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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1829件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.789 7点 フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない- 一肇 2017/10/14 22:35
此岸と彼岸の境界を軽々超えてしまう謎の美少女、美鶴木夜石。オカルトサイト『異界ヶ淵』の管理人にして、20歳で童顔、巨乳のクリシュナ。二人の美女に挟まれるように次々に怪異に見舞われる主人公の凪人。この三人を中心に進行する青春+怪談の物語。
凪人の東京での新たな住まい「願いの叶う家」では謎のラップ音や迫りくるカウントダウンに悩まされ、曰くつきの廃病院では思わず持ち帰ってしまったノートに呪われ、終いには夢の中にまで怪異に追い込まれるという、憑依体質の凪人は様々な災厄に襲われます。
ところで星海社ってなんですか。見たことも聞いたこともありませんが。講談社の子会社のようですが、一見普通の文庫本ですねえ・・・。いや、一つだけ大きな特徴が。それは今時新潮文庫くらいしかついていないと思っていたスピン(栞替わりのひものこと)、しかも異様に幅の広く青いのが付いているじゃないですか。お世辞にもコスパが良いとは言えない星海社、こんなところで無駄にコストを使っているとは、侮れません。
本作はホラーと青春小説が丁度いい具合に融合した、読み応えのある一冊だと思います。個性豊かな登場人物たちも生き生きしていますし、起伏のあるストーリーも怖さはほどほどに抑えてありますが、物語に入り込みやすい構造になっています。怖いというより面白い、心に残るという作品だと思います。

No.788 6点 さよなら妖精- 米澤穂信 2017/10/11 22:10
異国の少女との出会いと別れ、いやー切ないですね。
青春ミステリというか、どちらかというと日常の謎系に属する作品だと思います。ただ、途中の誰でも予想の付く軽めの謎は大したことありません。それよりも、帰国したマーヤの行方を必死に探す主人公守屋のくだりは心に残るものがあります。でも、どうしても守屋の言動で理解できないところがあり、またマーヤも異邦人らしさがあまり感じられず、感情移入はできませんでした。いきなり「俺をユーゴスラビアに一緒に連れて行ってくれ」と告白されてもねえ、そこに至るまでの伏線らしきものもないため、突然何を言い出すんだろうくらいにしか思われません。
ラストの守屋と太刀洗の「対決」は読み応えがありますが、それ以外はさして盛り上がりもなく、なんとなくストーリーが進行してしまう感じで、ボーイミーツガールの物語としては物足りませんね。恋愛小説みたいな甘いものではなくても、もう少し男女のふれ合いの描き様があったように思います。
個人的には残念ながら期待外れに終わりました。先述の切なさはあくまで最後まで読み終わってほのかに感じることで、全体的なトーンとしては淡さや透明性を体感できるものではありませんでした。

No.787 6点 臨床真実士ユイカの論理 ABX殺人事件- 古野まほろ 2017/10/08 22:14
相手の発言に対してそれが客観的事実か否か、またそれを相手が正直に答えているか否かを瞬時に判別できる能力(障害)を持つ臨床真実士という肩書の探偵唯花が連続殺人事件に挑む、ミッシングリンク物。
タイトルからも分かるように、最初の被害者は名前が芦屋雄次、赤坂で殺害され、血液型がA型。次は勿論Bに由来する殺人事件が・・・。なぜこのような関連付けがされたか、唯花に対して殺害予告が一々届くからです。また現場にはA、B、O、AとBを象ったキャンドルが残されます。なぜ犯人はこのような殺人を行ったのかというのが第一の命題です。
ABCでもなく、ABOでもなく、ABXなところがミソです。解答編の前に「読者への挑戦状」が挿入されているように、一応理詰めで犯人を指摘することはおろか、ミッシングリンクを推理することも可能となっています。あくまでフェアに情報は読者の前に提示されますので、頭を振り絞れば解が得られるとは思います。が、これが結構難題ですので、読まれる方は覚悟して臨んでいただきたいと思います。
まあそれなりの面白さ楽しさは維持していますが、探偵役のヒロインの口癖が鼻に付いたり、個人的にあまり好感がもてなかったりしたのでこの点数にしましたが、内容的には7点でもよかったように思います。

