の作品が掲載されて、それをつい読んでしまい、あとあとまで軽くトラウマになるような感じ。
(だからその程度のものとして、笑って切り捨てられる人も多いような、そんな気配もある作品でもある。)

 なお元版の単行本版で読んだけど、ラストのメタ的なギミックには、頭の中のイメージで冷や汗を垂らしながら、現実にニヤリと笑ったね。確認してないけど、文庫版でももちろんついている仕掛けだとは思う。

No.1517 8点 霧の壁- フレドリック・ブラウン 2022/06/05 14:48
(ネタバレなし)
「ぼく」ことロドリック(ロッド)・タトル・ブリトンは、「カーヴァー広告代理店」に勤務する28歳のコピーライターだったらしい。どうやらロッドは4日前に、不動産業界で成功した祖母ポーリン・タトルが何者かに殺された直後の事件現場にいて、その時のショックで以前の記憶を失ってしまったようだ。一時は殺人の嫌疑もかけられかけたが、犯行時刻と思われるタイミングに、信頼性の高いアリバイの証人が現れて難を逃れた。ロッドは5つ年上の異母兄で劇作家志望のアーチャー(アーチ)・ホエーリイ・ブリトンから情報をもらい、欠損した記憶の回復に努める。そして、自分が何らかの事情で別れた美人の元妻、ロビン・トレンホームのもとを訪れるが。

 1952年のアメリカ作品。
 あらすじの通りに記憶喪失テーマもののミステリで、終盤まで殺人を為した犯人の正体も伏せられた内容。あえてジャンル分類すればフーダニットの要素を抱えたサスペンス作品ということになろうが、主人公の無実は一応は担保されているし特に危機的な緊張感などはない。また真相の解決もぎりぎりのところで情報が開示される構成なので、通常のパズラーというわけでもない(それでもジャンル投票は、一応、犯人捜しの要素を考慮して「本格」にしておく)。
 なおAmazonの現状のデータはヘンで、創元文庫の初版は1960年12月の刊行。評者は73年3月の12版で読了。

 要はおなじみのブラウンらしい、1950年代の都会派風俗ミステリという感じだが、記憶の回復を試みながら一方で、少しずつ祖母殺害事件についての情報をアマチュア探偵として調べていく、そして別れた魅力的な妻ロビンへの愛情を改めて自覚する主人公ロッドの叙述が丁寧で、かなり面白い作品だった。
 中盤、ロッドがもうひとりのヒロインで会社の同僚ヴァンジイ・ウェインに肉欲を感じながら、あまりにも愚直な誠実さを見せてしまうあたりとか、ああ本当にブラウンらしい、オトナの青春ミステリ(あ、特にここで「ミステリ」とつけんでもいいか)だなという感じで、思わず微苦笑が漏れる。

 最後の着地点は、苦みと温かさが本当に良い塩梅で組み合わさったクロージングで心地よい。
 書庫から出してすぐそばに置いておいたはずなのに、本の山に埋もれて見つからなくなっていた。やはり読みたくなってちょっと手間かけて探し出した一冊だが、とても良かった。今のところ、これまで読んだブラウンのノンシリーズ長編ミステリの、マイベスト3には入れたい。 
 評点は0,25点くらいオマケ。

No.1516 7点 ルームメイトと謎解きを- 楠谷佑 2022/06/04 06:11
(ネタバレなし)
 埼玉県北部にある、全寮制で中高一貫の男子校「霧森学院」。その一角にある老朽化した学生寮「あすなろ館」の住人の一人で、高校二年生の「オレ」こと兎川雛太(とがわひなた)は、同室の寮生に転入生の鷹宮笑愛(たかみやえちか)を迎える。空手部で陽性の性格の雛太は、秀才で美青年だが他人と距離を置き、一方で動物を偏愛する笑愛と当初はなかなかなじめないが、とある出来事を機に、互いに奇妙な友情を感じ合うようになった。そんななか、学院内の敷地で広義の密室状況といえる殺人事件が発生。そしてその事件について、昨年、あすなろ館で起きたある悲劇との関連が取りざたされる。

