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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1829件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1109 5点 顔のない敵- 石持浅海 2020/05/04 23:30
1993年、夏。カンボジア、バッタンバン州。地雷除去NGOのスタッフ・坂田洋は、同僚のアネット・マクヒューと、対人地雷の除去作業をつづけていた。突然の爆発音が、カンボジアの荒れ地に轟く。誰かが、地雷を踏んだのだ!現地に駆けつけた坂田とアネットは、頭部を半分吹き飛ばされたチュオン・トックの無惨な死体に、言葉を失った。チュオンは、なぜ、地雷除去のすんでいない立入禁止区域に踏み入ったのか?そして、これは、純然たる事故なのか?坂田の推理が地雷禍に苦しむカンボジアの哀しい「現実」を明らかにする―。表題作を含め、「対人地雷」をテーマにした、石持浅海の原点ともいうべきミステリー6編と、処女作短編で編まれたファン待望の第一短編集。
『BOOK』データベースより。

確かに地味ではありますが、作者の良心と意識の高さが伺えます。デビュー作の『暗い箱の中で』以外の六篇は全て対人地雷を扱ったものとなっており、それぞれが特徴のある本格ミステリです。時系列がバラバラな上、罪を犯した人間が探偵役になってみたり、登場人物が重なるのでやや混乱しがちな面もあります。
全体的にトリックとしては小粒だと思います。しかし、提示される謎はなかなか興味をそそるものが多いですね。
そもそも地雷は何のために埋め込まれているのか、そしてそれを製造する一方で除去装置も開発するという歪んだ企業の形体にも一石を投じています。

デビュー作は若書きのせいもあってか、かなりアラが目立ちます。何故わざわざエレベーターという密室の中で殺人がおこなわれたのかというホワイダニットも、動機としてはかなり弱いように思います。一瞬の判断で殺人を実行してしまうような大胆な人間がいるというのも、リアリティのない話でしょう。

No.1108 6点 セブン- アンソニー・ブルーノ 2020/05/02 22:39
何者かに過剰な食事を強いられ死んだ異様に太った男と、自らの体を切り刻むことを強要された弁護士―殺伐とした街で連続して発生した二件の殺人の現場には、それぞれ“大食”と“強欲”の文字が…。ベテラン刑事サマセットはキリスト教の“七つの大罪”に着目し、あと五つ事件が発生すると断言。若き刑事ミルズとともに狂気の殺人計画を阻止すべく捜査を始めるが…戦慄のサイコ・スリラー。
『BOOK』データベースより。

映画は観ていません、確か地上波で放映されていたはずですが、最初だけしか観ませんでした。ノベライズ作品ですが、まずまず成功の部類なのではないかと思います。もう少し重厚さが欲しかった気もしますがね。それと、残虐な殺し方の割に描写があっさりし過ぎているんじゃないでしょうか。七つの大罪と言われても、キリスト教圏でない我々にとってはあまり馴染みがなく、その意味ではイマイチピンと来ない部分もありました。犯人の言動には不気味さを覚えましたが、動機という面では深堀されておらず、その辺りも含めて薄いと感じました。

途中のあるカットインで、先が読めてしまったのは残念でした。あの描写は必要だったのかと首を捻らざるを得ないです。多分ですが、映画の方が面白かったのではないかと思います。Amazonビデオでは凄まじい数のレビュー(1000越え)があり、結構な高評価を受けていますしね。でも読後、改めて映画を観たいとは思いません。

No.1107 7点 GOTH番外篇 森野は記念写真を撮りに行くの巻- 乙一 2020/04/30 23:15
12月のある日の午後。森野夜は雑木林の地面に横たわっていた。死や恐怖など、暗黒的な事象に惹かれる彼女は、7年前、少女の死体が遺棄された場所に同じポーズで横たわって、悪趣味な記念写真を撮るつもりだった。まさかそこで出会ったのが本物の殺人犯だとも知らず、シャッターを押してほしいと依頼した森野の運命は?「なぜか高確率で殺人者に出会い、相手を魅了してしまう」謎属性をもつ少女、森野夜を描いたGOTH番外篇。
『BOOK』データベースより。