No.786 8点 少女キネマ- 一肇 2017/10/05 22:13
どん兵衛消失事件に端を発する、奇妙でロマンチックなボーイミーツガールの物語。大学生の主人公十倉と女子高生さちの淡く、静かで激しいストーリーが始まります。二人きりで食べるお弁当、十倉が自力で再生させたベスパで二人乗りの大冒険など読みどころがぎっしり詰まっております。
しかし、主題はそちらではなく、あくまでタイトルにあるように自主製作映画『少女キネマ』にまつわる男たちの丁々発止のやり取りや奮闘を描くものです。そこにヒロインさちがどのように絡んでくるのかと興味は尽きないところです。最初はもっと十倉とさちのふれ合いが中心に描かれるものと思っていましたが、要所にさちが登場するだけなので読んでいる身としてはやきもきさせられます。が、これも作者の計算通りということなのでしょう。
では肝心のミステリはどうなっているのかというと、これが最後の最後意外な手法で種明かしされる趣向となっています。果たしてこれがミステリなのか、いや、一つのミステリと言えるのではないか、筆者は悩み煩悶します。しかし、これだけの傑作を読みながら、そんな些細なことはどうでもいいんじゃないかとすら思わせる底力を有している作品に違いはないのです。
最後に一言言わせてもらえるなら、およそ作家には何でもないようなことを実に面白おかしく書ける人とそうでない人がいると思いますが、この作者は明らかに前者だということです。一作しか読んでいませんが、ほかの作品でもそうであってほしいと願っています。

No.785 5点 だいじな本のみつけ方- 大崎梢 2017/09/30 22:14
中学二年生の中井野々香はある日放課後、手洗い場の角にまだ書店に並んでいないはずの文庫本を見つける。書店のカバーを頼りに、行きつけのゆめみ書店に早速駆けつけた野々香だったが、まだ発売前の本を見つけられるはずもなかった。
という日常の謎から始まり、ささやかな謎を経ながら中学生たちがPOP作りや小学生への読み聞かせなどを経験してく、ほのぼのとした物語です。ジュニア向けのせいなのか、易しい文章が逆に慣れなくて読みづらかったりします。ですが、元書店員という職歴を存分に生かした作品には違いありません。
ミステリとしてはやはり弱いと言わざるを得ませんが、いわゆる「いい話」に終始して、いけ好かない人間も出てきませんし、読み物としては悪くないと思います。ただ、中にはハッとするようなトリックも飛び出して、それはタブーだろうなどと心の中で突っ込んだりしながらも、それなりに楽しい読書になりました。
まあお勧めするなら中学生くらいまでですかね。しかし、こうした優しく救いのある小説が好きな人もいるでしょうから、あまり夢を壊すようなことは言わないほうがいいんでしょうか。

No.784 6点 少女は夜を綴らない- 逸木裕 2017/09/28 22:11
主人公は加害恐怖を患う中学3年の少女、理子。他に主要登場人物は、理子の目の前で死なせてしまった幼馴染の加奈子、加奈子の弟で何か良からぬことを企む悠人、その父で借金取りに追われる龍馬、理子の友人でボードゲーム研究会部長のマキ、同じく部員で気の強い後輩の薫、ホームレスのハナコさんら多数。
理子は半ば強引に悠人にある計画の実行を手伝わされるのだが、そのうち彼女のほうがその計画を一から練っていくのに夢中になっていく。その間にも様々な事件が勃発し物語は紆余曲折を経る。一方、周辺ではホームレスの殺害事件が相次ぐ。
横溝正史賞受賞後第一作は、どこか混沌としながら展開する青春ミステリです。期待が大きすぎたせいか、やや食い足りない感じを受けはしましたが、二作目としてはまずまず合格点を上げてよいように思います。もう少しプロットを整理できていたら、もっと読みやすいエンターテインメントに仕上がっていたのではないですかね。
ただ、エピローグは素晴らしいと思います。何がとは言えませんが、さすがにただでは終わらない感じですか。
蛇足ですが、極上の装丁だった前作と同じスタッフで作られた表紙は、これまた称賛に値する見事な情景を表現した一つの「作品」に仕上がっています。

