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[ 法廷・リーガル ]
ベラミ裁判
フランセス・N・ハート 出版月: 1953年01月 平均: 6.33点 書評数: 3件

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No.3 7点 弾十六 2021/12/12 16:15
1927年出版。初出The Saturday Evening Post 1927-9-10〜10-28(8回連載) 挿絵Henry Raleigh。延原謙先生の翻訳は見事。訳者あとがきで「裁判制度の啓蒙普及のために」本書の翻訳を乱歩とともにGHQに直訴したとありました。ああ、そういう時代をくぐり抜けてきた方々には「通俗的な」探偵小説の翻訳にも別の感慨があったろうなあ、と思います。法律関係のアドヴァイザーとして最高検の平出さんも参加されているようです。もちろん古めかしい用語がゴロゴロ出てきますが、歴史的な翻訳としてこのまま再販して欲しいなあ。
さて、私が参照した原文はPenzler Publishers(2019)で、序文に本書とHall-Mills事件との大きな関係性が取り上げられています。当時の米国は新聞ダネになった怪事件がたくさんあって、Elwell(1920迷宮入り)、Dot King(1923迷宮入り)、Leopold & Loeb(1924有罪となったが死刑に至らず)、Hall-Mills(1922, 判決1926迷宮入り)ここら辺が皆さんお馴染みのところではないかと思います。こーゆー事件が立て続けに起こっていたので世間の苛立ち、モヤモヤ感がかなり溜まっていたのではないでしょうか? 本書で作者はHall-Mills裁判に対する不消化な感じを、何とか納得するものしたい、という意思を感じます(なので事件についてあらかじめ知識を入れておいた方がより興味深いかも)。本作は事件の改変が上手く処理されていて世情にもフィットしたので、ベストセラーになり、映画化(1929)もされたということなのでしょう。映画を是非みたいのですが、残念ながら手段はないようです。代わりにHall-Mills裁判での、もう一人の主役Pig Ladyを取り上げたサイレント映画The Goose Woman(1925)を観ました。こちらも割り切れなさを上手に合理化している作品でした…
さて、この作品についてですが、構成が巧みでぐいぐい読ませます。証言の出し方も上手。自分の分身を狂言回しに使うのも嫌味がなくて良い。ところで、この翻訳では何故か初出の人名に必ず原綴が記されています。なんの工夫だったんでしょうか?
トリビアは後で気が向いたら…
翻訳では欠けていますが、献辞があります。
TO / MY FAVORITE LAWYER / EDWARD HENRY HART
相手は1921年に結婚した夫です。
どうしても気になったのでトリビアを一点だけ
p198 ズべ公♣️原語flirt、この訳語はどうかなあ… flirtはそんなに強い語ではないと思います。Carolyn Wells “The Clue”(1909)の上品な文章にも出てきてました。
(追記: あとがきで”Hide in the Dark”(1929)がmurder gameの流行の素と書かれていて、私はダグラスグリーンのJDC伝で読んだのが初めてだったが、喜び勇んで当該書を読んでみたら違った… 出てくるのは暗闇での鬼ごっこ(米国ではHide in the Dark、英国ではSardineと呼ばれるゲーム)。この誤情報、ヘイクラフトの本に書いてあるようだ。)

No.2 7点 人並由真 2020/03/18 21:14
(ネタバレなし)
 1926年6月19日の夜。ニューヨークに近いローズモントの町で、碧眼金髪の超美人の若妻マドリン(ミミ)・ベラミが心臓を短剣で刺されて殺害された。 ミミは元彼氏で32歳の銀行の重役パトリック(パット)・アイヴズと密通が噂されていた。捜査が進むうちに、事件当夜にパットの妻スウザン(スウ)が、ミミの夫スティヴンと会っていたという目撃情報が寄せられる。そこから、夫のパットに捨てられるのではとおそれを抱いたスウ、あるいは浮気する妻ミミへの嫉妬が憎悪に変わった夫スティヴン、そのどちらかがミミを殺し、さらに一方が他方の犯行を支援したのでは? との疑惑がもたれる。スウとスティヴンの双方は、ミミ殺害の嫌疑で法廷に立つが……。

