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臣さん
平均点: 5.90点 書評数: 655件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.555 6点 二度のお別れ- 黒川博行 2017/12/29 10:17
黒川氏のデビュー作。
サントリーミステリー大賞第1回の佳作賞を受賞しています。

黒マメの大阪弁のやりとりや、黒田(私)の上司村橋に対する心情表現は、本作の軽妙・お笑い要素の根幹をなすものです。
そんなお笑い度が注目されがちですが、本作の最大の特徴はむしろサプライズな真相とトリックです。短くもうまく作り込んでいます。
解説によれば、著者は若いころミステリーにかなりはまっていたとのことで、なるほどと納得。

それにタイトルが良い。だいたいこのシリーズは、洒落たネーミングが多いのも特徴です。
大阪弁モノ、近年映画化された「後妻業」、そして著者の風貌からは泥臭いイメージしか浮かんできませんが、本書を読めばミステリー的な繊細な印象を受けることもたしかです。
個人的には後者のほうが好みですが、前者を前面に出したほうが売れるのでしょうね。

No.554 6点 アキラとあきら- 池井戸潤 2017/12/25 10:06
タイトルからすぐに想像したのは、ジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」。
そういえば池井戸作品は、長編、短編、連作短編などスタイルも雑多で、ミステリー、クライム・ノヴェル、サスペンスなどジャンルもいろいろ。もしかしてアーチャーを目指しているのだろうか?
実際に読んでみると・・・
二人の生まれ育ちに差がありすぎること、接点が少ないことはたしかに似ている。でも対決という姿勢はほとんどない。やはり違うかな。
勝手に想像しすぎたか。それでも楽しい読書だった。

700ページの大長編ということもあってか、作者得意の連作短編技術をうまく生かし、クライマックスを数多く提供してくれている。章ごとに見せ場があるといってもよいぐらい。
中でも、新人社員研修や追加融資、遺言、M&Aには、特に夢中になれた。

ただ読み終えてみれば、二人以外の出来が悪すぎるんじゃないのと首をかしげたくなる。
追加融資の際のあきら(階堂彬)の提案なんて、銀行員でなくても気づくレベル。
M&Aで見せるアキラ(山崎瑛)の一発逆転の稟議だって、私自身はダメだったけど、想像できる読者は多くいるだろう。でもこの提案、普通はやらないだろう。

結局のところ、やはり、主人公だけを際立たせて活躍させた、スーパー・ヒーロー物ということでしょうか。
ただ楽しむだけの読書。これを求めたいときには最適の作品です。

No.553 6点 さよならドビュッシー- 中山七里 2017/11/26 19:45
今を時めく、大どんでん返し推理作家。
といっても、初めてなので、よくは知らない。

クラシックやピアノの蘊蓄が多いのは本書の大きな特徴。でもしつこく感じることはない。
それよりも気になる点がいくつかある。
(以下、ネタバレ)

途中、長科白が気になった。登場人物の主張、意見なのだが、結果的に謎解きには関係なかった。作者が登場人物の言葉を借りて何かを訴えたいだけなのか?
とにかくこういうのは好きにはなれない。

それと肝心なことが一つ。
この人物設定だと、ミステリー慣れした読者なら、真相にはピンとくるだろう。
それに一人称視点だから限界もあれば無理もある。だから岬洋介の謎解きは無理やり感がある。

と、問題ばかりを指摘したが、じつはこの種の青春ミステリーは好きな分野。雰囲気もいいし、締め方もいい。
だから、総評としては絶賛とまではいかないが、新人ながらよく頑張ったなあとも思うし、これからも読み続けたいとも思わせてくれたことには違いない。

No.552 6点 猿の惑星- ピエール・ブール 2017/11/08 09:35
映画にくらべればかなり落ちるが、発想やオチを考慮して冷静に判断すれば、まずまずの出来かと思う。
足りないのは起伏が少ないこと。この薄さだから仕方ないが、最後のサプライズだけにたよらず、テーマをもっと生かして、多くのクライマックスを作ればよかったのに。