 評判がいいので読んでみた、今年の新刊でフーダニットパズラーの青春ミステリ。

 明確に描き分けられた登場人物やロケーションのくっきり感など、青春ミステリとしては十分な瑞々しさ。
 まあ設定的には、たぶんBL的な興趣も送り手(作者、編集、営業)の視野に入ってはいるのだろうが、ことさらそれを売りにするようなあざとさもない(サブキャラクターとして、ちゃんと女性キャラも登場する世界観である)。そういう意味では最後まで楽しく読めた。

 フーダニットとしては正直、犯人はすぐ分かるが、一方でとあるポイントで読者をミスリードする手際は、なかなかしたたか。まあこれは、あまり書かない方がいい。

 それ以上に本作の白眉といえるポイントは、終盤で容疑者を絞り込んでいくロジックの組み立て方で、一部に強引な感もあるものの、そのパワフルさはなかなかの快感である。
 評者はこの作者の作品に触れるのは初めてだが、本サイトで著者の別作品を語ったメルカトルさんのレビューによると、EQのファンだとのこと。そう聞けば、消去法のロジックに対する偏向のほどは、なるほどと思える。
 
 前述のとおり犯人がバレバレな分、その辺で高評価はしにくいが、逆に言うとそこ以外の面では、ストーリーもキャラクターも、推理ロジックもミスディレクションも、それぞれ結構な出来ではある。

 読後、もう一度いつかまた、この登場人物たちに会いたいとも思ったが、たぶん設定的には単発作品となることだろう。アマチュア探偵たちが青春の刹那、人生の中で関わり合った一度だけの大事件という文芸の方が、たしかによく似合う内容でもある。
 佳作~秀作の領域のなかで、好編という言葉が似合う作品。

No.1515 7点 気狂いピエロ- ライオネル・ホワイト 2022/06/03 05:53
(ネタバレなし)
「おれ」こと30台末のコンラッド・マッデンは、この半年前からの日々を振り返る。もともと3年以上前に一発屋のシナリオライターとして当てたマッデンは文筆業に憧れていたが、気が付くと2ケ月も失業中の身だった。元学友で一つ年上、そして現在も美貌を保つ妻マータは真っ向から夫を責めはしないが、一方で着実にプレッシャーをかけてくる。そんななか、神経をすり減らしたマッデンは、自分たちの十代の子供たちのベビーシッターとして雇われた美少女アリスン(アリー)・オコナーに出会うが。

 1962年のアメリカ作品。
 本作を原作とするジャン=リュック・ゴダール監督の映画が最近、高画質の映像ソフトとして新規リリースされたのに合わせ、初めて発掘翻訳されたクライムノワール作品。
(ちなみに評者は、映画版はまだ一度も観たことはない。)
 作者ホワイトの長編としては『ある死刑囚のファイル』以来、半世紀~それ以上? ぶりの邦訳である。拍手パチパチパチ。

 主人公マッデンの一人称で綴られる物語は、ガチガチの<ファム・ファタールもの>。
 この手の作品は、主人公の性格的なだらしなさ(ある程度は読者とも共有される種類の)ゆえに蟻地獄にはまっていくパターンが多いが、本作の場合は悪女との肉欲にのめりこんでいくし、悪徳への欲求に身をゆだねる一方、細部では随所で人間としてのタブーを避けようとする冷静さや小心さもあり、その辺のキャラクター描写のさじ加減が、なかなか面白かった。

 大枠のベクトルはかなり固定された作品だが、ストーリーそのものは二転三転し、最初から最後までほぼいっきに読ませてしまう。
 ちなみに全体の紙幅は文庫版で本文約270ページと短めだが、作品の熱量はそれなりにあるので読み手のカロリーは消費され、軽重の相応の疲労感は覚えるかもしれない。
 
