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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ]
半七捕物帳 巻の三
半七
岡本綺堂 出版月: 2001年11月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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光文社
2001年11月

No.1 8点 クリスティ再読 2020/11/08 21:14
この巻では関東大震災後の大正末年に書かれたものが多いようだ。

半七老人が語った隠密の話「旅絵師」の完成度が素晴らしい。互いに秘密を隠し持つ隠密とキリシタンが、互いに信用しあい秘密を守りあうことになるのが面白い。半七にはないロマンス色もあるし、主人公の旅絵師に身をやつした隠密に、隠密らしい諦念が感じられる良さがある。
また「少年少女の死」。いくら子供の死亡率が高い時代とはいえ、子供の死は痛ましいことに違いない。しかも殺人ともなれば....踊りの温習会で楽屋から消えた少女の死と、サイフォンの原理を使ったオモチャ「水出し」が引き起こした少年の死。一方は子供を奪われた母が理不尽にも他所の子供を殺し、一方は子供の死を責められて自殺する。それぞれがそれぞれに悲しい愛情のやり場がなくてのことである。これが哀切。

2巻の「津の国屋」のような怪談を...との「わたし」の要請で、半七老人が語るのは「あま酒売り」の老婆がもたらす奇病の話。「蛇神筋」という迷信だけども、江戸人はこれの実在を信じているわけだから、話の仕掛けとして使っていけないわけではない。迷信であっても、それに振り回される人々の運命は皮肉なものである。同じく迷信が生む悲劇は「松茸」にも登場する。あくまで怪異にかかわったリアルな人間主体のドラマなので、ホラーかというと、やはり違う。怪異はあくまでも仕掛けに過ぎない。
「海坊主」は海のヌシのような怪人がきっかけで海賊一味の露見につながる話だし、「人形使い」では人形芝居の人形が夜中にひとりでに役柄そのままに争いあうのを目撃した人形遣いは....という怪異が人生を狂わせる話。このように怪異を怪異として、「そんなこともあるか」と当たり前に受け止めて、その前提で巧妙に組み立てられた話を楽しむがよかろう。しかし「一つ目小僧」はこの怪異を巧みに使った詐欺で、江戸人の「怪異とは言ってもね」な合理性もまた別にあることを知らされる。

こういう怪異譚でなくて、捕物帳らしい捜査だと「雪達磨」「冬の金魚」などは「江戸のホームズ」らしい姿を楽しめるし、江戸の華である火事の中で半七が出くわす、暴れる熊とその死体がもたらす騒動の「熊の毛皮」、「異人の首」をネタに攘夷浪士を騙って強請りを働く連中を捕まえる「異人の首」...など3巻も実にバラエティ豊か。

その後「捕物帳」や「怪談」が話のパターンとして成立してくるにつれて、テンプレとして固まっていくいろいろな話柄が、ここではナマのまま、野性のままに、今の読者の想像を裏切るくらいの意外さで語られていく。半七とは「誰かに語られた江戸」から、さらに遡って「語られる前の声なき江戸」の混沌とした姿を垣間見る体験なのかもしれない。


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