古いほうの映画シリーズ第1作は、ラストを含めほんとうに素晴らしい。
とくにあのオチには度肝を抜かれた。
<<以下すこしネタバレ>>

ただあの映画のオチも原作があったればこそ。
ティム・バートン版のラストは原作に倣ったものだが、あれを先に観ていれば、あるいは原作を先に読んでいれば、おそらく絶賛していただろう。

No.551 2点 QJKJQ- 佐藤究 2017/10/19 12:43
直近(2016年度。ちなみに2017年度は受賞作なし)の乱歩賞作品なのに、図書館であまり待たずに借りられたので喜び勇んで読んでみたが・・・
正直、良さがわからない。たしかに文章は読みやすい。が、ただそれだけ。
文章についても、倒置や、体言止めが多すぎる点は気に入らない。

家族全員が殺人鬼という設定を明かした導入部を含む100ページぐらいまでは、これはいけると感じたが、そこまでだった。そのあとは全然ダメ。こうなると続かず、字面を追うだけの読書になってしまった。
審査員が評価するのはわからないでもないが、世間でも評価が高いのには驚く。好き嫌いは分かれるはずと思うのだがなあ。
「平成のドグラ・マグラ」と言われているらしい。もしそうなら、これも楽しめないだろうなあ。いつかは読もうと楽しみにしていたのに。
ミステリー的には、悪くはないが使い古された技じゃないのかなあ。こんなところが評価されるはずはないしなあ。

文章もミステリー性もまずまず、猟奇殺人のオンパレードも悪くはない、なのになぜこんなにひどく感じるのか?
結局、物語性がひどいってことなのだろう。文芸作品じゃないのだから、もう少し読ませるストーリーにしないとね。

以上、嗜好だけで評したが、もしかしたら読解力に問題があったのかも。何年か後に、もういちど読んでみよう。
なお、同著者の次作「Ank」のほうが面白いという噂はある。

No.550 7点 ヴァン・ショーをあなたに- 近藤史恵 2017/10/10 13:47
「ビストロ・パ・マル」シリーズ第2集。
前半は第1集と同様、ビストロでの高築の語りによる話。一方、後半3作は三船シェフのフランス修業時代の話です。どちらも推理担当は変わり者シェフの三船。

彼の推理は、ホームズが初対面でワトソンの手を見てその職業を当てるような、鋭い観察力、洞察力によるものの組み合わせ技で現実味は乏しいが、あっという間に解決するので読んでいて気持ちがいい。
しかも温かみのある内容ばかりで、読後、ほんわかとする。

過去の話を含めても三船の正体は謎だらけ。こういう設定にするのが短編連作推理物を継続させるためのテクニックなのか。
過去の話を織り込んで変化をもたせたのも、もちろん料理もグッドでした。

No.549 7点 体育館の殺人- 青崎有吾 2017/10/02 10:26
鮎川賞作品。
作者は好きなだけでなく、クイーン作品をかなり読み込んでいると思われる。若いのに、ようやるなぁ。

小道具がたくさん登場し、みなうまく使ってある。
読み終わればわかりやすいのだが、ほとんど解けなかった。
密室も結果的にはたいしたことないのに、やられてしまった。ショボすぎるわりに密室、密室と騒ぎすぎる感があったからかな。
傘は重要なキーであることはわかったが、作中でこれほど議論されるとはね。これには驚いたし、ようがんばってると感心もした。
エピローグはどんでん返しというほどではなく、ちょっとした味付けのオマケ。いま風でこれも悪くはない。
とにもかくにも総合的にみれば、デビュー作品として上出来すぎる謎解きミステリーだった。
キャラクタ的には高校生たちのユーモアのある会話がおもしろいが、物語性については楽しめる要素はほとんどない。まあ本格重視だからこんなものだろうか。