 前述の通りに映画の方はよく知らないので比較はできないが、原作小説の方に限れば本当に直球のクライムノワールで、全体に乾いた情感が漂うのもソレっぽい。
 一番近いイメージは、文章にクセのない(主観である)ジェイムズ・M・ケインというところか。他にもいろんな作家と、あれこれ接点が見出せそうな気配もあるけれど。

 作者ライオネル・ホワイトはもともと翻訳が少ない上、評者はやはりクライムサスペンスの名作とされる『逃走と死と』を未読、毛色の違う(?)作風の『ある死刑囚のファイル』しか読んでないので作家性の俯瞰などはまったくできないが、本書巻末の丁寧な解説によると、こういう傾向のクライムノワールものを主流とするとのこと。
 故・小鷹信光は、ホワイトの著作はどの作品も似たようなものだと憎まれ口を叩き、本書の解説氏がそれに異論を唱えているのが興味深い。いずれにしても、もうちょっと未訳の作品を紹介してほしいところだ。
 
 で、本作のラストは、ああ……(中略)という感じで、ちょっとある種の感慨を覚えた。
 うん、この最後の1ページで、この作品なりに「ハードボイルド」としてまとまったね。

 発掘翻訳されたことで大騒ぎまではしなくてもいい作品だとは思うけれど、とにもかくにもこれが日本語で読めたことはとても有難い、ウレシイ。 

No.1514 6点 カリブ海の秘密- アガサ・クリスティー 2022/06/02 14:48
(ネタバレなし)
 肺炎を生じた老嬢ジェーン・マープルは、心優しい甥レイモンド・ウェストのはからいで、西インド諸島(カリブ海)にある「ゴールデン・パーム・ホテル」で静養していた。ケンドル若夫婦が経営するそのホテルでミス・マープルは十人以上の宿泊客となじみになるが、その中のひとりで元軍人の老人バルグレイヴ少佐が、自分は殺人者を知っていると語る。少佐はその殺人者の写真を見せようとしたが、途中で何かの理由で表情を変えて中座した。やがてミス・マープルは、ホテルに急死者が出たとの知らせを聞く。

 1964年の英国作品。ミス・マープルものの第九長編。
 大昔の少年時代にたしか一度読んでいると思うが、ストーリーも犯人もトリックも完全に失念しており、ほぼ初心で読了。何十年前に購入したポケミス(1973年の再版)で今回も読んだ。

 ポケミスで本文が200ページちょっとという薄目の作品だが<その人物は何を見て(あるいはなんで)表情を変えたのか>という謎のフックに始まり、クリスティーらしい持ち技はそれなりに豊富。
(それだけに犯人は伏線から察しがついたハズなのに、最後まで気が付かずに終わってしまった。不覚。)

 ただ犯人の設定からすると、この人物かなりリスキーなことを平然としていたような気がする。もちろんあんまり詳しくは書けないが。
 あとあの人物が(中略)という形で(中略)を秘匿していたというのは、いささか作者のチョンボだよね。まあ当人のキャラクター設定で、そういうこともやりそうな人物として造形してあるのは、ベテラン大家の上手さではあるけれど。

 枯れてきた感じもする時期の作品だが、同時に書き手の円熟ぶりも実感させて、プラスマイナスで佳作。これで『復讐の女神』(こっちは完全に未読)も読める。
 未刊行の「Woman's Realm(「女性の領域」の意味か)」の内容も気になるねえ。どこかに梗概くらい残ってないのだろうか。不勉強にして聞いたことがない。

No.1513 6点 悪魔に食われろ青尾蠅- ジョン・フランクリン・バーディン 2022/06/01 05:30
(ネタバレなし)
 アメリカ生まれの作者が(母国で版元を見つけられず)1948年に英国で刊行した作品。
 
 誰かが一言も喋らないまま、目隠しした自分の手を握って引っ張って、しばらく迷宮の中を歩きまわるような作品なんだろうな、と予期していたが、大体そんな感じであった。
 いや、そう構えていた立場からすれば、思った以上にストーリーの骨格があったという気もする。
 いずれにしろ、考えるな、感じるんだ、というタイプの作品でしょうな。やがて自分が『ドグラマグラ』(まだ未読)をいつか読んだ時にも、きっとこんな種類の気分を味わうんじゃないかと考えている?
 