これは最早乙一が創り出した小宇宙であります。短いながら『GOTH』の世界観はそのままに、増々仄暗い夜の雰囲気を醸し出しており、脱帽です。
作者あとがきで「僕はいつも小説には、自分の思想、哲学、能書きなどをはさまないようにしています。でもこの話には好き放題にそれらを盛り込んでみました」と書いているように、作者の中でも特異な存在になっています。それだけに、生身の乙一が感じられる点に於いて、ファンとしてはとても楽しめる一篇に仕上がっていると思います。

しかも、ホラー、サスペンス色が濃い割りに本格ミステリの一面も持っていて、非常に稀有な小説と言えるでしょう。
殺したくないのに殺さなければならないという、連続殺人鬼の内面も詳らかに描かれて、何故そうなるのかなどの疑問を差し挟ませない迫力に満ちています。又、森野夜と云うキャラを徹底して無機質な描き方をしているのも計算通りですね。

No.1106 6点 真実の10メートル手前- 米澤穂信 2020/04/28 22:27
高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める…。太刀洗はなにを考えているのか?滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執―己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。
『BOOK』データベースより。

本格ミステリとは言い切れない異色の連作短編集。必ずしも殺人事件が絡んでいる訳ではなく、色々なタイプの事件簿と言えるでしょう。『さよなら妖精』の太刀洗真智が成長した姿で探偵役を担い、颯爽とクールに事件を解決していく物語は、それぞれが苦みのあるものばかりです。
個人的に好みなのは、『綱渡りの成功例』。災害にあった無辜の老夫婦の犯罪と言えない犯罪。しかし、太刀洗はジャーナリストとしての使命を全うしようとする辺りが、必ずしも正義感と言えない生身の姿をさらしており、ある意味リアリティを追求しようとしています。

全体的にインパクトという点では物足りなさを感じます。それに物語の締めくくりが何となく終わってしまうようで、印象に残りません。強烈な何かを秘めたタイプの作品が好きな私のようなダメな読者には、ちょっと刺激が足りませんでしたね。

No.1105 6点 謎ジパング 誰も知らない日本史- 明石散人 2020/04/26 22:25
オムスビは、なぜ三角になったのか?日本最古の将棋駒は!?黄金の国ジパングの原資となった東経一四一度線上にひそむ金山、命を賭けた江戸の闘食会から邪馬台国、金閣寺伝説。古代から江戸時代まで、史実に隠された「日本の謎」を鮮やかに解き明かす。これぞ歴史推理の愉しみ。超絶面白ミステリの決定版。
『BOOK』データベースより。

面倒くさい、ややこしいのが苦手な人には決してお勧めできません。まるで学術書か論文の様な体を成している物も含まれています。
例えば、鯨統一郎の早乙女静香シリーズの様なストーリー性やユーモアとは無縁の世界です。一応、明石と村上の会話が軽妙であるのは救いですが、180を超える参考文献のほとんどが専門書や古書のせいもあり、全体の半分くらいは理解不能です。勿論個人差はあると思いますが、余程の歴史ファンでなければ通読に耐えられないかも知れません。

ただ、桃太郎のモデルは?何故お供が猿、雉、犬だったのか。麻雀には幻の大四元があったとする説。金閣寺の隠れた秘密。上杉謙信は空を飛びたかった。頼朝と義経は本当は仲が良かったなど、様々なあり得ないような仮説を大胆に論証して見せる剛腕ぶりは素直に凄いなと思います。
様々な日本の歴史の謎をディープに知りたい方だけ読むべき作品、でしょうかね。