No.783 6点 安楽探偵- 小林泰三 2017/09/24 22:18
「先生」と呼ばれる私立探偵に、依頼人たちが一風変わった悩み事を持ち掛け、その場で探偵が解決するという異色の連作短編集。
ホラー出身の作者だけに、本格というよりブラックコメディ色の強い、ホラーに近い作品集となっています。勿論「先生」は理詰めで推理し解決に導くわけですが、その落としどころはほとんどが反転する形を採っています。つまり結末はほぼ想像の斜め上を行くので、意外性のあるものや予想外のラストが待っています。
しかし依頼者の持ち込む事件は、探偵よりも心理カウンセラーに行くべきなのでは?と思わせるようなものばかりなので、その意味では本格ミステリとは言い難く、先述したような異色な作品と言えると思います。
最終話の『モリアーティ』は毎度お馴染みの全短編を総括するような形式を採用しています。記述者の「わたし」がある事柄に疑問を抱き、「先生」を問い詰めるという対決姿勢を見せています。これがなかなか興味深く面白い趣向だと私は思いました。
どちらかというと地味な作品なので、多くの読者に忘れ去られがち、或いは気づいてもらえないようですが、内容的に物足りなさは感じるものの、一読の価値はあると思います。

No.782 6点 ドローン探偵と世界の終わりの館- 早坂吝 2017/09/21 22:31
身長130cm体重30kgの新名探偵登場。勿論これには訳があります。物語の中盤で、安っぽい漫画のようなエピソードが挿入されますが、ここに関わってきます。それよりももっと重要なポイントにもなるわけですが、それはここでは書きません。ご自身で確認していただきたいと思います。
そして冒頭にトリックを見破ってみろとばかり「読者への挑戦状」がいきなり炸裂します。しかしねえ、これは看破できませんよ。真相が明らかになった瞬間、唖然としてしまいました。そして僅かな腹立たしさを抑えることができませんでした。読者によっては壁に叩き付けたくなるかもしれません。あまりの出来事に、だまされたカタルシスを覚えるどころではなくなります。これを見破るにはちょっと伏線が少なすぎる気がしないでもないですね、後出しじゃんけんみたいなね。
また、名探偵ジャパンさんがおっしゃるように、全体的に気合が入っていないような感覚を覚えました。作者らしいノリノリな感じが全くないんですよ。まあ、作風に合わせたのかもしれませんが、やや物足りないように思いました。
結構破天荒な物語なのに、面白さがダイレクトに伝わってこない、ちょっと残念な作品の印象を受けました。

No.781 6点 7人の名探偵- アンソロジー(出版社編) 2017/09/19 22:17
新本格ミステリ誕生30年を記念して編まれたアンソロジー競作。
顔ぶれは新本格第一世代の綾辻、法月、我孫子、歌野の講談社ノベルズ出身作家と第三世代の麻耶に創元社から有栖川、最後は山口雅也となっています。ですが、有栖川と山口は果たして新本格のカテゴリーに入るべきなのかどうか。まあそれだけ生き残りが少ないということでしょうか。なんだかなあ。
それぞれ個性を出していますが、やはり一番面白かったのは本格でもミステリでもないけれど、綾辻でした。ネタバレになりそうなので内容については触れませんが、ほのぼのした感じと不安感を煽るような書きっぷりはさすがだなと思います。群を抜いているとは言いませんが、格の違いを見せつけた感じですかね。
他では個人的に歌野が気に入っています。将来的な名探偵像というんでしょうか、SF仕立てでありながら本格ミステリの精神を忘れていない辺りはらしいなと思います。あとは意外に山口雅也も良かったです。落語のネタを発展させたアイディアはちょっとこれまでになかったものじゃないでしょうか。最も異色な作品です。有栖川は己のスタンスを貫いた、なかなかの逸品ですね。その他はまあそれなりといった感じですか。まあしかし、全体的にそこそこのレベルだとは思いました。下手に肩に力が入らない感じはみなさんもうベテランゆえでしょうかね。