 気になるのは、クラシック音楽も20世紀前半の洋楽もまるで知らないので、その辺の素養がもしちゃんとあったら、劇中で話題に上がったり演奏されたりする曲目のメニューを認知することで、作者の言いたいこと、あるいはこの迷宮小説の演出効果が、もっと浮き彫りになったのじゃないかとも思うこと。
 とにもかくにも音楽的な教養のまったくない評者のような読者には、その辺の責任はさっぱり負えないのであった。

 怖い、というよりショッキングだったのは、中盤で第三の? あのメインキャラが登場してくるところと、終盤で「アレ」が現れるところ。いやまあ後者は、ギミックとしてはもはやすでにありふれたものになっているのだが、こういう作品の中でこの手が用いられると、分かりやすい分、妙に鮮烈であった。1950年代のあの作品よりもずっと早いんだよな。そういう意味では、リアルタイムで読んだ欧米の読者の感慨ぶりがちょっと気になる。
 
 そーか、これはシモンズ選の「サンデータイムスの100冊目」だったんだよな。そのことをまったく忘れてた。
 ウン十年前に初めて気に留まった(そして記憶の中から、その接点について失念していた)作品のひとつに、またようやっとカタをつけた訳である(笑・汗)。

No.1512 6点 逆転のアリバイ 刑事花房京子- 香納諒一 2022/05/31 05:10
(ネタバレなし)
 創業者の父・將之(まさゆき)から宝石商「壬生宝石」を受け継いだ45歳の壬生真理子は、40歳のイタリア人、フェルナンド・フランコに欺かれて、精巧な偽造ダイヤモンドを購入。信用を失い大きな痛手を受けた。真理子は婿養子の夫で、かつて大学の先輩だった陽介とともに、アリバイ工作を仕立てて憎きフェルナンドの殺人計画を図るが、予想外の事態が生じる。警視庁内で「のっぽのバンビ」と噂される美人刑事・花房京子は、殺人者に疑惑の眼を向けるが。

 完全犯罪を計画した殺人犯人に本庁の女性刑事・花房京子が挑む、正統派の倒叙ミステリシリーズ、その第二弾。
 本作の評判がいいので、シリーズ前作『完全犯罪の死角 刑事花房京子』は未読のまま、こっちから先に手に取ったが、たぶん単品でも何の問題もなく普通に楽しめる内容。

 要はきわめてマジメに書かれた<女性主人公版の、和製「コロンボ」もの>だが、実際に作者のコメントによると今回は「コロンボ」シリーズの某エピソードを意識的にリスペクトしているらしい(最後まで読むと、たぶんあの人気エピソードのことだな? とわかる)。

 リーダビリティは高く2時間で読めるが、王道の倒叙謎解きミステリ(警察捜査小説の要素もある)として手堅い作りの上に、とにもかくにも謀殺を為してしまった殺人者の振幅する内面もしっかり小説として書き込まれ、ああ、筆の立つベテラン作家の作品だなと実感させる(と言いつつ評者は香納作品はまだ2冊目なので、聞いたふうなことは言えないが~汗~)。

 逆に言えば本家「コロンボ」と差別化されたヒネリの部分は、作品序盤の設定的な個所に目立つので、あとの展開は手堅い一方で地味といえば地味。それでも普通に面白く読ませてしまうのは、やはり作者の力量ではあろう。
(ミステリ的には、携帯電話(スマホ)の履歴に残った、とある手がかりの真意が新鮮な印象でなかなか鮮烈さを感じた。)