こういうのが今の時代、喜ばれるかどうかは甚だ疑問ではあるが、今後ぜひともがんばってほしい。

No.548 6点 東京ダモイ- 鏑木蓮 2017/09/16 17:03
謎解き対象とされる事件は、シベリア抑留中での殺人と、その60年後に国内で起こるロシア人女性殺人の2つ。
先の戦争が背景にあり、話の大部分に、ある関係者の句集(俳句に随筆、手記を組み入れたようたもの)が開示されるから、ミステリーとしては重くて地味なものとなっている。
いわゆる社会派推理小説だから、地味なテーマに合うようサプライズもなく、トリックも期待するほどではないだろうと想像する反面、この著者の他作品「時限」からすれば、かならず何かあるだろうという期待を抱きながらの読書だった。
結果的には、中途は十分にわくわくしながら読めたが、ラストはそれほどでもなかった。
でもまちがいなく力作です。

鮎川哲也賞でもなく、『このミステリーがすごい!』大賞でもなく、メフィスト賞でもなく、なんといっても天下の江戸川乱歩賞だから、こんな優等生的力作なのも当然といえば当然。
すごいと思うのは多視点描写。公募の新人ミステリー賞でこんなにむつかしく書いて、よく賞が取れたなぁと。さすが乱歩賞。でも選考委員はいやがるだろうなw

(このサイトではあまり読まれていないので、応援するつもりで一言)ネタバレか??
俳句が鍵になっているが、面倒くさがらず、ゆっくりとじっくりと句を解釈しながら読めば(自分はやっていないが)、かならず楽しめるはず。

No.547 6点 寅申の刻- ロバート・ファン・ヒューリック 2017/08/31 10:10
「通臂猿の朝」
猿が残していった指輪に血が付いていた。その後、指を切り落とされた死体が見つかる。
と、事件の発端はなかなか魅力的です。
ディー判事の部下、陶侃が推理に参加して厚みのあるストーリーにしているところが好印象の作品でした。

「飛虎の夜」
緊迫感の演出が抜群の作。
ディー判事は現場にいながら、一人で屋敷を賊から守り、そして謎解きもする、部下を使わずいつも以上に自ら動き回る、サスペンスフルな館モノでした。
ただ真相は予想の範囲内。登場人物の少ない中編なので仕方ないか。

2編とも、いつもどおり伏線がさりげなく、うまい。
短編集「五色の雲」が印象的だったので、他を探してみたところ、中短編集は本書しかなかった。もうないのか、と残念な思いはあるが、今後は長編で我慢しよう。

No.546 5点 六つの希望- 五十嵐貴久 2017/08/21 16:01
シリーズ第3作は、社会派タイムリミット・サスペンス。

主人公・川庄がアルバイトとして働いているコンビニで、立てこもり事件が発生する。
人質は客と川庄たち店員とで30名ほど。
川庄が事件の解決にどう関与するのだろうか。

物騒な小道具は登場するし、時限もあるしで、緊迫感はあるはずだが、本作はかなり変わっていてそうとはなっていない。
まず犯人たちがとんでもない人物たちであること。
その犯人たちの要望の意味がまったく読めないこと。
とにかくのんびりしていること。
結局、彼らの要望の意味を解く謎解きミステリーであるとはいえるのだが、解けてみればどうということはない。バカバカしいともいえる。
長く引っ張りすぎで、途中をぶっ飛ばして最後の20ページほどを読んでしまおうかと思ったが、ほんとうにそうすればよかったかな。

アイデアとしては面白いが、これは長編ではなく、連作短編にすればもっとよくなるはず。
途中には、長らく疎遠だった親子の喧嘩話や、50年ぶりの恋の告白話など、疲れるような部分があるが(謎解きに無関係とはいえないが)、連作短編の途中の一話ならまだしも、長編の中途に差し入れるエピソードとしてはちょっとね・・・。