No.1104 6点 デルタの悲劇- 浦賀和宏 2020/04/24 22:10
ひと気のない公園の池で10歳の少年の溺死体が発見された。少年をイジメていたクラスメイトの悪童3人組は事件への関与を疑われることを恐れたが、真相は曖昧なまま事故として処理される。ところが10年後、少年の幼なじみを名乗る男が3人の前に現れ罪の告白を迫ってきた。次第に壊れゆく3人の日常。果たして少年を殺したのは誰なのか。人間の本性を暴き出し、二転三転しながら迎える衝撃の結末。予測不能の神業ミステリ!
『BOOK』データベースより。

これは二度読みしないとスッキリしないですね。ストーリーとしては決して複雑ではないものの、仕掛けは巧妙で最後まで読まないと何がしたかったのか理解できないと思います。
八木剛とか桑原銀次郎の名前を聞いてあれっと思わない浦賀ファンはいないでしょうが、なんと作中には作者自身の名前も登場します。相変わらずやってくれますね。よくここまで捻ったものだと感心します。

虐められて溺死した少年の死が果たして殺人だったのか事故だったのか、そもそもそこから謎が出発するのですが、そんなことは最終的には付け足しのようなものに成り下がって、読んでいてそれどころではなくなります。なんだかあっけない物語だったなと思っていたら、必ず足を掬われますね。そして頭が混乱すること必至です。良し悪し、好悪は別にしてなかなかできない読書体験をすることになると思います。
真っ当なミステリとは思いませんが、こういうのもあるんだと知って欲しいという気持ちはありますね。

No.1103 4点 リッターあたりの致死率は- 汀こるもの 2020/04/22 22:28
まわりで次々と人が死ぬ“死神”体質の少年・立花美樹。魚マニアの彼が観賞魚展示会に出向いたところ、案の定、会場の客が毒殺され、お守り役の高槻刑事の身にも異変が…。混乱極める中、さらには美樹誘拐事件まで発生!毒殺の真相は?誘拐の意外な背景とは?そして美樹と誘拐犯の運命は?高校生探偵の真樹(美樹の双子の弟)が掟破りの手段で事件に迫る。
『BOOK』データベースより。

この作風と誘拐事件は合わないですね。誘拐物に付き物の緊迫感はゼロ。犯人と警察側の遣り取りも全くなく、途中でコーヒーブレイクなんかをして物凄くのんびりムードで物語自体が盛り上がりません。Amazonでも、読書メーターでも高評価なのがどうにも納得がいきません。個人的には本シリーズを好意的に捉えているつもりですが、これだけは正直イマイチでしたね。

毎度お馴染みの魚の蘊蓄が意外に面白かったので、加点しました。これが無かったら3点でした。
それでも終盤はちょっと良かったですかね。それにしても、美樹は引き籠りのはずだが、意外にも社交性を発揮したり、物事にも人にも動じないのは不思議です。それが死神の証明だという訳でしょうか。

No.1102 7点 総理にされた男- 中山七里 2020/04/20 22:53
「しばらく総理の替え玉をやってくれ」―総理そっくりの容姿に目をつけられ、俺は官房長官に引っさらわれた。意識不明の総理の代理だというが、政治知識なんて俺はかけらも持ってない。突如総理にされた売れない役者・加納へ次々に課される、野党や官僚との対決に、海外で起こる史上最悪の事件!?怒涛の展開で政治経済外交に至る日本の論点が一挙にわかる、痛快エンタメ小説!
『BOOK』データベースより。

そもそもミステリではないので社会派に分類するのはどうかと思います。だったら何なのだと問われても答えようがない訳ですが。敢えて言えば政治エンタメ小説ですかね。
いくら総理大臣に瓜二つだからと言って、代理が務まるわけがない、早々に側近や国民に暴かれるだろう、という疑問には目を瞑るしかないでしょう。荒唐無稽ではありますが、そこを無視しなければ成立しない物語ですので。