No.780 7点 QJKJQ- 佐藤究 2017/09/15 22:13
「そいつはやめとけ、ヤバいやつだ」己の内なる声が囁く。しかし、私は自身の欲望に抗うことができず、書店の棚からそれをそっと引き抜く。本当にそれでいいのか、自分。これでいいんだ、買わずに後悔するより買って後悔しよう・・・。

そして私はこの本を読み始めました。両親と兄が殺人鬼で、高校生の主人公亜李亜自身も猟奇殺人鬼なのです。そんな設定のミステリが面白いわけがないじゃないかと思いつつも、なぜか引き込まれます。導入部から言いようのない緊張感を読む者に強います。ところが物語は予想外の展開に発展していきます。面白いとか面白くないとかの次元を超えた、秘められた何かがこの小説には息づいているように、私には思われて仕方ありません。平成の『ドグラ・マグラ』とかではなく、何かこれまでにない新機軸を目指しているというか。
本書を評価する人もしない人も、気持ちはなんとなくわかる気がします。選考委員の間でも意見が分かれたのも無理からぬものがあったようですし。私が思うに、本作を評価するにあたってこれを理解できるかどうかが問題なのではなく、容認できるかどうかで評価が決まる気がします。
奇書であるのは間違いないでしょう。私はこれが嫌いではないですし、その完成された文章や使い古されたと言ってもよい幻想と現実の狭間の物語を含めて、どうしても低い点を付けるわけにはいかない気分にさせてくれる作品なのです。

No.779 5点 探偵ファミリーズ- 天祢涼 2017/09/12 22:28
帯に「このシェアハウスに集まる『家族』は全員、探偵。」とあるように、シェアハウスに入居する老若男女は全員探偵で、事件が起こる度に推理を戦わせる・・・わけではありません。つまり看板に大いに偽りありですよ。勿論これは出版社の陰謀で作者が悪いわけではないでしょうけどね。
チロリアンハウスというシェアハウスの大家という名前の大家さんが探偵役で、第一話から第四話までを彼が担当し、第五話は主人公で語り手のリオが務めます。一話ごとに増える他の住人達は最終話で漸くダミーの推理を披露するだけで、特に何かの役に立っていません。
それまでほのぼのとした雰囲気で進行していた連作短編が、第五話に至り突然死体が現れ驚きますが、これは巧妙に仕組まれた企みです。そして最終話である人物の秘密が明かされ、やや意表を突かれますが、まあこれも連作短編集にはよくある仕掛けです。
登場人物の描き分けはしっかりと出来ていますし、それぞれの事件はそれなりにバラエティに富んでいますので、評価としてはまずまずですが、トリックにいま一つ妙味がないのが残念です。特に先に述べたダミーの推理は思い付き程度であまり感心しません。

No.778 8点 冤罪者- 折原一 2017/09/10 22:07
これは凄い。文庫で600ページを超える長尺にもかかわらず、ダレることなく最後まで緊迫感を維持する、サスペンス小説の一級品になっています。まさしく折原一の代表作の一つと呼んで差し支えない傑作だと断言できます。
タイトルから受ける印象は、もしかして社会派?と思う人もおられるかもしれませんが、そうした一面もあるものの、それを逆手に取った反転劇と言えるでしょう。確かに登場人物は多めですが、決して混乱するような構成にはなっていないと思います。少なくとも私は頭の中できちんと整理できました。
果たして真相はいかなるものなのか、そして真犯人は誰なのかといった興味を抱きながら読み進めましたが、結局見事に騙されました。真相が明かされた時、久しぶりに寒気がしました。最初はこんなことがあっていいのかと思いましたが、よくよく考えても矛盾するところはなく、全体的に霧がかかったような物語の流れが、一気に晴れて雲一つない青空が広がるような感覚を覚えました。


