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[ 警察小説 ]
凍氷
カリ・ヴァーラ警部シリーズ
ジェイムズ・トンプソン 出版月: 2014年02月 平均: 8.00点 書評数: 3件

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集英社
2014年02月

No.3 9点 Tetchy 2021/08/10 23:58
カリ・ヴァーラ警部シリーズ2作目の本書では舞台はキッティラからヘルシンキに移り、カリも署長から深夜勤務の新人と組む新参刑事となっている。

今回カリ・ヴァーラが主に扱う事件は2件。1つは夜勤明け直前に出くわした不倫中カップルの女性の拷問殺人事件。もう1つは国家警察長官ユリ・イヴァロ直々の命令によるフィンランドの公安警察ヴァルポの生き残りでフィンランドの英雄であるアルヴィド・ラファティネンが第二次大戦時にユダヤ人の虐殺に関わっていたとの容疑でドイツが引き渡しを求めているのを阻止することだ。
通常の殺人事件の捜査とフィンランドの歴史の暗部を探る壮大な事件。しかし通常の殺人事件も被害者の夫が富裕層で国家警察長官ユリ・イヴァロとも親交がある事からコネを使って捜査を妨害するという権力の壁に阻まれる。
そしてその事件の被害者の夫がやがて容疑者である可能性が濃くなっていく。

まずこの妻殺しの殺人事件は何とも陰惨なものだ。愛人とのセックス中に夫が忍び込んで相手を昏倒させ、なんと夫は妻をティーザー銃を使って身動きさせなくし、そして自分の愛人を連れ込んで浮気相手の乗馬鞭で拷問しながらセックスに興じるという性倒錯者の側面が浮かび上がってくる。

もう一方の任務、アルヴィド・ラファティネンの無罪を証明する仕事は、最初は自身の祖父が同じ収容所に勤務していたことを糸口に懐に入ろうとするが、彼がドイツ政府に告発される原因となった暴露本を書いた作者からアルヴィドに関する資料を見せてもらったところ、カリの祖父が同じ時期に彼と同じ収容所に勤めていたどころか、祖父をヴァルポに加えるよう取り計らってもいることからアルヴィドが嘘をついたことが判明する。そして逆に自分の祖父もまた彼と同じように捕虜を射殺していたことを知らされ、カリはショックを受ける。そして彼はフィンランドの英雄と謳われるマンネルハイムなどの人物がドイツに協力して3000人のユダヤ人の戦争捕虜を引き渡していたことを知らされる。そしてこれらの事実を自分をドイツ政府から護らねば暴露すると云ってフィンランド政府を脅すと云うのだった。

この2つの事件は実に見事な形で終息する。この見事な結末の付け方に作者の構成力はもとより、歴史の荒波を生き抜いた老人の老獪さを思い知らされた。

さて1作目では日本人には馴染みの薄いフィンランドの国が抱える暗い社会問題が氷点下40度の極寒の地で起きた殺人事件の暗欝と共にやたらに語られていたが、本書では一転してカリの妻ケイトの妊娠のタイミングに合わせて来訪した弟と妹へのガイドの側面もあるのか、フィンランドの文化紹介となっており、トーンとしては明るい。

1作目が陰ならば2作目は陽とも云える。
それはケイトの心情がそのまま作品に投影されているかのようだ。

つまり同じアメリカ人でフィンランドに移住した作者はケイトに自身の心情を映し出し、それが作風にも表れているように思えるのだ。
しかしとはいえ、このシリーズの色調は基本的には暗い。アメリカから遊びに来るケイトの弟ジョンや妹のメアリは様々な問題を引き起こし、ケイトは母親が亡くなった後に彼らの母親代わりとして世話をしてきたが、その変貌ぶりに思い悩むようになる。

業の深い人間たち。どこか精神の箍が外れた人間たち。そして幼い頃の父親からの虐待に幼き妹の死から始まった事件のみならず自分を取り巻く人々の死。それらを目の当たりにしながら極寒の地で正しくあろうと奮闘するカリ・ヴァーラ。

しかし彼にとうとう非合法の特殊部隊という権力が与えられるようになった。正しいことをするために必要ならば殺人をも辞さないチームを持った彼がどのように変貌するのか。

これからのカリ・ヴァーラは更に過激さを増しそうで期待よりも不安が勝ってしまうのは単に私の杞憂に過ぎないのだろうか。
とにかく次作を楽しみにすることにしよう。

No.2 7点 あびびび 2018/05/09 12:53
北欧ぽくない作家の名前。実はフィンランド人の女性と結婚して、フィンランドに住むアメリカ人だった。

冬は毎日が-20度という世界の中で北欧らしいというか、異常なセックスとドラッグ、そしてその中で起こった猟奇的殺人。国家的、歴史的な過去の犯罪が大きな壁になり、捜査が中断されそうになるが、それでもカリ・ヴァーラ警部は軽快なフットワークで犯罪に立ち向かっていく。

最後は余韻を残す幕切れ。その後が非常に気になる。

No.1 8点 小原庄助 2017/08/19 10:28
フィンランドを舞台にした警察ミステリのシリーズ2作目。
富豪の妻の惨殺死体が愛人の部屋で発見され、遺体には激しい拷問の痕跡があった。
捜査を始めたカリ・ヴァーラ警部は、戦時中のフィンランドで起きたユダヤ人虐殺に関する調査も並行して担当することに。
しかし、どちらの事件にも政府の上層部から圧力がかかり、警察組織と真実のあいだで板ばさみになり、カリは苦しい立場に陥る。
「俺」というストイックで重苦しい語り口が、読む者の心に哀切に迫ってくる。
しぶとく謎に食いついていくカリの仕事ぶりにも引き込まれるし、事件の決着のつけ方もうまい。
個人的な深い悩みを抱えたカリの姿も丹念に描かれ、物語に奥行きを与えている。
おまけに米国とフィンランドの比較文化論のような記述もあって興味深い。
そして結末も衝撃的だ。


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