皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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E-BANKERさん |
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平均点: 6.01点 | 書評数: 1812件 |
No.852 | 5点 | 初秋- ロバート・B・パーカー | 2013/04/01 00:02 |
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1981年発表。
ボストンを舞台とした私立探偵スペンサーシリーズの代表作という位置付けが本作。 ~離婚した夫が連れ去った息子を取り戻して欲しい・・・スペンサーにとっては簡単な仕事だった。だが、問題の少年ポールは対立する両親の間で駆け引きの材料に使われ、固く心を閉ざし何事にも関心を示そうとしなかった。スペンサーは決心する。ポールを自立させるためには、一からすべてを学ばせるしかない。ボクシング、大工仕事・・・などなど。スペンサー流のトレーニングが始まる。ハードボイルドの心を新たな局面で感動的に描く傑作~ 確かにこれはいわゆるハードボイルドではない。 本作でスペンサーが立ち向かうのは巨悪や悲劇ではなく、固く心を閉ざしたままの少年の心なのだから・・・ 途中、銃撃されたりというそれっぽい場面もあるにはあるが、あくまでも添え物的な扱いに過ぎない。 ということで、ハードボイルド好きにとっては、やはりちょっと物足りないというように映るのではないかと思う。 大工仕事やボクシングを通じて、ダメな少年を成長させていくというと・・・ 個人的には、往年の映画「ベストキッド」を何となく思い出してしまった。 (最近ジャッキーチェンがリメイクした奴じゃなくて、最初に公開された妙な「空手」の奴ね) スペンサーの尽力でついに「自我」を取り戻し、将来の「夢」を得た少年ポールの姿には心を打たれたが、ちょっと平板な感じは拭えないかな。 短めの作品だし、読んで損のない作品なのだとは思うが・・・ 因みに、ポールが夢だったダンサーとなって登場する続編「晩秋」は手に取ってみるとしようか。 (日本でもアメリカでも、自分勝手な親ほどタチの悪いものはない・・・ってこと?) |
No.851 | 7点 | 光媒の花- 道尾秀介 | 2013/04/01 00:00 |
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2007~2009年の間で「小説すばる」誌に順次発表された作品をつなぐ連作短編集。
第23回山本周五郎賞受賞作。 ①「隠れ鬼」=ある印章店を舞台とした一話。父親に自殺され、年老いた母親と二人で暮らす主人公の中年男。昔、何度も訪れた別荘で知り合った美貌の女性は父親と関係があった。そして、その女性が殺された事件を思い起こす主人公は・・・? ②「虫送り」=①とは一転し、ある幼い兄妹を軸に展開されるのが本編。ある日、虫取りのために訪れた河原でホームレスの男と遭遇した二人に悲劇が・・・。幼女が出てくるとこんな展開になる場合がよくあるよなぁ。 ③「冬の蝶」=②に登場したもう一人のホームレスの男が本編の主役。中学生時代、不幸な家庭で育つ同級生の女生徒との甘酸っぱい関係と、不幸な故に起こる悲しい事件・・・。よくある手かもしれないが、胸を打つ何かは感じる作品だろう。 ④「春の蝶」=冬の次は「春」。本編は③で登場した不幸な女生徒が成長した姿で登場。アパートの隣人である老人と孫娘。そして、この孫娘は耳が聞こえなかった・・・。 ⑤「風媒花」=若くして父を亡くし、母と姉との三人でひっそりと暮らす男・亮が主役。病気で入院した姉と父親が死んで以降不仲になった母・・・。そんななか、姉の病状が徐々に悪化して・・・。 ⑥「遠い光」=⑤で登場した姉が主人公。小学校で初の受け持ちをもった教師の主人公が一人の問題児との関係の中で成長していくというのが本編の筋なのだが・・・。「遠い光」というのはなかなか深いね。 以上6編。 もはや「さすが」という気がする。 とにかく「うまい」。それぞれの編で、視点人物となる主人公を次々と入れ替えながらも、共通した作品世界を有する作品たち。 確かにミステリーとしては「どうなのか?」という気がしないでもないが、そういうレベルを超越した面白さ、深さを感じた作品だった。 心のどこかに傷や影を持った登場人物たちと、彼ら(彼女ら)を包み込むように小説を紡ぎ出す作者・・・。 読み終わったあと、しばらく感慨に耽ってしまった。 (特に③→④がいいね) |
No.850 | 7点 | 火車- 宮部みゆき | 2013/03/31 23:59 |
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850冊目の書評となる本作。
1992年発表、数ある作者の名作の中でも最高傑作と評されることも多い作品。 山本周五郎賞受賞作であり、各種ミステリーランキングでは必ず上位に押される逸品。 ~休職中の刑事・本間俊介は遠縁の青年に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して・・・。なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵はカード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史上に残る傑作~ 社会派ミステリーとしてはさすがの出来栄え。 現代社会の病巣とも言えるカード・借金を背景とした事件に巻き込まれる休職中の刑事、事件を追い掛けるうちに浮かび上がるひとりの悲しい女性、そしてその女性をめぐる凄惨な不幸の連鎖・・・ まさに「社会派」として踏まえるべき体裁をすべて完璧に備えている・・・そんな感じ。 確かにちょっと「長いかな」という読後感にはなったが、それも作者の作品の特徴だし、刑事と犯人という主役級の二人だけでなく、息子の智や家政夫、女性の友人たちなど様々な登場人物の造形まで拘った結果なのだろう。 今の社会情勢からすると、本作で描かれているカード破産とか、サラ金地獄などの要素はちょっと古臭い感は拭えないが、社会の荒波に翻弄される人間の姿を浮かび上がらせる設定としては適切なセレクトだと思う。 本作でスポットが当てられる「彰子」と「○○(一応秘密)」の二人の女性・・・読んでてホントに切なくなってくる。 今でこそ自己破産や民事再生など法的救済策もメジャーになり、社会的な理解も深まったが、作中でも触れられているとおり、日本ではこういった金融教育があまり行われていないことが問題なのだろう(これは学校だけでなく、家庭でも教えないことが更に問題なのだが・・・)。 そういう面では20年前からそれほど進歩してないのかもしれない。 評価は迷うが、やっぱり根本的に作者の作品って評判ほどワクワクしないというか、ウマイけど個人的な好みからは外れてる。 まぁでも、非常によくできた作品なのは間違いないでしょう。 (ラストの一行が印象的なのは世評どおり) |
