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[ クライム/倒叙 ] 第三の皮膚 |
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ジョン・ビンガム | 出版月: 1966年01月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 2件 |
東京創元新社 1966年01月 |
No.2 | 8点 | クリスティ再読 | 2020/03/12 23:16 |
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ある意味大変「有名な」作品。けど何か皆さん誤解しているようにも思う。評者が思うに本作は、1980年代までずっと現役として創元のカタログに載り続けていながらも、新本でも古本でも全然お目にかからない「創元の珍獣」みたいな本で有名だったんだ。まあだから誰も読んでない、のはそうなんだが、それは本が手に入らないからなんだよ。とはいえね、評者中学生の頃に、市の図書館で借りて読んだことがあるんだ。ただしその図書館でお目にかかったのも借りたその一度きり。評者にも何か幻のミステリなのである。
でもね、今回わざわざ注文で古本を入手して読んだんだが、本当に筋立てとか描写とか思い出すんだよ。それほどにインパクトが強かったな。この作者の「ダブル・スパイ」も評者はかなりツボな作品だったこともあって、実際お気に入りの作品になることは、分かってたんだけどね。やはり「ジョージ・スマイリーのモデル」のビンガムだけあって、リアルで洞察に富んだ人物造形はさすがなもので、気弱なダメ息子を抱えて奮闘する、冷徹なほどのしっかり者で聡明な母親アイリーンの造形が実に秀逸。きわめて理知的で苦々しく自己省察をするような女性で、タイトルの「第三の皮膚」もこのアイリーンの人間観に由来している。 人間には「第一の皮膚」というのがある。それは人々が、表面は世間に対して示しており、それで世間をあざむいたと思っている、性格の特性によって成り立っている。 つぎに「第二の皮膚」がある。それは「第一の皮膚」によって隠されている欠点とか弱点とかで構成されている。自信なさそうにしていながら、その裏にかくした己惚れ、積極性をみせかけながら、その裏にかくした臆病さ。温厚さをよそおいながら、その裏にかくした狡猾さや打算性などのことである。 多くの人は「第二の皮膚」を認めて、得意になっている。そして「第三の皮膚」の存在を知っているものはほとんどいない。(略)「第三の皮膚」とは、善人悪人にかかわらず、すべての男女が持っている基本的な子供らしさである。(略)歳月によって生じたかさぶたのようなもの、犬儒主義、利己主義、挫折した希望に起因する冷淡さなどがひっぱがれると、彼らは、自分たちが真に希求しているものは、幸福になるための基本的なもの、愛情を与え受け入れるための、絶対に必要なもの、お互いの親近感であることを悟る。 とやや長い引用になってしまったが、こういう省察が実にスパイマスターのビンガムらしい。修羅場に直面した人間が、どういう風にその本質をあらわにするか...というのが、本書のテーマなんだよね。こんな省察をする女性が、本作の実質上の主人公なのである。それに引き換え、事件を起こす息子のレスといえば、アイリーンからみれば「年齢以上にこども」な「弱い」人間としか見えなくて、「育て方を誤った」とも思う。レスは愚かなゆえに悪い仲間に誘い込まれて犯罪の片棒をかつがされることになるが、この過程を通じて、自我が脆弱なレスは「第三の皮膚」をさらけ出しているようにアイリーンには見えてしまう。それでも家族を守るために、アイリーンはレスの尻を叩いて、あくまでもシラを切らせ続ける。この母親のキャラのユニークさがすべて。アイリーンの「第三の皮膚」はお世辞にも.... とはいえ、結末はわりとあっけない。アイリーンからすれば苦々しいハッピーエンド?なのも、ビンガムらしいといえば、らしいのだが、もう少しこだわってさらにアイロニカルな結末があったら、とは思う。結末が凄かったら、ホント評者は「愛の10点」なんだろうけどね。 実家に1987年の創元のカタログを見つけたので確認したら、まだ載っていた。重版が1971年だから、15年以上売れ残っていたんだろう...1987年でも定価は200円で格安。 |
No.1 | 6点 | kanamori | 2013/02/02 11:04 |
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世間知らずで気弱な19歳の青年レスリー・マーシャルが、ダンス・ホールで知り合った女性にそそのかされて、前科もちの男と二人で押入り強盗を働くが・・・・、といったクライム・ストーリーです。
レスリーが守衛殺しの共犯とみなされたことで、てっきり物語はノワールの方向に向かうものと思っていたのですが、途中から母親アイリーンの視点が多くなり、一種の家族小説の様相になっていくのがユニークです。この母親の心理的葛藤・妄執の推移の描写がおもしろく読みどころだと思います。ただ、この結末はどーなんでしょうか、少しモヤモヤ感が残りました。 なお、タイトルの「皮膚」の意味は、”一皮むけた”とか”化けの皮がはがれる”などと使われる「皮」とたぶん同義で、(アイリーンが思索するところの)三つ目の皮とは、人間本来のこどものような純真な資質をあらわすようです。 |