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笛吹
木々高太郎 出版月: 1970年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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朝日新聞社
1970年01月

No.1 7点 人並由真 2019/04/05 22:57
(ネタバレなし)
 20世紀の初頭。山梨県の甲府に住む中所(なかぞ)家の一家は、鉱山業で一旗揚げようと家長とその妻、そして幼い姉妹がアメリカに渡る。が、10代前半の長男・由利雄だけは思春期に学業を離れない方がいいということで地元の伯父の家に置いていかれた。しかし中所家の4人は異国の地で災禍に遭い、由利雄はいっぺんに家族を失う。由利雄は、同様の被災で天涯孤独になった者同士という縁で3歳年上の愛らしい娘・樋口朝子と知り合い、心の傷みを慰め合うが、やがて数年の年を隔てて二人は再会する。だがその頃、将来の進路に迷いながらも秀才として校内で評判となる由利雄の周辺に、思いもよらぬ出来事が……。

 昭和13年に地方新聞に連載され、戦後の昭和23年に初めて世界社で書籍化された木々高太郎の長編作品。
 木々高太郎全集(1970年の朝日新聞社版)3巻の巻末解説で中島河太郎が最初の書籍版から引用する作者の言葉によると「僕が書いたものだというのですぐ殺人事件だと思っては困る。この小説は、主人公及びその身近の二、三人をのぞいて、あとは人物も時代も実在したもの、人間の魂の成長が心ひくもの、謎にみちたものという見方からすれば、一つの推理小説とも言えるであろう(句読点は引用元のママ)」だそうだが……いや、これはどう読んでも普通の自伝的青春小説であって、ミステリとはいえないと思うのだが……。劇中で犯罪は生じるが、それって試験の不正入手疑惑だし、作者も言うとおり、殺人なんか起きないし。手法的にミステリ的な技巧は使ってるといえばいえるが、それって「どんな商業映画にも必ず特撮技術は使われてる、だからこの世の映画はすべて特撮映画である」と主張するぐらいの豪快なロジックだしな。
 
 ただまあ、以前にTwitterで本作の噂を見かけたことがあり、その時の評価が「木々高太郎の作品で、ミステリでないこの作品が一番面白いのは皮肉」とかなんとか言うようなものだった気がするが、確かに一編の長編小説、青春ドラマとしてはとても味わい深い。会話の分量、内面描写、さらに登場人物の心象を託した情景描写……とそれぞれのバランスが鮮やかで、一世紀にも迫る昔の小説とは信じられないくらいにサクサク読める。ドラマのある部分は王道を追い、またある部分はあえて読み手を裏切る小説の作劇も絶妙だし。横溝の『雪割草』みたいな、ノンミステリだからこそ改めて実感する作者のストーリーテラーの才を認める。

 ちなみに河太郎は全集の解説で、春陽堂文庫に本作が収められた際に「あるアナーキストの死」と本筋からひとつもふたつも離れた副題がつけられたことにクレームを呈してるが、実作を読むと河太郎の憤りの方の妥当性がよくわかる。春陽堂文庫版では未読のファンに、政治劇からみの青春殺人ミステリとでも勘違いさせてセールスしたかったのだろうか。


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