No.849 | 5点 | サイモン・アークの事件簿〈Ⅱ〉- エドワード・D・ホック | 2013/03/24 19:56 |
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何と2千年の時を超えて生きる「オカルト探偵」サイモン・アークが主人公の作品集。
新旧取り揃えた作品集の第二弾が本作。 ①「過去のない男」=舞台はメイン州の片田舎。でも、このトリックって・・・今どき推理クイズでも取り上げないようなレベルだと思うのだが・・・。 ②「真鍮の街」=これが本作の白眉であろう中編。大企業が牛耳る街ベイン・シティで発生した殺人と、大学で進められる遺伝学の研究に隠された秘密の二つが本作の謎。力作だけあって、なかなか読ませるプロットなのは確か。ただ、惜しむらくは、殺人事件のトリックが非常に矮小なのと、大学での研究が特段本筋とつながっていなかったこと・・・って、それじゃ駄作じゃないのか? ③「宇宙からの復讐者」=ロシアで、アメリカで、宇宙飛行士が殺害される事件が発生する! 米・ヒューストンへ向かったサイモン・アークと私だが、殺人事件のからくり自体はちょっと陳腐かな。 ④「マラバールの禿鷲」=舞台はインド・ボンベイ。「鳥葬」を行うための塔で起こった殺人事件が本編の謎。鳥葬などという特異で禍々しいプロットを用意しているが、真相は実にミステリーっぽいトリック&プロット。そして動機。 ⑤「百羽の鳥を飼う家」=本編の舞台はロンドン。そして、タイトルどおり「鳥だらけの家」で起こる殺人事件に出くわすことになる。登場人物の限られた短編らしく、犯人に意外性はないし、「白い粉」が出てきた段階で大凡の察しがついてしまうのが難。 ⑥「吸血鬼に向かない血」=今回は何とアフリカの東側に浮かぶ島・マダカスカルが舞台となる。タイトルどおり、「血液」が謎になるのだが、サイモン・アークが語る真相を読んでもピンとこないんだけど・・・ ⑦「墓場荒らしの悪鬼」=自分の先祖が眠る墓を暴こうとする男の謎・・・本編はなかなかロジックが効いていてなかなかの面白さ。作者の“腕”を感じる。 ⑧「死を招く喇叭」=死体があっという間に老衰してしまう! というと魅力的な謎のように見えるが、うーん、どうかなぁ・・・ 以上8編。 あまり評価できないなぁ・・・ これまで、「サイモン・アーク」よりは同じ創元文庫の「サム・ホーソーン」シリーズを中心に読んできたけど、はっきりいって後者の方が数段面白いし、作者の力量がよく出ていると思う。 本作も、前半に提示される「謎」自体は魅力的なのだが、それがどうも全体のストーリーやプロットと噛み合っていないように感じてしまう。 特に、本作は「寄せ集め」感が強いので、なおさらそう思ってしまうのかも・・・ (中ではやはり②が抜けているだろう。後は⑦がよい) |
No.848 | 5点 | 三幕の殺意- 中町信 | 2013/03/24 19:54 |
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東京創元社より2008年に発表された作品で、実質的に作者の遺作となったのが本作。
本作発表の背景は、戸川安宣氏の巻末解説に詳しく書かれているが、本作は昭和43年に雑誌「推理ストーリー」で発表された中編「湖畔に死す」を長編へ改稿したもの。 ~その山小屋は尾瀬の名峰、燧ヶ岳が目の前に聳え立つ尾瀬沼の湖畔にあった。昭和40年の厳しい雪の訪れを控えた12月初旬の吹雪の晩、山小屋の離れに住む日田原聖太が頭を殴打されて殺された。山小屋にはそれぞれトラブルから日田原に殺意を抱く複数の男女が宿泊していた。犯人は一体誰なのか。口々に自分のアリバイを主張する宿泊者たち。容疑者の一人でもある刑事の津村を中心に各々のアリバイを検証していく。最後の三行に潜む衝撃とは?~ 「遺作」と呼ぶにはちょっと寂しい・・・という感じにさせられた。 本作は、三幕に分かれ、各章(幕)で事件関係者たちによる複数視点でストーリーが進行していくという体裁。 実名の関係者に混じって、「謎の男」などという“いかにも”というような視点も登場し、読者としては期待させられるのだが・・・ これがあまり「効いてない」。 本作のメインテーマは「アリバイトリック」ということになるのだろうが、正直、これは長編で引っ張るほどのインパクトには欠ける。 ひとことで言うなら、「電話を使った子供騙しのトリック」というレベルなのだ。 かといって、作者らしい叙述系のトリックもない。 ということで、長編への改稿に当たり捻り出されたのがエピローグの章であり、紹介文にあるとおり「最後の三行」での企みということになるのだろう。 確かにこの「最後の三行」は気が効いてるし、これがあることで一応本作が「締まった」形で収まっている。 そこが唯一の評価ポイントかな。 中編→長編というのは乱歩や正史、鮎川哲也の得意技だが、それ程簡単な技ではないのだろう。 本作は本来は短、中編でこそというプロット。 |
No.847 | 5点 | フェイク- 楡周平 | 2013/03/24 19:53 |
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2004年発表のノンシリーズ長編。