 評点は、7点に近いこの点数というところで。

No.1511 7点 闇の航路- ジャック・ヒギンズ 2022/05/30 16:30
(ネタバレなし)
 1960年代の前半。かつてはハバナでサルベージ会社を営んでいた男性ハリー・マニングは、キューバ革命で会社を強引に接収された。今はナッソー周辺の港街で、持ち船であるモーター・クルーザー「グレイス・アバウンディング号」のチャーター業を営む四十歳前後のマニングだが、そんな矢先、恋人のクラブ歌手マリア・カラスを乗せた小型水上機が墜落したという知らせが入る。現場を確認し、同乗の乗客でキューバからの亡命者ペレスを暗殺する計画にマリアが巻き込まれた可能性を認めたマニングは、調査とそして復讐を開始するが。

 1964年の英国作品。原書では「ヒュー・マーロウ」名義で刊行。
 評者は翻訳の元版のパシフィカ版(1979年)で読了。パシフィカ版は現在、Amazonに登録がない。

 よくも悪くもお話が往年の日活アクション映画みたいにスラスラ進むのは、いかにも読み物でエンターテインメントといった風情の作品。しかし短い紙幅の割に中盤からは凝縮された二転三転のクライシスの連続で、人間の悪役ばかりか洋上の厳しい悪天候まで主人公とその仲間に牙を剥くあたりは、なかなかの歯応えがある。

 1962年頃のページ数が薄めの習作群と比べると、だいぶ小説の厚みが増している感じはする。19章終盤でのマニングが別の登場人物から心の屈折というか翳りを指摘されるところとか、クライマックスを経ての悪役の退場シーンのビジュアルイメージとか、はっとなる叙述がいくつかあるのも好感触。この辺からヒギンズの黄金時代は少しずつ始まっていった、という感じだ。
(まあそれでも、冒険小説としてはまだまだ主人公に甘い、と謗られそうな筋立てや文芸もまったくないわけではないが。)

 当時の英国作家のヒギンズにとっても、キューバ革命を経た同国でのキューバ危機(第三次世界大戦の可能性を秘めた、現地のミサイル配備問題)はやはり大きな関心だったようで、物語の主題がそちらの方に接近するなか、後半でちょっと変わったポジションの登場人物がマニングの相棒になるのも印象深い。執筆時のヒギンスがどういう心情で本作を綴り、どのような思いで該当の人物を活躍させたのか、ちょっと気になるところだ。

 ヒギンス作品としてはBの上かAの下というところ。ヒロインもなかなか魅力的である。

 なおパシフィカ版の裏表紙のあらすじは、とんでもないことに全部でおよそ220ページのうち、大体180ページ前後で迎えるサプライズの大ネタを書いてしまっているので、これから本書を読む気のある人は、絶対に裏表紙を見ないようにすること。かなりとんでもない。前もって警告しておく。

No.1510 7点 20億の針- ハル・クレメント 2022/05/29 06:00
(ネタバレなし)
 不定形のゼリー状の知的宇宙生物「捕り方(別名「探偵」)」が、同種の悪の宇宙生物「ホシ(犯人)」を追って太陽系に飛来。だが双方の乗るそれぞれの宇宙船は、ポリネシア諸島の海中で大破した。逃げおおせた「ホシ」を追う「探偵」は他の星の生物に寄生・共生する能力があり、海中の鮫に憑依したのち、タヒチ島周辺の15歳の少年ロバート(バブ)・キンネアドの肉体に入り込む。だが「探偵」がバブの精神と潤滑なコンタクトをとる前に、秀才バブは島を離れてマサチューセッツ州の名門高校の寮生となった。それから数ヶ月、バブの体の中で精神と生命体としてのコンディションをひそかに整え続けた「探偵」はタイミングを見て、宿り主のバブの精神と会話。これまでの事情を訴えて、バブとともにポリネシア諸島に帰還した。おそらく島の周辺では今も、誰か地球人の中に「ホシ」が潜んでいるのだ。そしてバブと「探偵」が探り当てた「ホシ」がひそかに憑依する容疑者の正体とは?