政治素人の役者加納が、与党の官僚たちとの対面や、国会答弁、野党党首との会談などを演じていくうちに、次第に本気で日本の為にその身を捧げようとするその姿に読者は共感を覚えてくことでしょう。
そして訪れる対テロのクライマックス。ここまで小難しい政治経済や党内の各大臣の人間性や、憲法が抱える矛盾などを極力分かりやすく描かれており、それ故にここぞとばかり盛り上がります。
私のような政治経済にあまり興味のない者でも楽しめるのですから、やはり作者の技量は確かなものと思いますね。
何故この小説がNHK出版より単行本として刊行されたのか、読めば分かります。

No.1101 7点 ビートたけし殺人事件- そのまんま東 2020/04/18 22:30
流石はお笑い芸人、そのまんま東。ギャグのセンスは抜群です。現在はご存じ、政治評論家、元衆議院議員で元宮崎県知事ですが、この頃からその才能を発揮していたんですね。政治家としての資質も十分持っているようですが、文才もなかなか非凡なものがあります。
他の作品も読んでみたいです。ちょっと入手が難しそうなのが残念ではありますが。

物語は東の師であるビートたけしが失踪し、たけし軍団の初期のメンバー十人が行方を追うものの、死体として発見され連続殺人事件へと発展するというもの。
密室はやや無理筋だけど、暗号の謎は結構考えられています。ガダルカナル・タカやダンカン、松尾伴内、ラッシャー板前、つまみ枝豆らそれぞれ個性が光っています。私が子供の頃から知っているのもあって、容易に情景が浮かんできたり、各々の発言がいかにもありそうと思えてきて、笑わせてくれます。

ミステリとしても意外とよく出来ていて、最後にどんでん返しもあり、期待以上に楽しめました。ジャンルは勿論本格ミステリだと断言できます。ユーモアを交えつつ、一つの小説としてキッチリ纏められて好感が持てました。

No.1100 4点 少し変わった子あります- 森博嗣 2020/04/16 22:46
失踪した後輩が通っていたお店は、毎回訪れるたびに場所がかわり、違った女性が相伴してくれる、いっぷう変わったレストラン。都会の片隅で心地よい孤独に浸りながら、そこで出会った“少し変わった子”に私は惹かれていくのだが…。人気ミステリィ作家・森博嗣がおくる甘美な幻想。著者の新境地をひらいた一冊。
『BOOK』データベースより。

理系の作家が非ミステリを書くとこうなってしまうという典型的な悪い例。無論、理系が文学に向いていないという訳ではありません。しかし、森博嗣の場合は、以前読んだ『喜嶋先生の静かな世界』同様に、どうも情緒に欠けるし、文章に面白味がないので、自身の狙いが上手く表現出来ていない気がします。
Amazonでは相変わらず氏の作品の評価は高いのですが、納得いきませんね。みなさん、本当に面白がっているんでしょうか。

毎回場所を変えて、もてなされる二人だけの晩餐。食事の相手は毎回変わり、十代から三十代の女性で、彼女たちは自身についての何かしらを「私」に語ってくれる。ただそれだけ。中には心の中心に暖かい燈が灯ったような微かな感覚を覚えるような不思議な境地へ誘ってくれるシーンもありますが、それは一瞬だけで長くは続きません。同じ小説を京極夏彦が書いたら、少なくとも三倍程度は面白くなったと思います。

No.1099 7点 UFOはもう来ない- 山本弘 2020/04/14 22:15
地球を監視する知的生命体・スターファインダー。彼らは“最終シークエンス”を発動しようとしていたが、最高権限者ペイルブルーが京都の山中に不時着し、小学生三人組に発見されてしまう。少年たちの通報を受け、“トンデモ”番組のディレクター・大迫と美人UFO研究家・千里は現地に向かうが、異星人の存在を知った新興宗教団体の教祖は、ペイルブルーの拉致を企み…。スリルと感動のエンターテインメント小説!
『BOOK』データベースより。