「fake=騙す」というタイトルが表すとおり、「コンゲーム」をテーマとする作品。 ~岩崎陽一は、銀座の高級クラブ「クイーン」の新米ボーイ。昼夜逆転の長時間労働で月給わずか15万円。生活はとにかくきつい。そのうえ素人童貞とは誰にも言えない。ライバル店から移籍してきた摩耶ママは同年代で年収1億円といわれる。破格の条件で彼女の運転手を務めることになったのはラッキーだったが、妙な仕事まで依頼されてしまうのだが・・・。情けない青春に終止符を打つ、起死回生の一撃は炸裂するのか? 抱腹絶倒の傑作コン・ゲーム~ ちょっと安易というか、安直かなぁ。 というのがトータルでの感想。 コン・ゲームとしての要素や展開というべきものは踏襲しているし、それなりには面白い。 ただ、「深み」が足りないというか、これでは「普通」の面白さというレベルだろう。 「普通」に終わってしまった理由は、「騙される側」の人物があまりにも簡単に騙されてしまうせいかもしれない。 主人公とその仲間たちが起死回生の策を弄するわけだが、読者としてはそんなに簡単に成功して欲しくないわけですよ。 それなりのトライ&エラーを経て、大ピンチに陥った後に、一発大逆転のラストがあってこそ、カタルシスを味わえる・・・ それこそがコン・ゲームの醍醐味だと思うのだが、本作はこの辺りがいかにも弱い。 要は「予定調和」ということなのだ。 「夜の銀座のルール」や「競輪」の薀蓄なんかは個人的にツボだし、主人公たちが大金をせしめる方法にもオリジナリティがあるところが救い。 そういう意味では、もう少しプロットを練れたのではと感じるのだが・・・ (確かに、ワインの中身をすり替えても絶対分からないだろうなぁー。あと、結局、○病はどうなったのか?) |
No.846 | 7点 | 贖罪- 湊かなえ | 2013/03/19 23:59 |
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「告白」、「少女」に続く3作目が本作。
主な事件関係者である5人がそれぞれの視点で語る、という連作形式の作品。 ~15年前、静かな田舎町で一人の女児が殺害された。直前まで一緒に遊んでいた四人の女の子は、犯人と思われる男と言葉を交わしていたものの、なぜか顔が思い出せず、事件は迷宮入りとなる。娘を喪った母親は彼女たちに言った・・・『あなたたちを絶対に許さない必ず犯人を見つけなさい・・・』 十字架を背負わされたまま成長した四人に降りかかる悲劇の連鎖とは?~ ①「フランス人形」=「紗英」の章。四人の中で一番おとなしい少女だった紗英は、事件を機に大人の体になれなくなってしまう・・・。そして、結婚した男性の正体は実は・・・。そして起こる悲劇! ②「PTA臨時総会」=「真紀」の章。四人の中のリーダー格でしっかり者だった真紀は、事件への贖罪から教師の道へ。そんな真紀の前に突然現れた殺人者が生徒に襲いかかる! ③「くまの兄弟」=「晶子」の章。四人の中で一番足の早かった晶子は事件の影響で引き籠もり状態へ。一番慕っていた兄の子供と関わるうちにとんでもない悲劇が襲う・・・。これは・・・なんていう「悪意」だ! ④「とつきとおか」=「由佳」の章。四人の中でも目立たなかった少女、由佳。病弱な姉しか眼中に無い父母との関係のなかで、なぜか警察官の男性に惹かれるようになる・・・。そして、悲劇の連鎖は由佳へも及んでしまう。 ⑤「償い」=殺された女児・エミリの母親「麻子」の章。東京生まれのお嬢様・麻子はやはり性格も歪んでいた。秘密を抱えた子供であったエミリ殺害の謎が明らかになるとき・・・ 以上5編+α とにかく「悪意」に満ちている。 読み進めていくほどに、作者の企みというか、この「悪意」の渦に呑み込まれてしまうような感覚。 このプロットはやはりスゴいね。 読者を自分の世界観にグイグイ引き込むパワーを感じる。 確かに「告白」とはプロットが似通っているし、インパクトやミステリーとしての体裁としては「告白」の方が上かもしれない。 けど、これもなかなかのものだと思う。 登場人物の造形や山間の田舎町という舞台設定も実に練られている。 さすがに、売れる作家というのは違うね。 |
No.845 | 5点 | かわいい女- レイモンド・チャンドラー | 2013/03/19 23:57 |
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1949年発表。フィリップ・マーロウが登場する長編は7作あるが、その第5作目、名作「長いお別れ」の1つ前の作品になる。
早川書房でチャンドラーといえば、清水俊二の名訳が名高いが、今回は清水訳の「かわいい女」ではなく、村上春樹訳で最近出された「リトル・シスター」で読了。 ~『行方不明の兄オリンを探して欲しい』・・・。私立探偵フィリップ・マーロウの事務所を訪れたオーファメイと名乗る若い娘は、二十ドルを握りしめてそう告げた。マーロウは娘のいわくありげな態度に惹かれて依頼を引き受ける。しかし、調査をはじめた彼の行く先々で、アイスピックで首の後ろをひと刺しされた死体が・・・。謎が謎を呼ぶ殺人事件は、やがてマーロウを欲望渦巻くハリウッドの裏通りへと誘う~ うーん。これは・・・書評泣かせの作品。 結構な分量はあるが、正直、途中から話の筋が混迷してよく分からない箇所が目立つようになった。 巻末解説の村上春樹も、本作については「好きな作品」としながらも、プロットは「破綻している」と断言しているし、 何しろ、作者も自分自身で本作を「嫌いな作品」と評しているのだから・・・。 他の方の書評にもあるが、これは本作執筆当時、作者がハリウッドの映画産業に身を置いており、しかもこの境遇にかなり不満を持っていたことに起因するようだ。 それは、本作のマーロウの台詞にも反映されていて、本作でマーロウもハリウッドの虚構や舞台裏に翻弄されながら、その「商業主義」に異を唱えているように思える。 終盤では、多くの登場人物たちの素性や本作での「役割」にもカタがつき、殺人事件の謎も一応解明されるのだが、本作でのマーロウの姿は、いつも以上にニヒルで疲れているように見える。 ただ、村上氏も指摘しているとおり、本作での「苦悩」が名作「長いお別れ」という果実に結実するわけだから、この「回り道」も必要だったと解釈したい。 これで、マーロウもの長編で未読は「大いなる眠り」のみとなったが・・・ 個人的な順位付けでは、やっぱり「長いお別れ」は別格だな。次位が「高い窓」で、「さらば愛しきひとよ」は世評ほどでない・・・という感じか。 で、本作は・・・って、やっぱり一番「劣る」という評価になってしまうなぁ。 (「かわいい女」=オーファメイなのだが、あまり「かわいい」って気がしない・・・むしろ「ウェルド」だろ、やっぱり) |
No.844 | 6点 | 逃亡者- 折原一 | 2013/03/19 23:55 |
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文藝春秋社で折原といえば、「・・・者」シリーズというわけで、本作で果たして何作目なのでしょうか?