つまらないはずだが、ちょっとだけ共感できたので、4点以下はつけなかった。

No.545 6点 双蛇密室- 早坂吝 2017/08/11 08:16
過去に起きた蛇にまつわる2つの殺人事件の謎解きに、援交探偵・上木らいちと、その客であり事件関係者でもある藍川刑事が挑む。
トリックも、伏線もばっちり。物語性もよし。とにかく隙はない。
よくぞここまでやったもの。立派としか言いようがない。
さすがは京大推理研出身者。

で、読み終えて、気持ちよくスカッとしたかというと、全くそれはなし。
どうみてもやりすぎ。スッキリしたのは、自己満足の作者だけ。

ということで評価結果は、可もなく不可もなし。
おそらく相当頑張って書いただろう作品なのに、「可もなく不可もなし」だけの評価は失礼か?
デビュー作の「〇〇〇・・・」のほうが、小気味よかった。

No.544 7点 疫病神- 黒川博行 2017/07/29 11:14
社会派ハードボイルド・大阪弁版・オモロイ系。

産業廃棄物処理場の建設計画をめぐり、やくざと、企業と、主人公の二宮、桑原の2人組とが絡み合う複雑な展開だが、そんなことは適当に流し読んで、テンポよい会話を楽しむほうがよい。
ストーリーは複雑とはいうものの、中盤ぐらいから自然に頭の中に入ってくる。
とにかくキャラが第一。二宮もすごい奴だが、桑原は輪をかけて強烈。
彼らのやりとりだけでエンタメとして成り立つ。
オモロサと、小気味よさと、パワフル感と、スピード感。
そんなところが魅力です。

ミステリーとしては、地図でもつければ、読者参加型の謎解き物になったかも。
まあそれはどっちでもいいか。

No.543 6点 ミステリを書く!- 事典・ガイド 2017/07/15 12:07
綾辻行人、法月綸太郎、山口雅也、大沢在昌、笠井潔、柴田よしき、馳星周、井上夢人、恩田陸、京極夏彦の10人の作家のインタビューをまとめたもの。聞き手は千街晶之。
インタビューといっても質問は2,3行で、あとは一人語り。ほとんどエッセイといってもいい。
ミステリ作家になるまでの読書経験と、作家になってからのミステリに対する考え方などの10ほどのテーマがある。作家ごとの最後に、わずかながら、これからミステリを書く人へ、という項目はあるが、ミステリの書き方指南書ではない。
10人いるが、ほとんどが子供のころから狂信的な読み手だったのに驚く。しかもクイーンマニアが多い。やはりミステリ作家(とくに本格系)になるような人は幼少時代からマニアックだったということか。
もともと読書好きでもないのに小峰元の「アルキメデスは手を汚さない」で目覚めた、という東野圭吾とは大違い。でも東野作品はストーリー性が抜群。上記10人が束になってかかっても、売り上げではかなわないだろう。まあ多作ということもあるが。
ただ、京極が、小説にストーリーは関係ないと言っている。やはり作家それぞれの考え方はある。でも小説で物語性がよくなければ途中で投げ出すのが通例だろう。
そういう京極の作品群も、レンガ本にもかかわらずバカ売れした。奨められ2,3冊買ったがあまりの厚さに敬遠し続け、長期間、積読状態となってしまった。かれこれ20年は経つだろうか。個人的には、物語性よりも厚さ(薄さ)ということか(笑)。

既読作家が少なく、借りるのをためらったが、読んでみると、この人たち(とくに京極、馳、山口)の作品をぜひ読んでみようという気になってくる。それほど夢中になれた。

No.542 7点 ペトロフ事件- 鮎川哲也 2017/07/11 11:26
鮎川の処女長編です。

時刻表の小さい数字を追いながらの読書はスローテンポになります。
いまなら、時刻表アリバイトリックなんて古めかしすぎるし、面倒くさいしで、嫌がられそうですが、この精緻さは芸術品クラスです。
現代の隙がなく完璧な?推理作家でも、鮎川を読めば脱帽するはずです。