堂々とした本格SF大作であり、大衆娯楽作品でもあります。タイトルから想像するような、紛い物とか色物では決してありません。適度なユーモアと適度な蘊蓄、やや専門用語が難解な面もありますが、大筋としてのストーリーは単純です。それだけに人物造形や細かなディテールがよく描きこまれており、長尺だけのことはあります。しかし冗長さは微塵も感じません。全く矛盾するところがなく、全てが腑に落ちる辺りも高評価に繋がります。

意外なことに感情移入するのは異星人であり、捕らわれた身の上を憐れに感じたり、その心細さに思いを致したりするのは私だけでしょうか。
最終章では結構なカルチャーショックを受けました。文明、先進科学の格差や異星の文化慣例の違いや溝は埋めがたいものがあるのだと実感しました。
面白いだけではなく、様々な面で感銘を受け、印象深い一冊になりました。
アクの強い新興宗教の教祖のキャラもなかなか良い味を出していたと思います。

No.1098 6点 配達されたい私たち- 一色信幸 2020/04/12 22:36
感情を喪失したうつ病の澤野は、ある日、死に場所として入った廃墟で、偶然手紙の束を見つける。それは昔郵便局員に破棄されたものだった。「この7通の手紙は、さようならへのカウント・ダウンだ。すべてを配達し終えたら肚をくくろう」彼は死とその痛みを先延ばしするため、7年前の手紙の配達を始める。そしてそこに込められた悲喜劇に遭遇し、久しぶりに心の揺らぎを感じるが…。神経症の時代に贈る、愛と希望の物語。
『BOOK』データベースより。

作者は『私をスキーに連れてって』『木村家の人々』などの脚本を手掛けた脚本家で、小説家でもあります。氏はかなり重いうつ病を患った経歴があり、この作品ではその経験を生かして、その症状やうつ病患者の内面を抉るように描いており、とてもリアリティがあります。主人公が鬱だけあって、非常に重い作品に感じます。しかし、何か分かるなあとも思いますし、そんなに酷いものなのかという気持ちにもなりますね。

それでも、どこからそんな気力が湧いてくるのか、死することへの決意の表れなのか、随分苦労して7通の手紙を配達してく姿には違和感を覚えます。それだけのことを成し遂げようとする人間が、本当に鬱に苦しみ死を切望するのかとの疑問も覚えます。
7人の手紙の受取人にはそれぞれドラマがあり、それだけでも楽しめはしますが、タッチが軽いのに内容が重いという、アンバランスさが読者を不安定な気分に誘います。エンターテインメント小説として優れていると思いますが、気持ちよく読み進めることはできないかもしれません。
結末は微妙で、救いがあるのかないのか意見が分かれるところだと思います。

余談ですが松竹さん、映画『ほんの5g』のブルーレイ、DVD化を切に希望します。

No.1097 7点 Y駅発深夜バス- 青木知己 2020/04/10 22:49
運行しているはずのない深夜バスに乗った男は、摩訶不思議な光景に遭遇した―奇妙な謎とその鮮やかな解決を描く表題作、女子中学生の淡い恋と不安の日々が意外な展開を辿る「猫矢来」、“読者への挑戦”を付したストレートな犯人当て「ミッシング・リング」、怪奇小説と謎解きを融合させた圧巻の一編「九人病」、アリバイ・トリックを用意して殺人を実行したミステリ作家の涙ぐましい奮闘劇「特急富士」。あの手この手で謎解きのおもしろさを伝える、著者再デビューを飾る“ミステリ・ショーケース”。
『BOOK』データベースより。

アリバイトリックあり、ホラーあり、倒叙物あり、青春ミステリありとまさにバラエティに富んだ短編集となっています。
個人的に一番面白かったのは『九人病』。これは良いですよ。何故か二階堂黎人編の『新本格推理05 九つの署名』に掲載されたものですが、本格推理じゃないですよね、これ。ホラーですよ。ラストにあれ?となりますが、更にその後に驚きが待っているという凝り様。又表題作はどこか幻想的な雰囲気を漂わせながら、その裏で着々とあるトリックが仕掛けられていて、捻りも効いていて最後のオチも良かったですね。