(それだけ長らくご愛顧いただいているということなのでしょう) 2009年発表の作品。 ~同僚だった女性に持ちかけられた交換殺人の提案にのり、一面識もないその夫を殺した罪で逮捕された友竹智恵子。だが、警察の不手際から逃走に成功した彼女は、整形手術で顔を造り変え、身分を偽り、逃亡を続ける。時効の壁は15年。DVの夫、そして警察による執念の追跡から、智恵子は逃げ切ることができるのか?~ なかなかの大作だが、大筋は「いつもの折原作品」という読後感。 紹介文のとおりで、本作は実際に起こった『松山ホステス殺人事件』とその被告だった福田和子をモデルとしている。 「一章:追われる者」から「三章:霧の町」までは、警察の手から逃走した智恵子が新潟~青森~庄原(広島県北部の小都市だよ)と逃げ場所を求め転々としていく様が切々と描かれる。 「この展開いつまで続くんだ?」とか「叙述トリックはどうした?」と思っていると、「五章:最後の旅」から一転。 新たな登場人物が現れ、徐々に話が混迷していく・・・ ここまで来ると、いつもの折原ワールドに突入。 精神が捻じ曲がったような人物が入れ替わり立ち替わり、物語のなかで暴れまわる。 ただ、ラストはサプライズといえばサプライズだが、他の佳作と比べれば予定調和というレベルだと思う。 (何となく、過去の作品のアレとアレをくっつけたような気がしたのだが・・・) まぁでも、それほど悪くない水準かな。 ちょっと長すぎるのは玉に疵だが、読者を引き込む力というのはそろそろ円熟の域に達してきたのかもしれない。 時間のあるときに一気読みすることをお勧めします。 (今回は馴染みのある地名がいろいろ出てきたなぁ・・・) |
No.843 | 5点 | 鋏の記憶- 今邑彩 | 2013/03/13 22:21 |
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物に触れると所有者の記憶を読み取ることができる「サイコメトリー」能力を持った女子高生・桐生紫。
彼女と彼女の叔父で刑事・桐生進助を主人公とした連作短編集。 ①「三時十分の死」=ある殺人現場に残された止まった時計。アリバイトリックをテーマとするミステリーに頻繁に登場する設定だが・・・。仕掛けられたトリック自体はなかなかアクロバティック。 ②「鋏の記憶」=紫(ゆかり)がバイト先でひょんなことから触れた「鋏」。サイコメトラーの感覚は、その鋏が過去、人を殺めてしまったことを読み取ってしまう。真相にそれほど驚きはないし、これは途中で結構バレてしまうのではないか? ③「弁当箱は知っている」=何だか仁木悦子の名作を思い起こさせるようなタイトルだが・・・。「冴えない中年男が若い美人妻を娶った!」なんてことがあれば、ミステリーの世界では残念な「裏」があるっていうオチになる。でも、この上司は実に嫌な奴。 ④「猫の恩返し」=もちろん「鶴の恩返し」を下敷きとした話。妻も息子も亡くした初老の男性の前に現れた一人の美女、そして彼女には大いなる謎があった・・・という展開。③もそうだが、所詮男って美女に弱いってことかな。 以上4編。 まぁ、ソツのない作品集という感じだろうか。 もともとは角川ホラー文庫で出版されたということなのだが、特にホラー風味というのはなく、純粋なミステリー短編集ということでよいのではないか。 どれも、短編らしく、プロットの焦点を絞った作品が並んでいるし、まずは水準級の作品集という評価。 ただ、もうひと捻りというか、もうワンパンチ欲しいなぁという印象は残った。 「サイコメトラー」という特殊設定もあまり活かしきれてない。 (ベストは①かな。②~④は同レベル。) |
No.842 | 6点 | 沈黙の森- C・J・ボックス | 2013/03/13 22:18 |
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2001年発表の作者処女長編。
発表当時、アメリカ探偵作家クラブ賞をはじめ数々の賞を受賞した作品(とのこと)。 猟区管理官ジョー・ビケットを探偵役とするシリーズの第一作目でもある。 ~ワイオミング州猟区管理官ジョー・ビケット。気持ちは優しいが、州知事を偶然検挙してしまうというような不器用な男・・・。ある日、裏庭で娘と見つけた死体は、かつて彼の銃を奪おうとした密猟者だった。次いで山中のキャンプ場にも二人のアウトフィッターの死体が・・・。「新ヒーロー誕生」と全米で絶賛され主要新人賞を独占した大型新人登場!~ デビュー作とは思えないクオリティとスピード感ではある。 正直、どこかで読んだことあるような、「よくあるパターン」の作品であるのは間違いないのだが、それでも十分に読者を引き込むプロットだと思う。 ただ、最初から「絶滅種」に関する記述がさも意味深に章前に書かれてあるので、事件の構図が察しやすくなっているのがどうか。 (ところで、コイツは実在するのだろうか?) 本筋の連続殺人事件のからくりそのものはそれ程複雑ではなく、期待以上のサプライズがあるわけでもない。 終盤に差し掛かった辺りで真犯人の正体も判明してしまうので、真犯人VS主人公ジョー・ビケットの対決シーンが終盤のヤマ。 この辺の「盛り上げ方」は、読者の「ツボ」を心得てるな、という気にさせられる。 まぁ、とにかく「平均的に楽しめる」という形容詞がピッタリくるような作品。 ワイオミング州の雄大な自然という舞台背景もアメリカっぽくて、結構旅愁をそそられた。 主人公の造形は、「真面目で普通の人」というのが、一癖ある他のサスペンス系作品の主人公たちと違って好感が持てる。 ジョー・ビケットものは、本作の後、「凍れる森」、「震える山」などシリーズ化されてるので、できれば引き続き読んでみることにしよう。 (原題“Open Season”なのに、この邦題は内容からしてもちょっと合ってない気がするけど) |
