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[ SF/ファンタジー ]
茶匠と探偵
〈シュヤ宇宙〉コレクション #1
アリエット・ド・ボダール 出版月: 2019年11月 平均: 6.00点 書評数: 3件

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竹書房
2019年11月

No.3 6点 ROM大臣 2023/01/26 14:42
この作者は、フランスとベトナムの血を引いている。パリに住み、フランス語が母国語であるのに英語で書いている。内容も中国作家より中国的な感じがある。
アメリカ大陸を中国人が発見し、ヨーロッパの進行を阻止して生まれた「シュヤ」という世界を舞台にした作品を九編、日本独自にまとめた中短編集だ。
表題作と「蝶々、黎明に堕ちて」の二作は、歴史改変物ということになるだろうが、そのことが中心になっているのではなく、その改編の結果としてどのような状況が生まれ、そこからどのような未来が生まれたのか、ダークな世界観だがその細部を描くことによって、大きな背景が見えてくるという手法が効果的に使われている。

No.2 6点 糸色女少 2022/03/31 22:39
生体と機械の融合やバーチャル・リアリティなどの道具立ては、現代SFおなじみといって良い。特徴的なのは、人格と知性を持つ宇宙船である「有魂船」だろう。
舞台設定や登場人物の属性、状況に関する説明が意図的に小出しに行われるので最初はとっつきにくいが、読み進めていくと緻密な構成に唸らされる。
作者はソフトウエア・エンジニア出身だが、その作風は必ずしもテクノロジー重視のハードSFではなく、社会科学の知見を踏まえたソフトSFに近い。
見事などんでん返しの短編も収録されているが、作者の本領は登場人物の心の機微を繊細に描き出す点にある。抒情的な文体、そして人種やジェンダー、カルチャーショックなどに関する問題のこだわりを見ると、アーシュラ・K・ル=グウィンやジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの影響を受けているように感じられる。

No.1 6点 2020/08/30 11:33
 フランス人の父とヴェトナム人の母の間にニューヨークで生まれ、ヴェトナム文化の末裔たちが宇宙に展開するアジアンベースの氏族社会を描き続けるパリ在住のSF作家、アリエット・ド・ボダールの本邦初作品集。デビュー翌年の二〇〇七年以降二〇〇九年を除いて毎年発表されており、現在ある三十一篇のうち五篇の作品がネビュラ賞三回、ローカス賞一回、英国SF協会賞二回、英国幻想文学大賞を一回受賞している。本書はシリーズ中の九篇を独自の基準で選んだもの。
 収録作品は発表順に 蝶々、黎明に墜ちて/船を造る者たち/包囊/星々は待っている/形見/哀しみの杯三つ、星あかりのもとで/魂魄回収/竜が太陽から飛びだす時/茶匠と探偵 。探偵ロン・チャウと意思を持つ元軍艦の宇宙船《影子(シャドウズ・チャイルド)》がコンビを組み、深宇宙(ブラックホール)での事件を解決する表題作のみ中篇で、他は皆短篇作品である。
 「茶匠と探偵」に限らず本集に登場する宇宙帝国、大越(ダイ・ヴィエト)の船は全て人格を持っており、胆塊(マインド)と呼ばれるそれは専門家の調整を受けたのち抱魂婦(マインド・ベアラー)の子宮に宿され、人間同様に月満ちて出産する。生体と機械が合体した存在ではあるが、疑似受胎を経ることにより氏族社会に組み込まれ、家族の一員となり数世代に及ぶ助言者となる。彼らのほかに、死者でありながら生前の人格を移植され永遠の長老となる〈永代化〉システムなど、帝国のテクノロジーは基本〈氏族の強化と維持〉に用いられる。
 他にも船内での中国風の髪型や漢服の着用、航行中のストレス緩和のための平静茶の調合、日常生活用の作業ロボット"ボット"の存在などの特色がある。また未来世界でありながら、旧ヴェトナムの伝統的な風習も残存する。さらに行政官や兵士、科学者のような基幹的な役割も主に女性が担うなど、社会システムのジェンダーが逆転しているのも特長的。各作品の主人公など重要な登場人物も、ほとんどが女性である。"紅毛"と呼ばれるもう一方の星間国家の雄、西洋的な価値観と機能性に彩られた〈ギャラクティク〉とは、何から何まで対照的に創られている。
 好みで選ぶとまず巻頭の「蝶々、黎明に墜ちて」。地球時代の物語で、フェンリウのメヒカ地区で起きた女性ホログラム技術者の殺人事件を描く。この世界ではスペイン人による征服が起こらず、アステカ帝国の末裔であるメヒコが存在。鄭和の遠征により中国人が新大陸に到達し植民している。ヴェトナムはメヒコの支援を受けて中国から独立したが、その過程では虐殺なども起きた。本篇の登場人物たちは探偵役も含めて皆難民で、動機もそこから派生している。ケン・リュウ「紙の動物園」のような、故郷喪失者のトラウマと悲哀が全ての根底にある。
 これとコインの裏表のような存在なのは「形見」。〈ギャラクティク〉で永代者のデータを不法に切り売りして生活している主人公が、司法取引による警察の囮捜査に使われ・・・というお話。容赦の無い終わりが来ると思わせるが、主人公は意外な救いを得、己の人生を意味あるものにする為にあえて罰を選び取る。受賞作ではないが、本集ではこれが一番。
 〈訳者あとがき〉では大島豊氏が、「いずれは全作品を紹介したい」と意欲的な所を見せている。アジア系SFの中でも異質な口当たりだが、シリーズ全体のレベルはかなり高い。


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アリエット・ド・ボダール
2019年11月
茶匠と探偵
平均:6.00 / 書評数:3