【ネタバレ】


あとから思えば、真犯人はどことなく影が薄く、疑おうと思えば疑える人物でした。
また、動機の点で疑問に思った部分がありましたが、やや弱いかなという気がしないでもないですね。まあしかし、これだけの傑作の前では些事と言わざるを得ません。

No.777 5点 死者に捧げるプロ野球- 吉村達也 2017/09/08 22:32
のちに文庫化された際に『「巨人-阪神」殺人事件』と改題された実験的な作品です。アイディアマンの吉村氏はこれくらいのことは朝飯前だったんでしょうね。まず、作者はこの小説を一般的な読者が大体2時間30分前後で読み終わると想定し、物語全体がそれと同じ時間で推移し、ちょうど2時間30分でストーリー全体が完結するように描かれています。ですので、読者にそれくらいの時間で読了できるように、あらかじめ時間を取って読み終わることを作者は最初に勧告しています。それを読んだ読者は嫌でも挑戦するように仕向けられるという仕組みです。
時は1992年5月20日、物語の舞台は東京ドーム、まさに巨人対阪神の試合が行われている最中に事件は起きます。殺人が起こった場所は地下駐車場で、勿論メインはそちらの殺人事件なのですが、試合の実況が要所要所で差し込まれます。一見無関係に思える試合が、事件を解決する上での重要なポイントとなっていますので、要注意です。
実際事件のあらましは特筆すべき点はあまりなく、トリックも驚くようなものではありません。しかし、一気に読ませる文章力はさすがに読みやすさでは定評のある吉村氏です。こんな私でも一所懸命読んで2時間45分ほどで読み終えることができました。
ちなみにこの日の先発は巨人が桑田、阪神が湯舟でした。オールドファンには懐かしい名前ではないでしょうか。当然他にも有名どころの名前が続々登場しますので、プロ野球ファンにとっても楽しい一作だと思います。

今さらですが、吉村達也氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

No.776 5点 きよしこ- 重松清 2017/09/07 22:30
主人公の少年きよしはカ行とタ行から始まる言葉が上手く出てきません。つまり吃音、昔で言う「どもり」のことです。彼は父親の仕事の関係で、全国各地を引っ越しで転々とします。名前がきから始まるため、自己紹介さえ思うように出来なくて、読んでいる身としては結構切ないものがあります。ですが、落ち込んだり、時に暴れたりしますが悲壮感はありません。彼が常に前向きな気持ちを持った、ごく普通の少年だからです。言葉に詰まる時は反省もしますし、周りの人達と何とかコミュニケーションを取ろうとしたりもします。
実は作者自身も幼少時代、吃音に悩まされており、当時の辛かったり悲しかったりした思い出をこの小説に投影しているようです。
きよしはいじめられたりしていたわけではありませんが、言葉が詰まることでからかわれたり、笑われたりして、孤独な少年ではありました。そんなハンディを背負った彼は年上の女性に上手く言葉が出てこない時に助けられたり、吃音矯正プログラムに通ったりしながら着実に成長していきます。ですが、作者は決して主人公に肩入れしたりはせず、付かず離れず一つひとつのエピソードを紡いでいきます。あまり感情移入は出来ませんが、程よい距離感を持って描かれるため、読み心地は悪くありません。
タイトルの『きよしこ』ですが、「きよし、この夜」を「きよしこの、夜」と勘違いしていて、きよしこという架空の友達がいつか訪ねてきてくれると信じていたことから付けられました。