No.841 | 5点 | 誘拐犯の不思議- 二階堂黎人 | 2013/03/13 22:15 |
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水乃サトルの学生時代の活躍譚が「・・・の不思議」シリーズ。
ということで、本作は「智天使の不思議」に続くシリーズ第五作目。 ~「心霊写真家」が取り出した三枚の写真。それを見た二之宮彩子は、十か月前に自らが誘拐された事件の顛末を語り始める。写真にうつる男が、犯人の一人だというのだ。彼女は無事救出されたが、身代金は消え失せ、事件は未解決のまま。捜査に乗り出した彩子の恋人で自称名探偵・水乃サトルの前に、完璧に構築されたアリバイが立ちはだかる。名探偵と誘拐犯の息詰まる対決!~ 何かこう、バランスが悪いような・・・そんな気にさせらた。 紹介文にあるとおり、本作は徹底的に「アリバイトリック」に拘った作品。 アリバイトリックの王道といえば、「時間軸」または「空間軸」を如何にズラすのかということに収斂する。 (要は、X軸とY軸のどちらをいじるのかということだろう) ということで、本作は徹底的に前者に工夫が成されることに・・・ まぁ、これは見方次第かもしれないが、「よく練られてる」とは到底言い難い。 ラストの真相解明の場面、サトルがさも「大いなる欺瞞」を解明したように語ってはいるが、伏線が相当あからさまなのは確か。 真犯人が弄するビデオにしても、新聞にしても、レシートにしても、これでは「見え見えの変化球」だし、これで「空振りしろ」という方が難しい。 もう一つ気になるのは、殺人事件との絡み方。 猟奇的死体を持ち出して、「切り裂きジャック」もどきを演出しているが、動機の弱さのせいもあるけど、本筋である誘拐事件との連携がなく、必要性がかなり疑問な気がする。 最後にDNA鑑定を持ち出して、稚拙なトリックをカバーしようとしているのもいただけない。 書評を書き出すと、こんなふうに次から次とアラが見えてきてしまうのだが、それもこれも本当は作者に期待したいからなんだよなぁ・・・ 「悪霊の館」や「人狼城の恐怖」をワクワクしながら読んだ、あの頃の思い出をもう一度味あわせてもらいたい・・・ いち本格ミステリーファンとしての切なる願い(かな?)。 (文庫版巻末解説のタイトル「ガリレオを超えた・・・」というのが意味深だし、何だか悲しい・・・) |
No.840 | 8点 | シャドー81- ルシアン・ネイハム | 2013/03/09 22:46 |
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海外ミステリー・ランキングには必ず入ってくる名作サスペンス。
全盛期のハリウッド秀作映画を思わせるような手に汗握る展開・・・って感じかな。 ~ロサンゼルスからハワイへ向かうボーイング747ジャンボ旅客機が無線で驚くべき通告を受けた。たった今、この旅客機が乗っ取られたというのだ。犯人は最新鋭戦闘爆撃機のパイロット。だが、その爆撃機は旅客機の死角に入り、決して姿を見せなかった。犯人は二百余名の人名と引き換えに巨額の金塊を要求、地上にいる仲間と連携し、政府や軍、FBIをも翻弄する。斬新な犯人像と周到にして大胆な計画・・・冒険小説に新たな地平を切り拓いた名作!~ これは評判に違わぬ面白さ。 ハイジャックをテーマにした作品もいくつか接してきたが、ここまで緻密且つ斬新な計画とクールな犯人グループというのはなかったように思う。 ハイジャック前の「準備」を描く第一部こそややもたつく印象を残すが、ハイジャックシーンに突入した第二部はとにかく「ページをめくる手が止まらない」状態。 そして、犯人グループのからくりが明らかになる第三部では、作者の緻密なプロットに舌を巻くことになるのだ。 大量の金塊自体が犯人の“疑似餌”だったというプロットだけでも相当面食らってしまった。 本作のもうひとつの要素が、登場人物たちの造形の見事さ。 犯人グループももちろんだが、ハイジャックされた旅客機のパイロット・ハドレーやロサンゼルス空港の管制官・ブレイガンなど、一人一人の登場人物が実に緊張感をもって描かれていて、スキがない。 そして、印象的なラストシーン・・・。 これなんて、かなり映像向きな場面だと思うのだが、本作がアメリカ国内では全く評判にならず、もちろん映像化なんてことにもならなかったということが驚きだ。 (まぁ、もう少し「因果応報」的なドンデン返しの要素があってもいいかもしれないが) 若干誉めすぎかもしれないが、上質なサスペンスミステリーという評価は揺るぎないのではないかと思う。 とにかく面白いよ。 (ベトナム戦争の真っ只中という時代背景も効いているのかもしれない) |
No.839 | 7点 | しらみつぶしの時計- 法月綸太郎 | 2013/03/09 22:44 |
