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[ 警察小説 ]
アムステルダムの恋
ファン・デル・ファルク警部
ニコラス・フリーリング 出版月: 1964年10月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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早川書房
1964年10月

No.1 6点 人並由真 2023/05/08 23:35
(ネタバレなし)
 アムステルダム。「彼」こと作家のマーティンは、自宅に現れたアムステルダム市警の警部ファン・デル・ファルクによって拘留される。理由は、マーティンの元彼女で、何者かに射殺された女性エルサ・デ・シャルモイの殺害事件にからむ、重要参考人としてだった。マーティンはファン・デル・ファルクを相手に、マーティンが現在の妻ソフィアと出会う前からのエルサとの関係、そして彼女の周辺の人間関係について語り出す。

 1962年の英国作品。
 英語Wikipediaによると、これがファン・デル・ファルクシリーズの第一弾らしい。
 なおポケミスの解説には、作者フリーリングはオランダ人だと書いてあるが、たぶん間違い。アムステルダムを舞台にした本シリーズだが、作者当人はれっきとした英国人だったようである。
(ちなみに、この英語Wikipediaで、ファン・デル・ファルクが本当に、のちのシリーズ劇中で、一回は殉職しているというウワサが真実らしいと確認できた。最終的には何らかの形で「復活」したらしいが。)

 というわけで本シリーズ初弾の本作は、重要参考人として拘留されたゲスト主人公の青年マーティンによる、被害者にしてメインゲストヒロインのひとりエルサについての回想、そして彼の嫌疑に対して独自の見解を抱くファン・デル・ファルクの捜査、この二人の描写を主軸に大筋が進行。
 そういう形質の物語のなかで、特にマーティン側の叙述によって、被害者エルサの肖像が掘り下げられていく。

 ちょっとガーヴの『ヒルダ』を思わせる<被害者小説>の趣もある長編だが、とはいえ作者フリーリングにしてみれば同じ英国の大先輩(フリーリングのデビュー時に、まだ十分、ガーヴは現役だね)が著した名作が視界にない訳もなく、被害者は実は……と、まんまの同じ方向にはもっていかない。その辺はニュアンスとして掬い取りながらも、きちんとバランスを違えた後発の新作に仕上げる工夫はしている。
 そんな本作独自の妙味というと、探偵役ファン・デル・ファルクのある思惑によって、とある役回りを託されるマーティンの立場と、それに応じる彼の内面や言動を語る小説の細部的な面白さだ。

 石川喬司はこの辺の(謎解きミステリの直接の興味から離れた)小説的な読みどころを「風俗小説」的な面白さ、とポケミス刊行当時の月評「極楽の鬼」の中で言っているが、自分の眼で見ると、事件に巻き込まれた人間の右往左往、さらにキーパーソンとなる被害者との距離感などを語る、よくも悪くも下世話な人間ドラマ、といった方が良いようにも思える(もっと適切な修辞があるかもしれないが、現状でちょっと思いつかない)。

 エルサのよく言えば天然な自由さ、悪く言えばわがままに振り回され、一方で、そこから現在の愛妻ソフィアとの絆なども手繰り寄せたマーティンの内面の経緯の描写には、どこかシムノン的な趣もあり、そういう意味でも面白かった。
 そういえば、物書きであるマーティンの口頭に上る作家の名前のなかにはシムノンやチャンドラーなども登場し、まさに作者自身が彼らのような筆達者な諸先輩たちの世界を、作法を意識していない訳はないのである。

 そんなこんなな作品だから、最後まで読むと、自然、正統派ミステリ(警察小説ふくめて)の大枠からは少し足を踏み出してしまったような感もないではないが(特にクロージングは……)、それでもなかなか読みごたえはあった。
(素直にフツーに面白い、というのとは、ちょっと違うとも思うが。)
 少なくとも数年前に読んだ『猫たちの夜』よりはずっと良い。

 なんかシリーズもの、同じ警察小説シリーズとはいえ、このファン・デル・ファルクもの、毎回かなり違った味わいを楽しませてくれそうな予感がある(まあ、その辺のバラエティー感は「87分署」でも同じだけれど、向こうとも、また少しどっか違うんだよな)。
 
 ……あ、まだたった二冊目で、聞いた風な事を言うのは早すぎるか(笑)。 


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