 1950年のアメリカ作品。
 昭和40年代から日本でも「犯人捜し(というかマンハントもの)」のSFミステリとして有名な作品で、同時に『ウルトラマン』さらには『寄生獣』そのほかの類作の元ネタである。1987年の映画『ヒドゥン』の原作もしくは原典でもあったか。
 今、新作映画『シン・ウルトラマン』がヒット公開中だから、ちょうどいい。

 100円の古書で井上勇の旧訳を購入。そのあとで21世紀に新訳が出てるのを知って、古い方は読みにくいかなーと思いつつおそるおそるページを開いたが、フツーに面白い。330ページ弱の本文を、3時間半で一気読みしてしまった。
(ちなみに旧訳では「タヒチ」が「タイチ」のカタカナ表記である。)

 原題は単に「NEEDLE」だが、タイトルの含意としては本文にあるとおり、万が一宇宙犯罪者「ホシ」の逃亡範囲が地球上に無制限に広がったら、当時の地球人口約20憶が宿り主としての「容疑者」候補になり、20憶の中から一本の針を探すような羽目に陥るというもの。
 とはいいつつ実際のストーリーではそこまで極端に話は広がらず、あくまでポリネシア諸島の一角を舞台にしたヒトケタ台の登場人物の中から「ホシ」の宿り主探しの物語が展開される。
 
 宇宙生物が地球人に寄生した場合の生態現象を読者に先に提示し、その条件に合う合わないで容疑者を絞り込んでいく筋立ては王道ながら、なかなかのテンションで楽しめる。主に容疑者となるのは、主人公の少年バブの友人たちで同世代~少し年上の若者たちだが、彼らのくっきりした描き分けも明確でよろしい(キャラクターとしてはそんなに個性的な面々でもないのだけれど)。
 この変格的なフーダニットの枠内で、作者の方にも、いかにもミステリファンの視線を意識したような仕掛けがあるのも得点要素。
 前半3分の1までのマサチューセッツ編のくだりも、「憑依した側の知性」と「憑依された側の知性」のやり取りなど、細部のリアリティを追求しようとした当時の作者なりの挑戦心が感じられ、なかなか面白い。
(まあのちのキングやクーンツあたりなら、この辺をもっともっとしつこく書いて、その上でさらにエンターテインメントに仕立てるような感じでもあるが。)

 さすがに原書刊行後70年も経った現在では、いろいろな意味で新古典SF、あるいはクラシックのSFミステリという感は逃れられないものの、50年代SFという過渡期の土壌を踏まえるならば、いま読んでも十分に楽しめる旧作だと思う。
(というか、本サイトでも今までレビューが無かったのが、かなり意外だ。)

No.1509 8点 盗作の風景- 笹沢左保 2022/05/28 06:39
(ネタバレなし)
 インスタント・ラーメンとカレーの製造販売で全国的に知られる大手の食品メーカー「白金食品」。だがその社主である壮年・江原庄吉郎には、十数年前に競輪に狂い、友人の大学教授・能坂明治(あきはる)から多額の詐偽を働いた秘めた過去があった。友人を信じて大学の公金を横領した明治は、自殺。能坂家は明治の息子で現在28歳の青年・魚男(うおお)を遺して死に絶えたという。3年間の服役と釈放を経て社会復帰し、実業家として大成功した現在の庄吉郎。だが情報を得た魚男は罪の償いを済ませた庄吉郎に対し、呪詛の文句を書き連ねた文書を送ってきた。父の過去を初めて知った庄吉郎の美しい23歳の娘・麻知子は独自の判断で魚男に会いに赴き、一流企業の社主の穢れた過去を暴露すると息巻く相手の慈悲にすがろうとする。だがそんななか、白金食品の周辺で殺人事件が発生。その容疑者となった庄吉郎は、自分のアリバイを証明する人物として、こともあろうにあの能坂魚男の名を挙げるが。