本格ミステリーとしては、少人数の容疑者たちを挙げ、そこから犯人を導き出す方式で、どちらかといえば短編ミステリーの設定です。でも、そんなシンプルさがかえってアリバイ崩しの楽しさを際立たせているようにも思います。
事件も、トリックも、容疑者もすべて小ぶりですが、測量ボーイさんが書かれているように、本書は推理過程を楽しむためのミステリーなのですね。
そして、極めつけはどんでん返しです。
時刻表を使った精緻なトリックはたしかにすばらしいが、作者の自己満足ともとられかねません。でも、それだけじゃあないぞ、と最後にビシっと決めてくれる。これぞ上級ミステリーです。

No.541 5点 らせん階段- エセル・リナ・ホワイト 2017/07/03 09:40
ヘレンが屋敷でひとり怯える心理サスペンスを想像していたが、読んでみるとまったくそんなことはなかった。弱々しく震えながら館で生活する、映画「レベッカ」(ダフネ・デュ・モーリア作)のヒロインとは、まるでちがっていた。
それに、ヘレンと他の登場人物との会話が意外にはずんでいて、なんだか楽しそうな感じもする。本著者の別作品、「バルカン超特急」からすれば、そんな作風も想像がつかぬわけではない。
ゴシック・サスペンスとはいうものの明るめの雰囲気や、ちょっと怖がりで、ちょっと愛らしく、ちょっと抜けているヘレンのキャラクタにも、拍子抜けした。
でも決して苦手なスタイルではない。

ただ、中だるみというか、ほとんどたるみっぱなしのストーリーはいただけない。殺人発覚後、屋敷から出ていけないし、入れないというルールを作って楽しめる要素を提供してくれるが、ドキドキ感は足らない。終盤に突然の恐怖感とクライマックス、そして真相の判明。なるほどそういうことか。ありがちかな。

「バルカン」がたいしたミステリーでもないのに、なぜかしら楽しめ、気に入っていたので、本書にも少し期待した。結果はまずまずだった。映画のほうがおもしろいだろうなぁ。

No.540 6点 教場- 長岡弘樹 2017/06/16 09:39
謎解き担当は、何でもお見通しの警察学校教官・風間。
凄い観察眼と洞察力です。だからそれに合うよう、伏線とその回収もお見事です。
「全てが伏線」という煽りも大げさではありません。
でも、こんな人間がそばにいたら緊張で喉がカラカラになるでしょう。小説の中だから笑っていられますが(笑えるような小説ではないが)、現実社会にはとても馴染まない存在です。

一応解決を見るも消化不良気味、と第1話読了時にそう思いながら次の話に進むと途中で前の話の謎解き解説がある。全話そんな調子です。そういった、ちょっと変わった連作短編集です。こんな構成なので、なかなか1話ごとに休憩はできません。
短編ごとに視点人物が入れ替わっていくから池井戸短編にも似た感があり、既読の「傍聞き」などの著者短編とは少し趣が違うようです。いずれにせよ、とても魅力的ではあります。

実際にはさわやかな描写もあるのに、陰湿感や暗鬱感、虚無感が目立ちすぎる点はマイナス要素です。

No.539 7点 大絵画展- 望月諒子 2017/06/09 10:15
ゴッホの絵画をめぐる、和製コンゲーム物。

登場人物の多さによる読みにくさはある。主人公らしき人物が見つからない、いわゆる群像劇のスタイルなためか、登場人物への感情移入もない。
なのに、なぜかほどほどに魅力的なのだ。それに序盤から終盤まで、なかだるみもない。
とにかくよくまとめてある。いやまとまりがないというべきか。まとまりなく場面がよく変わるわりに、その場面ごとに引き込まれてしまった。
どんでん返しも〇だった。

難を言えば、ユーモアがほとんどないことか。とはいえ、ラストをほのぼのと締めているので、それはそれでOKかも。
それよりも、タイトルがまずい。もうちょっとマシなのにできなかったのか。

「ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードに捧ぐ」
コンゲーム物と承知しながら、しかも洋画好きなのに、巻頭のこの献辞の意味にまったく気づかなかった。
自分の鈍さに、プラス1点。