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作者といえば、もちろん法月綸太郎・法月警視の親子が活躍するシリーズが有名なのだが、本作はノンシリーズの短編を集めた作品集。
クライム系ミステリーまたは名探偵のパスティーシュ作品というのが収録作のテーマ(ということらしい)。 ①「使用中」=これは面白いなぁ。さすが、短編の法月綸太郎はスゴい。とにかく“フリ”と“オチ”の連携が見事に嵌っている。でも、こんなプロットを「ああでもない、こうでもない」って考えるのって・・・ミステリー作家って変な人種だ! ②「ダブル・プレイ」=野球に引っ掛けた「交換殺人」が本作のテーマ。しかし、もちろんただの「交換」で終わるはずがない。でも、ここまで人って操られるのだろうか? ③「素人芸」=これは少しオカルト色のある作品。ちょっとした悪意・殺意が思いもかけない結果を招く・・・というプロットはよく目にするが、本作のオチはかなり強力。 ④「盗まれた手紙」=もちろん、ポーの同名の名作ミステリーを意識した作品なのだろうが・・・ちょっと分かりにくいなぁー。 ⑤「イン・メモリアム」=これはショート・ショート。「それで?」っていう感覚になるのは私だけでしょうか・・・? ⑥「猫の巡礼」=これは何だ!? 作者あとがきを読むと分かるが、これは締切に追い込まれて書いた作品なんだろうなぁ。でも、それはそれで味のある作品になっているのが、作者のスゴさか。 ⑦「四色問題」=これは都筑道夫の名シリーズ「退職刑事」のパスティーシュ。しかもテーマは何と「特撮戦隊ヒーロー」って・・・。真相はこのシリーズらしい「緩ーい」感じ。 ⑧「幽霊をやとった女」=本作も結構異色。ハードボイルド色を出した作品なのだが、これも都筑氏のシリーズ作品のパスティーシュとのこと。でも、これはかなり予定調和。 ⑨「しらみつぶしの時計」=表題作かつこれもかなり異色。全て異なる時を刻む1440個の時計の中から唯一正確な時計を探す・・・というプロットなのだが、このオチって・・・何? やられたねぇ。 ⑩「トゥ・オブ・アス」=これは、名作「二の悲劇」の原型となった作品で、作者が京大ミステリー研時代に発表した作品とのこと(タイトルは変えてるそうだが)。でも、こっちの方がまとまってないか? 「二の悲劇」で詰め込まれた伏線はすべて張られているし、これでいいじゃない。 以上10編。 さすが、とにかく短編を書かせると冴える。(裏返せば、長編になるとなぜかモタモタするってことなのだが) 本作は、よく言えば「バラエティに富んでいる」だが、悪く言えば「ごった煮」または「玉石混交」。 まぁ、でも作者の「ミステリー愛」はたっぷり感じられるし、やっぱり安定感十分だよなぁー。 水準以上。 (ベストは悩むが⑩かな。①や②、⑨が次点という感じ) |
No.838 | 7点 | 求婚の密室- 笹沢左保 | 2013/03/09 22:42 |
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1978年発表。作者が「久々に本格ミステリーに取り組んだ」という位置付けの作品。
探偵役を務めるのは「他殺岬」にも登場したルポライターの天知昌二郎。 ~東都学院大学教授・西城豊士は、自らの誕生日を祝うため軽井沢の別荘にルポライターの天知昌二郎をはじめ、十三人の男女を招待した。西城はここで娘・富士子の婚約を発表するつもりでいた。だが、パーティーの翌朝、密室状態にあった離れの地下室で、西城夫婦の服毒死体が発見される。床にはWSの文字が残されていた・・・。ダイイング・メッセージと密室の謎に挑む会心の本格推理小説~ 本格ミステリーとしてのギミックを詰め込んだような作品。 そういう意味では作者の面目躍如というべきなのだろう。 60年代はじめに、「霧に溶ける」や「人喰い」という代表作を発表した作者だが、トリックやプロットの限界を感じ、しばらくこういう手の作品から遠ざかっており、ようやく本格ミステリーに「復帰」したのがこの頃ということらしい。 紹介文のとおり、密室とダイイング・メッセージ、他にも意外な犯人やE.クイーンばりの「操り殺人」など、本作は本格好きの読者の心をくすぐる趣向に満ちている。 なかでも「密室トリック」は相当レベルが高い。 堅牢な鉄扉と外から決して開けられない南京錠、天窓はあるが人の身長をはるかに超える高さ・・・。鉄壁とも思える密室状況を打ち破るトリックは見事。無理がないこともないが(○○と○○と○○がアレできるのか?)、この着想は素晴らしいの一言。 ダイイング・メッセージはまぁこじつけと言えばこじつけだし、これがあることで逆に真犯人が察しやすくなっている気がする点がマイナスかもしれない。 推理合戦を絡めたフーダニットは、意外な真犯人というどんでん返しをラストで炸裂させるなど、作者の一流の手腕が冴えている。 ただ難を言うなら、手練のミステリーファンにとっては、この「意外性」が逆に「分かりやすさ」に繋がってしまうかもしれない。 (登場人物を見回してみて、コイツが怪しいよなぁーって思っちゃうよねぇ・・・) でも好きだな、こういう作品。密室トリックだけでも読む価値ありだろう。 難癖を付けるのは容易いが、作者の心意気を買いたい。 (綺麗な薔薇にはトゲがある・・・ミステリーでは言い古された台詞だな) |
No.837 | 6点 | 夏のレプリカ- 森博嗣 | 2013/03/01 22:58 |