 推理小説専門誌「宝石」の昭和38年5月号から翌年2月号にかけて連載された長編。連載当時は「(この作品の)覆面作家は誰でしょう」と作者名を秘して連載する企画ものだったようで、読者から作者当ての多数の推理(応募ハガキ)が寄せられたそうである。当時、読者が一番名前を挙げた作家は清張で、二番目が本命のこの笹沢だったらしい。
 さらに本作は、1964年度のミステリファンサークル「SRの会」のベスト投票の国産部門で、あの『虚無への供物』に次いで、堂々の二位を獲得! この実績だけでも以前から評者の関心を刺激していた作品だが、このたびようやっと読んだ。
(なお最初の元版書籍は1964年に刊行のカッパ・ノベルスらしいが、現状ではAmazonの登録にない。評者は今回、角川文庫版で読了。)

 物語は最初から最後まで、父の無実を晴らそうと奔走する主人公・江原麻知子の三人称一視点でほぼ全編が語られるが、二転三転するストーリーは強烈な疾走感。一方で題名「盗作の風景」のキーワード「盗作」の含意がなかなか見えてこない焦れったさも、良い感触で読み手のテンションを煽る。
(さらに言うと、具体的にどこがどうとかは書けないけれど、ほかの新旧の笹沢作品にありがちな作劇を、作者が意識的にコントロールしている気配もとても良い。)

 でもって終盤に明らかになる意外な犯人、事件の構造、そしてタイトルの意味!
 ……いや、この三連打の果ての余韻が、期待以上、予想以上に面白かった、良かった。
 間違いなく、これまで30~40数作品読んできた笹沢長編作品のベスト3に入る優秀作。
 まあ細かいことを言えば、(中略)のとある行動など、犯人側の想定的に予期できるものだったのかな? とかの疑問もないではないが、その辺はヘリクツをつけてギリギリ、フォローできそう。いずれにしろトータルとしての得点ぶりでは、十二分にお腹いっぱいである。

 ちなみに麻知子を軸に数人の若い男性キャラクターが出てくるが、それらのキャラのひとりひとりに二枚目俳優をキャスティングしたら、かなり見栄えのする全4~6回くらいの連続1時間ドラマができそうな感じ。往年の『火曜日の女』(『土曜日の女』)にはもってこいの原作だったな、コレは。知っている限り、映像化はされたことはないと思うけれど、見落としがあるかもしれない。さすがにあまり古い番組は知らないし。
 実際、終盤でフィーチャーされるとある「風景」は、本当に画になるんだよね。昭和のこの時代設定のままで、21世紀の今からでも新作ドラマとかにしてくれたら、結構いいものが作れるかも。

No.1508 5点 紙の孔雀- 斎藤栄 2022/05/27 05:43
(ネタバレなし……やや危険かも・汗)

 学生運動が盛んな時代。その年の9月23日。派閥セクトのひとつ「全共闘革マル派」が、対立する派閥「社青同解放派」の本拠といえる横浜港南大学の学生寮を夜襲した。だが夜襲は中途半端な形に終わり、革マル派の女性闘士は攻撃を受けて失神中に処女を奪われた。一方、横浜の野球場では男の他殺死体が発見され、神奈川県警の捜査が進む。そんななか、捜査本部に参加する古参刑事、里見志郎は、とある疑念を抱くが。

 瀬戸川猛資氏が1971年当時の「ミステリマガジン」誌上のリアルタイムのレビューで、怒りまくっていた作品。
 その怒髪冠を衝く激怒ぶりの主旨は、こんな作品を認めたらミステリは成り立たない、というもので、真面目なミステリ読者である若き日の同氏の熱さがうかがえて微笑ましいものである。
 が一方で、本サイトのkanamoriさんのレビューを拝見すると「アンフェアと言われかねない」とちゃんとこだわられながらも「意外な結末については楽しめました」とホメておられる。
 この温度差に関しては、たぶんきっと(中略)トリックが浸透、送り手にも受け手にも共有された「新本格の台頭」という分水嶺があるからなんだろうなと、なんとなく本作の中身を予見しながら、読み始めてみる。
 読んだのは、講談社の1971年の元版(「乱歩賞作家書き下ろしシリーズ」)。現状でAmazonにデータ無し。

