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[ 本格 ]
黒は死の装い
ジョナサン・ラティマー 出版月: 1961年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1961年01月

No.1 7点 人並由真 2018/05/31 04:29
(ネタバレなし)
 映画会社「メイジャー映画」の大物女優であるカレス・ガーネットが、現在制作している新作映画の終盤での、自分が演じる役柄の扱いに不満を漏らした。このため新進脚本家のリチャード(ディック)・ブレイクが急遽、シナリオの改訂を行うが、その夜、彼の住居で、ある予想外のアクシデントが生じる。翌日、どうにかブレイクが書きあげたシナリオの改訂稿に基づき、カレスの登場場面の撮影が進行した。だが若手女優リーザ・カースンが物語の流れのままにカレスに向けて撃った拳銃から空砲ならぬ実弾が発射され、カレスは現実に殺害されてしまう。リーザと恋仲だったブレイクは彼女の無実を晴らそうと、撮影現場で銃弾がすり替えられた可能性を追求する。だがその現場は60人もの人間が居合わせており、拳銃への細工は困難な一種の密室状況だった。

 ハードボイルド派に分類されることも多いが、実際の作風はパズラー要素も強いと定評のある、作者ラティマーのノンシリーズ編。
 なお題名の「黒は死の装い」とは、ブレイクがシナリオ改訂稿のなかで、カレス演じる新作映画のメインヒロインのひとり、バーバラ・フェルプス夫人に喋らせるセリフの文句。このフレーズはカレス当人やほかの登場人物にウケて、数回作中で繰り返される。

 ポケミス巻頭の人名表では主要キャラ15人分のみの名前が並ぶが、実際にメモを取っていくと端役をふくめて全部で70人近い劇中人物が登場(~汗~フランク・キャプラだのチャップリンだのキム・ノヴァックなども続々と顔を見せるが、そういった実在の人物をカウントしなくても70人前後の登場人物である……)。
 しかも何の説明もなく、いきなり会話のなかに名前が初めて出てくるキャラも多く、その辺もなかなかシンどかった(まあもちろん会話中で該当人物の素性があーだこーだといちいち説明しないのは、作中の現実としてリアルなのだが)。

 とはいえ本書はこういう設定だから、映画製作所の内幕は相応のボリュームで描き込まれ、その辺は(日本の乱歩賞受賞作のような)専門分野もの的な興味でさすがに面白い(訳者の青田勝などは巻末の解説で「風俗小説的な面白さもある」という主旨のことを書いているが、むしろ特殊分野の情報小説的な感じに近いような)。
 また登場人物も多いとはいえ、メインキャラと脇役、端役はちゃんと整理され、主要人物のほとんどは、それぞれのキャラクターがくっきりと伝わってくる。さらに、登場人物たちを見舞う窮地などの小さい山場も話の要所要所に設けられてドラマの起伏感を高め、かなりスピーディに読み進められる。これらもろもろは、さすが職人作家ならではという安定感である。
 なお全部で約30章に分けられた小説本編は、6~7人の登場人物の担当パートが常時入れ替わる形で構成。この趣向が作品全体の群像劇的な興味を高めていたことも特記事項だ(描写そのものは最初から最後まで三人称で綴られ、カメラワーク的な意味での叙述の視点は、それなりに自由度を感じたが)。

 肝心のミステリとしては、ネタバレしたくないので余り踏み込んだことは書けないが、物語の3分の2までくらい進んだところで、最初の殺人を受けたフーダニットの興味に対し、読み手が「え!?」と驚くような大技を作者は繰り出してくる。
 その以降は「それでは本当に(中略)なのか!?」「それならばどのように不可能犯罪が行われたのか?!!」というフーダニットそしてハウダニットの興味があらためて倍加してくる。
 この辺はいかにも、本邦の一部のミステリマニアからも<謎解きミステリ作家>として評価されているラティマーの面目躍如という感じで快い。
 ちなみに殺人現場はいわゆる<準密室><開かれた密室>だが、このことはもちろんちゃんと作者の念頭にあるらしく、本文中にも数度にわたりそのものズバリ「密室」という言葉が登場する。

 またポケミス117ページには、ブレイクが調査のために出かけた銃砲点の描写で「今彼の眼の前には、幾多の犯罪の手段となる凶器がずらりとならんでいるが、どれもがエラリイ・クイーンが見たら眼をまわしそうな珍奇な品物ばかりだった。」というお遊びが出てきて、ああ、作者もちゃんと本作をミステリとして気を入れて(あるいは楽しんで)書いていたんだろうな、というのが偲ばれ、ニヤリとさせられる。
(ちなみに本書の翻訳の青田勝は、ミステリファンには周知のとおり早川系のクイーン作品の翻訳のメインだった人。それを思うとさらにユカイな部分だが、まさかこの件、邦訳時に青田が勝手に遊んで入れたワケではないよね?(笑))

 もちろん肝要の密室的状況下の空砲→実弾のトリックも、ちゃんとクライマックスにいかにもそれららしい手順を踏んで謎解きが語られる(主要登場人物のパートが入り組むなかで、とどのつまり誰が最後に真打ちの探偵役になるのか、ぎりぎりまで明かされない趣向もニクい)。

 ほかにも「劇中のとあるキーアイテムにどんな秘密が隠されているのか」「某登場人物はなぜそのアイテムの入手を企むのか」というホワットダニット&ホワイダニットの妙味もサブプロットに仕込んである。
 さらには伏線や手がかりも~日本語翻訳版としてのちょっとメタ的な仕掛けも含めて~丁寧に張られており、その辺も楽しみどころだった。

 私的にラティマーはまだ二冊目なのだが、少なくともこれは、ミステリとしても、映画界を舞台にしたエンターテインメント小説としても仲々の拾いものであった。未読の残り分も期待していいかしらん。 


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ジョナサン・ラティマー
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