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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
黒星博士
黒星博士
山中峯太郎 出版月: 1991年06月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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三一書房
1991年06月

No.1 6点 人並由真 2022/04/28 15:29
(ネタバレなし)
 元号が昭和に変わってしばらくした頃の日本。35歳の海軍少佐にして科学者でもある緒方弘明は、世界中を騒がす謎の国事探偵(スパイ)「黒星博士」またの名を「博士(ドクトル)黒星」が日本に出現したことを知る。標的とする情報や資料などの獲物を奪ったのち「★」マークの名刺を残していくこの謎の賊は、国宝級とも評される緒方の頭脳が構想中の新型兵器と、その科学システムの機密を狙っていた。緒方の可憐な18歳の姪・志津子と、緒方を尊敬する15歳の少年・吉江達郎は、謎の怪人、黒星博士の情報を探ろうとするが、黒星博士一派の中にも緒方の機密をめぐって複数の思惑や、組織内の人間模様が渦巻いていた。やがて警視庁の外事課も本格的に参入し、国内の騒乱はさらに深まるが。

 昭和初頭から「少年倶楽部」にいくつもの作品を発表していた山中峯太郎が、同誌の姉妹紙(文字通り)「少女倶楽部」に昭和9年1~12月にかけて連載した、シリーズキャラクターものの冒険スパイジュブナイル。戦後の乱歩の『魔法(悪魔)人形』『塔上の奇術師』そのほかを例に引くまでもなく、昭和の前半には少女誌でも少年誌同様に、ジュブナイルミステリ(広義の)は人気を博していた。
 
 ここでまたジジイの大昔の回顧譚になるが、1960年代の「別冊少年サンデー」だったか「増刊少年サンデー」だったかで、毎号ワンテーマの十数ページほどの? 読み物記事を掲載していたことがあった。今でいう世界のUMA50とか、世界の不思議な伝説50とか、そんな感じのアレだ。で、その中の一回に確か「世界の怪盗50」だったか「~悪人50」みたいなテーマの号があり、東西のフイクションの犯罪者連中を網羅(実在した犯罪者連中も、扱われていたかもしれない)。たぶん当然、ルパンも平吉さんも、もしかしたら鼠小僧あたりもいたんだろうが、その辺はもはや記憶にない。

 そこで当時の幼い評者は、2人のとても印象的なキャラクターに初めて出会う。そのうちの一人が横溝の怪獣男爵であり、もう一人が、犯行現場に「★」マークの名刺を置いていく、この覆面の怪人「黒星博士」であった。子供心になんというスタイリッシュな演出の怪人キャラ、と実感。
 この手のカードを毎回残していくキャラは来生三姉妹だのズバットだのフォー・スクエア・ジェーンだの、オールタイムでいくらでもいるが、たぶんこの黒星博士こそが自分の原体験キャラになる(笑)。
 くだんの「別冊? サンデー」の特集は怪人ひとりひとりが、何という作家がどの作品に登場させたかのデータなどもないかなり荒っぽいカタログ記事だったが、今でも怪しい地下室らしい場に潜む怪獣男爵のイラストと、★カードを投げ捨てていく覆面の怪人・黒星博士のイラストは、なんとなく、いやけっこうはっきり覚えている?

 で、後年に黒星博士が山中峯太郎のキャラクターと知り、戦後にもシリーズ第一弾の本作『黒星博士』は復刊されたものの、昭和50年代あたりにはすでに稀覯本? こりゃなかなか読めそうにないな、と諦めていたら、数年前に図書館にもある「少年小説大系」の「山中峯太郎」編に収録されているのを発見。
 そこでまた何かほっと気持ちが緩んでしまい、それから数年後の昨夜、借りてきた同「大系」で通読した。

 作中で登場する黒星博士は、どこかの国の外国人。数年前から親日の市民を装って在住し、シンジケートを作ってきたらしいが、全貌は明らかにならない。あまりここで説明しちゃうと、本書をこれから読むかもしれない奇特な人に悪いので、なるべくアイマイに書くが、まず当初は全身が黒ずくめの覆面の大男として登場する。
 たぶんすでに本作以前に、翻案の形で日本に紹介されていたルパンがベースのキャラクターであろうし、機密を狙われる緒方少佐本人も、敵ながら、国(祖国?)のために戦う偉人といえる、世界有数の優秀な国事探偵だという評価を送っている。暴力沙汰は劇中ではほとんど行わず、というかある事態に巻き込まれて少年少女主人公コンビとその協力者の井上二等水兵の生命が危機に陥った際には、思いがけない行動までしている。
 一方で間諜としての本分を忘れる訳にもいかないので、荒事を匂わせた脅迫ぐらいはやはり行うが、これはまあ、2年後に登場する後輩の平吉さんもそのままだね。
 トータルとしては、やはり日本ジュブナイルミステリ史の上で記憶の一角ににとどめたいキャラクターだ。
 
 悪役キャラクターである黒星博士をタイトルロールにして、それを追っていく少年推理冒険ものではあるが、最後まで志津子&達郎コンビのお手柄で終わる訳ではなく、中盤から海軍の防諜機関や警視庁の外事課が前面に出てくるのは、当時の少年小説なりの譲れないリアリティであろう。後半の展開は、その流れの波に乗ることができれば、それなりに楽しめると思う。

 実はこれだけ執着(?)していても評者の「黒星博士」シリーズについての知見は乏しく(汗)、長編はこれ一本であとは短編だけだと思うが、もしかしたら違っているかも知れない。その辺りは機会を見て識者の教示を授かりたいところ。
 なお戦後には、あの本郷義昭と共演する短編も書かれたらしい? いつかこれも図書館経由とかで、読めればいいなあ。


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