『ミッシング・リング』はなかなか良く考えられたアリバイもので、読者への挑戦状付き。確かに論理的に犯人を指摘するのが可能。まあ私の様な弱い頭では解けませんけどね、というかそれ以前に自力で推理しようとは思わない。
『特急富士』はよくある倒叙物かと思わせて実は・・・一手間掛けて意外性のある読み物に仕上げています。

全体的に期待通りの出来でした。これだけの作品が書けるのだから、もっと新作を出して欲しいものです。

No.1096 6点 浮遊封館- 門前典之 2020/04/08 23:08
全国で「死体が消える」という不可解な事件が続発していた。犠牲者の数が130人分足りない飛行機墜落事故。監視者の目前で次々人が減っていく宗教団体。また、身元不明死体ばかりが火葬されずにどこかへ運ばれているらしいとも。さまざまな謎がやがて一本に繋がるとき、底知れぬ異形の論理が浮かび上がる。ついに沈黙を破った鮎川賞作家による書き下ろし。
『BOOK』データベースより。

個人的には好みですし、派手な事件の連続は目を引くものがありますが、残念ながら色々説明不足な点があり、今一つ理解が及ばないこともありました。根底には何故ここまでの大量殺人事件が起こるのかという疑問があり、そのところもあまり深堀されていません。まあ死体が必要なわけは判りますけど、その思想が作者の中で十分に熟成されていない感じがして、いささか表層的に過ぎたのではないかという気がします。
ただ、雪密室の謎は克明に描かれており、非常に興味深く読めました。新味があるのかと問われると否と言わざるを得ませんが、実現可能のようにも思えます。

宗教を絡めれば何が起きても不思議ではないだろう、みたいな作者の魂胆が見え隠れしていて、何でもアリな感じを濃くしています。
あのメフィスト賞作品と比較されがちですが、怪しげな雰囲気はこちらの方に軍配が上がると思います。しかし、もっと教団の「真実」や信仰の有り方などを描き切っていれば、更に評価点は上がった筈です。

No.1095 7点 コンビニなしでは生きられない- 秋保水菓 2020/04/06 22:56
大学生活に馴染めず中退した19歳の白秋。彼にとって唯一の居場所はバイト先のコンビニだった。そこに研修でやってきた女子高校生の黒葉深咲。強盗、繰り返しレジに並ぶ客、売り場から消えた少女。店内でひとたび事件が起これば、深咲は目を輝かせて、どんどん首を突っ込んでいく。彼女の暴走に翻弄されながら、謎を解く教育係の白秋。二人の究明は店の誰もが口を閉ざす過去の盗難事件へ。元店員が残した一枚のプリントが導く衝撃の真実とは?第56回メフィスト賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

おそらく多くの方がこのタイトルから、ラノベに近い軽めで恋愛要素の強い作品と言う印象を受けると思います。しかし私は断言します。これは日常の謎を扱った、本格パズラーであり、青春小説であり、恋愛小説であると。近年のメフィスト賞の中では、その出来栄えは抜きん出ていると思います。
コンビニならではの事件の数々が、やがて一点に収束していく様は、使い古されたパターンでありながら、思わず深く首肯せざるを得ない吸引力を秘めています。その中でもクルーたちの人間関係や恋愛模様をも描き切り、非常に充実したエンターテインメント小説に仕上がっています。

まああまり期待せずに読み始めました訳ですが、期待以上のものを私の心に残してくれました。世界の片隅でひっそり生きている青年と、新しく仲間として共にコンビニで働くことになった女子高生のコンビ、西尾維新ならこのネタで十作は書くでしょう。是非シリーズ化して欲しいものです。が、話の流れから鑑みると難しいでしょうかねえ。でもやって欲しい。

