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ヒンデンブルク号の殺人 大惨事シリーズ |
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マックス・アラン・コリンズ | 出版月: 2007年07月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
扶桑社 2007年07月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2020/04/28 15:12 |
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(ネタバレなし)
1937年5月3日。「聖者(セイント)」こと暗黒街の義賊サイモン・テンプラーのシリーズで大ヒットを博している当年30歳の英国人作家レスリイ・チャータリスは、当時のドイツの科学力を誇る巨大飛行船ヒンデンブルクで、フランクフルトからニューヨークへと向かう。雑多な人々で賑わう船内。だがその中には、台頭し始めたナチスが送り込んだ、政治的不穏分子や危険思想の主を探る内偵者が素性を秘めて入り込んでいた。やがて高空の船内で、チャータリスは殺人事件に遭遇。さらにヒンデンブルクには、また別の厄介な事案が生じていた。 2000年のアメリカ作品。 「思考機械」の創造主ジャック・フットレルが探偵役を務める『タイタニック号の殺人』(評者はまだ未読)に続く、歴史的な惨事・被災事件の陰で実在の作家がアマチュア探偵となる「大惨事シリーズ(Wikipediaでは「事件シリーズ」と呼称)」の第二弾。 厳然たる事実としてタイタニックとともに海底に没したフットレル(心から合掌)とは違い、ヒンデンブルクの最後の航海にチャータリスが乗っていたという現実の記録はなく、その辺はフィクション的な脚色らしいが、一方でチャータリスは確かに何回かヒンデンブルクおよびその前身の巨大飛行船グラフ・ツェッペリンの常客だったそうで。本作はそういう意味で史実をもとにし、さらに登場人物の設定や名前の多くも、当時から現代に至るヒンデンブルク関連の資料を読み込んだ上で実在した人々をベースに描かれている。 歴史的な惨事というゼロアワーに向かうなかでの殺人捜査と意外な犯人の暴露、有名なミステリ作家に探偵役をさせるという二大設定の賜物で、この趣向だけで面白くならないわけはない。 とはいえ一方で、オリジナル作品から各種メディアの映像作品のノベライズまで驚異的な冊数をこなす職人作家コリンズが器用に(そしてたぶんは書く当人も楽しんで)まとめた定食幕の内エンターテイメントという趣もあり、突き抜けたものがもうひとつ無い……ような。 (事件を解決し、大惨事に遭遇したのちの終盤のチャータリスの呟きは、ちょっとグッと来たけれど。) なんにせよ~個人的にだけど~一年ほど前に一冊だけでも「聖者」を読んでおいて良かったわ(笑)。コリンズはかなり、チャータリスに「聖者」のキャラクターをかぶせて書いてるみたいな感じがするので。 あとミステリとしては「読者を驚かせるならこの人物が黒幕だな」という発想で、ある程度の大筋が早々と読めてしまうのはちょっと。それと、最後の真相解明時に伏線をこまめに検証するのはいいとして、その前の後半の「鍵を持っているから~」のくだりのロジックとかはあまりに乱暴ではないかと。 とはいえ良い意味で普通には面白かった。Wikipediaとかで調べると大惨事(事件)シリーズにはまだ未訳の長編が4本あり、中にはヴァン・ダインが沈没した潜水艦事件に絡んだり、ロンドン大空襲下のクリスティーが探偵となるなんて、正に趣向だけ聞いてもすごく面白そうなのもあるらしい。だいぶ間が空いちゃったけれど、何かのはずみで翻訳が出ないものだろうか。 ちなみに評者はコリンズのオリジナル作品で、私立探偵ネイト・ヘラーを主役にした『シカゴ探偵物語』が大好き。ネイト・ヘラーものは原書では十何冊も刊行されていながら、翻訳されたのは同作をふくめて3作品だけというのが残念だが、まずはその邦訳の出た残りの2冊を楽しもう。 (しかし、となると、とある関係性で、まだ評者が未読の<別の作家のあまりに有名な「あの作品」>も、あわせて読んだ方がいいということになりそうだが。) |