No.775 6点 本棚探偵の冒険- 喜国雅彦 2017/09/05 22:49
エッセイ集、本棚探偵シリーズの記念すべき第一巻です。
『冒険』とうたっているだけあって、それにふさわしい内容となっています。例えば「ポケミスマラソン」。ハヤカワ・ポケット・ミステリを古書店を廻って、一日に何冊見つけられるかに挑戦するという、真に馬鹿馬鹿しい企画だが、その疾走感と奇跡的なオチは楽しい以外の感想が思い浮かびません。他にも「小説『兄嫁の寝室』」など、実に怪しげなタイトルのものなど様々なエッセイの域を超えたエッセイのラインナップが楽しめます。
さらには、京極夏彦、二階堂黎人、山口雅也、我孫子武丸、北村薫らが登場し、それぞれの人間性を発揮しております。口絵で描かれた彼らは本物そっくりで笑えます。これは面白くないわけがありません。みなさん古本が大好きなんですね、喜国氏だけでなくミステリ作家の本に対する狂おしいまでの偏愛ぶりが垣間見えます。
本来第二巻『回想』第三巻『生還』が間に挟まっているんですが、これらは現在入手困難な状態です。勿論古本なら手に入りますが、私は彼らのような「古本者」ではありませんので、残念ながらそこまでしてそれらを読もうとは、今のところ思っていません。悪しからず。

No.774 6点 地獄の道化師- 江戸川乱歩 2017/09/03 22:28
小学生の時に「少年探偵団シリーズ」の一作として読みましたが、非常に感動しました。一応図書室にあったものは全巻読破していますが本作がシリーズ中では最高傑作だと思いました。しかし何せ小学生でしたから、顔のない死体などには全く慣れておらず(多分初めての体験だったと思いますが)、意外な犯人という観点からも一読者としてまだまだ未熟でした。
当然大人になってからあらすじなどほぼ忘れてしまっていましたので再読してみましたが、乱歩としては本格ミステリの色合いが濃いとは言え、分かりやすい犯人像や比較的すんなりとしたプロットに違和感を覚えました。「あれ?こんなんだったっけ」みたいな感覚でしたね。つまり拍子抜けですか。やはりミステリばかり読みすぎて免疫ができてしまったせいか、この程度では驚きや感銘を受けないような体質になっていたんですね。
子供の頃の感動は薄れ、擦れた一ミステリファンとしての私が、この作品を素晴らしいと絶賛することを許しませんでした。さすがに読まなければよかったとは思いませんでしたが、夢のような体験が苦い思い出に変わるのをどうしても避けることができないという、辛い経験をしました。

No.773 4点 人生相談。- 真梨幸子 2017/09/01 22:18
目次を見てみると「居候している女性が出て行ってくれません」「大金を拾いました。どうしたらいいでしょうか」とか、中には「西城秀樹が好きでたまりません」などふざけたタイトルが並んでいます。これらは要するにある新聞に投稿された人生相談の内容を表したものです。9タイトルありますが、作者の目論見としてはこれらを短編扱いとし、最終的には一気にひとまとめに収束させるというもののようです。
狙いは分からないでもないですが、とにかく登場人物が多すぎるし、その上人間関係が複雑に絡み合っているため、一読しただけでは全てに理解が及びません。読者は必ずやカオスの渦に放り込まれることでしょう。だからといって二度読みするほど面白くもなく、なんともツマラナイ小説に仕上がってしまっています。確かに私の読解力は人並み以下ですので、一概にこれを非難するわけにはいきませんが、もう少しわかりやすく人間関係を整理してもらうことはできなかったものかと思います。
殺人も起きたのか起きてないのか判然とせず、大筋は飲み込めたものの、はっきり言って何がどうなっているのか最後までよく分かりませんでした。Amazonでは意外と高評価を与えている方もおられ、この小説をよく細部まで理解できるものだと感心せざるを得ないという感想しか思い浮かびません。
まあしかし、これだけの複雑な事件やらなんやらを考え付くのも一つの才能なのは間違いないでしょう。個人的には低評価ですが、読む人が読めばちゃんとした評価が得られるのかもしれませんね。

