皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 法廷・リーガル ] 十二人の評決 |
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レイモンド・ポストゲート | 出版月: 1954年11月 | 平均: 6.33点 | 書評数: 3件 |
早川書房 1954年11月 |
早川書房 1954年11月 |
早川書房 1999年11月 |
No.3 | 7点 | クリスティ再読 | 2023/08/20 00:38 |
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このポケミス、本当に例外的な本だったりする。
同じ作品なのに、二重に番号が振られたんだよね。たしかにハヤカワ、改訳はするんだけど、ポケミス→文庫で改訳されることが多いから、ポケミスに二重に番号が振られることはない。昔ポケミスの上で改訳したケースが「幻の女」「ユダの窓」「時の娘」「災厄の町」などあるけど、番号同じで改訳されている。本作はNo.179(黒沼健訳 1954)→No.1684(宇野輝雄訳 1999)と番号を変えて改訳された珍しい例になる。 そんなこともあって、旧訳の江戸川乱歩の解説も同時収録。実はこの乱歩の解説を読むと??となる部分もあるのだ。いや、本作、いかにも乱歩が好きそうな作品でもある。第二部「事件」の、少年と伯母の確執を「奇妙な味」と捉えているのもそうだし、第一部「陪審」では、かつて完全犯罪を達成した女性がこの裁判の陪審に選ばれる趣向がトップで語られて、こんな皮肉な話も乱歩は好きそうだ。 しかし乱歩は本作を「英新本格派」と捉えている。実際には合理的な推理で解決される作品でも何でもない本作、である。本作はかなりエキセントリックなキャラの相克や確執を辛辣に描いたあたりに面白味があるんだが、別に意外な真相でも何でもなければ、最後に告白で真相が語られるだけ。おおよそ「本格」という概念からは外れた作品だとするのが適切だろう。 まあ確かにイネスやらアリンガムやらクリスピンやら、どこまで「本格」と呼んでいいのか?と思う部分もある。しっかり割り切れるスタティックな「パズラー」というよりも、ダイナミックに話が転がっていくあたりに評者は特徴と魅力を感じるんだがなあ...そう考えてみると、乱歩ですら「本格」概念をかなり恣意的に使っているようにも思われる。実際にはイギリスではアメリカで発祥した「パズラー」はあまりしっかりと定着せず、イギリス固有の「スリラー」と習合して独特の「渋み」のあるこういった作品が書かれて行った、と概観する方が評者は納得できる。 (あと言うと、旧訳の訳者の黒沼健氏って、初期のポケミスだと乱歩肝煎りの大名作の訳者として活躍したのだけど、すべて早いうちに改訳になっている。いや読んだ限りたとえば西田政治や村崎敏郎みたいに悪評が高い訳者、という印象はないんだがなあ...それでも協会では理事していたり、1985年没で長生きした方でもある。何か大人な事情があるのでは?とも思われるのだが、どなたかご存知の方がいらっしゃらないかしら) 後記:弾十六さまよりご示唆を頂きました。掲示板 No.35098「黒沼健さんの謎について」をご参照ください。ありがとうございました。 |
No.2 | 6点 | 人並由真 | 2020/06/21 05:07 |
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(ネタバレなし)
小金を貯めたオールドミス、ギリシャ系の食堂経営者、ギリシャ文学が専門の老教授、酒場の主人、食料品店に勤務する敬虔なクリスチャン、ユダヤ人の比較的若き女性、左官協会の労組の書記長、社会主義者の詩人、美容院の助手、二流の俳優、百科辞典のセールスマン、小新聞の編集長。互いに見知らぬ彼ら12人の人間が陪審員として呼集されたその裁判。だが人死にが生じたその審理を討議する者たちの中には、個人的な事情から法律に複雑な思いを抱く者、また実はひそかに重罪を犯しながら裁かれずにいる者もいた。やがて開催された法廷だが……。 1940年の英国作品。 まずは作者と作品の素性は、先行するnukkamさんのレビューをご参照願うことに。 ポケミス旧版の黒沼健訳の方で読んだが、いつもながらこの人らしい好テンポの文調で古い訳ながら十分にスムーズに楽しめた。なおポケミスの本文の最後のページに訳者のコメントがつけられており、先に「宝石」に載せた際には紙面の事情で2割ほど抄訳したが、今回はちゃんと完訳した旨、書いてあるのが親切。 小説の第一部は陪審員のひとり、オールドミスのヴィクトリア・メーリィ・アトキンズの半生を語るエピソードから開幕。これがおよそ20ページに及ぶので、12員全員このパターンでやるのか!? と軽くおののいたが、nukkamさんの言われるようにどんどん手抜きになっていく(笑)。作者の方で早々とネタ切れになったのか、各員これでは予想外に長くなっちゃいそうと途中で計算違いを反省したのか、あるいは編集から<巻き>が入ったのか。その辺のメイキング事情を知りたい(笑)。 とはいえ小説の作りはなかなか見事で、特に中盤の家庭教師の青年エドワード・ギリンガムのエピソードの、英国流ドライユーモアの味付けをしたそこはかとない残酷さには唸らされた。なんか、こういうレベルのものをもっと読ませてもらえるのなら、ポストゲートの未訳作品はぜひとも発掘してもらいたい。 その一方で裁判ミステリとしては、いくつかの意味で大筋と決着が先読みできちゃう面もあるんだけれど……。まあ良くも悪くも王道を決めた感じもあるし、これはこれでいいです。 ちなみに本書の最大の売りとなっている例の<陪審員ごとの疑惑度のメーター表示>だけれど、12人それぞれについて何回も掲示し、個々の針の左右への振幅の変遷を見せるのかと思っていた(ゲーム『サクラ大戦』の花組メンバーの好感度の推移みたいな感じに)ら、最後にそれぞれ一回しか見せません(!)。これってポケミス旧版だけってことはないよね? いささか拍子抜けした。 ポケミス新版の方でのAmazonとかの「BOOK」データベースに表記されている「証言ごとに揺れ動く陪審員の心の動きをメーターの針で図示。」という記述はそんな「揺れ動く」過程を見せているわけでないので、これはジャロロ案件(『Piaキャロット2』の玉蘭)ではないでしょーか(笑)。 |
No.1 | 6点 | nukkam | 2016/09/04 09:41 |
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(ネタバレなしです) 「新本格派」の一人として江戸川乱歩が高く評価した英国のレイモンド・ポストゲート(1896-1971)はジャーナリスト、政治経済評論家など多彩な顔を持っていた人で、あのコール夫妻(といっても日本での知名度は低いですが)の夫人であるマーガレット・コールの弟でもあります。ミステリー作品はホリー警部の登場する作品を3冊書いたのみですがその第1作である1940年出版の本書はプロット構成のユニークさが印象に残ります。第一部で個性的な陪審員が次々に紹介されます。前半に登場する人たちがかなり詳細に描かれる一方で後半では十把一絡げ的な紹介に留まってしまう人たちもいます。第二部では事件に至るまでの経過がサスペンス豊かに描かれ、いよいよ審議の第三部へ突入です。ここでは陪審員の心の動きをメーターで表示するアイデアが珍しいですが演出効果としては微妙です。名探偵役が推理で真相を明快に説明してすっきり締め括るという伝統的な本格派推理小説とは異なっているところが(ホリー警部も脇役です)評価の分かれ目になりそうです。法廷ミステリーとのジャンルミックス型として同時代に書かれたパーシヴァル・ワイルドの「検死審問」(1939年)や「検視審問ふたたび」(1942年)と読み比べるのも一興かもしれません。 |