No.1094 6点 狂人の部屋- ポール・アルテ 2020/04/04 22:57
ハットン荘のその部屋には、忌まわしい過去があった。百年ほど前、部屋に引きこもっていた文学青年が怪死したのだ。死因はまったくの不明。奇怪なことに、部屋の絨毯は水でぐっしょりと濡れていた…以来、あかずの間となっていた部屋を現在の当主ハリスが開いた途端に、怪事が屋敷に襲いかかった。ハリスが不可解な状況のもとで部屋の窓から墜落死し、その直後に部屋の中を見た彼の妻が卒倒したのだ。しかも、部屋の絨毯は百年前と同じように濡れていた。はたして部屋で何が起きたのか?さすがのツイスト博士も困惑する、奇々怪々の難事件。
『BOOK』データベースより。

皆さん一様に怪奇趣味を取り上げておられますが、私としてはやはりカーとは比べるべきものとまでは思えません。確かにプロローグのシーンには興味を惹かれますし、なるほど上手いなと感心しました。それがまさにクライマックスとなってのちに詳細が明かされるに伴い、興奮は絶頂に達します。それに加え絨毯が三度に亘って濡れていたという謎や蘇る死者など、様々なガジェットが読者を魅了します。

個人的に恋愛模様などはどうでも良くて、そういった要素は必要なかったと思いました。まあしかし、全体としては面白かったのは否定できません。前半は事件なのか事故なのかはっきりしないモヤモヤ感が何とも悩ましかったのですが、ツイスト博士が登場してから物語が引き締まりますね。作品の性質上致し方ないかも知れませんが、もう少し露出多めでお願いしたかったですね。

No.1093 5点 とくまでやる- 清涼院流水 2020/04/02 22:40
夏休み開けの2学期早々、フレアとクレア、双子の姉妹の通う名門女子高・聖光女学院の生徒が連続で自殺した。その週末、近くのビデオ屋で働く出有特馬の周囲でも、不可解な連続自殺がスタートする。
毎日、必ず1人ずつ自殺する。この異常な事件は、本当に自殺連鎖なのか、それとも連続殺人か?特馬は、相棒の山本新悟や双子姉妹と事件の真相を探るが……。
Amazon内容紹介より。

1日に起こった出来事を見開き2ページで描き切り、1日一人ずつ自殺していくという、一風変わった趣向のミステリ。果たしてそれが本当に自殺なのか、何故自殺するのかといった肝心の謎に関して、既に放棄してしまっている時点でダメ。まさに竜頭蛇尾というに相応しい作品となっています。まあそこが流水らしいってことなんでしょうが。だから本格ミステリと思って読むの間違いで、あくまでライトノベルとして楽しむべきだと思います。

ご本人はあとがきなどで自信のほどを誇示しておられますが、自身の著作の中でそこまで重要な位置にあるとは思えません。アイディアは認めて良いでしょうが、中身が薄いです。敢えて言えば、登場人物の個性が明確に描かれているのがせめてもの救いですね。仕掛けが子供騙しで、ハウが不明だしホワイもいい加減に感じました。

No.1092 5点 傾物語- 西尾維新 2020/03/31 22:35
“変わらないものなどないというのなら―運命にも変わってもらうとしよう”。迷子の小学生・八九寺真宵。阿良々木暦が彼女のために犯す、取り返しのつかない過ちとは―!?“物語”史上最強の二人組が“運命”という名の戦場に挑む。
『BOOK』データベースより。

これまでとは毛色が違う、SF志向の高い作品となっています。その分ファンタジー要素は希薄で、激しいバトルやキャラ萌えも期待できません。
私としては当然八九寺真宵を中心に据えた物語だと思っていたので、こんな筈ではなかったという裏切りにあったような気持が強いです。八九寺はほとんど出て来ず、専ら暦と忍の二人でストーリーは進みます。最初から作者はそのつもりで書いたらしいので、その意味では意図通りではあります。しかし、作風というか、視点の違いに違和感を覚える読者も少なくないと思いますね。