No.772 6点 どんどん橋、落ちた- 綾辻行人 2017/08/31 22:28
さすがに叙述トリックの名人、綾辻行人。どれもこれも奇想天外な叙述に特化した短編ですね。しかしおふざけが過ぎたせいか、評価が割れているのも納得ではあります。
人が必死に犯人探しに夢中になっているのに、それを足蹴にするようなトンデモトリックには腹を立てる読者も少なくないでしょう。しかしよくよく読んでみれば、決してアンフェアとは言えず、正々堂々とある意味くだらないトリックを仕掛けている辺りは、さすが新本格の旗手と言えると思います(皮肉です)。
表題作は島田荘司編集のアンソロジー『奇想の復活』で読んだんですよ。ですから誰よりも早く読んだのが自慢ではあります。その際このトリックには驚いたと同時に腹立たしさも覚えました。他の真面目な本格ミステリを尻目に、一人異次元の世界で遊んでいるような感覚で、らしくないなと感じました。これが綾辻渾身の一作だったとは・・・残念な気持ちでいっぱいになりましたよ。そんな遊び心に溢れた人だったとは意外でした。
なんだかんだ言っても、結局この短編集のレベルは低いとはいえず、作者の名前と内容のギャップに不評を買っているに過ぎない、不遇な作品集なのではないでしょうか。

No.771 7点 本棚探偵 最後の挨拶- 喜国雅彦 2017/08/28 22:03
第六十八回日本推理作家協会賞〈評論その他の部門〉受賞作。喜国雅彦とは漫画家であります。しかしその名前は、ミステリファンにとっては馴染みの深いものだと思います。どこかで見たことあるという人は少ないくないはずです。そんな彼が自らを本棚探偵或いは古本者と名乗り、探偵小説にまつわる様々な事柄に挑戦していく様を熱く語ったエッセイが本書です。
例えば少年探偵団の小林少年の「書遁の術」を真似て、香山滋全集の背表紙などを複製し、それを隠れ蓑にして本棚の中に忍び込んでみたり、玄人並みの手際で私家版『暗黒館の殺人』を作成したり。
それらの過程を一々カメラに収め、写真や口絵を掲載しています。まあ興味のない人にとっては、「それがどうした」ってことになるんですが、これがまた実に読ませる文章で綴っていますので、飽きが来ることはありません。中でも最後の『黒函紙魚の会』はプロの作家並みの短編ミステリに仕上がっており、感心することしきりでした。推理作家協会賞受賞は伊達ではなかったようです。
柄にもなくエッセイなど読んでみましたが、意外な面白さに舌を巻くと同時に、喜国氏のチャレンジ精神や行動力が羨ましくなった私なのでした。

No.770 5点 妖鳥- 山田正紀 2017/08/27 22:15
妖鳥=ハルピュイアとは頭部から胸にかけてが女性で、下半身及び翼はハゲタカという、ギリシャ神話に登場する伝説の生物です。
雰囲気としては一歩間違えば『姑獲鳥の夏』に近いですが、勿論作品の出来としては遠く及びませんね。ただ、読んでいて酩酊感を味わえることは確かです。かなりの大作ですが、山田正紀らしく輪郭がぼやけた感じは否めません。舞台は聖バード病院で、アルバイトで勤務する医師、篠塚の視点から始まり、以降刈谷刑事と記憶を失いどこかに閉じ込められた「わたし」の二つの視点で物語は進行します。
ミステリ的には冒頭の、外側から目張りされた無菌室で意識不明の患者が絞殺されていたという謎にプラスして、何故死期が近い患者が殺されたのかという謎のハウダニット、ホワイダニットが提示されます。さらには篠塚が何者かに襲われ窓から落下しますが、なぜか落下する地点が数十メートル移動していたという謎が。捻りはないですが、それなりに納得のいく真相でなるほどとなります。
それにしても、牛乳を水で薄めてどんな味がするのでしょうか。「わたし」の精神状態がかなり危ないです。

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ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1829件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(26)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
中山七里(19)
日日日(18)
森博嗣(17)