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前作「幻惑の死と使徒」と同時並行で起こっていた事件を扱ったのが本作。
S&Mシリーズでありながら、犀川&萌絵は脇役という位置付けで、萌絵の親友・簑川杜萌を主役とした作品。 ~T大学大学院生の簑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の誘拐者に捕らえられてしまう。杜萌も別の場所で拉致されていた家族も無事だったが、実家にいたはずの兄だけが、どこかへ消えてしまった。眩い光、朦朧とする意識、夏の日に起こった事件に隠された過去とは何か? 「幻惑の死と使徒」と同時期に起こった事件を描く~ 今までのS&Mシリーズとは一味も二味も違う肌合い・・・そんな作品。 その訳は、最初に触れたとおり、事件の顛末がSでもMでもなく、簑沢杜萌という別の人物の目線で描かれるため。 犀川も萌絵も(特に萌絵は)同時期に発生したという設定の『幻惑の死と使徒』事件の方に忙殺され(?)ていて、終盤までほとんど出番はない。 というわけで、長野県警のキレ者警部も登場するが、終盤までは解決に向けて遅々として進まぬ展開が続いていく。 ただし、結局事件を解決するのは犀川であり萌絵。 相変わらずフーダニットはブッ飛んでるなぁ・・・。 今回は、恒例の密室やら不可能趣味は薄いが、この仕掛けにはやっぱり驚かされた。 「仮面」という物証が、作者が企んだ欺瞞の「鍵」であり、トリックの「肝」であった訳だ。(ネタバレっぽいが・・・) この辺りの手練手管は「さすが」としか言いようがない。 まぁでも、これまでの作品との比較でいうなら、やっぱり落ちるかなぁー。 同時並行で進む二作品というアイデア自体は面白いが、そこにそれ程の仕掛けやサプライズがなかったのが逆にもったいない気はした。(もしかして、あったのか?) (最後のチェス勝負のくだりは、ミステリーっぽくでいいね) |
No.836 | 5点 | ピーター卿の事件簿- ドロシー・L・セイヤーズ | 2013/03/01 22:55 |
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大家・クリスティと並び称される英・女流ミステリー作家がドロシー・セイヤーズ。
彼女が創造した名探偵がピーター・ウィムジー卿。 本作は東京創元社が編んだピーター卿を探偵役とする彼女の作品集で、「ホームズのライバル」シリーズの一つ。 ①「鏡の映像」=突然、左右の臓器が逆になってしまった男が記憶を失っている間に殺人まで犯してしまった? と書くと非常にミステリアスで魅力的な謎に見えるのだが・・・。トリックはミステリーの禁じ手に類するのではないか? ②「ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪」=舞台はスペイン・バスク地方。昔、恋焦がれながらも人妻となった女性との再会、だが彼女は無残な姿に変わっていた・・・。この謎の真相はスゴイが、医学的に本当に正しいのか? ③「盗まれた胃袋」=タイトルからすると、ポーの某名作を思い出させるが・・・。胃袋を遺産として贈るという男の真意とは何か、というのが本作のプロット。 ④「完全アリバイ」=実にミステリーっぽいタイトル。ピーター卿が語る種明かしを読むと、見事なアリバイトリックのように見えるのが不思議! だが、正直よく分からなかった。 ⑤「銅の指を持つ男の悲惨な話」=これまた「意味深」なタイトル。ロンドンの某クラブで、アメリカの俳優が語る不思議な話をピーター卿が解き明かすという短編らしいプロット。 ⑥「幽霊に憑かれた巡査」=怪しい男を袋小路へ追い詰めたと思った刹那、どの家にも怪しい男はいなかった、なぜ? という謎。ホームズものなど古典作品でよく登場しそうな設定だが、このトリックはなかなか奇抜。リアリティは別にして・・・。 ⑦「不和の種、小さな村のメロドラマ」=凡そミステリーっぽくないタイトルだが・・・。プロットというか筋立て自体もちょっと不明瞭。結構長い割には、ラストでがっくりくるパターン。 以上7編。 個人的には、セイヤーズという作家も、ピーター卿という探偵にもあまり馴染みがないし、イメージが湧かない、というのが本音。 本作の収録作も、それ程ひどくはないが、それ程感心もしない、というレベル感なのだ。 まぁ、古き良き英国ミステリーという風合いの作品が並んでいるので、こういうノスタルジックな作品が好きな方にはいいのかもしれない。 思ったよりは良かったかな。次は、長編の代表作でも読んでみることにしよう。 (ベストは⑥か。後は①~⑤までは同程度。) |
No.835 | 6点 | ゴメスの名はゴメス- 結城昌治 | 2013/03/01 22:53 |
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1962年に発表された日本のスパイ小説の嚆矢とも言える作品。
