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[ 時代・捕物帳/歴史ミステリ ] 半七捕物帳 巻の六 半七 |
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岡本綺堂 | 出版月: 1998年11月 | 平均: 7.50点 | 書評数: 2件 |
筑摩書房 1998年11月 |
No.2 | 8点 | クリスティ再読 | 2021/02/11 20:46 |
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さてこれで半七も評者は全作完了になる最終巻である。半七最後の「二人女房」(S12)が綺堂の死の2年前の最後の小説(戯曲は死の前年まで書いていたようだ)になるので、作家生活の最終盤まで半七を書き続けたといっていい。ホームズでもブラウン神父でも、その最後の短編集というと、惰性で書いているようなテンションの低さを感じるのだけど....いや綺堂の死に近い最後の半七の作品でも、実に充実している。それが本当に、凄い。よく「出来不出来か少ない」と言われるけども、大正年間のすっきりした語り口の半七もいいし、昭和の半七のこってりした内容も、両方ともそれぞれに良さがあって選び難い。この巻の作品は奇想天外なものがあって、覇気さえも感じるほどである。
江戸城本丸に忽然と現れた男が「東照宮の夢告により、天下を自分に引き渡せ」と要求した男が捕まるが、天狗に攫われて消え失せた「川越次郎兵衛」。とんだ茶番劇なのだが、この事件の設定は安政2年。もはや幕府瓦解は12年後で何か予言のような薄気味悪さもある。幕末に突入した時代がアナーキーさを強めていくなかで、脱獄囚が岡っ引きを追いかける「廻り燈籠」は逆さまの面白さ。岡っ引きでも不肖の若旦那じゃ海千山千の悪党には手も足もでない...半七親分の援助は? 世の中おかしい、となると石の地蔵も踊りだして...の「地蔵は踊る」。そして旗本の家の前には碁盤に載った女の生首が!「薄雲の碁盤」の猟奇、とこの巻の作品のアナーキーさが老年の作家のものとは思えない。 いややはり、幕末の激動の時代と、戦争に向かう昭和10年代とを、やはり重ね合わせる意図が綺堂に意識的にか無意識的にか、あったのでは...と思わせる。なのでこの6巻の作品の「異様さ」は、時代が強いたテンションの反映なのかもしれない。 で半七は府中のくらやみ祭で起きた商家の内儀の失踪を追う「二人女房」で幕を下ろす。これがまた実に力作。この神社の森には鵜や鷺が住んでいて、海で獲物を取った鳥たちが府中の山の中の神社で、その魚を落とす不思議、そしてその鵜を捕えて売る異様な男。そして神輿が通る時には真っ暗闇にする習わしの祭りで失踪した女。いや評者、半七から1作品だけ選ぶ、としたら「二人女房」を推したいくらいの名作だ。 一応この本には昭和6年に書かれた半七の養父の吉五郎を主人公にした中編「白蝶怪」を収録しているのだけど、半七の最終盤の名作たちと比較すると、かなり落ちる。ただ長いだけ、という印象。なのでこの巻に収録するの、どうなんだろうか(「白蝶怪」がつまらないから書籍としては減点。最終盤半七だけなら10点) 半七の小説としてのレベルの高さは信じられないほど。世界に誇ることのできる、日本の大名作ミステリ・シリーズである。 それでも、評者の個人的セレクトはしてみようか。 「津の国屋」「二人女房」「正雪の絵馬」「廻り灯籠」「朝顔屋敷」「鷹のゆくえ」「河豚太鼓」....いやいやまだまだ、たくさんある。困った。ベスト10とか選ぶのは無理なほどだ。そんなシリーズ、他にはたぶんないと思う。 |
No.1 | 7点 | tider-tiger | 2017/04/08 11:05 |
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先月上旬にようやく全六巻を読破。
六巻の書評というより、全体像のまとめとして書いておきます。 半七捕物帳は新聞記者である私が隠居した半七老人を訪ね、昔日の捕物話を語って貰う形式です。 私が半七老人の家に行く。半七老人が江戸の風物についてちょっと語る。さて、こんなことがありましたと捕物話に移る。推理の材料がすべて出揃う(あくまで半七にしてみればで、読者にとっては材料が出揃ったとは言い難いことも多い)。「さてさて、もうおわかりでしょう」と種明かし。くどくど述べずにサラッと真相をまとめ、後日譚も数行で流すことが多い。この締め方が粋です。 濃淡あれど、最初に話した江戸風物の話が事件に関係しています。 巻が進むにつれて怪談色が薄れていくのはちょっと寂しい。 まだ通しで一回ずつ読んだだけですが、今後何度も読み返すことになるでしょう。 将来的には評価が変わっていくやもしれません。 ですが、現時点では二巻がベストだと思っています。 一、二巻は大傑作。三巻はやや落ちるが傑作。四~六巻は三巻よりやや落ちるも秀作といった印象。 著名人が半七のお薦め作品を聞かれて、「全部お読みくださいとしか言いようがない」と回答していましたが、少し補足して「順番通りにすべてお読み下さい」と、私はこれがベストな読み方のように思います。 半七傑作選のようなものも出版されているようですが、人によって選ぶ作品がかなり異なるのでは。少なくとも一巻、二巻には駄作はおろか、平凡な作すら存在していないと思います。 シャーロックホームズから着想を得て、半七に仕上げる。こういう作品があるからこそ、「巧みなパクリは高等テクニック」だとか「パクリは芸術の必然」などと言いたくなるわけです。 クリスティ精読さんが世界に誇るミステリと仰っていましたが、まったくその通りだと思います。こういうのをどんどん海外に紹介して欲しいものです。 |