終盤まではやや冗長に近い感覚で、それを我慢してやっと最後の腑に落ちる真実に出会える感じです。ファンにとっては待ち遠しかった、「役者」の登場でそれまでのもやもやが吹っ飛んでしまうようなもので、詐欺に近いと言ったら言い過ぎかも知れませんが、まあそんな感じです。
何故この人が真相を言い当てるのか、かなり唐突ではありますが、確かにそれは納得の行くものであり、何とかスッキリした形で物語を終えられたのではないかと思います。

No.1091 6点 実験小説 ぬ- 浅暮三文 2020/03/29 22:26
交通標識で見慣れたあの男の秘められた、そして恐ろしい私生活とは?(「帽子の男」)。東京の荻窪にラーメンを食べに出かけた哲人プラトンを待っていた悲劇(「箴言」)。本の世界に迷い込み、生け贄となったあなたを襲う恐怖(「カヴス・カヴス」)。奇想天外、空前絶後の企みに満ちた作品の数々。読む者を目も眩む異世界へと引きずり込む、魔術的傑作27編。
『BOOK』データベースより。

第一章が実験短編集と銘打たれた10短編、第二章が異色掌編集でショートショート17編。
冒頭の『帽子の男』を読んだ時、これは素晴らしいと感じました。身体に衝撃が走ると同時に大笑いしました。各1ページごとに一つの交通標識を載せ、それを元にストーリーを組み立てていくという、奇想天外な小説に仕上がっています。これに似た構成の『線によるハムレット』も高評価。
しかし、実験小説という割りには前衛的なものは少なく、既成の作品を参考にしたものやどこが実験なの?といった至って普通の小説も含まれています。海外でも評判が良いらしい『カヴス・カヴス』はちょっと訳が分かりませんでした。

異色のショートショートは取り立てて特筆すべきものもなく、暇つぶしには丁度良い感じの作品ばかりで、すぐに忘れてしまっても大丈夫です。
全体的に読みやすかったのと、たまに現れる新鮮な企みを持った作品が幾つかあったのでこの点数にしました。人によっては凡作と感じる方も多いかもしれません。

No.1090 7点 臨床真実士(ヴェリテイエ)ユイカの論理 文渡家の一族 - 古野まほろ 2020/03/27 22:09
言葉の真偽、虚実を瞬時に判別できてしまう。それが臨床真実士と呼ばれる本多唯花の持つ障害。大学で心理学を学ぶ彼女のもとに旧家の跡取り息子、文渡英佐から依頼が持ち込まれる。「一族のなかで嘘をついているのが誰か鑑定してください」外界から隔絶された天空の村で、英佐の弟・慶佐が殺された。財閥の継承権も絡んだ複紙な一族の因縁をユイカの知と論理が解き明かす!
『BOOK』データベースより。

派手な殺人事件やトリックなどはありませんが、ユイカが自身の持つ障害を駆使して容疑者(ほぼ全員)の真偽を判別しつつ、論理展開でもって真相に迫る過程は大変読み応えがありました。ただ、私は頭が悪いので、最初の真偽に関する方程式的な解明は正直十全に理解できたとは言えません。
それでも、孤立した村で起こる骨肉の争いと、それに対するユイカという異分子の絡みが何とも言えない独特の雰囲気を醸し出していると思います。

道中であれ?と感じる違和感が幾つかあり、それらは全て伏線となって解決編に有機的に繋がっているし、プロローグからしてかの名作を彷彿とさせるような幕開けであり、まさに本格の王道を往く作品として捉えてよいと思います。読者への挑戦状もありますしね。だからと言って、ロジック一辺倒ではなく、あっと驚くような仕掛けも施されており、なかなかの力作ではないかと感じます。
Amazonではやっぱりなと思うような低評価です。しかし、私はあくまで作品を評価するべきであって、作者を評価するべきではないと思いますね。

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メルカトルさん
ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1829件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(26)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
綾辻行人(22)
京極夏彦(22)
中山七里(19)
折原一(19)
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森博嗣(17)