当時、早川書房編集長だった小泉太郎(「生島治郎」の本名)氏の推挙で本作が生まれたとのことだが・・・ ~失踪した前任者・香取の行方を探すために、内戦下の南ヴェトナム・サイゴンに赴任した「わたし」こと坂本の周囲に起きる不可解な事件。自分を尾行していた男が、「ゴメスの名は・・・」という言葉を残して殺されたとき、坂本は熾烈なスパイ合戦の渦中に投げ出されていた。香取の安否は? そして、ゴメスの正体とは? 「不安な時代」を象徴するものとして、スパイの孤独と裏切りを描いた迫真のサスペンス!~ 雰囲気のいい作品、という感じ。 何より舞台設定が秀逸。 今でもサイゴン(ホーチミン)というのは、フランス占領下の影響が残り、アジアにあってヨーロッパの香りが漂う街だが、内線下のサイゴンという不穏で剣呑、かつ無国籍な雰囲気がよく出ている。 「スパイ小説」とはいえ、時代性もあり、それ程複雑なプロットがある訳ではない。 最後になってみれば、怪しい奴はやっぱり怪しかったし、謎の人物にはやはりそれなりの背景を抱えていたことが分かる。 それでも、それが不満を誘発するものではなく、何とも言えない読後感、風合いを残すところが作者の技量ということなのだろう。 「ゴメス」というダイイング・メッセージも、それ自体にそれ程の仕掛けはないが、終盤に明らかになる二人の男の背負った罪や影に混ざり合い、後を引く。 まぁさすがに名作と呼ばれるほどの雰囲気を持った作品。 ミステリー的なギミックを期待する方にはどうかと思うが、サスペンスというよりはハードボイルド好きにはウケる作品ではないかと思う。 (ヴェトナムの女性っていいよねぇ・・・。アオザイも・・・。) |
No.834 | 6点 | 謎解きはディナーのあとで- 東川篤哉 | 2013/02/23 16:03 |
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もはや説明不要(?)となった本シリーズの第一弾。
今さら初読且つ書評を出すのもどうかと思いつつなのだが・・・。 ①「殺人現場では靴をお脱ぎください」=『なぜ被害者がブーツを履いたまま死んでいたのか?』がメインプロット。このロジックは短編らしく切れ味と、スッキリ感を味わえる。フーダニットはかなり強引だとは思うけど・・・。 ②「殺しのワインはいかがでしょう」=ある種のCC設定下で、残された物証や関係者の証言一つ一つから執事・影山が真相を導き出す、と書けば何だか立派な本格ミステリーのように見えるが、この条件のみで犯人を絞り込んでいいのかどうか・・・?。 ③「綺麗な薔薇には殺意がございます」=これはタイトルどおり、「薔薇」をフーダニットの鍵としたなかなかの良作。ただし、設定やプロット自体は②とほぼ同様。 ④「花嫁は密室の中でございます」=筋立て自体は何てことないように感じる作品。ただ、ロジックはきれいに嵌っているし、『普通に考えれば変なのだが、それが日常的になっているために気付いていない」ことがうまい具合に隠されているところがミソ。 ⑤「二股にはお気を付けください」=うーん。このネタはちょっとレベルが低すぎる気がする・・・。「笑える度」から言えば、本作中NO.1かもしれないが・・・。 ⑥「死者からの伝言をどうぞ」=タイトルからすればダイイング・メッセージものっぽいが、そこにはそれほど拘りはない。ロジックの鍵が「窓を割った謎」一点張りになっているのがかなり強引に思える。 以上6編。最後にボーナストラックあり。 作者らしく「お笑い」要素がかなり掛けられているが、本作は昔からある「正統派の安楽椅子型探偵」ものに相違ない。 (刑事から事件の詳細が語られるということでいえば、都筑道夫の「退職刑事」シリーズにかなり近い) あまりに売れすぎたため、どうしても「色眼鏡」で見られてしまうが、押えるべき所を全て押さえた水準級の本格ミステリー短編ということでよいのではないか。 酷評するほど酷い出来とは思えないが、氏の他作品と比べてもそれ程の高評価にはならないかな。 (①~④はどれもマズマズ。⑤⑥はちょっと落ちる気がする) |
No.833 | 5点 | ホット・ロック- ドナルド・E・ウェストレイク | 2013/02/23 16:02 |
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1970年発表。作者12作目の長編作品。
“盗みの天才”ドードマンダーが初登場した記念すべき作品と言えそう。 ~長い刑期を終えて出所したばかりの盗みの天才・ドートマンダーに、とてつもない仕事が舞い込んだ。それは、アフリカの某国の国連大使の依頼で、コロシアムに展示されている大エメラルドを盗み出すというもの。報酬は15万ドル。彼は四人の仲間を集め、意表をつく数々の犯罪アイデアを練るが・・・。不運な泥棒ドートマンダーの奇怪で珍妙なスラプスティックミステリー~ 持ち味がよく出た作品だろう。 今まで、本シリーズは短編しか読んだことがなかったのだが、むしろ長編の方が楽しめた。 (連作短編的な味わいではあるが・・・) 本作は、ドートマンダーと仲間たちがエメラルドの強奪に成功したと思いきや、何らかの邪魔が入って失敗するという展開が都合五回繰り返されるが、ラストには見事に肘鉄を食らわせるというプロット。 まぁ、要は痛快でコミカルなクライムミステリーということだ。 捻りやドンデン返しなど複雑な仕掛けやプロットはないので、トリックなどの風味を期待するとダメだが、その分気軽に楽しめる作品。 欲を言うなら、ラストにツイスト感というか、もうひと捻りがあるとよかったかな、という感じか。 ただ、この作者であれば、こんな手の作品が最も持ち味が出ていると言うべきだろう。 そんなに高評価はできないが、まずは水準プラスαという評価に落ち着く。 (登場人物では、ドートマンダーよりも国連大使の方がよっぽど不運な気がするが・・・) |