No.538 6点 朱夏- 今野敏 2017/05/31 13:51
樋口警部補シリーズ第2作。
今作の主たる事件は警視庁強行班のものではない。樋口の奥さんの誘拐事件を樋口自身が秘かに捜査するという内容。他の正規な事件と絡めてタイムリミット的にストーリーを進行させる作者の手腕はさすがというほかはない。
ナイーブとも言える樋口には合っているような、合っていないようなテーマではあった。でも、樋口らしさの描写は随所にあった。

本格要素が希薄なところはガマンしよう。この著者には望めない。
安心してスラスラスラ~と読めれば、それだけでいい。

タイトルの語句と意味は最後の最後に出てくる。いちおうテーマらしきものに合っている。こじつけ、後付けかもしれないが、これもうまい。

No.537 7点 北京悠々館- 陳舜臣 2017/05/25 17:10
清国とロシアとの秘密協定に絡むスパイ・ミステリー。スパイ役は日本の書画骨董商・土井策太郎。
息もつかせぬサスペンス、ハラハラ、ドキドキの連続、というほどではありませんが。

この作者のミステリーは、国際色豊かで、いかにも壮大そうなものもあり、おそらく解説を読んだだけでは敬遠する人も多いのではという気がします。でもどんなタイプのミステリーであれ、たいてい本格要素が盛り込んであり本格ファンには喜ばれると思います。

本書も、いちおうは本格です。
悠々館での密室殺人、25万円の消失が主たる謎。300ページのボリュームで提起される謎としてはやや小ぶりですが、それを著者の得意分野による物語性で十分にカバーしています。
国際政治絡みの雇われスパイに浮世離れした骨董商の見習い青年を使ったり、後半には小気味のいい謎解きをするもう一人の主人公・張紹光を登場させたりと、人物設定にこの作者のうまさを感じます。
殺人トリックは可もなく不可もなし(というよりもこんなの飽きちゃったという感じかな)ですが、ミステリーとしての締めくくり方がちょっと変わっていて(いちおうどんでん返しあり)、けっこうお気に入りです。

No.536 7点 罪の声- 塩田武士 2017/05/16 10:40
昭和最大級の未解決事件、グリコ・森永事件がモデル。本作では「ギンガ・萬堂事件」。
高村薫氏の「レディー・ジョーカー」も同事件のモデル小説だが、本作のほうが実名を使ってある分、本物感がある。

記者の阿久津と、テーラーの主人である曽根とによるカットバックスタイルにより、物語は進行する。
真相がおおむねわかるまでの事件捜査&ノンフィクション風・パートは、登場人物が多いこともあって、やや読みにくく混乱ぎみだったが、事件の核心にたどり着いてからの捜索&社会派ドラマ・パートは、一気読みモードだった。後半の読み応えはすごかった。
中盤まであの表紙の意味を理解できなかったが、読み終われば納得だった。
こんな悲劇が起こっていたとはね。
もしかしたら現実のグリ森事件も同様か、もっとひどいのかもしれない。

阿久津も曽根も、最初はたよりなさそうに見えたが、真相に近づくにつれ強くなっていくようで、社会派らしい地味なキャラクタにもかかわらず気持ちよく感情移入でき、その点にも満足した。特に阿久津の成長には目を見張るものがある。

後半の読書中、久しぶりに感情が昂り、読後の興奮度合は凄まじく、我ながら驚いた。
昨日の読了時には評点9点、でも翌日の今日は、ミステリー性と、興奮が覚めた分とを考慮して、7点かな。
人間ドラマファンや、社会派ミステリーファンなら薦めなくても読むだろうが、本格一辺倒の人たちにも、ぜひ読んでもらいたい。でも、おそらく読まないだろうw

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臣さん
ひとこと
あいかわらず読書のペースが遅い。かといってじっくり読んでいるわけではない。
好きな作家
採点傾向
平均点: 5.90点   採点数: 655件
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