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[ 警察小説 ]
法と秩序
ドロシー・ユーナック 出版月: 1978年02月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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早川書房
1978年02月

No.1 8点 人並由真 2024/04/05 07:45
(ネタバレなし)
 1937年のニューヨーク。その夜、アイルランド系の巡査部長で39歳の警官ブライアン・オマリーが、パトロール中に命を落とした。ブライアンには妻マーガレットとの間に5人の息子と2人の娘がおり、そのなかで18歳の長男で父と同じ名前のブライアン二世はしばらく前から家を出ていたが、父の葬儀のために急遽、実家に戻った。彼は父のあとを継ごうと、3年後にニューヨーク市警が行なう予定の警察官の公募試験に向けて、その準備と努力を始めた。ブライアン二世、そして彼の息子のパトリック・ブライアン・オマリー。ニューヨーク市警の清濁の現実のなかで30年の歳月を歩んだオマリー家、その三代にわたる物語は、ここから始まった。

 1973年のアメリカ作品。現実の婦警出身の作家ユーナックが著した、ドキュメント自伝『ニューヨーク女刑事』、婦警クリスティ・オパラ三部作に続く著作の第五弾で、ノンシリーズの長編。

 二段組、本文500ページ以上という、ハヤカワノヴェルズでもたぶん十指に入る厚さの大冊で、内容の方も、リアルタイムで1937年の第一~第二部、ブライアン二世が警官の就職試験を受験する1940年の第三部、そして時が流れて三代目主人公パトリックがベトナムから帰還するシーンで始まる1970年の第四部と、30年の歳月をかけてニューヨーク市警、オマリー家、そしてその二つに関わり合う人々やニューヨーク市民たちの群像劇を描く。

 ちなみに評者はスチュワート・ウッズのやはり大冊警察小説『警察署長』は未読だが、聞くところによるとそちらもやはり三代ものの地域密着ポリス・ストーリーというので、何らかのリレーションはあるのかもしれない(後発ウッズの方が本作に影響を受けたとか)。その辺はいずれそちらの実作を読んで確認したいとも思う。

 大河ドラマの物語の大きな主題のひとつは、シドニー・ルメットの映画『セルピコ』を思わせる「警察組織の腐敗(主に収賄と犯罪の隠蔽、さらにそれを正当化し、秘匿するための凶行と蛮行)」で、この手の作品らしくリアルな人間(警官)の性根の闇の部分のダークさと、一方でドラマチックな正義やヒューマニズムへの(やはり警官の)傾斜、その二極の対比が主体となる。

 謎解き要素の折り込みぶりやその濃淡についてはここでは書かないが、さすがは、書き手当人がその警察職の現場にいた作者ユーナック。
 警察組織周辺の書き込みの、圧倒的なリアリティと臨場感、その質感、量感の双方で読み手を圧倒した。
 例によって登場人物メモを作りながら読んだが、メモ用紙は通常の長編ミステリの3~5倍の枚数を消費。
 さらに実際のアイルランド系の特徴なのかもしれないが、ひとつふたつ前の世代の親族と同じ名前をつけるネーミングも頻繁で、ちょっとだけその辺で苦労した。

 とはいえこの質と量を考えるなら、編年型警察小説としては、歴史のなかで順々に語られるエピソードの配列のうまさ、そしてその歴代エピソードの中身自体の訴求力も相乗し、ページをめくらせる物語の加速感はすごい。実際、この厚さながら3分の2(クライマックスの第四部直前まで)を最初の一日目、残りを翌日、で二日であっという間に読んでしまった。
 うむ、まさに、読みやすい上に読みごたえも十分。

 ただし良くも悪くも剛球で直球のタマ筋、という印象も強く、たとえばこれが1980年代以降に劉生する<ネオエンターテインメント>の波を真っ向から受けた時期に書かれていた作品だったら、もうちょっとこの厚さを縦横に活用した<ジャンルミックス感>も出せたんじゃないか……とも感じたりした。

 帯には、本作の原書版に向けられた米国ジャーナリズムの賛辞「まさに『ゴッドファザー』の警察官版である!」が引用されており、(まだ『ゴッドファザー』を未読の評者ながら~汗~)「うん、そうなんでしょうね」とも思いはするが、そういった<あくまでワンジャンルの裡の作品>的な点では、70年代の警察小説ジャンルの新古典、的な趣があるかもしれない。
 とはいえ、そういった刊行当時の時代っぽさはとにもかくにも感じるものの、一冊読んでお腹いっぱいになれる充実の力作なのはまったく掛け値なし。
 現状はひたすら完走感が心地よい。

 警察小説というひとつのミステリジャンルの進化の歩みに関心があり、さらに70年代の<ナマの警察小説>、そういうものを実感してみたいという人なら、読んでおいた方がよい一冊なのは、間違いない。


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