 でまあ、学生運動がらみのストーリーとミステリ味、警察の捜査活動の描写の方は、誌代色を味わう部分も含めてそれなりに面白かったのだけど、肝心のサプライズに至る大仕掛けの部分。
 ……コレはダメでしょ。
 途中で、最後にサプライズが来るならこの手しかないな、と予見しながら読み進めたけれど、一方でラストに「その驚き」を獲得するには不整合になってしまう描写がありすぎる。それなのに、この作品は平然とその辺の矛盾のアレコレに目をつぶってミステリをまとめてしまっている。つまりはそれこそ「アンフェア」。

 佐野洋は「推理日記」一冊目にあたる部分の中のある回で、山村正夫の短編に読者から日本推理作家協会に「あの描写はアンフェアじゃないですか」と苦情がきた実話を例に引き(その短編は協会選定の年間アンソロジーに収録されたらしい)、叙述の客観性と主観性を検証。その結果、山村作品の瑕疵を公認しているのだが、斎藤栄もこの作品『紙の孔雀』をあと数年遅く書いていたら、もしかしたら、その「推理日記」の記事を参考に、もうちょっとオカシクないものを書いていたかも? と想像する(当時のプロ作家連中にも、かなり「推理日記」は読まれていたはずなので)。
 
 驚かせればいいだろうという作者の勢いは買うけれど、ミステリって最低限、<それだけ>じゃダメだよね。個人的には瀬戸川レビューに、ほぼ大枠で賛成。
 クリスティーのあの作品がなんで何十年経った現在でも読み継がれているのか、言うまでもないでしょう。トリックだけでもギミックだけでもないよね。

 新本格前夜、その前のひと昔前前後の国産ミステリ史上に、その土壌としてこういう過渡期的な作品のひとつがあった、という意味では、読んでおいた方がいい一編だとは思います。

No.1507 5点 聖トレシア学院殺人事件- 永田文哉 2022/05/26 04:06
(ネタバレなし)
 両親を事故で失い、一つ下の妹のみどりとともに神奈川県の祖父と祖母のもとに身を寄せた高校生・月山翔。彼は地元の我孫子湘南高校の3年生として、剣道部の部活動に勤しんでいた。そんななか、母校が近所のミッション系の女子高「トレシア学院」のフラダンス部を文化祭に招いて公演を願うことになる。だがそのトレシア学院の周辺で、とある変死事件が発生。さらに今度は明確な殺人事件が同校内で起きた。成り行きからアマチュア探偵として事件に関わっていく翔だが。

『レッド・サタン殺人事件』(永守琢也名義)『タランチュラ殺人事件』(同)、そして永田文哉名義での『黒い騎士殺人事件』に続く学生探偵・月山翔シリーズの第四弾。
 今回は作中のタイムラインが遡って、翔の高校時代、アマチュア名探偵としてのデビュー編が語られる<イヤー・ワンもの>である。

 小説技法はだいぶ上手くなり、さらには今風のBLラノベ的なくすぐり要素も盛り込むなど、書き手のテクニックはなかなか向上した感じ。

 ただしミステリとしては『レッド・サタン』『黒い騎士』のようなバカミスとしての破壊的なパワー(特に後者)が減じ、実にフツーの学園青春ミステリになってしまった感慨。
(評者はまだ『タランチュラ』だけは未読だが。)

 転落死のトリックも、欧米の某作家のものまんまだし(意識的にパクったかどうかは知らんが)、何より真犯人の動機のネタは2020年代になってまだコレをダイレクトに使うのか、といささか鼻白んだ。まあ風化させてはいけない主題なのであえて、というニュアンスかもしれんが。

 一方で各種ロジックの形成、小規模の(中略)トリックなど、細かい部分の作りこみはけっこう進歩している感じ。
 そういう意味では悪い作品ではないのだが、このシリーズに特に思い入れのない人に黙って単品でこれを読ませたら、あまりいい評価はもらえそうもないと思う。
 シリーズはまだまだ続くみたいだし、地味に応援してますので次回はもっと頑張ってください、という意味合いでこの評点で。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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採点傾向
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