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[ 本格/新本格 ]
サーキット・メモリー
森雅裕 出版月: 1986年06月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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角川書店
1986年06月

No.1 6点 2020/10/22 07:20
 時は一九八四年。十二年前、四サイクルマシンで世界選手権全クラス制覇を成し遂げ日本車の黄金時代を築いたのを最後に、レースから完全撤退した二輪のトップ・メーカー梨羽技研。五年前の一九七九年、カムバックを発表し再び四サイクルのNR五〇〇をデビューさせたものの、既に時代の趨勢は二サイクルエンジンに移り、ナシバチームは苦戦を余儀なくされていた。
 そのNRを駆るのは、黄金期の総監督たる技研社長・梨羽善三の妾腹の息子・保柳弓彦。彼は二サイクル三気筒のNS五〇〇を与えられたチームメイトの板妻圭介とコンビを組み、堅実なランディングによってランキング・トップに立っていた。圭介とは年間チャンピオンを争うライバル同士でもある。
 そして迎えた全日本選手権第十二戦。投入された新NRは無理なエンジンアップの為にリタイヤ。弓彦は一点差で圭介に抜かれ、チャンピオン争いは鈴鹿の最終戦に持ち越されることになった。圭介はナシバ傘下でレースを仕切るNRC社長・板妻周平の息子。何らかの思惑があったのかも知れないが、転倒の原因が何であれ、どこにもその怒りをぶつけることは許されないのが、この社会のルールだ。
 悪態をつく弓彦に、メカニックの西寺慎吾が「二十年前の秘密に関するフィルムを見せたい」と耳打ちしてくる。明日マンションで会うと約束する弓彦。だが翌日レポーターたちを振り切り自室に飛び込んだ彼が見たものは、チャンピオンカップで撲殺された西寺の死体だった。
 死んだメカニックが見せようとしていた十六ミリフィルム―― そこには一九六五年、ナシバの三五〇ccレーサー板妻純司が日本グランプリで事故死した際の映像が写っていた。そして殺人と前後して、弓彦と芸能界に入った異母兄妹の五月香、このどちらかが純司の実の子だという噂が流れ始める。圭介の伯父である純司は、同時にマスコミを牛耳る板妻グループの嫡子でもあったのだ。
 にわかに騒然となる二人の周辺。そしてレコード大賞候補となったアイドル歌手・五月香に、グループの総帥・板妻徳太郎が直接接触してきた・・・
 鮎村尋深シリーズ一作目の『椿姫を見ませんか』に続いて同年六月、カドカワノベルズから刊行された、著者の第四長編。カバー裏〈作者のことば〉には「この作品は、ずっと以前に世に出るはずだったが、諸般の事情で遅れたもの」とあるので、ひょっとしたら事実上の処女作にあたるのかもしれない。ロードレースという日進月歩の世界を舞台としたため、色々と辻褄合わせに苦労したようだ。舞台設定は異なるが『椿姫~』とは共通する要素を持った、ある種プロトタイプ的な作品である。
 犯人は割れ易いが、ミステリ的にはその上手を行く存在が仕組んだ企みが焦点となる。ハイソなキャラクターばかりだが、そんなものを全部吹っ飛ばすような最終レースの行方が物語のキモ。親指を除く左足指の骨折と肋骨二本、満身創痍ながらレースに拘る、弓彦たちの決意が気持ち良い。ライバル圭介も御曹司ながら、フェアな態度で彼と競り合うことに。殺人絡みは正直5点クラスだが、最後のデッド・ヒートでプラス1点。


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