 女流作家フランセス・N・ハートによって書かれた、1927年のアメリカ作品。物語はのべ8日間の二人の被告の殺人容疑を問う法廷、そのワンステージにほぼ固定されて進行。
 ちなみにお話の狂言回しとなるのは、最後まで名前が出ないフィラデルフィアの「プラネット新聞」の特派員となる赤毛の女流作家で、おそらく作者の分身的なキャラクターであろう。この女流作家の記者が法廷で初めて出会った他紙の青年記者と審議が進むにつれて親しくなっていくという、ラブコメっぽい糠味噌サービスも用意されている。

 とはいえ本筋となる、二人の被告を巡っての検察側と弁護側の論戦の積み重ねは確かに圧巻。
 実は弁護側の主力となるベテラン弁護士ダドリ・ランパートは、スウの亡き父カーティス・ソーンの旧友で、ランバートはスウのもうひとりの父親というくらいの親しい存在なのだが、これを受けて立つ辣腕の検事ダニエル・ファアからの陪審員への物言い(「わたしはひとりの人間として、自分の娘のようなアイヴズ夫人の無実を信じ、その潔白を晴らそうとするランバート氏の思いに最大級の敬意と共感を感じる。だがしかし陪審員のみなさん、そんな情の前に、法律に照らした真実の目が曇ることがあっては許されないのです!(大意)」)も、この手の法廷作品の王道ながら、ゾクゾクさせられる。
 くわえて、少しずつ明らかにされていく証拠と証言、さらにそれらそれぞれの解釈によってゆりうごくシーソーゲームの緊張感も十分に堪能。

 なお本作の読後、井上良夫の名著『探偵小説のプロフィル』内の関連記事(同書内では「ベラミ事件」と仮表記)を読むと、同氏はこの裁判部分がいささか冗長だった旨を述懐しているんだけど、個人的にはそんなこともなかった。
 まあ邦訳は編集がかなり丁寧で、わかりやすい目次を一瞥しただけでも読み進むペース配分に有益。そういう面で、助かったこともあるだろうけれど。

 ラストの意外性についてはもちろんここでは書けないが、裁判ミステリからパズラーへの転調はなかなか効果的にいった印象はある。ただし(中略)という流れなので、かなり抜本的な部分で不満を覚える人もいるかもしれないが。
(トリックとかギミックとかではなく、ミステリ小説としての全体の構造において、クリスティーの某作品に影響を与えた可能性をここでは簡単に指摘しておきたい。ネタバレになってないはずだけど。)

 いずれにしろ、期待以上におもしろかった。原書の辻褄があわないところを気にしながらも、あえてそのまま翻訳し、巻末の訳者あとがきでそれらについて言及する延原謙の仕事も(それが当たり前のこととはいえ)誠実で丁寧。

 前述の『探偵小説のプロフィル』によると、作者ハートの未訳作のなかには本作品に匹敵するくらい母国で評判の良かったものもあるらしい。ぜひとも発掘翻訳してほしいものですな。

No.1 5点 nukkam 2014/08/15 13:41
(ネタバレなしです) 米国の女性作家フランセス・N・ハート(1890-1943)はは全部で4冊ほどのミステリーを書いたそうですが1927年発表のデビュー作の本書が最も名高いです。世界最初の法廷ミステリーとも言われ、エラリー・クイーンやレックス・スタウトが激賞しています。ほとんど全編に渡って法廷場面が描かれていることから日本でも早くから注目され、戦後間もなくの時期に裁判関係者への参考書として翻訳許可を申請して「小説だから」という理由で却下されたという面白いエピソードが残っています。夫が弁護士ということも手伝ってか法廷描写は結構リアルですが物語の流れをスムーズにするよう手続き的な流れなどは適宜省略されており、「裁判記録」ではなくちゃんと「小説」になっています。本格派推理小説に分類できますが被告人が有罪か無罪かを謎の中心にすえているところは異色です。法廷ミステリーの先駆的作品という歴史的価値だけでなく、プロットは緻密で証拠に基づく謎解きもしっかりしていて当時としては高水準のミステリーだと思います。ただ私の読んだ異色探偵小説選集版は旧仮名づかいだらけの古い翻訳であまりにも読みにくく、これからの読者向けには新訳版を出して欲しいです(本当は6点評価にしたいのですが翻訳で1点減点しました)。


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フランセス・N・ハート
1953年01月
ベラミ裁判
平均:6.33 / 書評数:3