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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ]
化粧槍とんぼ切り
森雅裕 出版月: 2000年03月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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集英社
2000年03月

No.1 7点 2021/02/13 07:48
 発行部数が200部にも満たない私家版として発表された第十九作『さらば6弦の天使』に続く、森雅裕最後の商業出版長編(厳密にはこの後にもエッセイ集『鐵のある風景』と『高砂コンビニ奮闘記』があるが)。ラストに相応しく、読んでいて心に爽やかな風の吹く小説である。その高評価から、もっと以前の発表かと勝手に思い込んでいた。一旦仕切り直した後でのこの内容は素晴らしい。隆慶一郎『一夢庵風流記』にも通ずる味がある。『一夢庵~』で思い出したが、第一話「立葵の娘」では、〈あの人〉が性懲りも無く似たようなワガママをやっている。ある意味この年代のお約束かな。
 時代設定は天正十七(1589)年から寛永初年(1624年以降)まで。豊臣秀吉の北条討伐より関ヶ原と大坂冬夏の陣を経て、元和偃武から寛永初期、徳川家光の世に至る乱世の終了から治世の土台固めまでの時代を、運命的な婚姻で結ばれた本多忠勝の娘・稲と真田昌幸の長男・信之を中心に綴っている。武人の時代から吏僚の時代へと移り変わる中、新たないくさに臨む本多家と真田家、両一族の物語である。
 オリジナルな切り口は、〈徳川四天王忠勝の看板道具・名槍蜻蛉切りは、果たして徳川に祟る刀工村正か否か?〉を巡る第一話以外特に無いが、人物描写の膨らみは大きく、主人公となる稲こと小松の清々しい振舞いと、彼女の器に惚れ込んで謀略ついでに本多家に居着いてしまう元真田の忍者・望斎のとぼけた切れ味、三話から四話で父譲りの十文字槍をきらめかせる忠勝の次男・忠朝の姿は印象に残り、作品全体を豊かなものにしている。
 また料理道楽の望斎が事ある毎にお出ししてくる、凝った献立も良いアクセント。こういった遊びはこれまでの著者には無かったもので、とても良い。信之夫妻と対の存在になる本多正信の娘・一重と正寛こと四代村正の夫婦も、全五話を通じてしっかりストーリーを支えている。最初は8点にしようかと思ったが、ややオリジナリティを欠くので7.5点。
 なおwikipediaによれば、三河文殊派の刀工・正真(まさざね)と村正一門との関係には諸説あるが、地域・作風・年代から少なくとも技術交流があったのは確からしい(同じく三名槍・日本号の作者である金房正真も含めて、三者は同一人物という説もある)。作中、本多忠勝が正真の方の槍を砕き折っているが、実際本多家には同じ模様が彫られ、作者も同じ〈もう一つの蜻蛉切〉が伝わっていたという。ただしこちらの消息は不明。ミステリの題材としてもかなり面白そうである。


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森雅裕
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